ヤルダバオト

シオラン
今世には関わらぬと決めておったというのにな……。
いつの間にやら、ワシも手伝う流れになってしまったか。
もっとも、今更ワシに出来ることなどたかが知れておるがのう。
……この世界を明日を決められるのは、今を生きる者のみよ。
更新情報(2022/11/18)ヤルダバオト編最終章となる「オービター・トランキル」を舞台にしたオフィシャルシナリオ、「オービター・トランキル攻略戦」が公開!関連する情報やこれまでのストーリーまとめなどを特設ページに掲載しました。 繰り返される戦争の輪廻、そしていつか終わりゆく世界。 人の黄昏に偽りの未来を欲する者たちと、今を生きる者たち。 貫くべきは忠義か、愛か。 守るべきものは正義か、友情か。 戦の世界を生きる侍たちの物語は、始まりの空にて帰結する! オービター・トランキル攻略戦にぜひご参加ください! |

ストーリーノベル
●めぐりめぐりて
宇宙に浮かぶ星のひとつが流星を起こして、地上を焼くことができるという話を氏族が信じられたのは、やはり咎人やデミウルゴスの存在が大きい。
まだ知らないどこかには、まだ知らない何かがあって、それは場合によっては世界の在り方を根底から変えてしまうほどの衝撃を伴うことを、氏族たちは知っていた。
「しっかし、あの悪名高いゼハイル=デミウルゴスがまだ生きとって、しかも氏族に力を貸してくれるだなんて、こんな展開誰が想像してましたのん?」
「少なくとも、俺は完全に寝耳に水って感じだぜ?」
埜の氏族長ハヤミヤ、桐の氏族長オーパス。
咎人も参戦した『ウシャド・ソル』の戦いで一躍名を挙げた彼らもまた、咎人の協力要請に従って作戦に参加することになった。
オービター・トランキル攻略作戦。
それは本来、多くの氏族にとって『どうでもいいこと』だった。
氏族とは自分たちの領地を広げ、その領地を守ることを本能としている。それは彼らアヤカシが惑星開拓用のホムンクルスであった名残であり、個々人の性格を超越した、存在そのものが持つ傾向だ。
彼らは自分たちのこと以外、基本的にはどうでもいい。故に、どこかの誰か、知らぬ第三者のためだとか、知らぬ氏族の為の相互協力に積極的であるはずがなかった。
そんな氏族も、この一年間。やはり咎人の影響を受け、変わった。
外敵であるデミウルゴスと簒奪者。そして、それらと共に戦う咎人。
『身内』に対して強い絆を持つ彼らの心は、皮肉にも共通の敵との戦いの中で強く結びついた。だからこそ今、こうして仇敵とも力を合わせることができる。
「ゼハイルよ。一度は咎人と角の若君にとっちめられたお前が、どうして咎人や若君に協力しようって心変わりしたんだ?」
「心変わりはしてねぇんだよなあ~~~。俺様の行動はいつも俺様自身の為だからよ。何か気が変わったとか、そういうわけじゃねぇんだ」
「そんならどない、一番危ない役目を引き受けなさったんや?」
「俺様にはそれが出来るから、としか言いようがねぇが……ん~~~……難しいぜ。俺ぁ、喋ったりするのが得意じゃねぇんだ」
出来るからやる。理由として一番大きいのはそこだろう。
逆に、自分にしかできないのなら、自分がやらなければならない……とも思うし。
気持ちは変わっていない。この世は強いものが生き残るし、弱ければ死ぬ。ずっとずっとただその繰り返しの輪の中に自分という存在も流れているに過ぎない。
だが、それだけではない何かを感じているのも事実だった。
「この世には、言葉に出来ない巡り合わせというものもございます」
と、翡の氏族の長であるアサギリが静かに告げた。
アサギリとゼハイルには、直接的な因縁があった。なにせ翡の氏族は北部戦線で直接的にゼハイルとやり合ったこともあるのだから。
その上で、アサギリはゼハイルを真っ直ぐに見据え、そして言った。
「翡の氏族は弱い氏族です。特別な術、背にある翼での飛行能力などで他氏族へ奉仕し、その庇護を受けることで成り立ってきた歴史がございます。氏族長が女であることも、いわばその一部です」
「はん。美人だもんなぁ、あんた。でっけぇコブが二つもついてるたぁ思えねぇ~~~」
「人に好かれること。愛されること。気を許されること。それもまた我々の戦でございましたからね。見た目を整え、清潔にし、丁寧な言葉で距離を縮める。正しく、あなたとは反対でしょう?」
ゼハイルと言えば、力がすべてで何もかもをねじ伏せる男だ。誰からの理解もいらないから言葉遣いも雑だし、きちんと感情を言葉にすることもできなかった。
「アサギリとか言ったか。てめえは、俺様を許したのか?」
「いいえ。許したわけではございません。決して、決して、あれらの行いは許されてはならぬもの。故に忘れてはなりませんし、許してはなりません。これからも多くの子らに、語り継いでゆくために」
「語り継ぐ……?」
「この世は繰り返し、何度も何度も巡るもの。誰かにしたこと、されたこと。勝ちも負けも、強さの定義さえ、ゆらゆらと揺蕩い、そして巡り繰り返すのです。ゼハイル殿。あなたもまた、その大きな流れの中に埋もれる、小さな枝に過ぎません」
アサギリの細くしなやかな手が、トンとゼハイルの腹鎧に触れた。
「あなたは決して許されない。けれど、その行いはきっと誰かがあなたに繋いだもの。くるりくるり、またひとめぐり。あなたが誰かから受け渡されたものを、これからあなたは誰かに引き渡しに行くのです」
「ンなこと、本当に俺様に出来んのかぁ……?」
「できますとも。生きるということは、言葉なくともそのようなもの。ただ歩み、ただ選び、ただ繰り返す中で、何度も何度も命は答えを見つけ続ける」
答えとは蜃気楼のようなものだ。
見つけたと思えばふわりと消えて、手にしてみれば、思ったのと違ったりする。
嘆いたりつまずいたりして、またひとめぐり。立ち上がって、繰り返し求めるものだ。
ゼハイルが今ここに立っていることの理由はきっとひとつではない。たくさんあって、それらが複雑なかみ合って、小さな歯車がここまで何かを繋いできた。
その中にはゼハイルによる氏族の殺戮もあっただろうし、それによる咎人との戦いと敗北、それから同じデミウルゴスとの絆や、新しい命との出会いもあっただろう。
とても……とても、言葉にはできない。意識すらできないような積み重ねの中で、奇跡のような時間を過ごし、人は一生を終える。
「いつか『その時』をあなたも感じることでございましょう。『その時』には、後悔なさらぬように。命は何度も間違えるもの。大切なのは、終わり方ですからね」
アサギリは厳しく言って、しかし穏やかな笑みを浮かべた。
その時ゼハイルはふと、脳裏に見知らぬ女性の姿を思い浮かべた。アサギリより歳をとった、しかしやはり美しく、優しい人だった。
「氏族なんてそんなもんですわ。第一、ボクらがこれまで天下統一戦争で誰も殺していないわけがないんやし」
「だな。俺だって何度も死にかけたことがある。俺が亭主を殺したせいで、路頭に迷った女房やガキもいただろうぜ。その点においては、戦いには良いも悪いもねぇのさ」
「ゼハイルの兄さんがまずかったのは、双方の合意を得ない戦いをしたこと、その一点に尽きるんよ」
ゼハイルは「そういうもんか?」と言って頷く。そこへハヤミヤは手を伸ばした。
「戦いである以上は、ボクらがやってるのも怨恨を残すもんやねんな。でもずっとそれを抱えとったら、『許さん方』も苦しいままになる。だからボクらは戦いが終わると、『ムスビ』というおまじないをするんや」
「喧嘩はここまで。終わっちまったもんはしょうがねえから、一旦忘れようってこった」
同じく、オーパスも太い腕をずいっと伸ばす。
「意味あんのかよ? また統一戦が始まったら戦うんだろ~~~?」
「いいじゃねえか。その日まで心が軽くなるんならよ。どんだけ鍛えても、肉体はどうせいつか衰える。だからな、大事なのは心だ」
ハヤミヤとオーパスの手をアサギリが右手で重ねて、左手をゼハイルの手に添える。
「はい。これにて結びでございます」
「お母様! そいつ甘やかさないでよ! あんたなんかこれで十分よ、おらぁ!」
その瞬間、光の矢のようなものが飛んできてゼハイルの頭部を叩いた。はっきり言って威力というものはほとんどなくて、頭部がぐわんぐわん揺れるだけであったが。
「あぁん!? てめえは……シェダに、グレタか」
「私たちが協力しているのは、角の若様と咎人に対してよ。あなたを受け入れただなんて、そんな勘違いはしないことね」
「誰もそんな勘違いしてねぇが……? なんなんだもう。女は嫌いだぁ~~~」
がっくりと肩を落とすと、同時にハヤミヤとオーパスが笑った。
「兄さん、そらぁ~贅沢ってモンですわ~」
「そうだそうだ。美人に囲まれやがって。ちったあ喜べってんだよ」
「じゃ~お前らが相手してくれよ……いてっ! いでででっ!? おい、せっかく修理してもらったボディに瑕がつくだろぉが! ていうかてめえらの妖術、弱すぎんだろぉ!? もっとちゃんと母ちゃんに教わったらどうだ、じゃじゃ馬どもが!」
「私たち、金持ちで強い男と結婚して左うちわの予定だから」
「術よりも美と器量を磨くのが翡の氏族の戦なのよ! ね、お母様っ!」
「……いいえ。あなた達、術のお勉強もなさい。弱い嫁なんてもらってくれる殿方はいませんよ」
「言われてんじゃねえか、ば~~~か」
「ぬぁんですってえええ~~~!?」
シェダが思い切りゼハイルの足を蹴り飛ばすが、硬すぎてむしろ飛び跳ねた。
そんな様を横目に、ハヤミヤは苦笑する。
「ま、色々あったけど。ボクらもひとめぐりってことで」
「だな。おーびたー……あー……なんだかよくわからねえが、お空での戦いではよろしく頼むぜ、ハヤミヤ」
「いやはや。行くだけで死ぬかもしれないって聞いとりますわ~。まずは無事にたどり着けるよう、お互い幸運を祈りましょ」
ゼハイルは『そうか』と理解した。
こいつらの内の何人かは……いや、ひょっとすると全員が、『天罰』の迎撃で命を落とすかもしれない。こいつらはそれを承知の上で集まっているのだ。
「……やらせねぇさ」
星空を見上げ、鉄屑は想う。
めぐりめぐって、またひとめぐり……。
思えば咎人との関係もそうだったのかもしれない。
過去は消えない。許されることはない。けれど、生きているからにはきっと何か理由があるし、生きているということそのものにきっと価値がある。
生きていてもいいのだと、咎人は言ってくれた。なんなら、『友』にさえなれるかもしれないと。
(ちっと前まで、俺は死んでもいいと思っていた。敗北者は生きていても仕方ねぇと。でも……今は、死にたくねぇや)
心残りもたくさんある。返しきれない恩とか、償いきれない罪とか。でもそれよりもっともっとずっとたくさんの何かをもらってしまったから。
(死にたくねぇけどよ。生きてぇけどよ。変だよな。それよりずっと、お前らに生きていて欲しいんだよ。お前たちが、この世界が続いてくれるんなら、俺ぁ……怖くねぇんだ)
誰かにもらったものを、誰かに返す。命はそうやって、続いていく――
『あなたは立派な、私たちの自慢の子供です。お侍として、最後までしっかりお役目を果たしなさい』
アサギリの……いや違う。ずっと昔、寝物語に聞いたその言葉を夢想する。
(行ってくるぜ、おふくろ。だって俺ぁ……侍、だからよ)
●機械人形は楽園の夢を見る
天下統一戦争に優勝しても、世界は何も変わらなった。
一番広い領土と、一番の名声と、征夷大将軍の称号があって、ただそれだけ。
自分たちの膝元に富が集まって、幸福が集まって、出来ることはそこまで。
世界を丸ごと変えてしまうような奇跡なんて、この世界にはもう残っていなかった。
本来世界には、たくさんの可能性が満ち溢れていた。
命と、魂と、それらが紡ぐ物語には、どんな奇跡だって叶えられた。
でも……この世界には、もう、可能性が残っていなかった。
それらは『力』に変えられて、豊かな生活と、『永遠』として消費されて、今が続いていく代わりに、未来は根こそぎ伐採されていた。
何もかもが燃え落ちた焼け跡みたいな小さな世界で、まだ生きられる土地とめぐって争い続ける……それが、アヤカシと天下統一戦争の本質だった。
「姫様! ――紅姫様! 出家なさるとは、まことでございますか!?」
「うむ。すでに決めた事であるからな。そなたにも世話になったな、頼翁」
征夷大将軍の娘が、わざわざ龍の氏族の一員になるという。
確かに彼女は符術の達人ではあった。調停者の試験にも余裕で合格した。
だが実際に龍の氏族に入り、調停者になれば、天下統一戦争には戻れない。それは事実上、氏族から出ていくことを意味していた。
「我は決めたのだ。天下統一戦争ではない方法で、世界を満たす奇跡を探すと。父上にはよろしく伝えておいてくれ。尤も、こんな奔放娘より、兄上を優先されるだろうがな」
十五で家を出て、調停者となり、多くの戦を見た。
正しき法で何かを守れたこともあれば、法ゆえに悲劇を見過ごしたこともあった。
旅をして、旅をして……繰り返し、天下統一戦争を見届けた。
幾人もの勝者がいて、その何十倍もの、何百倍もの敗者がいて……。
そして、変わらない世界があった。
ある時、紅姫は帝に見初められ、彼の傍付きとなった。
十分な実績と、極めた符術の腕前と知識を備えた、齢四十の頃だった。
帝は……異様に若かった。彼らは長命だと思われていたが、事実は異なった。
彼らは短命であるが、『同じ顔をした者』が密かに繰り返し成り代わっていたのだ。
だというのに、彼らは決まって同じ夢を見た。
「紅。私はね――この世界を変えたいんだ」
それは、彼女が子供の頃から夢に見て、追いかけ続けた奇跡だった。
旅をして、繰り返し世界を見た。
ついぞ答えにたどり着けぬまま、紅はその生涯を終えた。
世界には同じ想いを抱く者たちがいて、彼らは天下統一戦争の流れから抜け出して、世界の真実を追い求め続けた。
そして誰もが答えにたどり着けず、辿り着いたとしてもそこに奇跡はなくて、あきらめと共に倒れ、世界に無念を刻み込んだ。
千年の歴史の中で、折り重なった無念に行き場はなくて、どこにも生まれ変われないまま、ずっとこの月に渦巻いていた。
だが、決して届かぬ空の向こうに伸ばし続けた腕が、どういうわけかオービター・トランキルに届いて、『変革』を願う魂を宿す機械人形が目覚めた。
目覚めた時から、人形は理由のない夢を持っていた。
どういうわけか、人を救いたかった。世を救いたかった。
そして何より、可能性の向こうにある奇跡を信じたかった。
(だが――やはり。夢とは、叶わぬものだな)
世界なんて大きすぎるものに手を伸ばすのが、きっと間違いだった。
小さなものでいい。小さな幸せだけで、満足するべきだった。
いいじゃないか。大勢の不幸に目を瞑って、自分だけ幸せになれば。
みんなそうしてる。みんなそうやって満足している。それだけでは満たされないなんて思い上がり、ただの強欲だ。
自分と、その近くにいる大切な人だけが、幸せになればいい……。
それ以上の何かを求めたら、それはもう、ヒトではなくなってしまう。
なのに……誰かを救えば自分も救われたような気がして……。
誰かに優しくすると、自分の傷が癒える気がして……。
救えたものがどんなに小さくても、立ち上がる力をもらえてしまうから。
ささやかなぬくもりや、感謝の言葉。託された想い……守りたいものがどんどん増えて、背負いきれなくなってもまだ、拾い集め続けて……。
夢など見なければ、諦められるのに。
いつか諦めてしまった過去の自分が悔しくて、進み続けろと泣き叫んでいる。
もう何も取りこぼしたくない。もう何も諦めたくない。
次こそは……今度こそは……きっと奇跡を起こしてみせると。
きっとここが、行き止まりだ。
重ねた罪と後悔は、決して逃げ出すことを赦しはしない。
どこまで走っても、どうせまた新しい壁があって膝をつくのなら……壁を壊したい。
壁の向こうにあるものが、希望ではなかったとしても――
限界を壊すために、この魂は目覚めたのだから。
(執筆:ハイブリッドヘブン運営)
宇宙に浮かぶ星のひとつが流星を起こして、地上を焼くことができるという話を氏族が信じられたのは、やはり咎人やデミウルゴスの存在が大きい。
まだ知らないどこかには、まだ知らない何かがあって、それは場合によっては世界の在り方を根底から変えてしまうほどの衝撃を伴うことを、氏族たちは知っていた。
「しっかし、あの悪名高いゼハイル=デミウルゴスがまだ生きとって、しかも氏族に力を貸してくれるだなんて、こんな展開誰が想像してましたのん?」
「少なくとも、俺は完全に寝耳に水って感じだぜ?」
埜の氏族長ハヤミヤ、桐の氏族長オーパス。
咎人も参戦した『ウシャド・ソル』の戦いで一躍名を挙げた彼らもまた、咎人の協力要請に従って作戦に参加することになった。
オービター・トランキル攻略作戦。
それは本来、多くの氏族にとって『どうでもいいこと』だった。
氏族とは自分たちの領地を広げ、その領地を守ることを本能としている。それは彼らアヤカシが惑星開拓用のホムンクルスであった名残であり、個々人の性格を超越した、存在そのものが持つ傾向だ。
彼らは自分たちのこと以外、基本的にはどうでもいい。故に、どこかの誰か、知らぬ第三者のためだとか、知らぬ氏族の為の相互協力に積極的であるはずがなかった。
そんな氏族も、この一年間。やはり咎人の影響を受け、変わった。
外敵であるデミウルゴスと簒奪者。そして、それらと共に戦う咎人。
『身内』に対して強い絆を持つ彼らの心は、皮肉にも共通の敵との戦いの中で強く結びついた。だからこそ今、こうして仇敵とも力を合わせることができる。
「ゼハイルよ。一度は咎人と角の若君にとっちめられたお前が、どうして咎人や若君に協力しようって心変わりしたんだ?」
「心変わりはしてねぇんだよなあ~~~。俺様の行動はいつも俺様自身の為だからよ。何か気が変わったとか、そういうわけじゃねぇんだ」
「そんならどない、一番危ない役目を引き受けなさったんや?」
「俺様にはそれが出来るから、としか言いようがねぇが……ん~~~……難しいぜ。俺ぁ、喋ったりするのが得意じゃねぇんだ」
出来るからやる。理由として一番大きいのはそこだろう。
逆に、自分にしかできないのなら、自分がやらなければならない……とも思うし。
気持ちは変わっていない。この世は強いものが生き残るし、弱ければ死ぬ。ずっとずっとただその繰り返しの輪の中に自分という存在も流れているに過ぎない。
だが、それだけではない何かを感じているのも事実だった。
「この世には、言葉に出来ない巡り合わせというものもございます」
と、翡の氏族の長であるアサギリが静かに告げた。
アサギリとゼハイルには、直接的な因縁があった。なにせ翡の氏族は北部戦線で直接的にゼハイルとやり合ったこともあるのだから。
その上で、アサギリはゼハイルを真っ直ぐに見据え、そして言った。
「翡の氏族は弱い氏族です。特別な術、背にある翼での飛行能力などで他氏族へ奉仕し、その庇護を受けることで成り立ってきた歴史がございます。氏族長が女であることも、いわばその一部です」
「はん。美人だもんなぁ、あんた。でっけぇコブが二つもついてるたぁ思えねぇ~~~」
「人に好かれること。愛されること。気を許されること。それもまた我々の戦でございましたからね。見た目を整え、清潔にし、丁寧な言葉で距離を縮める。正しく、あなたとは反対でしょう?」
ゼハイルと言えば、力がすべてで何もかもをねじ伏せる男だ。誰からの理解もいらないから言葉遣いも雑だし、きちんと感情を言葉にすることもできなかった。
「アサギリとか言ったか。てめえは、俺様を許したのか?」
「いいえ。許したわけではございません。決して、決して、あれらの行いは許されてはならぬもの。故に忘れてはなりませんし、許してはなりません。これからも多くの子らに、語り継いでゆくために」
「語り継ぐ……?」
「この世は繰り返し、何度も何度も巡るもの。誰かにしたこと、されたこと。勝ちも負けも、強さの定義さえ、ゆらゆらと揺蕩い、そして巡り繰り返すのです。ゼハイル殿。あなたもまた、その大きな流れの中に埋もれる、小さな枝に過ぎません」
アサギリの細くしなやかな手が、トンとゼハイルの腹鎧に触れた。
「あなたは決して許されない。けれど、その行いはきっと誰かがあなたに繋いだもの。くるりくるり、またひとめぐり。あなたが誰かから受け渡されたものを、これからあなたは誰かに引き渡しに行くのです」
「ンなこと、本当に俺様に出来んのかぁ……?」
「できますとも。生きるということは、言葉なくともそのようなもの。ただ歩み、ただ選び、ただ繰り返す中で、何度も何度も命は答えを見つけ続ける」
答えとは蜃気楼のようなものだ。
見つけたと思えばふわりと消えて、手にしてみれば、思ったのと違ったりする。
嘆いたりつまずいたりして、またひとめぐり。立ち上がって、繰り返し求めるものだ。
ゼハイルが今ここに立っていることの理由はきっとひとつではない。たくさんあって、それらが複雑なかみ合って、小さな歯車がここまで何かを繋いできた。
その中にはゼハイルによる氏族の殺戮もあっただろうし、それによる咎人との戦いと敗北、それから同じデミウルゴスとの絆や、新しい命との出会いもあっただろう。
とても……とても、言葉にはできない。意識すらできないような積み重ねの中で、奇跡のような時間を過ごし、人は一生を終える。
「いつか『その時』をあなたも感じることでございましょう。『その時』には、後悔なさらぬように。命は何度も間違えるもの。大切なのは、終わり方ですからね」
アサギリは厳しく言って、しかし穏やかな笑みを浮かべた。
その時ゼハイルはふと、脳裏に見知らぬ女性の姿を思い浮かべた。アサギリより歳をとった、しかしやはり美しく、優しい人だった。
「氏族なんてそんなもんですわ。第一、ボクらがこれまで天下統一戦争で誰も殺していないわけがないんやし」
「だな。俺だって何度も死にかけたことがある。俺が亭主を殺したせいで、路頭に迷った女房やガキもいただろうぜ。その点においては、戦いには良いも悪いもねぇのさ」
「ゼハイルの兄さんがまずかったのは、双方の合意を得ない戦いをしたこと、その一点に尽きるんよ」
ゼハイルは「そういうもんか?」と言って頷く。そこへハヤミヤは手を伸ばした。
「戦いである以上は、ボクらがやってるのも怨恨を残すもんやねんな。でもずっとそれを抱えとったら、『許さん方』も苦しいままになる。だからボクらは戦いが終わると、『ムスビ』というおまじないをするんや」
「喧嘩はここまで。終わっちまったもんはしょうがねえから、一旦忘れようってこった」
同じく、オーパスも太い腕をずいっと伸ばす。
「意味あんのかよ? また統一戦が始まったら戦うんだろ~~~?」
「いいじゃねえか。その日まで心が軽くなるんならよ。どんだけ鍛えても、肉体はどうせいつか衰える。だからな、大事なのは心だ」
ハヤミヤとオーパスの手をアサギリが右手で重ねて、左手をゼハイルの手に添える。
「はい。これにて結びでございます」
「お母様! そいつ甘やかさないでよ! あんたなんかこれで十分よ、おらぁ!」
その瞬間、光の矢のようなものが飛んできてゼハイルの頭部を叩いた。はっきり言って威力というものはほとんどなくて、頭部がぐわんぐわん揺れるだけであったが。
「あぁん!? てめえは……シェダに、グレタか」
「私たちが協力しているのは、角の若様と咎人に対してよ。あなたを受け入れただなんて、そんな勘違いはしないことね」
「誰もそんな勘違いしてねぇが……? なんなんだもう。女は嫌いだぁ~~~」
がっくりと肩を落とすと、同時にハヤミヤとオーパスが笑った。
「兄さん、そらぁ~贅沢ってモンですわ~」
「そうだそうだ。美人に囲まれやがって。ちったあ喜べってんだよ」
「じゃ~お前らが相手してくれよ……いてっ! いでででっ!? おい、せっかく修理してもらったボディに瑕がつくだろぉが! ていうかてめえらの妖術、弱すぎんだろぉ!? もっとちゃんと母ちゃんに教わったらどうだ、じゃじゃ馬どもが!」
「私たち、金持ちで強い男と結婚して左うちわの予定だから」
「術よりも美と器量を磨くのが翡の氏族の戦なのよ! ね、お母様っ!」
「……いいえ。あなた達、術のお勉強もなさい。弱い嫁なんてもらってくれる殿方はいませんよ」
「言われてんじゃねえか、ば~~~か」
「ぬぁんですってえええ~~~!?」
シェダが思い切りゼハイルの足を蹴り飛ばすが、硬すぎてむしろ飛び跳ねた。
そんな様を横目に、ハヤミヤは苦笑する。
「ま、色々あったけど。ボクらもひとめぐりってことで」
「だな。おーびたー……あー……なんだかよくわからねえが、お空での戦いではよろしく頼むぜ、ハヤミヤ」
「いやはや。行くだけで死ぬかもしれないって聞いとりますわ~。まずは無事にたどり着けるよう、お互い幸運を祈りましょ」
ゼハイルは『そうか』と理解した。
こいつらの内の何人かは……いや、ひょっとすると全員が、『天罰』の迎撃で命を落とすかもしれない。こいつらはそれを承知の上で集まっているのだ。
「……やらせねぇさ」
星空を見上げ、鉄屑は想う。
めぐりめぐって、またひとめぐり……。
思えば咎人との関係もそうだったのかもしれない。
過去は消えない。許されることはない。けれど、生きているからにはきっと何か理由があるし、生きているということそのものにきっと価値がある。
生きていてもいいのだと、咎人は言ってくれた。なんなら、『友』にさえなれるかもしれないと。
(ちっと前まで、俺は死んでもいいと思っていた。敗北者は生きていても仕方ねぇと。でも……今は、死にたくねぇや)
心残りもたくさんある。返しきれない恩とか、償いきれない罪とか。でもそれよりもっともっとずっとたくさんの何かをもらってしまったから。
(死にたくねぇけどよ。生きてぇけどよ。変だよな。それよりずっと、お前らに生きていて欲しいんだよ。お前たちが、この世界が続いてくれるんなら、俺ぁ……怖くねぇんだ)
誰かにもらったものを、誰かに返す。命はそうやって、続いていく――
『あなたは立派な、私たちの自慢の子供です。お侍として、最後までしっかりお役目を果たしなさい』
アサギリの……いや違う。ずっと昔、寝物語に聞いたその言葉を夢想する。
(行ってくるぜ、おふくろ。だって俺ぁ……侍、だからよ)
●機械人形は楽園の夢を見る
天下統一戦争に優勝しても、世界は何も変わらなった。
一番広い領土と、一番の名声と、征夷大将軍の称号があって、ただそれだけ。
自分たちの膝元に富が集まって、幸福が集まって、出来ることはそこまで。
世界を丸ごと変えてしまうような奇跡なんて、この世界にはもう残っていなかった。
本来世界には、たくさんの可能性が満ち溢れていた。
命と、魂と、それらが紡ぐ物語には、どんな奇跡だって叶えられた。
でも……この世界には、もう、可能性が残っていなかった。
それらは『力』に変えられて、豊かな生活と、『永遠』として消費されて、今が続いていく代わりに、未来は根こそぎ伐採されていた。
何もかもが燃え落ちた焼け跡みたいな小さな世界で、まだ生きられる土地とめぐって争い続ける……それが、アヤカシと天下統一戦争の本質だった。
「姫様! ――紅姫様! 出家なさるとは、まことでございますか!?」
「うむ。すでに決めた事であるからな。そなたにも世話になったな、頼翁」
征夷大将軍の娘が、わざわざ龍の氏族の一員になるという。
確かに彼女は符術の達人ではあった。調停者の試験にも余裕で合格した。
だが実際に龍の氏族に入り、調停者になれば、天下統一戦争には戻れない。それは事実上、氏族から出ていくことを意味していた。
「我は決めたのだ。天下統一戦争ではない方法で、世界を満たす奇跡を探すと。父上にはよろしく伝えておいてくれ。尤も、こんな奔放娘より、兄上を優先されるだろうがな」
十五で家を出て、調停者となり、多くの戦を見た。
正しき法で何かを守れたこともあれば、法ゆえに悲劇を見過ごしたこともあった。
旅をして、旅をして……繰り返し、天下統一戦争を見届けた。
幾人もの勝者がいて、その何十倍もの、何百倍もの敗者がいて……。
そして、変わらない世界があった。
ある時、紅姫は帝に見初められ、彼の傍付きとなった。
十分な実績と、極めた符術の腕前と知識を備えた、齢四十の頃だった。
帝は……異様に若かった。彼らは長命だと思われていたが、事実は異なった。
彼らは短命であるが、『同じ顔をした者』が密かに繰り返し成り代わっていたのだ。
だというのに、彼らは決まって同じ夢を見た。
「紅。私はね――この世界を変えたいんだ」
それは、彼女が子供の頃から夢に見て、追いかけ続けた奇跡だった。
旅をして、繰り返し世界を見た。
ついぞ答えにたどり着けぬまま、紅はその生涯を終えた。
世界には同じ想いを抱く者たちがいて、彼らは天下統一戦争の流れから抜け出して、世界の真実を追い求め続けた。
そして誰もが答えにたどり着けず、辿り着いたとしてもそこに奇跡はなくて、あきらめと共に倒れ、世界に無念を刻み込んだ。
千年の歴史の中で、折り重なった無念に行き場はなくて、どこにも生まれ変われないまま、ずっとこの月に渦巻いていた。
だが、決して届かぬ空の向こうに伸ばし続けた腕が、どういうわけかオービター・トランキルに届いて、『変革』を願う魂を宿す機械人形が目覚めた。
目覚めた時から、人形は理由のない夢を持っていた。
どういうわけか、人を救いたかった。世を救いたかった。
そして何より、可能性の向こうにある奇跡を信じたかった。
(だが――やはり。夢とは、叶わぬものだな)
世界なんて大きすぎるものに手を伸ばすのが、きっと間違いだった。
小さなものでいい。小さな幸せだけで、満足するべきだった。
いいじゃないか。大勢の不幸に目を瞑って、自分だけ幸せになれば。
みんなそうしてる。みんなそうやって満足している。それだけでは満たされないなんて思い上がり、ただの強欲だ。
自分と、その近くにいる大切な人だけが、幸せになればいい……。
それ以上の何かを求めたら、それはもう、ヒトではなくなってしまう。
なのに……誰かを救えば自分も救われたような気がして……。
誰かに優しくすると、自分の傷が癒える気がして……。
救えたものがどんなに小さくても、立ち上がる力をもらえてしまうから。
ささやかなぬくもりや、感謝の言葉。託された想い……守りたいものがどんどん増えて、背負いきれなくなってもまだ、拾い集め続けて……。
夢など見なければ、諦められるのに。
いつか諦めてしまった過去の自分が悔しくて、進み続けろと泣き叫んでいる。
もう何も取りこぼしたくない。もう何も諦めたくない。
次こそは……今度こそは……きっと奇跡を起こしてみせると。
きっとここが、行き止まりだ。
重ねた罪と後悔は、決して逃げ出すことを赦しはしない。
どこまで走っても、どうせまた新しい壁があって膝をつくのなら……壁を壊したい。
壁の向こうにあるものが、希望ではなかったとしても――
限界を壊すために、この魂は目覚めたのだから。
(執筆:ハイブリッドヘブン運営)