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妖鉄界ヤルダバオト


ぼく……名前……胤……。
アールフォーとリトルメック……ぼく、迷惑かけてばっかりだ……。
何も思い出せない……でも、ぼく……人間が……怖い……。
……来ないで……お願い……。


更新情報(2023/11/9)

妖鉄界アナザーエピソード『外典・衆生胤滅』が開幕!
天儀の調査と環境改善を進める調査隊の前に現れた謎の鉄騎。
天儀で生きてきたというアールフォーとリトルメック。
荒廃した世界で生き延びたという、『最後の生存者』。
新しい展開を迎える物語をお楽しみに!

ストーリーノベル

●胤という少年
 家族を診て欲しい。
 フロントラインへやってきたリトルメックからシオランへの依頼であった。
 話によれば、アールフォーとリトルメックの家族には不調な者がいるらしく、アールフォーを修理したシオランへ家族を調べてほしいというのだ。
「へぇ。それだけリトルメックが俺達を信頼してくれているってことか?」
「そうとは限らん。自分達でどうしようもなくて仕方なく助けを求めたのかもしれん」
「それでも、センチュリオンとかいう鉄騎を何度も倒しているのは知ってるだろ。それであいつらの拠点を襲撃する存在とは別だと考えてくれたんだろ」
 関心するイスルギ。その傍らで、クラーク・グライシンガー教授が難しい顔をしていた。
 咎人達が謎の鉄騎――センチュリオンと交戦してから時間が経過した。
 先日、謎の鉄騎たちの輸送船を調査したイスルギたちは格納庫から『センチュリオン』という名称を発見した。実際のところ彼らが本当に『そう』なのかは分かっていないが、いつまでも『謎の鉄騎』と呼んでいるわけにもいかない。ひとまず、敵の呼称は『センチュリオン』としたらしい。
 その間に咎人達はアールフォーと共に何度もセンチュリオンを撃退している。その中でアールフォーも咎人達を共に戦う者として認識してくれたようだ。
「しかし……家族を調べて欲しい、か」
「ん? 何か問題があるのか?」
 シオランの言い方にイスルギは違和感を感じた。
「ふむ。実はアールフォーの事なんじゃが……」
 シオランはアールフォーを修理する際に感じた事を語り出した。

<アールフォー>
 それはアールフォーが保有していた魂の強さについてだった。
「アールフォーは明確に月のデミウルゴス達とは違う。あの高出力なオートマトンが存在するのも驚きじゃが、それを稼働するだけの魂の強さ。驚嘆に値するわい」
 シオランたちは確かにアールフォーを修理したが、それは本当に簡単な程度だ。アールフォーは壊れたから停止したというよりは、人間と同じようにショックで気絶したというのが正確だ。内部機構に損傷は見られなかった。千年前の機体なのに、である。
「別に説明する意味がないので説明していなかったのじゃが、デミウルゴスには自己保管能力が存在する。軽微な損傷なら回復するナノマシンじゃな」
「ツバつけとけば治るようなもんか?」
「全然違うが結果的には同じようなものじゃな。……それがあったとしても、アールフォーは頑丈すぎる。それに、扱う霊力量が段違いじゃ」
 月に降り立ったデミウルゴスは強かったが、あれらは『不夜城』というバックアップとセットでの強さだ。月という巨大な霊力源から力を引き出しているからこそ、デミウルゴスは圧倒的な力を発揮できた。この前提条件を忘れてはならない。
「そうか。あいつ、不夜城なしであの強さってことか? そりゃ何か秘密がありそうだよな」
「ふぅん、楽しそうな話をしてますわね」
「げっ、ヨミ!?」
 興味を持ったヨミが歩み寄ってきた。
 強者に惹かれるが故に何かを嗅ぎ付けたのだろうか。
「今、法外に強くなる方法がありそうな話をしていませんでしたか? 私は無法の強さが大好きなのです」
「そうは言っても今は何も分からねぇよ。シオラン、アールフォーの家族を診てやるんだろ?」
「うむ。無銘にテレポーターの準備を依頼しておいた。間もなくアールフォーの拠点へ転移できるじゃろう」
 シオランはアールフォーの拠点へ赴く為に修理工具を準備し始める。
 その裏で、ヨミは静かにその様子を見つめていた。
(アールフォーの魂からの秘密……それが分かれば、利用できるかもしれませんね)


「何と! 子供だったとは」
 アールフォーの拠点へ赴いた教授が、開口一番に叫んだ。
 アールフォーの家族とは、オートマトンではない。誰の目からみても普通の肉体を持つ少年であった。

<胤>
「この子――『胤』はね。とっても病弱でね。寝たきりなんだよ。体調が良い時は動けるんだけどねー。調子のいい時はオイラに乗って移動しているんだけど……今日はダメみたい」
 リトルメックが少年――胤について教えてくれた。
 胤はアールフォー、リトルメックと共にシェルターで過ごしている。あまり体調が良くない為、一日のほとんどを寝て過ごしているらしい。
「胤。きみが人間を怖がるのは知ってる。でもね、この人は胤の体を良くしに来てくれたんだよ」
「…………うん」
 弱々しい声。かすかに手が震えている。人間を怖がるというのは本当だろう。
 年の頃は10歳ぐらいか。
「この人に、体を見て貰えそう?」
 リトルメックは心配そうに声をかける。
 感覚的に少しずつ持ち直しているようにも思えるが、明確な変化は見られない。
 調子の悪い時は、体を起こすことも難しいようだ。
 その様子をみていたシオランは、唸り声を上げる。
「いや、今は診察を止めておこう」
「…………!」
「無理をせんで良い。ゆっくり休むと良い。落ち着いて調子の良い日に診察すれば良いじゃろう」
 シオランは胤をベッドに寝かせて布団を掛けてやった。
 上体を起こしたものの、体の調子は芳しくないようだ。
 横になって程なくして、胤は深い眠りについた。

<リトルメック>
「無理に診察はできんのじゃ。時間をかけて診察する他あるまい」
「ごめんね。胤を診る為に来てくれたのに」
 リトルメックはシオランへ頭を下げた。
 未だに咎人への態度を軟化させないアールフォーと異なり、リトルメックは咎人へ助けを求めた。
 二人には考え方に大きな差異があるようだ。
「教えてくれねぇか? あの胤という子はどうしたんだ?」
 シェルターまでついてきたイスルギは、率直にアールフォーへ問いかけた。
「…………」
「胤は記憶を失っているみたいでね。自分の事が分からないんだ」
 黙ったままのアールフォーに代わり、リトルメックが説明する。
「記憶喪失という奴だな。外因性の可能性もあるが、その調子では精神的なものかね?」
 教授は畑違いながら冷静に胤を観察していたようだ。
「それも分からないんだ。オイラ達と出会う前の事はまったく覚えてないみたい」
「そんなもの、絶対に人間共に何かをされたに決まっている!」
 リトルメックの言葉を遮るようにアールフォーが言葉を荒げた。
 シオランが宥めるようと試みる。
「アールフォー……」
「人間は、俺達オートマトンを天儀に置き去りにした。自分達だけが宇宙に逃げ、俺達は砂の星となった天儀に放置だ。俺は人間を主とは認めていない」
 初めてアールフォーが感情を露わにした言葉を発した。
 アールフォーはやはり古代人に天儀へ置き去りにされた。おそらくそれまでは人間を主人としていたのだろう。だが、その主人はあっさりとアールフォーを捨てた。その絶望と怒りは、想像もできない。
(シオラン君。君にとっては辛い話だな)
 アールフォーの言葉をシオランは黙って聞いていた。
 古代人であり、コールドスリープから目覚めたシオランは謂わば当事者だ。
 残されたアールフォーの言葉に反論もできるだろうが、敢えて口を噤んでいる。
 傍らにいた教授には、それを見守る事しかできなかった。
「だが……同じ人間でも胤は別だ。俺たちが守ってやらねば生きていくこともできない。それに……この子もまた、この星に捨てられた家族だからな……」
「アールフォー君、我々だって彼を救えないか努力をさせてもらえないかね?」
 教授だって胤を見捨てられない。
 出会ったばかりだが、弱った少年を放置してまで天儀開拓を押し進める気はない。
 現地で協力できるのであれば、協力していきたい。
 しかし、感情を露わにアールフォーにその言葉は届かない。
「黙れ! お前たちでも胤を治せないというのなら話は終わりだ! 人間はまた俺達を見捨てる。人間がやってきて、またこの星を好き勝手にしようとすれば、胤は居場所を失うかもしれない!」
 それは、アールフォーが絞り出した本音だった。
 すべては胤を守る為。
 胤の邪魔になり得るのであれば、排除する。おそらく先日北の古代都市で戦いを挑んだのは、そのような理由だろう。
 だが、そこへシオランが重い口を開いた。
「気持ちは分かった。見捨てられたという想いはリトルメックも同じじゃろう。じゃが、それでもリトルメックはワシに胤を診察して欲しいと言った。自分の本音を押し殺してな」
 シオランも分かっていた。
 リトルメックも本当は人間に頼りたくないと。
 おそらく古代人が天儀を離れる際に、余程酷い事があったのだろう。それでもリトルメックはシオランへ診察を依頼した。それは胤の体調も案じての事だ。一時の感情で咎人を突き放しても、胤は良くならない。それなら一縷の望みを掛けて胤を診察してもらいたい。
「…………」
 シオランの言葉に、アールフォーは返す言葉がなかった。
 

「いや、おかしくねぇか?」
 イスルギがシオランと教授にそう話し掛けたのは、シェルターの外で三人だけになってからだ。
 イスルギの疑問。それは二人も理解していた。
「分かっておる。胤の事じゃな」
 胤はシオランが見る限り、普通の人間だ。
 だが、天儀において胤の存在はおかしい。
 天儀は環境汚染が激しく、神霊樹無しではまともに行動ができない。シェルター付近にも神霊樹を植樹した為にこうして三人は普通にしていられるが、神霊樹がなければイスルギは汚染によりシェルターへ来ることができなかった。
「問題はこの天儀の環境に古代人が神霊樹無しに生存できた事だ。開拓用にDNA調整を受けているアヤカシは古代人に比べてかなり頑丈じゃ。それでも神霊樹無しでは生きられない。だが、胤は今まで神霊樹なしで天儀で生きていた……これはどう考えるべきか」
 教授は、三人が抱いていた疑問を口にした。
 アヤカシでも生存できず、咎人でもマスクなしで活動できない天儀。
 古代人の肉体はアヤカシよりもずっと脆弱だ。しかし、胤は病弱であれど天儀で生きている。
 これは一体どういう事なのか。
「そもそもよぉ……あの胤ってヤツは、『何歳』なんだよ?」
 シオランは1000年前の時代から生きている古代人だが、そのほとんどの時間をコールドスリープで過ごしていた。つまり、肉体の実年齢は1000歳ではない。胤も同様に、1000年前から何らかの方法で生きていた可能性があるわけだ。
「古代人に『寿命』の概念はない。永遠の時を生きるのが当たり前の生命じゃからな。とはいえ、一定の年齢――即ち『成人』する程度までは、肉体が成長する仕組みじゃ。胤のように子供のままの不老というのは、ワシも聞いたことがないのう」
 どちらにせよ、ただの古代人が生きられる環境ではないことは確かだ。
「胤は、アヤカシじゃないんだな?」
「うむ。さすがにアヤカシかどうかくらいならすぐに分かる。尤も、ただの古代人だと断言するのも難しい状況ではあるがな」
 イスルギの問い、シオランは眉を下げながら答えた。
 胤はアヤカシではない。だが、古代人としても胤は異質だ。
 
 ――胤という少年。
 天儀には、未だ多くの謎が眠っていた。

(執筆:近藤豊)

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