闇掟界オルメタ

ウェンディゴ
醜い。実に醜い。
何も知らずに、歓喜の声を上げる様。
僕には豚の鳴き声にしか聞こえません。
分からないようなら教えて差し上げましょう。
あなた方が、如何に無能で無力なのかを。
更新情報(2022/05/19)「闇掟界オルメタ」が更新!ワールドガイドなどに加え、更に現在のワールドの状況を詳しく解説する特設ページとなっております。 シナリオやエピックも更新されておりますので、合わせてお楽しみください。 |
ストーリーノベル
●嵐の前の……
懐かしさ。
不思議とそういった感情は浮かばなかった。
死を迎えたから?
否。それは一つの通過点に過ぎない。
そうだ。
この感覚は、読み終わった本をもう一度読み直した時に似ている。
一度終わった話。もう一度読み直してみるが、そこには鮮度は失われている。
途中で気付くのだ。この結末は知っている、と。
その時の悲しさと絶望。
読み始めた自分に怒りを抱きながら、続きを読んでいく。
変わるはずのない結末に感動は生まれない。
それは、分かっていたはずだ。
分かっていたはずなのに。
「……大丈夫です。最早、単なる作業ですから」
●
その日、ツインフィールズの空気はいつもと違った。
同じ朝を迎えたはずなのに、誰しもが浮き足立っている。
これから訪れる非日常に心を躍らせているのだ。
「……叔父貴。そこまで着飾るのか?」
リカルド・マエストリ(mz0056)は、アンダーソンファミリーのボス、ウォルター・アンダーソンに少々呆れていた。
普段は屋敷からあまり出ないウォルターだ。出かける事は運動不足の解消にもなる。
しかし、普段着慣れないタキシードに身を包んでいる。このまま出掛ければ悪目立ちする事は間違いない。
「当たり前だ。今日はジャパンシアターの開場式なんだからな」
ジャパンシアター。
ツインフィールズが町をあげて建築した複合映画施設だ。ツインフィールズは映画の町として知られている。
そのツインフィールズの象徴ともなるべき映画館が、この町には必要。そう考えた町の有志達が、多数出資して築き上げられた映画館だ。入口に入れば豪華なシャンデリアが出迎え、赤い絨毯の上を歩けば日常から離れた世界が広がっている。映画を見に行く事が、異世界の冒険にも繋がる錯覚。さらに家族で楽しめるレストランやショッピングモールも併設。
<ウォルター・アンダーソン>
ジャパンタウンの近くにある事からジャパンシアターと名付けられているが、この映画館は間違いなく町のランドマークになる。
出資者の一人であるウォルターは、リカルドにそう力説していた。
「……叔父貴が映画館に出資とは」
「そういうがな、リカルド。俺達は確かにマフィアだが、町の市民でもある。この町が盛り上がる事に手を貸すのは市民としての義務だ」
マフィアである前に、ツインフィールズ市民だ。
ウォルターはそう断言する。
闇酒場や闇カジノを経営し、時によっては危ない橋も渡る。
そういう生き方をしてきたウォルターであるが、映画産業にも相応の寄付をしていたのをリカルドは知っている。
趣味のようなものだと考えていたが、ウォルターは真面目に取り組んでいたようだ。
「……そうか」
「その顔。納得してないだろう」
「…………」
リカルドは顔を背ける。
リカルドは咎人であるが、ウォルターとは生前から知っている。
リカルドの住んでいた世界とは異なるが、時間だけ見れば長い付き合いだ。考えを見透かされても不思議ではない。
そう、リカルドはウォルターと逆の考えだ。
市民である前にマフィアだ、と。
「まあいい。お前も来い。良い機会だ。少しは裏稼業以外を覚えるべきだ」
「……叔父貴がそういうなら」
リカルドは、渋々とそれに従う。
この価値観のどちらが正しいのか。それはリカルドにも分からない。
ただ、リカルドは知っている。
ただ、リカルドは知っている。
マフィアは死んでも、マフィアでしかない事を。
●
<ダン・カークランド>
「……くそっ!」
ウエストサイドでは、カークランドファミリーのボスであるダン・カークランドが荒れていた。
近くにあった椅子を蹴り飛ばし、テーブルの上にあったグラスを揺らす。
「ボス……」
部下も言葉が出て来ない。
それはダンの信条を理解しているからだ。
現在、カークランドファミリーは危機的状況であった。アンダーソンファミリーと袂を分かち、ウエストサイドを支配下に置いた事で急速に成長を見せた。ダンやその部下に流れる資金は目を見張る物があった。
まさに我が世の春を謳歌していた。
そう、『していたはず』だったのだ。
「なんでだ! どうしてこうなる!」
悲痛にも似たダンの叫び。
確かにここ最近で一気にカークランドファミリーの勢いは低下した。
違法な酒が保管されていた倉庫が警察のガサ入れを受けた事で、売上は大きく減少。逮捕者も出ている。ウエストサイドから移転する店も少なくない。
しかし、ダンが苛立つのはある噂が背景にあった。
「ボス、本当なんですか? アンダーソンファミリーの連中が警察と手を組んだなんて」
「知るか、ボケっ!」
ダンは怒りに任せて部下を叱りつけた。
カークランドファミリーが劣勢な理由。あくまで噂だが、アンダーソンファミリーが警察や町の有力者と手を組んで追い込んでいるという話がある。ダンもそれが真実とは思えないし、思いたくもない。アンダーソンファミリーに居たから分かる。ウォルター・アンダーソンはそんなチンケな男じゃない。先日あったリカルドも親父は変わっていないと保証してくれたではないか。
「サツと手を組んだ? ある訳ねぇだろ!」
「ですが、この状況はおかしいです。明らかに裏で誰かが動いてます。もしかしたら、最近戻ってきたリカルド……」
言い掛けた部下の側頭部に、ダンのバットが衝突する。
フルスイングされたバットが、部下を部屋の端へと吹き飛ばす。
「馬鹿言ってんじゃねぇ。馬鹿を……」
そう言いながら、ダンは言葉が重くなる。
信じたくはない。だが、そうとしか思えない状況ではある。
思い悩むダン。その横で別の部下が言葉を溢す。
「こうなりゃ、サツもアンダーソンもまとめて始末するしか……」
「……それか。それしかねぇよなぁ。もう、戻れねぇんだな」
愚痴にも等しい部下の言葉。
だが、その言葉がダンにある決意を促した。
最早、『キメる』しかない。
「兵隊を集めろ。総力戦だ。生き残るには、連中を始末するしかねぇ」
●
「……映画館の警備?」
「はい。人手が足りないそうで」
ツインフィールズ警察で捜査官マット・マートンが呆れかえる。
違法酒の摘発で見方が少し変わったと実感していたマットであるが、ここにきて任務とは別の雑用である。
「人手が足りないって。俺達は違法酒の捜査がメインだろ?」
「そうなんですが、町の要人も多く集まるそうで警備を厳重にしたいそうなんです」
事情を話す部下。
言い分も十分に分かる。警察としても警備を万全にしていると見せなければならない。事実、警察署長の陽念庭も既に会場へ赴いているらしい。もっとも見せ場と分かっている為に正装で現れた辺り、意図は警備ではない気もするが。
「はぁ、まったく要人の警護ねぇ」
「行きたく無さそうですね」
「当たり前だろ」
「そう言いながら、ジャパンシアターに向かってますよね」
「行くしかねぇだろ。やだねぇ、こういう厄介事は……」
「あのー」
マットが愚痴る横から、一人の少女が声を掛けてくる。
マットの記憶では教会の孤児院に住むファリフという少女だったか。
警察は教会を監視対象にしている事から、マットも資料でファリフを知っていた。
「ん? なんだい?」
「ジャパンシアターってどっちかな?」
<ファリフ>
ファリフはジャパンシアターへ赴きたかったようだ。
様子から見物が目的だろう。
マットも見物客の整理をこれから行わなければならない。そう思うだけで少々憂鬱になる。
「そっちだけど……今日は招待客しか入れないぞ」
「知ってるよ。でも、新しい映画館をちょっとでも見たくて」
「そうか。警備の邪魔をしないようにな」
「うん」
少女はマットが向かう方向へ走り出した。
走る姿を見る限り、普通の少女と変わりない。
資料によれば彼女も祈祷師らしいが、そうは見えない。
そんな考えをしているマットに対してファリフは振り返って叫ぶ。
「ありがとう、おじさん!」
「俺はおじさんじゃない! まだ若い!」
●
<ウェンディゴ>
「町の有力者による豪華絢爛なパーティですか?」
出来たばかりのジャパンシアターを影から一瞥するウェンディゴ。
彼の目から見れば、ジャパンシアターは滑稽が行き過ぎて生まれた産物でしかない。
何も知らずに我が物顔でこの町を歩き、見せかけだけ豪華な内装に自己を満足させる。
「滑稽を通り越して、哀れです。この町の連中は」
連中に塗る薬はない。
死以外に選択肢なし。
そしてようやく、我々の願いは成就へ近づく。
「哀れなネズミ達のパーティへ参りましょう。招かれざる客として」
ウェンディゴは、踵を返す。
今こそ、クリーチャーの悲願を叶えさせる為に。
(執筆:近藤豊)
懐かしさ。
不思議とそういった感情は浮かばなかった。
死を迎えたから?
否。それは一つの通過点に過ぎない。
そうだ。
この感覚は、読み終わった本をもう一度読み直した時に似ている。
一度終わった話。もう一度読み直してみるが、そこには鮮度は失われている。
途中で気付くのだ。この結末は知っている、と。
その時の悲しさと絶望。
読み始めた自分に怒りを抱きながら、続きを読んでいく。
変わるはずのない結末に感動は生まれない。
それは、分かっていたはずだ。
分かっていたはずなのに。
「……大丈夫です。最早、単なる作業ですから」
●
その日、ツインフィールズの空気はいつもと違った。
同じ朝を迎えたはずなのに、誰しもが浮き足立っている。
これから訪れる非日常に心を躍らせているのだ。
「……叔父貴。そこまで着飾るのか?」
リカルド・マエストリ(mz0056)は、アンダーソンファミリーのボス、ウォルター・アンダーソンに少々呆れていた。
普段は屋敷からあまり出ないウォルターだ。出かける事は運動不足の解消にもなる。
しかし、普段着慣れないタキシードに身を包んでいる。このまま出掛ければ悪目立ちする事は間違いない。
「当たり前だ。今日はジャパンシアターの開場式なんだからな」
ジャパンシアター。
ツインフィールズが町をあげて建築した複合映画施設だ。ツインフィールズは映画の町として知られている。
そのツインフィールズの象徴ともなるべき映画館が、この町には必要。そう考えた町の有志達が、多数出資して築き上げられた映画館だ。入口に入れば豪華なシャンデリアが出迎え、赤い絨毯の上を歩けば日常から離れた世界が広がっている。映画を見に行く事が、異世界の冒険にも繋がる錯覚。さらに家族で楽しめるレストランやショッピングモールも併設。

<ウォルター・アンダーソン>
出資者の一人であるウォルターは、リカルドにそう力説していた。
「……叔父貴が映画館に出資とは」
「そういうがな、リカルド。俺達は確かにマフィアだが、町の市民でもある。この町が盛り上がる事に手を貸すのは市民としての義務だ」
マフィアである前に、ツインフィールズ市民だ。
ウォルターはそう断言する。
闇酒場や闇カジノを経営し、時によっては危ない橋も渡る。
そういう生き方をしてきたウォルターであるが、映画産業にも相応の寄付をしていたのをリカルドは知っている。
趣味のようなものだと考えていたが、ウォルターは真面目に取り組んでいたようだ。
「……そうか」
「その顔。納得してないだろう」
「…………」
リカルドは顔を背ける。
リカルドは咎人であるが、ウォルターとは生前から知っている。
リカルドの住んでいた世界とは異なるが、時間だけ見れば長い付き合いだ。考えを見透かされても不思議ではない。
そう、リカルドはウォルターと逆の考えだ。
市民である前にマフィアだ、と。
「まあいい。お前も来い。良い機会だ。少しは裏稼業以外を覚えるべきだ」
「……叔父貴がそういうなら」
リカルドは、渋々とそれに従う。
この価値観のどちらが正しいのか。それはリカルドにも分からない。
ただ、リカルドは知っている。
ただ、リカルドは知っている。
マフィアは死んでも、マフィアでしかない事を。
●

<ダン・カークランド>
ウエストサイドでは、カークランドファミリーのボスであるダン・カークランドが荒れていた。
近くにあった椅子を蹴り飛ばし、テーブルの上にあったグラスを揺らす。
「ボス……」
部下も言葉が出て来ない。
それはダンの信条を理解しているからだ。
現在、カークランドファミリーは危機的状況であった。アンダーソンファミリーと袂を分かち、ウエストサイドを支配下に置いた事で急速に成長を見せた。ダンやその部下に流れる資金は目を見張る物があった。
まさに我が世の春を謳歌していた。
そう、『していたはず』だったのだ。
「なんでだ! どうしてこうなる!」
悲痛にも似たダンの叫び。
確かにここ最近で一気にカークランドファミリーの勢いは低下した。
違法な酒が保管されていた倉庫が警察のガサ入れを受けた事で、売上は大きく減少。逮捕者も出ている。ウエストサイドから移転する店も少なくない。
しかし、ダンが苛立つのはある噂が背景にあった。
「ボス、本当なんですか? アンダーソンファミリーの連中が警察と手を組んだなんて」
「知るか、ボケっ!」
ダンは怒りに任せて部下を叱りつけた。
カークランドファミリーが劣勢な理由。あくまで噂だが、アンダーソンファミリーが警察や町の有力者と手を組んで追い込んでいるという話がある。ダンもそれが真実とは思えないし、思いたくもない。アンダーソンファミリーに居たから分かる。ウォルター・アンダーソンはそんなチンケな男じゃない。先日あったリカルドも親父は変わっていないと保証してくれたではないか。
「サツと手を組んだ? ある訳ねぇだろ!」
「ですが、この状況はおかしいです。明らかに裏で誰かが動いてます。もしかしたら、最近戻ってきたリカルド……」
言い掛けた部下の側頭部に、ダンのバットが衝突する。
フルスイングされたバットが、部下を部屋の端へと吹き飛ばす。
「馬鹿言ってんじゃねぇ。馬鹿を……」
そう言いながら、ダンは言葉が重くなる。
信じたくはない。だが、そうとしか思えない状況ではある。
思い悩むダン。その横で別の部下が言葉を溢す。
「こうなりゃ、サツもアンダーソンもまとめて始末するしか……」
「……それか。それしかねぇよなぁ。もう、戻れねぇんだな」
愚痴にも等しい部下の言葉。
だが、その言葉がダンにある決意を促した。
最早、『キメる』しかない。
「兵隊を集めろ。総力戦だ。生き残るには、連中を始末するしかねぇ」
●
「……映画館の警備?」
「はい。人手が足りないそうで」
ツインフィールズ警察で捜査官マット・マートンが呆れかえる。
違法酒の摘発で見方が少し変わったと実感していたマットであるが、ここにきて任務とは別の雑用である。
「人手が足りないって。俺達は違法酒の捜査がメインだろ?」
「そうなんですが、町の要人も多く集まるそうで警備を厳重にしたいそうなんです」
事情を話す部下。
言い分も十分に分かる。警察としても警備を万全にしていると見せなければならない。事実、警察署長の陽念庭も既に会場へ赴いているらしい。もっとも見せ場と分かっている為に正装で現れた辺り、意図は警備ではない気もするが。
「はぁ、まったく要人の警護ねぇ」
「行きたく無さそうですね」
「当たり前だろ」
「そう言いながら、ジャパンシアターに向かってますよね」
「行くしかねぇだろ。やだねぇ、こういう厄介事は……」
「あのー」
マットが愚痴る横から、一人の少女が声を掛けてくる。
マットの記憶では教会の孤児院に住むファリフという少女だったか。
警察は教会を監視対象にしている事から、マットも資料でファリフを知っていた。
「ん? なんだい?」
「ジャパンシアターってどっちかな?」

<ファリフ>
様子から見物が目的だろう。
マットも見物客の整理をこれから行わなければならない。そう思うだけで少々憂鬱になる。
「そっちだけど……今日は招待客しか入れないぞ」
「知ってるよ。でも、新しい映画館をちょっとでも見たくて」
「そうか。警備の邪魔をしないようにな」
「うん」
少女はマットが向かう方向へ走り出した。
走る姿を見る限り、普通の少女と変わりない。
資料によれば彼女も祈祷師らしいが、そうは見えない。
そんな考えをしているマットに対してファリフは振り返って叫ぶ。
「ありがとう、おじさん!」
「俺はおじさんじゃない! まだ若い!」
●

<ウェンディゴ>
出来たばかりのジャパンシアターを影から一瞥するウェンディゴ。
彼の目から見れば、ジャパンシアターは滑稽が行き過ぎて生まれた産物でしかない。
何も知らずに我が物顔でこの町を歩き、見せかけだけ豪華な内装に自己を満足させる。
「滑稽を通り越して、哀れです。この町の連中は」
連中に塗る薬はない。
死以外に選択肢なし。
そしてようやく、我々の願いは成就へ近づく。
「哀れなネズミ達のパーティへ参りましょう。招かれざる客として」
ウェンディゴは、踵を返す。
今こそ、クリーチャーの悲願を叶えさせる為に。
(執筆:近藤豊)