オープニング

「ホットミルク。シナモン入りで」
　それが、違法酒場『スピークイージー』における暗号だ。
　見た目は普通のカフェだが、暗号を口にすれば隠していた酒を提供してくれる。
　しかし、今回の暗号はそれとは別の物だ。

　この暗号は――裏稼業の仕事斡旋だ。
「……腕は信用していいんだよな？」
　店のマスターであるシーツが、表情一つ変えずに問いかけて来た。
　あなたは口を開く事なく、小さく頷いた。
　自分の実力も弁えないルーキーに見えたのだろうか。
　しかし、シーツからすればそれは単なる確認に過ぎない。
「そうか」
　そう言いながら、シーツはカウンターから一枚のメモを取り出した。
　あなたは促されるままに、メモを手に取った。
　そこには住所が記載されている。
「この町は映画業界が強い関係なのか、アメリカ地方都市としても大きい方だ。そのおかげで『田舎の跳ねっ返り』連中がやってくる。一発当てようって意気込みは良いが、気合いが入りすぎて逆らっちゃならない相手も理解できない連中がな」
　シーツの話によれば、外からツインフィールズに憧れる連中がやってくるのだが、俳優だけではなくマフィアとして成り上がろうとする連中もやってくる。ある程度理解できる頭があれば、アンダーソンファミリーへ逆らってはいけないと理解できるのだが、中には勢いだけで暴れる連中がツバを吐いてくる事がある。
「連中、アンダーソンファミリーのシマを荒らしただけじゃなく、下っ端を集団で可愛がってくれたらしい。礼儀を教えるとか言ってな。だから、ファミリーとしてもその『お礼』をしてやらないとな」
　マフィアにも満たない、謂わばチンピラの集団でしかない連中がアンダーソンファミリーに手を出した。
　舐められたら終わりのマフィア稼業。チンピラ集団に誰が上なのかをしっかり躾けなければならない。
　それがアンダーソンファミリーの決定であった。
「その住所は、連中のヤサだ。そこには連中が大事にしているスポーツカーがある。そこへ言って派手に暴れてやれ」
　連中はウエストサイドにある古いビルを根城にしている。
　表のゲートは施錠されているが、裏に入ればスポーツカーが停車しているガレージへ忍び込める場所があるらしい。アンダーソンファミリーが忍び込む為に木箱を準備してくれる。それを踏み台にすればガレージの柵も乗り越えられる。
　反面、それを利用せずに正面のゲートを蹴破って入る込む手もある。その場合、すぐにチンピラ達が姿を現すだろう。
　ガレージには馬力にあるスポーツカーが三台停車している。チンピラ達がいつも自慢しているスポーツカーらしいのだが、今回はこれを徹底的に破壊する。慌てて出てくるチンピラが怒り狂うだろうが、連中をしっかり躾けてやれるチャンスだ。
「破壊方法は任せる。必要ならファミリーから火炎瓶を用意させる。景気よく連中のスポーツカーを破壊して、連中にアンダーソンファミリーの恐ろしさをしっかりと教えてやってくれ」
　破壊と教育。
　一見矛盾するような依頼ではあるが、アンダーソンファミリーがツインフィールズの二大マフィアと呼称されてきた理由は、ここにある。外から来る者へ畏怖の念を抱かせる。綺麗事だけでシマを守る事はできない。
「時間を掛ければサツがやってくる。気を付けろよ。俺に吉報を聞かせてくれ」
　ガレージへ潜入してスポーツカーを破壊。その上で現れるチンピラを教育する。
　忙しない依頼ではあるが、これも仕事だ。
　引き受けるからには、期待通りの仕事ぶりを見せなければ――。