オープニング

　天獄界の流刑街。料理店『アシュラ食堂』は二人の姉妹によって営まれていた。
「トンカツ、大人気ね」
「大当たりだったのですよ～♪」
　姉のゾフィーと遅い昼食をとっているのは、妹のシーナだ。ゾフィが調理、シーナが給仕として働くことでアシュラ食堂は成り立っている。
　美味しい猪モンスターの肉を使うことで、ここしばらく売上が伸びていた。今では狩った咎人たちから買い取っているので、売り切れになることは少ない。
「もっとも人気がありすぎて、ほぼずっと揚げっぱなしの一日もあったりするのだけれど。このままだと『アシュラとんかつ店』になりそう」
「お姉ちゃん、それは贅沢な悩みなのです。あと、わたしでよかったら担当を交代するのですよ」
「それはダメ。シーナの料理の腕も悪くないけど、まだまだだから」
「えー、それじゃあいつまで経ってもうまくならないのですよ」
　ゾフィとシーナの昼食休憩はやがて終わる。
　アシュラ食堂の営業は、昼食と夕食を狙った二つの時間帯に絞られていた。昼食を食べ終わると、ゾフィは夕方以降の仕込みをおこなう。シーナは大きなリュックを背負って、足りない食材の買い出しにでかける。
「さっき食べたばかりなのに……」
　あれやこれやと動き回って購入していくうちに、小腹が空いてきた。
　においに誘われて入った開店したばかりのお店で食したのはカレーだった。しかしシーナにとって、まずくはないものの取り立てておいしくもない。
（やっぱりあのカレーじゃなかったのですよ。前に食べたのもう一度食べたいな。お店、かなり前に潰れちゃったんだけど……）
　シーナがトボトボ歩いていると、突然に足を止める。潰れたカレー店で給仕をしていた女性を見かけたからだ。
「あの、すみませんです」
「えっと、誰かしら」
　客と給仕のやり取りしかしてなかった関係だが、シーナは声をかけてみる。まずは潰れたお店で食べたカレーがとても美味しかったことを告げた。さらにカレーを作った料理人を知らないかと訊ねてみたが、首を横に振られる。
「私、ほんの数ヶ月だけ働いていただけなの。知っているのは、あのお店のカレーはジャパン風ってことぐらいよ」
「そうなのですか。残念なのです」
　給仕だった女性に礼をいってシーナは立ち去ろうとした。背中を向けた途端、「待って」と呼び止められる。
「思いだした。一度、コックとカレーについて話したことがあるの。自分が作っているのは、ごく普通のジャパンカレーだけど、実は隠し味として醤油の実を粉にして入れているって」
「醤油の実？」
「コックが勝手にいっているだけの実らしいの。醤油もカレーの隠し味に使うけれど、その実の粉末を足すと、より風味が強まるみたい。ただコックが知る限り、ある浮遊島で自生しているだけなんだって。なんだっけ、あるモンスターがいるっていってたような……」
「その浮遊島について、教えてくださいなのです！」
　給仕だった女性はいくつかのヒントをだしてくれた。シーナはそのヒントを手がかりとして聞き回り、浮遊島を特定。自分もモンスター討伐の一員として参加することを決める。
　留守の間だけは臨時のアルバイトを雇う。そして一緒に向かう咎人たちにシーナは願った。醤油の実を採取したいのだと。
　お礼としてアシュラ食堂でカレーを振る舞うという。また一ヶ月の割引券をつけると約束するのだった。