オープニング
●今までとこれからと
神を名乗る最後の敵……それを打ち倒したことにより、聖樹界における簒奪者の脅威は完全に絶たれた。
長く苦しい戦いが終わった。それは喜ばしいことには違いないが、喜びも苦しみも分かち合った咎人たちがこの世界に来る理由が激減するという側面もある。
無論、遊びに来ようと思えばいつでも来られる。ふと様子を見るために、あるいは懐かしい友人に会うためにとひょっこり現れることは簡単だ。
しかし年月を共に駆けた時のように頻繁には会えなくなるだろう。咎人の助けを欲している世界はまだまだあるのだから。
「それで最後にやるのが模擬戦ってか? 俺が言うのも何だが無粋じゃねぇかなぁ」
「穏やかな時で別れを惜しむのは最後の戦いの前の祭りでやりましたからな。同じことをしても仕方ありますまい」
「そういうとこだぞお前」
老将軍グラール・ハサーは、魔法騎士団教導隊隊長フェム・エーナから大規模な模擬戦の申請を受けて眉を八の字に曲げる。
無骨で気が回らない性格だと自覚しているグラールでさえ、戦ってお別れしようという発想はなかった。
いや自分一人だけならやったかもしれないが、80名前後いる教導隊の隊員たちが納得するだろうか? もっと感動的な別れを望むのではと考えたのだ。
「仰っしゃりたいことは重々。しかし、これからは我々この世界の人間の力でこの世界を守っていかねばなりますまい。何か起こる度に咎人に縋りつくのでは騎士の名折れ……我々が今までの経験でどれだけ強くなったのか、これからを任せるに足るようになったのか見てもらおうということです」
「……そうか。ま、そこまで言うならこれ以上俺に言うことはねぇ。好きにやんな」
「ありがとうございます。では、これにて」
フェムが退室するのを見送ってから、グラールは立ち上がり窓の外を見た。
穏やかな天気。魔王の脅威も去り、平和を取り戻した空だ。
あの様子なら大丈夫。今すぐにとは言わないまでも、フェムなら将軍の地位を自力で獲得して立派に国のために尽くしてくれるだろう。
「……たくさんの命を救った。たくさんの命を見殺しにした。今更罪から逃れようとは思わねぇが、その精算をするのはもうちっと後になりそうだ」
最後の瞬間まで国に尽くし死ぬ。それがグラールの信念であり、教示であり、贖罪。
「エアトスよぉ、俺がくたばるまで地獄で待ってろよ。まぁ、歓迎はされねぇかもしれねぇがな」
老いてなお屈強なる老将軍は、後継者のためにまだまだ死ねないと自嘲するのだった―――
●全身全霊で
「というわけだ。すでにグラール将軍の許可も頂いている。各自、全力で挑むように」
教導隊の詰め所に戻ったフェムは、早速隊員たちに模擬戦のことを伝えた。
これまでの成果を、これまでの成長を咎人にぶつける……自分たちは、あなたたちのおかげでここまで強くなれましたよと。
しかし、趣旨は理解するが隊員たちの間には少なくない動揺が走っていた。
「あ、あの、隊長……私たちが勝てるわけないじゃないですか。咎人さんたちはあのでっかい魔獣や神様モドキすら倒したんですよ?」
「そうっすよ。いくら胸を借りるって言っても今じゃなくないっすか? お別れはきちんとやったほうが……」
「ではいつやる? 一ヶ月後か? 三ヶ月後か? 半年後か? そのきちんとしたお別れをした後に『模擬戦をやりたいから来てくれ』と呼び出すのか?」
分かっている。隊員たちがこういう反応をすることも、勝つ見込みが薄い勝負であることもフェムは理解しているのだ。
これは区切り。咎人にとっても教導隊にとっても、お互いが大事だからこそやらねばならないことだと考える。
咎人との戦いは隊員たちにとっても自信になる。師を乗り越えようという気概を失って欲しくないのだ。
「勝てとは言わん。しかし今までの長い付き合いの中で、咎人から学んだ技術、得た知識、付けた力……それらはお前たちの中に確実に息づいている。それを感じ取ってくれればいい。なに、それこそ今生の別れというわけでもあるまい。変にお別れ会などやると彼らが再訪しにくくなるぞ?」
……あぁ、そうだ。堅物だった自分がこんな冗談を言えるようになったのも咎人たちに会ったればこそ。
咎人と駆け抜けた日々は辛いこともあったが、思えば多くのツキに恵まれていたのだ。
それらの総決算たるこの模擬戦だけは、フェムにとって譲れない事柄である。
フェムの穏やかな顔を見て、隊員たちもようやく納得する。
また笑顔で会うために……もっともっと強くなるために、今の自分達を再確認するのだと。
「隊長。厳しい戦いになるのは間違いないとは思いますが、戦闘中に言いたいことを述べるのは禁止ですか?」
「いや? 何でも言えばいい。ありがとうでも、また会いたいでも」
「そうですか。ありがとうございます」
少女騎士エルマ。途中から教導隊に加わったニューフェイス。
フェムに次いで咎人との縁が深く、彼らへの想いも並々ならぬものがある。
そんな彼女の真っ直ぐな瞳に、フェムは笑って返した。
(先生……今のボクはまだまだ足りません。それでも……先生が模擬戦に来てくれるなら、この胸の内を伝えます。騎士としてではなく……一人の少女として―――)
かくして、様々な思惑を孕みながらその日は近づいていく。
教導隊のラストミッションにして新たな一歩。それが、全身全霊をかけた模擬戦である―――
神を名乗る最後の敵……それを打ち倒したことにより、聖樹界における簒奪者の脅威は完全に絶たれた。
長く苦しい戦いが終わった。それは喜ばしいことには違いないが、喜びも苦しみも分かち合った咎人たちがこの世界に来る理由が激減するという側面もある。
無論、遊びに来ようと思えばいつでも来られる。ふと様子を見るために、あるいは懐かしい友人に会うためにとひょっこり現れることは簡単だ。
しかし年月を共に駆けた時のように頻繁には会えなくなるだろう。咎人の助けを欲している世界はまだまだあるのだから。
「それで最後にやるのが模擬戦ってか? 俺が言うのも何だが無粋じゃねぇかなぁ」
「穏やかな時で別れを惜しむのは最後の戦いの前の祭りでやりましたからな。同じことをしても仕方ありますまい」
「そういうとこだぞお前」
老将軍グラール・ハサーは、魔法騎士団教導隊隊長フェム・エーナから大規模な模擬戦の申請を受けて眉を八の字に曲げる。
無骨で気が回らない性格だと自覚しているグラールでさえ、戦ってお別れしようという発想はなかった。
いや自分一人だけならやったかもしれないが、80名前後いる教導隊の隊員たちが納得するだろうか? もっと感動的な別れを望むのではと考えたのだ。
「仰っしゃりたいことは重々。しかし、これからは我々この世界の人間の力でこの世界を守っていかねばなりますまい。何か起こる度に咎人に縋りつくのでは騎士の名折れ……我々が今までの経験でどれだけ強くなったのか、これからを任せるに足るようになったのか見てもらおうということです」
「……そうか。ま、そこまで言うならこれ以上俺に言うことはねぇ。好きにやんな」
「ありがとうございます。では、これにて」
フェムが退室するのを見送ってから、グラールは立ち上がり窓の外を見た。
穏やかな天気。魔王の脅威も去り、平和を取り戻した空だ。
あの様子なら大丈夫。今すぐにとは言わないまでも、フェムなら将軍の地位を自力で獲得して立派に国のために尽くしてくれるだろう。
「……たくさんの命を救った。たくさんの命を見殺しにした。今更罪から逃れようとは思わねぇが、その精算をするのはもうちっと後になりそうだ」
最後の瞬間まで国に尽くし死ぬ。それがグラールの信念であり、教示であり、贖罪。
「エアトスよぉ、俺がくたばるまで地獄で待ってろよ。まぁ、歓迎はされねぇかもしれねぇがな」
老いてなお屈強なる老将軍は、後継者のためにまだまだ死ねないと自嘲するのだった―――
●全身全霊で
「というわけだ。すでにグラール将軍の許可も頂いている。各自、全力で挑むように」
教導隊の詰め所に戻ったフェムは、早速隊員たちに模擬戦のことを伝えた。
これまでの成果を、これまでの成長を咎人にぶつける……自分たちは、あなたたちのおかげでここまで強くなれましたよと。
しかし、趣旨は理解するが隊員たちの間には少なくない動揺が走っていた。
「あ、あの、隊長……私たちが勝てるわけないじゃないですか。咎人さんたちはあのでっかい魔獣や神様モドキすら倒したんですよ?」
「そうっすよ。いくら胸を借りるって言っても今じゃなくないっすか? お別れはきちんとやったほうが……」
「ではいつやる? 一ヶ月後か? 三ヶ月後か? 半年後か? そのきちんとしたお別れをした後に『模擬戦をやりたいから来てくれ』と呼び出すのか?」
分かっている。隊員たちがこういう反応をすることも、勝つ見込みが薄い勝負であることもフェムは理解しているのだ。
これは区切り。咎人にとっても教導隊にとっても、お互いが大事だからこそやらねばならないことだと考える。
咎人との戦いは隊員たちにとっても自信になる。師を乗り越えようという気概を失って欲しくないのだ。
「勝てとは言わん。しかし今までの長い付き合いの中で、咎人から学んだ技術、得た知識、付けた力……それらはお前たちの中に確実に息づいている。それを感じ取ってくれればいい。なに、それこそ今生の別れというわけでもあるまい。変にお別れ会などやると彼らが再訪しにくくなるぞ?」
……あぁ、そうだ。堅物だった自分がこんな冗談を言えるようになったのも咎人たちに会ったればこそ。
咎人と駆け抜けた日々は辛いこともあったが、思えば多くのツキに恵まれていたのだ。
それらの総決算たるこの模擬戦だけは、フェムにとって譲れない事柄である。
フェムの穏やかな顔を見て、隊員たちもようやく納得する。
また笑顔で会うために……もっともっと強くなるために、今の自分達を再確認するのだと。
「隊長。厳しい戦いになるのは間違いないとは思いますが、戦闘中に言いたいことを述べるのは禁止ですか?」
「いや? 何でも言えばいい。ありがとうでも、また会いたいでも」
「そうですか。ありがとうございます」
少女騎士エルマ。途中から教導隊に加わったニューフェイス。
フェムに次いで咎人との縁が深く、彼らへの想いも並々ならぬものがある。
そんな彼女の真っ直ぐな瞳に、フェムは笑って返した。
(先生……今のボクはまだまだ足りません。それでも……先生が模擬戦に来てくれるなら、この胸の内を伝えます。騎士としてではなく……一人の少女として―――)
かくして、様々な思惑を孕みながらその日は近づいていく。
教導隊のラストミッションにして新たな一歩。それが、全身全霊をかけた模擬戦である―――
成功条件
条件1 | 教導隊と模擬戦を行う |
---|---|
条件2 | - |
条件3 | - |
解 説
・聖樹界イルダーナフにある、ロス・テラス聖王国のとある平原が舞台です。
・魔法騎士団教導隊と模擬戦を行い、その実力を確かめるのが目的です。
・模擬戦ですのでやりすぎは厳禁です。
・教導隊は約80名おり、それら全てと同時に戦闘することになります。
・教導隊は作戦やフォーメーションを駆使して来る上、咎人に成長を見せるのだと限界近い力を発揮します。多勢に無勢ということもあるので、油断すると危ないかも?
・特に注意すべきは隊長のフェムと少女騎士のエルマ。この二人はなかなかのパフォーマンスを出してきます。
・皆様から教導隊に言いたいことがあればプレイングにどうぞ。きっと彼らも喜びます。
・シナリオ終了時、記念品を差し上げる予定です。あくまで記念品レベルのものですが……。
・私のイルダーナフシリーズとしては最後のシナリオです。お互い悔いのないように頑張ってください。
マスターより
皆さんこんにちは。ありがとう……それしか言う言葉が見つからないと思っている西川一純です。
ついに最終回、エピローグです。
これまで多くの方々に参加していただき感謝に絶えません。
皆様のお力なくして、ここまで書ききることも続けられることもなかったと思います。
予定していた展開、想像だにしなかった展開と色々ありましたが、その瞬間その瞬間に集ってくださった皆様が紡いでくれた物語を私は誇りに思います。
どうか、最後の最後まで……教導隊との物語をお楽しみください―――
参加キャラクター
-
- 氷雨 累(ma0467)
- 人間種|男
-
- 不破 雫(ma0276)
- 人間種|女
-
- 青柳 翼(ma0224)
- 人間種|男
-
- ラファル・A・Y(ma0513)
- 機械種|女
-
- ザウラク=L・M・A(ma0640)
- 機械種|男
-
- ルー・イグチョク(ma0085)
- 人間種|男
-
- シアン(ma0076)
- 人間種|男
-
- フィリア・フラテルニテ(ma0193)
- 神魔種|女
- リプレイ公開中