オープニング

●妖鉄界の暗雲晴れて、今

　つい数日前のこと。
　妖鉄界の人々と咎人は邪神の目論見を超え――簒奪者アルストロメリア(mz0109)との協力を得ることで平穏を実現させた。
　そのことで邪神の数柱が苛立ちを抱いたのは言うまでもない。
　本来ならば偽神ヤルダバオトに力を貸し、世界のひとつを破滅に導くために送り込んだはずの『蒐集衆』アルストロメリア。
　彼女はただの簒奪者と異なり、驚異的な力と戦闘経験を備えている。
　その気になれば偽神とともにあの世界を滅ぼせたはずなのだ。
　それがまさか記憶どころか己の存在さえも世界の救済に捧げるとは、あってはならないこと。
　――そんな中でとある邪神が眉間に小さく皺を寄せる。
　蒐集衆の中でアルストロメリアの他に、幾度か咎人に力を貸した者がいる。
　しかも精神のゆらぎが大きくなり始めており、自身の存在に疑問さえ抱き始めている……。
『ジュリエット……もし蒐集衆として役を果たせぬのなら、そろそろ始末すべきか？』
　ぽつり。男とも女ともとれぬ声が昏い部屋に響く。その言葉を受けた何者かは静かに……頷いた。
『記憶や感情の書き換えが不安定ならば已むを得ぬことでしょう。力を思うように使えず喘ぎながら戦う様は一部の蒐集衆にとっては良き見世物だったようですがね』
『……そうだな』
　漆黒の影は俯きながら窓の外に目をやり、物憂げに天を見上げた。その空の色は――射干玉、一色。


●涙色の空に光明降りそそぐ

　ジュリエット(mz0076)は平穏となった妖鉄界から引き離され、鏡神界へ移るよう命じられていた。
　とはいえ鏡神界の侵攻の首尾を任せられているダグラスはジュリエットを信頼しておらず、共闘の兆しは見えない。
　ゆえにジュリエットはザッハーク(mz0119)と共に『表の世界』の破壊行為という役目を与えられており、鏡神界の守りの要である鏡神学園やその周辺の街への攻撃を担うことになったのである。
「ザッハークさん、今回は鏡神学園を攻撃するので良いのですよね？」
「ああ。あの施設の主力は裏世界とやらに向かっているらしい。その間に学園を襲うことで、帰るべき場所を奪う。それに訓練施設を失えば新たな戦力も生まれにくくなるだろう」
「なるほど、それなら抵抗する戦士も現れなくなり、静かな終わりを与える流れを作れますね。ダグラスさんは熟達した戦術家。きっと咎人さんを止め、鏡神界の戦士の皆さんに速やかな終わりを与えてくださっているでしょう」
「……どうだろうな。ここのところの咎人の成長を甘くみてはいけないだろう。ジュリエットもこれまでの戦で奴らの強さを目の当たりにしたのではないか？」
「ええと……たしかに。でも最近、記憶が曖昧なのです。聖樹界での記憶、鏡神界での記憶、妖鉄界での記憶がまるで……質の悪い紙に染みたインクのように滲んで混ざって……考えることが……気持ち悪くて……」
　ジュリエットはそう言うと襟元に着けているオパールのブローチをぎゅっと握りしめた。
　そこでザッハークが「戦えるか？　無理ならば帰還し、アラタと我で向かうが」と問いかければジュリエットが慌てて首を横に振る。
「だ、大丈夫ですっ！　私……頑張りますから……子供達を怖がらせずに、見送れるように頑張りますから……」
「そう、か。だが無理はするなよ」
　ザッハークはそう言うとジュリエットに気合を入れるように翼を羽ばたかせ、学園に向けて首を下げた。
　もう少しで――到着する。この世界に穏やかな絶望を与えられる学び舎へ。
　ジュリエットはザッハークの首に抱き着きながら涙を流した。
　甘き毒を、痛みなき死を、恐れなき最期を――自分にできるのはそれだけなのだから。


●放課後death game

　ジュリエット達が鏡神学園に迫る頃、学園内では部活動に励む子供達で賑わっていた。
「さぁ、今日もしっかり打ち込みの練習を始めるよ！　訓練用の装備は身に着けたね！」
「はい、メルセデス先生！」
　学園でも比較的規模の大きい空中剣道部では顧問のメルセデスのもと、試合用の籠状空間の前で並んでいた。
　そんな中――空から降りてきたのは紅い龍人と翼なき聖職者。
　そこで思わず小さく悲鳴を上げる子供達を庇うべくメルセデスは前に出ると、怪訝そうな顔で槍を手にした。
「あんた達……何者だい？　姐さん、あんたは以前うちの子を殺した女と瓜二つのようだけどねェ……」
「ええ、あの時は大変申し訳ありませんでした。私が力不足なために大切なお子さんにひどい終わり方を与えてしまったそうで……今回は必ず、穏やかに幸せな終わりを与えますのでご安心ください。さあ、抵抗せずに私達に運命を委ねてくださいませ」
　まるで諭すような優しい声。しかしメルセデスは剣呑さを咄嗟に感じ取り、子供達を籠の中に入るように鋭く指示した。
（この試合場の中なら神力も咎人のイデアも通じない。物理的に破壊されるまでは何とか耐えられるはず……それまでアタシ達だけでどこまで耐えられるか……！）
　そこに他の教師たちも急ぎ集まり、ジュリエットとザッハークを牽制するように武器を構える。
「メルセデス先生、ひとまず咎人に救援を出しました。我々も協力します、何とかこの窮地を乗り越えましょう！」
　教師達は子供達にとうに避難の指示を出したようだ。覚悟を決めたようで、唇を噛みしめながら突撃の備えをしている。
　しかし――彼らは蒐集衆を相手取るには体がいまひとつ弱い。
　もしかしたら何人か倒れてしまうかもしれない。そう、自分さえも。
　メルセデスは「すみません……ご助力願いますよ」と呟くと、自身のパジャモの翼を広げさせ槍を構えた。