オープニング

　天獄界の流刑街。
　青年ロンストは口元から垂れる血を手の甲で拭う。足元がふらついてふらついて手すりにしがみつき、そのまま石階段に座りこんだ。
　つい先程、酒場で強そうな咎人たちに戦っている姿を見せて欲しいと頼んだところ、力いっぱいに殴られてしまった。
「言葉って難しいな」
　ロンストは反省したものの、口下手なのは中々直らない。流刑街の成り立ちを考えれば、その者たちの癪に障ったのかも知れなかった。
「それでもボクは……」
　ロンストにとって絵を描くことは生きがいだ。咎人である彼にとって正しい認識とは言えないが、そうした心持ちで日々を過ごしている。
　階層の低いここから見あげても、眺められる空は少しだけ。夕闇の紅がかすかに覗けるだけだった。
　辺りはかなり前から夜のように暗く、街の明かりだけが周囲を照らしてくれる。
　そんな中、一羽のツバメが建物の間を飛んでいた。わずかな隙間を縫っていく様は、ロンストの心を躍らせる。
　急いで小脇に抱えていたスケッチブックを広げて、鉛筆を走らせた。動いている一瞬を切り取って、それを紙の上に写しとった。
　普段は似顔描きで日々の生計を立てているロンストだが、好んでいたのはクロッキーである。気に入った何枚かは絵画として完成させたい気持ちもあるが、そこまでは金銭的に手が回らなかった。
　そうこうするうちに、チャンスが訪れた。新しく出現した浮遊島の調査チームに、荷物運び兼記録係として同行が認められたのである。
「みんな、どんな風に戦うんだろう？」
　夜、小さな部屋に布団を敷いて寝転がった。中々寝つけなかったが、やがて夢の中へと誘われる。
　その晩の夢で見たのは、訪れたことのない浮遊島での光景。一緒に向かった咎人たちがモンスターに立ち向かう。それを懸命に描こうとする自分がいたのだった。