オープニング

●ある町の行事
　トルブラム連邦に属するクエント公国は、今も帝国軍部隊や簒奪者ズロイ(mz0063)との攻防を続けている。
　占領された地域も少なくないが、前線よりも離れた地域ではおおむね平穏と言えた。
　今回登場する町も、住民達は変わらない日常を過ごしている。
　そして今、この町はあるお祭りで盛り上がっていた。　
　いつから始まったのかはわからない。
　ただその町では毎年この時期になると、町の外から人々が集まり、老若男女問わず仮装して町の中を練り歩く祭りが開催中だ。
　住民達も一緒になって仮装し、非日常なひと時を楽しむのがこの町での風習になりつつあった。
　あまり動かず楽しみたい人達は、町にある飲食店を貸し切りにして、店の中で祭りを楽しんでいる。
　ほぼ全員が仮装しているため、店の人達は客がどのような姿をしていても気にせず、今は予約をとった客の対応に追われている。
　だから店の人達も、この町で祭りを楽しんでいる人達も気がつかない。
　ある飲食店に予約し、宴会場となる空間を貸し切りにした客の中に、ズロイも含まれていたことに。

●公国側
　同じクエント公国内でも、先日帝国軍『ゼラー』隊によって破壊された村は、復旧作業が進められていた。
　公国当主ポルタ・Ａ・クエント(mz0139)も取り戻した地域を精力的に回り、各地の復旧活動に尽力している。
　先日ある村でズロイの『置き土産』を商人達が鑑定した結果、村の復旧費用以上の価値のあるものだということが判明したため、資金面では一息つける状態になった。
「あの簒奪者という人物は、何を考えているのでしょう？」
　ポルタも自身が持つ情報網を駆使し、現在クエント公国に侵攻する帝国軍部隊――特にズロイについて情報を集めているが、いまだ不明な点は多い。
　――得体のしれない敵。
　それがポルタやクエント公国上層部での認識だった。
　ポルタはズロイに対する考察を一時棚上げすると、復旧活動に戻っていく。
　そんなポルタのもとへ、ある一通の手紙が届いたことで事態は動いた。
　手紙の内容は、ある町の飲食店で行われる立食パーティーへのお誘い。
　差出人の名は――ズロイだった。

●お誘い
　手紙には、ある趣向による立食パーティーを開催すると記載されていた。
　――今なら戦闘抜きで話し合う機会を設けることができます。
　日時と共に、ある町の飲食店が会場として指定されている。
　その町は前線から離れた場所に存在し、今のところ戦火の影響を受けずにいる。
　そして手紙の中でズロイは参加して欲しい相手として、咎人達を挙げていた。
　――貴方がたはここに書かれている内容について、罠の可能性を捨てきれない。ならば自力で対処できる咎人の方々を派遣する方がいいでしょう？
　読み手であるポルタの反応を予想していたのか、文中でズロイは咎人達に依頼を出すよう勧めてきた。
　手紙を読み終えたポルタは、咎人達への依頼を出すことが妥当と判断すると、天獄界と連絡を取り始める。
　ポルタからの連絡を受け、派遣されてきたヒー・リショナー(mz0073)は挨拶の後、ポルタに手紙を見せてもらう。
　一通り内容を確認したヒーは、周囲にいた兵士達に通信機器を持ってきてくれるよう頼み込んだ。
　やがて通信機器が運び込まれ、ヒーはズロイの手紙に書かれていた『ある周波数』について、ポルタに確認を取る。
「この数字に見覚えはありますか？」
「公国で使われている通信チャンネルの１つに、その周波数も含まれていました」
　過去形なのは、ズロイ側に鹵獲された戦車達がその周波数を使い通信を行っていたためだ。
　防諜も兼ねて、今の公国はその周波数を使用していない。
　このためヒーはポルタや周囲にいる兵士達の許可を得た上で通信機器を操作し、その周波数へとあわせる。
「そちらの要望通り、咎人が来たぞ」
　通信機器を介しヒーが呼びかけると、やや遅れて通信先より聞き覚えのある声が返ってきた。
『ご無沙汰しております。手紙は無事届いたようですね』
　通信先にいるのがズロイと知ったポルタは、その表情をこわばらせ、周囲の兵士達にも緊張が走る。
「わざわざパーティーを開いてまで咎人を呼ぶ理由がわからない。何が狙いだ？」
　ヒーは通信先にいるズロイへ真意を問いただす。
「貴方がたは私に聞きたいことがあるはずです。それを少し叶えてもいいかと思ったので、今回お誘いをいたしました」
　ズロイの言う通り、確かにヒーはズロイの現状を知りたいと考えている。
「帝国が何を考え、今後どう動くのかといった話をするなら歓迎するが――」
『残念ながら私はそうした話を知りえる立場にありません。一日くらいは休戦しませんか、という話になります』
　ズロイの言い分は、帝国軍部隊を率いてクエント公国へと攻めこんだ者の発言とは思えない。
　話を聞いていた兵士達から『嘘だ』『信じていいのか？』との声も漏れ始めたものの、ポルタが静かにするよう兵士達に促す。
『ただ私達は敵同士です。そのまま仲良く交流するわけにもいかないので、今回はお互い仮装してパーティーを楽しむというのはいかがでしょう？』
　ズロイの説明では、仮装するので皆様は本名を名乗らず偽名を名乗ればいいようだ。
　必要な衣装や小道具の類は、予め要望を出してくれれば非常に高価なものや希少な品でない限り、用意できるとズロイは請け負った。
　なおもやり取りが続く中、ヒーはある問いを投げる。
「行かないと言ったらどうする？」
『そのときはこの町を占領します。咎人の方々がお越し下さった時に限り、パーティー終了をもってその町には手を出さず退きましょう』
　事も無げにズロイは言い切る。
「その町は前線から離れているぞ。帝国軍の救援が来るまで持ちこたえる気か？」
『自力でどうにかしますよ。不可能ではないことはご存じでしょう？』
　ズロイの言葉に、ヒーは少し思案した後『そうだったな』と呟き、それを聞いたポルタや兵士達が息をのむ。
　なおもやり取りが続き、ズロイは『ご判断はお任せします』と言い残し、通信を切った。
「今の話は確かな話ですか？」
　ポルタが周囲にいる兵士達を代表する形で、ヒーに問いかける。
「ズロイという簒奪者はその気になれば、町にある全ての無機物を依代として、膨大な数の従魔を展開する真似もできます」
　ヒーはズロイが単独でも戦力を用意し、『数』で圧倒する戦術が可能な敵だと説明すると、ポルタや兵士達も今のズロイを放置するのは危険だと理解する。
　ただちにヒーは天獄界へ知りえた情報を報告し、天獄界では咎人達への依頼斡旋に動く。
　お互いに仮装し、偽名を使うことで、敵味方の垣根を越えて交流できる一日限りのパーティー。
　参加する利点は今ズロイがいる町の占領を阻止できること。
　そして敵であるズロイより情報を得ることができる機会。
　皆様は、どう動きたい？