オープニング
東ノ宮の駅に列車が停止して、車両からたくさんの人が吐き出された。
着物姿の人、着物と洋服を合わせた人、紳士風の人、袴に編み上げブーツの女学生。色々な人が駅から街に出て、バスに乗ったりそのまま歩いて行ったり。
大通りには高いビルや大きな百貨店などがあって都会的だが、一本違う路地を行けば昔ながらの店構えをした和菓子屋や職人の店が並ぶ商店街があったりする。
ここは今と昔が混在する、文化の過渡期にあるメトレトロ――。
「うーーん、どうしたもんかねぇ……」
隠し神の迷理は、難しい顔をしながら東ノ宮の中心街を歩いていた。
その姿はボブカットの髪型にオシャレなワンピース、クローシェ帽を被った、いわゆるモダンガールと呼ばれる美女に変化中だ。
『どうしたもんか』というのは、異界に引きこもってしまった隠し神の化け仲間、老狐のことだった。
あれから何度かてんてんと共に声を掛けてみたが、異界に招いてもらえず、出て来る気配もなく、二人に返答する声さえもない。
人間の生活が素朴なものから発展したものに変わっていき、妖怪から離れて行くのは確かに悲しい。それは隠し神である迷理もそう思う。
だけど迷理は、人は利己的なだけではなく、いつの世にも必ず人以外を顧みる者がいることを知っており、老狐ほど人間を拒絶できなかった。
「ちょっとそこのお姉さん、暗い顔してどうしたの?」
モダンガールな隠し神迷理は、若い男に声を掛けられた。
仕立ての良いスーツにカンカン帽、垢抜けた雰囲気はいかにも遊んでますという感じのモダンボーイだ。
「あら、そんなふうに見えた? いえね、ちょっと悩み事があって……」
美女迷理は愛想よく答える。
こうして隠し神は時折美女に化けて男の誘いに付き合って、ご飯をご馳走になったりするのが楽しみの一つでもあるのだ。
「ここで会ったのも何かの縁。一緒にそこの喫茶店にでも入らないかい? 悩みを打ち明けてくれれば、力になれるかもしれない」
「でもあたし、今持ち合わせがなくて……」
「いいよ、僕が誘ったんだから僕の奢り」
「それじゃあ、お付き合いしようかしら」
ということで、隠し神とモダンな若い男はレンガ造りの喫茶店に入って行った。
●隠し神の悩み
落ち着いた雰囲気の店内には薄く煙草の煙がけぶり、珈琲の香りがした。着物姿の人もいればサラリーマンふうの人も、学ランを着た学生などもいて、会話したり本を読みながら珈琲を飲んだりしている。
美女迷理と若い男が窓際のゆったりしたテーブル席に向かい合って座り、女給に珈琲とケーキを注文した。
しばらくして注文の品が運ばれてくると、男は迷理にも促す。
「珈琲もいい香りだし、ケーキも美味そうだ。さ、あなたもどうぞ」
「それじゃあ、遠慮なくいただきます。あら、おいし」
「――で、あなたのお悩みとは?」
どうやらこの男は本当に迷理の悩みを聞いてくれるつもりらしい。
なので迷理も素直に打ち明けてみた。
「えーっとねぇ……あなた、東ノ宮からちょっと行った所にある山をご存じ?」
「ん? 麓に村がある山のことかな?」
「そう、その山がね、この間巌商会が開発しようとしてたって聞いて」
「ああ、そんな話があったみたいだね。今は中断になってるんじゃないかな」
「そうなんだけど……、また再開したらどうしようかって心配なのよ。どうにかして開発をやめさせられないかって思ってるんだけど……」
美女迷理は心底思い悩むように目を伏せた。
再開したら、今度こそ老狐は山を捨ててしまうか、人間と完全に対立して荒魂化してしまうかもしれない。
「そうなんだ。あなたはあの山と何か関係が?」
「え? ええ、まあ。ちょっと縁がありましてね。良い山だから人の手は入って欲しくないっていうか……」
縁どころか実際棲んでいるのだが。
「まあ、僕も祖父母が麓の村に住んでてね、子供の頃はよく遊びに行ったものだよ。祖父母も頻繁に山に入って薬草や木の実や山菜を採って来ていたし、村の人達にとっては大事な山だろうな」
「じゃあ、どうにかしてその人達の協力を得られたりしないかしら?」
と隠し神が一縷の希望を見出した時、若い男は言った。
「署名を集めてみたらどう?」
「――しょめい?」
迷理が普通の女性だったらピンと来たのかもしれないが、妖怪なので何のことか分からない。
首を傾げる美女迷理に、若い男は説明してくれた。
「まあつまり、この場合は山を開発しないでくれっていう意見の人の名前を集めるってことだね。たくさん集まればそれだけ、訴える力にもなるだろう」
「そ、そうなんだ!」
「ん?」
思わず女性の演技を忘れ声を上げた迷理に、男が若干不審そうに見返す。
「え、いえ、教えてくれてありがとう! あたし早速署名を集めてみるわね!」
隠し神はすぐに席を立って、喫茶店を出て行った。
もちろん、ケーキや珈琲はきちんと平らげて。
「え、ちょっと……! んだよ、ちぇっ」
この後にも付き合ってもらおうと思っていた若い男は、ガッカリ気味に舌を鳴らすのだった。
●署名を集めよう!
隠し神は喫茶店を出たその足で町中や地下鉄大迷宮を回って咎人を見つけて、自分の『長者屋敷駅』へ集合してもらった。
そして若い男との話を聞かせて、改めて頼む。
「どうかお願いします。人間達の集まる場所に手分けして回って、山の開発反対って人の署名をたくさん集めて来てください!」
彼なりに本気で頭を下げたのだった。
成功条件
条件1 | 山の開発反対の署名を集める |
---|---|
条件2 | - |
条件3 | - |
大成功条件
条件1 | 良い感じに老狐に訴えることができる |
---|---|
条件2 | - |
条件3 | - |
解 説
※山の開発に反対する人の署名を集めてください。
※判定はカジュアルです。
〈山について〉
・隠し神迷理や貂の妖怪てんてん、老狐、鳥や小動物がたくさん棲んでいるそこそこデカい山。
・薬草や山菜、茸、果物や栗など、山の恵みがたくさん。川の水も綺麗で、滝がいくつかある。夏にはカブトムシやクワガタも採れ、秋には紅葉も楽しめる。
・地方から東ノ宮に来る人達が通るための山道があり、山頂の景色は最高。
〈プレイングに書くこと〉
・どこに行ってどんな人たちを中心に集めているのか、その様子など。一人で何ヶ所か回ってもOK。
・他、人集めになる行動から署名をもらう様子など、アイディア次第で。
・てんてんであれば協力者として同行可能です。プレイングにその旨を書いてください。てんてんは子供姿で協力します。(変身しない方が良ければそれでも可)
・他の参加者と一緒に行動しても構いません。お互い合意の上で、相手のお名前と行動を書いてください。
※あまりに常軌を逸した場所や行動でない限りは、皆さんの行った場所で一定数の署名がもらえることとします。
※隠し神は麓の村で署名を集めますので、そこ以外でお願いします。
〈リプレイの流れ〉
署名をもらう→署名が集まったことを老狐に(異界の外から)報告→集めた署名を巌商会に届ける→エピローグ
みたいな感じを踏まえて、署名集め以外のシーンでもやりたいことなどあれば書いてもらえたらと思います。
マスターより
こんにちは、久遠由純です。
今回で一応隠し神の話は最終回となります。
エキスパートで出していますので、署名集めの場所が被ったりしてお互いに不都合が起きないよう、相談掲示板をご利用ください。
判定はカジュアルです。
消えゆくことは分かっているけどどうすることもできない妖怪達。そう考えると切ないものがありますが。
せめて老狐の気持ちを少しでも和らげてあげてください……。
最後までお付き合いいただけますように。
よろしくお願いします。
参加キャラクター
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- 高柳 京四郎(ma0078)
- 人間種|男
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- 鈴(ma0771)
- 神魔種|女
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- シアン(ma0076)
- 人間種|男
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- 金路(ma1384)
- 獣人種|男
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- 麻生 遊夜(ma0279)
- 機械種|男
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- 鈴鳴 響(ma0317)
- 神魔種|女
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- マイナ・ミンター(ma0717)
- 人間種|女
-
- マリエル(ma0991)
- 機械種|女
- リプレイ公開中