オープニング

　天獄界の流刑街の一角にあるもふもふ商店街。
　古い日本の商店街のイメージが表れていると言われている。
　商店街の主催者らしいのは獣人種のソラリア。
　セイヨウケナガイタチを大きくして、ぬいぐるみみたいにした感じ。後ろ足で立って歩く。
　今日もてくてく。

　商店街をあちこち飾るのは、ウサギカフェが作ってくれたカボチャランタン。
　大きさは大小、色も顔も様々。
　ソラリアが作ろうとして、うまくできなかったので頼んだ。
「こんなに色々あると、入ってみたくなるでち」
　袋や箱があれば入りたい性質。

　ハロウィンのイベント。
　商店街の人たちも仮装したり、店に飾りをつけたり、ハロウィンを演出している。
　ソラリアは全体的に白いイタチなので、尻尾の先を黒く染めた。
　仮装は冬毛のオコジョ。

「これが終わったら、クリスマスに、歳末福引、年明けには初売り、チョコレート……でち」
　商店街の一年は巡る。
　じっとしている時間はない。

　シャッターが下りる店の前で足を止めた。
　一年は巡る――といっても、変化はある。
　流刑街のもふもふ商店街から離れる咎人は以前からいたし、新しく来る人もいた。
　別れても天獄界で会えるから、あまり気にしていなかった。
　今回は、咎人から生き直す人たちがいる。
　また会えるとはちょっと違う。
「……笑顔でお別れがいいということはわかるのでち」
　でも、寂しい。
　咎人になる前にもいくつかの出会いと別れを経験した――記憶がある。楽しいとは言えない。
「大切な人を置いていったり、独り取り残されるでち？」
　不安がよぎる。
「でちいいいいいいいいいいいいいいい」
　思わず叫んだ。
「ど、どうしたの、ソラリア！？」
　プエル・ニコラスがのしのしパンダに乗って現れた。
　ソラリアは「プエル」と走る。
　プエルはのしのしパンダから降りてしゃがむ。
　プエルは受け止めるつもり――もふもふだしソラリア、役得。
　ソラリアは勢いよく抱き着いた――プエルの連れのムールーのムーニャに。
「プエルはどう思うでち？」
　プエルは「それ、ムーニャ」という言葉を頑張って飲み込み、「何を？」と尋ねる。
「寂しく感じたりしないでちか？」
　ソラリアの説明を聞いてプエルは「そうだね」と微笑んだ。
「寂しいし、その人の幸せを祈る、どっちも本当の気持ち。でも、進む人も同じところはあると思うし、お互い様だね」
　プエルはソラリアの頭をなでる。
　ソラリアは「そうでちね」と気づいた。
「で、僕としては、ソラリアが僕の名前を呼んで抱き着いたのがムーニャってあたりが寂しいんだけど！」
　プエルがソラリアに文句をいう。
　ソラリアは「ごめんでち」と謝る。ムーニャが「にゃ（それほどでも）」と応じる。
「なんで僕と間違うのかな」
　プエルは怒っているけれども笑っていた。

　プエルは「さてと」と立ち上がる。
「今日は、ハロウィンイベントだよね。僕はそこのお店を借りて、ウサギぬいぐるみカフェをするよ」
「……でち？」
「ウサギを数羽運んでくることも考えたけど、避難訓練兼ねて。でも、僕の荷物持てる量が決まってたから、ぬいぐるみにした」
　店で必要なものを持ってくるとなると、生き物を連れてくるのは難しいかもしれない。
「なるほどでち」
「重要なのは、僕が提供するおやつだよ！　で、一応、仮装している人に配るお菓子も持ってきたよ」
「トリック・オア・トリート、でち！」
　ソラリアが訴える。
「え、ソラリア……尻尾がオコジョ仕様！？　仕方がないな……トリックで」
「……で、でち？」
「冗談だよ。はい、この中から選んで。形が違うだけだけど」
「……クッキーでち」
「これは、動物もＯＫクッキー……だけど……」
　ソラリアが無の表情になる。
「咎人だから動物とは言えませんよね……こんにちは」
　という声に、プエルは「そうなんだよね」と応じた。
　声の主は、大きな包みを持った大江　紅葉。
「お店の半分はお借りするってことでいいんですよね」
「そうだよ。今日は宜しく」
「よろしくお願いします。で、一応、今日、白い狩衣にしてみたのです。物語で見るような陰陽師のつもりなんですけど」
「え？」
　確かにいつもの服装と色が違う。
　しかし、プエルには理解ができない点は一つ――物語の陰陽師ということ。
　紅葉は苦笑する。
「まあ、いいです。プエル君は似合ってますよ。ちょび髭」
「そ、そこだけピックアップしないで！」
　ノリがパリッと利いたシャツに黒いベストスーツ。髪の毛は後ろになでつけ、ダンディさを表すため、口の上にひげは貼っている。
「ダンディなカフェのマスターだよ！　……違う？　カフェのダンディなマスターだよ」
　変声期前の高いところのある声で訴える。
「なるほど……大人ですね」
「そうだよ！」
　プエルが胸を張る。
　紅葉は微笑んでみている。
「というところで準備しましょう」
「紅葉は何するの」
「歌会です？」
「語尾上がってるけど」
「何か披露して楽しもうということです。上手い下手ではなく、楽しもうということですね。そもそも、私は歌も漢文もしなくはないですが、ほぼ知識だけですね！」
「力説されたし……それ、しないと同じ……僕も、詩は書かないもんなぁ……」
「詩ですか……」
「うん……もふもふはもふもふ　でもふなのか　もふもふのもふ　もふもふも」
「……もふもふも　もふもふもふも　もももふも　もふもふもふも　ももふもふもふ」
　プエルと紅葉は虚空を見る。
　ソラリアがクッキーを食べる「サクサクサクサク」という音だけが響いていた。

　イベント開始時間になり、もふもふ商店街に設置されている防災無線がなる。
　――ピンポーンパーンポーン。
『もふもふ商店街のハロウィンでちー。トリック・オア・トリートでち。皆楽しむでちよ』
　ピーンポーンパーンポーン――。

　ハロウィンの目玉は仮装して「トリック・オア・トリート」というと、店で何かもらえるらしい。
　商店街を散策したり、のんびりご飯を食べたり。
　夜にはランタンに照らし出される景色を楽しむ。
　思い出の一日になるように――。