オープニング

●閉館
　黎明と表すには昏く霞がかった、言ってみれば薄暮さながらな風情を醸すツインフィールズ。
　大昔であったものか、それとも近日であるものか、その片隅に顕れては限られた咎人へのみその扉を開いてきた古びた映画館がある。

　黄金郷。

　思えば随分と聴き馴染んだ名となったものだが、しかし。
　これまで１秒たりとも休むことなく名をがなりたて、喧伝してきたネオンの７色が、たった今、消失した。

　それを見た咎人は歩を速め、館の大扉を強く押し開ける。
　早朝にも関わらず、己がなぜこのような場所へ来てしまったものか。それを説くなら「予感がした」からだ。が、こうとなれば察せざるを得ない。自分はこの館の主に誘われたのだと。
　果たして講堂へ踏み込めば、先日同様客席のすべてが取り払われ、がらりとした闇ばかりがあって。
「当館は此の時を以て閉館した」
　そのただ中。穏やかに闇を押し退け、己が姿を示す黄金(mz0143)が在ったのだ。

●門出
　咎人はなにも言わず、ただ黄金の薄笑みを見据えて立ち尽くす。
　言わずとも知れていたからだ。
　彼女は旅立とうとしている。役目を終えたこの世界から、人の敵の登場を待ち受ける次の世界へ。

　言の葉を喉へ詰めた咎人から金眼をずらし、黄金は低く語る。
「如何程に縁を固く結べど、いずれ糸は解け、分かたれる。飛花落葉とはよう言うたものよな」
　彼女がこちらを見ぬわけは、感情も感傷も感慨もなにひとつ残して行かぬためだ。
　それが見て取れるほどに己は彼女と……いや、それを語りはすまい。重ねるほど野暮に堕ちる。

　物言わぬ咎人へしかたなさげに視線を向けた黄金は、やはりしかたなさげに口を開き、
「積水成淵――あえて積水成縁と言おうか」
　そもそも積水成淵とは、わずかな水も積もれば淵へと成り果せる――すなわち小事も積み重なれば大事となることを指す。日々の努力はやがてかならず実るとの意もあるわけだが、さておき。

「汝と妾との縁、妾が思うよりも固く結ばっておったようだ」
　黄金の平らかな声音から読み取れるものはなかった。
　だが、疑いはしない。
　彼女が固く縁を結んだ己との別れに心揺らしているのだということだけは。

　故に。
　突きつける。

「――」

　咎人の言の葉を傾げた薄笑みで受け止めて、黄金は静かに息をつく。
　しかして簒奪者であり、敵ならぬ敵であり、そればかりの存在ではなかった彼女へ、咎人は一歩を踏み出した。