オープニング

「来てくれてありがとう！　早速だけど、皆に見てもらいたいものがあるんだ」
　レジスタンス組織『煉獄』の要請で集まった咎人達に、梅まろ（mz0048）がＡ４サイズのチラシを手渡した。
「――同人誌即売会と、コスプレ撮影会……？」
　チラシの内容に目を通した愛音・明日美（mz0059）が首を傾げる。
「自分達で作った本を売ったり、好きなキャラクターの衣装を着たりして楽しむイベントがあるんだよ。私もあまり詳しくないけどね」
　『天獄事変』が起きる前の東京ではこの手の催しは数多く行われ、中には数十万人規模の動員を誇る巨大イベントもあったらしい。
「開催場所となるビルの大きさから考えると、チラシのイベントはそこまで凄くはないみたい。でも、このチラシを作った連中が問題なんだ」
　梅まろの話によると、このチラシは天獄機関の構成員がよく目撃される地域で発見したのだという。つまり、このイベントを企画しているのは天獄機関の構成員である可能性が高い。
「皆にはそのイベントに参加して、連中が悪さをするつもりなら止めて欲しいんだけど。ただイベントをしているだけなら、手出しはしないでもらえるかな？」
　梅まろの言葉は意外なものであった。今回の依頼はあくまで『調査』が主体であり、今の煉獄は天獄機関との衝突を可能な限り回避したいらしい。
　チラシは入場券も兼ねているので、入口で見せれば問題なく参加する事が可能となるだろう。イベントに参加する事自体はそう難しくはないようだ。
「……天獄機関には色々な奴がいるからね。何かを企んでいるかもしれないし、何にも考えていないのかもしれない。白黒はっきりさせるためにも、皆の力を貸して欲しいんだ。頼むよ！」
　現在、東京の情勢は混沌を極めている。問題がありそうなら調査しない訳にはいかないが、余計な火種を生みたくもない、というのが煉獄の実情なのだろう。
　申し訳なさそうな表情を浮かべながら、梅まろは咎人達に頭を下げるのだった。

◆
　同時刻。
　都内某所のとあるビルでは、天獄機関の同人サークル『ヘヴン＆プリズン』のメンバー達がイベントの会場となるフロアを感慨深げに見渡していた。
「いよいよ明日ですね」
「そうね……」
　サークルのリーダーらしき眼鏡の女性が、メンバーの呟きに小さく頷く。その首肯に万感の思いが込められている事を、サークルの誰もが理解している。
　即売会には複数のサークルが参加する事が大半だが、今回のイベントは『ヘヴン＆プリズン』だけ。どんなにテーブルの配置を工夫しても、正直言って閑散とした印象は否めない。
　それでも彼女達には、どうしてもこのビルで、このフロアでイベントを開催しなければならない理由があったのだ。
（ようやくここまで来たわ。あの時の規模とは比べ物にならないけれど……）
　『天獄事変』があったあの日。当時はまだ別々のサークルではあったが、リーダー含むメンバーの大半がこのビルで行われたイベントに参加していた。
　事変発生後、当然イベントは中止となった。同人活動どころか命を守る事すら危うい状況の中、やむなく天獄機関の傘下に入って今日まで生き延びてきたのだ。
（でも、こんな窮屈な生活はもううんざり！　せっかく新しい『推し』を見つけたのに、何もしないなんてあり得ないわ！）
　彼女達は天獄機関の構成員としての活動には極めて不熱心であり、形だけ参加してお茶を濁してきていた。それは元より暴力沙汰が嫌いな事もあったが、密かに創作活動を続けてきたからでもある。
「明日のイベント、絶対成功させましょう！　私達の情熱は誰にも止められないわ！！」
「おーーーーーーっ！！」
　リーダーのかけ声にメンバーが呼応する。その熱気は、かつてここで行われたイベントに勝るとも劣らないものであった。