オープニング

●その男、鍛冶屋につき
　久保紅蓮（くほ　ぐれん）は鍛冶屋であった。
　正確に言うならとある世界で有数の腕を持つ鍛冶屋であり、彼が叩いた装備品は神器にも匹敵すると言われ持て囃されていたのだ。
　その鎚が鍛えた武具は、物によっては億どころか兆の単位にすら突入する価値の物もあり……一攫千金を夢見る冒険者が彼の下に殺到した。
　だが、そんな彼も万能ではない。
　叩き上げが成功し名品となった武具の影に、その何十倍もの数の失敗作がある。
　紅蓮本人も『失敗したら武具が壊れるぞ、保証はしないぞ、本当に良いんだな？』と念を押しており、武具を持ち込んだ者も分かった上で頼んでいるのだから恨み言を言うのは筋違い。
　それでも……それでも、全財産をはたいて夢にかけた武具の叩き上げが失敗し無残に壊れた時、人は落胆する。僅かにでも恨みに思う。
　そんな事を何十年と繰り返し、紅蓮が齢７０歳を超えた時……事件は起こった。
　究極の武器まであと一歩というところまで来ていた剣の叩き上げを依頼された紅蓮。年老いたとは言えその腕はまだまだ健在で、後は持ち込んだ者の運次第。
　しかしご想像の通り叩き上げは失敗し、剣は修復不可能なほど破壊されゴミと化した。
　正気を失うほどの青年の絶望に、今まで溜まりに溜まった数多の人々の紅蓮への恨みの念が呼応、異形の魔物となって紅蓮を食い殺してしまったのだった。
　紅蓮はただただ愚直に、より良い武具を作ろうと努力していただけ。そこに失敗も成功も付き物だ。
　それを恨まれたのでは、紅蓮の一生は何だったのか。こんな終わり方が許されるのか。
　黒い死の淵に沈んだ紅蓮を救ったのは……邪神であった。
　紅蓮はライト能力を持っており、人生の最後に深い絶望と怒りに身を染め、何もかもを恨んでしまった。そんな黒い衝動が邪神を引き寄せたのだろうか？
　かくして久保紅蓮は『武具を破壊することに特化した』簒奪者へと変貌したのだ。

　聖樹界イルダーナフにて紅蓮出現の報がもたらされたのは２日前のこと。
　紅蓮は天獄界にも音に聞こえたヤバい簒奪者の一人であり、いわば指名手配犯のようなもの。
　現地の戦士や遺跡に納められた武具などを徹底的に破壊して回るその様は、最早鍛冶屋だった頃の面影などどこにもない。
　その鎚は咎人の武具であっても容易に破壊する。
　イデア体なので天獄界に帰還すれば元通りになるが、このまま紅蓮が簒奪者として成長を続けたらイデア体すら復元不可能にする能力を身に着けかねない。
　天獄界は紅蓮を抹殺できる機会を虎視眈々と狙っており、今回はその絶好の機会と言えるだろう。
　紅蓮は現在、ロス・テラス聖王国のとある遺跡にて魔法騎士団と戦闘中。
　ハッキリ言って騎士団に勝ち目はない。
　咎人たちはその遺跡に急行し、なんとしてでも紅蓮を撃破してもらいたい―――