オープニング

●ようこそ、私のラボへ

　秋が迫ってきている。それにしても、酷く冷たい風が吹いていた。
　だが、咎人達が踏み込んだ地下研究所は、それ以上に寒く、吐く息が白くなるほど凍えていた。

『こちら地上班。こちらはがらんどうだ。恐らくそちらが本命だと思われる』

　咎人が持つ無線機が声を上げる。多摩川河川敷で発見された研究所は二つ。一つは地下に。一つはビル群に埋もれるように隠されたもの。どうやら当たりはこちら……地下研究所の方だったらしい。頷き、咎人達はさらに奥へと踏み込む。

「…………」

　ブーツの下で、霜が砕ける。酷く暗い通路を進みながら、一人の咎人が壁に手をつく。手の体温で表面の霜が溶け、下に隠れていたガラスを露わにする。

「…………？」

　壁だと思っていたのは、全てガラスだ。中に満たされた緑の養液には……酷く、見覚えがあった。嫌な感覚を覚え、慌てて霜を拭っていく。
　現れるのは、養液に浮く脳と人の体。以前義殻の中で見た制御装置、それを組み込む前のものだろうか。嫌悪感に咎人達の眉が顰められる。

「ようこそ、私のラボへ」

　まるで、より良く見ろというように。一斉に通路の照明が点灯する。通路の奥に立つのは６体の義殻004。そして……見たことがない義殻と、その傍らに立つ男。
　奇妙な義殻だった。全身を黒く塗られ、背には鋼の翼を担い、腕には鉤爪を備える。頭には猛禽の嘴のように鋭い衝角を備えていた。全体的に鳥のようなフォルムをしながら、まるで四肢のような胴と蠍のようなテールユニットが追加されている。
　まるで幾つかの動物をキメラのごとくかき集めたような。二腕四脚の怪物だった。

「あれは、もはや義殻とは名付けられまい。名付けるとすれば……【狂機】、そう呼ぶのが妥当だろう」

　静かに語るのは、初老の小さな男だった。丸い眼鏡の奥底で落ちくぼんだ目が、咎人達を見つめていた。ゆっくりとこちらに背を向けて研究所の奥へ向かう男に、咎人達が一斉に得物を掲げる。

「【狂機】が君達を止められるかは分からないがァ……一先ずゥ、任せてみるとしよゥ。ィつかそれを量産するためのデータも取れるからなァ」

　全力で掛かってきたまェ、咎人諸君。男と咎人の間にガラス壁がせり上がる。狂機と呼ばれたものが吠える。

「…………！！」

　同時に、研究所の廊下に火花が散り、激しくスパークが弾け散る。義殻達にもスパークは当たるが、構うことなく咎人達に向かって前進を開始する。人間に当たればどうなるか……少なくとも、少し痺れる程度では済まなさそうだ。
　だが、その程度で止まるわけには行かない。咎人達もまた、歩を進める。これ以上義殻を生み出さないために。
　狂気に止めを。狂気に終わりを。