オープニング
と言われても、ゼハイルからするとそれはただの大きな布にしか見えなかった。
意味が分からず困っていると、少年はゼハイルの身体にその布を取り付けていく。
「ほら、おっちゃんなんかボロボロだろ? せっかく強いのに可哀そうだと思ってさ。良く知らないけど、侍ってのは見た目を気にするんだろ?」
片腕を破壊されたゼハイルは、人工筋肉や内部装甲がむき出しになっていた。
それを『傷』と見たのか、少年はマントで覆い隠してくれたのだろう。
「フン……見た目を気にする侍なんざ二流だなぁ~」
「そうなの? でもいいじゃん、侍。おいらもなりたかったなー」
なればいいじゃねぇか、とは言わなかった。
ゼハイルがこの廃村同然の場所に連れてこられてから見たものと言えば、すっかり滅びかけた氏族の風前の灯火であった。
家が3つ4つあるが、生きた人間がいるのは小僧のところだけで、そこも病に臥せった母親と、あばらが浮き出るほど痩せこけた子供が二人いるだけ。
氏族としてはとうに終わっているのだから、侍なんてなれるわけがない。
「母親は病だろ。医者に見せねぇのか~?」
「おいらたちみたいな死にかけ、診てくれるもんか。薬があれば治るのかもしれねぇけど、高いしさ……」
「盗んじまえばいいだろう」
「盗めねぇよ。薬を盗もうとしたことが分かったら殺されちまう。おいらが死んだら……家族はどうなるんだよ」
ゼハイルは隠れながら考えていた。
多少はこの襤褸家族に貢献してやろうと爪先で薪を割ったり、鉄騎を倒したりもしていると、最初は驚いていた病気の母親も感謝の言葉を口にするようになった。
「お侍様。もし私がダメになった時には、息子と娘をお願いできませんか?」
「はあ~!? イヤに決まってんだろ馬鹿がぁ~! お断りだお断りぃ~!」
「そう……ですよね……」
「待て、泣くんじゃねえ! 俺は女の泣き顔を見るとイライラしてぶっ殺したくなる! どうすれば泣き止む? てめえだけじゃねえ。あのグッタリした小娘もだ。メソメソメソメソ毎晩泣きやがって、うるさくって仕方がねえ~~~~!」
しかし、「ごめんなさい」とか「すみません」とかいうだけでラチがあかない。
イライラが頂点に達したゼハイルは、鉄騎をもうこれでもかというくらい粉砕して、壊れかけた荷車を修理して、そこにドカっと山積みにして言った。
「おい小僧! 鉄騎の部品は上質な鉄だ! こいつを市で売って、薬を買ってこい!」
「おっちゃん頭いいなぁ!? そんな方法があったとは、すげえや!!」
「食料も買いこめ。てめえらもっと食わねぇと死ぬぞぉ。死ぬとてめえらの母親にてめえらの面倒を見ろとかわけのわからんことをほざかれて不愉快だから死ぬんじゃねえ~」
「お、おぉ! よくわかんねぇけどわかった! 留守を頼むよ、おっちゃん!!」
「うるせえ、さっさと行けぇ~!」
少年は満面の笑顔で、元気いっぱいに手を振って去って行った。
そんな少年が身体中を青あざだらけに、パンパンに顔を腫らして帰ってきたのは、翌日の夕暮れ時のことであった。
「あぁん!? 小僧……なんだてめぇ、そのナリは!?」
「……ごめん、おっちゃん。銭も薬も……全部盗られちまった……」
「はああああ~~~!? 盗られただああ~~~!?」
意気消沈した少年はすっかりへたりこんで、べそをかいている。
「おいらみたいなガキが急に大金手に入れたら、そりゃそうだよなぁ……。いつの間にか後つけられてて、後ろからガツンて……」
「どうして戦わねぇんだ!?」
「戦えねぇよ!! だっておいら……弱ぇもん!!」
少年が絶叫すると、ゼハイルの身体が動かなくなる。
その叫びをいつだったか、厭というほど聞いた気がした。
「おいらだって強くなりてぇよ! でもっ、おいらは身体も小さいし、メシも食ってないからガリガリだし……親父だっていねぇし! 無理だよ、もう! 限界なんだよぉ!!」
「………………」
「わかってんだ、弱いのが悪いってさぁ……でも、でも……おいら、悔しいよ。せっかくおっちゃんが金を稼いでくれたのに……おいら、ガキの使いもできない愚図でさぁ……」
黙って独白を聞いていると、少年は涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげ、冷たい鋼の身体に縋りついた。
「どうしよう、おっちゃん……おっかさんが死んじまったら、どうしよう……っ!」
その時、まったく見覚えのない映像が頭の中で早送りされる。
大昔、身体が弱くて侍になれなかったどっかのバカが、それでも親に愛されて、その親に何も恩返しをできなくて随分と悔しがっていたっけ。
そいつはメシを食っても食ってもいつもやせっぽちで、ちょっと家から出るだけでフラフラになっちまう……ガキの使いもできない愚図だった。
「小僧、いくらだ?」
「……え?」
「てめえが作ってくれたこの外套はいくらなのか聞いてンだよぉ。俺様としたことが、まだ銭を支払っていねぇことを思い出したんでな」
「そんなの……そこらの家にあったただの襤褸で……」
「――値段をつけられねぇなら俺が決めてやる。こいつの報酬はてめえのおっかさんの薬と、てめえらが腹いっぱい食えるだけのメシでどうだ?」
鋼の身体がきしんでいる。あとどれくらい持つのかもわからない。
当然だ。まだ動いていること自体、だいぶ無理がある。
この行動にどんな意味があるのか。それが本当に必要なことなのかもわからない。
思えばそもそもわかることの方が少なかった。
目が覚めてすぐ、戦わなければならないという衝動に突き動かされ、ただただ突っ走って突っ走って、切った張ったの繰り返し。
間違いない。誰がどう見たって、この鉄くずは大悪党だ。
だのに、どっかの大昔の馬鹿野郎が、立ち上がってくれと泣きながら背中を叩いている。
魂が――どうか代わりに戦ってくれと。
「てめえの薬を奪った賊はどこのどいつだ?」
「あっちの峠の方で、最近幅を利かせてるって……でも危ないよ、おっちゃん!」
「ケッ、ガキの心配なんざいらねぇよ。俺は――最強だからなぁ~!」
弱くても生きていていいのだと、家族は言ってくれた。
嬉しかった。でも本当は――強くなりたかった。
侍に憧れた。誰かを守って戦う、父や兄たちのような。
本当は言ってほしかった。『自慢の子だ』って。
ただそれだけなのに、実際にやったことと言えばなんだ?
多くの弱者を生み出して、その弱者がまた更なる弱者を生み出す手助けをしただけだ。
「くそ……動け、この屑鉄がぁ!」
もうブースターもイカれてきて、大跳躍もできないから、鈍重な身体を必死に動かして山道を走っていく。
随分と久しぶりに、走るのが辛い。
身体が重たくて、全然言うことを聞かない。
ああ、そういやそうだった。これが『俺』だった。
久しぶりに味わう、弱者の気持ち。
でも今は――それがそんなに苦痛ではなかった。
成功条件
条件1 | 盗賊団の討伐 |
---|---|
条件2 | - |
条件3 | - |
大成功条件
条件1 | ゼハイルとの何らかの決着 |
---|---|
条件2 | - |
条件3 | - |
解 説
このシナリオは戦闘の要素を含みますが、実質的にはシチュエーションノベルに近いものです。
相談は可能ですが、実際の判定の流れなどはカジュアルルールに近くなります。
咎人は近隣の町の依頼を受け、峠を根城にしている盗賊団の討伐を依頼されました。
しかし、実際に盗賊団の根城に到着すると、そこに生きている盗賊は一人もおらず、代わりに彼らを殺したらしいゼハイルと出くわします。
咎人はあくまでも偶然ゼハイルと遭遇した、という設定になります。
咎人はゼハイルが現在どのような状況にあるのかを知ることはできません。
よって、なぜゼハイルがここにいて、これから何をしようとしているのかも察することは困難です。
OP本文の記載はプレイヤー情報であり、PCはその事実を知りません。
ゼハイルは盗賊を全滅させていますが、霊力の殆どを使い切っておりかなり弱っています。
当然ながら強力なアクティブスキルは一つも使うことができません。
咎人が交戦を望む場合ゼハイルは応戦しますが、基本的にはその場から逃げようとします。
また、仮にゼハイルを撃破しようとした場合、命乞いをし、聞き入れられないのなら咎人に薬と食糧をある場所に届けるように頼んできます。
咎人はその頼みを無視してトドメを刺すことができます。
このシナリオの成功条件はPCが参加した時点で達成されています。
大成功条件はゼハイルを撃破するなどで達成できます。
それ以外では彼との間になんらかの約束を結ぶなど、今後きちんと決着を迎えられる見込みがあるのなら「達成した」と判定されます。
最も簡単な大成功は、ゼハイルにトドメを刺すことです。
マスターより
ハイブリットヘブンをお楽しみいただきありがとうございます。運営チームです。
当シナリオはエピック「神無月ノ王」と関連する内容となります。
また、このシナリオは「鋼鉄のララバイ」の結果にあわせ追加公開されています。
シナリオとしては何も危険な部分はなく、死亡の危険性はありません
戦闘シナリオとしては非常に簡単な部類ではありますが、ゼハイルと偶然遭遇しても撃破に持っていけるという前提から、参加総合が制限されています。
また、必ずしも大成功に出来る事を約束できるものではないという意味で、高難易度に設定されています。
参加キャラクター
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- 水無瀬 遮那(ma0103)
- 精霊種|男
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- ザウラク=L・M・A(ma0640)
- 機械種|男
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- アナルデール・ウンディーニ(ma0116)
- 人間種|女
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- 氷鏡 六花(ma0360)
- 精霊種|女
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- 天魔(ma0247)
- 神魔種|男
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- 葛城 武蔵介(ma0505)
- 神魔種|男
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- マイナ・ミンター(ma0717)
- 人間種|女
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- 麻生 遊夜(ma0279)
- 機械種|男
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- 葉山 結梨(ma1030)
- 人間種|女
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- 鐵夜行(ma0206)
- 剛力種|女
- リプレイ執筆中