オープニング
妖鉄界ヤルダバオトのとある宿場町。
この町の顔役を務める女傑、天竺・夜叉呼に呼び出された天達・巳之助 (mz0032)は、賑やかな茶店で耳にするにはあまりにも不釣り合いな響きに眉をひそめた。
「ちっ、薄気味悪い感じだな。そいつは一体何者なんだ?」
「その名の通り、ナメクジみたいにどんな厳重な屋敷にでも入り込む凄腕のくノ一でね。何でも、一目見ただけで他人の顔や声色、体格から服装に至るまで完璧に真似る術の使い手らしい」
「厄介だな……。団十郎もとんでもない奴に目を付けられたもんだぜ」
『傾の氏族』の長である暫・団十郎は、役者兼興行主として各地を巡業する日々を送っている。
とにかく目立つあの男が命を狙われるのは仕方のないような気もするが、どうやら事はそう単純ではないようである。
「……アンタ、何か勘違いしてないか? 命を狙われているのは団十郎じゃない。傾の氏族は3日後に『天下統一戦争』の予定が組まれているんだが、そこで団十郎と一騎打ちする事になっている『藤枝・皐月』という娘が危ないのさ」
すっかりぬるくなった茶を一口すすってから、夜叉呼が紐で縛られた封書の束を取り出す。
「? なんだこりゃ?」
「全部団十郎宛ての恋文さ。この手紙によると、お由良は団十郎の舞台での姿に一目惚れしたらしくてね。愛する男のために、強敵となる皐月の暗殺を目論んでいるらしい。全く迷惑な話だよ。団十郎も困り果てて、アタシに相談してきたって訳さ」
話を聞く限り、このお由良にはまともな理屈が通用しそうにない。つまり巳之助は、このメンヘラくノ一の企てを阻止するために呼び出されたという事らしい。
「皐月に事情は話したのか? いっその事、試合の日までどこかに引きこもってもらえば……」
「もちろん話したさ。でも皐月は『そんな卑怯者には屈しない』の一点張りで、護衛も頑として受け入れようとしない。だからアンタ達には、皐月に気取られないように護衛をしてもらいたいんだ」
「難しい事を言いやがるぜ。だが、今回ばかりは団十郎の責任でもねえしな……」
団十郎の無鉄砲な性格のせいでひどい目に遭った事があるが、常に隈取りの化粧を欠かさないあの男にはどうにも憎み切れない所がある。
苦笑いを浮かべながら、巳之助は夜叉呼の依頼を受け入れる事にしたのだった。
◆
「あ、あの! 団十郎様!!」
「む?」
同時刻、傾の氏族が所有する天幕内。
3日後の対戦に備えて団員達と剣術の稽古を続けていた団十郎は、いつの間にか忍び込んできた少女に話しかけられていた。
「おい嬢ちゃん! 駄目じゃねえか、こんな所に来ちゃあ!」
「ひっ!?」
有名であるがために、熱狂的なファンの暴走行為は決して珍しくはない。
うんざりした顔の団員に叱られた少女は、目に涙を浮かべながら身体をすくませた。
「そう怒らずとも良い。そなたはそれがしの舞台を観てくれたのであろう? 応援感謝いたしますぞ」
「は、はい! ありがとうございます……」
優しく声をかけられた少女が、団十郎をうっとりと見つめる。その少女の瞳の奥は深く、そして昏く、恋する女性の眼差しに慣れているはずの団十郎ですらたじろぐ程の熱量を秘めていた。
「……そう言えば、団十郎様はもうすぐ一騎打ちをなさるのですよね?」
団十郎の顔を見つめたまま、少女が唐突に話題を変える。傾の氏族の戦いは注目度が高く、この町は現在その話で持ちきりであった。
「うむ、その通り。よってそれがしは更に鍛錬せねばならぬ故、そなたも早く――」
「ご安心くださいませ。団十郎様の勝利は決して揺らぐ事はありません。私がいる限り……」
「!?」
急に顔を近づけた少女が、団十郎にしか聞こえない声で小さくささやく。熱いはずのその吐息は、団十郎の背筋に冷たいものを走らせた。
「きゃっ、言っちゃった♪ し、失礼します!」
「ま、待て!!」
赤面した少女が、くるりと身を翻して天幕を飛び出す。慌てて後を追う団十郎であったが、天幕の外に少女の姿は影も形も見当たらなくなっていた。
(あの娘、もしや……)
ごく普通に見えた少女からほんの一瞬漏れ出たのは、瘴気のようにどす黒い『妄執』の炎であった。自分がとんでもない『怪物』に見染められてしまった事を、団十郎は身をもって実感したのだった。
成功条件
条件1 | 藤枝・皐月を3日間護衛する。 |
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条件2 | - |
条件3 | - |
大成功条件
条件1 | 蛞蝓お由良を捕縛する。 |
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条件2 | - |
条件3 | - |
解 説
オープニングの情報と、オープニングに載せきれなかった情報を纏めます。
【蛞蝓お由良(ナメクジオユラ)】
諜報や暗殺を生業とするフリーランスの忍びで、その素顔を知る者は誰もいない。
驚異的な変化の術の使い手であり、一目見ただけで他人の外見を完璧に真似する事ができるが、直接的な戦闘能力は咎人には劣る。
慎重かつ執念深い性格の持ち主で、これまで狙った標的は確実に始末してきた凄腕だが、今回は団十郎への恋心と皐月への嫉妬心で暴走している模様。舞台上の団十郎とたまたま目が合った時に恋に落ち、『団十郎が自分に皐月殺害を依頼した』という妄想に浸っている。
【暫・団十郎(シバラク・ダンジュウロウ)】
芝居等の『興行』を生業とする芸人集団、『傾(かぶき)の氏族』の長。
3日後に『天下統一戦争』の試合が組まれており、対戦相手の氏族に『剣客』として雇われた皐月と一対一の決闘をする予定。皐月が殺害されれば傾の氏族の評判にもかかわるため、お由良の暴走を何が何でも阻止したいと考えている。当然の事ながら、お由良に対する好意はない。
(※団十郎にして欲しい事があればプレイングに明記の事)
【藤枝・皐月(フジエダ・サツキ)】
団十郎と一騎打ちする予定の若手剣士。頑固で生真面目な性格で、暗殺などと言う卑怯な手段を使う相手に尻尾を巻く訳にはいかないと考えている。
剣の腕は優れているが、騙されやすい上にかなりの世渡り下手。町外れで剣術道場を開いているが全く流行っておらず、常に貧乏生活を送っている。
本人は全く自覚していないが、実はかなりの美少女でもある。
(※皐月の護衛は、皐月が団十郎と一騎打ちを開始した時点で完了とする)
マスターより
正木猫弥です。
ヤルダバオトでは卑怯な振る舞いは忌み嫌われますが、だからこそ汚れ仕事を生業にする者が存在するのかもしれません。
お由良の戦闘能力は咎人には及ばないものの、そういった力とは違う尺度での『強さ』を持った厄介な相手です。彼女が『モブに変身した場合』『自PCに変身した場合』『仲間に変身した場合』の対策をしっかり取って、気の毒な美少女剣士を守ってあげてください。
また、当シナリオは純粋な戦闘依頼というよりもシチュエーションノベルに近い内容です。相談のためにエキスパートとしていますが、プレイングの判定はカジュアルで行いますのでご了承ください。
皆様のご参加、お待ちしています!
関連NPC
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- 天達 巳之助(mz0032)
- 人間種|男
参加キャラクター
- リプレイ公開中