「血脈ねぇ……」
戦いの最中、麻生 遊夜(ma0279)はクリーチャー同士の戦いを見つめていた。
ファリフと呼ばれた少女が、突如自分が『血脈』と呼ばれる存在だと言われた。
それが何なのか分からないうちに、周囲は血脈を巡る戦いへと発展していく。
理解が追いつかない状況。
誰も教えてくれない事実。
自身の無知に対する怒り。
そして、突然突き付けられる問い。
ファリフは、自分を取り巻く状況の中で何を想うのか。
(聖地の独占……指導者でなくとも強く願えば神が叶えてくれる、か)
遊夜は、手に入れた情報から情報を整理する。
指導者でなくても願いが叶うのであれば、指導者が願えばどのような事が実現可能なのか。
少なくともランディ・スタンリッジの言葉から『ニューツインフィールズ計画』の施行は可能なのだろう。
ランディが血脈であれば、同じ候補者であるファリフをどう扱うか。
始末する? 荒事も手の一つだが、ウェンディゴという敵対者がいる。万一を考えれば野望を引き継ぐ手駒は残したい。
――だから、ファリフを勧誘か。それだけじゃない。指導者候補二人で願ったらどうなる? そりゃ自陣営に引き入れたくもなる。
「ろくでもねぇ話だが、一つハッキリしている事がある」
「……ん。ユーヤ、それは?」
遊夜の傍らにそっと立つ鈴鳴 響(ma0317)は、見上げるように問いかけた。
遊夜はほんの少しだけ口角を上げる。
「ファリフ一人に大人達が寄ってたかって責め立てる。粋じゃねぇよなぁ」
遊夜が、大きくため息をつく。
誰もが己の欲望を垂れ流し、それを前に困惑するファリフには目を向けない。
その様は、あまりにも醜くて無様だ。
「さて、それじゃ行くとしよう。響、準備は良いか?」
「……ん、ふふっ……ボクはいつでも、大丈夫だよ」
そっと響の頭を撫でる遊夜。
響は、軽く笑顔を浮かべて遊夜に答える。
大人達相手にどうこう話す口は持ち合わせていない。ただ、遊夜と響はファリフを救う為に自らが行うべき役回りを果たすべく動き出す。
「スジモン同士の掛け合いだろうが、今回ばかりは麻生組が手ぇ出させてもらう! スジが通らねぇと言い張るなら、体一つで邪魔してみせろや!」
遊夜がきらきらパーティクルで友愛騎士団の注目を惹く。
周囲にいた友愛騎士団が一斉に遊夜をターゲットに見据えて動き出す。
「……ん、ユーヤにきらきらを……そう、こっち……こっちだよ」
友愛騎士団を誘導するように手を叩く響。
だが、破壊衝動の強いクリーチャー故に動きは単純だ。罠を掛けるには最適な相手。響が誘導する先に罠があるなど気付きはしない。
「!」
友愛騎士団の足元に呪いの領域が出現。
足元に呪いか絡みつき、その歩みを妨げる。
足が重くなった事に気付いた友愛騎士団。顔を上げれば、そこには遊夜が迫っていた。
「ここでしばらく遊んでいけ。俺が相手してやるから。大人の話が終わるまで待ってろや」
響のマッドハンドに合わせ、遊夜のシールドバッシュ。
強い衝撃が友愛騎士団を一気に吹き飛ばす。無理に倒す必要は無い。今は、ランディとファリフの邪魔をさせなければいい。
「……ん、選り取り見取り……ふふ、うふふ……さぁ、遊ぼう?」
クスクスと笑う響。
派手に暴れればいい。それが響の役目なのだから。
●
「話は聴かせて頂きましたよ、スタンリッジ議員」
石柱の影から姿を見せたのは、カール=マリア・T・ペンローズ(ma1323)。
ランディとファリフの間に立つように歩み出たカール。黒いスーツは、ツインフィールズのマフィアとは少し毛色の違う雰囲気を醸し出している。
「貴方は?」
「失礼。私はとある国で官僚をしていた者です」
改めてランディに丁寧な挨拶をするカール。
かつて鋼鉄の帝国と称される独裁国家で高官だったカール。カールは仕事していたに過ぎないが、周囲からは冷酷さと計算高さに提供があった。それ故に暗殺されてしまうのだが、カールは咎人となってもその能力は遺憾無く発揮される。
「議員。私は感服しました。議会は表向き。いや二重の工作ですかな。レイムディアーに赴きワカタンカに願いこの街を作り変えて独裁者になろうとしている……いやはやなんとも素晴らしい!」
「少し語弊がありますね。私は独裁者になりたい訳ではありません。犯罪のない町を作りたいだけです」
「その答えの一つが独裁。……違いますか?」
ニューツインフィールズ計画は、犯罪抑止の為に警察機構の強化及び町の各地に監視カメラを設置する事。犯罪を未然に防ぐ事ができれば、結果的に犯罪のない町が生まれる。
しかし、計画の実現には警察の治安能力を高める事が不可欠。監視と暴力装置。これを後の世では独裁と考えてもおかしくはないだろう。
ランディはカールの言葉に反論せず、言葉を続ける。
「もう一つは議会は表向きではありません。議会の提案は必要です。議会制民主主義ですから」
「多数派工作に加え、神の加護を受けるのでしょう?」
「ワカンタンカはあくまで民に力を貸すだけです。神が聖地で願いを聞き入れていただければ、ニューツインフィールズ計画は盤石です」
「はい。予め申し上げますが、私は独裁を否定していません。統治する手段の一つが独裁に過ぎません。大切なのはどのような独裁を行うのか。この私めも仲間に加えてはくれませんか? この私も独裁者に仕えた身ですからね」
カールの狙いはランディ配下になって情報を仕入れる事だ。
ランディは間違いなく聖地や血脈の情報を握っている。それらを身近で手に入れられるなら、咎人にとっても十分有益となる。
だが、その申し入れを真っ先に否定する者がいた。
「その提案。ランディさんへ認めさせる訳にはいきません」
カールの前にトーンフォレストを出現させたエディ。中から出て来た友愛騎士団をカールへ向かわせる。
エディからみればカールが咎人である事はすぐに分かった。であれば、簒奪者であるエディがカールの企みに気付かないはずがない。簒奪者の立場としてもそれを安易に認めさせる訳にはいかない。
「くっ」
「人手は十分に足りていますよ。咎人であるキミの手は必要ありません」
「エディ……やっと『会えた』わね、うれしいわ」
カールを妨害するエディに歩み寄る影――如月 朱烙(ma0627)だ。
微笑みを湛えながら近づく姿。戦いの最中と考えれば、少々不穏な空気を感じてしまう。
「キミは?」
「エディは仇」
「は?」
宗家相伝 西洋真剣 紫電改で飛び掛かる朱烙。
エディは素早く友愛騎士団の影に隠れた為、刃は友愛騎士団の肩口に深々と食い込んだ。
「リカルドの復讐はわたくしの復讐。取り巻きごと覚悟してもらうわ」
「ああ、思い出しました。ボスのイロですね。ボスも興味無い振りして、罪造りな人だ」
「罪造りはエディの方よ」
友愛騎士団を蹴り飛ばして紫電改を引き抜いた。
その間にエディは朱烙と距離を置く。カールに向かっていた友愛騎士団を引き戻しながら。
「エディ、貴男あの市議に何を吹き込んだの? 詳しいじゃないの」
「それは逆です。私がランディさんから教えて貰いました。ランディさんも血脈ですから。祖先に先住民の方がいるみたいですから、家に伝わっていたのでしょう」
ランディも血脈。
つまり、指導者候補の一人という事になる。
エディの言葉を聞いてランディは呆れた様子だ。
「エディさん。言ってしまいましたか」
「ちょっと待って。ランディも血脈なら、貴方自身が聖地へ行けばいいじゃないの。ファリフを巻き込む意味はないでしょう?」
朱烙の問い。
それに対してランディは、呟いた。
「そこに気付きますか。まったく、あの邪魔者さえいなければ」
ランディの視線の先には、ウェンディゴの姿があった。
そこで朱烙は、察した。
ランディの力だけでは、ウェンディゴを倒す事が困難だった事に。
●
「え、えっと……」
次々と事実が露わに事実を前に、ファリフは一人困惑していた。
血脈なる存在だと報される状況に加え、ランディもまた血脈である事が明かされる。
その中でランディから打診されているのは、町をよくする為の協力。
犯罪はない方がいいに決まっている。
犯罪がなければ孤児になる子は、ずっと少なくなる。
しかし、それで本当に良いのか?
ファリフは自問自答を繰り返す。
「横からごめんね~。ファリフちゃんもいきなりで困ってるから、ここらでちょっと息抜きに、俺からの質問タイムを挟んでみない?」
マルコム・レーナルト(ma0971)がファリフを守るように立つ。
ランディへ質問する事で、ファリフの判断材料を増やすつもりなのだ。
「質疑応答ですか?」
「味方にしたい子には信用する材料を提示してあげるべきでしょ。まさか、十分に情報を与えなかったり嘘ついたりして、詐欺師みたいに協力の言質を取るなんてしないよね。ランディ議員?」
「……いいでしょう」
メディアへの対応とは異なると認識したのだろう。
意識的にランディはタイを結び直す。
「犯罪のない町は誰のための願いなのでしょう?」
「それは町に住む市民の為です。犯罪はない方が良いでしょう?」
「聖地でワカンタンカへ願う事でマフィアの力を削ぎたいのでは?」
「それは結果論です。犯罪を起こす存在がいなくなれば、マフィアは力を失います」
カールの時のように独裁を口には出さない。
神に成り代わるつもりはない、と言わんばかりだ。
「では、願いとはどのような形で叶うと予測されます? 願うだけで人を心変わりできます?」
「そこまで強く働かないと思いますが……たとえば私の議案に反対すれば、『不幸な事故』が偶然起こるかもしれません。逆に賛成すれば、良い事が起こる。人は益に敏感です」
「犯罪を定義する秩序そのものの崩壊や住人の絶滅といった要因でも犯罪は無くなりますが、そのような形で願いが叶う恐れはないと?」
「それは願い方次第です。そもそも犯罪を無くすというのはニューツインフィールズ計画であり、神へ願うならば法案が可決されますように、とすれば良いのですから」
これらの情報以外にも過去に叶った過去の事例はあるが、口伝であり記録はない事。
新たなる指導者が決定した場合、他の候補は控えに回る。次代にまで資格が保持するかはケースバイケース。子孫そのものが少なく、指導者が生きていれば可能性はあるらしい。
「最後の質問。何故、今まで聖地に行かなかったのですか?」
「それですか……。ウェンディゴがいたからです。あれは血脈を聖地へ近付けたくはないのです。ツインフィールズで生活していた血脈ですよ? ウェンディゴからすれば、裏切り者です。あれはツインフィールズそのものを破壊するのが狙いです。聖地へ行くとするなら準備を整えなければならないでしょうね」
つまり、議員としてのランディでは聖地へ赴いてもウェンディゴに対抗する術が無かった。
マフィアを手駒にする手も考えられたが、ランディはクリーチャーを手駒にする方法を選んだようだ。
「回答ありがとうござした。一応、そう言っておきますよ」
「…………」
マルコムの言葉に、ランディは冷たい視線を向けていた。
●
「エディさんです! さいきんあそんでくれないエディさんですー!」
久し振りに再会したエディを前に、アルマ(ma0638)は思わず叫ぶ。
いつもなら飛び跳ねる喜びを見せるが、今日は些か事情が異なるようだ。
「遊んでくれないって……」
「そろそろぼくもじれてきましたですよ……。ぼくとゆーものがありながら」
アルマにとってはエディは遊んでくれる人。
簒奪者や咎人という枠組みを超越した関係と考えているのかもしれない。
「で、今日もボクに攻撃を仕掛ける遊びをするつもりですか? まったく、オルメタに来てから忙しいというか……」
「きょうはおもにおしゃべりですー。ごしつもんです!」
今日のアルマは攻撃ではなく、エディへの質問があるようだ。
珍しく勤勉なアルマだが、やる時はしっかりお勉強タイムである。
「ほう、珍しいですね。何でしょう?」
「とくいてん? が、せーちなら、オルメタのしゃーまんもけつみゃくなのです?」
アルマが言いたいのは、オルメタの特異点が聖地レイムディアーだと仮定した場合、現地にいる祈祷師はその血脈に関係しているのではないかというものだ。ファリフが血脈であると考えた場合、現地の祈祷師は血脈と何らかの繋がりがあるのではないかと考えたのだ。
「なるほど。それに気付きますか。意外に勘の良い子犬ですね。
確かにオルメタの祈祷師は血脈の系譜にあるようです。ただ、指導者になれる程の繋がりはないようですね」
「わーい、ほめられたですー」
答えて貰った事よりも、褒められた事に喜ぶアルマ。
しかし、アルマの指摘により祈祷師が先住民との繋がっていると分かった。祈祷師の力の根源が聖地や神であるワカンタンカとも関わりがあるのかもしれない。
「あと……あっ! あれは!」
アルマが振り返ると、そこにはランディの姿があった。
アルマはエディの時以上に喜んでみせる。
「わぉん! しぎさんです? きになることあるですー。よろしーです?」
「エディさん、こちらは……」
「迷い込んだ愛玩動物とお考え下さい」
「ふむ」
エディの説明でランディも納得した様子だ。
アルマは質問を快諾してもらったと考えて話し始める。
「はんざいのないまちって、むほーちたいにすることです?」
「えー……エディさん?」
「意訳すれば、犯罪の一切ない町を目指すのであれば、何をしても犯罪にならない町でも願いが叶えられるのではないか? という事です」
理解できなかった様子のランディが、エディに翻訳を頼んでいた。
アルマの問いかけは、ランディが犯罪のない町を神ワカンタンカへ願った場合、何をしても犯罪が成立しない無法地帯を願っても叶えられてしまうのかという質問であった。
「そういう意味ですか。確かに指導者として強く願えば、それも可能でしょう。ですが、それは既に町としての機能は残されていないでしょう。ワカンタンカの力を使いながら町をより良い形にするにはどうすれば良いのか? その答えがニューツインフィールズ計画なのです」
ランディは可能な限り諭すように教えてくれた。
指導者になれば無法地帯のような町も作れるだろう。だが、無法地帯は町ではない。
町として機能させる為には議会を存続させながら犯罪のない町を目指す。
それがランディの為そうとしている事なのだが……。
「わぅ? むつかしーです」
アルマは理解できず首を捻る他無かった。
●
「む! キミは……」
ランディの前に見覚えのある男が姿を見せる。
先日、創立記念式典の際にランディを殺害しようとした天魔(ma0247)である。
自分を殺害しようとした存在が現れる。ランディが警戒するのも仕方ない事であった。
「まだ逮捕されていませんでしたか……エディさん」
「はいはい。堂々とした暗殺者もキャラクター性があっていいですね」
ランディの指示を受け、天魔の周囲に友愛騎士団が多数現れる。
しかし、天魔は一切臆する様子もなかった。
ランディを一瞥した後、ゆっくりと話し出す。
「……犯罪の一切無い町、ね。つまり君の奴隷にならぬ事は犯罪と定めれば住人全てが君の奴隷となるな。確かに君にとって住みやすい町だな」
ふてぶてしい態度。
明らかにランディに対する挑発だ。
ランディは沈黙を守って天魔を睨む。
「犯罪を犯さなければ良いだけでしょう?」
「その犯罪の定義を、君の判断で行うのが危険だと言っている。結局君は自分の想いを対話で説くのではなく力で押し付ける犯罪者に過ぎん。世界の破滅を目指すエディに与し町を自分の思うままに支配しようとする君は世界と町の敵だ」
「犯罪者とは仰いますね。ですが、忘れていませんか? 私は市議。つまり、市民から選ばれた議員です。私はエディさんに操られている気はないのですがね」
平行線。
天魔の感覚からすれば、交わる事は一切ないだろう。むしろ、言葉の端からエディに与するというよりもエディとランディは利害関係が一致した間柄なのかもしれない。つまり、役に立たなければエディであっても簡単に斬り捨てる。
だが、そうだとしても天魔のやるべき事は変わらない。
「世界と町を守る為、君を討つ」
「キミ、他人から言われませんか? 傲慢だと」
怒気を込めて言い放ったランディ。
口を鳴らした途端、地面から更に友愛騎士団が現れる。
いくら天魔が咎人でも、一人で相手するには骨が折れそうだ。
「君という人間は……」
「これ以上、語っても時間の無駄です。終わらせましょう」
ランディが指を振るう。
その瞬間、一斉に天魔へ友愛騎士団が殺到する。
――しかし。
「我が信念と矜持の楯は堅牢なり! さぁ、全て受け止めてやろう!」
遊夜が天魔と友愛騎士団の間に割り込んだ。
ダイナミックエントリーで友愛騎士団を蹴り飛ばして力任せに撃退。更に別方向から近づいた友愛騎士団へ渾身の拳を叩き込んだ。
「どうした! まだまだ喰い足りないぞ!」
「……ん、ユーヤ。きらきらを……。時間は、稼ぐから……」
遊夜の背中と背中合わせで立った響。
遊夜に再びきらきらパーティクル使うように促しながら、響は友愛騎士団をスフィアバースト。
爆風で吹き飛ぶ友愛騎士団。味方を巻き込まないように注意しながら、次々と爆破させていく。
「死にてぇヤツだけ、かかって来い!」
煌めく遊夜。
友愛騎士団の視線が一気に集まっていく。
天魔へ集まった敵意を、遊夜と響が破壊。その様子を見ていたランディは、苦々しげに呟く。
「やはり、エディさんに負けない力を保持していますか……」
●
「聴いておったぞ、ランディとやら。ファリフを利用するつもりそ?」
咎人から投げかけられた問い。
それに対して答えるランディだったが、シャハエル(ma1209)はランディがファリフを利用するつもりだと考えていた。
エディによってランディが血脈だと暴露された時点でかなり怪しくなった。ランディが友愛騎士団と名付けたクリーチャーを使役できたのも、血脈である事が関与しているのだろう。それはファリフがクリーチャーの声が聞こえた事からも類推できる。
その上で、ファリフの協力を打診した。
敵対する厄介さを考え、ファリフを抱き込もうとしたのだろう。だが、ランディは知らなかった。簒奪者と咎人の関係を。ましてや、蒐集衆であるエディに協力しようとする咎人は皆無に等しい。
「利用とは心外です。協力ですよ」
「どのように言い繕えるからな。さて……」
シャハエルはファリフへと近づいた。
咎人と簒奪者の関係など、この世界にいきる者達には直接関係ない。決定するべきはあくまでこの世界の住人。だからこそ、シャハエルは判断するに必要と思える事を言葉にして紡ぎ出す。
「ファリフ、孤児院では物事をどうやって決めるぞ?」
「え? みんなで話し合ってかな」
「その時、シスターはどうしている?」
「基本的には見守っているかな。違っていたらアドバイスしてくれるけど」
「そうだ。先生が皆同じ事をやりだしだら、子供は混乱するぞなぁ」
屈み込んで、ファリフの視線に合わせるシャハエル。
優しく諭すような口調。それは懐柔にも見えるが、緊張を解す意味合いの方が強い。
「確かに犯罪のない町は理想だ。だが、ランディとやらの計画は町の破壊に繋がる」
「どうして?」
「誰が犯罪を定義する? 法律を作る議会と法を拡大解釈する警察だ」
「マフィアは悪じゃないの?」
「確かに悪い奴もいる。しかし、ファリフが会ったマフィアは皆悪人だったか?」
「……!」
シャハエルの言葉でファリフは気付く。
アンダーソンファミリーは、伝統を守るマフィアだった。そのマフィアも前身はツインフィールズで生まれた自警団。法律を破れば悪ではあるが、その法律が常に正義とは限らない。
「思い出せ。禁酒法が施行され、町は良くなったか? 更に犯罪が増えたのではないか?」
「そんな事はありません。酔った人間が暴れる者は減りました。そもそも人間としての美徳を損なう酒が良いはず……」
「貴様は黙っておれ! 口の達者な愚昧よの!
密造酒や密輸が増えた事も事実であろう。マフィアが資金源としたのも、この法律が始まりではないか」
口を挟んできたランディに対して、シャハエルは一喝する。
それは、ファリフに向けた言葉優しさなど一ミリもない。怒気と邪気が込められている。
「忘れないで欲しい。我はファリフがどのような道を選ぼうとも、汝を護るぞ」
「ファリフさま」
続けて川澄 静(ma0164)が、ファリフに言葉をかける。
続けられる言葉は、クリーチャーについてだ。
「クリーチャーを力で抑えつけるのでなく、その声に耳を傾けて。彼らと友達になるのです」
「友達?」
静はファリフがクリーチャーの感情が感じ取れる事を知っていた。
それはおそらく血脈であるが故の能力。もし、感じ取れるのであればクリーチャーと友達になる事も可能だ。
「やってみる。よく分からないけど」
ファリフは意識を集中する。
争い続ける友愛騎士団とバニーマン。
喧噪の中でファリフに薄らと届くのは――怒りと怨嗟だった。
「……うわっ!」
「どうされました?」
「なんか、辛いとか苦しいとか。そんな感情がいっぱい流れてきたよ」
「そうでしょうね。クリーチャーは、先住民が迫害された負の感情から生まれた存在です。聖地を穢したツインフィールズという町への破壊願望が、ワカンタンカへ力を願って生まれたモノ。それを使役するとなれば、クリーチャーを臣従させなければなりません。心は読めても、あなたは町を破壊しようとするクリーチャーを臣従させられますか? 声が聞こえるだけならば、血脈としても力が不足しているというのに」
「!」
ランディによれば、クリーチャーは聖地にあった負の感情――この場合は、先住民が迫害されて抱いた悪感情――がワカンタンカに力を願って生じた存在。ウェンディゴはこの感情を利用してクリーチャーを生み出しているらしいが、ランディも似た事をしていたのだろうか。
「ランディさま。それでは、あなたもクリーチャーと心を通わせたのでしょうか」
「はい。私は彼らに伝えました。破壊してもその後はどうするのか? と。私と共に歩めば、今よりも『良い町を見られる』と伝えました。クリーチャーも私に手を貸してくれます。血脈ですから」
つまり、ランディはクリーチャーに都合の良い説明を伝えているのだ。
破壊するよりも奪った方がいい。だが、静はランディがクリーチャーを騙して手駒にしていると考えた。計画が実現した後、クリーチャーに適当な命令を付けて斬り捨てる。結果的に町は『クリーン』な物へと生まれ変わる。犯罪のクリーチャーもいないクリーンな町へ。
「どのような町にするかを決められないあなたに、クリーチャーを使役する事はできません。ましてやクリーチャーの説得など無理でしょう。
ですが、悩む必要はありません。すべて私が行いましょう。あなたは私が聖地へ赴く手伝いをしてくれれば良いのです。手を取り合って、平和な町を……」
「ファリフさま、いけません」
静はランディの言葉を遮った。
ツインフィールズを恨むクリーチャーに平和を提示する事は困難だ。
ファリフが血脈としてクリーチャーと会話できるようになっても、これではクリーチャーを協力させられない。あまりにも時間がなさ過ぎる。
しかし、ファリフは顔を上げてランディへ言い放つ。
「お断りします」
「いいのですか? 犯罪のない町ができるというのに」
「ボクは、今のツインフィールズが好き。そりゃ、犯罪のない町が理想ですけど、その為に孤児院や教会のみんなが悲しむ真似はできません」
ファリフは咎人達からの声にも耳を傾けた。
変わる事が怖いのではない。変わる事で失われる物があまりにも多すぎる。
犯罪のない町。それを実現する事に力任せでは、別の悲劇が生じるだけだ。
「それが、あなたの答えですか。良いでしょう。私は聖地へ向かう準備をします。その道程であなたと遭遇するのなら……排除させていただきます」
ランディの冷たい言葉。
それは血脈同士の敵対宣言であった。
次に出会ったら、必ず潰す。
激しい指導者争いが、勃発する。
「ランディさん、ウェンディゴが消えました。そろそろ潮時です」
「分かりました。友愛騎士団を一斉に彼らへ差し向けて下さい」
「ランディ!」
「ランディさま!」
シャハエルと静が、思わず叫ぶ。
更に、走り込んできた朱烙がエディに向かって怒りを向ける。
「エディ! また逃げるつもりなの! そうやって……」
「生きる為には退路を確保する。基本でしょう? まあ、お互いもう死んでいるんですけどね」
友愛騎士団を盾に、ランディはエディが現出させたトーンフォレストへ消えていった。
●
「付けてくれたのですね」
中央区へ戻ってきたランディは、エディの首元をみた。
そこには先日渡していた十字のアクセサリがついたネックレスがあった。
よく働いてくれたエディへの褒美として渡したものだ。
「ええ。せっかくのプレゼントですから。こういう贈り物には様々な意味がありますしね」
「そうですか。それは良かった」
エディの声に満足そうなランディは、議会に向けて歩き出した。
準備しなければ。聖地へ赴き、指導者としてワカンタンカへ願いを捧げるのは自分だ。
そうであるべきだし、そうでなければならない。
その為には、不必要なモノはすべて排除する。
邪魔するモノも。時には――そうでないモノも。
●
「改めて感謝しよう。よくファリフを護ってくれた」
ツインフィールズ教会の片隅で、咎人達に感謝するフローズ。
あまり声を出しては大騒ぎになる為、あくまでも小声で話し掛けている。
「……ん、ふわふわ」
響に頭を撫でられるフローズだが、口調はあくまで真剣だ。
傍らでは芝生に腰掛ける遊夜がいる。
「で、聖地ってぇのに行かないといけねぇんだろ?」
「うむ。もう一つの血脈より早く聖地へ行かなければならぬだろうな。それに……ウェンディゴは間違いなく立ちはだかる。あれは聖地を独占してこの町を破壊せんとしている。あれがいる限り、クリーチャーは永遠と生まれ続けるだろう」
今回の出来事で、咎人は為すべき事が見えた。
特異点は聖地レイムディアー。
簒奪者はエディ・ジャクソンの支援。
そして咎人と簒奪者に双方に立ちはだかるのは、元凶であるウェンディゴ。
咎人は、ファリフと共に聖十字教会から聖地へ向かい、誰よりも早く到達する必要がある。
「ランディさんは厄介だな。アンダーソンファミリーの連中にも声を掛けるべきだろうな」
「助けを求められるなら、その方が良いだろう。だが……」
「だが?」
遊夜はフローズの方へ向いた。
そこには脇腹の贅肉を響によって弄ばれるフローズがいた。
しかし、そこから語られる言葉はファリフにとって重要なものであった。
「このままではウェンディゴに勝てん。早急に力を付けるべく、試練を受けてもらう。……ワカンタンカに繋がるウィワンヤンク・ワチピを」
戦いの最中、麻生 遊夜(ma0279)はクリーチャー同士の戦いを見つめていた。
ファリフと呼ばれた少女が、突如自分が『血脈』と呼ばれる存在だと言われた。
それが何なのか分からないうちに、周囲は血脈を巡る戦いへと発展していく。
理解が追いつかない状況。
誰も教えてくれない事実。
自身の無知に対する怒り。
そして、突然突き付けられる問い。
ファリフは、自分を取り巻く状況の中で何を想うのか。
(聖地の独占……指導者でなくとも強く願えば神が叶えてくれる、か)
遊夜は、手に入れた情報から情報を整理する。
指導者でなくても願いが叶うのであれば、指導者が願えばどのような事が実現可能なのか。
少なくともランディ・スタンリッジの言葉から『ニューツインフィールズ計画』の施行は可能なのだろう。
ランディが血脈であれば、同じ候補者であるファリフをどう扱うか。
始末する? 荒事も手の一つだが、ウェンディゴという敵対者がいる。万一を考えれば野望を引き継ぐ手駒は残したい。
――だから、ファリフを勧誘か。それだけじゃない。指導者候補二人で願ったらどうなる? そりゃ自陣営に引き入れたくもなる。
「ろくでもねぇ話だが、一つハッキリしている事がある」
「……ん。ユーヤ、それは?」
遊夜の傍らにそっと立つ鈴鳴 響(ma0317)は、見上げるように問いかけた。
遊夜はほんの少しだけ口角を上げる。
「ファリフ一人に大人達が寄ってたかって責め立てる。粋じゃねぇよなぁ」
遊夜が、大きくため息をつく。
誰もが己の欲望を垂れ流し、それを前に困惑するファリフには目を向けない。
その様は、あまりにも醜くて無様だ。
「さて、それじゃ行くとしよう。響、準備は良いか?」
「……ん、ふふっ……ボクはいつでも、大丈夫だよ」
そっと響の頭を撫でる遊夜。
響は、軽く笑顔を浮かべて遊夜に答える。
大人達相手にどうこう話す口は持ち合わせていない。ただ、遊夜と響はファリフを救う為に自らが行うべき役回りを果たすべく動き出す。
「スジモン同士の掛け合いだろうが、今回ばかりは麻生組が手ぇ出させてもらう! スジが通らねぇと言い張るなら、体一つで邪魔してみせろや!」
遊夜がきらきらパーティクルで友愛騎士団の注目を惹く。
周囲にいた友愛騎士団が一斉に遊夜をターゲットに見据えて動き出す。
「……ん、ユーヤにきらきらを……そう、こっち……こっちだよ」
友愛騎士団を誘導するように手を叩く響。
だが、破壊衝動の強いクリーチャー故に動きは単純だ。罠を掛けるには最適な相手。響が誘導する先に罠があるなど気付きはしない。
「!」
友愛騎士団の足元に呪いの領域が出現。
足元に呪いか絡みつき、その歩みを妨げる。
足が重くなった事に気付いた友愛騎士団。顔を上げれば、そこには遊夜が迫っていた。
「ここでしばらく遊んでいけ。俺が相手してやるから。大人の話が終わるまで待ってろや」
響のマッドハンドに合わせ、遊夜のシールドバッシュ。
強い衝撃が友愛騎士団を一気に吹き飛ばす。無理に倒す必要は無い。今は、ランディとファリフの邪魔をさせなければいい。
「……ん、選り取り見取り……ふふ、うふふ……さぁ、遊ぼう?」
クスクスと笑う響。
派手に暴れればいい。それが響の役目なのだから。
●
「話は聴かせて頂きましたよ、スタンリッジ議員」
石柱の影から姿を見せたのは、カール=マリア・T・ペンローズ(ma1323)。
ランディとファリフの間に立つように歩み出たカール。黒いスーツは、ツインフィールズのマフィアとは少し毛色の違う雰囲気を醸し出している。
「貴方は?」
「失礼。私はとある国で官僚をしていた者です」
改めてランディに丁寧な挨拶をするカール。
かつて鋼鉄の帝国と称される独裁国家で高官だったカール。カールは仕事していたに過ぎないが、周囲からは冷酷さと計算高さに提供があった。それ故に暗殺されてしまうのだが、カールは咎人となってもその能力は遺憾無く発揮される。
「議員。私は感服しました。議会は表向き。いや二重の工作ですかな。レイムディアーに赴きワカタンカに願いこの街を作り変えて独裁者になろうとしている……いやはやなんとも素晴らしい!」
「少し語弊がありますね。私は独裁者になりたい訳ではありません。犯罪のない町を作りたいだけです」
「その答えの一つが独裁。……違いますか?」
ニューツインフィールズ計画は、犯罪抑止の為に警察機構の強化及び町の各地に監視カメラを設置する事。犯罪を未然に防ぐ事ができれば、結果的に犯罪のない町が生まれる。
しかし、計画の実現には警察の治安能力を高める事が不可欠。監視と暴力装置。これを後の世では独裁と考えてもおかしくはないだろう。
ランディはカールの言葉に反論せず、言葉を続ける。
「もう一つは議会は表向きではありません。議会の提案は必要です。議会制民主主義ですから」
「多数派工作に加え、神の加護を受けるのでしょう?」
「ワカンタンカはあくまで民に力を貸すだけです。神が聖地で願いを聞き入れていただければ、ニューツインフィールズ計画は盤石です」
「はい。予め申し上げますが、私は独裁を否定していません。統治する手段の一つが独裁に過ぎません。大切なのはどのような独裁を行うのか。この私めも仲間に加えてはくれませんか? この私も独裁者に仕えた身ですからね」
カールの狙いはランディ配下になって情報を仕入れる事だ。
ランディは間違いなく聖地や血脈の情報を握っている。それらを身近で手に入れられるなら、咎人にとっても十分有益となる。
だが、その申し入れを真っ先に否定する者がいた。
「その提案。ランディさんへ認めさせる訳にはいきません」
カールの前にトーンフォレストを出現させたエディ。中から出て来た友愛騎士団をカールへ向かわせる。
エディからみればカールが咎人である事はすぐに分かった。であれば、簒奪者であるエディがカールの企みに気付かないはずがない。簒奪者の立場としてもそれを安易に認めさせる訳にはいかない。
「くっ」
「人手は十分に足りていますよ。咎人であるキミの手は必要ありません」
「エディ……やっと『会えた』わね、うれしいわ」
カールを妨害するエディに歩み寄る影――如月 朱烙(ma0627)だ。
微笑みを湛えながら近づく姿。戦いの最中と考えれば、少々不穏な空気を感じてしまう。
「キミは?」
「エディは仇」
「は?」
宗家相伝 西洋真剣 紫電改で飛び掛かる朱烙。
エディは素早く友愛騎士団の影に隠れた為、刃は友愛騎士団の肩口に深々と食い込んだ。
「リカルドの復讐はわたくしの復讐。取り巻きごと覚悟してもらうわ」
「ああ、思い出しました。ボスのイロですね。ボスも興味無い振りして、罪造りな人だ」
「罪造りはエディの方よ」
友愛騎士団を蹴り飛ばして紫電改を引き抜いた。
その間にエディは朱烙と距離を置く。カールに向かっていた友愛騎士団を引き戻しながら。
「エディ、貴男あの市議に何を吹き込んだの? 詳しいじゃないの」
「それは逆です。私がランディさんから教えて貰いました。ランディさんも血脈ですから。祖先に先住民の方がいるみたいですから、家に伝わっていたのでしょう」
ランディも血脈。
つまり、指導者候補の一人という事になる。
エディの言葉を聞いてランディは呆れた様子だ。
「エディさん。言ってしまいましたか」
「ちょっと待って。ランディも血脈なら、貴方自身が聖地へ行けばいいじゃないの。ファリフを巻き込む意味はないでしょう?」
朱烙の問い。
それに対してランディは、呟いた。
「そこに気付きますか。まったく、あの邪魔者さえいなければ」
ランディの視線の先には、ウェンディゴの姿があった。
そこで朱烙は、察した。
ランディの力だけでは、ウェンディゴを倒す事が困難だった事に。
●
「え、えっと……」
次々と事実が露わに事実を前に、ファリフは一人困惑していた。
血脈なる存在だと報される状況に加え、ランディもまた血脈である事が明かされる。
その中でランディから打診されているのは、町をよくする為の協力。
犯罪はない方がいいに決まっている。
犯罪がなければ孤児になる子は、ずっと少なくなる。
しかし、それで本当に良いのか?
ファリフは自問自答を繰り返す。
「横からごめんね~。ファリフちゃんもいきなりで困ってるから、ここらでちょっと息抜きに、俺からの質問タイムを挟んでみない?」
マルコム・レーナルト(ma0971)がファリフを守るように立つ。
ランディへ質問する事で、ファリフの判断材料を増やすつもりなのだ。
「質疑応答ですか?」
「味方にしたい子には信用する材料を提示してあげるべきでしょ。まさか、十分に情報を与えなかったり嘘ついたりして、詐欺師みたいに協力の言質を取るなんてしないよね。ランディ議員?」
「……いいでしょう」
メディアへの対応とは異なると認識したのだろう。
意識的にランディはタイを結び直す。
「犯罪のない町は誰のための願いなのでしょう?」
「それは町に住む市民の為です。犯罪はない方が良いでしょう?」
「聖地でワカンタンカへ願う事でマフィアの力を削ぎたいのでは?」
「それは結果論です。犯罪を起こす存在がいなくなれば、マフィアは力を失います」
カールの時のように独裁を口には出さない。
神に成り代わるつもりはない、と言わんばかりだ。
「では、願いとはどのような形で叶うと予測されます? 願うだけで人を心変わりできます?」
「そこまで強く働かないと思いますが……たとえば私の議案に反対すれば、『不幸な事故』が偶然起こるかもしれません。逆に賛成すれば、良い事が起こる。人は益に敏感です」
「犯罪を定義する秩序そのものの崩壊や住人の絶滅といった要因でも犯罪は無くなりますが、そのような形で願いが叶う恐れはないと?」
「それは願い方次第です。そもそも犯罪を無くすというのはニューツインフィールズ計画であり、神へ願うならば法案が可決されますように、とすれば良いのですから」
これらの情報以外にも過去に叶った過去の事例はあるが、口伝であり記録はない事。
新たなる指導者が決定した場合、他の候補は控えに回る。次代にまで資格が保持するかはケースバイケース。子孫そのものが少なく、指導者が生きていれば可能性はあるらしい。
「最後の質問。何故、今まで聖地に行かなかったのですか?」
「それですか……。ウェンディゴがいたからです。あれは血脈を聖地へ近付けたくはないのです。ツインフィールズで生活していた血脈ですよ? ウェンディゴからすれば、裏切り者です。あれはツインフィールズそのものを破壊するのが狙いです。聖地へ行くとするなら準備を整えなければならないでしょうね」
つまり、議員としてのランディでは聖地へ赴いてもウェンディゴに対抗する術が無かった。
マフィアを手駒にする手も考えられたが、ランディはクリーチャーを手駒にする方法を選んだようだ。
「回答ありがとうござした。一応、そう言っておきますよ」
「…………」
マルコムの言葉に、ランディは冷たい視線を向けていた。
●
「エディさんです! さいきんあそんでくれないエディさんですー!」
久し振りに再会したエディを前に、アルマ(ma0638)は思わず叫ぶ。
いつもなら飛び跳ねる喜びを見せるが、今日は些か事情が異なるようだ。
「遊んでくれないって……」
「そろそろぼくもじれてきましたですよ……。ぼくとゆーものがありながら」
アルマにとってはエディは遊んでくれる人。
簒奪者や咎人という枠組みを超越した関係と考えているのかもしれない。
「で、今日もボクに攻撃を仕掛ける遊びをするつもりですか? まったく、オルメタに来てから忙しいというか……」
「きょうはおもにおしゃべりですー。ごしつもんです!」
今日のアルマは攻撃ではなく、エディへの質問があるようだ。
珍しく勤勉なアルマだが、やる時はしっかりお勉強タイムである。
「ほう、珍しいですね。何でしょう?」
「とくいてん? が、せーちなら、オルメタのしゃーまんもけつみゃくなのです?」
アルマが言いたいのは、オルメタの特異点が聖地レイムディアーだと仮定した場合、現地にいる祈祷師はその血脈に関係しているのではないかというものだ。ファリフが血脈であると考えた場合、現地の祈祷師は血脈と何らかの繋がりがあるのではないかと考えたのだ。
「なるほど。それに気付きますか。意外に勘の良い子犬ですね。
確かにオルメタの祈祷師は血脈の系譜にあるようです。ただ、指導者になれる程の繋がりはないようですね」
「わーい、ほめられたですー」
答えて貰った事よりも、褒められた事に喜ぶアルマ。
しかし、アルマの指摘により祈祷師が先住民との繋がっていると分かった。祈祷師の力の根源が聖地や神であるワカンタンカとも関わりがあるのかもしれない。
「あと……あっ! あれは!」
アルマが振り返ると、そこにはランディの姿があった。
アルマはエディの時以上に喜んでみせる。
「わぉん! しぎさんです? きになることあるですー。よろしーです?」
「エディさん、こちらは……」
「迷い込んだ愛玩動物とお考え下さい」
「ふむ」
エディの説明でランディも納得した様子だ。
アルマは質問を快諾してもらったと考えて話し始める。
「はんざいのないまちって、むほーちたいにすることです?」
「えー……エディさん?」
「意訳すれば、犯罪の一切ない町を目指すのであれば、何をしても犯罪にならない町でも願いが叶えられるのではないか? という事です」
理解できなかった様子のランディが、エディに翻訳を頼んでいた。
アルマの問いかけは、ランディが犯罪のない町を神ワカンタンカへ願った場合、何をしても犯罪が成立しない無法地帯を願っても叶えられてしまうのかという質問であった。
「そういう意味ですか。確かに指導者として強く願えば、それも可能でしょう。ですが、それは既に町としての機能は残されていないでしょう。ワカンタンカの力を使いながら町をより良い形にするにはどうすれば良いのか? その答えがニューツインフィールズ計画なのです」
ランディは可能な限り諭すように教えてくれた。
指導者になれば無法地帯のような町も作れるだろう。だが、無法地帯は町ではない。
町として機能させる為には議会を存続させながら犯罪のない町を目指す。
それがランディの為そうとしている事なのだが……。
「わぅ? むつかしーです」
アルマは理解できず首を捻る他無かった。
●
「む! キミは……」
ランディの前に見覚えのある男が姿を見せる。
先日、創立記念式典の際にランディを殺害しようとした天魔(ma0247)である。
自分を殺害しようとした存在が現れる。ランディが警戒するのも仕方ない事であった。
「まだ逮捕されていませんでしたか……エディさん」
「はいはい。堂々とした暗殺者もキャラクター性があっていいですね」
ランディの指示を受け、天魔の周囲に友愛騎士団が多数現れる。
しかし、天魔は一切臆する様子もなかった。
ランディを一瞥した後、ゆっくりと話し出す。
「……犯罪の一切無い町、ね。つまり君の奴隷にならぬ事は犯罪と定めれば住人全てが君の奴隷となるな。確かに君にとって住みやすい町だな」
ふてぶてしい態度。
明らかにランディに対する挑発だ。
ランディは沈黙を守って天魔を睨む。
「犯罪を犯さなければ良いだけでしょう?」
「その犯罪の定義を、君の判断で行うのが危険だと言っている。結局君は自分の想いを対話で説くのではなく力で押し付ける犯罪者に過ぎん。世界の破滅を目指すエディに与し町を自分の思うままに支配しようとする君は世界と町の敵だ」
「犯罪者とは仰いますね。ですが、忘れていませんか? 私は市議。つまり、市民から選ばれた議員です。私はエディさんに操られている気はないのですがね」
平行線。
天魔の感覚からすれば、交わる事は一切ないだろう。むしろ、言葉の端からエディに与するというよりもエディとランディは利害関係が一致した間柄なのかもしれない。つまり、役に立たなければエディであっても簡単に斬り捨てる。
だが、そうだとしても天魔のやるべき事は変わらない。
「世界と町を守る為、君を討つ」
「キミ、他人から言われませんか? 傲慢だと」
怒気を込めて言い放ったランディ。
口を鳴らした途端、地面から更に友愛騎士団が現れる。
いくら天魔が咎人でも、一人で相手するには骨が折れそうだ。
「君という人間は……」
「これ以上、語っても時間の無駄です。終わらせましょう」
ランディが指を振るう。
その瞬間、一斉に天魔へ友愛騎士団が殺到する。
――しかし。
「我が信念と矜持の楯は堅牢なり! さぁ、全て受け止めてやろう!」
遊夜が天魔と友愛騎士団の間に割り込んだ。
ダイナミックエントリーで友愛騎士団を蹴り飛ばして力任せに撃退。更に別方向から近づいた友愛騎士団へ渾身の拳を叩き込んだ。
「どうした! まだまだ喰い足りないぞ!」
「……ん、ユーヤ。きらきらを……。時間は、稼ぐから……」
遊夜の背中と背中合わせで立った響。
遊夜に再びきらきらパーティクル使うように促しながら、響は友愛騎士団をスフィアバースト。
爆風で吹き飛ぶ友愛騎士団。味方を巻き込まないように注意しながら、次々と爆破させていく。
「死にてぇヤツだけ、かかって来い!」
煌めく遊夜。
友愛騎士団の視線が一気に集まっていく。
天魔へ集まった敵意を、遊夜と響が破壊。その様子を見ていたランディは、苦々しげに呟く。
「やはり、エディさんに負けない力を保持していますか……」
●
「聴いておったぞ、ランディとやら。ファリフを利用するつもりそ?」
咎人から投げかけられた問い。
それに対して答えるランディだったが、シャハエル(ma1209)はランディがファリフを利用するつもりだと考えていた。
エディによってランディが血脈だと暴露された時点でかなり怪しくなった。ランディが友愛騎士団と名付けたクリーチャーを使役できたのも、血脈である事が関与しているのだろう。それはファリフがクリーチャーの声が聞こえた事からも類推できる。
その上で、ファリフの協力を打診した。
敵対する厄介さを考え、ファリフを抱き込もうとしたのだろう。だが、ランディは知らなかった。簒奪者と咎人の関係を。ましてや、蒐集衆であるエディに協力しようとする咎人は皆無に等しい。
「利用とは心外です。協力ですよ」
「どのように言い繕えるからな。さて……」
シャハエルはファリフへと近づいた。
咎人と簒奪者の関係など、この世界にいきる者達には直接関係ない。決定するべきはあくまでこの世界の住人。だからこそ、シャハエルは判断するに必要と思える事を言葉にして紡ぎ出す。
「ファリフ、孤児院では物事をどうやって決めるぞ?」
「え? みんなで話し合ってかな」
「その時、シスターはどうしている?」
「基本的には見守っているかな。違っていたらアドバイスしてくれるけど」
「そうだ。先生が皆同じ事をやりだしだら、子供は混乱するぞなぁ」
屈み込んで、ファリフの視線に合わせるシャハエル。
優しく諭すような口調。それは懐柔にも見えるが、緊張を解す意味合いの方が強い。
「確かに犯罪のない町は理想だ。だが、ランディとやらの計画は町の破壊に繋がる」
「どうして?」
「誰が犯罪を定義する? 法律を作る議会と法を拡大解釈する警察だ」
「マフィアは悪じゃないの?」
「確かに悪い奴もいる。しかし、ファリフが会ったマフィアは皆悪人だったか?」
「……!」
シャハエルの言葉でファリフは気付く。
アンダーソンファミリーは、伝統を守るマフィアだった。そのマフィアも前身はツインフィールズで生まれた自警団。法律を破れば悪ではあるが、その法律が常に正義とは限らない。
「思い出せ。禁酒法が施行され、町は良くなったか? 更に犯罪が増えたのではないか?」
「そんな事はありません。酔った人間が暴れる者は減りました。そもそも人間としての美徳を損なう酒が良いはず……」
「貴様は黙っておれ! 口の達者な愚昧よの!
密造酒や密輸が増えた事も事実であろう。マフィアが資金源としたのも、この法律が始まりではないか」
口を挟んできたランディに対して、シャハエルは一喝する。
それは、ファリフに向けた言葉優しさなど一ミリもない。怒気と邪気が込められている。
「忘れないで欲しい。我はファリフがどのような道を選ぼうとも、汝を護るぞ」
「ファリフさま」
続けて川澄 静(ma0164)が、ファリフに言葉をかける。
続けられる言葉は、クリーチャーについてだ。
「クリーチャーを力で抑えつけるのでなく、その声に耳を傾けて。彼らと友達になるのです」
「友達?」
静はファリフがクリーチャーの感情が感じ取れる事を知っていた。
それはおそらく血脈であるが故の能力。もし、感じ取れるのであればクリーチャーと友達になる事も可能だ。
「やってみる。よく分からないけど」
ファリフは意識を集中する。
争い続ける友愛騎士団とバニーマン。
喧噪の中でファリフに薄らと届くのは――怒りと怨嗟だった。
「……うわっ!」
「どうされました?」
「なんか、辛いとか苦しいとか。そんな感情がいっぱい流れてきたよ」
「そうでしょうね。クリーチャーは、先住民が迫害された負の感情から生まれた存在です。聖地を穢したツインフィールズという町への破壊願望が、ワカンタンカへ力を願って生まれたモノ。それを使役するとなれば、クリーチャーを臣従させなければなりません。心は読めても、あなたは町を破壊しようとするクリーチャーを臣従させられますか? 声が聞こえるだけならば、血脈としても力が不足しているというのに」
「!」
ランディによれば、クリーチャーは聖地にあった負の感情――この場合は、先住民が迫害されて抱いた悪感情――がワカンタンカに力を願って生じた存在。ウェンディゴはこの感情を利用してクリーチャーを生み出しているらしいが、ランディも似た事をしていたのだろうか。
「ランディさま。それでは、あなたもクリーチャーと心を通わせたのでしょうか」
「はい。私は彼らに伝えました。破壊してもその後はどうするのか? と。私と共に歩めば、今よりも『良い町を見られる』と伝えました。クリーチャーも私に手を貸してくれます。血脈ですから」
つまり、ランディはクリーチャーに都合の良い説明を伝えているのだ。
破壊するよりも奪った方がいい。だが、静はランディがクリーチャーを騙して手駒にしていると考えた。計画が実現した後、クリーチャーに適当な命令を付けて斬り捨てる。結果的に町は『クリーン』な物へと生まれ変わる。犯罪のクリーチャーもいないクリーンな町へ。
「どのような町にするかを決められないあなたに、クリーチャーを使役する事はできません。ましてやクリーチャーの説得など無理でしょう。
ですが、悩む必要はありません。すべて私が行いましょう。あなたは私が聖地へ赴く手伝いをしてくれれば良いのです。手を取り合って、平和な町を……」
「ファリフさま、いけません」
静はランディの言葉を遮った。
ツインフィールズを恨むクリーチャーに平和を提示する事は困難だ。
ファリフが血脈としてクリーチャーと会話できるようになっても、これではクリーチャーを協力させられない。あまりにも時間がなさ過ぎる。
しかし、ファリフは顔を上げてランディへ言い放つ。
「お断りします」
「いいのですか? 犯罪のない町ができるというのに」
「ボクは、今のツインフィールズが好き。そりゃ、犯罪のない町が理想ですけど、その為に孤児院や教会のみんなが悲しむ真似はできません」
ファリフは咎人達からの声にも耳を傾けた。
変わる事が怖いのではない。変わる事で失われる物があまりにも多すぎる。
犯罪のない町。それを実現する事に力任せでは、別の悲劇が生じるだけだ。
「それが、あなたの答えですか。良いでしょう。私は聖地へ向かう準備をします。その道程であなたと遭遇するのなら……排除させていただきます」
ランディの冷たい言葉。
それは血脈同士の敵対宣言であった。
次に出会ったら、必ず潰す。
激しい指導者争いが、勃発する。
「ランディさん、ウェンディゴが消えました。そろそろ潮時です」
「分かりました。友愛騎士団を一斉に彼らへ差し向けて下さい」
「ランディ!」
「ランディさま!」
シャハエルと静が、思わず叫ぶ。
更に、走り込んできた朱烙がエディに向かって怒りを向ける。
「エディ! また逃げるつもりなの! そうやって……」
「生きる為には退路を確保する。基本でしょう? まあ、お互いもう死んでいるんですけどね」
友愛騎士団を盾に、ランディはエディが現出させたトーンフォレストへ消えていった。
●
「付けてくれたのですね」
中央区へ戻ってきたランディは、エディの首元をみた。
そこには先日渡していた十字のアクセサリがついたネックレスがあった。
よく働いてくれたエディへの褒美として渡したものだ。
「ええ。せっかくのプレゼントですから。こういう贈り物には様々な意味がありますしね」
「そうですか。それは良かった」
エディの声に満足そうなランディは、議会に向けて歩き出した。
準備しなければ。聖地へ赴き、指導者としてワカンタンカへ願いを捧げるのは自分だ。
そうであるべきだし、そうでなければならない。
その為には、不必要なモノはすべて排除する。
邪魔するモノも。時には――そうでないモノも。
●
「改めて感謝しよう。よくファリフを護ってくれた」
ツインフィールズ教会の片隅で、咎人達に感謝するフローズ。
あまり声を出しては大騒ぎになる為、あくまでも小声で話し掛けている。
「……ん、ふわふわ」
響に頭を撫でられるフローズだが、口調はあくまで真剣だ。
傍らでは芝生に腰掛ける遊夜がいる。
「で、聖地ってぇのに行かないといけねぇんだろ?」
「うむ。もう一つの血脈より早く聖地へ行かなければならぬだろうな。それに……ウェンディゴは間違いなく立ちはだかる。あれは聖地を独占してこの町を破壊せんとしている。あれがいる限り、クリーチャーは永遠と生まれ続けるだろう」
今回の出来事で、咎人は為すべき事が見えた。
特異点は聖地レイムディアー。
簒奪者はエディ・ジャクソンの支援。
そして咎人と簒奪者に双方に立ちはだかるのは、元凶であるウェンディゴ。
咎人は、ファリフと共に聖十字教会から聖地へ向かい、誰よりも早く到達する必要がある。
「ランディさんは厄介だな。アンダーソンファミリーの連中にも声を掛けるべきだろうな」
「助けを求められるなら、その方が良いだろう。だが……」
「だが?」
遊夜はフローズの方へ向いた。
そこには脇腹の贅肉を響によって弄ばれるフローズがいた。
しかし、そこから語られる言葉はファリフにとって重要なものであった。
「このままではウェンディゴに勝てん。早急に力を付けるべく、試練を受けてもらう。……ワカンタンカに繋がるウィワンヤンク・ワチピを」