「……あの、オクタヴィア。その特訓、俺も参加させて欲しい」
と言い出したのは宵待 伽羅彦(ma0748)だけではなかった。
高柳 京四郎(ma0078)と葛城 武蔵介(ma0505)それから誘われてやってきたシャルル (mz0092)。元々いた鎖神貴一 (mz0051)を除いた、「地獄の特訓」希望者たちだ。
「ふふん? もちろん構わないよ……と言いたいところだけど、修得したい学科によっても内容は変わる。見たところキミは鎖神とは違いそうだけど」
「あ、うん。俺は鏡界騎士の練習がしたいんだ」
「それならシャルルと一緒にやるのがいいだろう。コツみたいなところは同じだからね」
鏡界騎士はトランスフォームによる自前の戦闘技術に幼体との連携を組み合わせる技術である。
シャルルは騎乗状態でトランスフォームを扱う天神旗士を学んでいるようだ。
「自分自身の能力と神獣の力をきちんと掛け合わせながら全力を出すというのは、実はかなりの高等技術だ。まずは扱いやすい学園のパジャモで慣れるといいよ」
「めちゃくちゃ現実的で真面目な特訓だな……」
地獄の特訓を期待していた伽羅彦にはむしろ不満なくらいだが、オクタヴィア (mz0102)が本来は真面目で生徒たちに優しい人柄であるということも強く感じていた。
「……まあ、地獄と言えば地獄かもね」
という、オクタヴィアのセリフの意味を伽羅彦はすぐに理解した。
(シャルル……上達が早すぎる!)
スタート地点は同じはずなのに、シャルルはこれまで(プライドの問題で)触ってもいなかった大弓を騎乗状態で容易く使いこなしている。
というか、恐らくシャルルはオクタヴィアと同じく、すべての学科技能に適正がある。間違いなく学園最高の人材だ。
「ど、どうやってんだその……パジャモの動きを自前の翼で制御するやつ……」
「特別なことは何もしていないが……オーウェンの動きを真似すればいいのではないか?」
「それはもうやってんだよ~! くっそ、めげるもんかぁぁぁ……! オーウェンの為に強くなるんだあぁ……!」
「……ふっ。その台詞、あいつが聞いたら暑苦しくなるだろうな」
競うように飛ぶ伽羅彦を見上げ、オクタヴィアは笑みを浮かべる。
「おー。こっちの学園にも気骨のある生徒が育っているじゃないか。オーウェン、自分一人で成果を出すのはイマイチだったけど、仲間を育てるのは一流だったからね」
一方、鎖神はオクタヴィアが召喚したマグルートにボコボコにされていた。
(今回は俺もサポートに回るとしようか。特に狙われてる鎖神……かね)
物理的にボコられてきれいな顔面がパンパンに腫れた鎖神に回復スキルを使う京四郎。
「まだ寝る時間じゃないよ。はい起きて」
同じく武蔵介も鎖神に回復スキルを使用し、サポートする構えだ。
「武蔵も特訓の支援か、役割が被るのは地味に珍しいよな……うん」
「俺も鍛えて今後に備えたいと思う。力を貸してくれないか」
「武蔵自身も特訓するのか…なら、俺が全力で援護するから存分にな」
というわけで武蔵介が鎖神と共に並ぶが、オクタヴィアは肩をすくめる。
「これは鎖神専用の特訓だから、意味がないと思うよ? 別に、ただ鎖神をイジメるだけが目的ではないからね」
「あんた、イジメも目的の一部って言ってない?」
「……俺もそう聞こえたな」
「そりゃそうだろうさ! 可愛い妹に悪い虫がつかないようにしないとね! しかし、僕も鏡神学園で教鞭をとっていた者としていい加減な指導はしないよ」
そう言ってオクタヴィアは鎖神を指さす。
「鎖神。キミ、実は本気でやっていないだろう?」
「いや。決して手を抜いているつもりはないのだが」
「……どうだろうな? 確かに一理あるかもしれないぞ?」
そう言って京四郎は鎖神という人物の過去についてオクタヴィアに説明した。
「生前の鎖神は強かったが咎人になってからはまた一からだしな、少しでも強くなってもらって生き残れる確率を上げていかないと、な」
「元々強かった人はその感覚のままだろう? 異世界で最強クラスだったのなら、無自覚的に手加減をするというか、100%の力を出さない癖がついている可能性が高いね」
「それで鎖神を追い込もうとしていたのか……」
京四郎は納得した。鎖神の力の底上げが必要だというのは思っていたところだし。
「そういうことなら、なおさらしっかりしないと。簡単にやられるようじゃ支援出来ないからね」
「嗚呼……私は本気になれるのだろうか……? あまりパジャモを酷使するのもかわいそうな気がしてしまうし……」
「神獣は兵器でもペットでもない。召喚者と一心同体だ。神獣を使いこなすというのは、自分自身を使いこなすということでもある。……シャルルがいい例だね」
回復によって顔面ボコボコからイケメンに戻りつつある鎖神も真剣にオクタヴィアの話を聞いているようだ。
「オクタヴィアは昔、シャルルとこうして訓練していたんでしょ?」
懐かしむような言葉に武蔵介が声をかけると「そうだね」と返す。
シャルルも同じように訓練の中で懐かしさを感じているだろうか?
こうして京四郎と武蔵介の支援を受け、鎖神の地獄の特訓は続くのだった。
「まあ、綺麗に入りましたね。私も今のは鎖神さんが悪いと思います」
「そうですね。今のは鎖神さんが悪いです」
等と評価していたマイナ・ミンター(ma0717)とマリエル(ma0991)も、地獄かはさておき、今回の特訓に参加している。
「特異点でなくなっても、顔が良いことはお忘れにならないように」
「お嬢様、今の彼はオタンコナスになっているようです」
鎖神はあまり自分の顔に頓着していない。あの見た目で性格は素朴などこにでもいる奇人なのだ。なお、今は顔面がオタンコナスだ。
「結局、ヴェロニカ先生と翁の到達点は、変わらない気がしますが、どうなのですか?」
「ミラリスからの解放という意味では同じかもしれないね。鏡神界という世界に対する向き合い方というか、捉え方の違いにも思えるかな」
と、オクタヴィアが返す。
「翁の目的ことですが、生前と仰ることは変わっているのですか?」
裏世界のダグラス総長は『簒奪者』である。
咎人は簒奪者を、イデア体の存在を感じ取ることができる。つまりダグラスが簒奪者であるというのなら、元々この世界出身の復活者であり、聖樹界でいうところのエリゴールやテラスと同じようなタイプと考えていいだろう。しかし……。
「そこは僕にはよくわからないんだ。総長が死んで復活したとして、それが『いつ』の話だったのかも含めてね」
この世界が破滅と複製を繰り返しているというのなら、ダグラスが死んだのも、復活者になったのも、『今回』の鏡神界ではない可能性もある。
オクタヴィアはダグラスが簒奪者でもそうではなくても従っていただろう。それは彼が現在の鏡神界、複製された世界に元々『総長』という役割を持っていたからだ。
「翁も人材マニアなのでしょうか。少し歪に感じましたが……」
「筋金入りの教育者ではあると思うよ。裏世界では神獣を巡る戦争が当たり前だったから、戦士の育成は死活問題だった。その世界で戦士を育て上げる学園を作って、きっちり軌道に乗せてるわけだからね」
「しかし、彼の教育はあくまでも『戦争』を前提としたもの、ですか」
「こっちのヴェロニカとの違いと言えばそこだろうね。彼女は善意と平和だけが切り離された、キミたちが『表』と呼ぶこの世界を許容している節もある。最終的にあるべき世界の形として『表』なのか『裏』なのかが、ヴェロニカとダグラス総長の違いかもしれない」
世界が二つに分かたれたこと自体がミラリスによる操作の結果なら、表も裏も本来の鏡神界という世界の姿とはかけ離れているはずだ。
そのどちらか一方が正しいということはなく、どちらも世界の一側面に過ぎないのだとしたら、ヴェロニカもダグラスも教育者としては極端な考え方をしているとも言える。
「今の僕はそのどちらでもない。そういう神使も、一人くらいは必要だろうさ」
今回の特訓会を含め、マイナはオクタヴィアの考えの一端を知った。
一方、マリエルが気にしているのは姉妹関係の方だ。
「言葉というのは、伝達手段としては未熟なツールだと思います。発した言葉が、基となる思いをちゃんと伝えてくれるとは限らない。だから私はシンプルにこう伝えます。『私はお嬢様が大好きです』……思って居る事、できるだけちゃんと伝えるべきじゃないですか」
「確かに僕は自分の気持ちを言葉にするのが苦手だからね……」
地獄の特訓を受けている男性陣が、「その自覚あったんだ……」という顔をした。
「それに、拒絶されたら怖いじゃないか。キミたちはお互いの気持ちを十分に確かめ合った結果の今だろうけど、僕とメロたんの間には何もないからね……」
「あら。一応、記憶リセットで何もないのに絡んでいる自覚はあるのですね」
「うぐぉッ」
意外そうなマイナの一声に膝を着くオクタヴィア。
しかし一理あるとマリエルは考え、今度はメロディアの方へ向かった。
「あまり難しく考えることはないのではないでしょうか……と、私は思います。そもそも、お二人はお互いの気持ちを確かめ合っていないわけですから」
「あの人の話? ……なんかあそこで膝ついてるけど……」
「悪意ならともかく好意であるなら受け取って前向きに考えてみて、受け入れられないと感じたら断るというのでよいかと」
「確かに、悪意は感じてないね」
それはそうで、もしそうだったらもっと嫌がっている。
「全ては貴女がどうしたいか、だと思いますよ。オクタヴィアさんがこれから戦力になるかもしれないから仲良くしなければいけないとか、そんなことはありません。遠慮せず自分の気持ちを大事にしてください」
話を聞いてメロディアは頷き、「そうだね、ありがとう」と返した。
「騎乗術と降神術、両方使えば空中戦のバリエーションが増えます」
天神旗士の特訓をする更級 暁斗(ma0383)は、降神術は未経験だった。
とはいえ、すでにロールも修得しており、基本的な動作に関しては学習済だ。
「黒骸、特訓に付き合ってくれ。きみも一緒に強くなろう」
ロールによる瞬間学習とは異なり、自力で訓練しているシャルルだが、彼の動きは既にロール習得者のそれを上回りつつあった。
「シャルル寮長も裏世界にいたそうで。その時のこと覚えていますか」
「いや……覚えていると言えるほど、はっきりとしたものではないな。たまに夢で見たり、デジャブのような感覚があるだけだ」
ちょくちょくプライベートでも会っている二人は、普通に訓練をしながら会話していた。
初対面の時よりは、シャルルもだいぶ話しやすくなった。
「オクタヴィアとは共に戦った仲間……だったのでしょうか?」
「恐らくな。……裏世界の俺は、今の俺よりもずっと手の焼ける男だったようだが、オクタヴィアはそんな俺とも打ち解けるように動いてくれていた」
「貴方は彼女とどう接し、今後、どうしたいのですか?」
その質問でシャルルの動きが止まる。眉間の皺がさらに深くなった。
「……色々だ。昔の『借り』がそのままなのも気分が悪いが、正確には俺もあいつも昔のままではない。お前たち咎人もそうであるように、新しい別人なのだろう。逆に、お前たちはどうやって割り切っているんだ?」
「難しいですね……。ただ、僕はオクタヴィアのことを知り、親しくなりたいです。貴方とも、です。昔のことはさておき、今どう思うのかが重要じゃないでしょうか」
「確かにな」
シャルルはふっと笑い、それから弓を見る。
「過去は変えることができない。俺に出来るのは、未来に進むことだけだ」
降神の弓は、寮長オーウェンの象徴だった。
それを手にしながらシャルルは自分の気持ちを整理しているようだ。
一方、冥皇(ma1126)は特訓に打ち込んでいた。
暁斗と一緒に参加はしたが、既に実戦レベルの天神旗士である彼に比べると、冥皇はまだ駆け出しの部類だろう。
「暁斗と一緒に空で戦うには騎乗術できねえと、だな……」
神獣ストールスには乗った……というか振り回されたというか、そんな経験はあるが、初心者にはやはりパジャモだろう。
そこは冥皇も理解していて、初心者向けのパジャモにまたがった。
「戦闘云々より、空中で移動できねえと、だ。特訓だ、特訓! 降神騎士で飛んだことあるけど、地に足つかんのは落ち着かん」
せっかくなので、上級者にして寮長でもあるシャルルにもアドバイスを求めてみる。
「パジャモで飛ぶにはどうすればいいんだ?」
「どう……?」
シャルルは本気で悩んだ後、ゆっくりと説明する。
「……パジャモは生来、飛行能力を持つものだ。つまり、パジャモは何もしなくても、勝手に飛ぶ」
「おお」
「俺達はその、『元々は自由に飛び回るモノ』に乗っかっている荷物のようなものだ。俺達が何かする余地があるとするならば、どれくらい邪魔にならない荷物になれるかという一点にかかっている」
「なるほど……パジャモが動きやすいようにするってことか?」
「そうだ。パジャモの飛行に合わせて荷重のバランスを変えたりな。例えば天空旗士はこの旗を持つが、これは飛行軌道の補助を行う補助翼としても使用できる。ここで風を受けると自然とパジャモの向きが変わり、旋回性能が高くなるわけだ」
「ん? つまり、アサルトコアでいうところのスタビライザーみたいな役割を果たしてるのか」
空中で旗を振ったりして何をしているのかと思ったら、アレは軌道制御を兼ねていたらしい。パフォーマンスか何かだと思っていた。
「だいぶわかってきたぜ。さては自分で飛ぶのと大して変わらねぇな? 特訓に付き合ってくれよな、パジャモ」
降神騎士として自力で飛行する際にも、手足の動きで重心を振りぬくことで空中で挙動を制御する。天空旗士の場合、それを旗で行う必要があるのだが、やること自体は身体を動かしての荷重移動ということだ。
パジャモという自分とは違う意識を持っている存在の邪魔をしないように息を合わせるという点に違いはあるが、空中戦闘のロジックはいずれにおいても共通である。
逆に言うと、旗の代わりに弓を持ったりするのがどれくらい難しいのかという話でもあるが……。
「おー……これはこれでいいカンジじゃねえか」
冥皇はコツをつかんだのか、急上昇と急降下を気持ちよさそうに繰り返した。
「習うより慣れろ、だね。やってみよう」
シアン(ma0076)はルグラヴィの幼体と共に訓練を行う。
この世界では降神学科としてやってきたが、降神における神獣との接し方は『トランスフォーム』という神力を身に宿すことであった。
つまり……神獣と触れ合う機会がない。
せっかく神獣がいる世界だし、実物の神獣とも接したいと密かに思っていたのだ。
「ルグラヴィ、シンクロスナイプ……いくよ!」
「るぐー!」
まんまるのルグラヴィが短い手足で一生懸命に働いている。
神獣による攻撃と自らの遠距離攻撃を絡めるのが鏡界騎士の強みであり、忙しいところでもある。最も、多くのロールを学んできたシアンにとっては大した負担ではなさそうだ。
「どうでした? これまでより負担大きい感じです?」
パジャモに騎乗したサヴィーノ・パルヴィス(ma0665)が高い位置から声をかける。
「うーん……どうだろう。負担をかけてしまうのは気になるよね」
「ええ。できれば無理はあまりさせたくないですね」
「でも、見た感じ平気そうだったかな」
どちらかというと自前の神力――イデア的な消耗が大きくなるような気がする。
確かに一つの学科技術だけを使用している時より、術と術の繋ぎこみにロスが生じやすい構造であることは一目瞭然だ。普通の生徒なら、これだけでクタクタになりかねない。
「咎人はイデア――神力の総量自体が、並の神使より上ということですか」
「恐らくそういうことだろうね。でも、私はちょっと疲れたよ?」
「あんまりそうは見えませんけどね」
「るぐっふ!」
「上手くできたね。えらいえらい」
腹を見せて転がるルグラヴィをなでたり転がしたりするシアンを横目にサヴィーノは手綱をしっかりと握り直した。
「パジャモ、一通り試してみましょうか」
サヴィーノを乗せた黒パジャモが翼を広げて舞い上がる。
彼が目指すところは天神旗士。トランスフォームと騎乗術の両立である。
(天空舞翔士のパートナーセンスでも神獣の神力を分けてもらっていましたが……さて)
複合神獣技術の難しさは、同時に複数の神獣を運用するところにある。
例えば今パジャモに乗っているわけだが、更にルグラヴィをトランスフォームすることもできる。つまり、同時に2体の神獣を取り扱うことになるのだ。
神力を体力的に捉えるなら単純な消費が二倍ということになるし、神獣Aの力と神獣Bの力は同時に制御しなければぶつかり合い、お互いの力を削いでしまう。
「どうだった?」
「確かにシアンさんの言う通り、神獣側の負担はそこまで変わらない気がしますね。負担は神使側にほとんど上乗せという感じではないでしょうか」
「だよね。それならそれでよかった」
咎人は豊富なイデア量によりこういった技術を簡単に学ぶことができるが、ロールをインストールすることと、実戦の中で使いこなすのは全く別の問題である。
サヴィーノは咎人の中で天空学科の力を実運用する者としては頭一つ抜きんでていると言っていいが、また研究はここから一段深みに入ると見るべきだろう――が。
「頑張ったご褒美に散歩でも行きますか。シアンさんもいかがです?」
「良いね。皆でのんびり空を飛ぼう」
今回は体験会だし、神獣に負担が少ないということがとりあえず分かればOKだ。
「では行きますよ、パジャモ」
ドヤるように翼を広げて一番に飛び立つ黒パジャモ。
そのあとを追いかけるように、ルグラヴィを抱えたシアンが飛び立った。
「……このようなことは初めてするな……どうしたらよいのだ?」
天神旗士を目指すイオス・L・キュリンドメノス(ma1375)だが、言葉そのままの意味で、どうしたらいいのかわからない状態であった。
天神旗士は複数のロールを鍛えることで修得可能になる所謂上級ロールというものだが、その前提となる「天空旗士」「降神騎士」いずれもまだ修得していないのだ。
鏡神界上級ロールを修得するには、まずその前の準備を整える必要があった。
とはいえ、よくわからないまま参加してはいけないなんてことはないし、困っているイオスの様子を見かねてオクタヴィアが声をかけた。
「ふふん? キミはまず基礎的なところからだね。鏡神学園はどんな者も歓迎する。無理をせず、まずは天空旗士か降神騎士の訓練を積むといいだろう」
「この神獣は……」
「鏡神学園でたくさん用意しているパジャモという最もオーソドックスな神獣だよ」
「ぱじゃ~も」
饅頭のようにコロコロした幼体たちがイオスの周りを徘徊していた。
よくわかっていないが、それはそれで神獣と戯れたい一心で参加したようなものであるイオスは、かがんで饅頭のようなやつを一羽抱き上げてみる。
「すぴぴー……」
「寝た……」
「ほっとんど寝てるからね、この子たちは。パジャモにも成体という大きいものと、幼体という小さいものがいる。小さいのがいいなら、召喚学科だね」
などと、イオスは神獣の基本となる知識を学んだのであった。
「久々に来たが、校舎はともかく情勢は色々変わって来とるのぅ」
モルディウス(ma0098)はしみじみと言いながら、褌姿で学園散策をしていた。
一応、学生服的な概念が存在する学園においては更に大きく目立っている。
「いやぁ、こっちの総長は思ってた通り、眼鏡とったら美人さんや♪」
などというとオーウェンあたりが突っかかってきそうだが、残念ながら彼は今、表の鏡神学園にはいない。
「おや、オクたん久方と思うたら捕虜られとるんかー」
「ふふん? そうさ! 僕は生殺与奪の権を握られた哀れな捕虜だよ!」
その割にはかなり自由というか、イキイキと鎖神をしごいているが……。
「ファイトやで、サガミ~ん。……男前の顔がタンコブだらけになっとるのぅ。人間の顔ってあんなに変形するんやな」
それはそれとして、モルディウスはメロディアの姿を探していた。
鎖神とオクタヴィアは一緒にいたが、メロディアは少し位置が離れている。
「別に姉妹やったからいうて、また同じになる必要もないやろ?」
「いや、普通に話しかけてこないでくれる!? 異世界人ってこういう格好の人が普通なんだ~っていう、誤ったハロウィンの時と同じ生暖かい認知が学園に広まっちゃうでしょ!」
「おお……ついにツッコまれたか。さすがは学園のツッコミ担当や」
「担当した覚えはないんだよなあ……」
「で、やけどな。まずは一緒に居てええかどうか。そういう単純な事から考えてみや」
「別に嫌とは思ってないけどね。あれでけっこう真面目に指導してるみたいだし。私も色々教わりたいことはあるかな」
スタートラインとしてはそもそも『嫌い』ではないようだ。
かといって、明らかに打ち解けるにはきっかけも必要そうである。
「メロディアはオクタヴィアの事、どう思ってるの?」
灰音(ma0155)は直接的に聞いてみることにした。
「まだわかんないんだろうけど、アレだけ慌てといて? いつものメロディアならもっと冷静に対処デキタでしょ? よく知らないけど」
「確かに、私はあの人の事になると落ち着かないんだよね。前にもロール開発をした時に、あの人の技に引っ張られすぎちゃったし」
メロディアがオクタヴィアを意識しているのは傍目にも明らかだった。
オクタヴィアの直接的過ぎる愛情表現とは比較にもならないが、メロディアもオクタヴィアを姉のように思っているのだろう。
「ねぇ、もう114回だっけ? 姉妹が死んでるんだよ? 喪ってからじゃ遅い。死んだら伝えられない」
「うん……そこなんだよねぇ……」
メロディアは正直、今の鏡神界に起きていることに実感がなかった。
裏世界の歴史によってはメロディアはもう死んでいるらしいし……。
「あの人にとってのメロディアは、私じゃないような気もしてさ」
「自分のコト、偽物って思ってる?」
「ちゃんと生きてきた記憶はあるし、本物だと思う。でも、違う世界のそっくりさんと私は違う。偽物扱いされるのが怖いんじゃなくて、なんかそういうの私はけっきょく分かってあげられないからさ。肝心な時に死んでたわけだし」
「スナオじゃないね」
「咎人もそうだけど、私の周りはすごい人ばっかりだから。シャルルもオーウェンも私より実力あると思うし。本当は召喚学科の寮長は、オクタヴィアだったんだし」
「ジツリョクブソクなら鍛えればいいし? 今度で最後にする為にも、言いたい事、言った方がいいよ。その方がもっと強くなれるでしょ」
結局のところ、複製と崩壊を繰り返すこの世界をどうにかするためには個々人が強くなること、そしてそれぞれが力を合わせることが重要だ。
オクタヴィアとメロディアが結びつくことには、単なる仲直り以上の意味がある。
「ヒト様の事にキョーミなんて無いんだけどさ……似てるから……。違和感があっても、家族とか姉だと思えるなら、大事にしなよ」
言いたいことは言った、という様子で灰音は背を向ける。
「どこいくの?」
「適当にパジャモとでも遊んでるよ。オーウェンりょーちょーも居ないし。特訓とか好きじゃないし」
「……そっか。わざわざ私と話す為だけに来てくれたんだね」
そうとも言うかもしれない。
灰音は後ろ手を振ってその場を後にした。
「実は今……すあまが活躍出来る、すあまロールを探していて……幼体が主体だと、やっぱり魔法寄りのロールになるのかな……?」
魅朱(ma0599)が相談すると、オクタヴィアは真剣に耳を傾ける。
「そこは人によるね。幼体の攻撃は術者の攻撃能力に依存せず独立しているものが多いだろう? 威力ではなく回復などの補助効果を神獣に任せるという考え方もあるね。だから神獣スキルを強化するスキルを用意しつつ、近接や射撃で戦闘を行うことも検討するといいよ」
「そうなんだ……私自身、得意なのは近接の方だから……すあまの為にそれを活かすなら、スキルで調整する感じがいいのかなぁ……?」
「ふふん? それなら正しく交響揮士向きじゃないか。すあまクンだったかな? パジャモ類なら、キミが今装備している『光の壁』や『つっつく』も魔法威力を参照しないものだから、キミ自身は近接ステータスを重視しても問題はないよ」
というわけで、魅朱は交響揮士の特訓を受けることになった。
これは同行者である唯塚 あまぎ(ma0059)も同じなのだが……。
「俺自身は騎乗苦手という訳じゃないけど、俺が他の幼体を迎えようとするとギンが拗ねるからな。成体への騎乗も、まあ、多分……」
「ははは、それは問題だね。天空旗士のスキルは、神獣に騎乗していないと使えないものも結構あるからね」
「ああ。天空旗士の近接戦闘術は騎乗が前提にある気がするんだ。その辺り、交響揮士はどうなっているのかなと」
「確かに攻撃系スキルは騎乗による突進力を前提とするものが多く、天空旗士としての使い勝手は悪くなるね。でも、支援系のスキルは非騎乗状態でも使用できる。バスターフラッグやキャリー&シュートがそれだね。また、スターフォールは攻撃スキルだけど、騎乗を条件としないよ。あとは交響魔法、交響剣技という交響揮士専用の技で固めれば、十分運用可能じゃないかな」
「交響剣技か。オクタヴィアが使っていた技だよな。見せてもらってもいいか? ……俺が受け流せる程度の手加減は頼みたいけど」
「ふふん……いいとも」
こうして二人はオウタヴィアの技を見せてもらったり、自らも真似をしてみたりという特訓を行うことになった。
「んっ、と……こんな感じ……? オフェンシブやトレモロなら、近接か魔法……選べるんだね……」
「その通り。選択の自由があるとも、考えなければならないことが多いとも言えるだろう。あまぎクンの方はどうかな?」
「騎乗しなくても普通に戦えそうだな。……よくよく考えると、一度に使えるスキルには限界があるからな。すべて同時に使えないという意味では今と変わらないか」
「まあ、天空旗士の技も騎乗さえしていればいいのだから、キミたちの世界のバイクとかでもいいんだけどね。ウィンドエフェクトがあれば飛べるだろう? 神使には無理だけど、咎人ならそういう考え方もあるよ」
鎖神への地獄の特訓とは打って変わってオクタヴィアは丁寧に指導してくれたのだった。
「慣れない技……使って、疲れたよね……」
「がー……」
しょぼくれたすあまがパタリと転がっていると、そこにマシュマロを咥えたギンが走ってくる。
「じゃもじゃもも!」
「マシュマロ貰ったの? ……よかったね、すあま……」
「が!」
ギンは満足そうに頷き、それからあまぎの元に戻って自分の分を要求する。
ぐずっているすあまを元気づけたかったのでマシュマロを譲ったが、それはそれとして自分も食べたいということらしい。
「オクタヴィアさん、貴方はシャルルさんとメロディアさんにとって。昔凄く仲良かったけど小さかったせいで記憶にない友達又は従姉妹のお姉ちゃんくらいの位置づけです。初対面同然なので、あんまり調子に乗ってると引かれちゃうので気をつけましょう」
白花 琥珀(ma0119)が言い切ると、オクタヴィアは真っ白になってしまった。
物理的にぐうの音も出ないのか、うつぶせになるようにバターンと盛大に倒れると、そのまま小刻みに震えながら啜り泣き始めた。
「ふふん……鬱だよ……僕なんかもうこの世界に要らないんだ……悲劇の美人捕虜として獄死するしかないんだ……待たないし希望もしないんだ……」
「そ、そこまでですか……。あの、でも、それは今はまだってことなので。一緒ご飯食べたり神獣さんを可愛がったり、日常から徐々にですよ」
何とか起き上がったが、どこからか例の仮面を取り出して装着してしまっている。
「自分語りをしちゃいますね。私と静姉様は、咎人になってから仲良くなって姉妹みたいになったんです。強くて綺麗で格好良い静姉様を尊敬してますし。助けて差し上げたいなとも思ってます。私の素敵なお姉ちゃんです」
オクタヴィアは腕を組み、頷く。
「気持ちはわかるよ。僕も戦場では学園の仲間たちと兄弟同然に生きてきたからね。特に戦場においては、確かな絆が必要だ」
「オクタヴィアさん達もゆっくりです。これからきっと良い関係になれますよ」
「……そうだといいんだけどね」
仮面を外したオクタヴィアが困ったように笑う。
「僕はメロたんの事を妹だと思っている。……それも、すでに死んでしまった妹だとね。僕の人生は、言ってしまえばひたすらにその後悔の繰り返しだった。だから彼女との再会は嬉しかった……でもキミの言う通り、こっちのメロたんは僕の事を知らないからね。仮面をつけたのも、本当は自分を抑える為だったのかもしれない」
オクタヴィアは暴走気味だが、何より妹想いだ。
自分の存在が妹の人生にとって迷惑なら、潔く身を引く覚悟なのだろう。
全力の愛情表現は一種、その裏返し――『今しかない』という想いの現れなのか。
「オクタヴィアさまに無理に姉として接する必要はないと思います」
一方、川澄 静(ma0164)はメロディアの方と話をしていた。
「メロディアは寮長……もし学園に馴染めない生徒がいたら……オクタヴィアさまにも、そのような生徒と同じ様に接してみては?」
「うーん……馴染めない生徒は、知識不足か問題行動が原因だからなあ。あの人、私の事以外に関しては基本的には完璧なんだよね……」
「確かに……オクタヴィアさまの教え方が上手なので全ロール取得できました!」
「それは静が優秀なだけなんじゃ……」
ともあれ謎の仮面女なのと妹(表)相手に発狂する以外は優秀な常識人だった。
「『お姉ちゃん』と無理に呼ばずとも『オクタヴィア』と名前で呼んでもよいと思いますよ。その方がメロディアもしっくりきませんか?」
「それはホントにそうだと思う」
この世界では名前を呼び捨てにすることがそもそも多い。
組織内の上下関係があったとしても、親しくてもそうでなくても、基本は名前を呼び捨てるものだ。寮長であるメロディアも、実際一般の生徒に呼び捨てにされている。
ついこの間ハロウィンということでそんな話をしてから、静も『様』づけをやめている。
「コハと私も血の繋がりなどなくても本当の姉妹の様に仲良しです」
「この世界、複製品だからか『家族』の話する人ほとんどいないんだよね。私たちにも故郷があって、親とかいたはずなんだけど。だから、この学園の仲間が家族みたいなものって感覚はわかるよ」
「では、メロディアはどこに引っかかっているんでしょうか?」
聞いている感じ、実はもうとっくにオクタヴィアの事を認めているような気もする。
腰に手をあて、首を傾げるメロディア当人も、よくわかっていない様子だ。
「言語化できる自信ないんだけど……あの人さ、めちゃくちゃ私に遠慮してない?」
「して……ますか……?」
「うん。私と話す時ずっとふざけてるのも……こう、壁を作ってるっていうか……そういうところが何かモヤモヤするのかも。むしろ鎖神とかシャルルの方があの人と仲良さそうに見える。それもなんか腹立つ」
それこそ姉妹にしかわからないことなのかもしれない。
でも二人の関係性や性格は、今回話してみて理解が深まった気がした。
「なんかちょっと自分の気持ちがわかったかも。ありがとね、静」
「お役に立てたのならよかったです」
「大丈夫。メロディアも教え方上手じゃん。寮長だし」
「……ねえロザリー。どうしてメロディアちゃんの手を取ってるのかしら?」
ウェンディ・フローレンス(ma0536)はくっそ怖い笑顔を浮かべていた。
しかしロザーリア・アレッサンドリ(ma0458)はどこ吹く風といった様子で、
「可愛い女の子を可愛いって言ってるだけだよ」
「ねえオクタヴィアちゃん。メロディアちゃんに悪い虫が」
「なんだって!?」
「おっと……これは鎖神の二の舞になるパターン?」
鎖神は顔中を蜂か何かに刺されたんじゃないかってくらいボコボコになって、イケメンどころかジャガイモのマンションみたいになってしまっていた。
同じレベルの事をされたらさすがにたまったものではない。
「説明しよう。姉妹に同時に絡んで仲良くさせようという策なのだ」
「……はぁ。オクタヴィアちゃんに教えていただくはずでは?」
少なくともウェンディはそのつもりで来ている。
ロザーリアもまったく遊ぶだけというつもりではなく、せっかくの新しいロールだからということでウェンディと話していたのだ。さっきまでは。
「わたくしは護神騎士あたりが一番合うかしら」
「いやー、天空舞翔士もいいけど、交響揮士もいいなー。メロディアにも召喚揮士の技教えてほしいなー」
「これはいけませんわね。お仕置きが必要かしら」
「鎖神と同じは勘弁してほしいかな。あれは女の子がしていい顔じゃないよ」
「この反響射撃というスキル、目を瞑っていても当たるみたいですよ、ロザリー」
「……お? ウェンディもなんか怖いぞ? もしかしてこっちに向けてることに気づいていないのかな?」
ドシュッ! ドシュッ! ドシュッ!!
「ごめんなさい嘘つきました。可愛い女の子と遊びたかったんだ」
「……なんだったの、一体……」
「ふふん……まあ、楽しそうだしいいんじゃないかな?」
「ああ、なぜ吟唱詩人はムールーを呼べないのか。せめてファミリアになってくれないでしょうか」
そんなことをぼやきながら交響揮士を目指すのはジェラルディン(ma1135)だ。
マジレスすると、鏡神界の神獣は生物と自然現象の中間的な存在であり、術者の神力と呼ばれるエネルギーを用いて呼び出している。
故に、神力の運用に適性のあるロールでなければ呼び出せないという仕組みである。
「私、昔は召喚獣を召喚していたんですよ。生まれは妖精界の騎士(ディナ・シー)ですし。ああ、でもパジャモにも乗りたい……」
同行者の、アティーヤ(ma0735)はその様子を駄弁りながら眺めている。
「おっほー。交響揮士いいなー。魔法少女みたいじゃん」
「おや、指揮棒も一緒に持つんですね。……盾と剣を装備したら、どんな状態になっているんでしょうか。まさか、指揮棒は口に……」
マジレスすると、剣を指揮棒の代わりとするもので、この世界ではそれ用の剣として交響剣と呼ばれる軽い剣が用意されている。
「ムールーいいなー。冬の夜に一緒に寝たい。くそー、チケット全然持ってない。1匹その辺歩いてたりしないかなー」
「いいですよね。餌代もかかりませんし」
「あたしもメロたんのコスプレしてやってみよっかなー」
「ええっ、メロディアちゃんの服着るんですか!? ていうか、なんで持ってるんですか……」
「そこらで普通に買えた」
メロディアの服は学生服の一種であり、召喚学科向けに造られているものだ。
彼女なりのアレンジはあるものの、モノ自体は珍しくはない。
ちなみにオクタヴィアが着用しているのもアレンジがあるものの召喚学科の制服である。
「ジェラルディン絶対似合う。やばいって」
等と語り合いつつ、アティーヤも召喚術を体験してみる。
「すっげー。パジャモ突撃してるよ。パンダでできないかな? パンダくん神獣デビューはよ」
召喚揮士用のファミリアはいずれも汎用ファミリアとは異なる強いステータス補正で、神獣スキルと呼ばれる効果アイテムと組み合わせることができる。
そういう意味で、戦闘用ファミリアとして一線を画す存在だった。
「赤パジャモ。なんて久しぶりなんでしょう。最近ずっとナイトブラッドでしたから」
フィオナ・アルマイヤー(ma1253)は久しぶりに赤パジャモをわしわしと撫でる。
普通のパジャモよりもややキリっとしている赤パジャモが「じゃもッ」と応じた。
「ああ、なんて素直ないい子。どこかの食っちゃ寝や歩く放送禁止用語とは大違い」
誰の話をしているのかはわからないが、一緒にいるグリーンアイス(ma1255)やブルームーン(ma1254)のことではないと思いたい。
「さりげなーく降神騎士のグリーンアイスでーす。新しいロール?ほーほー。週休8日で3食昼寝付きのロールとか無い??」
「あー、鎖神の奴、ボロ雑巾みたいになってるわ。あんな[ピー]なデリカシー無し男のくせにねぇ。……生きてるの?死んでるの? ま、どっちでもいっか。ん? みんな死んでるか」
めいめい好きなように喋っている二人をよそに、フィオナは久しぶりにパジャモに騎乗してみることに。
「久しぶりに乗った割に中々……。この子がいい子すぎる……」
「おー、お久しぶりー。ヤキトリくん。……テバサキくんだったかな?」
「だからヤキトリでもテバサキでもないと!!」
グリーンアイスの発言を理解しているのかどうかはわからないが、赤パジャモは落ち着いた様子でドヤっている。
「今日もイケメンだねー。たぶん」
いうて動物なので、実際に彼ないし彼女がキリっとしているのかどうかは、第三者の判断によるところが大きいのである。
「ほー、これが赤パジャモかー。……フィオナー、パンツ見えてるわよー」
「ちょっ、本当ですか!?」
「ホントだー♪」
「嘘よー」
「どっちですか?」
地上から見上げながらそんなことを言うブルームーンだったが、一方グリーンアイスはパジャモと共に空を飛んでいた。
「さりげなーく降神騎士のグリーンアイスでーす。いやー、自分でもよく忘れるけどね」
「くそー、不公平よー。あんたたちだけ空でデートなんて」
「わー、かわいそう。鏡神界ロールを装備してないなんてー。そしてあたしマジ天使」
「あなたも飛べばいいじゃないですか。体験会なので、パジャモとか借りられますよ」
フィオナは天神騎士を目指しているのか、技を試し打ちしてみたりと比較的真面目に訓練に取り組んでいたが、グリーンアイスとブルームーンは早々に飽きてしまったらしい。
「そんなことよりー。嫁と遊べー。嫁と遊べー」
「嫁と遊べー。嫁と遊べー。よーめーとーあーそーベー」
「輪唱しないでください……」
左右からずっとダダをこねられてしまったので、フィオナも訓練を中断し、二人とヤキトリもしくはテバサキあるいは赤パジャモで遊ぶことになった。
「色々話してくれて感謝するがまだ隠し事があるな、ヴェロニカ嬢?」
天魔(ma0247)の質問に対し、ヴェロニカ (mz0095)は難しい表情を浮かべる。
「何故君、いや君達は消された筈の記憶を保持しているのかね? ……裏世界の本物の君はミラリスと契約しているのではないかね? ここまで来て隠し事は勘弁して欲しい、ヴェロニカ嬢」
「まず誤解があるようですが、隠し事をしているわけではありませんよ。以前もお話した通り、実感の伴わない教育は『洗脳』と変わりません。それは裏世界を見てきたのならわかることではないでしょうか」
確かに、裏世界では『こうだ』と決まった教えを『そうに違いない』と思い込んだ者たちが疑いを持たずに過ごしている世界だ。
その結果、神獣戦争とも呼ぶべき状態に陥ってしまっている。
「そして、今現在この世界に起きていることのすべてをわたくしも把握しているわけではありませんし、『向こう』のわたくしのことも、それは同じです」
表の人物と裏の人物は同一ではない。ヴェロニカに関しては表も裏も同じような人格傾向からくる――例えば咎人でいうところの、記憶喪失でもその人物の基本的な性格や行動方針が変わらないような――ものだと説明した。
「この世界にはいくつか、偶発的にそのようになっている、ということがあるのです」
「裏世界の本物の君もそうだと?」
「直接会ってお話したことはありませんからね」
「確認だが世界が神体とはいえ神獣は神獣。契約者ならミラリスを制御できる筈だ」
「神獣は決して一方的に契約者に従うものではありませんし、その契約自体、必ず意図して行われているとは限りません。例えば、この世界にはいくつか『神獣に気に入られて一方的に契約のような状態になる』ということもあります」
咎人がこの世界にやってきた後、いくつかの神獣がその逸話と共に存在を取り戻した。
中には神獣と契約しようとしたわけではなく、偶然そうなってしまったケースもある。
「神獣は道具ではなく、あくまでも神使に力を貸す存在です。逆に神使は、神獣というものが存続するための『保証人』でもあります」
「一方的に神獣を支配することはできない、ということか」
「力関係が逆なら、神使側が神獣の力に操られることもあり得ますね。パジャモが言うことを聞かずに勝手に飛んでしまうこともありますが、ここは神力による綱引きなのです」
例えばパジャモの神体はこの鏡神学園そのものだが、学園が物理的に消滅し、生徒が誰も学園に通わなくなれば、パジャモという神獣は存在を維持できない。
だから学園のパジャモは特に生徒たちに協力的であるが、これはパジャモが自分の存在を維持する為に必要だからしていることでもある。
神使と神獣の契約とは、一方通行ではなく双方向に働くものなのだ。
「つまり、ミラリスにも契約者は必要……ということか」
「ミラリスがこの世界そのものを神体として持つ以上、その存在を維持する為の契約という意味では、この世界に住んでいるすべての者がミラリスの契約者という解釈もできます」
別にヴェロニカは嘘をついているというわけではなさそうで、表のヴェロニカからするとこのように推理している、という話のようだ。
「感謝する、ヴェロニカ嬢。お礼に表と裏の2つの世界を救う方法を全力で探す事を誓おう」
(執筆:ハイブリッドヘブン運営)
と言い出したのは宵待 伽羅彦(ma0748)だけではなかった。
高柳 京四郎(ma0078)と葛城 武蔵介(ma0505)それから誘われてやってきたシャルル (mz0092)。元々いた鎖神貴一 (mz0051)を除いた、「地獄の特訓」希望者たちだ。
「ふふん? もちろん構わないよ……と言いたいところだけど、修得したい学科によっても内容は変わる。見たところキミは鎖神とは違いそうだけど」
「あ、うん。俺は鏡界騎士の練習がしたいんだ」
「それならシャルルと一緒にやるのがいいだろう。コツみたいなところは同じだからね」
鏡界騎士はトランスフォームによる自前の戦闘技術に幼体との連携を組み合わせる技術である。
シャルルは騎乗状態でトランスフォームを扱う天神旗士を学んでいるようだ。
「自分自身の能力と神獣の力をきちんと掛け合わせながら全力を出すというのは、実はかなりの高等技術だ。まずは扱いやすい学園のパジャモで慣れるといいよ」
「めちゃくちゃ現実的で真面目な特訓だな……」
地獄の特訓を期待していた伽羅彦にはむしろ不満なくらいだが、オクタヴィア (mz0102)が本来は真面目で生徒たちに優しい人柄であるということも強く感じていた。
「……まあ、地獄と言えば地獄かもね」
という、オクタヴィアのセリフの意味を伽羅彦はすぐに理解した。
(シャルル……上達が早すぎる!)
スタート地点は同じはずなのに、シャルルはこれまで(プライドの問題で)触ってもいなかった大弓を騎乗状態で容易く使いこなしている。
というか、恐らくシャルルはオクタヴィアと同じく、すべての学科技能に適正がある。間違いなく学園最高の人材だ。
「ど、どうやってんだその……パジャモの動きを自前の翼で制御するやつ……」
「特別なことは何もしていないが……オーウェンの動きを真似すればいいのではないか?」
「それはもうやってんだよ~! くっそ、めげるもんかぁぁぁ……! オーウェンの為に強くなるんだあぁ……!」
「……ふっ。その台詞、あいつが聞いたら暑苦しくなるだろうな」
競うように飛ぶ伽羅彦を見上げ、オクタヴィアは笑みを浮かべる。
「おー。こっちの学園にも気骨のある生徒が育っているじゃないか。オーウェン、自分一人で成果を出すのはイマイチだったけど、仲間を育てるのは一流だったからね」
一方、鎖神はオクタヴィアが召喚したマグルートにボコボコにされていた。
(今回は俺もサポートに回るとしようか。特に狙われてる鎖神……かね)
物理的にボコられてきれいな顔面がパンパンに腫れた鎖神に回復スキルを使う京四郎。
「まだ寝る時間じゃないよ。はい起きて」
同じく武蔵介も鎖神に回復スキルを使用し、サポートする構えだ。
「武蔵も特訓の支援か、役割が被るのは地味に珍しいよな……うん」
「俺も鍛えて今後に備えたいと思う。力を貸してくれないか」
「武蔵自身も特訓するのか…なら、俺が全力で援護するから存分にな」
というわけで武蔵介が鎖神と共に並ぶが、オクタヴィアは肩をすくめる。
「これは鎖神専用の特訓だから、意味がないと思うよ? 別に、ただ鎖神をイジメるだけが目的ではないからね」
「あんた、イジメも目的の一部って言ってない?」
「……俺もそう聞こえたな」
「そりゃそうだろうさ! 可愛い妹に悪い虫がつかないようにしないとね! しかし、僕も鏡神学園で教鞭をとっていた者としていい加減な指導はしないよ」
そう言ってオクタヴィアは鎖神を指さす。
「鎖神。キミ、実は本気でやっていないだろう?」
「いや。決して手を抜いているつもりはないのだが」
「……どうだろうな? 確かに一理あるかもしれないぞ?」
そう言って京四郎は鎖神という人物の過去についてオクタヴィアに説明した。
「生前の鎖神は強かったが咎人になってからはまた一からだしな、少しでも強くなってもらって生き残れる確率を上げていかないと、な」
「元々強かった人はその感覚のままだろう? 異世界で最強クラスだったのなら、無自覚的に手加減をするというか、100%の力を出さない癖がついている可能性が高いね」
「それで鎖神を追い込もうとしていたのか……」
京四郎は納得した。鎖神の力の底上げが必要だというのは思っていたところだし。
「そういうことなら、なおさらしっかりしないと。簡単にやられるようじゃ支援出来ないからね」
「嗚呼……私は本気になれるのだろうか……? あまりパジャモを酷使するのもかわいそうな気がしてしまうし……」
「神獣は兵器でもペットでもない。召喚者と一心同体だ。神獣を使いこなすというのは、自分自身を使いこなすということでもある。……シャルルがいい例だね」
回復によって顔面ボコボコからイケメンに戻りつつある鎖神も真剣にオクタヴィアの話を聞いているようだ。
「オクタヴィアは昔、シャルルとこうして訓練していたんでしょ?」
懐かしむような言葉に武蔵介が声をかけると「そうだね」と返す。
シャルルも同じように訓練の中で懐かしさを感じているだろうか?
こうして京四郎と武蔵介の支援を受け、鎖神の地獄の特訓は続くのだった。
「まあ、綺麗に入りましたね。私も今のは鎖神さんが悪いと思います」
「そうですね。今のは鎖神さんが悪いです」
等と評価していたマイナ・ミンター(ma0717)とマリエル(ma0991)も、地獄かはさておき、今回の特訓に参加している。
「特異点でなくなっても、顔が良いことはお忘れにならないように」
「お嬢様、今の彼はオタンコナスになっているようです」
鎖神はあまり自分の顔に頓着していない。あの見た目で性格は素朴などこにでもいる奇人なのだ。なお、今は顔面がオタンコナスだ。
「結局、ヴェロニカ先生と翁の到達点は、変わらない気がしますが、どうなのですか?」
「ミラリスからの解放という意味では同じかもしれないね。鏡神界という世界に対する向き合い方というか、捉え方の違いにも思えるかな」
と、オクタヴィアが返す。
「翁の目的ことですが、生前と仰ることは変わっているのですか?」
裏世界のダグラス総長は『簒奪者』である。
咎人は簒奪者を、イデア体の存在を感じ取ることができる。つまりダグラスが簒奪者であるというのなら、元々この世界出身の復活者であり、聖樹界でいうところのエリゴールやテラスと同じようなタイプと考えていいだろう。しかし……。
「そこは僕にはよくわからないんだ。総長が死んで復活したとして、それが『いつ』の話だったのかも含めてね」
この世界が破滅と複製を繰り返しているというのなら、ダグラスが死んだのも、復活者になったのも、『今回』の鏡神界ではない可能性もある。
オクタヴィアはダグラスが簒奪者でもそうではなくても従っていただろう。それは彼が現在の鏡神界、複製された世界に元々『総長』という役割を持っていたからだ。
「翁も人材マニアなのでしょうか。少し歪に感じましたが……」
「筋金入りの教育者ではあると思うよ。裏世界では神獣を巡る戦争が当たり前だったから、戦士の育成は死活問題だった。その世界で戦士を育て上げる学園を作って、きっちり軌道に乗せてるわけだからね」
「しかし、彼の教育はあくまでも『戦争』を前提としたもの、ですか」
「こっちのヴェロニカとの違いと言えばそこだろうね。彼女は善意と平和だけが切り離された、キミたちが『表』と呼ぶこの世界を許容している節もある。最終的にあるべき世界の形として『表』なのか『裏』なのかが、ヴェロニカとダグラス総長の違いかもしれない」
世界が二つに分かたれたこと自体がミラリスによる操作の結果なら、表も裏も本来の鏡神界という世界の姿とはかけ離れているはずだ。
そのどちらか一方が正しいということはなく、どちらも世界の一側面に過ぎないのだとしたら、ヴェロニカもダグラスも教育者としては極端な考え方をしているとも言える。
「今の僕はそのどちらでもない。そういう神使も、一人くらいは必要だろうさ」
今回の特訓会を含め、マイナはオクタヴィアの考えの一端を知った。
一方、マリエルが気にしているのは姉妹関係の方だ。
「言葉というのは、伝達手段としては未熟なツールだと思います。発した言葉が、基となる思いをちゃんと伝えてくれるとは限らない。だから私はシンプルにこう伝えます。『私はお嬢様が大好きです』……思って居る事、できるだけちゃんと伝えるべきじゃないですか」
「確かに僕は自分の気持ちを言葉にするのが苦手だからね……」
地獄の特訓を受けている男性陣が、「その自覚あったんだ……」という顔をした。
「それに、拒絶されたら怖いじゃないか。キミたちはお互いの気持ちを十分に確かめ合った結果の今だろうけど、僕とメロたんの間には何もないからね……」
「あら。一応、記憶リセットで何もないのに絡んでいる自覚はあるのですね」
「うぐぉッ」
意外そうなマイナの一声に膝を着くオクタヴィア。
しかし一理あるとマリエルは考え、今度はメロディアの方へ向かった。
「あまり難しく考えることはないのではないでしょうか……と、私は思います。そもそも、お二人はお互いの気持ちを確かめ合っていないわけですから」
「あの人の話? ……なんかあそこで膝ついてるけど……」
「悪意ならともかく好意であるなら受け取って前向きに考えてみて、受け入れられないと感じたら断るというのでよいかと」
「確かに、悪意は感じてないね」
それはそうで、もしそうだったらもっと嫌がっている。
「全ては貴女がどうしたいか、だと思いますよ。オクタヴィアさんがこれから戦力になるかもしれないから仲良くしなければいけないとか、そんなことはありません。遠慮せず自分の気持ちを大事にしてください」
話を聞いてメロディアは頷き、「そうだね、ありがとう」と返した。
「騎乗術と降神術、両方使えば空中戦のバリエーションが増えます」
天神旗士の特訓をする更級 暁斗(ma0383)は、降神術は未経験だった。
とはいえ、すでにロールも修得しており、基本的な動作に関しては学習済だ。
「黒骸、特訓に付き合ってくれ。きみも一緒に強くなろう」
ロールによる瞬間学習とは異なり、自力で訓練しているシャルルだが、彼の動きは既にロール習得者のそれを上回りつつあった。
「シャルル寮長も裏世界にいたそうで。その時のこと覚えていますか」
「いや……覚えていると言えるほど、はっきりとしたものではないな。たまに夢で見たり、デジャブのような感覚があるだけだ」
ちょくちょくプライベートでも会っている二人は、普通に訓練をしながら会話していた。
初対面の時よりは、シャルルもだいぶ話しやすくなった。
「オクタヴィアとは共に戦った仲間……だったのでしょうか?」
「恐らくな。……裏世界の俺は、今の俺よりもずっと手の焼ける男だったようだが、オクタヴィアはそんな俺とも打ち解けるように動いてくれていた」
「貴方は彼女とどう接し、今後、どうしたいのですか?」
その質問でシャルルの動きが止まる。眉間の皺がさらに深くなった。
「……色々だ。昔の『借り』がそのままなのも気分が悪いが、正確には俺もあいつも昔のままではない。お前たち咎人もそうであるように、新しい別人なのだろう。逆に、お前たちはどうやって割り切っているんだ?」
「難しいですね……。ただ、僕はオクタヴィアのことを知り、親しくなりたいです。貴方とも、です。昔のことはさておき、今どう思うのかが重要じゃないでしょうか」
「確かにな」
シャルルはふっと笑い、それから弓を見る。
「過去は変えることができない。俺に出来るのは、未来に進むことだけだ」
降神の弓は、寮長オーウェンの象徴だった。
それを手にしながらシャルルは自分の気持ちを整理しているようだ。
一方、冥皇(ma1126)は特訓に打ち込んでいた。
暁斗と一緒に参加はしたが、既に実戦レベルの天神旗士である彼に比べると、冥皇はまだ駆け出しの部類だろう。
「暁斗と一緒に空で戦うには騎乗術できねえと、だな……」
神獣ストールスには乗った……というか振り回されたというか、そんな経験はあるが、初心者にはやはりパジャモだろう。
そこは冥皇も理解していて、初心者向けのパジャモにまたがった。
「戦闘云々より、空中で移動できねえと、だ。特訓だ、特訓! 降神騎士で飛んだことあるけど、地に足つかんのは落ち着かん」
せっかくなので、上級者にして寮長でもあるシャルルにもアドバイスを求めてみる。
「パジャモで飛ぶにはどうすればいいんだ?」
「どう……?」
シャルルは本気で悩んだ後、ゆっくりと説明する。
「……パジャモは生来、飛行能力を持つものだ。つまり、パジャモは何もしなくても、勝手に飛ぶ」
「おお」
「俺達はその、『元々は自由に飛び回るモノ』に乗っかっている荷物のようなものだ。俺達が何かする余地があるとするならば、どれくらい邪魔にならない荷物になれるかという一点にかかっている」
「なるほど……パジャモが動きやすいようにするってことか?」
「そうだ。パジャモの飛行に合わせて荷重のバランスを変えたりな。例えば天空旗士はこの旗を持つが、これは飛行軌道の補助を行う補助翼としても使用できる。ここで風を受けると自然とパジャモの向きが変わり、旋回性能が高くなるわけだ」
「ん? つまり、アサルトコアでいうところのスタビライザーみたいな役割を果たしてるのか」
空中で旗を振ったりして何をしているのかと思ったら、アレは軌道制御を兼ねていたらしい。パフォーマンスか何かだと思っていた。
「だいぶわかってきたぜ。さては自分で飛ぶのと大して変わらねぇな? 特訓に付き合ってくれよな、パジャモ」
降神騎士として自力で飛行する際にも、手足の動きで重心を振りぬくことで空中で挙動を制御する。天空旗士の場合、それを旗で行う必要があるのだが、やること自体は身体を動かしての荷重移動ということだ。
パジャモという自分とは違う意識を持っている存在の邪魔をしないように息を合わせるという点に違いはあるが、空中戦闘のロジックはいずれにおいても共通である。
逆に言うと、旗の代わりに弓を持ったりするのがどれくらい難しいのかという話でもあるが……。
「おー……これはこれでいいカンジじゃねえか」
冥皇はコツをつかんだのか、急上昇と急降下を気持ちよさそうに繰り返した。
「習うより慣れろ、だね。やってみよう」
シアン(ma0076)はルグラヴィの幼体と共に訓練を行う。
この世界では降神学科としてやってきたが、降神における神獣との接し方は『トランスフォーム』という神力を身に宿すことであった。
つまり……神獣と触れ合う機会がない。
せっかく神獣がいる世界だし、実物の神獣とも接したいと密かに思っていたのだ。
「ルグラヴィ、シンクロスナイプ……いくよ!」
「るぐー!」
まんまるのルグラヴィが短い手足で一生懸命に働いている。
神獣による攻撃と自らの遠距離攻撃を絡めるのが鏡界騎士の強みであり、忙しいところでもある。最も、多くのロールを学んできたシアンにとっては大した負担ではなさそうだ。
「どうでした? これまでより負担大きい感じです?」
パジャモに騎乗したサヴィーノ・パルヴィス(ma0665)が高い位置から声をかける。
「うーん……どうだろう。負担をかけてしまうのは気になるよね」
「ええ。できれば無理はあまりさせたくないですね」
「でも、見た感じ平気そうだったかな」
どちらかというと自前の神力――イデア的な消耗が大きくなるような気がする。
確かに一つの学科技術だけを使用している時より、術と術の繋ぎこみにロスが生じやすい構造であることは一目瞭然だ。普通の生徒なら、これだけでクタクタになりかねない。
「咎人はイデア――神力の総量自体が、並の神使より上ということですか」
「恐らくそういうことだろうね。でも、私はちょっと疲れたよ?」
「あんまりそうは見えませんけどね」
「るぐっふ!」
「上手くできたね。えらいえらい」
腹を見せて転がるルグラヴィをなでたり転がしたりするシアンを横目にサヴィーノは手綱をしっかりと握り直した。
「パジャモ、一通り試してみましょうか」
サヴィーノを乗せた黒パジャモが翼を広げて舞い上がる。
彼が目指すところは天神旗士。トランスフォームと騎乗術の両立である。
(天空舞翔士のパートナーセンスでも神獣の神力を分けてもらっていましたが……さて)
複合神獣技術の難しさは、同時に複数の神獣を運用するところにある。
例えば今パジャモに乗っているわけだが、更にルグラヴィをトランスフォームすることもできる。つまり、同時に2体の神獣を取り扱うことになるのだ。
神力を体力的に捉えるなら単純な消費が二倍ということになるし、神獣Aの力と神獣Bの力は同時に制御しなければぶつかり合い、お互いの力を削いでしまう。
「どうだった?」
「確かにシアンさんの言う通り、神獣側の負担はそこまで変わらない気がしますね。負担は神使側にほとんど上乗せという感じではないでしょうか」
「だよね。それならそれでよかった」
咎人は豊富なイデア量によりこういった技術を簡単に学ぶことができるが、ロールをインストールすることと、実戦の中で使いこなすのは全く別の問題である。
サヴィーノは咎人の中で天空学科の力を実運用する者としては頭一つ抜きんでていると言っていいが、また研究はここから一段深みに入ると見るべきだろう――が。
「頑張ったご褒美に散歩でも行きますか。シアンさんもいかがです?」
「良いね。皆でのんびり空を飛ぼう」
今回は体験会だし、神獣に負担が少ないということがとりあえず分かればOKだ。
「では行きますよ、パジャモ」
ドヤるように翼を広げて一番に飛び立つ黒パジャモ。
そのあとを追いかけるように、ルグラヴィを抱えたシアンが飛び立った。
「……このようなことは初めてするな……どうしたらよいのだ?」
天神旗士を目指すイオス・L・キュリンドメノス(ma1375)だが、言葉そのままの意味で、どうしたらいいのかわからない状態であった。
天神旗士は複数のロールを鍛えることで修得可能になる所謂上級ロールというものだが、その前提となる「天空旗士」「降神騎士」いずれもまだ修得していないのだ。
鏡神界上級ロールを修得するには、まずその前の準備を整える必要があった。
とはいえ、よくわからないまま参加してはいけないなんてことはないし、困っているイオスの様子を見かねてオクタヴィアが声をかけた。
「ふふん? キミはまず基礎的なところからだね。鏡神学園はどんな者も歓迎する。無理をせず、まずは天空旗士か降神騎士の訓練を積むといいだろう」
「この神獣は……」
「鏡神学園でたくさん用意しているパジャモという最もオーソドックスな神獣だよ」
「ぱじゃ~も」
饅頭のようにコロコロした幼体たちがイオスの周りを徘徊していた。
よくわかっていないが、それはそれで神獣と戯れたい一心で参加したようなものであるイオスは、かがんで饅頭のようなやつを一羽抱き上げてみる。
「すぴぴー……」
「寝た……」
「ほっとんど寝てるからね、この子たちは。パジャモにも成体という大きいものと、幼体という小さいものがいる。小さいのがいいなら、召喚学科だね」
などと、イオスは神獣の基本となる知識を学んだのであった。
「久々に来たが、校舎はともかく情勢は色々変わって来とるのぅ」
モルディウス(ma0098)はしみじみと言いながら、褌姿で学園散策をしていた。
一応、学生服的な概念が存在する学園においては更に大きく目立っている。
「いやぁ、こっちの総長は思ってた通り、眼鏡とったら美人さんや♪」
などというとオーウェンあたりが突っかかってきそうだが、残念ながら彼は今、表の鏡神学園にはいない。
「おや、オクたん久方と思うたら捕虜られとるんかー」
「ふふん? そうさ! 僕は生殺与奪の権を握られた哀れな捕虜だよ!」
その割にはかなり自由というか、イキイキと鎖神をしごいているが……。
「ファイトやで、サガミ~ん。……男前の顔がタンコブだらけになっとるのぅ。人間の顔ってあんなに変形するんやな」
それはそれとして、モルディウスはメロディアの姿を探していた。
鎖神とオクタヴィアは一緒にいたが、メロディアは少し位置が離れている。
「別に姉妹やったからいうて、また同じになる必要もないやろ?」
「いや、普通に話しかけてこないでくれる!? 異世界人ってこういう格好の人が普通なんだ~っていう、誤ったハロウィンの時と同じ生暖かい認知が学園に広まっちゃうでしょ!」
「おお……ついにツッコまれたか。さすがは学園のツッコミ担当や」
「担当した覚えはないんだよなあ……」
「で、やけどな。まずは一緒に居てええかどうか。そういう単純な事から考えてみや」
「別に嫌とは思ってないけどね。あれでけっこう真面目に指導してるみたいだし。私も色々教わりたいことはあるかな」
スタートラインとしてはそもそも『嫌い』ではないようだ。
かといって、明らかに打ち解けるにはきっかけも必要そうである。
「メロディアはオクタヴィアの事、どう思ってるの?」
灰音(ma0155)は直接的に聞いてみることにした。
「まだわかんないんだろうけど、アレだけ慌てといて? いつものメロディアならもっと冷静に対処デキタでしょ? よく知らないけど」
「確かに、私はあの人の事になると落ち着かないんだよね。前にもロール開発をした時に、あの人の技に引っ張られすぎちゃったし」
メロディアがオクタヴィアを意識しているのは傍目にも明らかだった。
オクタヴィアの直接的過ぎる愛情表現とは比較にもならないが、メロディアもオクタヴィアを姉のように思っているのだろう。
「ねぇ、もう114回だっけ? 姉妹が死んでるんだよ? 喪ってからじゃ遅い。死んだら伝えられない」
「うん……そこなんだよねぇ……」
メロディアは正直、今の鏡神界に起きていることに実感がなかった。
裏世界の歴史によってはメロディアはもう死んでいるらしいし……。
「あの人にとってのメロディアは、私じゃないような気もしてさ」
「自分のコト、偽物って思ってる?」
「ちゃんと生きてきた記憶はあるし、本物だと思う。でも、違う世界のそっくりさんと私は違う。偽物扱いされるのが怖いんじゃなくて、なんかそういうの私はけっきょく分かってあげられないからさ。肝心な時に死んでたわけだし」
「スナオじゃないね」
「咎人もそうだけど、私の周りはすごい人ばっかりだから。シャルルもオーウェンも私より実力あると思うし。本当は召喚学科の寮長は、オクタヴィアだったんだし」
「ジツリョクブソクなら鍛えればいいし? 今度で最後にする為にも、言いたい事、言った方がいいよ。その方がもっと強くなれるでしょ」
結局のところ、複製と崩壊を繰り返すこの世界をどうにかするためには個々人が強くなること、そしてそれぞれが力を合わせることが重要だ。
オクタヴィアとメロディアが結びつくことには、単なる仲直り以上の意味がある。
「ヒト様の事にキョーミなんて無いんだけどさ……似てるから……。違和感があっても、家族とか姉だと思えるなら、大事にしなよ」
言いたいことは言った、という様子で灰音は背を向ける。
「どこいくの?」
「適当にパジャモとでも遊んでるよ。オーウェンりょーちょーも居ないし。特訓とか好きじゃないし」
「……そっか。わざわざ私と話す為だけに来てくれたんだね」
そうとも言うかもしれない。
灰音は後ろ手を振ってその場を後にした。
「実は今……すあまが活躍出来る、すあまロールを探していて……幼体が主体だと、やっぱり魔法寄りのロールになるのかな……?」
魅朱(ma0599)が相談すると、オクタヴィアは真剣に耳を傾ける。
「そこは人によるね。幼体の攻撃は術者の攻撃能力に依存せず独立しているものが多いだろう? 威力ではなく回復などの補助効果を神獣に任せるという考え方もあるね。だから神獣スキルを強化するスキルを用意しつつ、近接や射撃で戦闘を行うことも検討するといいよ」
「そうなんだ……私自身、得意なのは近接の方だから……すあまの為にそれを活かすなら、スキルで調整する感じがいいのかなぁ……?」
「ふふん? それなら正しく交響揮士向きじゃないか。すあまクンだったかな? パジャモ類なら、キミが今装備している『光の壁』や『つっつく』も魔法威力を参照しないものだから、キミ自身は近接ステータスを重視しても問題はないよ」
というわけで、魅朱は交響揮士の特訓を受けることになった。
これは同行者である唯塚 あまぎ(ma0059)も同じなのだが……。
「俺自身は騎乗苦手という訳じゃないけど、俺が他の幼体を迎えようとするとギンが拗ねるからな。成体への騎乗も、まあ、多分……」
「ははは、それは問題だね。天空旗士のスキルは、神獣に騎乗していないと使えないものも結構あるからね」
「ああ。天空旗士の近接戦闘術は騎乗が前提にある気がするんだ。その辺り、交響揮士はどうなっているのかなと」
「確かに攻撃系スキルは騎乗による突進力を前提とするものが多く、天空旗士としての使い勝手は悪くなるね。でも、支援系のスキルは非騎乗状態でも使用できる。バスターフラッグやキャリー&シュートがそれだね。また、スターフォールは攻撃スキルだけど、騎乗を条件としないよ。あとは交響魔法、交響剣技という交響揮士専用の技で固めれば、十分運用可能じゃないかな」
「交響剣技か。オクタヴィアが使っていた技だよな。見せてもらってもいいか? ……俺が受け流せる程度の手加減は頼みたいけど」
「ふふん……いいとも」
こうして二人はオウタヴィアの技を見せてもらったり、自らも真似をしてみたりという特訓を行うことになった。
「んっ、と……こんな感じ……? オフェンシブやトレモロなら、近接か魔法……選べるんだね……」
「その通り。選択の自由があるとも、考えなければならないことが多いとも言えるだろう。あまぎクンの方はどうかな?」
「騎乗しなくても普通に戦えそうだな。……よくよく考えると、一度に使えるスキルには限界があるからな。すべて同時に使えないという意味では今と変わらないか」
「まあ、天空旗士の技も騎乗さえしていればいいのだから、キミたちの世界のバイクとかでもいいんだけどね。ウィンドエフェクトがあれば飛べるだろう? 神使には無理だけど、咎人ならそういう考え方もあるよ」
鎖神への地獄の特訓とは打って変わってオクタヴィアは丁寧に指導してくれたのだった。
「慣れない技……使って、疲れたよね……」
「がー……」
しょぼくれたすあまがパタリと転がっていると、そこにマシュマロを咥えたギンが走ってくる。
「じゃもじゃもも!」
「マシュマロ貰ったの? ……よかったね、すあま……」
「が!」
ギンは満足そうに頷き、それからあまぎの元に戻って自分の分を要求する。
ぐずっているすあまを元気づけたかったのでマシュマロを譲ったが、それはそれとして自分も食べたいということらしい。
「オクタヴィアさん、貴方はシャルルさんとメロディアさんにとって。昔凄く仲良かったけど小さかったせいで記憶にない友達又は従姉妹のお姉ちゃんくらいの位置づけです。初対面同然なので、あんまり調子に乗ってると引かれちゃうので気をつけましょう」
白花 琥珀(ma0119)が言い切ると、オクタヴィアは真っ白になってしまった。
物理的にぐうの音も出ないのか、うつぶせになるようにバターンと盛大に倒れると、そのまま小刻みに震えながら啜り泣き始めた。
「ふふん……鬱だよ……僕なんかもうこの世界に要らないんだ……悲劇の美人捕虜として獄死するしかないんだ……待たないし希望もしないんだ……」
「そ、そこまでですか……。あの、でも、それは今はまだってことなので。一緒ご飯食べたり神獣さんを可愛がったり、日常から徐々にですよ」
何とか起き上がったが、どこからか例の仮面を取り出して装着してしまっている。
「自分語りをしちゃいますね。私と静姉様は、咎人になってから仲良くなって姉妹みたいになったんです。強くて綺麗で格好良い静姉様を尊敬してますし。助けて差し上げたいなとも思ってます。私の素敵なお姉ちゃんです」
オクタヴィアは腕を組み、頷く。
「気持ちはわかるよ。僕も戦場では学園の仲間たちと兄弟同然に生きてきたからね。特に戦場においては、確かな絆が必要だ」
「オクタヴィアさん達もゆっくりです。これからきっと良い関係になれますよ」
「……そうだといいんだけどね」
仮面を外したオクタヴィアが困ったように笑う。
「僕はメロたんの事を妹だと思っている。……それも、すでに死んでしまった妹だとね。僕の人生は、言ってしまえばひたすらにその後悔の繰り返しだった。だから彼女との再会は嬉しかった……でもキミの言う通り、こっちのメロたんは僕の事を知らないからね。仮面をつけたのも、本当は自分を抑える為だったのかもしれない」
オクタヴィアは暴走気味だが、何より妹想いだ。
自分の存在が妹の人生にとって迷惑なら、潔く身を引く覚悟なのだろう。
全力の愛情表現は一種、その裏返し――『今しかない』という想いの現れなのか。
「オクタヴィアさまに無理に姉として接する必要はないと思います」
一方、川澄 静(ma0164)はメロディアの方と話をしていた。
「メロディアは寮長……もし学園に馴染めない生徒がいたら……オクタヴィアさまにも、そのような生徒と同じ様に接してみては?」
「うーん……馴染めない生徒は、知識不足か問題行動が原因だからなあ。あの人、私の事以外に関しては基本的には完璧なんだよね……」
「確かに……オクタヴィアさまの教え方が上手なので全ロール取得できました!」
「それは静が優秀なだけなんじゃ……」
ともあれ謎の仮面女なのと妹(表)相手に発狂する以外は優秀な常識人だった。
「『お姉ちゃん』と無理に呼ばずとも『オクタヴィア』と名前で呼んでもよいと思いますよ。その方がメロディアもしっくりきませんか?」
「それはホントにそうだと思う」
この世界では名前を呼び捨てにすることがそもそも多い。
組織内の上下関係があったとしても、親しくてもそうでなくても、基本は名前を呼び捨てるものだ。寮長であるメロディアも、実際一般の生徒に呼び捨てにされている。
ついこの間ハロウィンということでそんな話をしてから、静も『様』づけをやめている。
「コハと私も血の繋がりなどなくても本当の姉妹の様に仲良しです」
「この世界、複製品だからか『家族』の話する人ほとんどいないんだよね。私たちにも故郷があって、親とかいたはずなんだけど。だから、この学園の仲間が家族みたいなものって感覚はわかるよ」
「では、メロディアはどこに引っかかっているんでしょうか?」
聞いている感じ、実はもうとっくにオクタヴィアの事を認めているような気もする。
腰に手をあて、首を傾げるメロディア当人も、よくわかっていない様子だ。
「言語化できる自信ないんだけど……あの人さ、めちゃくちゃ私に遠慮してない?」
「して……ますか……?」
「うん。私と話す時ずっとふざけてるのも……こう、壁を作ってるっていうか……そういうところが何かモヤモヤするのかも。むしろ鎖神とかシャルルの方があの人と仲良さそうに見える。それもなんか腹立つ」
それこそ姉妹にしかわからないことなのかもしれない。
でも二人の関係性や性格は、今回話してみて理解が深まった気がした。
「なんかちょっと自分の気持ちがわかったかも。ありがとね、静」
「お役に立てたのならよかったです」
「大丈夫。メロディアも教え方上手じゃん。寮長だし」
「……ねえロザリー。どうしてメロディアちゃんの手を取ってるのかしら?」
ウェンディ・フローレンス(ma0536)はくっそ怖い笑顔を浮かべていた。
しかしロザーリア・アレッサンドリ(ma0458)はどこ吹く風といった様子で、
「可愛い女の子を可愛いって言ってるだけだよ」
「ねえオクタヴィアちゃん。メロディアちゃんに悪い虫が」
「なんだって!?」
「おっと……これは鎖神の二の舞になるパターン?」
鎖神は顔中を蜂か何かに刺されたんじゃないかってくらいボコボコになって、イケメンどころかジャガイモのマンションみたいになってしまっていた。
同じレベルの事をされたらさすがにたまったものではない。
「説明しよう。姉妹に同時に絡んで仲良くさせようという策なのだ」
「……はぁ。オクタヴィアちゃんに教えていただくはずでは?」
少なくともウェンディはそのつもりで来ている。
ロザーリアもまったく遊ぶだけというつもりではなく、せっかくの新しいロールだからということでウェンディと話していたのだ。さっきまでは。
「わたくしは護神騎士あたりが一番合うかしら」
「いやー、天空舞翔士もいいけど、交響揮士もいいなー。メロディアにも召喚揮士の技教えてほしいなー」
「これはいけませんわね。お仕置きが必要かしら」
「鎖神と同じは勘弁してほしいかな。あれは女の子がしていい顔じゃないよ」
「この反響射撃というスキル、目を瞑っていても当たるみたいですよ、ロザリー」
「……お? ウェンディもなんか怖いぞ? もしかしてこっちに向けてることに気づいていないのかな?」
ドシュッ! ドシュッ! ドシュッ!!
「ごめんなさい嘘つきました。可愛い女の子と遊びたかったんだ」
「……なんだったの、一体……」
「ふふん……まあ、楽しそうだしいいんじゃないかな?」
「ああ、なぜ吟唱詩人はムールーを呼べないのか。せめてファミリアになってくれないでしょうか」
そんなことをぼやきながら交響揮士を目指すのはジェラルディン(ma1135)だ。
マジレスすると、鏡神界の神獣は生物と自然現象の中間的な存在であり、術者の神力と呼ばれるエネルギーを用いて呼び出している。
故に、神力の運用に適性のあるロールでなければ呼び出せないという仕組みである。
「私、昔は召喚獣を召喚していたんですよ。生まれは妖精界の騎士(ディナ・シー)ですし。ああ、でもパジャモにも乗りたい……」
同行者の、アティーヤ(ma0735)はその様子を駄弁りながら眺めている。
「おっほー。交響揮士いいなー。魔法少女みたいじゃん」
「おや、指揮棒も一緒に持つんですね。……盾と剣を装備したら、どんな状態になっているんでしょうか。まさか、指揮棒は口に……」
マジレスすると、剣を指揮棒の代わりとするもので、この世界ではそれ用の剣として交響剣と呼ばれる軽い剣が用意されている。
「ムールーいいなー。冬の夜に一緒に寝たい。くそー、チケット全然持ってない。1匹その辺歩いてたりしないかなー」
「いいですよね。餌代もかかりませんし」
「あたしもメロたんのコスプレしてやってみよっかなー」
「ええっ、メロディアちゃんの服着るんですか!? ていうか、なんで持ってるんですか……」
「そこらで普通に買えた」
メロディアの服は学生服の一種であり、召喚学科向けに造られているものだ。
彼女なりのアレンジはあるものの、モノ自体は珍しくはない。
ちなみにオクタヴィアが着用しているのもアレンジがあるものの召喚学科の制服である。
「ジェラルディン絶対似合う。やばいって」
等と語り合いつつ、アティーヤも召喚術を体験してみる。
「すっげー。パジャモ突撃してるよ。パンダでできないかな? パンダくん神獣デビューはよ」
召喚揮士用のファミリアはいずれも汎用ファミリアとは異なる強いステータス補正で、神獣スキルと呼ばれる効果アイテムと組み合わせることができる。
そういう意味で、戦闘用ファミリアとして一線を画す存在だった。
「赤パジャモ。なんて久しぶりなんでしょう。最近ずっとナイトブラッドでしたから」
フィオナ・アルマイヤー(ma1253)は久しぶりに赤パジャモをわしわしと撫でる。
普通のパジャモよりもややキリっとしている赤パジャモが「じゃもッ」と応じた。
「ああ、なんて素直ないい子。どこかの食っちゃ寝や歩く放送禁止用語とは大違い」
誰の話をしているのかはわからないが、一緒にいるグリーンアイス(ma1255)やブルームーン(ma1254)のことではないと思いたい。
「さりげなーく降神騎士のグリーンアイスでーす。新しいロール?ほーほー。週休8日で3食昼寝付きのロールとか無い??」
「あー、鎖神の奴、ボロ雑巾みたいになってるわ。あんな[ピー]なデリカシー無し男のくせにねぇ。……生きてるの?死んでるの? ま、どっちでもいっか。ん? みんな死んでるか」
めいめい好きなように喋っている二人をよそに、フィオナは久しぶりにパジャモに騎乗してみることに。
「久しぶりに乗った割に中々……。この子がいい子すぎる……」
「おー、お久しぶりー。ヤキトリくん。……テバサキくんだったかな?」
「だからヤキトリでもテバサキでもないと!!」
グリーンアイスの発言を理解しているのかどうかはわからないが、赤パジャモは落ち着いた様子でドヤっている。
「今日もイケメンだねー。たぶん」
いうて動物なので、実際に彼ないし彼女がキリっとしているのかどうかは、第三者の判断によるところが大きいのである。
「ほー、これが赤パジャモかー。……フィオナー、パンツ見えてるわよー」
「ちょっ、本当ですか!?」
「ホントだー♪」
「嘘よー」
「どっちですか?」
地上から見上げながらそんなことを言うブルームーンだったが、一方グリーンアイスはパジャモと共に空を飛んでいた。
「さりげなーく降神騎士のグリーンアイスでーす。いやー、自分でもよく忘れるけどね」
「くそー、不公平よー。あんたたちだけ空でデートなんて」
「わー、かわいそう。鏡神界ロールを装備してないなんてー。そしてあたしマジ天使」
「あなたも飛べばいいじゃないですか。体験会なので、パジャモとか借りられますよ」
フィオナは天神騎士を目指しているのか、技を試し打ちしてみたりと比較的真面目に訓練に取り組んでいたが、グリーンアイスとブルームーンは早々に飽きてしまったらしい。
「そんなことよりー。嫁と遊べー。嫁と遊べー」
「嫁と遊べー。嫁と遊べー。よーめーとーあーそーベー」
「輪唱しないでください……」
左右からずっとダダをこねられてしまったので、フィオナも訓練を中断し、二人とヤキトリもしくはテバサキあるいは赤パジャモで遊ぶことになった。
「色々話してくれて感謝するがまだ隠し事があるな、ヴェロニカ嬢?」
天魔(ma0247)の質問に対し、ヴェロニカ (mz0095)は難しい表情を浮かべる。
「何故君、いや君達は消された筈の記憶を保持しているのかね? ……裏世界の本物の君はミラリスと契約しているのではないかね? ここまで来て隠し事は勘弁して欲しい、ヴェロニカ嬢」
「まず誤解があるようですが、隠し事をしているわけではありませんよ。以前もお話した通り、実感の伴わない教育は『洗脳』と変わりません。それは裏世界を見てきたのならわかることではないでしょうか」
確かに、裏世界では『こうだ』と決まった教えを『そうに違いない』と思い込んだ者たちが疑いを持たずに過ごしている世界だ。
その結果、神獣戦争とも呼ぶべき状態に陥ってしまっている。
「そして、今現在この世界に起きていることのすべてをわたくしも把握しているわけではありませんし、『向こう』のわたくしのことも、それは同じです」
表の人物と裏の人物は同一ではない。ヴェロニカに関しては表も裏も同じような人格傾向からくる――例えば咎人でいうところの、記憶喪失でもその人物の基本的な性格や行動方針が変わらないような――ものだと説明した。
「この世界にはいくつか、偶発的にそのようになっている、ということがあるのです」
「裏世界の本物の君もそうだと?」
「直接会ってお話したことはありませんからね」
「確認だが世界が神体とはいえ神獣は神獣。契約者ならミラリスを制御できる筈だ」
「神獣は決して一方的に契約者に従うものではありませんし、その契約自体、必ず意図して行われているとは限りません。例えば、この世界にはいくつか『神獣に気に入られて一方的に契約のような状態になる』ということもあります」
咎人がこの世界にやってきた後、いくつかの神獣がその逸話と共に存在を取り戻した。
中には神獣と契約しようとしたわけではなく、偶然そうなってしまったケースもある。
「神獣は道具ではなく、あくまでも神使に力を貸す存在です。逆に神使は、神獣というものが存続するための『保証人』でもあります」
「一方的に神獣を支配することはできない、ということか」
「力関係が逆なら、神使側が神獣の力に操られることもあり得ますね。パジャモが言うことを聞かずに勝手に飛んでしまうこともありますが、ここは神力による綱引きなのです」
例えばパジャモの神体はこの鏡神学園そのものだが、学園が物理的に消滅し、生徒が誰も学園に通わなくなれば、パジャモという神獣は存在を維持できない。
だから学園のパジャモは特に生徒たちに協力的であるが、これはパジャモが自分の存在を維持する為に必要だからしていることでもある。
神使と神獣の契約とは、一方通行ではなく双方向に働くものなのだ。
「つまり、ミラリスにも契約者は必要……ということか」
「ミラリスがこの世界そのものを神体として持つ以上、その存在を維持する為の契約という意味では、この世界に住んでいるすべての者がミラリスの契約者という解釈もできます」
別にヴェロニカは嘘をついているというわけではなさそうで、表のヴェロニカからするとこのように推理している、という話のようだ。
「感謝する、ヴェロニカ嬢。お礼に表と裏の2つの世界を救う方法を全力で探す事を誓おう」
(執筆:ハイブリッドヘブン運営)




