天獄ダンジョン騒動記~眠りの島と、魂の夢鏡~
土耳古熊
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シナリオ形態
ショート
難易度
Normal
判定方法
カジュアル
参加制限
総合600以上
オプション
参加料金
100SC
参加人数
3人~6人
優先抽選
50SC
報酬
200 EXP
5000 GOLD
10 FAVOR
相談期間
3日
抽選締切
2021/05/29 10:30
プレイング締切
2021/06/01 10:30
リプレイ完成予定
2021/06/10
関連シナリオ
-
  1. オープニング
  2. -
  3. -
  4. 結果
  5. リプレイ
 ――過去よりの夢鏡――


 夢の中で、目を覚ます。それは不思議な体験で。

「何ココ……あー……噂のここで見れるユメってやつ?」

 灰音(ma0155)は、ゆっくりと立ち上がりながら辺りを見回して呟く。
 思い返せば、散歩仲間の猫と日向ぼっこが出来る場所を探していて。偶然耳にした夢を見られる島、と言う場所に来ていたのだ。
 それでいつの間にか寝入ってしまったのだろうと。

 しかし夢にしては変な景色だった。
 右手には黒い壁が延々と前後に続き、左手には白い壁が同様に。だがどこか懐かしく、何処か切なくて、悲しくて。
 挟まれたハザマの、道の様になっている空間に佇んでいた灰音は、僅かに逡巡した後前に歩き出した。

 するとどうだろう、黒壁の方からは、何か機械を弄るような音と、バイクの駆動音が響きだし、そしてぼやくような声が。
 白壁の方からは、楽し気な笑い声と共に『灰ちゃん』と嬉しそうに呼ぶ声が。

「白ちゃん? 黒いのん……おるん……?」

 それは懐かしき記憶の影、朧げにしか残らない、埋まらない空洞の底に僅かにまだ残っていた残照。

 自分と同じ身長で真白な長い髪の可愛くてかっこいい少し年上の兄、白ちゃん。
 父親の違う長身で真黒な髪の白ちゃんが憧れるずっと年上の兄、黒いのん。
 ずっとそう呼んでた……、白ちゃんが憧れてる事が羨ましくて、悔しくて、絶対に兄なんて呼ばないと悪態ばかりついた。
 何を言っても、やっても結局は許されると無意識で思っているが故の、我儘。
 どうしようもなく子供で、どうしようもなく愚かだった、幸せで、幸せで、暖かな――。

 忘れかけていた、しかし今鮮明に浮かび上がる二人の面影に、知らずと眦から涙が零れ落ちる。
 黒壁にちらつく、白い影が。
 白壁にちらつく、黒い影が。
 灰音の視界の隅を掠める様にして、過去を躍らせる。

「……っ! 白ちゃっ!! 黒兄!!」

 その度に大切な家族を呼びながら、伸ばす灰音の手は、だが何も掴めない。誰も捉えられない。
 これは夢、ここは過去の夢鏡。 既に通り過ぎた、取り戻せない夢の写し絵の中。掴める筈が、捉えられる筈が、無いのだ。

 そうして、無意識に前に進みながら気づく。自分が一度として背後を振り返っていない事を。
 何故か思うのだ、そうしてはいけないと。感じるのだ、見てはいけないのだと。
 だが――。

『『灰音――!!』』

 懐かしい声が、大切な声が、同時に重なって灰音を呼ぶ。悲痛な、悲鳴に近い慟哭が、しかし遂に灰音を振り向かせて。
 翼を背負った何かの影が、大切な二人を、家族を、傷つけ、悲鳴を上げさせながら、貪欲に飲み込んでいく、取り込んでいく――!

「―――ッッ!」

 声の無い悲鳴を上げながら、咄嗟にその光景へと駆け出す、死に物狂いで、失われるべきではなかった宝物の下へと。
 だが現実も夢も残酷に、無慈悲に映し出す。それは過去の幻。
 走っても走っても追いつけず、距離はむしろ開いていく。左右の白と黒の壁はどろりと溶け始め、蟠り、蠢いて、混じり合って。
 灰色の世界へと変えていく、染め上げていく、作り替えていく。

「なんで……なんでボクだけ……、ずっと……一緒だって……」

 いつしか膝から崩れ落ち、ただ大切な、亡くしてしまった誰かを思う灰音の嗚咽を響かせる――夢鏡へと。


 ぺろ、ざりざり――。

 何かに頬を擦られる、そんな感触に気づいて瞼を開けば、灰音の頬を散歩仲間の猫が舐めていたらしい。
 その頭を撫でてやり、抱き上げながら身を起こす灰音は、ぽたぽたと自身のコートに落ちていく水滴に気づき、目元に指を這わせた。

(なんだろ……顔が濡れてる……? 何かユメを見た気がするけど……変なの)

 どんな夢だったのか、もうよく思い出せなかった。泣くほどだから、よっぽどの内容だった筈なのに。
 訝しげに小首をかしげるも、まあ夢は夢だよねと踏ん切りをつけて立ち上がる灰音と、足元に下ろされた猫一匹は。

「じゃあ、帰ろうか」
『みゃぁん♪』

 再び散歩の時間へと、共に歩き出すのであった。



 安眠できるとの噂を聞き付け、やって来たのは物部 琉斗(ma0551)だ。
 適当な木陰をと見回すものの、該当する樹々はなく、しかし中央の大三面鏡が伸ばす影の辺りがちょうど良さそうで。
 そこにレジャーシートを広げて横になると、草原を渡る心地よい風に吹かれながら、するりと眠りに落ちていく――。

 ――それは、過去の残照。
(……夢は……嫌いだ……。いつも嫌な事ばかり思い出す……)

「琉斗……こちらへ……私の中へおいでよ」
 微笑んで、迎え入れる様に両手を広げて歩み寄ってくる、美しい人。だが、もうあの世界にはいない筈の、義理の姉。
 それがすぐ目の前までやってくると、瞬間形相が一変し、彼の首筋へと鋭く並んだ牙を突き立てる。
 かつての再現、過去を映しとる夢鏡の中で。

「貴女は! こんな夢(ところ)迄来て! 未練を見せようというのか!」
 それを突き飛ばし、振り払う様に叫ぶ琉斗。だがこれは彼の夢、見るという事そのものが、彼の未練だという証左。

「琉斗……」「琉斗……」
「さぁ、こちらへ……」「私の中に、おいでよ」

 無数の万華鏡の如く分かれ乱れ映して増やす、彼女の声、彼女の姿。
 彼なりの想いはあった。
 ただ彼女のそれとは、明確に一線が違った。
 掛け間違えたボタンの様に、互い思いの強さと深さが、ズレて縺れて――取り返しのつかない所まで。

 物部一門。
 前世の世界において、人と魔の調停と守護を担う立ち位置だったという、その本家。
 琉斗の旧姓は『長渡』と言い、嘗ては分家の一翼であった。だが争うは人の常、因は彼らの身に流れる血脈の災禍。
 力を得る為に、鬼神魔性の類と交わって混血と為し、神通異能を身に着けた一族であったが故の、忌避と敵意を抱かれる一族。
 純血主義諸派との諍いの中で、長渡家の壊滅を引き起こしてしまう。
 その中で両親を服も近親者悉くを失いながら、唯一生き残ったのが琉斗であった。

 本家に引き取られて後、従姉弟である義姉と義兄、二人と共に分け隔てなく育てられた、幸せな時代。
 従姉弟である両者に対し、琉斗は姉弟としての敬慕は抱いていたが、それ以上の感情を持つ事なかった。
 だが、義姉は違った。
 些か度を越した姉弟愛は、特に義弟である琉斗へと強く、深く向けられるようになっていく。

 義姉。
 本家においても、武術と魔術、知性と美貌を兼ね備えた、比肩する者少なき屈指の実力者。
 だがそれ故だろう、流れる血もまた、人を離れてしまっていたのだ――先祖返りと言う、強き力の代償として。
 彼女は魔に堕ち、人の血肉を求める化生と化した。
 それを討つのが、物部の務めであり、琉斗もまた敬慕する彼女と命を賭した殺し合いの渦中へと巻き込まれて。
 最後には、相討つ形で死闘に幕が下りた……筈である。
 致命傷は与えた、だが先に力尽きた琉斗は、彼女の最期の瞬間を確かめる事は出来なかったのだから。
 ただ、自分の腕の中で冷たくなっていく義姉を、抱き締め続けながら。

 場面は転換する。
 それは生きて見た光景ではない、漂う魂が見届けていた景色だったのかもしれない。夢だからこそ浮き上がってくる、泡沫の幻。

「相思でも、相愛ではなかったのだろう」
 海外に留学していた義兄が、自分たちの遺影の前で悲し気に佇んでいた。
 姉と義弟の凶報を聞き戻ってみれば、すでに手遅れで。帰国した時には訃報へと変わっていたのだから。

 夢の中で、琉斗は何度も何度も義姉に襲われては、繰り返す原風景。

(あれが……貴女にとっての愛だったというのですか……義姉さん……)
 答えの出ない問いを、持つ筈がない自身の夢に問いかけながら、琉斗は未練の中を漂い続けた。
 その意識が、目覚める時までを――未練の袋小路の中で。



「わーい絶好のお昼寝ポイントじゃー」
 ぐっすり快眠島と聞いてやって来た一人が極楽 鳥花(ma0455)だ。
 いつでもどこでも眠れる性質である鳥花であるが、やはり気持ちよく寝れる場所があると聞いては興味がそそられるのだ。
 花を潰さないよう少ない場所に、持参したフカフカクッションを設置してごろごろと。
 心地よい風、丁度よいぽかぽかの日差しに、これはよく眠れそうだと瞼を落としていく。

(きっと大量の猫缶に囲まれた、美味しい夢が見れる筈じゃー)
 そんな期待を抱きながら――。

 だが、映し出された夢の鏡は。
(ああ、なんじゃ。こっちか。楽しい夢では、なさそうじゃな?)

 それは最後の光景、世界の終わりを、見届けた者ゆえの夢映しだったのかもしれない。
 過去の記憶はないと思っていた。だが自覚ない奥底に、それは刻み込まれていたのだろう。
 世界の終りの断片を、握り締める様に。

(かといって、辛い気持ちというわけでもない……。薄情じゃのう)
 存外に穏やかな気持ちを持ちながら、目の前の光景を眺め逝く鳥花。

 狩りに駆けた山も、食料調達に下りた麓の村も。草木の色も、命の気配もなくなって。
 どこまでも続くはずの空も、あっけなく崩れていく世界終焉の場面。
 怒号も悲鳴もない。だって自分が、最後だから。

 青々と草木生い茂る季節だった気がする。葉と葉の間から陽光が降る暖かな気候だった憶えも。
 取り取りの花が好きで、その横に寝転ぶのが好きだった。今は、そのどれもが目の前から失われつつあるのを見届けながら。

(一体誰が吾輩を最後の一人に選んだのか……まあ、詰る相手も……おったのか、それすらも分からぬが))
 そうして最後に、自身が消えゆくのを感じる。滅びの締めくくりとして。

 しずかで、くらい。そうして、さむい。
(ああ、確かに最期、そんな事を思うたか?)
 夢であればこそ思い出し、微苦笑を漏らす。

 全部、失った。あの時の、夢か……夢鏡とやら、意地が悪いのう。
 それとも、これを改めて見せた事に、意味があるとでもいうのじゃろうか。
 ――ああ、そろそろ目が覚めそうじゃな。そう言う事も分かる夢か。


 暖かな日差しの中で、欠伸と共に伸びをして目を擦る。
(何か夢を見た気がするが、さりとてどんなものだったのやら。じゃが、よく眠れたのは確かのようじゃなー)
 すっかりと体の疲れが抜けて、軽くなった身体でひょいッと身を起こし、クッションを回収して埃を落として脇に抱え込む。

「くくっ、今生も夢の如きもの。――どちらでもいい。やることは、変わらぬ」
 呟きを漏らし、穏やかな足取りで猫獣人は夢鏡島を去るのであった。
 


 ふわふわと、島の空を低空で飛んでくる影がある。
 小柄で幼くも、何処か不可思議な魅力を備えた神魔種の少女、名を鈴鳴 響(ma0317)という。
 見るからにわくわくした様子に、抱きかかえるのはお気に入りの彼から借りてきた寝袋が一つ。
 飛行できる種族としてのメリットを活かし、中央に聳え立つ三角柱の天辺を寝床にしようと目論んで来たらしい。
 勿論、それを邪魔する者などいない。
 眼下の花畑を眺めれば、中々に美しく。しかしその中に三三五五と、夢を見に来たのだろう咎人達が穏やかな寝顔を並べているのに、くすくすと笑みを漏らす。

「……ん、良い景色……良い夢が、見れそう」
 目的の場所には誰も居らず、独り占め出来る殊に機嫌を良くし、いそいそと大切な人の温もりと匂いが残る、ような気がする寝袋へと潜り込んでいく。

 ――。
 暗い暗い、光が届かない狭い部屋。この座敷牢がボクの世界だったね?
 ふふ、なるほど、確かに夢だよ。

「……ん、そう……こうだった、覚えてる……壁や床の傷、ボクの血の跡も」
 懐かしそうに呟いて、指先でで確かめるように触れれば、感触まで再現されている。細かい夢だね。

 あの頃、何時からここにいたのかは、もう覚えていない。
 たまにやって来る存在は、嫌そうな顔をして見に来る両親と、嫌そうに僕の世話をする女性たち。
「混じり物、産まなきゃよかった……そう言ったね、お父様…お母様?」
 語りかけてはみるものの、所詮は過去の夢映し。ただ覚えのある光景が何度かか、繰り返されては消えていくばかり。

 歌や踊りは叱責され、禁止になったね、そうだった。
 その代わりのちょっとした蔵書、それだけがボクの持ち物で。

 代り映えのしない毎日が続く中、ある日外が騒がしくなった。
 今思えばどこかでボクの存在が明るみに出かけたのだろう。
 ボクは混じり物で、両親は純血派らしいから――ね?

「……さぁ、どうぞ? ……本当に感謝してる、ありがとう……殺してくれて」

 怖い顔で現れた両親に罵詈雑言を浴びせられ、しかし今を夢と自覚している響は、それを笑顔で受け止める。
 そうして心臓を貫かれ、首を落とされた……。それが最後の記憶。

 明確に思い出させてくれたこの夢で、過去の絶望が深いほどに、今ある幸福が膨れ上がるのを感じるから。
 おかげで今、ボクは幸せを感じているのだから。とても、とても……ね、ふふふ♪
 胸の奥に、確かにあると。暖かくて、優しくて……甘い毒みたいに。

「……ん、スッキリ。……さぁ、帰ろう……あの人が、ボクのお気に入りの幸せが待っている場所へ」
 目が覚めれば夢の記憶は薄れ、しかし内から溢れる想いは強く、より深く感じられる、気がするかな?
 くすくす♪
 ならきっと、良い夢だったんだろう、ね。

 着た時よりも楽し気に、ふわふわと空を舞って島を去る少女。
 その腕の中で、変わらぬ幸せの一つを抱きしめながら。



 これは、過去の夢。気がついた彼女、エイリアス(ma0037)は、いつもの笑顔を浮かべて前を見る。
 記憶の通りに勝手に動き出す華奢な身体が、修道服に身を包んで森の中を歩いて進む。

「■ー■ー■ー様。御出でくださいませ。私に御助力を願います」
 ある時点で立ち止まり、何かを希う様に祈りを捧げるエイリアス。
 するとその背後、虚空より湧き出す様に黒い甲冑姿の騎士が現れた。

「■ー■ー■ー様、今回の任務は聖杯の回収です」
『―――』
 黒騎士を供として、幼き修道女は再び歩き出す。語り掛ける内容に、しかし騎士からの返答はなく。
 そして騎士の名は何故か不明瞭となり、はっきりとは聞こえない。
 夢ゆえに、制約でも働いたのだろうか。だが特に気にする必要はなさそうだと。

「形はや大きさは不明ですが、この地域の何処かにあるとの事です」
 答えぬ騎士に、それでも任務についての伝達を行うエイリアス。
 大切な事は聖杯を回収すること。
 中身に関しては指示は受けて居りませんが、器を必ず回収することが大切だと。
 しかし騎士は、相変わらずの無言を貫き、構わず修道服の少女は細かな条件迄語り続ける。

(ええ、そうでしたね。私たちは、この様にして任務に臨んだのです)

 やがて向かう先より、何かの光が見え彼女は立ち止まり。
「……さて」
 騎士の姿が消えて、また少女は歩きだす。

 森の奥から踏み出したそこは、少し開けた場所だった。
 そして先客もまた、人が二人。
 驚いた表情で、学生服を着た男性が懐中電灯を持ち、こちらに向けながら口を開く。
「こんな所にシスターが居るってなんで!?」
「貴女は誰ですか?」
 警戒した表情で、男物のジャージを着た女性が巻物を持ちそこに続けて。

「初めまして、■■■■ー様、■■■■ーの■■■ー様」
 そんな二人に、今と変わらぬ笑顔を浮かべて、エイリアスは語り掛けるのだ。
「私は■■■と申します。どうか心に留めて頂ければ幸いです」
 
 光に照らされて彼女の金髪の髪が輝いていた。今とは違う、その名と、魔力と共に。

(そうして私たちは……ええ、ええ、これは夢、ならばこの先の記憶は、夢の儘としておきましょう)
 浮上する意識、目覚めの予感に、エイリアスは朧になっていく過去の夢映しに変わらぬ笑みを浮かべて。

 彼女は変わらない、夢を見る前と、その後も。
 神魔のエイリアス――助けを欲する誰かの為に今世を歩む。その意味では即ち、殉教者の儘であるのかもしれない。



 ――虚無の回廊――


 私服のジャージ姿で訪れたサヴィーノ・パルヴィス(ma0665)は、適当に周囲を見回して、適当な場所に腰を下ろす。
 色とりどりの小さな花が咲き乱れる草原に身を横たえ、自身の上着を上掛け代わりにゆるりと瞳を閉じた。
 ここに来た大部分の理由は興味本位、ただ一縷くらいには、期待もして。

 気が付けば、サヴィーノは一切光の無い黒い空間に佇んでいた。だが不思議と、自身の姿はくっきりと見出せる。
 そしてこの場所が、一直線の回廊のような形になっている事も、何故か理解出来ていた。
 何故か、と言われても分からないが、そう言う夢なんだろうと納得する。

「……なるほど、記憶がないとこうなるんだな」
『……いらっしゃい?』

 視線を向けた先、呟く前から間違えようもなく視界に入っていた、もう一人を見つめながらサヴィーノは静かに呟き。
 それに反応したのは、彼と全く瓜二つの姿。
 夢鏡に映し出されたサヴィーノが、眠たげな表情に咥え煙草をして、紫煙をくゆらせながら僅かに訝るように応える。

 その下へと歩み寄って行きながら、夢の自分も動じた様子もなく彼を待ち受けて。相手も自分なら、その動向くらいは全て理解の中に在るのだろう。
 回廊に漂う煙草の煙を嗅いで、何かを思い出せるような、無いような。

「自分と会うってのは変な感じだな」
『鏡だからな、仕方ない」

 手を伸ばせばすぐ届く距離で見つめ合い、互いに肩を竦め合う。

「それ、貰っても?」
『ん? ……ああ、いいよ』

 視線と指先で示せば、特に拒絶も無く、むしろ当然と言った感じで差し出される煙草を一本抜き取って、慣れた仕草で口元へ運ぶ。
 すると丁度いいタイミングで差し出されたライターの火に、サヴィーノも遠慮なく煙草に火を灯した。

 まずは大きく、一つ吸って。じりじりと焼けて灰になっていく小さな音と、赤く蠢く蛍火のような煙草の明かり。
 それからゆっくりと、紫煙を吐き出す。
 やはり自分は、この味が、匂いが、妙に馴染む気がした。恐らくは、忘却した過去に関係があるのだろう。
 だが、何も思い出せはしない。

『懐かしく、しかしその理由が分からない』
「……ああ、そうだな」

 暫くの間、二人は無言で煙草をふかし続ける。言葉はなく、ただ紫煙で意思を交わす様に。

「そういや確認したかったんだけど」
『ん?』
「名前は?」
『……秘密』

 互いの煙草が大分短くなって、そろそろ終わりという頃。
 ふと、そう言えば聞きたかったことを思い出し尋ねれば、しかし教えては貰えず。
 今の名前は、咎人と指摘が付いた時に何と無しに思い当たったのを名乗り始めた名前だ。本来の名前とは、やはり違うのだろう。
 秘密と言いながらも、差し出された夢の自分のドッグタグ。
 そこには現実の彼の無刻印の物でない、しっかりとした何かが刻み込まれていた。だが、読む事は出来ない。
 忘却した記憶とは、そういうものなのだろうと納得して、視線を離す。

「……そろそろ起きようかな」
『そう、お疲れ』

 双方同時に吸いきって、無用になった吸い殻がほどけて消える様に闇へと溶けていく。
 静かに背を向けて、夢鏡の自分から歩き去っていくサヴィーノが回廊の中に溶け消えていく。間もなく目を覚ますのだろう、そしてこの場での事は、殆ど忘れてしまう。

『本当の罪に気付くまで。今はまだ、おやすみ』

 だからそれだけ贈る言葉として。消え始めた夢映しの彼もまた、静かに溶けていく。記憶の亡骸へと還る為に。
 彼自身にも思い出せない、罪の記憶の奥底へと。




 天獄ダンジョン、或いは未開拓領域と呼ばれる、三柱神が管理を放棄した浮島郡。
 その中の一つに『魂の夢鏡島』と呼ばれる場所がある。
 どんな種族でも不眠症でも不可思議な力で夢の眠りに誘うこの島で、今日も咎人は、それぞれの夢を見る。

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