魔女と勇者のワルツ
運営チーム
Twitter
シナリオ形態
グランド
難易度
Very Hard
判定方法
エキスパート
参加制限
総合1800以上
オプション
  • 危険
  • 召喚可
参加料金
150 SC
参加人数
1人~25人
優先抽選
50 SC
報酬
1,000 EXP
30,000 GOLD
15 FAVOR
封魔界ワールドロールで参加すると +100 EXP
相談期間
5日
抽選締切
2023/05/27 10:30
プレイング締切
2023/06/01 10:30
リプレイ完成予定
2023/06/19
関連シナリオ
  1. オープニング
  2. 相談掲示板
  3. -
  4. 結果
  5. リプレイ
●美しき海辺にて――開戦

 初夏を迎えたユーフォリア公国沿岸部。
 しかしその眩しい陽光と優美な景観とは真逆に、平和を今まで守ってきた国だからこそ国民は脅威の訪れに悲鳴を次々と上げ、避難を開始した。
 その騒々しい砂浜の上で凛とした声が響き渡る。
「今日の狼藉は本当に許せません……早々にお帰りください」
 フェイト・A・ユーフォリア(mz0133)は天羽 総一郎(mz0113)が出現させた人幻に抱きかかえられつつ、いつになく厳しい表情で宙から魔女を睨みつけた。
 しかし魔女は「ふ……ん」と興味深そうに冷たい仮面へ指をするりと滑らせるのみ。
「わたくしとしてはそこで倒れているモノを回収し、この国を滅ぼすだけで十分なのですけれど。それでも命懸けで抗おうというなら、少し遊んであげましょう」
 遊ぶ、だと……?
 この言葉にカチンときた悪役令嬢アナルデール・ウンディーニ(ma0116)ことアナが威勢よく啖呵を切る。
「またお会いしましたわね、大憲章の魔女様。自分が知っているからといって無知なるものをいたぶるのは感心しませんわ、このくそチート野郎。吠えづらかかせて差し上げますわ」
 しかしアナは単に怒りを露わにしたというわけではない。
 彼女は鬼鎧『無銘』に搭乗し、己が身を晒している。
 つまり召喚ユニットに搭乗せず、後衛を守る為に囮となるべくあえて生身で前衛に出ているのだ。
 そもそもここにフェイトがいる以上、咎人は否応なしに彼女を守るための部隊と魔女を撃退もしくは討伐するための部隊、そして倒れたアンノウンを守る部隊と分かれることになる。魔女とフェイトの位置次第によっては合流可能だが、どちらにせよ魔女の意識を惹きつけ、足止めするにはここしかあるまい。
 しかし魔女はアナの啖呵に対し、指先を小さく揺らしたのみで大した反応を見せない。
 そこで天魔(mz0247)は苦虫を噛みしめたような面持ちになるも、唾を呑み込み魔女とフェニエへ冷ややかな声を吐き出す。
「いいか、君達が時間移動者だろうが並行世界人だろうがどうでもいい。ただ一つ、言っておこう。今の我々を君達の知る我々と同一視するな。私もグラジオラス嬢もそこの少女も君の知る者ではない、別人だ。同一視は君達の知る我々と今の我々双方への侮辱だ」
『………………』
 動かないアンノウンに乗ったフェニエは天魔の言葉を気まずそうに聞いている。一方、魔女の考えはわからない。
「この状況が如何なるものなのか、少しは見えてきているようですね。褒めて差し上げましょう」
「ふん……そもそも、だ。私は敵であり、何より嘘吐きである君の言を信じる気はない、魔女よ。故にゲルダ嬢は返して貰う。彼女は私の事を永遠に記憶してくれる私の歩き続ける墓標だ。彼女の歩みは止めさせん」
「随分とロマンチストですね。そう信じたいのでしょう。その『夢』は尊重しますよ」
 まるでマシンボイスのような無機質な声での挑発。それに対し天魔は不愉快と片眉を吊り上げながらもフェイトの守備に入る。
(まずはカバーゾーンと闇払いの聖域を展開……後は私の命が尽きるまでにフルフル嬢が魔女の『何か』を掴むか、咎人と共に奴を倒してくれれば重畳だが……どこまで私が耐えられるか、だな)
 天魔は自分の命を燃やす覚悟をもってこの戦場にいる。人命と国家、それらを守る為ならひとりの咎人の記憶の断片など安いものだと判断しているのだ。だからこそ、叫ぶ。
「私はカバーゾーンを展開している。今すぐ少女を私の傍に! 天羽殿!」
「大丈夫、天魔くん? 死なない?」
「少なくとも私が死ぬまで少女は安全だ。だから私が死ぬ前に魔女を倒してくれ、フルフル嬢」
 するとどこか不安そうに天魔の顔を見上げるフルフル(mz0111)。
 けれど天魔は口角だけ吊り上げた、不器用な笑みのままフルフルの頭を撫でた。
「君が魔女を先に倒してくれれば私も少女も天羽殿も皆無事に帰れる。それはわかってくれるな?」
「……ウン!」
 フルフルがこくりと頷いて双剣を構えた。その背に天魔は頼もしさを感じると、心の中で本来の人格が僅かに顔を出した。
(どうか君も無事に戻ってきてくれよ。如何な生と死の狭間の女神といえど、もし喪うことあらばオルデナ嬢に申し訳がたたない……っすからね)
 そんな中、アンノウン防衛を務めるモルディウス(ma0098)が今度こそとばかりにトルビオン・ドンナのコクピットから挑発する。
「魔女か、まあ恥ずかしい本名を名乗るのは、そりゃ躊躇うやろな。……汝を討つには我の力は足りん、が、タダで思い通りにはさせんよ」
 恥ずかしい本名――その言葉に一瞬魔女は首を傾げた。
 が、思い当たる節があったのだろう。おもむろにすうっと利き手の人差し指を彼を中心とした空間へ向けた!
「……魔女アルビオンが命じます。封魔の理を解き放ち、神秘の再臨をここに!」
 指先の前にいる者は、モルディウスと強襲型トルビオンに搭乗しているウガツ ヒョウヤ(ma1134)。
 しかし彼らはあくまでもアンノウンを守る為に魔女と距離をとった――主戦力チームではない。それでも奥の手を投じてしまうまでに心が乱れるなら……魔女の真の名に意味があるのだとモルディウスは確信した。
 続いて魔女が静謐な怒りを宿した『征槍アルスマグナ』がモルディウス機を攻撃するも、大憲章を受ける前に『ナイトフォーム』を発動させている。致命傷には到底至らない。
 そこでヒョウヤは事前に詠唱を開始していた『永劫回帰』の術式を詠みつつフォゾンシューターを発射。
 しかし魔女はその閃光をすり抜け、瞬間移動で挑発するように僅か後方に転移した。
 それでも一瞬、魔女の動きに乱れを感じ取ったモルディウス(ma0098)がトルビオン・ドンナの巨神翼『エアロックス』で攻撃。しかし、攻撃は魔女の身体をすり抜ける。
「ほんまに攻撃がすり抜ける……だが、まだまだや!」
 攻撃が成功しなくてもモルディウスは攻撃を続ける。『まぐれ当たり』はあり得るし、攻撃は目くらましになる。
「アルテュールの負傷を完全修復すれば、復帰デキそうか」
 その間、ヒョウヤはフェニエに語り掛ける。
「いえ……元々、機体のダメージは大したことはありません」
「てことは、あー……IMDの損傷ってことか」
「……! 知っているのですか?」
「まあな。どうしてIMDを積んでいるのかは、後で聞かせてもらうぜ」
 回復しても動かすことが出来ないということは分かったが、それはそれとして永劫回帰の効果中は全く第三者から干渉されなくなる。効果時間は短いが事実上の『無敵』であり、回復も行えるので使う価値はある。
「さあ、参りますわよ、葉山様! かの魔女の暴虐をここで食い止めるために!」
「了解。――フィンブル、解放。全能力を以って、対象を討ち滅ぼします。――タナトゥス、解放。全能力を以って、この夢に幕を下します……!」
 アナの踏み込みに合わせ、白と紺の装束を翼のように広げた葉山 結梨(ma1030)が結晶体で包まれた剣を構えて魔女へ肉薄。
 彼女は『蒼極光』を詠唱しているさなか。当然全ての力を解放するには至っていないが、それでもアナの『双剣技』による流れるような二刀流斬撃に合わせて『アイシクルエッジ』を宿した絶対零度の一撃を放つ。
 しかし魔女は『認識適合・虚』を発動。本来なら苛烈な威力の連撃を何事でもないようにすり抜けてしまった!
 それならばと鳳・美夕(ma0726)もフェイトを背後に庇いながら魔女を警戒する。
「そこまでよ。これ以上の暴挙は許さない。止めさせて貰うわ」
 彼女は前衛からフェイトにかけて届くよう『琥珀石の守護』の術式を紡ぎ始める。そしてアンノウンの中にいるフェニエのためにも声を張った。
「立ちなさい。貴方は英雄でしょ? 名無しさん。顔は見えず名前は知らなくても、化け物に立ち向かう貴方は英雄のそれだった。少なくとも貴方はそう示した。だったら立とう。諦めるのは後から出来るから。付き合うよ」
 その瞬間、アンノウンのスピーカーからフェニエの震える吐息が漏れ聞こえてきた。純粋な巡り合わせといえど善意の協力者を激戦に巻き込むことが心苦しいのだろう。
 この声に応じて一斉に前進したのがウェルウォードスに乗りし金路(ma1384)と、神殺しの剣たる白衣の死神に搭乗している高柳 京四郎(ma0078)。
 彼らは魔女の視界を封じるべく疾走するものの、京四郎は魔女の異質な気配に眉を顰めた。
「さて、この奇妙な存在。邪神……ハーベスター……いや、魔神なのか?」
「ああ? どんな存在だろうと関係ねえよ。さて、と。己ぇ……、ようもやってくれるじゃねぇか……!!」
 金路は犬歯見せながら唸りをあげた。何故なら魔女こそが、これまで孫のように思っていたメリッサを深く傷つけた凶手。赦せるはずもない。
 しかしその怒りの前に魔女は仮面と同様の冷淡さを表した。どうやら金路の怒りを前 にして己の昂ぶりを自覚し、抑え込んだようだ。
「……あら、何かお気に召さないことがありましたか?」
「ようもぬけぬけと……そういう手合いは講釈垂れてもわからんのだろうな。だから……ここでやんぞ、京四郎!」
「ああ、金路さん!」
 金路の巨神槍『ランセニティ』が魔女の小さな体を半ば圧し潰すように突く。
 京四郎に至っては(神でなければ厳しい戦いになるが……探る意味でも此処はこれだな)と共鳴剣『高波』を発動。二振りの刃が共鳴し、魔女の障壁を大きく抉った。――手応え、あり!
(魔女に高波が効いた。奴は邪神かその手合いか、それともハーベスターか魔神か……とにかくわからないが、強烈な一撃を加える手はある。ここは積極的に攻めて全てを白日の下に晒そう!)
「……そんなものを持ち出してくるとは。やっていることはお互いに変わりませんね」
「……? 何のことだ……ぐっ!」
 攻撃が効くからといって、魔女を一方的に倒せるわけではない。無数のアルスマグナが京四郎の周囲に出現し、シールドを貫通して機体に突き刺さった。
「アイツ、フルフルガ止メル!」
 仲間を守らねば。グラジオラスやゲルダが失われた今、他にもう誰も失いたくないとフルフルが吶喊の姿勢を見せる。
 だが、その小さな腕を白花 琥珀(ma0119)がしっかと掴み、止めた。
「フルフルちゃん、指さしに気をつけて。それとフェイトさんをよろしくお願いね」
「フェイトヲ……?」
「どうやらあの魔女は自由に空間を移動できるみたい。それでフェイトさんに急接近されて、彼女が消されてしまったら……魔女の大憲章を抑えられえる力の持ち主がいなくなるの。そうなったら私達は魔女に神威を封じられる。この国と共に亡びる可能性があるわ。魔女を止めるにはフェイトさんが必要なの。だから彼女を守って、お願い!」
「……ワカッタ。フルフルガフェイト、守ル! 体壊レテモ、守ル!! ソノ代ワリ、誰モ消エルナ! オルデナノ時ノヨウナ気持チ、モウ感ジタクナイゾ!」
 双剣を逆手に強く握ってから、刃先をくるくる回転させつつフェイトの傍に控えるフルフル。これならある程度は持ちこたえられるはずだ。
 次に琥珀は『月明かりの小夜曲』の詠唱を開始しながらフェイトへ向けて振り返る。
「フェイトさん! お願いです、あの魔女に抗う力を貸して下さい!」
「ええ、尽力しましょう。しかし魔女ほどわたくしはあの力を頻繁には発揮できません……発動時に伝達しますので、その際に全力で魔女を押さえ込んでください」
「わかりました。それでは全力で支援させてもらいますねっ!」
 正直なところ、現状は厳しい。それを知りながらも相変わらず健気な義妹はなんと愛おしいことか……。
 琥珀にそんな思いを傾けながら川澄 静(ma0164)は『レストア』の術式を口内で紡ぎつつ、神杖から魔弾を発射。魔女の上半身、特に仮面を被っている頭部を狙いながら牽制していく。
(認識適合・虚は仮面の効果でしょうか。願わくば……もうひとつの確信を得るためにもあの仮面を破壊したいところですが……っ、あの方は素早いですね!)
 口惜しいことに人間サイズの頭部とは小さいものだ。いかに静のような手練れの咎人でも、相手が恐るべき身体能力を備えているとなると――スウェーバックに軽やかなステップで反応。そう滅多に命中しない。
 しかしそんな状況でも静は冷静に思考を進めていく。
(頭部的中は乾坤一擲の一撃でなければ難しい、ということならばブレイクバーストか最終兵器発動時に賭けるしかありませんね……ひとまずはレストアでどこまで彼女の強化を解除できるか、やってみましょう)
 ここで魔女の能力や正体を暴けば今後の戦略が良い方向に大きく傾くはず。静は決して諦めない戦巫女なのだ。
 一方、指先に意識を集中させるフェイトへマイナ・ミンター(ma0717)は彼女の心が折れぬよう、施政者として落ち着いた物腰で語り掛ける。
「単に兄離れをしろというには、随分なお言葉ですね。王族は生まれながらに独り。だからこそ、周囲を使い、頼るのです。……お兄様は言外にフェイトさんにどうあれと仰いましたか?」
「え……あ、その……『お前を妹だと思ったことはない』ですよね?」
「妹ではない……では、『何だと思っている』のでしょうか?」
 フェイトは驚き、そして寂しげに目を伏せた。
「政を行う者や力持つ者は、何かを守る為に過去の思い出や今の感情を乗り越え、ひとりの戦人として立ち向かわねばならない時があります。もしかしたらあの方もその時が来たのだと教えてくださったのかもしれませんよ。もう、一人前だと……自分の足で立ち上がりなさいと仰りたかったのかもしれませんね。……マリエル、フェイトさんを一時お願いします」
「お心のままに、お嬢様」
 フェイトへ導きの言葉をかけつつ、側付のマリエル(ma0991)に彼女の警護を命じたマイナは一旦後退。『ライトブレス』でヒョウヤ機を大憲章から解放し、次手に備えさせる。
 しかしフェイトは兄の真意に気づいてしまったせいか、瞳を潤ませるのみとなっていた。
「ベルガルド……お兄様……」
 フェイトは魔女との戦においては覚悟を決めていた。しかし思慕していた家族との別れはあまりにも優しく――辛い。指に涙がぽたぽたと落ちるが、それをマリエルがハンカチでそっと拭った。
「魔女の視界に捉えられている状況は危険です。移動を……!」
 マリエルが警護役のフルフルと天羽を連れて、高柳&金路機の脇に回り込むように移動する。しかし魔女の目から逃げ切れることはなく、一瞬にして魔女は一行の傍へ接近するやフェイトを守る天羽に向けて魔法を放った!
「……ぐっ!」
 シールドをものともしない攻撃。即座にフルフルが魔女と天羽の間に割り込み、魔女の障壁を力いっぱい上段から突き刺す。
 そしてこの間にマリエルが『ファーストエイド』を天羽へ発動。
 その際、傷を塞ぎながら彼女は強い意志をもって魔女へ宣言した。
「フェイトさんはこの世界のために失うわけにはいかない方です。お嬢様に命じられたとおり、私は守り抜きます。例えこの身が金属の一片となろうとも……!」
 しかし――魔女はその言葉に、仮面の奥の瞳に色を浮かべず声もなく笑った。これから起こる惨劇にフェイトと呼ばれる少女の心がどれほど耐え得るだろうかと。


●揺らぐことなき守るべき想い、揺らぎながらもたしかにそこにある破壊衝動

 魔女との戦いは1対15という圧倒的な数の差がありながらも拮抗していた。
 なにしろ天衣無縫に戦場を移動し続ける魔女に攻撃を与えることそのものが困難極まりないのである。
 美夕の『琥珀石の守護』により生命値そのものを一撃で削り取られることこそ防いでいたが、それでも連続で攻撃を喰らうような事態が発生すれば『いつ、誰が倒れてもおかしくない』状況にあった。
 そこで琥珀が祈祷具の手鏡を用いて魔女の『大憲章』の反射を試みたが、どうも手鏡にはその手の力はないらしい。
 しかし――魔女が琥珀達前衛チームを指さした瞬間、先頃発動していた琥珀の『月明かりの小夜曲』のもうひとつの作用、状態異常の抵抗自動成功が発揮される。大憲章の付与を未然に防ぐことができた。
「私でもこれぐらいの抵抗はできるんです。僅かな時ですが。そんな私でも、貴方がゲルダさんを消したなんて……不確かな情報は信じません。ただ、誰かを傷つけたり未来を奪ったりする貴方は絶対許せません!!」
 琥珀が力強く宣言する。その怒りに呼応したか、同時にフェイトが魔女に人差し指を突き出した。
「フェイト・A・ユーフォリアが命じます。封魔の理を解き放ち、神秘の再臨をここに!」
 途端に魔女の業の一部が封印される。その奇跡に魔女がぎり、と奥歯を軋ませた。
「今です、魔女に一気呵成の攻撃を!」
 フェイトの号令に合わせ、一斉に己が役目を果たすべく動き出す咎人達。
 まずは静が『レストア』を発動、『認識適合・虚』の解除を試みるが――特に変わった様子はない。
 その姿にいぶかしさを感じた天魔は自身の『カバーゾーン』内にフェイトやマリエルら、防備の薄い者の保護を進める。
 しかし天魔の体は限界に近い状況にあった。何故ならフェイトや自分の周りにいる仲間をつけ狙う魔女の攻撃を常に身代わりになってきたのだから。
 そこでマリエルは魔女の回避を一刻も早く止めるべく、彼女を『ロックオン』。
 次いでフェイトを庇い続けている天魔に『魔導調律』を込めたメディカルフェアリーで応急処置を施した。
 しかし魔女の攻撃は想定以上の強さである。傷口は完全に塞がらず、天魔は患部を布で止血しながらも小さく呻く。
 この状況下でマリエルは体こそ機械ながら声を震わせ、執拗な攻勢の魔女を見上げた。
「なぜこのようなことをするのですか」
「ふふ……理由を説明すれば、同情してくれるのですか?」
 そのやりとりの裏で天魔は『レストア』に効果があったのか確かめるため、『バニッシュ』を射出。
 しかし『認識適合・虚』はパッシブスキルに等しい業のようだ。
 不意打ちに近い魔弾が魔女のたおやかな背中をすり抜けていく。
(……っ、やはり魔女の想定を超える攻撃を喰らわさないと駄目ってことっすかね。メンタル面では……人間らしいところもあるんすけど。人か化物か見極め直さないとっす)
 わからない、わからない、わからない。魔女という存在が。
 心は時折年頃の少女のように荒れるのに、体と力は神に限りなく近い存在。ゆえに天魔は興味を惹かれ、同時に対応に苦しむ。
 かたや魔女の回答に怒りを露わにしたのが金路だ。
「確かに、理由がありゃあ許せるってものでもねぇ……ハイそうですか、と下がる気はねぇんでなぁ!」
 彼はこれまで『ナイトフォーム』で身を守りつつ『プリズムウォール』を壁にし、自分や仲間に強烈な攻撃が届かぬよう防備に徹しながら攻撃してきたが、それでも機体の生命値は残り3分の1。どうせ壊されるなら一撃でも確実に多く攻撃を叩き込んでやると決め、装甲はフェイトの号令に合わせてとうに捨て去っている!
「だが、メリッサの嬢ちゃんには理由があった! 友達を守りてぇっていう、キッパリとした理由がな!」
 メリッサが瞬時に判断し、フェイトを庇ったから彼女はまだ生きていて、そしてこうして咎人が戦う切り札となっている。それはメリッサのこれまで、彼女の想いが如実に現れた行動……成長なのだ。
「理由を、想いを持たねぇ輩が……人の『夢』を笑うんじゃねぇ!」
 巨大なハンマーが魔女の頭からまっすぐに振り落とされる!
 しかし彼女はその鉄塊に圧し潰されることなく、振りあげられたハンマーに「まぁ、怖い武器ですこと」とだけ返した。
 そして――魔弾が二発発射され、金路機の脚部から腰部までを完全に砕く。
「くっ、生身の癖になんて奴だ。巨神機でさえあっさりぶっ壊されるか……!」
「金路さん、大丈夫か!?」
「応よ! それより京四郎も気をつけろよ。奴さん、何でもねー魔法でさえありえねぇ威力をしてやがる。ま、こっちは生身は無事だからな。メリッサの分もぶん殴ってくらあ」
 幸い離脱できた金路はナックルを腕にはめ、ひらりと着地した。
 そして巨神機の破砕した瞬間は魔女の視界を一瞬乱したようだ。
 まずは琥珀が『聖樹の禁Ⅱ』を発動。
 続けて、強撃薬を飲んだ上で『魔洞調律』とマジックポッドⅡを併用した静が『支配者の楔』を成就。
 氷の楔が魔女の胴に突き刺さり、めきりと音を立てて障壁を深く抉っていく。――これこそ乾坤一擲!
 しかし琥珀や静が想定していた知性の封印は起きなかったようだ。
 これはおそらくイルミンスールの時と同様、人智を超えた知力を持つ者、『神』の類だからこその『無効』という結果。
「これは……でも、私の予想では彼女は……」
 静が戸惑いの表情を見せる。それでも攻撃を叩きこめる好機が訪れたというのは咎人にとって見逃せないタイミングだ。
 アナが鬼鎧を最大戦速で駆けさせ、拳に仕込んだ魔導紋様に衝撃波を収束させる。
「これなら……おーっほっほっほ、御免あそばせ! この戦がお遊戯なら思う存分、最後まで楽しんでよろしいのですよね? ……オラオラオラオラオラオラッ!!」
 アナは初期段階から『再生刻印』を自身に施しているため、前衛にありながら傷が浅い。だからこそ全力で常に戦える。『魔王剣』を使用できるだけの生命値の限界まで発動し、魔女の障壁を3度に渡り削り取った。
「大したものです。ただの咎人がここまでわたくしに張り合うなんて」
「あら、舐めた口の利き方ですわね」
「ふふ……本心ですよ」
 しかし魔女とてただ殴られて良しとする女ではない。瞬間移動し、天魔の前に現れるや――静かに、嗤ったような気がした。しかも天魔が懸命に展開した『闇払いの聖域』の抵抗を爪先で振り払いながら悠々と近づいてくる。
「来ないでっ!」
 美夕が咄嗟に『クロスオーバー』で斬りかかる。しかし魔女はその破壊力を耐えつつ、天魔の胸に手を掛けた。
 このままでは天魔が危険だ。マイナは即座に『反響する賛歌Ⅱ』を歌い、周囲の仲間達の手当てを行いつつ『ライトブレス』で彼へ重ねて治療を行う。
 美夕も天魔を守るべく『センチネルガード』を発動させようとしたが、彼女自身もまた――執拗にフェイトに攻撃を仕掛ける魔女からの攻撃を耐えてきた身。もはや天魔を守るか、フェイトを守るか、どちらかを選ばざるを得ない状況に陥っていた。何より『スキルチャージ』の発動は次の手番だ、間に合いそうもない。
 そこで天魔は落ち着き払うと、諭すような口調で願い出た。
「美夕嬢、私はここでいい。その力はフェイト嬢や他の者のために使うべきだ。それと……マイナ嬢、私のために癒しの術だけでなく、『刻印起動:防御』や『幻腕防御』を行使してくれたことに感謝している。次の戦の時には是非礼をさせてくれ」
「これまでよく頑張りましたね。……おやすみなさい」
 そう告げるなり、魔女が手に力を込める。
 この時、天魔に逃げるという選択肢はなかった。
 ここにはフェイトが、仲間が、守るべきものがあまりにも多くいるのだから――。
 ――ドォオオンッ!!
「いやあああっ! 天魔さんっ!」
 マリエルの悲鳴と同時に天魔の体が魔力の波を受けて弾け飛ぶ。
 幸い五体満足だったが、胸を大きく抉られており、助かる見込みは……なかった。
 死の気配――それを察したフルフルが「ウアアアアッ!!!」と叫び、背後から力任せに魔女の障壁を斬り裂くと重厚な音を立てて――障壁が破砕した。
「……ここで大きいの入れないと、天魔に顔見せできないよっ。キルドライブ!!」
 美夕が咄嗟に魔女に二度刃を振るえば、その速さに身の守りを固めることも躱すこともできず――魔女の黒装束から鮮血が迸った!
 この二人の膂力に危険性を感じたか、背後をとらせまいと魔女は即座に転移していく。
 そんな中、天魔が苦しげに息を漏らしながら懸命に口を開いた。
「天羽殿、すまない。私の守りはここまでだ……」
 そう願った次の瞬間、自分の腕に柔らかい手が被さっていることに気が付いた。フェイトの手だった。
「ごめんなさい、天魔さん! わたくしが力不足だったばかりに……ああ!」
 大粒の涙が天魔の顔に落ちてくる。しかしそこで彼は頬を緩めた。
「嘆くな。私も多分グラジオラス嬢も自らの心に従った結果で悔いはない。君も自らの心に従え、……」
 名前を呼ぶべきか否か、ほんの僅かな逡巡。しかし天魔の体は眩しい光の粒子となって天へ消え去っていった。
「泣かないのは偉いけど、無理はしないようにね」
「……おわかりでしたか」
 そう、大憲章を発動すれば体に大きな疲労感と苦痛が伴うのだ。
 現に先ほど大憲章を発動させた折、フェイトの口内には鉄の香りのする赤い液体がじわりと広がっていた。
 あと数回使えば激しい吐血や意識の喪失が起きるかもしれない。
 フェイトを囲む咎人の間でにわかに焦りが滲み始めた――。
 そんな中、魔女は咎人の一団のもとから一旦離れたポイントへ転移。
 だがそこで『死』の力を纏った結梨が待ち構えており、『魔王剣』の構えをとる。
「また逢ったね。わふわふ、逢いたい様な、そうでもない様な」
 ――斬ッ、斬斬ッ!!
 結梨の刃には『蒼極光』の力が宿されている。
 途端に太腿から血が滲み、魔女はがくりと膝を折った。転移に脚力は必要ないとはいえ、傷を負えば痛みを感じるのは人間とそう変わりないようだ。
「魔の波動三連撃ってね、私もちょっとしんどいけど倒れた仲間に比べればまだまだ負けてらんないよ」
「またあなたですか。聖樹の勇者、その力を受け継ぐ者……」
「んー……君の声(オト)は聞こえるけど、イマイチ何が言いたいかはわかんない。だから、ね? わふぅ……ねえ、そろそろ顔も憶えたでしょ。少しはお話ししようよ」
「勇者とは、剣で物語るものでしょう」
 結梨は二刀をくるりと回すようにして構え、魔女もまた槍を取り出して握りしめた。
 アイシクルエッジから素早く斬りこむと、魔女はその動きに呼応して槍を繰り出す。魔女への攻撃はすり抜ける。そして反撃は結梨のシールドを突き抜けてくる。
 しかし、結梨もこの槍を紙一重でさばいていた。刃が脇腹に触れて血がにじむが、致命傷には至らない。
 魔女と真向から対峙する条件は『総合力』だ。攻撃に優れるだけではすぐに殺されるし、身を護るに優れるだけでは相手にされない。魔女に有効打を与えられる脅威であり、簡単につぶされない自力。これを併せ持つ者でなけらばタイマン勝負はまず不可能である。
「わふぅ……そんなナリしてバリバリの武闘派じゃん」
「その点はお互い様ですよ」
 そう告げてまた――転移。しかしそこに京四郎機が待ち受けていた。
「天魔さんをよくも……ここは悪いがこの機体の大きさを活かさせてもらう。……好きにはさせないぞ。はああっ!」
 彼は魔女がアンノウンが視界から離れない程度の距離を前後し、移動していることを感知していた。だからこそ事前に空間跳躍機構『縮地』で後退限界地点まで移動し、共鳴剣『高波』で打ち払う。
 しかも先の手で神滅『帝』を発動させていたため、何らかの神かその眷属に類するであろう魔女の体を唐竹割りの要領で斬りつけた!
「神を討つこの機体なら、あんたも無視はできまい……!」
 モルディウスは支援射撃を行いつつ――「あっちはようやってるようやで。……被害者は出たようやがな。こっちの件さえなければブッ込んでやりたいところやが……正直、どないや」とアンノウンのチェックを行っているヒョウヤに尋ねた。
 しかしアンノウンは『永劫回帰』の効果を終えて生命値が最大まで回復しても、動く様子がない。やはり動力部――つまりIMDが完全に破壊されているようだ。
 それでもヒョウヤは諦めることなくフェニエへ通信を続ける。
「元適合者なら、そのEXISは使えそうか?」
『いえ、これはわたくし専用の装備です。第三者の力で動かすことはできません』
「再起不能だな。あの魔女とかいう女、目の届く範囲なら何処にでも移動できるようだカラな……いっそタンクフォームでここから引き離しちまうか?」
「や、それは危ないやろ。デカブツ二体が揃って移動ってなりゃ嫌でも目に付くし、魔女には瞬間移動があるから距離を離すメリットより孤立するデメリットの方がデカイで。もしこいつが持ってかれるか、完全破壊ってなったら洒落ならん。少なくともここは魔女の足止めに成功しとる。こっちも我と汝でこの防衛網を守りきろうや、あれが来るなら命懸けでな」
「……ダナ、そうするしかねーか。ひとまず射線妨害と支援射撃で頑張りますってなー」
 ヒョウヤはやや神経質になりながらも、自らの背でアンノウンを守りながらフォゾンシューターで牽制を続ける。
 コクピット内部の人間がどういう存在であれ、いずれにせよ故郷の技術を悪用させるわけにはいかないのだから。


●血の花は咲けども、咎の血も乱れ咲く

 魔女は戦傷を負ってからというもの、よりフェイトに強い敵愾心のようなものを見せ始めていた。
 それは彼女が自分より発動速度が劣るとはいえ、酷似した能力で行動を束縛するからだろう。
 ヒット&アウェイの要領で頻繁に咎人の神威を封印してはフェイトに接近し、攻撃を繰り返していた。
「……小夜曲が、間に合わないっ」
 仲間達の神威が封じられた現実に、琥珀が悔しそうに息を漏らす。
 ほぼ一手ごとに大憲章を発動させる魔女に対し、発動までに1カウントを要する『月明かりの小夜曲』では対応までに時間がかかりすぎるし……そして大憲章を自動的に撥ね退けるのは効果時間中1回のみとなれば息切れするのも必然だった。
 しかしその中で活路を開いたのがマリエルである。彼女は大憲章を受けずに済んだ一手の際に『行動予測』を用いて、魔女の移動ポイントとターゲットを咎人全員に通達。結果、魔女は自分の動きを見切られ、その戦闘の流れに異様さを感じ始めていた。
 不意を打ったはずの咎人に魔法が届かず、追っているはずのフェイトも気が付けば別方向へ移動。そしてアナや結梨といった熟練の咎人が彼女を足止めするべく常に先回りしているのだからたまらない。
(……移動先が読まれていますか)
 通常、ただ移動先がバレたところで大した意味はない。だが、瞬間移動の移動先を読めるというのは、次に狙ってくる対象まで含めて絞り込むということになる。対応はかなり楽になった。
 魔女は『認識適合・虚』で追撃を躱しつつ、転移を繰り返しながらこの奇妙な現象の絡繰りを暴こうとする。
 すると――咎人達の目が、マリエルに向けて頻繁に動いていることを彼女は悟った。
(なるほど、あの娘の能力ですか)
 マリエルには目的があった。
 それは『行動予測』で魔女の思考を掻き乱した後、『最終兵器』で魔女の守りを自分の手で砕くこと。
 そのための準備は既にできていた。術式を高速化するための魔法石も、魔法石の力を高める術式も自身に備わっている。
 しかし――それを実現するまで自らの身を守る力はいまひとつ、及ばなかった。
 魔女が自分の目の前に移動してくる、ということが分かっても、打てる手がない。
「マリエル、今、守りますからね! 其は慈母の腕。悪しき者から愛し子を護りなさい――幻腕防御ッ!!」
 魔女の槍が届くその直前にマイナが『幻腕防御』でマリエルを庇う。
「いい防御ですね、人幻……ガイアの分け身ですか。しかし――」
 魔女が指を鳴らすと、更に多くの槍が繰り出される。庇える回数には限度があり、一瞬でマリエルは無数の槍で串刺しとなり、その身体が空に持ち上げられた。
「マリエルっ!」
 マイナには『ファーストエイド』がある。瞬間的に治療を施し、致命傷を回復する魔法だ。しかし、ダメージに対して回復量が不足していた。
「あ……あう……申し訳ありません……お嬢……様……」
「マリエルッ、マリエル! しっかりなさい!」
 天魔に続く犠牲者――全員を守ると心に決めた琥珀が涙ぐみながら駆け寄る。するとマリエルは彼女に懸命に笑みをつくりながら希望を託した。
「琥珀さん……信じましょう。あの人たちがそんな簡単にいなくなる訳ありませんから……」
「ええ……ええ……! ですから……マリエルさんもどうか、ご無事で……!」
 マリエルは光になって消えた、だが、魔女はまだすぐ目の前にいる。
「だめじゃないですか。大事なものは、ちゃんと握りしめておかなくちゃ――」
 琥珀に『征槍アルスマグナ』を発動。そこで彼女は『神別れの歌』を歌い、魔女の苛烈な力を取り込むや京四郎へ送り込んだ。
 京四郎機も壁役として長く魔女の攻撃に耐えてきたため、機能停止するまで間もない状況だ。だからこそ――。
「アメノトツカ……マイナさんと琥珀さんを助けるんだ……いくぞ!」
 白衣の死神が猛烈なイデアを発しつつ自壊しながら魔女へ特攻し、天帝剣『天十握』を叩き込んだ。機体の召喚解除と引き換えに発動される、正しく必殺技だ。
「おおおおおおおーーーーッ!」
「ぐっ……!」
 魔女の『征槍』の力も受けたこの一撃は彼女の全身を焼き尽くす焔の如き力で、魔女の仮面に大きな亀裂を入れていく。
「……! 馬鹿な……」
 そして京四郎は落下する直前に手早く鬼鎧に乗り換え、着地するや「……第二ラウンド開始だ。ここからは頼むぞ、鬼鎧『無銘』」と呟いた。
 ――しかし魔女の素顔はまだ見えない。
 ならばここで本性を露わにするしかあるまいと琥珀は覚悟を決めた。
「魔女さん、貴方はフェイトさんに随分突っかかりますね? 自分だからですか? 未来があって仲間がいるのが羨ましいんですか? 悪ぶるのは楽でしょうね」
 本当はもっと皮肉を込めたかった。大切な仲間を奪われたことへの怒り、悔しさ、哀しみ、僅かながらも抱いてしまった絶望――。
 その想いを知っているからこそ、義姉の静も言葉を連ねる。
「フェイトさま、魔女は多分もう一人の貴女……言葉に惑わされないで」
「……!? それはどういう意味なのですか? まさか、ご冗談を……そんな……」
 フェイトが目を白黒させる。しかし細かく推論を口にしている時間はない。静は敵を諫めるのではなく、子供に物事を教える母親のような優しい口調で魔女へ語り掛けていく。
「魔女さま、いえフェイト、ダウロン要塞の時の事、覚えていますか……貴女が道を踏み外したら叱るといいましたね。今がその時です。貴女を救いたい気持ちは今も変わりません。だから止めますっ」
 仮面に入った亀裂を指先で撫で、魔女は首を横に振る。
「わたくしの名はアルビオン……魔女、アルビオンです」
「これまで辛い想いをしてきたからこそ、別の道を選んでしまったのでしょう? さあ、何があったか話してみて」
 かつてフェイトがグラジオラスに母の面影をみたように、今度は静が魔女の拠り所になれるよう穏やかに笑む。温かな手を差し出して。
「確かに琥珀の言う通りです。わたくしはあなたが羨ましい。あなたは誰かを愛することが出来る……喪失を悲しむことが出来る……憎み、怒ることが出来る……わたくしとは違う」
 琥珀はぞくっと、背筋が寒くなった。それは魔女の言葉と、実際に感じる威圧感がまったく異なるからだ。
「同じになれない……愛するからこそ、貶めたいのです。この世界も、あなた達も……何もかもを」
 放たれた魔弾を咄嗟に『逢魔神銀』で無効化する静。
 彼女がその力を活かして『月明かりの夜想曲』を口ずさみ、周囲を癒すと魔女は仮面の奥で笑みを浮かべていた。
 美夕が『エクストーラス』で近接攻撃能力と回避能力を限界まで引き上げると魔女に向かってまずは『ライフスティール』でクリティカルを一撃、続いて本命の『クロスオーバー』を叩き込むと魔女の瞬間移動能力は抑えられてしまう。
 そこで激しさを増したのが金路だ。
 彼は美夕から『琥珀石の守護』を受けた上で『覚悟の突進』を身に宿し、『イーリスソード』で斬りかかる!
「人様の厚意を仇で返すとは大した悪党だな……。こっからはこっちも手ぇ出すぜ……全力でな!」
 ――ザシュッ!
 魔女の肩口から吹き出る血。この攻撃はすり抜けず、明確に魔女の身体を切り裂いた。
「この攻撃が通じるってことは、どうやら魔神の系統らしいな」
 イーリスソードは4回使用できる。残り全発打ち込むため、金路は地を蹴った。
 魔女の攻撃はシールドをすり抜けるが、『琥珀石の守護』はその効果を無効にできる。『覚悟の突進』のシールドブレイク無効効果と合わせ、2発まで直撃に耐えることが出来た。
 魔女の迎撃を乗り切って更にイーリスソードを纏ったビーストナックル・プライムで魔女を殴りぬける……が、攻撃はそこまでだった。
 更なる攻撃が――元より頑強ではなかった金路の毛皮を深く斬り裂いていたのだ。
「ぐっ……メリッサ……すまねえ……」
 金路の体が明るい毛並みに似た、柔らかな光となって消えていく。
 結梨は先ほど魔女から大憲章を受けていたが、『呪物喰らい』で呪詛を解除している。
『死』で戦闘能力を再度向上させた彼女は魔王剣三連撃を魔女に叩き込んだ。
「やっぱり、キミの『声』はわからない。わからなくさせてるのは、その仮面?」
 魔女にとって結梨は出来れば接触したくない相手だ。特に『蒼極光』中は嫌う。
 そこで目に付いたのは――仲間から治癒を受けながらも疲労が蓄積して動作ひとつにも難儀しはじめたフェイト。
「いけない……フェイトさん!」
 琥珀が砂を蹴り、フェイトの前に立ちはだかる。
「もう防ぐスキルがありませんよ」
 その刹那、琥珀の巫女装束風の旅装が真っ赤に染まった。魔女の強すぎる魔力が琥珀の腹部を裂き、命の炎を吹き消さんとしているのだ。
「……琥珀……!」
「コハ、気をしっかり! 今、治癒魔法を……!」
 琥珀を抱きとめるフェイトと、懸命に治療しようとする静。しかし琥珀は自分の体が光に転じ始めたのを見て――ぼろぼろと涙を流しながら、ふたりの手を握った。
「静姉様……ゲルダさん、無事ですよね……? 絶対……絶対……」
「ええ、きっと。ゲルダさまはあのイルミンスールさまのお子でもありますもの、きっと何でもないようなお顔で帰ってきてくださいますよ。ですからコハも……どうか、無事で」
「それと……フェイトさんは、魔女になりそうな気持や状況になったら……私達を頼ってくださいね……。一緒に、一緒に抗いましょう……」
「わかりました……琥珀さん、その時はどうかお力添えを。大切なお友達、ですもの……!」
 答えを聞いた琥珀はそこでようやく笑うとマリンスノーのような光の群れに変じ、青空へ消えていった。
 そこで激昂したのがモルディウスである。
「ふざけんなや、あの仮面女あ……ッ!」
 アンノウン防衛という役目さえなければ今すぐに愛機で天を一気翔け、そしてあの憎らしい魔女の首を叩き切ろうものを!
 しかしモルディウス機の腕をヒョウヤ機が強く握りしめ、首を横に振った。
「落ち着け、モルディウス。あの女にこの機体が渡ったら……より危険性が高まる。あっちが崩れてきた今、次はこっちに来るぞ」
「ぐっ……わかっとる! それでもなあ、あの仮面女は……!」
「だから俺様達は撃つ。あれの意識を散漫にするタメにも。やるだけのことはやる。イイか? もちろん、最悪の場合は機体を破壊されても、俺様も『突撃射撃』をブチかましてでもあれに抵抗する覚悟だ」
「わーった、我らはあくまでこれからのための防御壁ってことやな。……あれを直に止められん己の身が憎たらしいわ……くそったれ!」
 モルディウスはそう吐き捨てると巨神翼を放ち、魔女を長距離から威圧。
 ヒョウヤは『フォゾンシューター』を発射し、魔女の足元に命中させ、見事障壁を砕いてみせた!
 するとアナが『ブレイクデッド』で魔女を追撃。続けて静がマジックポッドⅡを再度握りしめ、『支配者の楔』を魔女に撃ちこむ。
「もうひとりの『フェイト』、貴女にも消えぬ心の傷があるのでしょう。それでも命を慈しむ者を殺めて良い理由にはなりません。……この楔の力が及ばぬのなら、きっと貴女は尋常ではない知性を持っているのでしょう。次に会う時には答えを聞かせてくださいね……!」
 ――どうっ!
 楔が魔女の胸部に当たり、姿勢を大きく揺るがせた。
 あと数手……時間さえあれば、魔女を捕らえることができるかもしれない!
 そこで砂をものともせず剣と共に駆け抜けるのがアナとフルフルである。
「今度コソ止メル!」
「ええ、わたくし達が簡単にいかぬ存在であるとあの仮面の奥の脳に刻み込んで差し上げましょう!」
 フルフルはスライディング気味に滑り込むと、魔女の太腿の傷を抉るように両腕の腱を交差。激痛で一瞬動きを封じる。
 そしてアナが「もうこれ以上の抵抗は無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ッ! ご了承くださいませッ!!!」と最後の魔王剣を限界まで振るえば――魔女が熱砂の上に倒れ伏した。


●戦いは続く――終わらない悪夢

 フェイトとアンノウン、それぞれの防衛をしなければならない咎人だが、抵抗しつつも着々とその戦力を削られつつあった。
 そんな中、未だフェイトとアンノウンを守れているのは作戦と防衛配置というのは勿論のこと、魔女と拮抗できる戦士の存在が不可欠であった。
「こっちもギリギリだ……やれるだけの事はやる!」
 京四郎が最終局面まで生き残れたのは巨神機のおかげだ。召喚が撃破されても、搭乗者はまだ戦える。
 『ウィークエレメント』で光属性の弱点を魔女に付与すると、それに続いて結梨が斬りこむ。
「フィンブル……光をッ!」
 呼びかけに応じるように七色に輝く光が白い聖なる輝きを纏い、魔女へと振り下ろされた。
 魔女が腕を振るうと、地から次々に槍が繰り出される。京四郎はこれを捌きながら『イビルパニッシュ』で反撃を繰り出した。しかし、攻撃がすり抜けてしまう。
(巨神機の攻撃はすり抜けなかったのに……ということは……魔女はやはりハーベスターや簒奪者ではなく、『魔神』系列ということか?)
 魔女の攻撃が腹を抉り、口の中に血が込み上げた。
「京四郎、下がって!」
「高柳様、死んでしまってはご自慢の神剣も無意味ですわよ」
 その京四郎の前に立つのは結梨とアナルデールだ。
「確かに知りたい事はわかったし……俺はマイナさんの傍につくか。すまない、二人とも!」
「問題ございません無駄無駄無駄無駄無駄ッ!」
 アナルデールも魔女の反撃は受けていて、シールド無効によりライフに攻撃が直撃――つまり、腕、腹、足などを貫かれている。だが、自前の回避力でダメージを減衰させ、また多数の回復スキルによる自己回復を搭載している。
(それにこの威力……『まぐれ』でも当たればと思えばまったく無視もできない)
 背中を向けてフェイトやアンノウンに向かおうとすれば、その護衛による正面からの迎撃に加え、背後から二人が追いかけてくることになる。
「いつの世も厄介なものですね、勇者という輩は」
 魔女の攻撃が直撃し、アナルデールの胸に大穴が開く。が、『ロットンライフ』によりアナルデールは止まらない。
「おかげさまで身体に風穴があいて軽くなりました。さあ、ここからですわ」
「心臓が無くても動く……咎人らしい」
 結梨も直撃を『授かりし希望Ⅱ』で耐えて立ち上がる。この二人がなかなか落とせない。
(時間がかかりすぎている……)
 二人の怒涛の連撃に魔女が地に伏せたその直後、フルフルは彼女にこれ以上の狼藉をさせぬよう腕の腱に剣を突き立てようとした。
 しかしその瞬間――魔女がふわりと装束を揺らして立ち上がる。
 その動きはまるで負傷などしていないようにみえる、軽やかなものだった。
(そろそろ時間ですね……これ以上は存在を固定できない……)
 魔女はちらりとフェニエを見やる。余裕ぶっていたが、やはりアンノウンとの連戦には消耗していた。特別な力であっても……いや、だからこそ、それらは『無尽蔵』というわけにはいかない。
「『アルテュール・オリジン』……願わくば持ち帰りたかったところですが仕方ありません。……それでは、御機嫌よう」
 呆気にとられるフルフルと咎人達の前で蜃気楼のように消えていく魔女。
 しかし足跡だけ残ったその空間を見た瞬間に、やっと平穏が訪れたのだと全員が深く息を吐いた。
 冷静さを取り戻したマイナはマリエルを一時とはいえ失った悲しみを抑えながら、都市部での戦闘に向かった咎人と通信術式で連絡を取り始める。
 そして――静がフェイトを労ろうと水入りの竹筒を差し出したその時――。
「ありがとうございます、静さ……ごほっ、ごほっ!」
 竹筒を握った突如フェイトが大きくせき込んだかと思いきや、口から大量の血が吐き出された。
 みるみる赤く染まっていく服。これは喉を傷めた程度のものではない、もっと重篤なものだ。
 急いで彼女を日陰で寝かせ、治癒魔法を重ねてかけていくも、フェイトの顔色はみるみる悪くなるばかり。
「このままじゃ……」
 結梨が泣き出しそうな顔でフェイトの手を握ると、モルディウスが「ここはオッサンにまかせとき」と力強く返した。
「こいつは急いで公国の大病院や関係施設で診てもらった方が良さそうやな……そのあたりが無事ならええんやが。とにかく急ぐで」
 半ば意識を失ったフェイトを背負い、モルディウスがトルビオン・ドンナのサブシートに彼女を寝かせると介添え役の静も乗せて空高く飛んでいく。
 そんな中、フルフルは子供のようにわあわあと大声で泣いた。
 この戦闘で掴めた情報は多いだろうに、それを誇ることも皆に教えて回ることもなく、何よりも先に。
 その姿に美夕は胸を痛め、フルフルの頭を優しく抱き寄せる。もっと強くなりたい、皆を守りたかったと叫ぶフルフルの髪を何度も撫でながら……。
(……情報は後で聞ける。今は思いっきり泣かせてあげよう。ヒトらしい感情を持てたこの子のために)と。

「……オイ、こいつはどういうことだ?」
 開かれたアンノウンのコクピットを覗き込むヒョウヤが首を傾げる。
 そこにはフェニエと呼ばれる人物の姿は存在しない。代わりにコクピットに備え付けられた謎の装置――IMDらしきものが発光している。
『騙すつもりはなかったのですが……すべてはご覧の通りです』
 大きいとはいえ、決して人間一人が収まりきらないその箱は、言葉に合わせて発光する。
『わたくしはイマジナリードライブという器に収められた、魂だけの存在です』

(執筆:ことね桃)

ページ先頭へ

ページ先頭へ