●和と洋
皆が来る前にベースとなる生地を焼き上げて、参加に名乗りを上げた咎人の希望を確認する。
用意が間に合わなかったらいけないという事もあり、参加者には事前にどんなものを作りたいか聞き込みを済ませていた。それによれば圧倒的に多いのは餡子だ。和と洋のコラボ……変わり種と言うオーダーを聞き、洋を避けて季節感のある栗や南瓜をチョイスした者が多い。
そんな中、高柳 京四郎(ma0078)だけがオーダーはなく『自分で調達してくる』とだけ言い残して、未だ音沙汰がない。
(一体何を持ってくるつもりでしょうか? まぁ、変なものではない筈ですが)
一応彼とは面識のあるサヴァイだ。彼は常識も持ち合わせていた筈だが、秘密にされると気になる。が、七人もの希望を用意するには時間がなく、今は調理に集中すべきだ。
「んー、やはり高級品は艶が違いますね。栗皮一つでさえ、雲泥の差だ」
取り揃えた食材に彼が微笑む。彼自身は別に高級に拘るつもりはないが、それでもいい素材を前にすると腕がなるというものだ。目にも止まらぬ速さで彼が仕込みを始めた。
そんな折、京四郎は何処にいたかと言うと――彼はそう、天獄界の奥地にいた。
なぜだか天獄界で祈灯具のコンパスを片手に、いわゆる探検隊の衣装を身に彷徨い歩く。
ただ、ハッキリ言って彼が求めるものはそこまで奥地にはない筈だった。いや、むしろ河川敷とかそういう所の方がいっぱいあるのではないかと思える素材だ。しかし、彼は進む。そして、彼は出会う。
「これは……巨大ヘビだ! む、あっちには現住民!……かと思ったらクマだ、コイツ!」
うっそうとしたジャングルのような場所。来た道など覚えられる筈がない。何せ、コンパスがさっきから使い物にならなくなっている。けれど、彼は諦めない。
(エゲリア様の為、絶対にアレを見つけてみせるッ)
拳を握った。ぼけーと突っ立っている場合ではない。前にヘビ、後ろにクマだ。彼は駆ける、駆ける、駆ける。京四郎は果たして調理会に間に合うのだろうか。それは彼次第。
場所を戻して、サヴァイの店にて。
「この平べったくて丸い形、リコリコ、どこかで見た事があるのだ。でも、名前を言ったら呼び方を巡って戦争に……」
「へぇー……今川焼みてえだな」
「なにゅっ!」
リコリコ(ma0309)が途中まで言いかけてやめた商品名。それを知ってか知らずかウガツ ヒョウヤ(ma1134)がその名前を速攻口にする。
「なんで言っちゃうのだ! きっとこれから大論争が」
「大丈夫じゃないかな? だってあたし、そんなの知らないの」
リコリコの心配を余所にもう一人の妖精、ラクス・カエルム(ma1196)が言う。
「皆さま、ごきげんよう♪ わたくし、姫小路・由梨(ma0849)ともうします」
とそこへゴスロリ風エプロンドレスで現れたのは由梨だった。
丁寧に挨拶をして今日のをお菓子教室と捉え、楽しみにしていたと見える。
「……なるほど、これがベースになるのか。シュプリームクロワッサンは初めて作るが、生地やクリームがすでに用意されているなら問題ないな」
一方一見強面ながらも料理は結構やる男・麻生 遊夜(ma0279)は用意されたそれらに目をやり、やる気を見せる。
「集まってきましたね。プレーンの生地はそれぞれ必要個数を持っていってくれて構いません。バイキング方式と言う訳ではないですが、欲しいものをとっていって各テーブルで仕上げて頂ければと思います。あ、そうそう遊夜さんはチョコ生地でしたか。今焼いている最中ですので、暫しお待ちを」
サヴァイがそう言い、メインテーブルに案内する。
そこには希望を聞いて作られたクリームやトッピング用の素材が所狭しと並んでいる。
「勝手にとっていけっつったって、俺様はあんまこういうの慣れてねえ。だから手本とか見せてくんねえ?」
ヒョウヤがそう言い、サヴァイにレクチャーを求める。
「あぁ、それもそうですね。では、まずクリームの注入の仕方から」
そこでしぼり袋にクリームを絞り袋に入れて、穴を開けたベースに慎重に注入していく。
「ほおー、そうやんだな。なんかおもしれえかも」
「絞る際は力を一定に。そうしないと均等に入りませんので、気を付けて下さい」
さらっと言うが、やるは難し。
「ダブルクリームにするのに穴を開けたはいいですが、これでは別々になってしまいますねぇ」
何処から齧り付いてもカスタードとホイップクリーム、どっちも味わえるようにしたい由梨。鼻にクリームをつけつつ思案する。
「あぁ、そう言う場合はバーガーの様に半分に切り込みを入れて、片方ずつにしぼって合わせてみては?」
サヴァイの助言を彼女は素直に聞き入れた。
●細工色々
「よ、雪。どんなの作るんだ?」
偶然にも幼馴染の姿を見つけて、歩夢(ma0694)が雀舟 雪(ma0675)に声をかける。
「あら、歩。あなたも来てたのね。私はエゲリア様の好みが判らないから、自分の好きなものにしようと思うの」
すると雪はそう言い、とってきたのは栗クリームと甘露煮の栗。
その横にはチョコペンも用意されている。
「お、俺も栗使うんだよな。一緒にやってもいいか?」
そこで自分との共通点をとっかかりに歩夢は同席許可を貰う事を試みる。それに雪は快く頷いた。そして、彼女が栗を刻むのを見守りながら、彼もベースを半分にする。
「あら、切ってしまうの?」
彼女のその問いに彼は「まぁ、みてて」と自信ありげだ。クロワッサン生地という事もあり、下手をすれば層がぼろぼろになってしまうものだが、そこは彼の器用さがカバーする。本来、食べやすさを重視しての形にも思えるが、今日は別に普通でなくていいのだ。工夫は大歓迎であり、言ってしまえばこの半分をスポンジ生地の様に扱ったとしても文句は言われない。
「とは言え、想像の産物だからな。よかったら先に味をみてくれないか?」
出来上がったその時に、互いの味を確認し合うのは楽しそうだ。そう思っていると、彼女からも分けて食べようとのお誘いがあって、俄然張り切る彼である。
(よしっ、パンプキンクリームを塗ったら、その次はふわふわミルククリーム。マロンクリームも塗って三層構造。外見も南瓜っぽくしたいけど、うまくいってくれよ~)
表面にも南瓜クリームを塗って、見た目をお化け南瓜にする為には目と鼻は欠かせない。そこで登場するのがさっきの甘露煮だ。自然と鼻歌交じりに彼が楽しそうにデコレーションを続ける。
それを横目に雪もここからは重要作業。
中に栗クリームと刻んだ栗を入れての表面は、ふと思いついた箱型妖怪をモチーフにする事にした。とはいえ、リアルよりデフォルメの方が可愛くていいだろう。
(けど、ギザギザの歯と鋭い目は外せません。うまく描けるかしら?)
失敗してしまうと、修正はききにくいから、ぶっつけ本番一本勝負だ。チョコの出る先端に注意して、彼女が描き進める。
そんな折だった。遅ればせながら京四郎が到着する。
「えーと……京四郎さん??」
彼の姿を見て、知り合いである歩夢が目を瞬く。
何故なら彼は、ボロボロだった。何処をどう彷徨ってきたのかは判らないが、とにかく泥んこの水溜りをローリングしてきた位の姿をしている。
「やあ、歩夢さんじゃないか。俺も手伝いに」
ドスッ
京四郎の足下に何かが突き刺さる。
その音に視線を落とせばサヴァイの肉切がぶっ刺さっている。
「ストーップ! その姿でこの場に入る事は許しませんよ」
サヴァイがそう言い、呆然としている京四郎を裏口から洗い場へ連行する。
「え、ちょっ……大丈夫か、あれ」
いつも冷静な京四郎に一体何が? サヴァイのそれはまぁ判らないでもないが、やはり咎人と言うのは皆一癖も二癖も持っているようだ。そんなやり取りにも歩夢以外は思ったより無関心だった。というか自分の事で精一杯と言った感じであり、気付いていない者さえいる。
「あー、これ見てっと今川焼がアタマから離れねえ……つまり、なんかイケてねェな」
ヒョウヤが何個目かのデコレーションを仕上げたものの、思うようなものになっていないのか頭に手をやる。彼的には表面をハロウィンっぽくしたいらしいが、どうしても今川焼のイメージがちらついてハロウィンって何だっけととなっているらしい。
「あーもう、どうすりゃいいんだよ。サヴァイ何処行った?」
そこで助けを求めるも、今は少し取り込み中。
周りを見て見るも、妖精二人は和風テイスト。ますますかけ離れていく。
(あー……こっちは駄目だな。あっちはどう……っておおっ!)
そこで目にとまったのはなんと遊夜のシュプリームだった。
彼のはとにかく芸が細かい。色々挑戦してみようという事で、クリームは季節感のある南瓜であったが、それを入れたのち網の上にベースを置いて、それをホワイトチョコでコーティング。固まるのを待つ間に飴細工に挑戦中だ。
「あんた凄いな。これ団子で出来てんのか?」
傍にあった南瓜型のそれを見て、ヒョウヤが問う。
「ああ、それを南瓜帽子にする。んで、こっちの飴はエゲリア様の目と髪だな」
「エゲリア様の? って事はつまり」
「ああ、今エゲリア様を作ってる。顔だけだがな。どうだ、面白そうだろう」
ソーダ味の飴でエゲリアの髪を作り、鼻と口は雪同様チョコペンでつけるらしい。
「なあ、あんた。砂糖みたいな白くて上にかけるやつって、知らねェか?」
詳しそうな遊夜に彼が尋ねる。
しかし、ただ漠然とした言い方では遊夜にもそれが何なのか判らない。
「砂糖みたいなと言われてもなぁ……何の事だか」
「ヒョウヤさん、どうかしましたか?」
いつの間に戻ってきたのかサヴァイが問う。
「いや、正式名称は知らねえけど、クッキーとかの表面をデコってるやつがしたくて」
「あぁ、アイシングですね。判りました。お教えしますよ」
「おお、すすきなのだ。リコリコのシュプリームにぴったりなのだ」
細かな作業は苦手なのかデコレーションはせず、色とりどりの餡だけ詰めて終了したリコリコが京四郎の持ってきたそれを見て言う。
「こっちは……なんかほうきみたいなの。これで飾り付けでもするの?」
一方ラクスはサヴァイが作った餡や団子を皿に盛り付けるだけに終わっている。
それは何も手を抜いている訳ではなく、食べる側へのちょっとした気遣い。彼女は最中同様サクサクの触感を大事にしたいと思い、食べる直前にそれらを自分の好みの場所に挟んで食べて貰う為、敢えてそうしているのだ。
「あ、いや、これらはちゃんと食材として使うつもりだ」
京四郎が真面目な顔でそう言い、調達してきたススキとほうき草の下処理を始める。
「え、ススキって食べれるのだ?」
「こんなの美味しそうに思えないの~」
そう言う二人ににやりとする彼。なぜなら、彼にはとっておきの秘策があった。
それは調査員が習得できる浄化の恵み――これにより本来食べれないものを調理する事で食べられるようにできるのだ。
「十月といえば月見。やはりこの二つは欠かせないだろう」
祈灯具のレシピ本を取り出して、ここではただの本であるが――それを頼りに彼が調理を始める。本当に食べれるのだろうかと誰もが思った。
しかし、実際の所を言えばこの二つの植物。調査員スキルがなくとも食べる事は可能だ。ススキはイネ科の植物で、サヴァイ曰く天ぷらにするとそれなりに食べられるらしい。ほうき草についても薬効もあり、葉のみならず種子もあえ物などに出来るのだとか。ただ、甘い訳ではないので、結局のところスイーツとしての相性は謎だ。
ススキは綿をとり、僅かに出来た実の部分をゆで上げる。ほうき草も葉の部分を茹でる。
そしてサヴァイが作っていたホイップクリームに混ぜれば、野草風味のクリームの完成だ。
「これで世にも珍しいススキ&ほうきクリームの完成だ。外側もススキを模した感じでデコレートして、味はまぁ大丈夫だと思う。調査員の勘だ、間違いない」
誰に言うともなく彼が言う。
「面白い発想ですね~。わたくしも何だか新たな組み合わせが思いつきそう。作ってしまってもよいでしょうか?」
既に餡×マーガリンに砂糖コートと、カスタード×ホイップクリームにカラメルコーディングと言う和洋王道的組み合わせのシュクロを仕上げた由梨が新たなシュクロ作りに手を出す。
そこで次に目を付けたのはピーナッツクリームだった。勿論無添加搾り立てのピーナツバターにクリームを混ぜて滑らかに。甘さも足してはいるが、風味は無くさないよう注意する。
「表面は、そうですねぇ。チョコチップがよさそうです」
中が甘いから外はビターに。ただ、当然そのままではくっ付かない。そこで、
「そちらのホワイトチョコを分けて頂いてもいいですかぁ?」
湯せんにかけたままの遊夜のそれを見て彼女が問う。
「ああ、構わんよ。もうこっちは終わったところだ」
俺は飴で出来た髪のバランスを調整しながら返答する。
「では遠慮なく……うん、お菓子作りは楽しいです♪」
彼女がフリルを揺らして、戦場では味わえないこの感覚にしばし酔いしれる。
「やはり人数がいるとあっという間ですね。さて、試食と行きましょうか」
サヴァイの声に、皆が頷いた。
●最後の一押し
「トップバッターは譲れないのだ! という事でリコリコのシュクロを食べるのだ!」
見た目はただの丸いパン。だが、一口齧れば中には季節の餡が詰まっている。
「ベーシックな味だけど、飽きなくていいわね。私は好きよ」
雪がずんだ餡のを口にして感想を述べる。ずんだの他にもカラフルに、南瓜や紫芋、栗などの餡子を入れていて、食べるまで何が出るか判らないのも面白い。
「洋と見せかけての和! これにエゲリア様は驚いてくれる事間違いなしなのだ! ついでにダウン中のスサノオ様にも奉納して元気になって貰うのだ!」
彼女はスサノオクラスタだからやはりスサノオの事も気になるらしい。
ベースは多めに焼いてあるから、彼女の希望通りにしたとしても別段問題はないだろう。
「ま、スサノオに加えてエゲリアまで倒れられちゃあ困るからなァ。俺様も頑張ってはみたんだけどどうよ? 和洋合体にかけちゃあ結構面白いと思うゼ」
「ほう、なら一つ」
ヒョウヤのその言葉を聞き、京四郎が彼のを手に取る。彼の作ったシュクロはとにかく組み合わせが面白い。餡×クリームに求肥が挟まる事によりもちっと感が加わって、外掛けの抹茶チョコに大納言小豆がかかり、金箔付と手が込みまくり。アイシングで表面にHalloweenと拙い文字で表記している。
「贅沢の洪水だな、これは。甘さの中に抹茶の苦みも感じられて悪くない」
京四郎が腹ペコという事もあり、ぺろりと一個平らげて言葉する。
「芋栗餡の方にシナモンシュガーをかけたのは正解ですね。全体が引き締まる」
エゲリア向けであるから甘さを強調する為シュガーをチョイスせざる負えなかったが、一般向けなら普通のシナモンでいけそうだとサヴァイは思う。
「見た目なら断然俺のだろう。かなり凝りまくったからな」
そこで力作を披露したのは遊夜だった。何せ見た目はあのエゲリア様の顔なのだ。細部まで拘り、完璧に再現したその器用さは称賛に値する。エゲリアのキラキラ感を出す為に、食用の純銀粉までふりかけたほどだ。
「ええっと~けど、食べるにしては少し食べ辛いの~」
ラクスが齧り付く場所を探し、ああでもないこうでもないと思案する。クリスマスケーキの上のマジパン細工のように簡単に取り外せる事は外せるが、そうなるとバラバラで食べる事になってしまうのでそれは避けたい。
「た……確かにな。驚かせる事を念頭に置いていて、そこを失念していた」
遊夜がこりゃしまったと頬を掻く。
「けどけど、味は美味しいですよぉ。色々詰まっててお得ですし」
器用にナイフとフォークで切り分けながら由梨が言う。何気に切り始め、彼女がぼそりと「御覚悟は……よろしくて?」と笑顔で呟いていたが、それは見なかった事にする。
「デコは凝っているけど、程よい感じなのは雪のシュクロだよな」
少し分けて貰って歩夢がご満悦な様子で友の作ったそれを頬張る。顔がついていても箱妖怪を模しているから、エゲリア程の罪悪感はない。
「歩のも美味しかったわよ。お抹茶と合いそうだったもの」
雪がそう言い、緑茶を啜る。
「食べやすさと工夫なら私のが負けてないの。だってお月見シュクロなの~」
ラクスがそう言い、自分のを頬張る。栗餡を表面に塗って作った満月は季節感は抜群だ。
「まぁ、結局のところどれもうまい事はうまいんだよな。ベースをサヴァイさんが作っているから当たり前なんだが」
野草を入れたクリームも普通に食べられる仕上がりになっていたし、由梨のは安定の味と言えた。これなら料理音痴が参戦していたとしても、食べれるものには仕上がる筈だ。
「いえいえ、そんな事はないですよ。今回は発想と数も必要ですからね。助かりましたよ」
サヴァイがそう言い、最後に自分の作ったシュクロを皆に配る。
「これは?」
「皆さんを見習って少し遊んでみました。よければどうぞ」
彼の言葉に皆が顔を見合わせる。
そうして、手に取った生地から香るのはバターではなく味噌で、中にはクリームチーズと歯ごたえのあるものが混じっている。
「サヴァイ、あんたやったな」
パリ、ポリ、パリ。その音が心地いい。
「なんでこんなに合うの……すごく不思議ね」
その音の正体は漬物で、しば漬けに甘めの大根。山葵菜も入っている様だ。善哉につく塩昆布の様に、甘い中の塩味が更に甘さを引き立てる。表面の柚風味のホワイトチョコもなんかいい。
「スイーツに分類するには微妙かもしれませんがねぇ。いや、でもこれは一応スイーツか。とにかくいい刺激になりました。と最後にもう一仕事、盛り付けを手伝って貰っても?」
「おぉっ、これは……なかなかいいじゃないか!」
エゲリアが椅子から降りて、その作品に目を輝かせる。
まず目に入ったのはトレー中央のエゲリアシュクロだ。
あの後、サヴァイの提案で顔だけでなく体部も制作して、皆のシュクロをトレーに並べて絵画風に。題してエゲリア様の月下散歩だ。ラクスのシュクロをお月様にして地面側には京四郎のススキのシュクロを並べて秋の野を表現。所々に箱妖怪とお化け南瓜がこちらを窺う。リコリコの無地のシュクロを空側に配置して、残りは額縁として配置している。
「全部とはいかないっスが、味の種類も沢山あると聞いてるっス。なので食べ飽きはしないかと……後、これでスサノオ様の分も頑張って下さいって言ってたっス」
イカヅチがエゲリアに言う。
「あぁ、うん、わかったよ。まぁ、ボクにかかればこの程度問題ないから。じゃあ、もう下がっていいよ」
がエゲリアは素っ気なくて『あ、これは成功したな』と彼は確信した。
と言うのもあの言い様、いつもは冷静なエゲリアが彼を早く追い出したいのか早口になっていたからだ。
つまりは今この扉の先ではきっと、至福のもぐもぐタイムが始まっているに違いない。
(ん~、これはいいね。餡子が入っているのは初めてだ。こっちは求肥まで入っているのか。ダブルクリームサイコー♪ 糖分はエネルギーの源だからね。いくらあってもいい。こっちのパリパリカラメルもソーダの飴も癖になるよ♪)
エゲリアの脳内で一人パーティーが開催される。
一方、サヴァイもお礼を手に入れ満足げなティータイムを過ごしている。
唯一の犠牲者に見えたイカヅチだが、彼もやはり商売人。今回のレシピを貰っていて、次の展開を既に考え中だ。
(これをもとにシュクロを販売すれば……いや~あっという間に黒字っス♪)
転んでも只では起きない。それが商売人なのであった。
皆が来る前にベースとなる生地を焼き上げて、参加に名乗りを上げた咎人の希望を確認する。
用意が間に合わなかったらいけないという事もあり、参加者には事前にどんなものを作りたいか聞き込みを済ませていた。それによれば圧倒的に多いのは餡子だ。和と洋のコラボ……変わり種と言うオーダーを聞き、洋を避けて季節感のある栗や南瓜をチョイスした者が多い。
そんな中、高柳 京四郎(ma0078)だけがオーダーはなく『自分で調達してくる』とだけ言い残して、未だ音沙汰がない。
(一体何を持ってくるつもりでしょうか? まぁ、変なものではない筈ですが)
一応彼とは面識のあるサヴァイだ。彼は常識も持ち合わせていた筈だが、秘密にされると気になる。が、七人もの希望を用意するには時間がなく、今は調理に集中すべきだ。
「んー、やはり高級品は艶が違いますね。栗皮一つでさえ、雲泥の差だ」
取り揃えた食材に彼が微笑む。彼自身は別に高級に拘るつもりはないが、それでもいい素材を前にすると腕がなるというものだ。目にも止まらぬ速さで彼が仕込みを始めた。
そんな折、京四郎は何処にいたかと言うと――彼はそう、天獄界の奥地にいた。
なぜだか天獄界で祈灯具のコンパスを片手に、いわゆる探検隊の衣装を身に彷徨い歩く。
ただ、ハッキリ言って彼が求めるものはそこまで奥地にはない筈だった。いや、むしろ河川敷とかそういう所の方がいっぱいあるのではないかと思える素材だ。しかし、彼は進む。そして、彼は出会う。
「これは……巨大ヘビだ! む、あっちには現住民!……かと思ったらクマだ、コイツ!」
うっそうとしたジャングルのような場所。来た道など覚えられる筈がない。何せ、コンパスがさっきから使い物にならなくなっている。けれど、彼は諦めない。
(エゲリア様の為、絶対にアレを見つけてみせるッ)
拳を握った。ぼけーと突っ立っている場合ではない。前にヘビ、後ろにクマだ。彼は駆ける、駆ける、駆ける。京四郎は果たして調理会に間に合うのだろうか。それは彼次第。
場所を戻して、サヴァイの店にて。
「この平べったくて丸い形、リコリコ、どこかで見た事があるのだ。でも、名前を言ったら呼び方を巡って戦争に……」
「へぇー……今川焼みてえだな」
「なにゅっ!」
リコリコ(ma0309)が途中まで言いかけてやめた商品名。それを知ってか知らずかウガツ ヒョウヤ(ma1134)がその名前を速攻口にする。
「なんで言っちゃうのだ! きっとこれから大論争が」
「大丈夫じゃないかな? だってあたし、そんなの知らないの」
リコリコの心配を余所にもう一人の妖精、ラクス・カエルム(ma1196)が言う。
「皆さま、ごきげんよう♪ わたくし、姫小路・由梨(ma0849)ともうします」
とそこへゴスロリ風エプロンドレスで現れたのは由梨だった。
丁寧に挨拶をして今日のをお菓子教室と捉え、楽しみにしていたと見える。
「……なるほど、これがベースになるのか。シュプリームクロワッサンは初めて作るが、生地やクリームがすでに用意されているなら問題ないな」
一方一見強面ながらも料理は結構やる男・麻生 遊夜(ma0279)は用意されたそれらに目をやり、やる気を見せる。
「集まってきましたね。プレーンの生地はそれぞれ必要個数を持っていってくれて構いません。バイキング方式と言う訳ではないですが、欲しいものをとっていって各テーブルで仕上げて頂ければと思います。あ、そうそう遊夜さんはチョコ生地でしたか。今焼いている最中ですので、暫しお待ちを」
サヴァイがそう言い、メインテーブルに案内する。
そこには希望を聞いて作られたクリームやトッピング用の素材が所狭しと並んでいる。
「勝手にとっていけっつったって、俺様はあんまこういうの慣れてねえ。だから手本とか見せてくんねえ?」
ヒョウヤがそう言い、サヴァイにレクチャーを求める。
「あぁ、それもそうですね。では、まずクリームの注入の仕方から」
そこでしぼり袋にクリームを絞り袋に入れて、穴を開けたベースに慎重に注入していく。
「ほおー、そうやんだな。なんかおもしれえかも」
「絞る際は力を一定に。そうしないと均等に入りませんので、気を付けて下さい」
さらっと言うが、やるは難し。
「ダブルクリームにするのに穴を開けたはいいですが、これでは別々になってしまいますねぇ」
何処から齧り付いてもカスタードとホイップクリーム、どっちも味わえるようにしたい由梨。鼻にクリームをつけつつ思案する。
「あぁ、そう言う場合はバーガーの様に半分に切り込みを入れて、片方ずつにしぼって合わせてみては?」
サヴァイの助言を彼女は素直に聞き入れた。
●細工色々
「よ、雪。どんなの作るんだ?」
偶然にも幼馴染の姿を見つけて、歩夢(ma0694)が雀舟 雪(ma0675)に声をかける。
「あら、歩。あなたも来てたのね。私はエゲリア様の好みが判らないから、自分の好きなものにしようと思うの」
すると雪はそう言い、とってきたのは栗クリームと甘露煮の栗。
その横にはチョコペンも用意されている。
「お、俺も栗使うんだよな。一緒にやってもいいか?」
そこで自分との共通点をとっかかりに歩夢は同席許可を貰う事を試みる。それに雪は快く頷いた。そして、彼女が栗を刻むのを見守りながら、彼もベースを半分にする。
「あら、切ってしまうの?」
彼女のその問いに彼は「まぁ、みてて」と自信ありげだ。クロワッサン生地という事もあり、下手をすれば層がぼろぼろになってしまうものだが、そこは彼の器用さがカバーする。本来、食べやすさを重視しての形にも思えるが、今日は別に普通でなくていいのだ。工夫は大歓迎であり、言ってしまえばこの半分をスポンジ生地の様に扱ったとしても文句は言われない。
「とは言え、想像の産物だからな。よかったら先に味をみてくれないか?」
出来上がったその時に、互いの味を確認し合うのは楽しそうだ。そう思っていると、彼女からも分けて食べようとのお誘いがあって、俄然張り切る彼である。
(よしっ、パンプキンクリームを塗ったら、その次はふわふわミルククリーム。マロンクリームも塗って三層構造。外見も南瓜っぽくしたいけど、うまくいってくれよ~)
表面にも南瓜クリームを塗って、見た目をお化け南瓜にする為には目と鼻は欠かせない。そこで登場するのがさっきの甘露煮だ。自然と鼻歌交じりに彼が楽しそうにデコレーションを続ける。
それを横目に雪もここからは重要作業。
中に栗クリームと刻んだ栗を入れての表面は、ふと思いついた箱型妖怪をモチーフにする事にした。とはいえ、リアルよりデフォルメの方が可愛くていいだろう。
(けど、ギザギザの歯と鋭い目は外せません。うまく描けるかしら?)
失敗してしまうと、修正はききにくいから、ぶっつけ本番一本勝負だ。チョコの出る先端に注意して、彼女が描き進める。
そんな折だった。遅ればせながら京四郎が到着する。
「えーと……京四郎さん??」
彼の姿を見て、知り合いである歩夢が目を瞬く。
何故なら彼は、ボロボロだった。何処をどう彷徨ってきたのかは判らないが、とにかく泥んこの水溜りをローリングしてきた位の姿をしている。
「やあ、歩夢さんじゃないか。俺も手伝いに」
ドスッ
京四郎の足下に何かが突き刺さる。
その音に視線を落とせばサヴァイの肉切がぶっ刺さっている。
「ストーップ! その姿でこの場に入る事は許しませんよ」
サヴァイがそう言い、呆然としている京四郎を裏口から洗い場へ連行する。
「え、ちょっ……大丈夫か、あれ」
いつも冷静な京四郎に一体何が? サヴァイのそれはまぁ判らないでもないが、やはり咎人と言うのは皆一癖も二癖も持っているようだ。そんなやり取りにも歩夢以外は思ったより無関心だった。というか自分の事で精一杯と言った感じであり、気付いていない者さえいる。
「あー、これ見てっと今川焼がアタマから離れねえ……つまり、なんかイケてねェな」
ヒョウヤが何個目かのデコレーションを仕上げたものの、思うようなものになっていないのか頭に手をやる。彼的には表面をハロウィンっぽくしたいらしいが、どうしても今川焼のイメージがちらついてハロウィンって何だっけととなっているらしい。
「あーもう、どうすりゃいいんだよ。サヴァイ何処行った?」
そこで助けを求めるも、今は少し取り込み中。
周りを見て見るも、妖精二人は和風テイスト。ますますかけ離れていく。
(あー……こっちは駄目だな。あっちはどう……っておおっ!)
そこで目にとまったのはなんと遊夜のシュプリームだった。
彼のはとにかく芸が細かい。色々挑戦してみようという事で、クリームは季節感のある南瓜であったが、それを入れたのち網の上にベースを置いて、それをホワイトチョコでコーティング。固まるのを待つ間に飴細工に挑戦中だ。
「あんた凄いな。これ団子で出来てんのか?」
傍にあった南瓜型のそれを見て、ヒョウヤが問う。
「ああ、それを南瓜帽子にする。んで、こっちの飴はエゲリア様の目と髪だな」
「エゲリア様の? って事はつまり」
「ああ、今エゲリア様を作ってる。顔だけだがな。どうだ、面白そうだろう」
ソーダ味の飴でエゲリアの髪を作り、鼻と口は雪同様チョコペンでつけるらしい。
「なあ、あんた。砂糖みたいな白くて上にかけるやつって、知らねェか?」
詳しそうな遊夜に彼が尋ねる。
しかし、ただ漠然とした言い方では遊夜にもそれが何なのか判らない。
「砂糖みたいなと言われてもなぁ……何の事だか」
「ヒョウヤさん、どうかしましたか?」
いつの間に戻ってきたのかサヴァイが問う。
「いや、正式名称は知らねえけど、クッキーとかの表面をデコってるやつがしたくて」
「あぁ、アイシングですね。判りました。お教えしますよ」
「おお、すすきなのだ。リコリコのシュプリームにぴったりなのだ」
細かな作業は苦手なのかデコレーションはせず、色とりどりの餡だけ詰めて終了したリコリコが京四郎の持ってきたそれを見て言う。
「こっちは……なんかほうきみたいなの。これで飾り付けでもするの?」
一方ラクスはサヴァイが作った餡や団子を皿に盛り付けるだけに終わっている。
それは何も手を抜いている訳ではなく、食べる側へのちょっとした気遣い。彼女は最中同様サクサクの触感を大事にしたいと思い、食べる直前にそれらを自分の好みの場所に挟んで食べて貰う為、敢えてそうしているのだ。
「あ、いや、これらはちゃんと食材として使うつもりだ」
京四郎が真面目な顔でそう言い、調達してきたススキとほうき草の下処理を始める。
「え、ススキって食べれるのだ?」
「こんなの美味しそうに思えないの~」
そう言う二人ににやりとする彼。なぜなら、彼にはとっておきの秘策があった。
それは調査員が習得できる浄化の恵み――これにより本来食べれないものを調理する事で食べられるようにできるのだ。
「十月といえば月見。やはりこの二つは欠かせないだろう」
祈灯具のレシピ本を取り出して、ここではただの本であるが――それを頼りに彼が調理を始める。本当に食べれるのだろうかと誰もが思った。
しかし、実際の所を言えばこの二つの植物。調査員スキルがなくとも食べる事は可能だ。ススキはイネ科の植物で、サヴァイ曰く天ぷらにするとそれなりに食べられるらしい。ほうき草についても薬効もあり、葉のみならず種子もあえ物などに出来るのだとか。ただ、甘い訳ではないので、結局のところスイーツとしての相性は謎だ。
ススキは綿をとり、僅かに出来た実の部分をゆで上げる。ほうき草も葉の部分を茹でる。
そしてサヴァイが作っていたホイップクリームに混ぜれば、野草風味のクリームの完成だ。
「これで世にも珍しいススキ&ほうきクリームの完成だ。外側もススキを模した感じでデコレートして、味はまぁ大丈夫だと思う。調査員の勘だ、間違いない」
誰に言うともなく彼が言う。
「面白い発想ですね~。わたくしも何だか新たな組み合わせが思いつきそう。作ってしまってもよいでしょうか?」
既に餡×マーガリンに砂糖コートと、カスタード×ホイップクリームにカラメルコーディングと言う和洋王道的組み合わせのシュクロを仕上げた由梨が新たなシュクロ作りに手を出す。
そこで次に目を付けたのはピーナッツクリームだった。勿論無添加搾り立てのピーナツバターにクリームを混ぜて滑らかに。甘さも足してはいるが、風味は無くさないよう注意する。
「表面は、そうですねぇ。チョコチップがよさそうです」
中が甘いから外はビターに。ただ、当然そのままではくっ付かない。そこで、
「そちらのホワイトチョコを分けて頂いてもいいですかぁ?」
湯せんにかけたままの遊夜のそれを見て彼女が問う。
「ああ、構わんよ。もうこっちは終わったところだ」
俺は飴で出来た髪のバランスを調整しながら返答する。
「では遠慮なく……うん、お菓子作りは楽しいです♪」
彼女がフリルを揺らして、戦場では味わえないこの感覚にしばし酔いしれる。
「やはり人数がいるとあっという間ですね。さて、試食と行きましょうか」
サヴァイの声に、皆が頷いた。
●最後の一押し
「トップバッターは譲れないのだ! という事でリコリコのシュクロを食べるのだ!」
見た目はただの丸いパン。だが、一口齧れば中には季節の餡が詰まっている。
「ベーシックな味だけど、飽きなくていいわね。私は好きよ」
雪がずんだ餡のを口にして感想を述べる。ずんだの他にもカラフルに、南瓜や紫芋、栗などの餡子を入れていて、食べるまで何が出るか判らないのも面白い。
「洋と見せかけての和! これにエゲリア様は驚いてくれる事間違いなしなのだ! ついでにダウン中のスサノオ様にも奉納して元気になって貰うのだ!」
彼女はスサノオクラスタだからやはりスサノオの事も気になるらしい。
ベースは多めに焼いてあるから、彼女の希望通りにしたとしても別段問題はないだろう。
「ま、スサノオに加えてエゲリアまで倒れられちゃあ困るからなァ。俺様も頑張ってはみたんだけどどうよ? 和洋合体にかけちゃあ結構面白いと思うゼ」
「ほう、なら一つ」
ヒョウヤのその言葉を聞き、京四郎が彼のを手に取る。彼の作ったシュクロはとにかく組み合わせが面白い。餡×クリームに求肥が挟まる事によりもちっと感が加わって、外掛けの抹茶チョコに大納言小豆がかかり、金箔付と手が込みまくり。アイシングで表面にHalloweenと拙い文字で表記している。
「贅沢の洪水だな、これは。甘さの中に抹茶の苦みも感じられて悪くない」
京四郎が腹ペコという事もあり、ぺろりと一個平らげて言葉する。
「芋栗餡の方にシナモンシュガーをかけたのは正解ですね。全体が引き締まる」
エゲリア向けであるから甘さを強調する為シュガーをチョイスせざる負えなかったが、一般向けなら普通のシナモンでいけそうだとサヴァイは思う。
「見た目なら断然俺のだろう。かなり凝りまくったからな」
そこで力作を披露したのは遊夜だった。何せ見た目はあのエゲリア様の顔なのだ。細部まで拘り、完璧に再現したその器用さは称賛に値する。エゲリアのキラキラ感を出す為に、食用の純銀粉までふりかけたほどだ。
「ええっと~けど、食べるにしては少し食べ辛いの~」
ラクスが齧り付く場所を探し、ああでもないこうでもないと思案する。クリスマスケーキの上のマジパン細工のように簡単に取り外せる事は外せるが、そうなるとバラバラで食べる事になってしまうのでそれは避けたい。
「た……確かにな。驚かせる事を念頭に置いていて、そこを失念していた」
遊夜がこりゃしまったと頬を掻く。
「けどけど、味は美味しいですよぉ。色々詰まっててお得ですし」
器用にナイフとフォークで切り分けながら由梨が言う。何気に切り始め、彼女がぼそりと「御覚悟は……よろしくて?」と笑顔で呟いていたが、それは見なかった事にする。
「デコは凝っているけど、程よい感じなのは雪のシュクロだよな」
少し分けて貰って歩夢がご満悦な様子で友の作ったそれを頬張る。顔がついていても箱妖怪を模しているから、エゲリア程の罪悪感はない。
「歩のも美味しかったわよ。お抹茶と合いそうだったもの」
雪がそう言い、緑茶を啜る。
「食べやすさと工夫なら私のが負けてないの。だってお月見シュクロなの~」
ラクスがそう言い、自分のを頬張る。栗餡を表面に塗って作った満月は季節感は抜群だ。
「まぁ、結局のところどれもうまい事はうまいんだよな。ベースをサヴァイさんが作っているから当たり前なんだが」
野草を入れたクリームも普通に食べられる仕上がりになっていたし、由梨のは安定の味と言えた。これなら料理音痴が参戦していたとしても、食べれるものには仕上がる筈だ。
「いえいえ、そんな事はないですよ。今回は発想と数も必要ですからね。助かりましたよ」
サヴァイがそう言い、最後に自分の作ったシュクロを皆に配る。
「これは?」
「皆さんを見習って少し遊んでみました。よければどうぞ」
彼の言葉に皆が顔を見合わせる。
そうして、手に取った生地から香るのはバターではなく味噌で、中にはクリームチーズと歯ごたえのあるものが混じっている。
「サヴァイ、あんたやったな」
パリ、ポリ、パリ。その音が心地いい。
「なんでこんなに合うの……すごく不思議ね」
その音の正体は漬物で、しば漬けに甘めの大根。山葵菜も入っている様だ。善哉につく塩昆布の様に、甘い中の塩味が更に甘さを引き立てる。表面の柚風味のホワイトチョコもなんかいい。
「スイーツに分類するには微妙かもしれませんがねぇ。いや、でもこれは一応スイーツか。とにかくいい刺激になりました。と最後にもう一仕事、盛り付けを手伝って貰っても?」
「おぉっ、これは……なかなかいいじゃないか!」
エゲリアが椅子から降りて、その作品に目を輝かせる。
まず目に入ったのはトレー中央のエゲリアシュクロだ。
あの後、サヴァイの提案で顔だけでなく体部も制作して、皆のシュクロをトレーに並べて絵画風に。題してエゲリア様の月下散歩だ。ラクスのシュクロをお月様にして地面側には京四郎のススキのシュクロを並べて秋の野を表現。所々に箱妖怪とお化け南瓜がこちらを窺う。リコリコの無地のシュクロを空側に配置して、残りは額縁として配置している。
「全部とはいかないっスが、味の種類も沢山あると聞いてるっス。なので食べ飽きはしないかと……後、これでスサノオ様の分も頑張って下さいって言ってたっス」
イカヅチがエゲリアに言う。
「あぁ、うん、わかったよ。まぁ、ボクにかかればこの程度問題ないから。じゃあ、もう下がっていいよ」
がエゲリアは素っ気なくて『あ、これは成功したな』と彼は確信した。
と言うのもあの言い様、いつもは冷静なエゲリアが彼を早く追い出したいのか早口になっていたからだ。
つまりは今この扉の先ではきっと、至福のもぐもぐタイムが始まっているに違いない。
(ん~、これはいいね。餡子が入っているのは初めてだ。こっちは求肥まで入っているのか。ダブルクリームサイコー♪ 糖分はエネルギーの源だからね。いくらあってもいい。こっちのパリパリカラメルもソーダの飴も癖になるよ♪)
エゲリアの脳内で一人パーティーが開催される。
一方、サヴァイもお礼を手に入れ満足げなティータイムを過ごしている。
唯一の犠牲者に見えたイカヅチだが、彼もやはり商売人。今回のレシピを貰っていて、次の展開を既に考え中だ。
(これをもとにシュクロを販売すれば……いや~あっという間に黒字っス♪)
転んでも只では起きない。それが商売人なのであった。




