巌商会の新作映画、『森都戦妖奇譚』が公開となる、その前日。
ジィト(mz0039)と伊佐美 秀介(mz0156)が、決着について語り合っていたそこには、もう一人の咎人が居た。
ある意味で「あの人」の話をするならば最も重要とも言える存在。
「悪者のまま死ねたの、嬉しかったのかなあ」
そうしてシトロン(ma0285)は、沢渡 龍造(mz0159)の話題にポツリと言った。
「改心する悪役とか絶対やりたがらないでしょ、あのヒト」
ジィトも秀介も苦笑する。シトロンの見解を、二人とも肯定した。あそこまであの態度を貫いてその結末は、彼に言わせたら正に「中途半端で、実に白ける」という物だろう。
二人はそのままシトロンを真っ直ぐに見た。
龍造に止めを刺したのは彼女だった。他ならぬ龍造自身が望んだそれを、彼女は躊躇いもなくやって見せた。その事に対し、何か曇るような様子も、彼女にはない。
「手を差し伸べるとか、そういうのは違うって思ったんだ」
そうして彼女は、その時のことをそう語った。
救いたいとかそういうことは全然考えてなくて、ただそれがあのヒトの終わりに一番相応しいって感じたから、そうしたのだと。
「何となくね、二人には知ってて欲しかったんだ」
そしてシトロンは、二人にそれを告げに来た理由をそう言った。
「だって。『役者』っていうあのヒトと同じ魂を持つヒト達だから」
──最期の瞬間。
満足してくれたのか、本当に自分で良かったのか。
もう永遠に分からない。幾ら考察しても、本人に直接聞くことは叶わない。
だけど、何となく、役者という共通点がある二人に聞いて欲しいと思った。
二人の反応は、沈黙。
それは、彼女の言葉を二人が受け止める時間の為のものだった。既にかの存在は、特に秀介には大きく影響を及ぼしているだろう。それを更に深化させるために、シトロンの言葉は重要なものだった。
「救われなくても。報われなくても。心に残る物語、登場人物というのは、ある」
やがて秀介が言ったのは、そんなことだった。
「……破局に終わるというなら、その人物は最後まで間違ったままか失敗し続けるという事だ。そんな物語が、苛立ちもせず、むしろ心震わせるならそこには何があるのだろう」
目が離せない。
正しくない選択をしていて。上手く行かないだろうと見ていて思うはずなのに。破滅に進んでいることが明らかなその道を進み続けるその様を、でもこの人ならそうするということを納得してしまう。
それは、間違える、失敗する、そんな人をそのまま好きになれた、という事じゃないか。
……ある意味それは、救いに導かれるよりも喜ばしいことかもしれない。
「俺は──忘れないよ。忘れようにも出来る気がしない」
確信を込めて、秀介は呟く。この想いはきっと、決着を終えた今この時限りの感傷にはならないだろう。
シトロンは、龍造の生き様を誰かに覚えていてほしいと思った。
正にそれは、彼女が紡いだ物語によって為されることになったのだ。
●
そうやって、映画の準備が、災厄を退けたこの世界が新たな未来に向かって進む中。
「お疲れ様です。今、少しお時間いいですか?」
サヴィーノ・パルヴィス(ma0665)は、余裕がありそうなタイミングを見計らって、秀介へと声を掛けた。
「大嶽丸の件を改めて謝罪したくて」
あえてこんな形を取ったのも、サヴィーノなりの理由があった。そんなに手間を取らせるような話でもないし、宴のような場で言うのは水を差しかねないから。
「意思を貫く覚悟を決めろと言っておきながら、俺のエゴを優先して出鼻を挫いたでしょう」
「……」
「今もあの判断を間違っていたとは思いません。けれど伊佐美さんの想いを押し退けたのも事実です。だから、申し訳ありません」
背を押す真似をしておきながら意見を抑えつけた、どんな理由があろうとその事実は変わらない。許して欲しいなどと言う気はないし、最早どうあがいても今更ではあるだろう。
それでも謝るべきは謝りたかった。
これもまた、自分本位、エゴだということも自覚しながら。
秀介は暫く、あの時の事を思い返しながら、ゆっくりとサヴィーノの言葉を咀嚼する。
「……どの道、詰んでるように思えるな。貴方のそれは」
「はい?」
「確かに好きにしろと言っておいて、好きにしたら阻止されたという話ではあるが。しかし俺に意志を貫けと言っておきながら貴方が貴方の意志を曲げるのもおかしな話だ」
「……まあ、確かに」
秀介の言葉にサヴィーノがそう応じると、互いに顔を見合わせて苦笑した。
その間に横たわる空気は、禍根が残るようなものではない。
「別に、サヴィーノさんの意志だけでそうなったわけじゃない。あの結果は、だから……」
それから秀介は、遠い目をして、ゆっくりと吐きだすように言った。
「あの場の人たちにとって。大嶽丸さんの意志に対して、俺の言葉が及ばなかった。そう言うこと、なんだろう」
恨むつもりはない。それは掛け値なしに本音だが。
「……悔しくは、思う」
ああ。その想いは、心の底に澱のように残ってはいた。
別にそれこそ、今更どうという話でもない。なんなら、相手に負い目がある事に付け込んだ、ただの八つ当たりだ。
まあ、謝罪ということで何らかの精算を求めていたと言うなら、これくらいの行き場のなかった想いは受け止めていってくれということでお互いチャラに出来ないだろうか、と。
「それでも、俺の想いを受け止めてくれた人もいたことも、ちゃんとわかっている。だから御心配には及ばないよ」
それから秀介がそう言うと、サヴィーノはそうですねと頷いた。
もし秀介にまだ何かケアが必要だというならば、これ以上は、自分のような俯瞰者ではなく、もっと彼に近しく在ろうとした者の役割だろう。
ならば自分の出番はここまでだ。サヴィーノはそうして、礼を言って去ろうとする。
「これまで……どうもありがとう。貴方にもとても助けられたと思っている」
そこで秀介は最後にもう一度、声をかけた。
物語に、熱意をもって踏み込むものが居てこその、一歩引いた位置に居る者の視点。
冷淡である事も否定はできないのだろうが、こうして秀介の事もきちんと気にかけるあたりからも、ある種の真摯さもそこに宿っていたのだろうと秀介は見ている。
そして、それによって描けたものもまた、この物語に深みを与えてくれたと思うから。
●
──妖怪列車が、招かれた者を乗せて一つの駅へと辿り着く。
「知玄、知白、息災であるか? 遊びに来たぞ」
ホームに降り立ち駅へと入っていくと、鈴(ma0771)はここの駅主へと呼びかけた。
「こんにちは、鈴さん」
知白、知玄の二人が鈴を出迎える。
「これはほんの手土産じゃ。桃の節句に因んでの」
「わ。どうもありがとう」
桃の花の練り切りを受け取って、二人は微笑を浮かべる。
二人の駅である裏碁会所は、古寺の一室のような広めの和室という空間だ。
そこに今は、碁盤が一つ。
挨拶が済むと、鈴は迷わずその前へと座る。
「わらわとの想い出を、そなた等に刻みに来たのじゃ。悲しき事ばかりでは無く、良き縁も在ったのじゃと……な?」
鈴の言葉に、特に知玄の方の態度はまだぎこちない。
ただ、互いに向かい合うという意味では、この形が彼らにとって最も良いのは確かだ。
「2対1になるのじゃろうか? それとも順に?」
「僕たち両方とも、というなら、順にだね。僕と知玄は全然打ち方違うから」
鈴の問いに、知白は苦笑して答える。
知白はわりと初動から定石を意識した手堅い打ち方、知玄は積極的に新たな奇手を探しに行くような打ち方をするらしい。
つまり最低でも二局打つことになるわけだが、それも鈴にとっては構わないことではあった。今日は日が暮れるまで相手をするつもりで来ているのだから。
「これでもわらわは勝負事には強いのじゃぞ?」
「ふふ、それは楽しみだなあ」
鈴の言葉に知玄は朗らかに答えた。碁というものにずっと寄り添ってきた二人だが、決して驕るつもりはない。長い歴史の積み重ねを、人間が短い生の中で塗り替えていく、その様もまたずっと見届けてきたのだから。いつだって対局は未知の喜びにあふれている。
(勝っても負けても、楽しめるものが囲碁じゃ)
鈴もまた、微笑しながらただこの時間を楽しんでいる。
──挑む度に盤面が変わり、2色の色彩で盤面を彩る。これ程に愉快で、美しき戦場があろうかや?
代わる代わるに色んな棋譜を生み出し、手の空いた一人は鈴の持参した練り切りや自前の菓子と共に茶を持ってきたりなどする。
「ふふ、そういえばそなた等、映画にも出て居ったのう」
「……うん。妖怪の立場は変わらないことになったけど、僕が人と共に在り続けたい想いもまだそのままだから」
パチリパチリと石を打ちながら、時折に雑談も交えて。鈴はその返事に、ゆるりと頷く。
「いつかを恐れて嘆くより、今を大切に、せねばならぬな」
そう言って。
一人の咎人と二人の妖怪の奇縁を締めくくる時間が、過ぎていく。
●
高柳 京四郎(ma0078)は、今日は葛城 武蔵介(ma0505)の付き添いという形で懐地界へとやってきていた。
「あの神社か……懐かしいな。全てはあそこでの一件から始まったよな」
道すがら、感慨深く呟く。二人が訪れたのは藤守神社だった。多くの咎人たちが、荒魂というものに初めて触れることになった場所。
「想えば大きな切っ掛けは此処からだったな」
この世界への介入、それがどういうものなのかを知る、第一歩だった。
……巌商会の手が入ることになりそうだとは言え、まだここは寂れた神社のままだ。月明りが照らすだけの参道を進み、境内へとたどり着く。
「よく来てくれたのう」
藤守の神様は、二人の来訪を知っていたかのようにそこに居た。
「この国の事で随分と世話になったようじゃの。儂からも礼を言おう」
いや、今日の事だけではない。これまでのこと全てを、この神様はある程度把握しているらしい。信仰が弱まり力を失いつつあったとはいえ、神とされる存在だけはあるのだろう。
「しかし、わざわざこんなところに来るとはもの好きじゃのう。祝勝会ならもっと華やかな場所があるじゃろうに」
神様がそう言うと、武蔵介は緩く首を振ってから、丁寧に頭を下げた。
「かたす国の話、あなたから聞く事が出来たのが大きかったんです」
だからこそ彼は、この世界での出来事を振り返るのにこの場所を選んだ。
荒魂や、この世界の在り方について様々なことが揺らぎ始めたあの時、武蔵介がこの場所を訪れた事は、一連の流れでも大きなポイントの一つだ。
「心友も一緒にここで夜桜見物をしたいのですがいいでしょうか? 彼はこの世界での戦いで一度は斃れましたが、なんとか黄泉返りました。しかも今夜は満月、酒を酌み交わすにはもってこいです」
「ほほ、ここは藤が名物の神社、桜はそう多くはないがの。それでも良くば好きに使うがよい。お主らは恩人じゃ。遠慮することはない」
いっぱいの桜の花道、とはいかないが、それでも季節を彩るよう数本の桜が植わった場所がある。京四郎と武蔵介はその根元に、祝い酒の席を準備する。
「せっかくだし一献いかがかな?」
京四郎はそう言って、神様だけでなく神社の妖怪たちにも誘いをかける。
「うむ、頂こうかの」
「甘いものあるー?」
「私もよろしいのですか? ありがとうございます」
神様のみならず、狛犬たちや大鴉もこの場へと集ってきた。
咎人と妖。奇妙なようで、いつの間にかこれがしっくりと馴染むようなそんな感覚。夜の世界での、影に潜んだ隣人との密やかな交わり。
人の手の入らなくなった、少し荒れた景色がむしろ相応しいとすらいえるような。
京四郎はそんな風景を肴に、酒を酌み交わす。
「色々あったけど、この世界が歩み続けていけて、嬉しく思います」
そんな中で、武蔵介がポツリと言った。
「世界が滅ぶとか……ヒトが、いや人に限らず、命あるものが理なく死んでしまうのは、堪らなく……むなしいことだから」
声は、視線は、どこか遠くへと向けられる。この国の事だけでなく、彼が歩み、見つめてきたそれらへとだろうか。
「過ぎし時によって消えゆくならば、それも定めと思っておったが」
それに対し神様はやはり、悠久の時を見守ってきた深さを湛えた声で言う。
「それでも……今こうして、お主らのようなものと飲み交わす時間がある事は、喜ばしいと思っておるよ」
武蔵介はその言葉をかみしめるように、ゆっくりと頷いた。
「少しでも、この世界で俺が役に立ったのなら何よりです。……あんたも、あの時の事、改めて礼を言わせてほしい」
そうして、神様にそう言ってから、大鴉にも礼を告げた。
「こちらこそ。あの時のお気遣いは今も感謝しております」
大鴉が返事をする、その光景に、京四郎はふっと微笑を零した。
「いつか終わりが来るかもしれないが、こうして共に在る事は決して無駄でも無意味な事でもないと想えるな……救った世界を巡ると想う」
盃を呷り、酒精に酔いしれる。思い浮かぶ様々な景色と想いを共に飲み干して。
「さて、今の内にこの世界を楽しんでおこうかな。一応それなりに縁というか、関わった場所も少なくは無いからな」
この夜が明けたら。
すぐに天獄界に戻るのではなく、もう少し、この世界の様々な場所を巡っておこうと、京四郎は思うのだった。
縁を結んだ様々な妖怪たち、場所。それらを一つ一つ思い出しながら。
●
「あやこちゃん! きたよー。楽しみだね♪」
鳳・美夕(ma0726)はこの日、懐地界へと降り立つと、あやこちゃん(mz0157)をきゅうと抱きしめた。
「うん、とっても楽しみね!」
あやこちゃんも美夕に負けないくらいの弾んだ声で応える。
二人はそのまま──東ノ宮にある映画館へとやってきた。
いよいよ、巌商会が手掛ける初の映画、『森都戦妖奇譚』の公開の時だ。
二人はドキドキしながら映画館に入り、着席する。あやこちゃんは美夕の膝の上だ。
「本日は当映画館にご来場いただき頂きありがとうございます」
スポットライトと共に秀介が登壇し、前口上が始まる。
序盤の穏やかな場面から風雲急を告げ、映像が目まぐるしく動いていく。
重ねられる歌声に、美夕は生演奏を披露する一角へと視線を向けた。
星空 雪花(ma1479)がそこで歌っている。大事な友人の晴れ舞台、その立ち振る舞いにも注目したいが映像からも目が離せないもどかしさ。
映画が進んでいく。ジィト演じる武将が、側近の麗しい青年との交流に僅かな安らぎが齎されていたかと思えば、やがてはその側近すら振り払う冷酷さが際立たされる。
戦乱の世に少しずつ人との関わりを遠ざけていく影の住人。囲碁の精の傍に立つ狐の妖怪は老獪さを滲ませる表情と動作で、慰めながら離れることを促していく。妖怪たちが背を向けて歩き出すその最後、翼人の青年が哀しげな表情で羽ばたき、はらり、一つ落ちた羽が大きく映し出された。
その表情に、情景に込められるものを、秀介の弁舌がより鮮やかに浮かび上がらせる。
ぎゅ、と、握りしめた掌に汗がにじむのを、美夕は感じていた。
本当に、ひとときも、目も、耳も休められない。
幾度となく活動弁士として懐地界の戦いで力を与えてきた彼女の祝詞は、秀介を真似たものだった。
この語りが好きで聞きほれた、彼のはじめっからのファンだった。
それが紡ぐ物語に、笑って、泣いて、心震わせた。
膝の上であやこちゃんが同じように震えるのが、一緒の気持ちなんだと伝えてくれる。
濃密で、永遠のようで──終わってしまったらあっという間のような、時間だった。
そうして、初回上映を祝して設けられた宴席は安堵と喜びに満ちた空気で始まった。
まずはミスやトラブルなどもなく無事に終了させられたし、観客の反応も良かったように思えた。
巌 源一郎(mz0158)が労いの声をかけていく関係者たちの表情は、皆やり遂げた充実感に満ちている。
「初回上演を観させて貰った。無声映画を始めて観たが、良い物だな。私が知っている音声映画等の未来の映画では得られぬ体験があった」
特別に招かれた咎人たちの一人である天魔(ma0247)は、そう言って世話になった者たちに声をかけていった。
「それと映画はいいな。内容もよいが仮に遠い未来に人と妖怪の繋がりが完全に失われてしまったとしてもこの映画は残る」
今回の映像に納められたのは紛れもない本当の妖怪たちと、彼らの存在を認めて手を取った人間たち。……そして、咎人たち。
「映画はかつて妖怪がおり人と親しくしていたという証拠になる」
この世界に、妖怪と、そして咎人たちが居たという事実の、永久に残る証明。天魔はそれを、救いだと考える。
「……すまない。そんな未来にならない為に頑張っていく君にかける言葉ではなかったな」
零すように言ってから、はっと気が付いて天魔は秀介に詫びた。
「……いや。言いたいことは分かっているつもりだよ」
秀介はそれに、緩く首を振って気にする必要は無いと応じた。
「俺が力を尽くせるのだって俺が生きている間だけの事なのだし、更に遠い先の未来がどうなるかは本当に分からない。それでも……貴方たちの為したことは、想いは。無意味な事には、決してならない。この映画が、その理由の一つになれるなら嬉しいよ」
世界と。悠久の時の流れという規模で考えれば、それはとても小さなものかもしれないけど。だけど確かに、この世界の歴史へと打ち込まれた楔となるだろう。
「手助けが必要なら言ってくれ。微力を尽くす」
「ああ。でもやっぱり、ここからは俺たちでなるべく頑張ってみるよ」
秀介の返答に、天魔は満足げに頷いた。彼らの事を不安に思うわけではない。ただ特異点によって大きく揺れ動いた世界というのは、その後にも咎人でなくば手に負えないような事態を揺り返しのように引き起こしてきたのも見てきたため、念のためだ。
「では、この世界の未来がよいモノになる事を祈っている」
このまま彼らの手でよりよい未来が築かれていくならそれに越したことはない。願いを込めて天魔はそう告げて、秀介の元を辞す。
それから天魔はジィトへと向かっていった。
「映画見たっすよ! ジークフリートで演技力が凄いのは解ってたっすけど映画でみるとやばいっすね!」
「おう、あんたも観てくれたか。ありがとうな!」
友人の元、素に戻って素直に演技を称賛すると、ジィトもまた気を許しきった笑顔で嬉しそうに応じた。
戦いの中で見せるのとはまた違う充実感を伴った笑顔だった。ジィトの本来の性分はこちらなのだろうと、天魔は改めて確認する。
「映画出演は今回だけっす? また観たいっす!」
「ん……。どう、なんだろう、な。俺たちは結局外様なわけだし、そこを源一郎とかはどう考えてっかにもよるだろうし……」
躊躇いがちに答えるジィトのその様子は、しかし自制の為なのだろうとすぐに見抜けた。握りしめた拳が、今回感じた情熱と次への期待を物語っている。
ジィトが何気なく反らした視線の先。
「映画初公開おめでとう! あたしも無事に映画完成して嬉しいよ!」
雪花がそこで、源一郎に明るく声をかけていた。
元より映画の広告などで協力すると約束していた彼女は、「あたし、これでも約束はしっかり守る方なんだよ?」との弁のとおり、宣伝や歌い手としてこの映画の為に精力的に活動した。盛り上げていこうと全力で取り組んだ彼女の働きは、今日の成功に大きな貢献を果たしている。
街頭の宣伝でも彼女の歌声は披露されていた。改めて映画館で映像と共にそれを聴くことになったものは感動もひとしおという様子だった。
「色々と紆余曲折あったけど、最終的に映画公開まで辿り着けたし! あたしも今回の映画で広告モデルが出来てすっごい楽しかったよ!」
「……こちらの想像以上の働きだった。感謝している。今日は楽しんでいってくれ」
掛け値なしの笑顔で告げる雪花に、源一郎はややバツが悪そうでもあった。これもまた、前の時に予め言っておいたことではあったが、咎人の起用は源一郎にとってはある種、保険でもあった。彼らは源一郎が生活を保障する義務はないからだ。もし失敗したら、真っ先に割りを食わせやすいという意図が無かったわけではない。
だからこそ一先ずは上手く行きそうなこと、彼女が楽しんでやっていることにほっとしてもいるが。
雪花はそんな源一郎の表情にすら、苦労が滲んでるなあ、社長さんは大変だなあ、という気持ちだった。今日パーティに参加しているのも、源一郎がどうしているのか気になったというのが大きい。
「あれからあやこちゃんと娘さんとはどう? 一緒に暮らせてるの?」
「……時折、会いには来る。あいつには妖怪としての居場所もあるようだから、ゆっくり考えていくつもりみたいだ」
小声で答えるのは、この場にいる、妖怪たちの実在を知らない関係者たちに気を使ってと言うのもあるだろうが、それ以上にそこに様々な想いがあるからだろう。
ただ……それは後ろ向きなものではないように思えて、雪花は微笑んで頷いた。
「次回作の制作が決定したらまたあたしも参加させてね! 約束だよ!」
だから雪花は明るい未来を信じて、朗らかにそう告げる。
折角懐地界で繋がった縁なのだ。この世界に来る事が出来る間はまたこうやって映画撮影に参加できたら良いな、と彼女は思う。
「まあ、前向きに検討はするが。お前には咎人の役割もあるだろう。無理はするなよ」
源一郎はそう言って、返事はやや濁した。
継続的に協力をしていくなら、待遇は咎人という特殊な立場に甘え続けるわけにもいかないだろう。これから事業をどう盛り立てていくか、源一郎は思考を巡らせる。
……と、そこへ。
「大変よいものを見せていただきました。ありがとうございます」
「この度の催しは私も望んだ事ですから……御礼を言わせてください」
マイナ・ミンター(ma0717)とマリエル(ma0991)が近づいてきた。
まずはと恭しく礼をして、映画の感想と祝辞を述べる。
「まだまだ始まったばかりですが、先頭に立つ者は先を見なければ」
そして一通りの挨拶が終わるなり、前置きは終わりだと新たな商談を切り出すのだった。
「マイナお嬢様はこういう方ですので」
そんなマイナに、マリエルはむしろ自慢げにそう言う。
「まあ……手っ取り早いのも嫌いじゃないがな……」
源一郎は頭をかきつつも、話自体には積極的に興味を示した。元々、この結末への道筋を決定的なものにしたのは彼女らと言っても過言ではない。
マイナはそうして、今の興行をしながら、小銭を稼いで雇用を生み出せる案を、異世界から幾つか語って見せた。
「観劇しながら食べる物のバリエーションを生みましょう。異文化ではポップコーンなる食べ物がありますね、マリエル」
「はい、こちらにご用意いたしました。お嬢様」
マイナが言うと、マリエルが予め準備していたそれを見せる。
ポップコーンになるのはトウモロコシの中でも爆裂種と呼ばれるもの。東ノ宮ではまださほど馴染みのあるものではない。
作りたてに出来ればよかったのだろうが、今回はホテルの部屋だ。厨房を借りるというわけにもいかないため、マリエル自慢のお茶と調理の実演は後日改めてということになった。
「手軽で座席に持ち込みやすく、匂いや咀嚼音が他の菓子類よりはかなり控えめに出来るということで、映画館に適しているそうです」
説明を聞き、源一郎はしげしげと眺めたり、匂いを嗅いだり、一つ摘まんでみたりなどした。ある意味異世界チートなのだが、だからこそ先を進みすぎているものは、中々ピンとこないというのもある。
近くに居た者たちも「何ですかそれ」と興味を持って口にし始める。口の中で広がる香ばしさを気に入った者もいれば、甘くないのか、と微妙な反応な者もいる。
何にせよ話の種として一通り盛り上がったのは間違いなかった。
「次はハロウィンでも根付かせますか?」
そうしてマイナはさらにそう話題を切り出してきた。
「また何か、外国の行事か? こないだもバレンタインだの聞かされたが……」
単語の響きから何となく推察して源一郎は応じるが、やや戸惑いもあった。
それは本来異国の風習、和ノ国においては未来の文化なのだろう。今始めて受け入れられるものなのかとか、そうあれこれ手を広げると危ういといった懸念もあるが、それ以上に、咎人たちから伝授された知識で、それらを何もかもここ発祥にしてしまっていいのか、ということに対する漠然とした不安もあった。
本来の発展の経緯を一足飛びにすれば、どこかで歪みが生じて踏み外すのではないかと。
「……今、ハロウィンの話されてました?」
そこに話に加わってくるものが居た。白花 琥珀(ma0119)だ。
「ハロウィンという行事に倣ってみませんか、と思っていたんです──黄泉御霊会を」
琥珀がこの場に来たのは、その提案の為だった。本当はすぐにでもやりたい、というほどの想い入れがそこにはある。
そうして彼女が提案した内容は以下のようなものだった。
宴は美味を沢山奉納した後、それを食す。その食事の際には、隣席の人の素性を問わず仲良く食事をする、というものだが。
「現世と黄泉が混ざり合う黄泉御霊会の日に、人間は面をつけたり妖怪の扮装をして黄泉に連れて行かれないようにする」
その際に仮装、という条件を設けるのが「ハロウィンに倣う」という部分らしい。
「──そうしたら、妖怪達も宴に混じれるんじゃないかと思って」
琥珀がそう言ったとき、源一郎は再びマイナの方に視線をやっていた。マイナもその視線を受けて頷く。
彼女がハロウィンを提案した理由も、新たな商売というだけでなくそこにあった。
伝説は伝説のまま。人は架空の存在として仮装を楽しみ、しかし妖怪が妖怪らしく、表に出てもバレない日を作ってもよいのでは、と。
「私の世界でも妖精は『お話』で、でもすぐ隣にいましたから」
かつて源一郎と商談を進めた時に望んだ、この世界で各地の妖怪譚を集めて、お話として根付かせるという事も、マイナは諦めていない。
特異点が安定した先にある、人と妖怪の未来。彼女らはそれを見据えている。
改めてそうした想いを目の当たりにして、源一郎から漏れる苦笑には色んな想いが絡まっていた。だが、今は一先ず、再び琥珀に視線を戻す。
「宴は黄昏時から丑三つ時まで数人の人が交代で、一晩、ヨモツノカミ様の心を慰めるために舞を奉納します」
現世と黄泉の平和、そしてヨモツノカミ様自体の心の平穏を願う宴として。
子供は8時門限とし、この宴のルールを破った者は恐ろしい目に合うという噂を流す。
「商売のために、妖怪に攫われないためにお菓子が必要とでもしますか?」
「……そのあたりはもう少し色々考えられそうだな。妖怪との交流が前面に出過ぎてヨモツノカミの色が薄れても不味いだろう」
源一郎は「ハロウィン」がよく分からない。だからこそ黄泉御霊会はあくまで黄泉御霊会として、元ネタに引っ張られすぎることもあるまい、と考える。
だが総じて琥珀の提案はたたき台としては十分に検討の価値のあるものとして受け止められているようだ。
「ヨモツノカミ様がこの宴に混じれたらいいな、という願望もありまして……最初の宴には絶対呼んで下さいね。私一人でも一晩舞いますから!」
「そうだな。まあそっちの状況次第ではあるんだろうが……実現が決まったら、その時に可能であればあんたらに連絡は取るさ」
最後に、そうしっかりと約束して、頷き合う。
その後もこの場で多少の話し合いが重ねられ。
「今後のご発展を心からお祈り申し上げます」
「……ああ。ここまでの尽力に、改めて、感謝する」
マリエルがそう伝えれば源一郎がそう返して、一区切りとなった。
そこを見計らってだろう、更級 暁都(ma0383)が源一郎に近づいてくる。
「お久しぶりです、源一郎さん。沙都香さんは、はじめましてですね」
「初めまして。巌 沙都香です。この度は父がお世話になりました」
暁都が親子にそう挨拶すると、沙都香も丁寧に礼を返す。
「新事業となる映画の初公開、無事完了しましたね。お疲れ様です」
「……そうだな。一先ずは第一関門突破、と言ったところだ」
暁都がまず切り出したのは、初回公演を見たというその内容についてだった。
「良い映画でした」
率直な感想だが、手応えを感じている源一郎にはそれで十分だった。大衆を相手取るものなのだ、むしろまず直感的に良いと思うかそうでないかが最重要。その一言がもらえる事こそがとてもありがたい。
暁都は、そんな源一郎の様子を見ながら、このまま初公開の映画がヒットして映画の素晴らしさが広まれば、と願う。
「あやこちゃんから、藤守神社の管理も手に入れると聞きました。藤守神社の穢れを祓うのに協力しましたので、気になっていまして」
「まあ、色々と今後のことを思えば、ああいう場所を抑えておく必要はあるだろ」
映画の撮影場所として使えるというのもあるが、神事などを行う必要があれば、やはりそれに相応しい場所である方が望ましい。
今後人と妖怪の間に何かあった場合に備えて、というのもあるようだ。
それを汲み取って、暁都は頷いた。懐地界の皆さんの今後が良きものであってほしい。こうして交流しながら彼が望むのはそれだ。
だから、暁都はその流れであやこちゃんとどう関わっていくのかも尋ねていた。源一郎だけでなく、沙都香にも。
一緒に過ごされれば、と、暁都は思うのだが……。
「……別に強くあいつを遠ざけるつもりもないが、しかし、俺たちの世界とあいつの世界には一線を引き続けることにしたんだ。そこも考えないわけにはいかないとは思っている」
やがて源一郎は、ゆっくりとそう答えた。
「はっきりと俺の関係者であるってことが、あいつの今の居場所に不利にもなりかねん」
妖怪たちが源一郎へと向ける視線は、まだ厳しいものも残るだろう。その事もあって源一郎のあやこちゃんへの態度はまだどこか慎重なようだった。
「あたしは……そうね。お父さんとの間の事、あやこちゃんがいる世界の事……あたしは、まだよく知らないんだわ。だからまず、それから、かな」
そうして沙都香も、まだすぐには答えは出さない、という風にそう答えた。ただそれは、迷いや不安と言った後ろ向きな感情からだとは感じなかった。
おそらくは彼女とあやこちゃんの間で、ある程度の話し合いはされてるのだろう。
「お二人には、あやこちゃんと共に幸せになっていただきたいです」
どんな形になるにせよ、最終的にはただその願いを込めて暁都は二人に告げる。
言われて沙都香が視線を向けた方へ、彼も何とはなしに同じく顔を向けた。
遠い視線が向かう先には、妖怪たちが宴を繰り広げている一室がある。
「あんまはしゃぎすぎて転ぶなよ」
広い一室を駆け回る幼い様子の妖怪たちに、金路(ma1384)が苦笑して釘を刺しておく。
先に一通り料理が運ばれていた後はホテルの従業員はやってこないことになっているこの部屋には、映画や一連の事件で関わった妖怪たちが集う場所になっていた。
金路がここに居るのも、咎人としてではなく出演した妖怪としてでもあった。年寄りらしい面倒見の良さがある金路は、撮影中からも何体かの妖怪たちから慕われていた。
考えてみれば妖怪が人間の領域におおっぴらに『招かれる』というのは彼らにとって珍しい事ではあるのだろう。
人間たちの手による華やかな宴の場、それは彼らからすれば『異界』かもしれない。
妖怪たちの中に、ちらほらと事情を知る人の姿。その光景に、金路は盃を傾けながら、やり切った妖怪と人に安堵して、喜びをかみしめる。
「ま、何とか一区切りって奴か」
金路は一息ついて、肩を馴らすよう回した。
今日、ここに来る前に会ってきた、別件で知り合った妖怪たちの事も思い返しながら、金路は今日この空気に浸る。
そこに、お銚子を手に近づいてくる妖怪がいた。
「やあ、あんたは咎人だって? こうして見てると完全に我々のお仲間だがなあ」
相手は感慨深そうにそう言って、金路の盃に酒を注いでくる。金路は酒はありがたくいただきながらも苦笑した。
「俺ンとこの駅は幸いにして巻き込まれなかったが、あんたら咎人って奴には随分世話になったそうじゃねえか」
禍根が無いからこそ、こうして今関わることが出来たと言えるが、逆に言えばこれまでの事をよく知る機会が無かったのだろう。どうやらこの妖怪は、話しかけやすいと感じた金路からそのあたりを色々聞きたいようだ。
「なに、わしは大したことはしてねぇ。結局一番気張ったのは若ぇ奴らだろうからな」
金路はそう言って改めて、周囲の者たちを広く見まわした。
この場はほとんど妖怪たちと、それからそちらとの交流を主に考える咎人たちだ。人の姿は一握りで、大体的に人と妖怪が分かり合えるという事を示すものではない。
だが、この世界はこれでも良いのだろう。
その事が表に知られることはなくとも、密やかに想いは交わされている。
これまでのこの世界との関わり、その中で約束した、少しでも『妖怪と人が静かでも寄り添える世界』は出来たのだろう、と金路は安心する。
源一郎たちの頑張りや、行ってくれた事にも感謝をしながら、彼はこの場での交流を見届けていた。
そんな中で、A(ma1454)も盃を掲げる。
「何だか色々あったが、乾杯!」
楽しそうにそう音頭を取ったかと思えば、Aはそわそわと周りを見回していた。
「村正殿もいらしているか……?」
実際のところ、村正は逢魔兵装にされたということを考えるとむしろ巌商会には恨みを残していてもおかしくはないのだが。
「……む。貴殿か」
意外というべきなのだろう。妖刀村正はこの場に居た。Aのことも無論覚えている。
逢魔兵装にされた多くの妖怪たちは、まだ巌商会に警戒心を抱いている。だが村正はその中では比較的冷静だった。その性質上、反骨心を持つ者は嫌いではないのだ。故に封じられたことも己の不覚もあったと捉えている部分があるのだという。
そうして反感の薄い自分が、同じ目に遭った立場の者として、懸念を確かめるためにあえてこの場に赴いていた、というわけだ。
「封じられている間、某を手にしていた男も中々ではあったしな。護るべきものの為には天下に仇なすことも辞さぬか。特に泰平の後の世では中々見られぬ気概ではないか」
妹のためにと巌商会に忠誠を誓った、彼の使い手はそんな男だった。
語る村正の瞳には妖刀らしい歪な輝きがある。そしてその輝きにこそ、Aはうっそりと目を細める。
ここには村正をはじめ、武具の付喪神などとも話せればいいと思って来たのだ。
予めこの国の宴の礼儀作法も調べてきた。慣れないなりにやり方を合わせつつも、これらの妖怪たちを中心に楽しく話を聞いて回る。
多くは映画に協力してほしい、とのあやこちゃんからの呼びかけに集まってきた者たち。小道具の映りや殺陣についてなどをAが聞くと、嬉しそうに彼らは話してくれる。
「私も刀を手に入れたのだ。こちらはまだまだ戦があってね」
逆にAが、自身の刀である妙応丸を自慢すると、やはりというか皆興味を向けた。それから、彼の言葉にやや神妙な表情になる者たちがいる。
「そうか、そちらはまだ戦……か」
いろんな想いの混じった声だった。天下泰平に。そして人の技術の向上に。彼らは人の手から遠ざかっている。
「どんな形でも、貴公の名と刃が残るよう祈っている」
それにAは、真摯な想いでそう伝えた。逸話として。美術品として。そう言った形で彼らが語り継がれることはあるだろう。
どれほどの時を経ようとも、人に想いを注がれた名品であることは紛れもないのだから。
「だから、ああ~、もう一回刀身を見せてくれんか。舐めないから!」
「ぬ、ぬうう!? 落ち着かれよ!? 貴殿酔っておられるのか!?」
そうして急に声のトーンを変えたAに、村正は反射的に後ずさっていた。
Aは笑う。彼は酒は飲めない。だがこの場は酔いしれるのに十分な空気があった。
そうやって過ごすうちに、ぼつぼつとこの部屋に新たに訪れてくるものが居た。
どうやら人間側の方の宴会も一通りのあいさつ回りは終わる頃合いのようで、ちらほらとこちらの様子を見に来る者たちも出始めたようだ。
そうしてやってきた相手を見て、まず美夕が駆け寄っていく。
「映画、凄かったです! 感動しました。私、あなたのファンなんです。サインください」
あやこちゃんとのんびり過ごすためにこちらで楽しんでいた彼女はそうして、現れた秀介にようやくそれを伝えることが出来た。
「……ああ。応援どうもありがとう。喜んで」
ただ純粋にファンとしての真っ直ぐな賛辞。それは勿論、とても嬉しいものだ。
自分を認めてくれたその心意気に応える為にも、変な遠慮や恐縮は出さない。ここまでの咎人への礼の気持ちも込めて、秀介は快くサインに応じた。そして。
「うわあ……覚悟はしてたけど、すごい光景ね?」
「あ、おねえちゃん!」
また一人。沙都香がここへやってくると、美夕は秀介に深く丁寧に頭を下げてから、沙都香の方へも寄っていく。
「はじめまして。私は鳳・美夕。あやこちゃんのお友達」
「うん、咎人さんはみんないい人だけど、その中でも美夕さんは大事なお友達!」
「そっか……初めまして。あやこちゃんを助けてくれてありがとう」
美夕は、今のあやこちゃんの在り方にはこの「おねえちゃん」の影響が大きいと思っている。出来れば友達になりたいと思っていたが、そうしてあやこちゃんを介して話してみれば二人はあっさり打ち解けることになった。
「健気で一生懸命で……ほんっとうにかわいいよね、あやこちゃん!」
「そうね。居てくれると心がほんわかして、辛い状況でも何か元気が出るのよね」
「ふ、二人とも、そんな……」
そうして一緒にあやこちゃんの可愛い所を語り合って盛り上がっていると、そこへ近づいてきたのは川澄 静(ma0164)だ。
「こんにちは、あやこちゃんさま。今日は楽しんでおられますか?」
「ええ、とっても! こんな場所で人みたいに賑やかに過ごすなんて、不思議ね」
にこにこと答えるあやこちゃんに、静は万感の想いで目を細めた。
(人と妖怪がより良い関係になるように……願ってやみません)
そのまま一度目を閉じて、祈るようなその気持ちを新たにしてから、静はまた、明るい笑顔をあやこちゃんに、この場の者たちにと向ける。
「あやこちゃんさま達と、これから楽しい時間を過ごしたいです」
咎人としての「任務」は終わった。だが「咎人」でなく「私」は「友達」と楽しく過ごす時間こそが大事なのだと。
勝利や、義務感ではない、ただこんな時間の為に戦ったのは、丁度映画の武将と同じ事なのだと静は言う。
「また来ますね!」
「ええ、遊びに来てくれたらいつでも歓迎するわ!」
そう言い合うと、静は次に秀介の元へと向かう。
「伊佐美さま、黄泉御霊会のときには共演させてくださいませ」
「黄泉御霊会、か。どんな形になるかはまだ未知数だけどな。……まあ、舞の奉納は確実に求められているか」
振られた話に、秀介が何とはなしに言うと、静もそれに頷いた。
「この国のかつての御霊会も田楽などの踊りを皆で踊ったのだとか。黄泉御霊会も踊る、演じるという神事は、中心に据えたいですね」
あとで源一郎にもその話はしておこうと思いつつ、今は静は秀介に希望を伝える。
「ヨモツノカミさま、御霊会開催の折に、コハも交えて話しましょう」
そうして静は顔を上げ、天の座へと還ったヨモツノカミに呼びかけるようにそう呟いた。
……大いなる神はその力の強さゆえに、ひとところに明確な存在を持つべきではない。それがこの世界の在り方であり、神にまつわるその事実もそのまま保たれた。
それはだから、いつか開かれる黄泉御霊会で自分たちの想いがきっと彼女の元へと届くよう、そしてその空間でかの神の想いが僅かにでも感じられたらと。そのような形でもいいから……これまで分かってきたことを踏まえて望むなら、そんな形なのだろう。
直接、ヨモツノカミ様の姿を前に、その声を、言葉を聞くことは、もうないだろうか。
あの日、あの戦い、その最後に見た慈母としてのヨモツノカミ様を、秀介は目を閉じて鮮明に思い出そうとしていた。
再び彼女らが語らう機会を。望めば可能性は皆無ではないのかもしれない。咎人たちとのこれまでを思い返せば、秀介はそんな風にも思えた。
と、そこでふと気が付いて、秀介は静に挨拶をしてこの場から離れる。
視界を過った相手に向かっていくと、辿り着く前に向こうもこちらに気が付いたようだ。
「あ、秀介、こっちだよ!」
ケイウス(ma0700)が明るい声で大きく手を振ってくる。その傍にはシアン(ma0076)とジィトがいた。
「やあ、盛り上がってるな」
「うん! 映画の話してたら喋りたいことが尽きなくてさ! ジィトとシアンとお芝居できて嬉しい! 秀介の語りも感激したよ!」
「ああ。良い映画になったよ。君たちも出演お疲れ様。この映画の弁士をやれて良かったと思ってるよ」
ジィトはもとより、ケイウスやシアンも映画に出演していた。だからこの場の参加は、出演者としてでもある。
彼らは妖怪たちが集まるここの別室を中心にこの宴を楽しんでいた。そうして妖怪たちとも撮影中の事や、これまでの事を話して。ケイウスは改めて思う。
「この世界を知って悩んで選んだ事、無駄な物なんて一つもなかった。嬉しかった事も、悔しかった想いだって、全部が今に繋がってる」
自分の望みをかなえられた、妖怪と友達になれたのだと、実感してしみじみと呟いて。
「妖怪達との縁を人の側から繋いでくれて、ありがとう!」
そして、彼らしい、太陽のような笑顔を向けて秀介にそう礼を言った。
「どういたしまして。こちらも……君たちがこの世界で手と心を尽くしてくれた全てに、何度礼を言っても足りないと思っているよ」
秀介はそう返す。似たような礼をもう、実際何度も言った気がして。それでも機会のある度に何度でも言いたいのは紛れもない本音だった。
……似たような言葉になってしまうのは、活動弁士として恥ずべきことだろうか。だが心からの気持ちを、余計に飾れば良いというものでもないのが悩ましい。
ケイウスはやはり、何度も繰り返されたような気がするその言葉に、毎回えへへ、と心から嬉しそうな笑顔で応じて。
それから、ジィトの方へと向き直った。
「ジィトも、改めてお疲れ様! 映画だけじゃなくて、これまでの全部に」
一緒に戦って頑張ってきた、その事に向けて、ケイウスはここで労いの言葉を伝える。それこそ映画のラストシーンのように。今この時だけじゃない、ここまでに積み重ねられてきたもの、暖かいもの、寂しいもの、全てへの想いを丁寧に織り込んで。
「……それこそ、お互い様じゃねえかよ。でも、そうだな。俺からもお疲れさん。ケイウスも、シアンも、秀介も。あんたらと作品が作れて、俺もすげえ嬉しい」
分かり切ったことを、伝えてはいけないわけがない。ケイウスの想いにジィトも色んな気持ちが混ざった笑顔でそう応じる。
ケイウスはそれに「うん!」と元気よく頷いて……それから、そっと見守るようにシアンへと視線を向けた。
シアンは静かに、秀介の正面へと進み出る。
「お疲れ様。今までずっと……ありがとう」
まずは。伝えるべきこととして、今までの協力への感謝と未来へのエールを。
それから……お互いまっすぐ向かい合ったそこで、しっかり視線を合わせて。
「その、さ。……生きる意味、見付けられそうなんだ」
まだ彼自身戸惑いも覚えてるのだろうそれを。
「だから、秀介さんも。自分を見失わずに生涯を全うできるよね」
以前秀介がくれた言霊を、シアンからも伝えた。
ここで一度、そっとケイウスとジィトに視線を送る。二人とも何も言わず、微笑み、そして力強く頷いて見せた。
そんな二人を誇らしく思いながら、シアンは再び秀介を見る。
自分は親友たちのおかげで生きる意味を見付けられそうだから、秀介さんもきっと、自分を見失わずに生涯を全うできるよね、と。
「そう、願ってる。私の願掛け、私のエゴだよ」
言いながら。
シアンにはもう、確信に近い思いがあった。
「迷っても悩んでも、きみならきっと大丈夫。私も精一杯生きるから」
秀介もそんなシアンをずっと、目を逸らさずにしっかりと見つめ返した。
その名を名乗る由来となった瞳の色は、確かに以前見つめたそれとは違って見える。
「……そうか」
ゆっくり噛み締めるように、秀介はシアンの言葉を、今目に映るものの意味を咀嚼する。
「そうだな。君からそんな言葉を聞けたなら、俺もこれからももっと頑張るよ。君が見つけたその意味を、君がこれから先も失わないよう、勝手な願いを込めて」
秀介はそう答えて、そして二人は笑い合った。
活動弁士の行く末や、妖怪と人の未来。
そんな先の話だけでなく、目先の映画事業や、その前に秀介自身、このまま活動弁士として上手く続けられるなんて保証もない。
それでも。
そんな日々を一歩一歩進んでいくのにあたって、ここまでの色んな事全てが、自分に大きなものを与えてくれたと秀介はこの時はっきりと実感していた。
思い知ったこともある。変えられない、変えてはいけない定めというのもあるのだろう。
届かなかった言葉は、定めでなく自分の未熟のせいだろうか、と思う事もある。
それでも──こうして届いた言葉、手にした掛け替えのないものも、間違いなく、ある。
いつかまた目の前が闇に閉ざされそうになったとき、必ずこの輝きを思い出すよ、と。
晴れ晴れとした秀介の表情に、シアンはもう一度口を開く。
この場で最後に告げるべき言葉を。
自分と秀介と懐地界。自分と『彼』。その物語を……──
「またね」
区切る為の、言葉。
別れじゃなくて、これからも続いていく物語に対して贈るそれ。
「うん! これからも、またよろしくね!」
ケイウスもまた、お疲れ様とありがとうの気持ちを込めて、そこに続いた。
今日、この日の物語は、間もなく終わる。
でもそこからは「おしまい」じゃなくて、これからの話を。
(ジィトも秀介もシアンも、これからも傍でみんなの物語を一緒に見たい。大切な今を、もっと先に繋げていきたい)
ケイウスは心から、そう願う。
「ああ。また会おうな。いつでも楽しみにしている」
秀介も、同じ想いで頷くのだった。
●
回り続けていたフィルムが終端へと辿り着き、止まる。
これは物語。
いつか来る終わりと、別れ。それに向かい合うための。
だけどこの記録は、この記憶は、きっとその先の想いへと繋がっていく。
……ねえ。
もうちょっとだけ、贅沢を願ってもいい?
いつかあなたはまたどこかで、この物語を思い出してくれるかしら。
そうしてくれさえすれば。
それがどんなにはるか先の事だったとしても、あたしたちはちゃんと、そこにいるわ。
そうでしょう?
(執筆:凪池シリル)
ジィト(mz0039)と伊佐美 秀介(mz0156)が、決着について語り合っていたそこには、もう一人の咎人が居た。
ある意味で「あの人」の話をするならば最も重要とも言える存在。
「悪者のまま死ねたの、嬉しかったのかなあ」
そうしてシトロン(ma0285)は、沢渡 龍造(mz0159)の話題にポツリと言った。
「改心する悪役とか絶対やりたがらないでしょ、あのヒト」
ジィトも秀介も苦笑する。シトロンの見解を、二人とも肯定した。あそこまであの態度を貫いてその結末は、彼に言わせたら正に「中途半端で、実に白ける」という物だろう。
二人はそのままシトロンを真っ直ぐに見た。
龍造に止めを刺したのは彼女だった。他ならぬ龍造自身が望んだそれを、彼女は躊躇いもなくやって見せた。その事に対し、何か曇るような様子も、彼女にはない。
「手を差し伸べるとか、そういうのは違うって思ったんだ」
そうして彼女は、その時のことをそう語った。
救いたいとかそういうことは全然考えてなくて、ただそれがあのヒトの終わりに一番相応しいって感じたから、そうしたのだと。
「何となくね、二人には知ってて欲しかったんだ」
そしてシトロンは、二人にそれを告げに来た理由をそう言った。
「だって。『役者』っていうあのヒトと同じ魂を持つヒト達だから」
──最期の瞬間。
満足してくれたのか、本当に自分で良かったのか。
もう永遠に分からない。幾ら考察しても、本人に直接聞くことは叶わない。
だけど、何となく、役者という共通点がある二人に聞いて欲しいと思った。
二人の反応は、沈黙。
それは、彼女の言葉を二人が受け止める時間の為のものだった。既にかの存在は、特に秀介には大きく影響を及ぼしているだろう。それを更に深化させるために、シトロンの言葉は重要なものだった。
「救われなくても。報われなくても。心に残る物語、登場人物というのは、ある」
やがて秀介が言ったのは、そんなことだった。
「……破局に終わるというなら、その人物は最後まで間違ったままか失敗し続けるという事だ。そんな物語が、苛立ちもせず、むしろ心震わせるならそこには何があるのだろう」
目が離せない。
正しくない選択をしていて。上手く行かないだろうと見ていて思うはずなのに。破滅に進んでいることが明らかなその道を進み続けるその様を、でもこの人ならそうするということを納得してしまう。
それは、間違える、失敗する、そんな人をそのまま好きになれた、という事じゃないか。
……ある意味それは、救いに導かれるよりも喜ばしいことかもしれない。
「俺は──忘れないよ。忘れようにも出来る気がしない」
確信を込めて、秀介は呟く。この想いはきっと、決着を終えた今この時限りの感傷にはならないだろう。
シトロンは、龍造の生き様を誰かに覚えていてほしいと思った。
正にそれは、彼女が紡いだ物語によって為されることになったのだ。
●
そうやって、映画の準備が、災厄を退けたこの世界が新たな未来に向かって進む中。
「お疲れ様です。今、少しお時間いいですか?」
サヴィーノ・パルヴィス(ma0665)は、余裕がありそうなタイミングを見計らって、秀介へと声を掛けた。
「大嶽丸の件を改めて謝罪したくて」
あえてこんな形を取ったのも、サヴィーノなりの理由があった。そんなに手間を取らせるような話でもないし、宴のような場で言うのは水を差しかねないから。
「意思を貫く覚悟を決めろと言っておきながら、俺のエゴを優先して出鼻を挫いたでしょう」
「……」
「今もあの判断を間違っていたとは思いません。けれど伊佐美さんの想いを押し退けたのも事実です。だから、申し訳ありません」
背を押す真似をしておきながら意見を抑えつけた、どんな理由があろうとその事実は変わらない。許して欲しいなどと言う気はないし、最早どうあがいても今更ではあるだろう。
それでも謝るべきは謝りたかった。
これもまた、自分本位、エゴだということも自覚しながら。
秀介は暫く、あの時の事を思い返しながら、ゆっくりとサヴィーノの言葉を咀嚼する。
「……どの道、詰んでるように思えるな。貴方のそれは」
「はい?」
「確かに好きにしろと言っておいて、好きにしたら阻止されたという話ではあるが。しかし俺に意志を貫けと言っておきながら貴方が貴方の意志を曲げるのもおかしな話だ」
「……まあ、確かに」
秀介の言葉にサヴィーノがそう応じると、互いに顔を見合わせて苦笑した。
その間に横たわる空気は、禍根が残るようなものではない。
「別に、サヴィーノさんの意志だけでそうなったわけじゃない。あの結果は、だから……」
それから秀介は、遠い目をして、ゆっくりと吐きだすように言った。
「あの場の人たちにとって。大嶽丸さんの意志に対して、俺の言葉が及ばなかった。そう言うこと、なんだろう」
恨むつもりはない。それは掛け値なしに本音だが。
「……悔しくは、思う」
ああ。その想いは、心の底に澱のように残ってはいた。
別にそれこそ、今更どうという話でもない。なんなら、相手に負い目がある事に付け込んだ、ただの八つ当たりだ。
まあ、謝罪ということで何らかの精算を求めていたと言うなら、これくらいの行き場のなかった想いは受け止めていってくれということでお互いチャラに出来ないだろうか、と。
「それでも、俺の想いを受け止めてくれた人もいたことも、ちゃんとわかっている。だから御心配には及ばないよ」
それから秀介がそう言うと、サヴィーノはそうですねと頷いた。
もし秀介にまだ何かケアが必要だというならば、これ以上は、自分のような俯瞰者ではなく、もっと彼に近しく在ろうとした者の役割だろう。
ならば自分の出番はここまでだ。サヴィーノはそうして、礼を言って去ろうとする。
「これまで……どうもありがとう。貴方にもとても助けられたと思っている」
そこで秀介は最後にもう一度、声をかけた。
物語に、熱意をもって踏み込むものが居てこその、一歩引いた位置に居る者の視点。
冷淡である事も否定はできないのだろうが、こうして秀介の事もきちんと気にかけるあたりからも、ある種の真摯さもそこに宿っていたのだろうと秀介は見ている。
そして、それによって描けたものもまた、この物語に深みを与えてくれたと思うから。
●
──妖怪列車が、招かれた者を乗せて一つの駅へと辿り着く。
「知玄、知白、息災であるか? 遊びに来たぞ」
ホームに降り立ち駅へと入っていくと、鈴(ma0771)はここの駅主へと呼びかけた。
「こんにちは、鈴さん」
知白、知玄の二人が鈴を出迎える。
「これはほんの手土産じゃ。桃の節句に因んでの」
「わ。どうもありがとう」
桃の花の練り切りを受け取って、二人は微笑を浮かべる。
二人の駅である裏碁会所は、古寺の一室のような広めの和室という空間だ。
そこに今は、碁盤が一つ。
挨拶が済むと、鈴は迷わずその前へと座る。
「わらわとの想い出を、そなた等に刻みに来たのじゃ。悲しき事ばかりでは無く、良き縁も在ったのじゃと……な?」
鈴の言葉に、特に知玄の方の態度はまだぎこちない。
ただ、互いに向かい合うという意味では、この形が彼らにとって最も良いのは確かだ。
「2対1になるのじゃろうか? それとも順に?」
「僕たち両方とも、というなら、順にだね。僕と知玄は全然打ち方違うから」
鈴の問いに、知白は苦笑して答える。
知白はわりと初動から定石を意識した手堅い打ち方、知玄は積極的に新たな奇手を探しに行くような打ち方をするらしい。
つまり最低でも二局打つことになるわけだが、それも鈴にとっては構わないことではあった。今日は日が暮れるまで相手をするつもりで来ているのだから。
「これでもわらわは勝負事には強いのじゃぞ?」
「ふふ、それは楽しみだなあ」
鈴の言葉に知玄は朗らかに答えた。碁というものにずっと寄り添ってきた二人だが、決して驕るつもりはない。長い歴史の積み重ねを、人間が短い生の中で塗り替えていく、その様もまたずっと見届けてきたのだから。いつだって対局は未知の喜びにあふれている。
(勝っても負けても、楽しめるものが囲碁じゃ)
鈴もまた、微笑しながらただこの時間を楽しんでいる。
──挑む度に盤面が変わり、2色の色彩で盤面を彩る。これ程に愉快で、美しき戦場があろうかや?
代わる代わるに色んな棋譜を生み出し、手の空いた一人は鈴の持参した練り切りや自前の菓子と共に茶を持ってきたりなどする。
「ふふ、そういえばそなた等、映画にも出て居ったのう」
「……うん。妖怪の立場は変わらないことになったけど、僕が人と共に在り続けたい想いもまだそのままだから」
パチリパチリと石を打ちながら、時折に雑談も交えて。鈴はその返事に、ゆるりと頷く。
「いつかを恐れて嘆くより、今を大切に、せねばならぬな」
そう言って。
一人の咎人と二人の妖怪の奇縁を締めくくる時間が、過ぎていく。
●
高柳 京四郎(ma0078)は、今日は葛城 武蔵介(ma0505)の付き添いという形で懐地界へとやってきていた。
「あの神社か……懐かしいな。全てはあそこでの一件から始まったよな」
道すがら、感慨深く呟く。二人が訪れたのは藤守神社だった。多くの咎人たちが、荒魂というものに初めて触れることになった場所。
「想えば大きな切っ掛けは此処からだったな」
この世界への介入、それがどういうものなのかを知る、第一歩だった。
……巌商会の手が入ることになりそうだとは言え、まだここは寂れた神社のままだ。月明りが照らすだけの参道を進み、境内へとたどり着く。
「よく来てくれたのう」
藤守の神様は、二人の来訪を知っていたかのようにそこに居た。
「この国の事で随分と世話になったようじゃの。儂からも礼を言おう」
いや、今日の事だけではない。これまでのこと全てを、この神様はある程度把握しているらしい。信仰が弱まり力を失いつつあったとはいえ、神とされる存在だけはあるのだろう。
「しかし、わざわざこんなところに来るとはもの好きじゃのう。祝勝会ならもっと華やかな場所があるじゃろうに」
神様がそう言うと、武蔵介は緩く首を振ってから、丁寧に頭を下げた。
「かたす国の話、あなたから聞く事が出来たのが大きかったんです」
だからこそ彼は、この世界での出来事を振り返るのにこの場所を選んだ。
荒魂や、この世界の在り方について様々なことが揺らぎ始めたあの時、武蔵介がこの場所を訪れた事は、一連の流れでも大きなポイントの一つだ。
「心友も一緒にここで夜桜見物をしたいのですがいいでしょうか? 彼はこの世界での戦いで一度は斃れましたが、なんとか黄泉返りました。しかも今夜は満月、酒を酌み交わすにはもってこいです」
「ほほ、ここは藤が名物の神社、桜はそう多くはないがの。それでも良くば好きに使うがよい。お主らは恩人じゃ。遠慮することはない」
いっぱいの桜の花道、とはいかないが、それでも季節を彩るよう数本の桜が植わった場所がある。京四郎と武蔵介はその根元に、祝い酒の席を準備する。
「せっかくだし一献いかがかな?」
京四郎はそう言って、神様だけでなく神社の妖怪たちにも誘いをかける。
「うむ、頂こうかの」
「甘いものあるー?」
「私もよろしいのですか? ありがとうございます」
神様のみならず、狛犬たちや大鴉もこの場へと集ってきた。
咎人と妖。奇妙なようで、いつの間にかこれがしっくりと馴染むようなそんな感覚。夜の世界での、影に潜んだ隣人との密やかな交わり。
人の手の入らなくなった、少し荒れた景色がむしろ相応しいとすらいえるような。
京四郎はそんな風景を肴に、酒を酌み交わす。
「色々あったけど、この世界が歩み続けていけて、嬉しく思います」
そんな中で、武蔵介がポツリと言った。
「世界が滅ぶとか……ヒトが、いや人に限らず、命あるものが理なく死んでしまうのは、堪らなく……むなしいことだから」
声は、視線は、どこか遠くへと向けられる。この国の事だけでなく、彼が歩み、見つめてきたそれらへとだろうか。
「過ぎし時によって消えゆくならば、それも定めと思っておったが」
それに対し神様はやはり、悠久の時を見守ってきた深さを湛えた声で言う。
「それでも……今こうして、お主らのようなものと飲み交わす時間がある事は、喜ばしいと思っておるよ」
武蔵介はその言葉をかみしめるように、ゆっくりと頷いた。
「少しでも、この世界で俺が役に立ったのなら何よりです。……あんたも、あの時の事、改めて礼を言わせてほしい」
そうして、神様にそう言ってから、大鴉にも礼を告げた。
「こちらこそ。あの時のお気遣いは今も感謝しております」
大鴉が返事をする、その光景に、京四郎はふっと微笑を零した。
「いつか終わりが来るかもしれないが、こうして共に在る事は決して無駄でも無意味な事でもないと想えるな……救った世界を巡ると想う」
盃を呷り、酒精に酔いしれる。思い浮かぶ様々な景色と想いを共に飲み干して。
「さて、今の内にこの世界を楽しんでおこうかな。一応それなりに縁というか、関わった場所も少なくは無いからな」
この夜が明けたら。
すぐに天獄界に戻るのではなく、もう少し、この世界の様々な場所を巡っておこうと、京四郎は思うのだった。
縁を結んだ様々な妖怪たち、場所。それらを一つ一つ思い出しながら。
●
「あやこちゃん! きたよー。楽しみだね♪」
鳳・美夕(ma0726)はこの日、懐地界へと降り立つと、あやこちゃん(mz0157)をきゅうと抱きしめた。
「うん、とっても楽しみね!」
あやこちゃんも美夕に負けないくらいの弾んだ声で応える。
二人はそのまま──東ノ宮にある映画館へとやってきた。
いよいよ、巌商会が手掛ける初の映画、『森都戦妖奇譚』の公開の時だ。
二人はドキドキしながら映画館に入り、着席する。あやこちゃんは美夕の膝の上だ。
「本日は当映画館にご来場いただき頂きありがとうございます」
スポットライトと共に秀介が登壇し、前口上が始まる。
序盤の穏やかな場面から風雲急を告げ、映像が目まぐるしく動いていく。
重ねられる歌声に、美夕は生演奏を披露する一角へと視線を向けた。
星空 雪花(ma1479)がそこで歌っている。大事な友人の晴れ舞台、その立ち振る舞いにも注目したいが映像からも目が離せないもどかしさ。
映画が進んでいく。ジィト演じる武将が、側近の麗しい青年との交流に僅かな安らぎが齎されていたかと思えば、やがてはその側近すら振り払う冷酷さが際立たされる。
戦乱の世に少しずつ人との関わりを遠ざけていく影の住人。囲碁の精の傍に立つ狐の妖怪は老獪さを滲ませる表情と動作で、慰めながら離れることを促していく。妖怪たちが背を向けて歩き出すその最後、翼人の青年が哀しげな表情で羽ばたき、はらり、一つ落ちた羽が大きく映し出された。
その表情に、情景に込められるものを、秀介の弁舌がより鮮やかに浮かび上がらせる。
ぎゅ、と、握りしめた掌に汗がにじむのを、美夕は感じていた。
本当に、ひとときも、目も、耳も休められない。
幾度となく活動弁士として懐地界の戦いで力を与えてきた彼女の祝詞は、秀介を真似たものだった。
この語りが好きで聞きほれた、彼のはじめっからのファンだった。
それが紡ぐ物語に、笑って、泣いて、心震わせた。
膝の上であやこちゃんが同じように震えるのが、一緒の気持ちなんだと伝えてくれる。
濃密で、永遠のようで──終わってしまったらあっという間のような、時間だった。
そうして、初回上映を祝して設けられた宴席は安堵と喜びに満ちた空気で始まった。
まずはミスやトラブルなどもなく無事に終了させられたし、観客の反応も良かったように思えた。
巌 源一郎(mz0158)が労いの声をかけていく関係者たちの表情は、皆やり遂げた充実感に満ちている。
「初回上演を観させて貰った。無声映画を始めて観たが、良い物だな。私が知っている音声映画等の未来の映画では得られぬ体験があった」
特別に招かれた咎人たちの一人である天魔(ma0247)は、そう言って世話になった者たちに声をかけていった。
「それと映画はいいな。内容もよいが仮に遠い未来に人と妖怪の繋がりが完全に失われてしまったとしてもこの映画は残る」
今回の映像に納められたのは紛れもない本当の妖怪たちと、彼らの存在を認めて手を取った人間たち。……そして、咎人たち。
「映画はかつて妖怪がおり人と親しくしていたという証拠になる」
この世界に、妖怪と、そして咎人たちが居たという事実の、永久に残る証明。天魔はそれを、救いだと考える。
「……すまない。そんな未来にならない為に頑張っていく君にかける言葉ではなかったな」
零すように言ってから、はっと気が付いて天魔は秀介に詫びた。
「……いや。言いたいことは分かっているつもりだよ」
秀介はそれに、緩く首を振って気にする必要は無いと応じた。
「俺が力を尽くせるのだって俺が生きている間だけの事なのだし、更に遠い先の未来がどうなるかは本当に分からない。それでも……貴方たちの為したことは、想いは。無意味な事には、決してならない。この映画が、その理由の一つになれるなら嬉しいよ」
世界と。悠久の時の流れという規模で考えれば、それはとても小さなものかもしれないけど。だけど確かに、この世界の歴史へと打ち込まれた楔となるだろう。
「手助けが必要なら言ってくれ。微力を尽くす」
「ああ。でもやっぱり、ここからは俺たちでなるべく頑張ってみるよ」
秀介の返答に、天魔は満足げに頷いた。彼らの事を不安に思うわけではない。ただ特異点によって大きく揺れ動いた世界というのは、その後にも咎人でなくば手に負えないような事態を揺り返しのように引き起こしてきたのも見てきたため、念のためだ。
「では、この世界の未来がよいモノになる事を祈っている」
このまま彼らの手でよりよい未来が築かれていくならそれに越したことはない。願いを込めて天魔はそう告げて、秀介の元を辞す。
それから天魔はジィトへと向かっていった。
「映画見たっすよ! ジークフリートで演技力が凄いのは解ってたっすけど映画でみるとやばいっすね!」
「おう、あんたも観てくれたか。ありがとうな!」
友人の元、素に戻って素直に演技を称賛すると、ジィトもまた気を許しきった笑顔で嬉しそうに応じた。
戦いの中で見せるのとはまた違う充実感を伴った笑顔だった。ジィトの本来の性分はこちらなのだろうと、天魔は改めて確認する。
「映画出演は今回だけっす? また観たいっす!」
「ん……。どう、なんだろう、な。俺たちは結局外様なわけだし、そこを源一郎とかはどう考えてっかにもよるだろうし……」
躊躇いがちに答えるジィトのその様子は、しかし自制の為なのだろうとすぐに見抜けた。握りしめた拳が、今回感じた情熱と次への期待を物語っている。
ジィトが何気なく反らした視線の先。
「映画初公開おめでとう! あたしも無事に映画完成して嬉しいよ!」
雪花がそこで、源一郎に明るく声をかけていた。
元より映画の広告などで協力すると約束していた彼女は、「あたし、これでも約束はしっかり守る方なんだよ?」との弁のとおり、宣伝や歌い手としてこの映画の為に精力的に活動した。盛り上げていこうと全力で取り組んだ彼女の働きは、今日の成功に大きな貢献を果たしている。
街頭の宣伝でも彼女の歌声は披露されていた。改めて映画館で映像と共にそれを聴くことになったものは感動もひとしおという様子だった。
「色々と紆余曲折あったけど、最終的に映画公開まで辿り着けたし! あたしも今回の映画で広告モデルが出来てすっごい楽しかったよ!」
「……こちらの想像以上の働きだった。感謝している。今日は楽しんでいってくれ」
掛け値なしの笑顔で告げる雪花に、源一郎はややバツが悪そうでもあった。これもまた、前の時に予め言っておいたことではあったが、咎人の起用は源一郎にとってはある種、保険でもあった。彼らは源一郎が生活を保障する義務はないからだ。もし失敗したら、真っ先に割りを食わせやすいという意図が無かったわけではない。
だからこそ一先ずは上手く行きそうなこと、彼女が楽しんでやっていることにほっとしてもいるが。
雪花はそんな源一郎の表情にすら、苦労が滲んでるなあ、社長さんは大変だなあ、という気持ちだった。今日パーティに参加しているのも、源一郎がどうしているのか気になったというのが大きい。
「あれからあやこちゃんと娘さんとはどう? 一緒に暮らせてるの?」
「……時折、会いには来る。あいつには妖怪としての居場所もあるようだから、ゆっくり考えていくつもりみたいだ」
小声で答えるのは、この場にいる、妖怪たちの実在を知らない関係者たちに気を使ってと言うのもあるだろうが、それ以上にそこに様々な想いがあるからだろう。
ただ……それは後ろ向きなものではないように思えて、雪花は微笑んで頷いた。
「次回作の制作が決定したらまたあたしも参加させてね! 約束だよ!」
だから雪花は明るい未来を信じて、朗らかにそう告げる。
折角懐地界で繋がった縁なのだ。この世界に来る事が出来る間はまたこうやって映画撮影に参加できたら良いな、と彼女は思う。
「まあ、前向きに検討はするが。お前には咎人の役割もあるだろう。無理はするなよ」
源一郎はそう言って、返事はやや濁した。
継続的に協力をしていくなら、待遇は咎人という特殊な立場に甘え続けるわけにもいかないだろう。これから事業をどう盛り立てていくか、源一郎は思考を巡らせる。
……と、そこへ。
「大変よいものを見せていただきました。ありがとうございます」
「この度の催しは私も望んだ事ですから……御礼を言わせてください」
マイナ・ミンター(ma0717)とマリエル(ma0991)が近づいてきた。
まずはと恭しく礼をして、映画の感想と祝辞を述べる。
「まだまだ始まったばかりですが、先頭に立つ者は先を見なければ」
そして一通りの挨拶が終わるなり、前置きは終わりだと新たな商談を切り出すのだった。
「マイナお嬢様はこういう方ですので」
そんなマイナに、マリエルはむしろ自慢げにそう言う。
「まあ……手っ取り早いのも嫌いじゃないがな……」
源一郎は頭をかきつつも、話自体には積極的に興味を示した。元々、この結末への道筋を決定的なものにしたのは彼女らと言っても過言ではない。
マイナはそうして、今の興行をしながら、小銭を稼いで雇用を生み出せる案を、異世界から幾つか語って見せた。
「観劇しながら食べる物のバリエーションを生みましょう。異文化ではポップコーンなる食べ物がありますね、マリエル」
「はい、こちらにご用意いたしました。お嬢様」
マイナが言うと、マリエルが予め準備していたそれを見せる。
ポップコーンになるのはトウモロコシの中でも爆裂種と呼ばれるもの。東ノ宮ではまださほど馴染みのあるものではない。
作りたてに出来ればよかったのだろうが、今回はホテルの部屋だ。厨房を借りるというわけにもいかないため、マリエル自慢のお茶と調理の実演は後日改めてということになった。
「手軽で座席に持ち込みやすく、匂いや咀嚼音が他の菓子類よりはかなり控えめに出来るということで、映画館に適しているそうです」
説明を聞き、源一郎はしげしげと眺めたり、匂いを嗅いだり、一つ摘まんでみたりなどした。ある意味異世界チートなのだが、だからこそ先を進みすぎているものは、中々ピンとこないというのもある。
近くに居た者たちも「何ですかそれ」と興味を持って口にし始める。口の中で広がる香ばしさを気に入った者もいれば、甘くないのか、と微妙な反応な者もいる。
何にせよ話の種として一通り盛り上がったのは間違いなかった。
「次はハロウィンでも根付かせますか?」
そうしてマイナはさらにそう話題を切り出してきた。
「また何か、外国の行事か? こないだもバレンタインだの聞かされたが……」
単語の響きから何となく推察して源一郎は応じるが、やや戸惑いもあった。
それは本来異国の風習、和ノ国においては未来の文化なのだろう。今始めて受け入れられるものなのかとか、そうあれこれ手を広げると危ういといった懸念もあるが、それ以上に、咎人たちから伝授された知識で、それらを何もかもここ発祥にしてしまっていいのか、ということに対する漠然とした不安もあった。
本来の発展の経緯を一足飛びにすれば、どこかで歪みが生じて踏み外すのではないかと。
「……今、ハロウィンの話されてました?」
そこに話に加わってくるものが居た。白花 琥珀(ma0119)だ。
「ハロウィンという行事に倣ってみませんか、と思っていたんです──黄泉御霊会を」
琥珀がこの場に来たのは、その提案の為だった。本当はすぐにでもやりたい、というほどの想い入れがそこにはある。
そうして彼女が提案した内容は以下のようなものだった。
宴は美味を沢山奉納した後、それを食す。その食事の際には、隣席の人の素性を問わず仲良く食事をする、というものだが。
「現世と黄泉が混ざり合う黄泉御霊会の日に、人間は面をつけたり妖怪の扮装をして黄泉に連れて行かれないようにする」
その際に仮装、という条件を設けるのが「ハロウィンに倣う」という部分らしい。
「──そうしたら、妖怪達も宴に混じれるんじゃないかと思って」
琥珀がそう言ったとき、源一郎は再びマイナの方に視線をやっていた。マイナもその視線を受けて頷く。
彼女がハロウィンを提案した理由も、新たな商売というだけでなくそこにあった。
伝説は伝説のまま。人は架空の存在として仮装を楽しみ、しかし妖怪が妖怪らしく、表に出てもバレない日を作ってもよいのでは、と。
「私の世界でも妖精は『お話』で、でもすぐ隣にいましたから」
かつて源一郎と商談を進めた時に望んだ、この世界で各地の妖怪譚を集めて、お話として根付かせるという事も、マイナは諦めていない。
特異点が安定した先にある、人と妖怪の未来。彼女らはそれを見据えている。
改めてそうした想いを目の当たりにして、源一郎から漏れる苦笑には色んな想いが絡まっていた。だが、今は一先ず、再び琥珀に視線を戻す。
「宴は黄昏時から丑三つ時まで数人の人が交代で、一晩、ヨモツノカミ様の心を慰めるために舞を奉納します」
現世と黄泉の平和、そしてヨモツノカミ様自体の心の平穏を願う宴として。
子供は8時門限とし、この宴のルールを破った者は恐ろしい目に合うという噂を流す。
「商売のために、妖怪に攫われないためにお菓子が必要とでもしますか?」
「……そのあたりはもう少し色々考えられそうだな。妖怪との交流が前面に出過ぎてヨモツノカミの色が薄れても不味いだろう」
源一郎は「ハロウィン」がよく分からない。だからこそ黄泉御霊会はあくまで黄泉御霊会として、元ネタに引っ張られすぎることもあるまい、と考える。
だが総じて琥珀の提案はたたき台としては十分に検討の価値のあるものとして受け止められているようだ。
「ヨモツノカミ様がこの宴に混じれたらいいな、という願望もありまして……最初の宴には絶対呼んで下さいね。私一人でも一晩舞いますから!」
「そうだな。まあそっちの状況次第ではあるんだろうが……実現が決まったら、その時に可能であればあんたらに連絡は取るさ」
最後に、そうしっかりと約束して、頷き合う。
その後もこの場で多少の話し合いが重ねられ。
「今後のご発展を心からお祈り申し上げます」
「……ああ。ここまでの尽力に、改めて、感謝する」
マリエルがそう伝えれば源一郎がそう返して、一区切りとなった。
そこを見計らってだろう、更級 暁都(ma0383)が源一郎に近づいてくる。
「お久しぶりです、源一郎さん。沙都香さんは、はじめましてですね」
「初めまして。巌 沙都香です。この度は父がお世話になりました」
暁都が親子にそう挨拶すると、沙都香も丁寧に礼を返す。
「新事業となる映画の初公開、無事完了しましたね。お疲れ様です」
「……そうだな。一先ずは第一関門突破、と言ったところだ」
暁都がまず切り出したのは、初回公演を見たというその内容についてだった。
「良い映画でした」
率直な感想だが、手応えを感じている源一郎にはそれで十分だった。大衆を相手取るものなのだ、むしろまず直感的に良いと思うかそうでないかが最重要。その一言がもらえる事こそがとてもありがたい。
暁都は、そんな源一郎の様子を見ながら、このまま初公開の映画がヒットして映画の素晴らしさが広まれば、と願う。
「あやこちゃんから、藤守神社の管理も手に入れると聞きました。藤守神社の穢れを祓うのに協力しましたので、気になっていまして」
「まあ、色々と今後のことを思えば、ああいう場所を抑えておく必要はあるだろ」
映画の撮影場所として使えるというのもあるが、神事などを行う必要があれば、やはりそれに相応しい場所である方が望ましい。
今後人と妖怪の間に何かあった場合に備えて、というのもあるようだ。
それを汲み取って、暁都は頷いた。懐地界の皆さんの今後が良きものであってほしい。こうして交流しながら彼が望むのはそれだ。
だから、暁都はその流れであやこちゃんとどう関わっていくのかも尋ねていた。源一郎だけでなく、沙都香にも。
一緒に過ごされれば、と、暁都は思うのだが……。
「……別に強くあいつを遠ざけるつもりもないが、しかし、俺たちの世界とあいつの世界には一線を引き続けることにしたんだ。そこも考えないわけにはいかないとは思っている」
やがて源一郎は、ゆっくりとそう答えた。
「はっきりと俺の関係者であるってことが、あいつの今の居場所に不利にもなりかねん」
妖怪たちが源一郎へと向ける視線は、まだ厳しいものも残るだろう。その事もあって源一郎のあやこちゃんへの態度はまだどこか慎重なようだった。
「あたしは……そうね。お父さんとの間の事、あやこちゃんがいる世界の事……あたしは、まだよく知らないんだわ。だからまず、それから、かな」
そうして沙都香も、まだすぐには答えは出さない、という風にそう答えた。ただそれは、迷いや不安と言った後ろ向きな感情からだとは感じなかった。
おそらくは彼女とあやこちゃんの間で、ある程度の話し合いはされてるのだろう。
「お二人には、あやこちゃんと共に幸せになっていただきたいです」
どんな形になるにせよ、最終的にはただその願いを込めて暁都は二人に告げる。
言われて沙都香が視線を向けた方へ、彼も何とはなしに同じく顔を向けた。
遠い視線が向かう先には、妖怪たちが宴を繰り広げている一室がある。
「あんまはしゃぎすぎて転ぶなよ」
広い一室を駆け回る幼い様子の妖怪たちに、金路(ma1384)が苦笑して釘を刺しておく。
先に一通り料理が運ばれていた後はホテルの従業員はやってこないことになっているこの部屋には、映画や一連の事件で関わった妖怪たちが集う場所になっていた。
金路がここに居るのも、咎人としてではなく出演した妖怪としてでもあった。年寄りらしい面倒見の良さがある金路は、撮影中からも何体かの妖怪たちから慕われていた。
考えてみれば妖怪が人間の領域におおっぴらに『招かれる』というのは彼らにとって珍しい事ではあるのだろう。
人間たちの手による華やかな宴の場、それは彼らからすれば『異界』かもしれない。
妖怪たちの中に、ちらほらと事情を知る人の姿。その光景に、金路は盃を傾けながら、やり切った妖怪と人に安堵して、喜びをかみしめる。
「ま、何とか一区切りって奴か」
金路は一息ついて、肩を馴らすよう回した。
今日、ここに来る前に会ってきた、別件で知り合った妖怪たちの事も思い返しながら、金路は今日この空気に浸る。
そこに、お銚子を手に近づいてくる妖怪がいた。
「やあ、あんたは咎人だって? こうして見てると完全に我々のお仲間だがなあ」
相手は感慨深そうにそう言って、金路の盃に酒を注いでくる。金路は酒はありがたくいただきながらも苦笑した。
「俺ンとこの駅は幸いにして巻き込まれなかったが、あんたら咎人って奴には随分世話になったそうじゃねえか」
禍根が無いからこそ、こうして今関わることが出来たと言えるが、逆に言えばこれまでの事をよく知る機会が無かったのだろう。どうやらこの妖怪は、話しかけやすいと感じた金路からそのあたりを色々聞きたいようだ。
「なに、わしは大したことはしてねぇ。結局一番気張ったのは若ぇ奴らだろうからな」
金路はそう言って改めて、周囲の者たちを広く見まわした。
この場はほとんど妖怪たちと、それからそちらとの交流を主に考える咎人たちだ。人の姿は一握りで、大体的に人と妖怪が分かり合えるという事を示すものではない。
だが、この世界はこれでも良いのだろう。
その事が表に知られることはなくとも、密やかに想いは交わされている。
これまでのこの世界との関わり、その中で約束した、少しでも『妖怪と人が静かでも寄り添える世界』は出来たのだろう、と金路は安心する。
源一郎たちの頑張りや、行ってくれた事にも感謝をしながら、彼はこの場での交流を見届けていた。
そんな中で、A(ma1454)も盃を掲げる。
「何だか色々あったが、乾杯!」
楽しそうにそう音頭を取ったかと思えば、Aはそわそわと周りを見回していた。
「村正殿もいらしているか……?」
実際のところ、村正は逢魔兵装にされたということを考えるとむしろ巌商会には恨みを残していてもおかしくはないのだが。
「……む。貴殿か」
意外というべきなのだろう。妖刀村正はこの場に居た。Aのことも無論覚えている。
逢魔兵装にされた多くの妖怪たちは、まだ巌商会に警戒心を抱いている。だが村正はその中では比較的冷静だった。その性質上、反骨心を持つ者は嫌いではないのだ。故に封じられたことも己の不覚もあったと捉えている部分があるのだという。
そうして反感の薄い自分が、同じ目に遭った立場の者として、懸念を確かめるためにあえてこの場に赴いていた、というわけだ。
「封じられている間、某を手にしていた男も中々ではあったしな。護るべきものの為には天下に仇なすことも辞さぬか。特に泰平の後の世では中々見られぬ気概ではないか」
妹のためにと巌商会に忠誠を誓った、彼の使い手はそんな男だった。
語る村正の瞳には妖刀らしい歪な輝きがある。そしてその輝きにこそ、Aはうっそりと目を細める。
ここには村正をはじめ、武具の付喪神などとも話せればいいと思って来たのだ。
予めこの国の宴の礼儀作法も調べてきた。慣れないなりにやり方を合わせつつも、これらの妖怪たちを中心に楽しく話を聞いて回る。
多くは映画に協力してほしい、とのあやこちゃんからの呼びかけに集まってきた者たち。小道具の映りや殺陣についてなどをAが聞くと、嬉しそうに彼らは話してくれる。
「私も刀を手に入れたのだ。こちらはまだまだ戦があってね」
逆にAが、自身の刀である妙応丸を自慢すると、やはりというか皆興味を向けた。それから、彼の言葉にやや神妙な表情になる者たちがいる。
「そうか、そちらはまだ戦……か」
いろんな想いの混じった声だった。天下泰平に。そして人の技術の向上に。彼らは人の手から遠ざかっている。
「どんな形でも、貴公の名と刃が残るよう祈っている」
それにAは、真摯な想いでそう伝えた。逸話として。美術品として。そう言った形で彼らが語り継がれることはあるだろう。
どれほどの時を経ようとも、人に想いを注がれた名品であることは紛れもないのだから。
「だから、ああ~、もう一回刀身を見せてくれんか。舐めないから!」
「ぬ、ぬうう!? 落ち着かれよ!? 貴殿酔っておられるのか!?」
そうして急に声のトーンを変えたAに、村正は反射的に後ずさっていた。
Aは笑う。彼は酒は飲めない。だがこの場は酔いしれるのに十分な空気があった。
そうやって過ごすうちに、ぼつぼつとこの部屋に新たに訪れてくるものが居た。
どうやら人間側の方の宴会も一通りのあいさつ回りは終わる頃合いのようで、ちらほらとこちらの様子を見に来る者たちも出始めたようだ。
そうしてやってきた相手を見て、まず美夕が駆け寄っていく。
「映画、凄かったです! 感動しました。私、あなたのファンなんです。サインください」
あやこちゃんとのんびり過ごすためにこちらで楽しんでいた彼女はそうして、現れた秀介にようやくそれを伝えることが出来た。
「……ああ。応援どうもありがとう。喜んで」
ただ純粋にファンとしての真っ直ぐな賛辞。それは勿論、とても嬉しいものだ。
自分を認めてくれたその心意気に応える為にも、変な遠慮や恐縮は出さない。ここまでの咎人への礼の気持ちも込めて、秀介は快くサインに応じた。そして。
「うわあ……覚悟はしてたけど、すごい光景ね?」
「あ、おねえちゃん!」
また一人。沙都香がここへやってくると、美夕は秀介に深く丁寧に頭を下げてから、沙都香の方へも寄っていく。
「はじめまして。私は鳳・美夕。あやこちゃんのお友達」
「うん、咎人さんはみんないい人だけど、その中でも美夕さんは大事なお友達!」
「そっか……初めまして。あやこちゃんを助けてくれてありがとう」
美夕は、今のあやこちゃんの在り方にはこの「おねえちゃん」の影響が大きいと思っている。出来れば友達になりたいと思っていたが、そうしてあやこちゃんを介して話してみれば二人はあっさり打ち解けることになった。
「健気で一生懸命で……ほんっとうにかわいいよね、あやこちゃん!」
「そうね。居てくれると心がほんわかして、辛い状況でも何か元気が出るのよね」
「ふ、二人とも、そんな……」
そうして一緒にあやこちゃんの可愛い所を語り合って盛り上がっていると、そこへ近づいてきたのは川澄 静(ma0164)だ。
「こんにちは、あやこちゃんさま。今日は楽しんでおられますか?」
「ええ、とっても! こんな場所で人みたいに賑やかに過ごすなんて、不思議ね」
にこにこと答えるあやこちゃんに、静は万感の想いで目を細めた。
(人と妖怪がより良い関係になるように……願ってやみません)
そのまま一度目を閉じて、祈るようなその気持ちを新たにしてから、静はまた、明るい笑顔をあやこちゃんに、この場の者たちにと向ける。
「あやこちゃんさま達と、これから楽しい時間を過ごしたいです」
咎人としての「任務」は終わった。だが「咎人」でなく「私」は「友達」と楽しく過ごす時間こそが大事なのだと。
勝利や、義務感ではない、ただこんな時間の為に戦ったのは、丁度映画の武将と同じ事なのだと静は言う。
「また来ますね!」
「ええ、遊びに来てくれたらいつでも歓迎するわ!」
そう言い合うと、静は次に秀介の元へと向かう。
「伊佐美さま、黄泉御霊会のときには共演させてくださいませ」
「黄泉御霊会、か。どんな形になるかはまだ未知数だけどな。……まあ、舞の奉納は確実に求められているか」
振られた話に、秀介が何とはなしに言うと、静もそれに頷いた。
「この国のかつての御霊会も田楽などの踊りを皆で踊ったのだとか。黄泉御霊会も踊る、演じるという神事は、中心に据えたいですね」
あとで源一郎にもその話はしておこうと思いつつ、今は静は秀介に希望を伝える。
「ヨモツノカミさま、御霊会開催の折に、コハも交えて話しましょう」
そうして静は顔を上げ、天の座へと還ったヨモツノカミに呼びかけるようにそう呟いた。
……大いなる神はその力の強さゆえに、ひとところに明確な存在を持つべきではない。それがこの世界の在り方であり、神にまつわるその事実もそのまま保たれた。
それはだから、いつか開かれる黄泉御霊会で自分たちの想いがきっと彼女の元へと届くよう、そしてその空間でかの神の想いが僅かにでも感じられたらと。そのような形でもいいから……これまで分かってきたことを踏まえて望むなら、そんな形なのだろう。
直接、ヨモツノカミ様の姿を前に、その声を、言葉を聞くことは、もうないだろうか。
あの日、あの戦い、その最後に見た慈母としてのヨモツノカミ様を、秀介は目を閉じて鮮明に思い出そうとしていた。
再び彼女らが語らう機会を。望めば可能性は皆無ではないのかもしれない。咎人たちとのこれまでを思い返せば、秀介はそんな風にも思えた。
と、そこでふと気が付いて、秀介は静に挨拶をしてこの場から離れる。
視界を過った相手に向かっていくと、辿り着く前に向こうもこちらに気が付いたようだ。
「あ、秀介、こっちだよ!」
ケイウス(ma0700)が明るい声で大きく手を振ってくる。その傍にはシアン(ma0076)とジィトがいた。
「やあ、盛り上がってるな」
「うん! 映画の話してたら喋りたいことが尽きなくてさ! ジィトとシアンとお芝居できて嬉しい! 秀介の語りも感激したよ!」
「ああ。良い映画になったよ。君たちも出演お疲れ様。この映画の弁士をやれて良かったと思ってるよ」
ジィトはもとより、ケイウスやシアンも映画に出演していた。だからこの場の参加は、出演者としてでもある。
彼らは妖怪たちが集まるここの別室を中心にこの宴を楽しんでいた。そうして妖怪たちとも撮影中の事や、これまでの事を話して。ケイウスは改めて思う。
「この世界を知って悩んで選んだ事、無駄な物なんて一つもなかった。嬉しかった事も、悔しかった想いだって、全部が今に繋がってる」
自分の望みをかなえられた、妖怪と友達になれたのだと、実感してしみじみと呟いて。
「妖怪達との縁を人の側から繋いでくれて、ありがとう!」
そして、彼らしい、太陽のような笑顔を向けて秀介にそう礼を言った。
「どういたしまして。こちらも……君たちがこの世界で手と心を尽くしてくれた全てに、何度礼を言っても足りないと思っているよ」
秀介はそう返す。似たような礼をもう、実際何度も言った気がして。それでも機会のある度に何度でも言いたいのは紛れもない本音だった。
……似たような言葉になってしまうのは、活動弁士として恥ずべきことだろうか。だが心からの気持ちを、余計に飾れば良いというものでもないのが悩ましい。
ケイウスはやはり、何度も繰り返されたような気がするその言葉に、毎回えへへ、と心から嬉しそうな笑顔で応じて。
それから、ジィトの方へと向き直った。
「ジィトも、改めてお疲れ様! 映画だけじゃなくて、これまでの全部に」
一緒に戦って頑張ってきた、その事に向けて、ケイウスはここで労いの言葉を伝える。それこそ映画のラストシーンのように。今この時だけじゃない、ここまでに積み重ねられてきたもの、暖かいもの、寂しいもの、全てへの想いを丁寧に織り込んで。
「……それこそ、お互い様じゃねえかよ。でも、そうだな。俺からもお疲れさん。ケイウスも、シアンも、秀介も。あんたらと作品が作れて、俺もすげえ嬉しい」
分かり切ったことを、伝えてはいけないわけがない。ケイウスの想いにジィトも色んな気持ちが混ざった笑顔でそう応じる。
ケイウスはそれに「うん!」と元気よく頷いて……それから、そっと見守るようにシアンへと視線を向けた。
シアンは静かに、秀介の正面へと進み出る。
「お疲れ様。今までずっと……ありがとう」
まずは。伝えるべきこととして、今までの協力への感謝と未来へのエールを。
それから……お互いまっすぐ向かい合ったそこで、しっかり視線を合わせて。
「その、さ。……生きる意味、見付けられそうなんだ」
まだ彼自身戸惑いも覚えてるのだろうそれを。
「だから、秀介さんも。自分を見失わずに生涯を全うできるよね」
以前秀介がくれた言霊を、シアンからも伝えた。
ここで一度、そっとケイウスとジィトに視線を送る。二人とも何も言わず、微笑み、そして力強く頷いて見せた。
そんな二人を誇らしく思いながら、シアンは再び秀介を見る。
自分は親友たちのおかげで生きる意味を見付けられそうだから、秀介さんもきっと、自分を見失わずに生涯を全うできるよね、と。
「そう、願ってる。私の願掛け、私のエゴだよ」
言いながら。
シアンにはもう、確信に近い思いがあった。
「迷っても悩んでも、きみならきっと大丈夫。私も精一杯生きるから」
秀介もそんなシアンをずっと、目を逸らさずにしっかりと見つめ返した。
その名を名乗る由来となった瞳の色は、確かに以前見つめたそれとは違って見える。
「……そうか」
ゆっくり噛み締めるように、秀介はシアンの言葉を、今目に映るものの意味を咀嚼する。
「そうだな。君からそんな言葉を聞けたなら、俺もこれからももっと頑張るよ。君が見つけたその意味を、君がこれから先も失わないよう、勝手な願いを込めて」
秀介はそう答えて、そして二人は笑い合った。
活動弁士の行く末や、妖怪と人の未来。
そんな先の話だけでなく、目先の映画事業や、その前に秀介自身、このまま活動弁士として上手く続けられるなんて保証もない。
それでも。
そんな日々を一歩一歩進んでいくのにあたって、ここまでの色んな事全てが、自分に大きなものを与えてくれたと秀介はこの時はっきりと実感していた。
思い知ったこともある。変えられない、変えてはいけない定めというのもあるのだろう。
届かなかった言葉は、定めでなく自分の未熟のせいだろうか、と思う事もある。
それでも──こうして届いた言葉、手にした掛け替えのないものも、間違いなく、ある。
いつかまた目の前が闇に閉ざされそうになったとき、必ずこの輝きを思い出すよ、と。
晴れ晴れとした秀介の表情に、シアンはもう一度口を開く。
この場で最後に告げるべき言葉を。
自分と秀介と懐地界。自分と『彼』。その物語を……──
「またね」
区切る為の、言葉。
別れじゃなくて、これからも続いていく物語に対して贈るそれ。
「うん! これからも、またよろしくね!」
ケイウスもまた、お疲れ様とありがとうの気持ちを込めて、そこに続いた。
今日、この日の物語は、間もなく終わる。
でもそこからは「おしまい」じゃなくて、これからの話を。
(ジィトも秀介もシアンも、これからも傍でみんなの物語を一緒に見たい。大切な今を、もっと先に繋げていきたい)
ケイウスは心から、そう願う。
「ああ。また会おうな。いつでも楽しみにしている」
秀介も、同じ想いで頷くのだった。
●
回り続けていたフィルムが終端へと辿り着き、止まる。
これは物語。
いつか来る終わりと、別れ。それに向かい合うための。
だけどこの記録は、この記憶は、きっとその先の想いへと繋がっていく。
……ねえ。
もうちょっとだけ、贅沢を願ってもいい?
いつかあなたはまたどこかで、この物語を思い出してくれるかしら。
そうしてくれさえすれば。
それがどんなにはるか先の事だったとしても、あたしたちはちゃんと、そこにいるわ。
そうでしょう?
(執筆:凪池シリル)