●過ぎし日の後悔と剣を得た現在
走馬灯が見られるという島を訪れたクレア(ma0732)は、不思議な色を放つ花を踏みしだいて、花畑を分断する川までやって来た。
どこまで行けばいいのか分からず、心細げに周囲を見回す。
川を渡れそうな橋はどこにも架かっておらず、どこまでも花畑が広がっているだけ。
どうすべきか、それともしばらくここに留まっていれば走馬灯が見られるのか……などと考えているうち、クレアは強烈な眠気でまぶたが重くなるのを感じた。
これかと察し、眠気に抗わずそのまま身を任せる。体から力が抜け、がくりと花の中に倒れ込んだ。
そしてクレアは落ちていく。
走馬灯が見られる眠りの中へと……。
クレアの意識は心地良さの中を漂っていた。
ずっとこのままでいたいような、何か考えるのも億劫になるようなどこか。
まどろみの中、ぼんやりと何かが見えてくる。
それは次第に輪郭をはっきりさせていき――、やがてどこか城のような屋内と人とが判るようになる。
人は後ろ姿だった。
見覚えのない……けれど不思議と、自分だと分かる背中。
「あれは私……?」
小さな驚きと共に、クレアはその光景に目を奪われる。
その後ろ姿の自分は今のように鎧をまとっておらず、ドレスをまとっていた。
「じゃああれは……」
ドレス姿の自分と一緒に、もう一人誰かがいる。
今の自分が常にまとう鎧と、同じデザインの鎧を着こんだ男性だ。
覚えがある。それはクレアの知っているひと。
鎧の男性はドレス姿のクレアを自分の後ろに庇い、前を見据えたまま剣をしっかりと握り直し身構えた。
直後二人の前に何人もの男達が現れる。
彼らは皆兵士なのか、同じ鎧を着て手にはそれぞれ剣や槍などの刃物を持っていた。兵士達は有無を言わさず鎧の男性に襲い掛かる。
鎧姿の男性はクレアを庇いながら、兵士達を迎え撃った。
剣を突き刺し、槍を受け止め、蹴り倒し、薙ぎ払い、切り掛かられ、突き飛ばす。
その壮絶な戦闘に、今のクレアは恐ろしさと焦燥を感じずにはいられない。
「どうして、私は庇われるだけなの」
こんなに鎧姿の戦士に力を貸したい歯がゆさで一杯なのに、ドレスのクレアは庇われているだけ、身を縮こまらせているだけで、戦闘の邪魔でしかない。
それがどうしようもなく不甲斐ない。
「どうして……彼の隣で剣をとらないの……?」
なぜ自分は彼と共に戦わないのか。
何故。
飛び出して行きたい気持ちで見守っているクレアの目の前で、鎧の戦士は傷ついてゆく。腕を斬られ、足を刺され、頭を殴打され。体のあちこちから血を流し。
それでも彼は懸命に立ち向かい、たった一人で何人も打ち倒してはいたが、結局多勢に無勢だった。
ほどなく鎧の戦士は反撃する力を失い、倒れる。
ドレス姿のクレアが倒れた鎧の戦士に縋り付いて、その名前を呼んだ。
何度も、何度も。
まるでたくさん呼べば彼が立ち上がるとでも言うように。
しかしそのクレアの呼びかけも空しく彼は倒れたまま、そして彼を切り倒した男が自分に近づいて来た。
「――!!」
二人のクレアは目を見張り――。
「!」
クレアは目覚めた。
虚ろに見開く目から、つーっと一筋、涙が流れ頬を伝った。
「……」
それを無言で拭い、クレアはおもむろに立ち上がる。
ここは走馬灯の島。自分は眠り、走馬灯を見ていたのだと理解する。
あの時鎧の戦士を倒した男がクレアに近づいて……その後、どうなったのかは覚えていない。
察しはつくが。
(あれは私が私になった経緯)
辛くて忘れたくて、自ら封印した最後のシーンだ。
クレアはふっと小さく息をついて、空を仰ぐ。
(私は、神様の言う通り世界を滅ぼしたのだろうか。あんな無力な小娘にそんなことができたとは思えないけれど……)
けれど、だからどうだというのだ。今更どう思うのかは関係ない。
実際、自分の無力が世界を終わらせてしまったのは間違いないのだから。
強大な力は世界を終わらせることができるかもしれないが、為せる立場にありながら無力であることも、世界を終わらせるのだ。
だからクレアは咎人になってしまった。
「泣くだけでは、何も変えられない。一番私がよく知っていました……」
痛いほど、胸が張り裂けるほどに思い知ったこと。
「もう二度と繰り返さない。そう、思い出せました」
走馬灯で見たのは過去の幻影。
もうあんな後悔はしない。
弱い自分を覆い隠すように鎧をまとい、剣を取ったのだから。無力であることを止めたのだから。
クレアは真っ直ぐ前を見つめた。
その紫の瞳は、覚悟を決めた者のそれだ。
(今度は、世界を守ります)
迷いを無くし決意を新たにしたクレアは歩き出す。
決然と歩を進めるクレアの長い紫の髪を、風がさらっていった――。
走馬灯が見られるという島を訪れたクレア(ma0732)は、不思議な色を放つ花を踏みしだいて、花畑を分断する川までやって来た。
どこまで行けばいいのか分からず、心細げに周囲を見回す。
川を渡れそうな橋はどこにも架かっておらず、どこまでも花畑が広がっているだけ。
どうすべきか、それともしばらくここに留まっていれば走馬灯が見られるのか……などと考えているうち、クレアは強烈な眠気でまぶたが重くなるのを感じた。
これかと察し、眠気に抗わずそのまま身を任せる。体から力が抜け、がくりと花の中に倒れ込んだ。
そしてクレアは落ちていく。
走馬灯が見られる眠りの中へと……。
クレアの意識は心地良さの中を漂っていた。
ずっとこのままでいたいような、何か考えるのも億劫になるようなどこか。
まどろみの中、ぼんやりと何かが見えてくる。
それは次第に輪郭をはっきりさせていき――、やがてどこか城のような屋内と人とが判るようになる。
人は後ろ姿だった。
見覚えのない……けれど不思議と、自分だと分かる背中。
「あれは私……?」
小さな驚きと共に、クレアはその光景に目を奪われる。
その後ろ姿の自分は今のように鎧をまとっておらず、ドレスをまとっていた。
「じゃああれは……」
ドレス姿の自分と一緒に、もう一人誰かがいる。
今の自分が常にまとう鎧と、同じデザインの鎧を着こんだ男性だ。
覚えがある。それはクレアの知っているひと。
鎧の男性はドレス姿のクレアを自分の後ろに庇い、前を見据えたまま剣をしっかりと握り直し身構えた。
直後二人の前に何人もの男達が現れる。
彼らは皆兵士なのか、同じ鎧を着て手にはそれぞれ剣や槍などの刃物を持っていた。兵士達は有無を言わさず鎧の男性に襲い掛かる。
鎧姿の男性はクレアを庇いながら、兵士達を迎え撃った。
剣を突き刺し、槍を受け止め、蹴り倒し、薙ぎ払い、切り掛かられ、突き飛ばす。
その壮絶な戦闘に、今のクレアは恐ろしさと焦燥を感じずにはいられない。
「どうして、私は庇われるだけなの」
こんなに鎧姿の戦士に力を貸したい歯がゆさで一杯なのに、ドレスのクレアは庇われているだけ、身を縮こまらせているだけで、戦闘の邪魔でしかない。
それがどうしようもなく不甲斐ない。
「どうして……彼の隣で剣をとらないの……?」
なぜ自分は彼と共に戦わないのか。
何故。
飛び出して行きたい気持ちで見守っているクレアの目の前で、鎧の戦士は傷ついてゆく。腕を斬られ、足を刺され、頭を殴打され。体のあちこちから血を流し。
それでも彼は懸命に立ち向かい、たった一人で何人も打ち倒してはいたが、結局多勢に無勢だった。
ほどなく鎧の戦士は反撃する力を失い、倒れる。
ドレス姿のクレアが倒れた鎧の戦士に縋り付いて、その名前を呼んだ。
何度も、何度も。
まるでたくさん呼べば彼が立ち上がるとでも言うように。
しかしそのクレアの呼びかけも空しく彼は倒れたまま、そして彼を切り倒した男が自分に近づいて来た。
「――!!」
二人のクレアは目を見張り――。
「!」
クレアは目覚めた。
虚ろに見開く目から、つーっと一筋、涙が流れ頬を伝った。
「……」
それを無言で拭い、クレアはおもむろに立ち上がる。
ここは走馬灯の島。自分は眠り、走馬灯を見ていたのだと理解する。
あの時鎧の戦士を倒した男がクレアに近づいて……その後、どうなったのかは覚えていない。
察しはつくが。
(あれは私が私になった経緯)
辛くて忘れたくて、自ら封印した最後のシーンだ。
クレアはふっと小さく息をついて、空を仰ぐ。
(私は、神様の言う通り世界を滅ぼしたのだろうか。あんな無力な小娘にそんなことができたとは思えないけれど……)
けれど、だからどうだというのだ。今更どう思うのかは関係ない。
実際、自分の無力が世界を終わらせてしまったのは間違いないのだから。
強大な力は世界を終わらせることができるかもしれないが、為せる立場にありながら無力であることも、世界を終わらせるのだ。
だからクレアは咎人になってしまった。
「泣くだけでは、何も変えられない。一番私がよく知っていました……」
痛いほど、胸が張り裂けるほどに思い知ったこと。
「もう二度と繰り返さない。そう、思い出せました」
走馬灯で見たのは過去の幻影。
もうあんな後悔はしない。
弱い自分を覆い隠すように鎧をまとい、剣を取ったのだから。無力であることを止めたのだから。
クレアは真っ直ぐ前を見つめた。
その紫の瞳は、覚悟を決めた者のそれだ。
(今度は、世界を守ります)
迷いを無くし決意を新たにしたクレアは歩き出す。
決然と歩を進めるクレアの長い紫の髪を、風がさらっていった――。




