異世界での用事を済ませ、天獄界へのイデアゲートに向かう道を歩く。
「……」
「……」
「……」
ケイウス(ma0700)、シアン(ma0076)、ジィト(mz0039)のその道行は、足取り重く俯き加減だった。
彼らが咎人として存在し続けることを決意してまた数十年の時が経っていた。
その時の流れの先に、この世界で縁を持った人が寿命を迎えた知らされ……今日は、墓参りに来たのだ。
「……お別れはやっぱり悲しいね」
言葉も少なげなその歩みの中、ケイウスは胸にしまったままではいられなくてポツリと零す。そうしてしまえば、溢れてしまうのは言葉に留まらなくて。亡くなったと聞いた時も、墓の前でも泣いたのに、また涙が出てきそうになった。
……置いて逝かれるのは、やっぱりまだ辛い。
「そうだね、悲しいね」
そんなケイウスの言葉に、シアンは静かにそう返した。
亡くなった人にもう会えない哀しみ。シアンはそれに加えて、自分が置いて逝った時もこんな風に悲しませてしまったんだろうかと、想いが頭の中でぐるぐると絡んでいく。
(……そういえば、自分は置いて逝った側だけど、ケイウスもジィトも置いて逝かれた側なんだな)
改めて、そんなこともシアンが思い出していると。
「この世界で知り合ったみんなとは、いつかこんな別れが来るって分かっていた。見送る覚悟は出来ていたはずなのに、その時が来るとやっぱりどうしても悲しいんだ」
そのままケイウスは、堪えていたものをゆっくり吐き出すように、そう続けた。
シアンもジィトも、まずはただ、噛み締めるように頷く。
咎人として生きるということは、永い時をそのままで過ごしていくということ。
そしてこれからも、異世界への介入は続いていくということだ。
……これからも、こうして見送る機会は増えていくのだろう。分かって、いた。
悲しいけど、そうやって見送り続けるのも咎人の役目なのだろう、と。
「……いつか、笑って見送れるようになるのかな。そうならないと、いけないのかな」
だけど、続くケイウスのその言葉には。
「悲しいって想いを隠して、無理に笑えるようになる必要は無いんじゃないかな」
シアンは、そう答えた。
もしかしたら、慣れる必要はあるのかもしれないけど。
これから先、何度も直面しなければいけないことではあるから。
「悲しいなら悲しいって言っていい。無理に笑わなくて、いいんだ」
シアンがそう言って言葉を切ると同時に、ジィトがケイウスの頭にポン、と手を置いた。
「俺らの間では、俺たちは、俺たちらしくあればいい。お互い、その時に素直に感じたそのままで、さ。そうだろ?」
幾度もこんなことを体験するうちに、変わっていくのかもしれない。
そうはならずに、ずっと悲しいのかもしれない。
でも、どうなっても、互いにその時の気持ちを素直に伝えて、受け止められる関係のままでありたい。ジィトが二人に望むのはそれだけだし、ずっとそうだと思っている。
「無理に笑わなくても、良いの? そっか……ありがとう」
二人の言葉に、ケイウスはまた溜息のようにそう言った。
「……うん。一緒に抱えていこう。大丈夫、一人じゃないよ」
シアンが、ジィトの言葉にも頷くように、そう返す。
「うん……一人じゃない。悲しい想いも、一緒に持って行きたい」
ケイウスがそれにまた頷いて。
そんな会話に漂う空気は、まだ、儚げなものだ。
この手を離れていった命。胸に開いた空白。帰り道に向かう一歩を踏み出すそこにも、空洞が響いていく気がして。
鈍くなっていく足取りが……とうとう、止まった。
ケイウスが振り返り、シアンとジィトを真っ直ぐ見る。
寂しげな瞳が一度、迷いに揺れて。
「……シアン、ジィト。俺は二人を置いて逝ったりしないから」
決意というよりお願いのように、ケイウスは二人に向けて告げた。
自分たちにもいつかは終わりが来るとしても、シアンとジィトを置いて逝ったりしないから。二人の最期の瞬間まで、ずっと傍に居させてね、と。
こんな別れの日にはどうしても、前世で大切な人に置いて逝かれてしまった事を思い出して。あんな思いはさせたくないと思ったから。
……二人には、最期の瞬間まで、幸せだって感じていて欲しい。
「……」
シアンは、一度ぱちりと瞬きをした。
置いて逝かれた彼の境遇は聞いたことがあった。だから、もうそんな思いをしたくないって言うと思ってたし、自分が彼を見送りたいと思っていたのに。
それなのに『自分が先に逝きたい』と言わない彼の優しさが、悲しくて、愛しい。
「……ありがとう、ケイウス」
そうしてシアンは、複雑な想いを抱えながらもケイウスの言葉に頷く。
それなら、そんな彼の悲しい決意すら受け止めるのが自分のすべきことなのだろうと。
「ケイウス……」
ジィトは、一度かすれた声で彼の名を呟いていた。
ジィトもまた、見送るのは自分の役割だと思ったのだ。……だって自分は、二人の他にも一番大事なものがある。
芝居を続けられるなら、生きていける。既に生前置いて逝かれた経験から、自分はそれを知っているのだ。だから、もしも残るなら自分が一番いいんだ、と。
「……大丈夫だ」
だからジィトは頷かずに、それだけの狡い答え方をした。ケイウスの想いを否定はしないが、今そうなるようにと決めてしまうこともできなかった。
そんな二人の反応に、ケイウスの視界の中で、二人の姿が滲む。
……安心させるために笑って言う筈だったのに。
そのままふらりと手を伸ばし、二人に縋るように触れて寄り添った。
「……ごめんね。もう少し、このままで居させて」
駄目だ。今の喪失の悲しみも、来るかもわからない遠い未来への苦しい覚悟も、今の自分一人で抱えるにはまだ重たかった。
今はもう少しだけ、寄り掛からせて欲しいなんて甘えてしまう。
最早こらえることなく涙を零すケイウスを、二人分の体温が抱きしめる。
「最期まで……幸せを積み重ねながら、一緒に居たいね」
そっとケイウスの背を撫でながら、シアンがポツリと言った。
──終わりのことなんて考えたくない。
三人でずっと幸せな生活を続けていきたい。
叶うならば、シアンだけじゃない、三人ともその想いだろう。
だけど、いつか終わりが来るなら。
終わりの時に人生を振り返って、幸せだった、一緒に居られて良かったと思える生き方を続けていきたい。
体温を伝えるように優しく抱き締めながら、シアンはそう思う。
「温かい……一緒なら最期まで幸せだよ」
ケイウスがその温もりに擦り寄るようにして、そう呟いた。
「ああ。……幸せだ。あんたらとこうして一緒に居られることは、何よりも幸せだよ」
ジィトもそうして、二人を少しきついくらい抱きしめながら、確かめるように言う。
しんみり切ない、別れの時間。
この悲しみはこの永い時の先に降り積もっていくのだろう。
……その先に、自分達の終わりも、否応なしに意識せずにはいられなくて。
それでも。
出会ったことは。愛しいと自覚したことは。
幸せなことなんだということはこれからも揺ぎ無い。
そのことをしっかりと確かめるように、三人は暫く身を寄せ合い続けた。
寂しさも悲しさも、苦しくなったらこうやって、打ち明けて、分け合ってこうやって、一緒に乗り越えていくのだから、と。
風が吹く。聖樹界の風が、三人を撫でていく。
この世界で過ぎていく時間をまた感じて、喪われたものを三人は一緒に思い起こす。
三人で悲しんで。立ち尽くして。
「──帰ろうか」
そうしてやがて、誰ともなしに言った。
また、足を進めていく。
三人で共に暮らす日常に向かう帰り道へ。
これからも色々なものを共に積み重ねていくために。
「……」
「……」
「……」
ケイウス(ma0700)、シアン(ma0076)、ジィト(mz0039)のその道行は、足取り重く俯き加減だった。
彼らが咎人として存在し続けることを決意してまた数十年の時が経っていた。
その時の流れの先に、この世界で縁を持った人が寿命を迎えた知らされ……今日は、墓参りに来たのだ。
「……お別れはやっぱり悲しいね」
言葉も少なげなその歩みの中、ケイウスは胸にしまったままではいられなくてポツリと零す。そうしてしまえば、溢れてしまうのは言葉に留まらなくて。亡くなったと聞いた時も、墓の前でも泣いたのに、また涙が出てきそうになった。
……置いて逝かれるのは、やっぱりまだ辛い。
「そうだね、悲しいね」
そんなケイウスの言葉に、シアンは静かにそう返した。
亡くなった人にもう会えない哀しみ。シアンはそれに加えて、自分が置いて逝った時もこんな風に悲しませてしまったんだろうかと、想いが頭の中でぐるぐると絡んでいく。
(……そういえば、自分は置いて逝った側だけど、ケイウスもジィトも置いて逝かれた側なんだな)
改めて、そんなこともシアンが思い出していると。
「この世界で知り合ったみんなとは、いつかこんな別れが来るって分かっていた。見送る覚悟は出来ていたはずなのに、その時が来るとやっぱりどうしても悲しいんだ」
そのままケイウスは、堪えていたものをゆっくり吐き出すように、そう続けた。
シアンもジィトも、まずはただ、噛み締めるように頷く。
咎人として生きるということは、永い時をそのままで過ごしていくということ。
そしてこれからも、異世界への介入は続いていくということだ。
……これからも、こうして見送る機会は増えていくのだろう。分かって、いた。
悲しいけど、そうやって見送り続けるのも咎人の役目なのだろう、と。
「……いつか、笑って見送れるようになるのかな。そうならないと、いけないのかな」
だけど、続くケイウスのその言葉には。
「悲しいって想いを隠して、無理に笑えるようになる必要は無いんじゃないかな」
シアンは、そう答えた。
もしかしたら、慣れる必要はあるのかもしれないけど。
これから先、何度も直面しなければいけないことではあるから。
「悲しいなら悲しいって言っていい。無理に笑わなくて、いいんだ」
シアンがそう言って言葉を切ると同時に、ジィトがケイウスの頭にポン、と手を置いた。
「俺らの間では、俺たちは、俺たちらしくあればいい。お互い、その時に素直に感じたそのままで、さ。そうだろ?」
幾度もこんなことを体験するうちに、変わっていくのかもしれない。
そうはならずに、ずっと悲しいのかもしれない。
でも、どうなっても、互いにその時の気持ちを素直に伝えて、受け止められる関係のままでありたい。ジィトが二人に望むのはそれだけだし、ずっとそうだと思っている。
「無理に笑わなくても、良いの? そっか……ありがとう」
二人の言葉に、ケイウスはまた溜息のようにそう言った。
「……うん。一緒に抱えていこう。大丈夫、一人じゃないよ」
シアンが、ジィトの言葉にも頷くように、そう返す。
「うん……一人じゃない。悲しい想いも、一緒に持って行きたい」
ケイウスがそれにまた頷いて。
そんな会話に漂う空気は、まだ、儚げなものだ。
この手を離れていった命。胸に開いた空白。帰り道に向かう一歩を踏み出すそこにも、空洞が響いていく気がして。
鈍くなっていく足取りが……とうとう、止まった。
ケイウスが振り返り、シアンとジィトを真っ直ぐ見る。
寂しげな瞳が一度、迷いに揺れて。
「……シアン、ジィト。俺は二人を置いて逝ったりしないから」
決意というよりお願いのように、ケイウスは二人に向けて告げた。
自分たちにもいつかは終わりが来るとしても、シアンとジィトを置いて逝ったりしないから。二人の最期の瞬間まで、ずっと傍に居させてね、と。
こんな別れの日にはどうしても、前世で大切な人に置いて逝かれてしまった事を思い出して。あんな思いはさせたくないと思ったから。
……二人には、最期の瞬間まで、幸せだって感じていて欲しい。
「……」
シアンは、一度ぱちりと瞬きをした。
置いて逝かれた彼の境遇は聞いたことがあった。だから、もうそんな思いをしたくないって言うと思ってたし、自分が彼を見送りたいと思っていたのに。
それなのに『自分が先に逝きたい』と言わない彼の優しさが、悲しくて、愛しい。
「……ありがとう、ケイウス」
そうしてシアンは、複雑な想いを抱えながらもケイウスの言葉に頷く。
それなら、そんな彼の悲しい決意すら受け止めるのが自分のすべきことなのだろうと。
「ケイウス……」
ジィトは、一度かすれた声で彼の名を呟いていた。
ジィトもまた、見送るのは自分の役割だと思ったのだ。……だって自分は、二人の他にも一番大事なものがある。
芝居を続けられるなら、生きていける。既に生前置いて逝かれた経験から、自分はそれを知っているのだ。だから、もしも残るなら自分が一番いいんだ、と。
「……大丈夫だ」
だからジィトは頷かずに、それだけの狡い答え方をした。ケイウスの想いを否定はしないが、今そうなるようにと決めてしまうこともできなかった。
そんな二人の反応に、ケイウスの視界の中で、二人の姿が滲む。
……安心させるために笑って言う筈だったのに。
そのままふらりと手を伸ばし、二人に縋るように触れて寄り添った。
「……ごめんね。もう少し、このままで居させて」
駄目だ。今の喪失の悲しみも、来るかもわからない遠い未来への苦しい覚悟も、今の自分一人で抱えるにはまだ重たかった。
今はもう少しだけ、寄り掛からせて欲しいなんて甘えてしまう。
最早こらえることなく涙を零すケイウスを、二人分の体温が抱きしめる。
「最期まで……幸せを積み重ねながら、一緒に居たいね」
そっとケイウスの背を撫でながら、シアンがポツリと言った。
──終わりのことなんて考えたくない。
三人でずっと幸せな生活を続けていきたい。
叶うならば、シアンだけじゃない、三人ともその想いだろう。
だけど、いつか終わりが来るなら。
終わりの時に人生を振り返って、幸せだった、一緒に居られて良かったと思える生き方を続けていきたい。
体温を伝えるように優しく抱き締めながら、シアンはそう思う。
「温かい……一緒なら最期まで幸せだよ」
ケイウスがその温もりに擦り寄るようにして、そう呟いた。
「ああ。……幸せだ。あんたらとこうして一緒に居られることは、何よりも幸せだよ」
ジィトもそうして、二人を少しきついくらい抱きしめながら、確かめるように言う。
しんみり切ない、別れの時間。
この悲しみはこの永い時の先に降り積もっていくのだろう。
……その先に、自分達の終わりも、否応なしに意識せずにはいられなくて。
それでも。
出会ったことは。愛しいと自覚したことは。
幸せなことなんだということはこれからも揺ぎ無い。
そのことをしっかりと確かめるように、三人は暫く身を寄せ合い続けた。
寂しさも悲しさも、苦しくなったらこうやって、打ち明けて、分け合ってこうやって、一緒に乗り越えていくのだから、と。
風が吹く。聖樹界の風が、三人を撫でていく。
この世界で過ぎていく時間をまた感じて、喪われたものを三人は一緒に思い起こす。
三人で悲しんで。立ち尽くして。
「──帰ろうか」
そうしてやがて、誰ともなしに言った。
また、足を進めていく。
三人で共に暮らす日常に向かう帰り道へ。
これからも色々なものを共に積み重ねていくために。