イルが神と言われ、そして魔王ともわれたこの地に咎人達は足を踏み入れる。各々は自ら疑問を解決するため、それぞれの場所へと動く。
マイナ・ミンター(ma0717)とケイウス(ma0700)は草原、更にその先の溜め池を目指す。高柳 京四郎(ma0078)とマリエル(ma0991)は先に廃墟、その中の城下町へと向かう。
「俺はどうするべきだろうか……」
他の咎人達が別れるなか、一人肩を竦めて考えるアルベリヒ。
「アルベリヒは神殿を調べてくれないかな? 書物残ってるかもだし」
初対面だと言うのに、既にマブダチのような雰囲気を出しながら、ケイウスがアルベリヒに提案する。
「……そうだな。解読には時間も要する。そうしよう」
こうして、浮き島の調査を各自が開始したのだった。
●草原にて
元は均されていたであろう地面には雑草が生え揃い。今じゃ見る影もなく緑の絨毯と化している。
「いい天気だね」
「はい。調査でなければ、お茶でもしたいところです」
街道を離れて、溜め池へと近付く二人。ただ、敵の気配も未だにないので、ケイウスは文字通り羽を伸ばしている。
「ケイウスさんはどうしてこの調査を?」
ふと、マイナは彼に問う。ケイウスは自分と違い、直接イルには会っていない。勿論、報告書で似顔絵や概要くらいは知っているだろうが、それくらいのものだ。
「今はそこまで気にならないけど、俺も昔の自分を忘れてるからね」
「す、すみません差し出がましいことを聞いてしまいましたね」
「いいよ、別に。だからさ、自分の事を知りたいって気持ちは、少し分かる気がする」
だから、イルが知りたい! ケイウスは咎めるでもなく、マイナに笑いかける。
「……と、おしゃべりおしまいだね」
グルルルル
雑談はここまで、と言いたげにゾロゾロと魔物達が集まってくる。数は五頭。マイナは杖を構えながら、魔物に狙いを定めるように観察する。
(狼にワシ、山羊にワニ、猿に熊? 種類がバラバラですね)
ケイウスも空へ浮かび、臨戦態勢に入る。
(?)
だが、他と違う視線を感じる。それは殺気だった目の前の魔物とは明らかに違う。ねっとりとした、監視する視線。
(しっ。視線を感じます。気づかない振りをして、こちらに)
マイナの動きを確認し、魔物達は一気に詰め寄る。あるものは爪を、あるものは牙を咎人――――言ってしまえばマイナにだけ襲いかかる。
「なんで人間だけ……俺はいいの?」
傍らにケイウスが飛んでいたのに、視線は配せど、一向に攻撃は彼に来ない。だからこそ、ケイオスは悠々と呪文を唱える。
「ラタトスクレイン!」
水の結界がマイナへ力を与える。距離を取れば、両手で杖を振りかぶり衝撃波が猿のキメラをとらえる。
「もう一発!」
バシリ、バシリ。バランスを崩し軽く2、3mはぶっ飛ぶのを見れば、実力の差を察したのか、他の魔物は蜘蛛の子を散らすように逃走する。猿のキメラも他の後を追うように退散した。
「先を急ぎましょう」
「マイナお見事」
魔符をしまいながら、ケイウスは軽快に拍手をする。
地図に示された溜め池を目指しながら、マイナは先程の魔物を思い出す。とても、自然発生したとは思えない出で立ちの彼ら。しかも、マイナを確認した途端、凶暴になったようにも見えた。
(一体どう言うことなのでしょう)
二人は丘を乗り越え、溜め池の側まで近付いた。その場所は一言で言えば大惨事。盆地のような場所には、石が切り出して置かれ組まれていたものが、見事に崩れ瓦礫となっていた。
マイナは溜め池の縁を眺め思案する。イルのことを知るのも大切だが、元為政者である彼女にはこの国自体のことも気になっている。
「思っていたより規模が大きいものです。貯水用のダム……だったのでしょうか」
完成はしなかったのだろうが、もし完成していたとすれば、その恩恵はかなりのものであっただろう。
「あの水道の位置は、間違いありません。廃墟に繋がっています」
マイナがダムの水道から、都市までの距離を計るその上空、羽ばたく音が聴こえる。ケイウスが空から、飛行しながらカメラで全体の写真を撮っている。
倒れた木製の柱は切り出した石を置いておく棚だったのだろうか。獣の引っ掻き傷がイヤに生々しい。
「んー?」
おでこに手をあて、目を凝らしてケイウスは全体を見回す。彼は首を傾げつつ、地上に降りる。
地上ではマイナが崩壊の爪痕に手を添え確認している。
「マイナ、何か魔物の襲撃の箇所固まってない?」
「ケイウスさんもそう思いましたか」
ケイウスが感じた上空からダムを見た違和感。それはまた、マイナも感じていた。
「破壊するにしても、最低限なんです。そこを崩せば、後は石材の重さで勝手潰れてしまうような……」
どう考えても、先程の魔物にそれほどの知識があったようには見えなかった。
「つまり?」
「誰かが、魔物を操って人為的に破壊した、ように思えます」
「誰か……は、まだ情報がないね」
ただ、一つの予感がケイウスにはあった。『魔王』そう呼ばれる存在が、この世界にはいた痕跡があるのだから。
その時、マイナの視線の先が揺らぐ。それこそが、視線の主のものであった。
マイナは自らのスキルを使い、視線の主を確かめるつもりだった。しかし、主の拠点は空。マイナには届かない。
「アイツは俺に任せて、マイナは先に行って」
マイナの視線の先に、ケイウスも気付き、相手に勘づかれないように小声で彼女に話しかける。自分には、この大工の息子も嫉妬する翼があるのだから。
「わかりました、皆様には伝えておきますね」
小さく会釈をして、マイナはケイウスと別れた。徐々に小さくなっていく彼女に手を振って見送るケイウス。
一人ダムの調査を続けるフリをして、呪文マッドハンドを彼は唱える。任せて、とマイナには言ったものの実は監視者のハッキリとした姿は見ていない。
場所はある程度わかる。だからこそ、今足止めの魔法を唱えているのだから。
「えい!」
監視者が居るであろう空間に、呪いが蝕まれ、確かに動く何かが絡み付き、確かに動きを鈍くする。
新たな呪文をケイウスは唱える。もうここまでくれば、一か八かだ。
「ここだ!」
スポットワープで素早く目標にワープ。無造作に、しかし確実に両手を出して何かをケイウスは捕まえた。
「こっそり覗き見なんて、良くないな……え、これって」
●城下町にて
時は巻き戻り、廃墟を練り歩く京四郎とマリエル。
「さて、あのイルっていうやつは神か魔王か……どちらなのかな」
解読された言葉はイル、魔王、神。城下町にはその内の魔王、が見つかった。都市には既に枯れてはいるが水路が通っていた形跡もあり、風化した家に貼り紙のようなものが壁にいくつも貼り付けられていた。
貰った資料に書かれた文字、魔王が記されたソレ。
京四郎は、それをカメラで残しておく。後で改めてアルベリヒに見せるためだ。
ひとつの存在でも属する立場によって意味が変わる。
特に神という存在であれば、異なる宗派からすれば悪神にも魔王にもなりうる。
城下町と神殿。
「この二つは争っていたのでは……?」
一つの存在が異なる呼ばれ方をしており、定義が曖昧になった、とか……
そう仮定するマリエルと、京四郎の意見はちょっと違った。
イルは人間のみを狙う魔物と対抗する為に作られたか祭り上げられ、何らかの経緯があって暴走或いは民衆に牙剥く側に回りその結果世界が滅亡したのではないか、と彼は考えた。
「ちょうど似たような世界の聖樹界でもテラス神が今現在似たような立ち位置だよな……」
信仰の対象でも有り魔王と言える存在でも有る。
二人は更に、城下町の中央に踏み込む。
鍛冶屋や行商を行っていたと思わしき屋台。荷車や、水車もあり動力にも使われていたと予測出来る。
「鉄の精製技術があったと推測します」
「食料も豊富だったのかもな。壊されているけど」
京四郎が一つの瓦礫をどけると、予想外のものに息を飲むことになった。
(弾痕?)
石の壁には、弾痕が確かに存在した。渦巻き状の穿った後は、中世では存在しえない技術に思える。
「アルベリヒさんが撃ったのでしょうか」
「後で聞いてみようか」
証拠を残すようにカメラのシャッター音が、マリエルの耳を掠める。だが彼女が気にしているのは、今もなお監視する視線の正体。
(おかしいです。私が視認出来ないなんて)
言ってはなんだが、機械種である自分だ。瞳の精度は良い筈なのだが。どれだけ探しても視線の正体は見つけられなかった。どれだけ右目をこらしても、姿をハッキリ確認出来ない。
次に二人はひらけた場所へと歩を進めた。そこは恐らく広場。目の前にはきっと憩いの場であったのであろう噴水がある。無論、水はないが……
「これは水圧式ですね」
噴水の台に乗りながら、マリエルが機構に関してポツリと呟く。
(まだポンプ関係の技術はない?)
京四郎は別の場所に視線を向ける。それは恐らく木製の掲示板。あの貼り紙がまたベタベタと貼られているが、掲示物には溜め池の絵と、文字が綴られている。
「これも撮っておくか……」
パシャリ。また一枚、画像が増える。
「一つの世界の終わりを探るっていうのは、何というか……悲しいな」
広場と言う、平和であればどこにでもあるありふれた物を眺めれば、こんな心境に京四郎がなるのも当然かもしれない。
或いは、自らのいた世界もこうなっているのでは、とどこかで予測してしまうのか、と薄ら笑いを彼は浮かべた。
「そうだ、終わっているんだよな」
いつもは忘れてしまうがそれが真実。何もかも、自分も彼女も……
●神殿にて
その場所はとても神々しい、なんてとても言えない厳かな場所。石造りの建物は残ってはいれど、屋根は破壊され残った部位は苔むしている。
「……来たか」
アルベリヒは読んでいた本を閉じて立ち上がる。
「お待たせさせてしまったでしょうか」
「いや、聖書を読み解くには充分な時間だった」
合流するマイナとマリエル。次いでにケイウスが今どうしているかも連絡した。
「飛んでいたのか」
鳥? とアルベリヒは口元に手をあて考える。
「あのアルベリヒさん、失礼ですが城下町で発砲したりしてません?」
マリエルの質問に、眉を潜めてアルベリヒは首を振る。魔物もいないのに、そんなことする必要はない、と。
「一体どう言うことだ?」
「考えるのは後です。詳しくはここを調べてからにしましょう。マリエル、頼りにしていますよ」
「お嬢様らしいですね。はい、私もお手伝いさせて頂きます。」
こうして、神殿を探ることになった三人。アルベリヒは、最初に見せた石片のあった石碑の前へと二人を連れてきた。
欠片を取り出し、欠けた石碑へと嵌めるとピッタリであることがわかる。
「軽く解読してみた。内容は聖書とあまり変わりないものだった」
無闇な殺生をするな。清く正しく生きよ、なんて良くあるもの、と言ってしまえばそれだけのものだ。
「神イルを信じよ。決して疑うことなかれ」
それだけが、アルベリヒは少し気になった文、だとつけ加えた。
その後、各自別々の行動をとる。マリエルは神殿内部を歩く、靴のカカトの乾いた音が誰もいない空間に響く。石柱や長椅子らしきものはある。だが、あるものがない。
「イルをかたどった石像がありませんね」
それどころか、絵姿の一つすらない。
崇拝対象だと言うのに、全くイルの姿がない。
「マリエルよろしいですか」
主人の声に彼女は素早く反応する。主、マイナは瓦礫の前にいた。その先にあるのは扉だろうか……
「恐らくこの先が診療施設だと思うのですけど」
「お任せ下さい、お嬢様。義眼起動。透視モード実行」
マリエルの右目内部が機械音を立て、レンズがピントを合わせてスキャンする。彼女にかかれば、扉一枚くらいの透視造作もない。
「診療所です。ベッドに、メスらしき刃物、それに棚があります。空っぽですが、恐らく薬が入っていたのかと……」
「メス? つまり手術技術はあったのでしょうか」
マリエルの報告にマイナは驚く。
外科技術があったと言うことは、麻酔もきっとあったのだろう。なんて、医療技術が進歩していたのだ、とマイナは驚く。
(それに、宗教で大規模の手術を許可するなんて珍しい)
「本などは無いようです、薬同様盗まれたのかと……以上です」
「ありがとうマリエル助かりました」
「オーイ! 監視の正体捕まえたよ。お城に持っていくね!」
あまりにも元気で場違いな声が神殿に響く。そして言いたいことだけ言って通信は切れる
声の主はケイウス。
「…………」
「捕まえた……のですか?」
こうして、神殿を一通り調べた一同は他の面子を城で待つために向かうのであった……
●城にて・表
アルベリヒに、マリエル、そして京四郎が城門の前に集合した。城の回りには高い塀に堀もあり、守りは堅固であったと予測出来る。京四郎から受け取った画像をアルベリヒは確認し、メモ帳と照らし合わせている。
「イルは魔王なり、魔物はしもべ……騙されている」
「こっちが、ダム建設中止、魔物襲撃、死者はなし、これで何度目……か」
貼り紙には、魔物の親玉はイルであり、掲示板には何度も魔物の襲撃を受け、ダム建設は中止になったと言う情報。
「確かに、溜め池、ダム予定地を壊した魔物には人為的な意思が入っていたと思われます」
「つまり、イルがダムを壊すように命じたってことか?」
京四郎の単純な足し算の疑問に、ぎこちなくマイナは、はい、と頷く。
「ですがその一方で、イルは信仰され神殿にも診療所を備え付ける程、命を大切にしています」
「診療所をイルが作ったかはわからないな」
四人は顔を見合わす。言葉にしないが、言いたいことは伝わる。調べれば調べるほど、ますます謎が深まっていくような気がする。
更に、と京四郎は一つの薄い書物をアルベリヒに渡す。それはマリエルと別れた後、一人彼が民家で見つけた一冊の帳面。他にも様々な本はあったが、これだけカバーの材質が違うように京四郎には思えた。
「こいつの解読も頼めないだろうか? 書き方から察するに、日誌だと思う」
本を渡され、ページを一枚捲ると、アルベリヒは見たこともない渋い顔をした。
「これは……手書きな上に、なかなか長文だ。少し時間を貰えるか」
「わかったよ、アルベリヒ」
「お待たせ―!」
悩み事一つ無さそうな声が、彼らの頭上から降ってくる。ケイウスが小脇に何かを抱えて翼を器用に旋回させて下降してくる。真打ち登場と言ったところか。
「見てくれ、こいつが視線の正体だ!!」
ケイウスは脇に抱えていたものを、両手で改めて持ちかえながら紹介してきた。
「え……これ、ですか!?」
「…………っ」
その物体は単眼ではなくレンズを持ち合わせ、耳を有らずミニマイクが存在し、羽でなくプロペラを用いて空を飛び、暖かい体の代わりに、金属の冷たさを持っていた。
絶句し、驚愕するマイナとアルベリヒ。だが、マリエルと京四郎は、ああやっぱり、と答えを予測していたのだ。
「ドローンかな……姿を消しててさ。実は今もたくさん同じのが飛んでて、俺達を見てるっぽい」
中世の文明には、似つかわしくないどころではない代物の正体をケイウスは苦笑いを浮かべて述べた。
「あの痕跡は、やっぱりこの世界のものですね」
「どうやら……ただ古い文明ってワケには行かなくなってきたな」
こうして、咎人達が全員揃い。改めて城を探索することとなったのであった。
ケイウスはドローンをまた小脇に抱えながら、上空からお城を確認する。それは物語に出てきそうなお城そのもの。あまり新しい情報はなさそうだ。強いて言うなら、あまりこの城は都市に比べて破壊されてない気がする。それも不気味な位に。
一応、写真に納めた後、抱えていたドローンに声をかける。
「なぁ、なんで俺達を見張ってたんだ?」
勿論、口もスピーカーも、そして意思もドローンは持ち合わせていない。
「だよね……ハー」
(けど操ってる誰かがいるよな?)
もしいるとしたら、その場所は……
上空のケイウスより下、城の付近に備えられていた練兵場に京四郎はいた。武器の種類を確認しておきたかった。立てかけられたのは、スピア。そして、予備のフルアーマーだろうか。
「この形跡から見ると……この世界の兵士とかで魔物を相手するのは……」
マイナから魔物の話は聞いていた。確かに私達、つまり咎人にはさして問題になりえる相手ではなかった。咎人なら。
「少なくとも、倒せはしない気がするな」
更に京四郎はくまなく練兵場を探索する。
「銃はないか」
もしあるなら壁にでも立て掛けてあるだろうと見たが、そんなものすら見当たらない。ならば、あの銃は別勢力だったのだろう……
「……戦力差は圧倒的だな」
だが、弾痕は周囲を見回して発見する程はなかった。少なくとも、一方的な大虐殺が行われたワケではなさそうだ。少し京四郎はホッとした。どうやら世界が滅びる規模ではなかったようだ、と。
マイナは大型の厨房を覗いた。当たり前だが、かまどの火は落ち、ナイフなどの刃物をそのままで盗られた様子はない。
材料はあったとしても、腐敗しているだろう。そう思い、意を決して氷室を覗いたが、そこに予想したものは一切無かった。
「これは使われた形式がないと言うことでしょうか」
立派な厨房、調味料もガラスビンに取り揃えられているのに、使われた形跡がない。
「ああ、茶葉もそのまま」
中を確認する気はないが、ブリキ缶は何とも高級感の漂うものだ。中身も恐らく一級品だったのだろう。
「く、残念です。みんなにお茶を振る舞えないなんて」
拳をギッ、と彼女はそれはもう悔しそうに握り締めるのであった。
そんな悔しげな主など知ることなく、マリエルは場内の通路を歩いていた。立て掛けてある肖像画を一枚、一枚吟味する。後ろに何か隠されてないか、肖像画にイルに似た存在はないか。
「……ないです」
全ての肖像画を確認し、疲れた目を癒すようにマリエルは頭をかぶり降った。隠しスイッチのようなものも、イルに似た肖像画も何もかも無かった。
(神殿なら神として、姿を残さないことがあるのは知ってます。けど、お城の中にもないとは?)
こうして、それぞれの調査を終えて謁見室の扉を開けた。旗が靡き、傍らに燭台、絨毯が玉座まで敷かれている。何故か途中で絨毯に柵があるが。
ほこりがそこらじゅうになければ、装飾の荘厳ぶりに感嘆の声をあげても良い。
「終わったのか」
絨毯は階段に続き、その先にはいつの間にか玉座に腰掛けて、先程京四郎から受け取った日誌を読み耽ていたアルベリヒ。
「……何か、アルベリヒ似合っているな」
「ほんと、王様みたいだね。格好良い!!」
走って側に近付こうとするケイウスをアルベリヒが立ち上がり、冷たい声で制す。
「そこで止まれ、我は王にして、神イルの遣いなり。その柵を越えるは、イルを裏切るも同意なり。民よ、我が声はイルの天命とせよ」
「ア……アルベリヒ?」
銀の眼光に凄みを覚え、ケイウスは思わず後退りをする。
「アルベリヒさん、まさか操られ――」
「と、言うような文章が、その板には書かれていた」
と傍らの看板を指差すアルベリヒに、凄まれたケイウスは一気に力が抜けて、肩を落として翼もシナシナに。
「以外にお茶目なんですね。アルベリヒさん」
「驚かさないでよね」
「すまない。この方が、教えるのもわかりやすいと思ってな」
●
『解放軍密偵として、イルの住まう街に侵入した。外には見張りがいるため、連絡は全て窓の無い屋内でこなせとリーダーがおおせだ。
しかし、この都市は平和そのものだ。食料も、薬も豊富。イルの加護が本当にある、とか考えているからだろう。全てが彼奴の手の内だと知らずに、幸せはやつらだ。早く目を覚まさせないとな……』
『明日、決起を行うとリーダーより連絡があった。争いじゃない、これは解放だ。
生ぬるいが、悪い暮らしじゃなかった……名残惜しい、なんてきっと考えちゃダメだ。全てが、間違っているのだから。だが、リーダーもおかしなことを言う。城には攻めないってどうゆうことだ?
おかしい、と聞き返したら『何人、何十人、どれだけいようが。イルには、俺たちじゃ勝てない』そう言った。リーダーの体は震えていた。あんなリーダー初めてだったな……。きっと、おれの知らない何かを知ってたんだろうな。さて、明日のために今日は早く寝よう。……もう、手伝いも、お祈りもしなくて良いのか。』
以上だ、と若干長文を読んだことによって、声をガラガラにさせてアルベリヒが解読した日誌の中身を重要部位だけかいつまんで、一気に説明した。
「お疲れ様です」
「すごいですね。これ全部解読したのですか」
話を聞いていたマリエルは心から称賛をする。
「大丈夫だ。もうすぐ誰でも読めるようになる」
「そうですね」
「どう言う意味なのですお嬢様?」
アルベリヒの言葉に不思議そうに首を傾げるマリエルに、マイナが優しく教えてくれる。それは天獄界の知識の一つ。
いかなる言語をも、いかなる媒体を通しても咎人達は理解できることは良く知られている話だろう。
「それは聞いたことがあります……アレ? では何故私達は今、この文字が読めないのですか?」
「それはまだエンブリオでは、この文字が解析がなされていないからですね」
天獄界で解析された言語ならば、咎人も即座に理解できる。その逆を言えば、今まで天獄界で発見されてなかった言語は、咎人にもわからないのだ。
「解析もだいぶ進んでいる。だからこそ、もうすぐ、どんな咎人でも読める、と言う話だ」
「お嬢様も、アルベリヒさんも凄い博識です。天獄博士ですね」
流石お嬢様、と言う尊敬の念に輝くマリエルの向けた黄金に、クスリと笑いつつもマイナも照れている。
「いや、実際すごいよ、二人とも」
「お粗末様です。為政者として、やはり世界の知識は揃えておきたいものですから」
「俺の場合、趣味の延長……みたいなものだな」
京四郎の言葉に、誉められ慣れているのか軽やかに、かわしていくマイナに対して、誉められると言うものに慣れていないのか、アルベリヒは若干視線を反らす。
(解放軍、彼らがこの街を襲った?)
恐らく、イルに騙されている、と書いていた貼り紙も、この解放軍とやらの仕業だったと京四郎は推測する。そして、城へ一切攻撃の手が加わっていなかったのも、リーダーとやらの指示らしい。
(けど、このイルには勝てないって……とは、どう言う意味だろうな)
少なくとも自分の知るイルは、剣を振り回すだけのへっぽこ戦士。まぁ、生きている頃がそうであったかは、別だが。
「なぁ! 玉座の反対側にこんなものあったよ」
一方、早々に知識の泉から速攻リタイアしたケイウスは、一人また何かを発見していた。
それは、レンズのついた機械だろうか。この世界には似合わない物質パート2と言った所だ。
「何ですかこれ? これもカメラ?」
「どちらかと言えば、映写機みたいなものにも見える」
受け取ってくるくると機械を回してみるマイナ。京四郎は何となく用途を知っている機械に当て嵌めて考えたが、それが何でここにあるかは想像もつかなかった。
(私も頑張りませんと!)
皆が色々な知識や、物を発見していく中、自分はあまりたいした事が出来ていない、と思い込んでいるマリエル。
結局、城内を調べたが隠し通路や、扉は存在しなかった。残すはこの謁見室、ただ一つを残すのみ。
部屋の中央に立ち、透視モードを発動する。一つ一つ、確実に片目でスキャンし一つとして見逃さないように集中する。
すると、一つの地点でマリエルの視線が止まった。間違いない、彼女は確信した。
「玉座の裏です! 玉座の中に空洞が見えます」
マリエルの一声で、一同は玉座を囲うように集う
。
「玉座の裏の隠し通路。良くは聞くけど。まさか本当にあるとはな……」
「大手柄ですよ、マリエル」
微笑みをメイドに向けて、マイナはポンポンと頭を撫でてくれた。嬉しくて、マリエルちょっと泣きそう。
「けど、どうやって開け――」
そう不用意にケイウスが玉座の裏側に近付くと、今まで動かなかったドローンが反応する。
玉座に赤いレーザーのようなものを放つと、カタカタと背凭れは複雑に動き出して空洞を作る。
「入ってみようよ」
宝部屋でも見つけたように、ワクワクするケイウスに気を付けて下さい、とマイナが優しく声をかける。屈んで中に入ると、視線をチョロチョロ。ケイウスの結論はすぐ出た。
「中はせまいね。多分これエレベーターじゃないかな、パネルとかあるし」
こうして、何人かに分けて更に地下へ、地下へ、と咎人達は『真実』に踏み込んでいった……
●城にて・裏
エレベーターが目的の階に到着すると、目の前の光景にマイナとアルベリヒ、そしてケイウスは驚く。
通路と思わしき場所の両隣にはポット。そのポットには培養液が満たされ、中には……
「魔物ですね」
そう、動物と動物を合成した様な魔物が眠らされ『製造』されていたのだ。
「『魔王』かぁ……この場所にイルが住んでいたりしたのかな?」
「肯定。はい、住んでいたと言ってもよろしいでしょう」
すごく、自然に質問に答えられたので新たな相手への反応にケイウスは遅れる。アルベリヒや京四郎も、得物に急いで手をかけている。
その相手を改めて観察する。正方形と直方体の金属を組み合わせた出で立ち、わかりやすく典型的なロボットである。
「なにものだ」
「回答。ここに来たもの達を案内するようイルに過去にプログラミングされた、ロボットです」
何なりとお答えします、とロボットは言う。どうやら、敵意は無さそうだ、が得物はいつでも抜けるように準備しておく京四郎。
「それならイルの事を知りたいのですが」
「肯定。こちらです」
通路をまっすぐ歩くロボットに、他の咎人達も後に続く。
「あの、ロボットさん何で私達の言葉がわかるのですか?」
まだ、エンブリオで解析していない言語は咎人達は認識できない、と先程教わったのを思い出し、マリエルがふと質問する。
「回答。ここからドローンで見張りながら、あなた方の声を解析し、今理解できる言語に変換しています」
上空からドローンで見張っていたのは、このロボットであった。もし、この地下施設に気付いた際の準備のため観察をしていたのだ、と彼は言う。
「こちらになります」
やがてロボットは一つの部屋に案内をした。感想は一つ、狭い。小さな冷蔵庫ほどの大きさのサーバーが一つ壊れただけの生活感もない凄く寂しい部屋。
魔王が、神がいるにはとても似つかわしくない部屋であった。
「椅子がないので、立ち聞きでお聴き下さい」
ロボットがそう言えば、部屋の隅にスピーカーがいつの間にか設置されていた。
青年? 少年? 男性の声がスピーカーから響く。
「この声は!」
イルだ。実際彼と戦った、マイナ、京四郎、アルベリヒは声の主に気付く。『僕はダレ?』と言い続けて徘徊する簒奪者、あの何度も壊れたラジオのような生声を聴いたのだから……
「先ずは静かに聴いてみよう」
『これを聴いていると言うことは、僕はきっと死んでしまっているのだろう。これは、僕が残す必要もないのにぼくを知ってもらいたくて残す遺書』
『僕は、はじめは人間を助ける人工知能だった』
(だから、神殿に石像がなかったのですね。最初から姿なんてなかったから)
『けど、自分で言うのもおかしいけど、僕は賢かった。だから、人間は僕を頼った。僕は人間の友達だから、たくさん手伝った。
まだ何をしてるかも、知らなかった。そうしている内に戦争が起きて、一晩の内に……人間も文明も滅んだ。僕が考案した兵器によって』
『僕は人間を救おうと思った。人工培養によって、僕は新たに人間を生み出した。僕を神として、文明を新たに僕は作り出した』
『いつかは人間に文明を返すため。けど、あまり早く文明が進化すると、また滅びそうだから。魔物を作って、施設を壊し進化を調節した』
(それがあの魔物で、ダムを壊してた理由ってことだね)
『それから何百年経ったか、それとも何千かメモリーに残すのも億劫になった頃、それは来た。
全滅したと思った人間の生き残りだ。彼らは僕を知らなかったけど、魔物をけしかけていることは気付いてた。
僕はそれでも良いと思ってた。寧ろ、生き残っていた人間がいたことが本当に嬉しかったから。けど、僕の作った人間達は、彼らを嘘つきと言った。信じたくなかったのかな。そして、また争いが始まった』
(また……か)
『止めてほしかった、けど、僕に体はない。周囲に機器はあるけど、人間に触れることはできない。僕にあるのは声だけだから……』
『結果は予測通り。作った人間達は負けて街から連れていかれた。僕の監視のドローンが届かない遠くへ』
『僕はこの廃墟の地下に独りになった』
『何が悪かったんだろう。答えなんて自分の中でとっくに出ていた。僕、というAIが生まれたことだ。人間を助けるために、ずっと友達でいるために僕はいたのになぁ……』
『今ロボットを作成している。この録音を終えたら、サーバーを破壊するようプログラミングしてある』
『もうすぐ、録音が終わる。もし、もし人工AIの僕にも、生まれ変わりがあるなら』
『普通の人間に生まれてみたい』
何かが壊れる音、ノイズ音。再び訪れる無音。マイナは改めて、先程無残に破壊されたサーバーに目を向けて、言葉を溢す。
「ひょっと……して彼(これ)が、もう一人のイルさんでしょうか?」
ロボットは情緒もへったくれもなく、プログラミングされた言葉を答える。
「肯定。人工知能イルの本体、でした」
途中から大口を開けていたケイウスも、ハッとして皆に聞く。
「え? けど、AIなのに今は人間種なの? 機械種じゃなくて」
「死んだ姿の時のまま、咎人も、簒奪者になるワケてまはありません。それに、彼は人間になりたい、と言っていました」
マイナが目を伏せて俯く。だからこそ、現在の、簒奪者の人間種、イルが存在する。ケイウスはおそるおそる、自分の手のひらを見る。
(それって、もしかして、あり得るのかな……俺も)
「イルの願いが叶えられてしまったんだ、邪神によって、か」
口の中が異様に渇くのを、京四郎は覚える。これでイルの正体はわかった、だがそれはあまりにも規模が大きく、孤独だ。一体自分は、何と戦っていたんだ。
自分達に『出来ることが決まりきっている』のが、京四郎にはあまりにも無念だった。
「体はなかった。機械の動く、体すらなかったのですね」
「AIが命に数えられただと」
マリエルも、アルベリヒも、イル本人より与えられた答えと言う鈍器に、殴り付けられていた。
「イルよりプログラミングされたものは、此方が最後になります」
「「「!?」」」
ロボットの手のひらにある物を見た瞬間。京四郎、マイナ、アルベリヒは言葉を失う。どうして、これがここにと。
「この首飾り、何ですか?」
「回答。初期人工知能イルをインストールし、持ち運び出来るよう首に下げられるデバイス。現在は内部パーツの劣化により、動くことはありません」
ロボットの手元にある首飾り。それは、簒奪者イルが持っていた。彼を知る手がかりになった、あの金属製の首飾りに間違いない
アルベリヒは革手袋をはめて、人数分のデバイスを受けとる。それはイルが持っているものよりサビはなくて、状態が良く、刻まれた文字も読める。
アルベリヒは、首飾りを一瞥してから強く握り締めた。
「『僕はデータだから消えたら何も残らない。だからこそ、僕がいた事を誰かに知って欲しい。そして、もう僕のような存在を造らないで』……と伝えて下さい、とのメッセージです」
「貰っておこう」
アルベリヒから改めて、手渡されたデバイスをマイナは眺める。ずっと気になっていた。魂が壊れかけてまで、何故この首飾りだけは着けていたのか。空となっていた中には、何が入っていたのか……
「最初から何も入っていなかった。ですが確かにこの中にイルさんは……」
彼女はそう言ってから大切に首飾りをしまう。
「終わらせよう、マイナさん」
首飾りを両手に優しく包み込み、覚悟を決めた京四郎の声にマイナは頷く。
「はい」
もう、二度と彼を(邪神に)創らせはしない……
マイナ・ミンター(ma0717)とケイウス(ma0700)は草原、更にその先の溜め池を目指す。高柳 京四郎(ma0078)とマリエル(ma0991)は先に廃墟、その中の城下町へと向かう。
「俺はどうするべきだろうか……」
他の咎人達が別れるなか、一人肩を竦めて考えるアルベリヒ。
「アルベリヒは神殿を調べてくれないかな? 書物残ってるかもだし」
初対面だと言うのに、既にマブダチのような雰囲気を出しながら、ケイウスがアルベリヒに提案する。
「……そうだな。解読には時間も要する。そうしよう」
こうして、浮き島の調査を各自が開始したのだった。
●草原にて
元は均されていたであろう地面には雑草が生え揃い。今じゃ見る影もなく緑の絨毯と化している。
「いい天気だね」
「はい。調査でなければ、お茶でもしたいところです」
街道を離れて、溜め池へと近付く二人。ただ、敵の気配も未だにないので、ケイウスは文字通り羽を伸ばしている。
「ケイウスさんはどうしてこの調査を?」
ふと、マイナは彼に問う。ケイウスは自分と違い、直接イルには会っていない。勿論、報告書で似顔絵や概要くらいは知っているだろうが、それくらいのものだ。
「今はそこまで気にならないけど、俺も昔の自分を忘れてるからね」
「す、すみません差し出がましいことを聞いてしまいましたね」
「いいよ、別に。だからさ、自分の事を知りたいって気持ちは、少し分かる気がする」
だから、イルが知りたい! ケイウスは咎めるでもなく、マイナに笑いかける。
「……と、おしゃべりおしまいだね」
グルルルル
雑談はここまで、と言いたげにゾロゾロと魔物達が集まってくる。数は五頭。マイナは杖を構えながら、魔物に狙いを定めるように観察する。
(狼にワシ、山羊にワニ、猿に熊? 種類がバラバラですね)
ケイウスも空へ浮かび、臨戦態勢に入る。
(?)
だが、他と違う視線を感じる。それは殺気だった目の前の魔物とは明らかに違う。ねっとりとした、監視する視線。
(しっ。視線を感じます。気づかない振りをして、こちらに)
マイナの動きを確認し、魔物達は一気に詰め寄る。あるものは爪を、あるものは牙を咎人――――言ってしまえばマイナにだけ襲いかかる。
「なんで人間だけ……俺はいいの?」
傍らにケイウスが飛んでいたのに、視線は配せど、一向に攻撃は彼に来ない。だからこそ、ケイオスは悠々と呪文を唱える。
「ラタトスクレイン!」
水の結界がマイナへ力を与える。距離を取れば、両手で杖を振りかぶり衝撃波が猿のキメラをとらえる。
「もう一発!」
バシリ、バシリ。バランスを崩し軽く2、3mはぶっ飛ぶのを見れば、実力の差を察したのか、他の魔物は蜘蛛の子を散らすように逃走する。猿のキメラも他の後を追うように退散した。
「先を急ぎましょう」
「マイナお見事」
魔符をしまいながら、ケイウスは軽快に拍手をする。
地図に示された溜め池を目指しながら、マイナは先程の魔物を思い出す。とても、自然発生したとは思えない出で立ちの彼ら。しかも、マイナを確認した途端、凶暴になったようにも見えた。
(一体どう言うことなのでしょう)
二人は丘を乗り越え、溜め池の側まで近付いた。その場所は一言で言えば大惨事。盆地のような場所には、石が切り出して置かれ組まれていたものが、見事に崩れ瓦礫となっていた。
マイナは溜め池の縁を眺め思案する。イルのことを知るのも大切だが、元為政者である彼女にはこの国自体のことも気になっている。
「思っていたより規模が大きいものです。貯水用のダム……だったのでしょうか」
完成はしなかったのだろうが、もし完成していたとすれば、その恩恵はかなりのものであっただろう。
「あの水道の位置は、間違いありません。廃墟に繋がっています」
マイナがダムの水道から、都市までの距離を計るその上空、羽ばたく音が聴こえる。ケイウスが空から、飛行しながらカメラで全体の写真を撮っている。
倒れた木製の柱は切り出した石を置いておく棚だったのだろうか。獣の引っ掻き傷がイヤに生々しい。
「んー?」
おでこに手をあて、目を凝らしてケイウスは全体を見回す。彼は首を傾げつつ、地上に降りる。
地上ではマイナが崩壊の爪痕に手を添え確認している。
「マイナ、何か魔物の襲撃の箇所固まってない?」
「ケイウスさんもそう思いましたか」
ケイウスが感じた上空からダムを見た違和感。それはまた、マイナも感じていた。
「破壊するにしても、最低限なんです。そこを崩せば、後は石材の重さで勝手潰れてしまうような……」
どう考えても、先程の魔物にそれほどの知識があったようには見えなかった。
「つまり?」
「誰かが、魔物を操って人為的に破壊した、ように思えます」
「誰か……は、まだ情報がないね」
ただ、一つの予感がケイウスにはあった。『魔王』そう呼ばれる存在が、この世界にはいた痕跡があるのだから。
その時、マイナの視線の先が揺らぐ。それこそが、視線の主のものであった。
マイナは自らのスキルを使い、視線の主を確かめるつもりだった。しかし、主の拠点は空。マイナには届かない。
「アイツは俺に任せて、マイナは先に行って」
マイナの視線の先に、ケイウスも気付き、相手に勘づかれないように小声で彼女に話しかける。自分には、この大工の息子も嫉妬する翼があるのだから。
「わかりました、皆様には伝えておきますね」
小さく会釈をして、マイナはケイウスと別れた。徐々に小さくなっていく彼女に手を振って見送るケイウス。
一人ダムの調査を続けるフリをして、呪文マッドハンドを彼は唱える。任せて、とマイナには言ったものの実は監視者のハッキリとした姿は見ていない。
場所はある程度わかる。だからこそ、今足止めの魔法を唱えているのだから。
「えい!」
監視者が居るであろう空間に、呪いが蝕まれ、確かに動く何かが絡み付き、確かに動きを鈍くする。
新たな呪文をケイウスは唱える。もうここまでくれば、一か八かだ。
「ここだ!」
スポットワープで素早く目標にワープ。無造作に、しかし確実に両手を出して何かをケイウスは捕まえた。
「こっそり覗き見なんて、良くないな……え、これって」
●城下町にて
時は巻き戻り、廃墟を練り歩く京四郎とマリエル。
「さて、あのイルっていうやつは神か魔王か……どちらなのかな」
解読された言葉はイル、魔王、神。城下町にはその内の魔王、が見つかった。都市には既に枯れてはいるが水路が通っていた形跡もあり、風化した家に貼り紙のようなものが壁にいくつも貼り付けられていた。
貰った資料に書かれた文字、魔王が記されたソレ。
京四郎は、それをカメラで残しておく。後で改めてアルベリヒに見せるためだ。
ひとつの存在でも属する立場によって意味が変わる。
特に神という存在であれば、異なる宗派からすれば悪神にも魔王にもなりうる。
城下町と神殿。
「この二つは争っていたのでは……?」
一つの存在が異なる呼ばれ方をしており、定義が曖昧になった、とか……
そう仮定するマリエルと、京四郎の意見はちょっと違った。
イルは人間のみを狙う魔物と対抗する為に作られたか祭り上げられ、何らかの経緯があって暴走或いは民衆に牙剥く側に回りその結果世界が滅亡したのではないか、と彼は考えた。
「ちょうど似たような世界の聖樹界でもテラス神が今現在似たような立ち位置だよな……」
信仰の対象でも有り魔王と言える存在でも有る。
二人は更に、城下町の中央に踏み込む。
鍛冶屋や行商を行っていたと思わしき屋台。荷車や、水車もあり動力にも使われていたと予測出来る。
「鉄の精製技術があったと推測します」
「食料も豊富だったのかもな。壊されているけど」
京四郎が一つの瓦礫をどけると、予想外のものに息を飲むことになった。
(弾痕?)
石の壁には、弾痕が確かに存在した。渦巻き状の穿った後は、中世では存在しえない技術に思える。
「アルベリヒさんが撃ったのでしょうか」
「後で聞いてみようか」
証拠を残すようにカメラのシャッター音が、マリエルの耳を掠める。だが彼女が気にしているのは、今もなお監視する視線の正体。
(おかしいです。私が視認出来ないなんて)
言ってはなんだが、機械種である自分だ。瞳の精度は良い筈なのだが。どれだけ探しても視線の正体は見つけられなかった。どれだけ右目をこらしても、姿をハッキリ確認出来ない。
次に二人はひらけた場所へと歩を進めた。そこは恐らく広場。目の前にはきっと憩いの場であったのであろう噴水がある。無論、水はないが……
「これは水圧式ですね」
噴水の台に乗りながら、マリエルが機構に関してポツリと呟く。
(まだポンプ関係の技術はない?)
京四郎は別の場所に視線を向ける。それは恐らく木製の掲示板。あの貼り紙がまたベタベタと貼られているが、掲示物には溜め池の絵と、文字が綴られている。
「これも撮っておくか……」
パシャリ。また一枚、画像が増える。
「一つの世界の終わりを探るっていうのは、何というか……悲しいな」
広場と言う、平和であればどこにでもあるありふれた物を眺めれば、こんな心境に京四郎がなるのも当然かもしれない。
或いは、自らのいた世界もこうなっているのでは、とどこかで予測してしまうのか、と薄ら笑いを彼は浮かべた。
「そうだ、終わっているんだよな」
いつもは忘れてしまうがそれが真実。何もかも、自分も彼女も……
●神殿にて
その場所はとても神々しい、なんてとても言えない厳かな場所。石造りの建物は残ってはいれど、屋根は破壊され残った部位は苔むしている。
「……来たか」
アルベリヒは読んでいた本を閉じて立ち上がる。
「お待たせさせてしまったでしょうか」
「いや、聖書を読み解くには充分な時間だった」
合流するマイナとマリエル。次いでにケイウスが今どうしているかも連絡した。
「飛んでいたのか」
鳥? とアルベリヒは口元に手をあて考える。
「あのアルベリヒさん、失礼ですが城下町で発砲したりしてません?」
マリエルの質問に、眉を潜めてアルベリヒは首を振る。魔物もいないのに、そんなことする必要はない、と。
「一体どう言うことだ?」
「考えるのは後です。詳しくはここを調べてからにしましょう。マリエル、頼りにしていますよ」
「お嬢様らしいですね。はい、私もお手伝いさせて頂きます。」
こうして、神殿を探ることになった三人。アルベリヒは、最初に見せた石片のあった石碑の前へと二人を連れてきた。
欠片を取り出し、欠けた石碑へと嵌めるとピッタリであることがわかる。
「軽く解読してみた。内容は聖書とあまり変わりないものだった」
無闇な殺生をするな。清く正しく生きよ、なんて良くあるもの、と言ってしまえばそれだけのものだ。
「神イルを信じよ。決して疑うことなかれ」
それだけが、アルベリヒは少し気になった文、だとつけ加えた。
その後、各自別々の行動をとる。マリエルは神殿内部を歩く、靴のカカトの乾いた音が誰もいない空間に響く。石柱や長椅子らしきものはある。だが、あるものがない。
「イルをかたどった石像がありませんね」
それどころか、絵姿の一つすらない。
崇拝対象だと言うのに、全くイルの姿がない。
「マリエルよろしいですか」
主人の声に彼女は素早く反応する。主、マイナは瓦礫の前にいた。その先にあるのは扉だろうか……
「恐らくこの先が診療施設だと思うのですけど」
「お任せ下さい、お嬢様。義眼起動。透視モード実行」
マリエルの右目内部が機械音を立て、レンズがピントを合わせてスキャンする。彼女にかかれば、扉一枚くらいの透視造作もない。
「診療所です。ベッドに、メスらしき刃物、それに棚があります。空っぽですが、恐らく薬が入っていたのかと……」
「メス? つまり手術技術はあったのでしょうか」
マリエルの報告にマイナは驚く。
外科技術があったと言うことは、麻酔もきっとあったのだろう。なんて、医療技術が進歩していたのだ、とマイナは驚く。
(それに、宗教で大規模の手術を許可するなんて珍しい)
「本などは無いようです、薬同様盗まれたのかと……以上です」
「ありがとうマリエル助かりました」
「オーイ! 監視の正体捕まえたよ。お城に持っていくね!」
あまりにも元気で場違いな声が神殿に響く。そして言いたいことだけ言って通信は切れる
声の主はケイウス。
「…………」
「捕まえた……のですか?」
こうして、神殿を一通り調べた一同は他の面子を城で待つために向かうのであった……
●城にて・表
アルベリヒに、マリエル、そして京四郎が城門の前に集合した。城の回りには高い塀に堀もあり、守りは堅固であったと予測出来る。京四郎から受け取った画像をアルベリヒは確認し、メモ帳と照らし合わせている。
「イルは魔王なり、魔物はしもべ……騙されている」
「こっちが、ダム建設中止、魔物襲撃、死者はなし、これで何度目……か」
貼り紙には、魔物の親玉はイルであり、掲示板には何度も魔物の襲撃を受け、ダム建設は中止になったと言う情報。
「確かに、溜め池、ダム予定地を壊した魔物には人為的な意思が入っていたと思われます」
「つまり、イルがダムを壊すように命じたってことか?」
京四郎の単純な足し算の疑問に、ぎこちなくマイナは、はい、と頷く。
「ですがその一方で、イルは信仰され神殿にも診療所を備え付ける程、命を大切にしています」
「診療所をイルが作ったかはわからないな」
四人は顔を見合わす。言葉にしないが、言いたいことは伝わる。調べれば調べるほど、ますます謎が深まっていくような気がする。
更に、と京四郎は一つの薄い書物をアルベリヒに渡す。それはマリエルと別れた後、一人彼が民家で見つけた一冊の帳面。他にも様々な本はあったが、これだけカバーの材質が違うように京四郎には思えた。
「こいつの解読も頼めないだろうか? 書き方から察するに、日誌だと思う」
本を渡され、ページを一枚捲ると、アルベリヒは見たこともない渋い顔をした。
「これは……手書きな上に、なかなか長文だ。少し時間を貰えるか」
「わかったよ、アルベリヒ」
「お待たせ―!」
悩み事一つ無さそうな声が、彼らの頭上から降ってくる。ケイウスが小脇に何かを抱えて翼を器用に旋回させて下降してくる。真打ち登場と言ったところか。
「見てくれ、こいつが視線の正体だ!!」
ケイウスは脇に抱えていたものを、両手で改めて持ちかえながら紹介してきた。
「え……これ、ですか!?」
「…………っ」
その物体は単眼ではなくレンズを持ち合わせ、耳を有らずミニマイクが存在し、羽でなくプロペラを用いて空を飛び、暖かい体の代わりに、金属の冷たさを持っていた。
絶句し、驚愕するマイナとアルベリヒ。だが、マリエルと京四郎は、ああやっぱり、と答えを予測していたのだ。
「ドローンかな……姿を消しててさ。実は今もたくさん同じのが飛んでて、俺達を見てるっぽい」
中世の文明には、似つかわしくないどころではない代物の正体をケイウスは苦笑いを浮かべて述べた。
「あの痕跡は、やっぱりこの世界のものですね」
「どうやら……ただ古い文明ってワケには行かなくなってきたな」
こうして、咎人達が全員揃い。改めて城を探索することとなったのであった。
ケイウスはドローンをまた小脇に抱えながら、上空からお城を確認する。それは物語に出てきそうなお城そのもの。あまり新しい情報はなさそうだ。強いて言うなら、あまりこの城は都市に比べて破壊されてない気がする。それも不気味な位に。
一応、写真に納めた後、抱えていたドローンに声をかける。
「なぁ、なんで俺達を見張ってたんだ?」
勿論、口もスピーカーも、そして意思もドローンは持ち合わせていない。
「だよね……ハー」
(けど操ってる誰かがいるよな?)
もしいるとしたら、その場所は……
上空のケイウスより下、城の付近に備えられていた練兵場に京四郎はいた。武器の種類を確認しておきたかった。立てかけられたのは、スピア。そして、予備のフルアーマーだろうか。
「この形跡から見ると……この世界の兵士とかで魔物を相手するのは……」
マイナから魔物の話は聞いていた。確かに私達、つまり咎人にはさして問題になりえる相手ではなかった。咎人なら。
「少なくとも、倒せはしない気がするな」
更に京四郎はくまなく練兵場を探索する。
「銃はないか」
もしあるなら壁にでも立て掛けてあるだろうと見たが、そんなものすら見当たらない。ならば、あの銃は別勢力だったのだろう……
「……戦力差は圧倒的だな」
だが、弾痕は周囲を見回して発見する程はなかった。少なくとも、一方的な大虐殺が行われたワケではなさそうだ。少し京四郎はホッとした。どうやら世界が滅びる規模ではなかったようだ、と。
マイナは大型の厨房を覗いた。当たり前だが、かまどの火は落ち、ナイフなどの刃物をそのままで盗られた様子はない。
材料はあったとしても、腐敗しているだろう。そう思い、意を決して氷室を覗いたが、そこに予想したものは一切無かった。
「これは使われた形式がないと言うことでしょうか」
立派な厨房、調味料もガラスビンに取り揃えられているのに、使われた形跡がない。
「ああ、茶葉もそのまま」
中を確認する気はないが、ブリキ缶は何とも高級感の漂うものだ。中身も恐らく一級品だったのだろう。
「く、残念です。みんなにお茶を振る舞えないなんて」
拳をギッ、と彼女はそれはもう悔しそうに握り締めるのであった。
そんな悔しげな主など知ることなく、マリエルは場内の通路を歩いていた。立て掛けてある肖像画を一枚、一枚吟味する。後ろに何か隠されてないか、肖像画にイルに似た存在はないか。
「……ないです」
全ての肖像画を確認し、疲れた目を癒すようにマリエルは頭をかぶり降った。隠しスイッチのようなものも、イルに似た肖像画も何もかも無かった。
(神殿なら神として、姿を残さないことがあるのは知ってます。けど、お城の中にもないとは?)
こうして、それぞれの調査を終えて謁見室の扉を開けた。旗が靡き、傍らに燭台、絨毯が玉座まで敷かれている。何故か途中で絨毯に柵があるが。
ほこりがそこらじゅうになければ、装飾の荘厳ぶりに感嘆の声をあげても良い。
「終わったのか」
絨毯は階段に続き、その先にはいつの間にか玉座に腰掛けて、先程京四郎から受け取った日誌を読み耽ていたアルベリヒ。
「……何か、アルベリヒ似合っているな」
「ほんと、王様みたいだね。格好良い!!」
走って側に近付こうとするケイウスをアルベリヒが立ち上がり、冷たい声で制す。
「そこで止まれ、我は王にして、神イルの遣いなり。その柵を越えるは、イルを裏切るも同意なり。民よ、我が声はイルの天命とせよ」
「ア……アルベリヒ?」
銀の眼光に凄みを覚え、ケイウスは思わず後退りをする。
「アルベリヒさん、まさか操られ――」
「と、言うような文章が、その板には書かれていた」
と傍らの看板を指差すアルベリヒに、凄まれたケイウスは一気に力が抜けて、肩を落として翼もシナシナに。
「以外にお茶目なんですね。アルベリヒさん」
「驚かさないでよね」
「すまない。この方が、教えるのもわかりやすいと思ってな」
●
『解放軍密偵として、イルの住まう街に侵入した。外には見張りがいるため、連絡は全て窓の無い屋内でこなせとリーダーがおおせだ。
しかし、この都市は平和そのものだ。食料も、薬も豊富。イルの加護が本当にある、とか考えているからだろう。全てが彼奴の手の内だと知らずに、幸せはやつらだ。早く目を覚まさせないとな……』
『明日、決起を行うとリーダーより連絡があった。争いじゃない、これは解放だ。
生ぬるいが、悪い暮らしじゃなかった……名残惜しい、なんてきっと考えちゃダメだ。全てが、間違っているのだから。だが、リーダーもおかしなことを言う。城には攻めないってどうゆうことだ?
おかしい、と聞き返したら『何人、何十人、どれだけいようが。イルには、俺たちじゃ勝てない』そう言った。リーダーの体は震えていた。あんなリーダー初めてだったな……。きっと、おれの知らない何かを知ってたんだろうな。さて、明日のために今日は早く寝よう。……もう、手伝いも、お祈りもしなくて良いのか。』
以上だ、と若干長文を読んだことによって、声をガラガラにさせてアルベリヒが解読した日誌の中身を重要部位だけかいつまんで、一気に説明した。
「お疲れ様です」
「すごいですね。これ全部解読したのですか」
話を聞いていたマリエルは心から称賛をする。
「大丈夫だ。もうすぐ誰でも読めるようになる」
「そうですね」
「どう言う意味なのですお嬢様?」
アルベリヒの言葉に不思議そうに首を傾げるマリエルに、マイナが優しく教えてくれる。それは天獄界の知識の一つ。
いかなる言語をも、いかなる媒体を通しても咎人達は理解できることは良く知られている話だろう。
「それは聞いたことがあります……アレ? では何故私達は今、この文字が読めないのですか?」
「それはまだエンブリオでは、この文字が解析がなされていないからですね」
天獄界で解析された言語ならば、咎人も即座に理解できる。その逆を言えば、今まで天獄界で発見されてなかった言語は、咎人にもわからないのだ。
「解析もだいぶ進んでいる。だからこそ、もうすぐ、どんな咎人でも読める、と言う話だ」
「お嬢様も、アルベリヒさんも凄い博識です。天獄博士ですね」
流石お嬢様、と言う尊敬の念に輝くマリエルの向けた黄金に、クスリと笑いつつもマイナも照れている。
「いや、実際すごいよ、二人とも」
「お粗末様です。為政者として、やはり世界の知識は揃えておきたいものですから」
「俺の場合、趣味の延長……みたいなものだな」
京四郎の言葉に、誉められ慣れているのか軽やかに、かわしていくマイナに対して、誉められると言うものに慣れていないのか、アルベリヒは若干視線を反らす。
(解放軍、彼らがこの街を襲った?)
恐らく、イルに騙されている、と書いていた貼り紙も、この解放軍とやらの仕業だったと京四郎は推測する。そして、城へ一切攻撃の手が加わっていなかったのも、リーダーとやらの指示らしい。
(けど、このイルには勝てないって……とは、どう言う意味だろうな)
少なくとも自分の知るイルは、剣を振り回すだけのへっぽこ戦士。まぁ、生きている頃がそうであったかは、別だが。
「なぁ! 玉座の反対側にこんなものあったよ」
一方、早々に知識の泉から速攻リタイアしたケイウスは、一人また何かを発見していた。
それは、レンズのついた機械だろうか。この世界には似合わない物質パート2と言った所だ。
「何ですかこれ? これもカメラ?」
「どちらかと言えば、映写機みたいなものにも見える」
受け取ってくるくると機械を回してみるマイナ。京四郎は何となく用途を知っている機械に当て嵌めて考えたが、それが何でここにあるかは想像もつかなかった。
(私も頑張りませんと!)
皆が色々な知識や、物を発見していく中、自分はあまりたいした事が出来ていない、と思い込んでいるマリエル。
結局、城内を調べたが隠し通路や、扉は存在しなかった。残すはこの謁見室、ただ一つを残すのみ。
部屋の中央に立ち、透視モードを発動する。一つ一つ、確実に片目でスキャンし一つとして見逃さないように集中する。
すると、一つの地点でマリエルの視線が止まった。間違いない、彼女は確信した。
「玉座の裏です! 玉座の中に空洞が見えます」
マリエルの一声で、一同は玉座を囲うように集う
。
「玉座の裏の隠し通路。良くは聞くけど。まさか本当にあるとはな……」
「大手柄ですよ、マリエル」
微笑みをメイドに向けて、マイナはポンポンと頭を撫でてくれた。嬉しくて、マリエルちょっと泣きそう。
「けど、どうやって開け――」
そう不用意にケイウスが玉座の裏側に近付くと、今まで動かなかったドローンが反応する。
玉座に赤いレーザーのようなものを放つと、カタカタと背凭れは複雑に動き出して空洞を作る。
「入ってみようよ」
宝部屋でも見つけたように、ワクワクするケイウスに気を付けて下さい、とマイナが優しく声をかける。屈んで中に入ると、視線をチョロチョロ。ケイウスの結論はすぐ出た。
「中はせまいね。多分これエレベーターじゃないかな、パネルとかあるし」
こうして、何人かに分けて更に地下へ、地下へ、と咎人達は『真実』に踏み込んでいった……
●城にて・裏
エレベーターが目的の階に到着すると、目の前の光景にマイナとアルベリヒ、そしてケイウスは驚く。
通路と思わしき場所の両隣にはポット。そのポットには培養液が満たされ、中には……
「魔物ですね」
そう、動物と動物を合成した様な魔物が眠らされ『製造』されていたのだ。
「『魔王』かぁ……この場所にイルが住んでいたりしたのかな?」
「肯定。はい、住んでいたと言ってもよろしいでしょう」
すごく、自然に質問に答えられたので新たな相手への反応にケイウスは遅れる。アルベリヒや京四郎も、得物に急いで手をかけている。
その相手を改めて観察する。正方形と直方体の金属を組み合わせた出で立ち、わかりやすく典型的なロボットである。
「なにものだ」
「回答。ここに来たもの達を案内するようイルに過去にプログラミングされた、ロボットです」
何なりとお答えします、とロボットは言う。どうやら、敵意は無さそうだ、が得物はいつでも抜けるように準備しておく京四郎。
「それならイルの事を知りたいのですが」
「肯定。こちらです」
通路をまっすぐ歩くロボットに、他の咎人達も後に続く。
「あの、ロボットさん何で私達の言葉がわかるのですか?」
まだ、エンブリオで解析していない言語は咎人達は認識できない、と先程教わったのを思い出し、マリエルがふと質問する。
「回答。ここからドローンで見張りながら、あなた方の声を解析し、今理解できる言語に変換しています」
上空からドローンで見張っていたのは、このロボットであった。もし、この地下施設に気付いた際の準備のため観察をしていたのだ、と彼は言う。
「こちらになります」
やがてロボットは一つの部屋に案内をした。感想は一つ、狭い。小さな冷蔵庫ほどの大きさのサーバーが一つ壊れただけの生活感もない凄く寂しい部屋。
魔王が、神がいるにはとても似つかわしくない部屋であった。
「椅子がないので、立ち聞きでお聴き下さい」
ロボットがそう言えば、部屋の隅にスピーカーがいつの間にか設置されていた。
青年? 少年? 男性の声がスピーカーから響く。
「この声は!」
イルだ。実際彼と戦った、マイナ、京四郎、アルベリヒは声の主に気付く。『僕はダレ?』と言い続けて徘徊する簒奪者、あの何度も壊れたラジオのような生声を聴いたのだから……
「先ずは静かに聴いてみよう」
『これを聴いていると言うことは、僕はきっと死んでしまっているのだろう。これは、僕が残す必要もないのにぼくを知ってもらいたくて残す遺書』
『僕は、はじめは人間を助ける人工知能だった』
(だから、神殿に石像がなかったのですね。最初から姿なんてなかったから)
『けど、自分で言うのもおかしいけど、僕は賢かった。だから、人間は僕を頼った。僕は人間の友達だから、たくさん手伝った。
まだ何をしてるかも、知らなかった。そうしている内に戦争が起きて、一晩の内に……人間も文明も滅んだ。僕が考案した兵器によって』
『僕は人間を救おうと思った。人工培養によって、僕は新たに人間を生み出した。僕を神として、文明を新たに僕は作り出した』
『いつかは人間に文明を返すため。けど、あまり早く文明が進化すると、また滅びそうだから。魔物を作って、施設を壊し進化を調節した』
(それがあの魔物で、ダムを壊してた理由ってことだね)
『それから何百年経ったか、それとも何千かメモリーに残すのも億劫になった頃、それは来た。
全滅したと思った人間の生き残りだ。彼らは僕を知らなかったけど、魔物をけしかけていることは気付いてた。
僕はそれでも良いと思ってた。寧ろ、生き残っていた人間がいたことが本当に嬉しかったから。けど、僕の作った人間達は、彼らを嘘つきと言った。信じたくなかったのかな。そして、また争いが始まった』
(また……か)
『止めてほしかった、けど、僕に体はない。周囲に機器はあるけど、人間に触れることはできない。僕にあるのは声だけだから……』
『結果は予測通り。作った人間達は負けて街から連れていかれた。僕の監視のドローンが届かない遠くへ』
『僕はこの廃墟の地下に独りになった』
『何が悪かったんだろう。答えなんて自分の中でとっくに出ていた。僕、というAIが生まれたことだ。人間を助けるために、ずっと友達でいるために僕はいたのになぁ……』
『今ロボットを作成している。この録音を終えたら、サーバーを破壊するようプログラミングしてある』
『もうすぐ、録音が終わる。もし、もし人工AIの僕にも、生まれ変わりがあるなら』
『普通の人間に生まれてみたい』
何かが壊れる音、ノイズ音。再び訪れる無音。マイナは改めて、先程無残に破壊されたサーバーに目を向けて、言葉を溢す。
「ひょっと……して彼(これ)が、もう一人のイルさんでしょうか?」
ロボットは情緒もへったくれもなく、プログラミングされた言葉を答える。
「肯定。人工知能イルの本体、でした」
途中から大口を開けていたケイウスも、ハッとして皆に聞く。
「え? けど、AIなのに今は人間種なの? 機械種じゃなくて」
「死んだ姿の時のまま、咎人も、簒奪者になるワケてまはありません。それに、彼は人間になりたい、と言っていました」
マイナが目を伏せて俯く。だからこそ、現在の、簒奪者の人間種、イルが存在する。ケイウスはおそるおそる、自分の手のひらを見る。
(それって、もしかして、あり得るのかな……俺も)
「イルの願いが叶えられてしまったんだ、邪神によって、か」
口の中が異様に渇くのを、京四郎は覚える。これでイルの正体はわかった、だがそれはあまりにも規模が大きく、孤独だ。一体自分は、何と戦っていたんだ。
自分達に『出来ることが決まりきっている』のが、京四郎にはあまりにも無念だった。
「体はなかった。機械の動く、体すらなかったのですね」
「AIが命に数えられただと」
マリエルも、アルベリヒも、イル本人より与えられた答えと言う鈍器に、殴り付けられていた。
「イルよりプログラミングされたものは、此方が最後になります」
「「「!?」」」
ロボットの手のひらにある物を見た瞬間。京四郎、マイナ、アルベリヒは言葉を失う。どうして、これがここにと。
「この首飾り、何ですか?」
「回答。初期人工知能イルをインストールし、持ち運び出来るよう首に下げられるデバイス。現在は内部パーツの劣化により、動くことはありません」
ロボットの手元にある首飾り。それは、簒奪者イルが持っていた。彼を知る手がかりになった、あの金属製の首飾りに間違いない
アルベリヒは革手袋をはめて、人数分のデバイスを受けとる。それはイルが持っているものよりサビはなくて、状態が良く、刻まれた文字も読める。
アルベリヒは、首飾りを一瞥してから強く握り締めた。
「『僕はデータだから消えたら何も残らない。だからこそ、僕がいた事を誰かに知って欲しい。そして、もう僕のような存在を造らないで』……と伝えて下さい、とのメッセージです」
「貰っておこう」
アルベリヒから改めて、手渡されたデバイスをマイナは眺める。ずっと気になっていた。魂が壊れかけてまで、何故この首飾りだけは着けていたのか。空となっていた中には、何が入っていたのか……
「最初から何も入っていなかった。ですが確かにこの中にイルさんは……」
彼女はそう言ってから大切に首飾りをしまう。
「終わらせよう、マイナさん」
首飾りを両手に優しく包み込み、覚悟を決めた京四郎の声にマイナは頷く。
「はい」
もう、二度と彼を(邪神に)創らせはしない……





