●雨が来る 01
「雨かぁ……」
ラファル・A・Y(ma0513)は夕立の降る空を見上げる。昔は雨が嫌いだった――そもそも水が厳禁だった。ラファルは生前も機械の体で、当時は防水機能なんて水陸両用のアレな見た目のボディしかなかったもので。
(いいわきゃねーよな。……でもよぉ、)
雨に濡れた掌を見下ろす。開いて、閉じる。
(今の俺は完全防水仕様。海に潜ったところで全然平気なんだからよ)
そのくせ、見た目は生身と全く変わらない。大破してもイデア体だから修理だのメンテだのマネーだのも必要ない。
「いい時代になったもんだぜ」
人工繊維の金髪を雨に濡らし、トレードマークたるペンギン帽子を被り直し、服も肌も心地好く雨雫に委ねながら、水たまりをスキップで踏んで――ラファルは帰路に就く。
「……雨な、んて無、ければ、良、いのに」
濡れそぼる、誰もいない公園。椅子代わりのブランコに腰かけたまま、漕ぎもしないで、セヴィーナ(ma0817)はぼうっと雨天を見上げていた。
――雨は、嫌い。
目を閉じれば、『生前』のことが朧ながらも思い浮かぶ。
――『あのひと』も、雨が嫌いだった。セヴィーナの、とてもとても大切なひと。
雨の日、あのひとはセヴィーナのことが見えてないような気がして。淹れてくれた紅茶も、味気なくて。
……目蓋を開ける。『今』に想いを馳せる。
今、セヴィーナには気になっているひとがいる。『そのひと』は……どうなんだろう? そのひとも、雨が嫌いなんだろうか。もしそうだったなら、……。
(別に、私を見なくて、イイ。……ただ、馬鹿々しく空から溢れ出た水に濡れたままにしない)
なぜなら――セヴィーナの、大切なひとだから。
流刑街第四層、湯屋「剛力の湯」。
その管理人たる鐵夜行(ma0206)は、露天風呂をデッキブラシで掃除中だった。鼻歌まじり、ごしごし丁寧に――……夕立が降ってきたのはそんな時。雷が鳴ったのは、その直後。
「ひゅっ、雷!?」
思わずデッキブラシにしがみつく。更に雷がガシャンと鳴って、ぴゃっと飛び上がる。手放してしまったブラシががらんと落ちる。
「ヘ、ヘソ盗られちまう!! んひひ、こんな時は母上直伝の防御態勢だ!」
フリーになった両手でヘソを押さえ、夜行はしゃがみこんだ。
「これなら大丈夫……」
と、思っていたが。
両手でヘソを押さえているから、耳を塞げない。雷鳴の度、夜行はビクッと肩を震わせた。
「う……ぅ……」
次第に震えは止まらなくなり、瞳からは涙が滲み始めて。
(あぁ、そうだ――いつも、くすくす笑いながら耳を塞いでくれてた母上は、『天獄(ここ)』にはいないんだ……)
そう分かってしまった瞬間、睫毛に引っかかっていた涙がポロッとこぼれ落ちて。
「ぐすっ……ぅ~、ははうえぇ~……」
「秋ですから、少しスパイスを効かせた物も作りたいですねぇ……」
和風喫茶、銀の花。管理人のフローライト(ma0292)は秋の新作スイーツの試作をしていた。定番のモンブラン、リンゴパイ、白桃ケーキにいちじくのタルト……。
「シナモン、アニス、カルダモン……さて、どれにしましょうか?」
そんな試行錯誤を中断させたのは、突如として鳴った雷で。
「――びっくりした……。大きな雷鳴……あら、雨が……?」
大きな雨音だこと。集中も途切れたことだし、温かいチャイでも淹れて一休みしようか。
窓辺のテーブルに腰かける。硝子を叩く雨粒は、なんとはなしに投げかける視界を白ませている。
「雨の音を聞くのは嫌いじゃないけれど……よく降りますねぇ」
雷に世界が光った――続いた音に、目を伏せる。『あの子』の雷を思い出す。天駆ける白く美しい雷光を。
(……もう、顔も名前も、その子のことも、思い出せやしないけれど)
回想は、来客を告げるドアベルの音で幕を下ろす。フローライトは笑みを浮かべて立ち上がった――ふわふわのタオルを手にしながら。
「ようこそ、銀の花へ。雨の中お疲れ様です。さて、ご注文は?」
「だりィ……」
ウガツ ヒョウヤ(ma1134)は亡霊めいた浮遊の足取りで、イデアゲートより帰還した。生気のない目でふっと見上げれば――鮮やかな青空、大きな入道雲。
「まさか地獄で入道雲を拝めるたァな……俺様が思ってた地獄と、かなりイメージがチガウみたい……」
奇妙だとは思う、しかし懐かしい。生前のある夏の日を思い出し、彼はマスクの下で笑った。その目に光を灯しながら。
「嵐がくる……! ああ、あァ、好きなだけ暴れてイイぜ」
雲は瞬く間に天を覆う。土砂降りの雨と雷鳴を連れてくる。嵐だ――ヒョウヤは両腕を広げ、嵐に包まれる。
「なァ、繝舌Ν縺コ繧ェ繝ォ――いっしょに遊ぼうぜ!」
きっと『彼』が遊びに来たんだ、この地獄に。ヒョウヤはそう感じた。雲に、雨に、風に、嵐に、イデアの力で歌うように語りかけながら。
からから笑う。踊るような足取りで、雨粒の撥ねる大地を駆けて、くるくる回って――ヒョウヤは、束の間の『逢瀬』を噛み締めていた。
●雨が来る 02
流刑街第一階層、預かり所「深夜会」。
「これで良し。次は……」
麻生 遊夜(ma0279)が仕事の書類をまとめているその時だった。
「……ユーヤ、ユーヤぁ! ……ゴロゴロって、雨……降ってきた!」
外の庭から鈴鳴 響(ma0317)の大きな声。預かっている動物達を遊ばせていたのだろう。遊夜が窓を見ると、なるほど雷雨が。
「雨? さっきまで晴れてたのに……時期的に夕立か。念の為、非常電源入れてブレーカー落としておくか。ふう……手間だが預りもん壊すわけにもいかんし仕方あるまい」
「……ん、ボクはお庭の子達をおうちに入れるね!」
「任せた。洗濯物も入れておかないと……もう遅いかもしれんが」
にわかにばたばた。建物から響く遊夜の慌ただし気な足音を聞きつつ、響は庭の動物達へ。
「……ん、貴方はこっち……貴女はここに、貴方はあっち……ん、あとは……あ、こら……早く来なさい……? 雨が楽しい? ……ダメよ、危ないの。ほら、危ないから早くおいで!」
奔走していると、遊夜が手伝いに駆けてきた。
「やれやれ洗濯物は無事に洗い直しだ! そっちは?」
「……ん、この子で最後」
「オーライ。ほれ、こっちだ! 地面が濡れてる、転ばんよう気を付けてな」
「……うん、これで大丈夫。……あ、」
一段落したちょうどその時だった、雨足が弱まってきたのは。
「む、止んだか。……おお、綺麗な虹だ」
遊夜が指さした先、大きな虹。「おおー」と響は目を丸くして同じものを見た。
「虹……綺麗だねー」
「そうさなあ。……ずぶ濡れになっちまったが」
「……ん、雨が好きな子が……いたから、ね」
「こりゃさっさとシャワーでも浴びんと」
「……んー、一緒に入る?」
虹を見てたら寒くなってきちゃった、なんて響はうっそり笑って、遊夜の腕に絡んだ。上目に見上げている。年齢不相応なほどの妖しい色気を以て。
「はいはい、風邪引く前に入った入った。俺は後で入るから、な?」
遊夜は溜息混じり、空いている方の手で響きの頭をぐりぐり撫でつつ引き剥がす。「むぅ」と響は子供っぽく頬を膨らませた。
「前は一緒に……入ってくれたのに、もう……仕方ない、なぁ」
「一緒には入りませんよ?」
「……ボクは別に、一緒に入っても……良いよ?」
なんてくすくす笑った直後、へっくちゅん。「ほれ見たことか」と遊夜は肩を竦めた。
●雨が来る 03
「良い天気だねー」
鳳・美夕(ma0726)の言葉は、完全なフラグだった。
実に数分後のことである、土砂降りの中を走る羽目になったのは。
「うひゃー!! さっきまで晴れてたのにー! 雷もごっしょに、とかそんなサービスはいらないーー!! 雷怖い、雨強い、たすけてー!」
「もっと頑張らないと」
修行の為と出かけた天獄ダンジョンから、無事帰還。ケイウス(ma0700)は自らの掌を見つめていた。強敵と戦っても皆を護れるように。もっと強くなりたい、冒険を楽しむ為にも。
そんな折だった。夕立が降ってきたのは。
「うわわっ、めちゃくちゃ降ってきたーっ!!」
「……おや、こんなところに……スサノオ神?」
スサノオ管理地区。夕立であろうと高柳 京四郎(ma0078)は走り込み中だった。
そんな中で見かけたのはスサノオ(mz0012)だ。土砂降りの中、仁王立ち。
そこへ重なるのは新たな声。
「あれ?」
「ええっ」
「「スサノオ様、何してるの?」」
ちょうど現れた美夕とケイウスのものだった。
「よう舎弟! お前も雨浴びてけよ!!!」
「わざわざ雨を浴びに……!?」
「なんでだよ!」
唖然とするケイウス、しらんぷりをするつもりだったけど思わずツッコんだ美夕。
「でも楽しそうだし、よーし俺も思い切って……!」
「もう一度言うけどなんでだよ!!」
乗り気のケイウスに立て続けにツッコむ美夕。
「ほら、なんだか楽しそうだし」
苦笑しながらケイウスは道の真ん中へ。腕と翼を広げ、天を仰いでみる。
「……あれ。なんだかちょっと楽しいかも! 気持ちいいよ!」
「えええ……? 風邪ひいちゃうよぉぉ…… ひゃあっ! か、雷も鳴ってるし……!」
と、「お前も浴びてけ!」と美夕もスサノオに命じられて、結局雨を浴びる羽目になった。なんでだよ!
「こんなに楽しいなら、雨に降られるのも悪くないね!」
笑うケイウス、釈然としない美夕。
……そんな仲間達を微笑ましく見守りつつ、京四郎はスサノオへ向き直った。
「あー……もし良かったらだが、せっかくだし稽古でもつけてくれないか。実戦形式で」
「ほう?」
「……強くなりたい。いつかあなたを打ち負かすくらいに」
「そうかそうか。ハハハハハッ! いいだろう、来な」
スサノオは仁王立ちのまま顎をしゃくった。
ならば、いざ。京四郎は灰塵へと至る刃を抜刀、疾風のごとく踏み込――
「ほい」
――気付けば何メートルも吹き飛んで大の字に倒れていた。頭が割れるように痛い。いや実際割れている。眉間から大流血を起こしていた。……カウンターも何も間に合わないほど『神』速の、たった一発のデコピンで。
(見えない……重い……だが折角の機会にまだ倒れるわけには……な!)
授かりし希望をその身に燃やし、立ち上がる。
「本当は対等にあんたと戦ってみたいけどな……後の楽しみにしとくさ。倒したいものも護りたいものも、強くないと手からこぼれちまうからな」
「いいぞ! その意気だ! いいぞ! 勇気爆熱ッ! さあかかってこい、殺さんよう加減してやる。命ある限りかかってこい!」
「……もちろん。こんな好機、滅多にない――……!」
美夕とケイウスは雨に打たれ、激しい稽古を見守り応援する――やがて夕立が止んだ。
「もうちょっと降っててくれて良かったのに……あっ、虹が出てる!」
「やっと止んだ……うん、色々とあったけれど、今日も世界は綺麗だね♪」
探索疲れも吹っ飛んだ。ケイウスは思わず空へと飛びあがり、美夕はホッと一息を吐いた。
京四郎とスサノオはまだ稽古をしている。虹の下、まだまだ続きそうだ。
●雨が来る 04
氷鏡 六花(ma0360)は、彼方の海を見下ろしていた。
「……ショーニンさん。……『見て』……おられます?」
「ここに」
雨に煙り姿は見えぬ、だがショーニン(mz0026)は確かに居る。
「傘が御入用で?」
「……いえ、私は水の精霊でもありますので……雨に濡れるのは……むしろ、心地好いので……」
「然らば何の御用でしょう」
「ただの、他愛のない……世間話、です」
六花は目を細めた。
「……この海の底には……きっと、色々沈んでいる……のですよね。『見え』……ますか?」
「かつてならば遍く見渡せましたがね」
「海底……沈む骸がいきつくところ……沈んだ無念が留まるところ……きっと闇と水に属する、負の想念……この海を見ていると……そんな悲鳴や怨嗟の声が……聴こえてくるような気がします」
溜息を挟む。
「……いつだって、奪われた側は……時が経とうとも、忘れられないもの……です」
「死を繰り返し概念を磨滅させれば、あるいは忘れられるやもですね」
ショーニンは含み笑った。試すような物言い。
「覚えているがゆえの苦痛。何も覚えていないからこその無痛。どちらが幸福なのでしょう」
それに六花が答える前に、雨が止んで。回答の機会は、完全に熟しきって腐り落ちた。
「……雨、上がっちゃいました……ね」
「では、帰りましょうか」
「土砂降ってるってことはアイシスクラスタで何ぞあったかの? あるいはスサノオ殿がやらかしたか……社長の面倒そうな顔が浮かぶの」
レーヴェ・V・ヘルズキッチン(ma0162)は自宅の窓から夕立空を見上げていた。自然環境の管理は主にアイシス神の管轄だ。この夕立は女神がキレてるのか、夏の風物詩として降らせているのか、理由もないぐらい気まぐれなのか……「杞憂かも知らんがご機嫌取りでも」とレーヴェはキッチンへ向かった。
季節は未だ夏。ゼラチンとサイダーとブルーハワイ味のシロップで作った青色ゼリーを手早く作る。その上に寒天とシロップで作った青と紫の琥珀糖をつめて、ミントでそれっぽく飾れば……
「紫陽花のスイーツの完成じゃ」
完成したそれを保冷剤入りの箱にたくさん詰めて、上積み禁止割れ物転倒注意の封をしたら、傘をさして奉納へ向かおうか。クラスタなんて気にしない、甘いものは宗派を超える。
「普段大らかな神があからさまに機嫌が悪いととてもまずいのでな。静まりたまえー、なんてな」
「あれ、雷。うわどうしよ」
夕立が降ってきたのは、「今日のごはんはどうしようかな」と宵待 伽羅彦(ma0748)が外を歩いていた矢先のことだった。今はずぶ濡れのまま和菓子屋の軒先で雨宿りをしている。
「なかなか止みませんねえ」
いきなりの声。横を見ればいつの間にかショーニン。
「わ、ショーニンだ。いつのまに」
「いつからでしょうねえ」
「雨宿り?」
「そうですね。あなたもですか」
「うん。ねえ暇ならお菓子見ようよ。和菓子おいしいよ」
「構いませんよ」
――で。あれこれ店内を見て回った後、伽羅彦の手には大きな生クリームどら焼きが。
「ショーニンも買えばよかったのに」
「食べるよりも食べているひとを見る方が好きなので」
「そっかー。いただきます」
はぷ、と頬張る。とろりと甘い味。うん、と頷く。
「おいしい」
口元をクリームだらけにして舌鼓。ショーニンはそんな伽羅彦を眺めている。口元を拭くサービスはしてくれない。悪意ではなく、そういうふうに食べる伽羅彦に関心があるだけなのである。いやちょっと悪戯心もあるかもしれない。
(まっすぐ狙って……深く呼吸。霜が闇夜に降りるみたいに……今!)
風花雪乃(ma0597)は野外訓練所で射撃練習を行っていた。アドバンスライフルHFの銃声。
(走って。研ぎ澄ませて。感じて……! ――雨? ……敵は待ってくれないわ)
夕立が降っても、訓練続行。視界が雨で煙っても、ぬかるみで汚れ、雨に濡れた装備が重くなっても、走る。狙う。雨に閉ざされ孤絶の世界。孤独に負けては戦士にあらず。耐え得ることが咎だとしても。儚く鋭い闘気を、熱い銃身に込めた。撃つ。的の中心に穴が開く。
(いい一撃! ……世界に私しかいないみたい。不思議と落ち着くな)
なんて、集中していたのに。視界と集中を塗り潰したのは、雷光。
「うわっ!」
すっごい光った! と顔を上げて。ハッ――と思い出すのは。
「あ……そうだ。ブラウスと彼のシャツ!」
洗濯物がピンチ! 慌てふためき雪乃はバイクCST-ブラックマンバに飛び乗った。
(雨が飛び去ってく……バイクも怖かったっけ。ふふ、今日もいい音!)
戦闘者としての雪乃も、ただの恋する乙女としての雪乃も。
雨と稲光に照らされるその横顔は、どこまでも生き生きと美しい。
「はーい、あたしはアイドルの佐藤桜歌だよっ。よっろしくーっ☆」
佐藤 桜歌(ma0034)はアイドル活動の一環としてストリートライブを行っていた。歌って踊って――ポップな音楽が響く最中のことである。
「次の曲はー……アレ、雨降ってきたし雷も鳴ってる感じ?」
夢中で気付かなかったが、空を見れば曇天が。雨天中止? いやいや。桜歌は楽し気に笑う。雨も雷も、パフォーマンスを彩るエフェクトにしちゃおう!
「次の曲はコレで決まりっ。ライトニング☆サマーっ、アげてくよーっ☆」
歌うテーマは真夏と恋愛、鳴り響く雷のように情熱的で疾走感のあるビート。土砂降りに衣装も髪も濡れてしまうが、歌も踊りも冴え切っていた。
(衣装と髪が重くても、むしろいつも以上にねっ☆ アイドルは笑顔と根性っ☆)
「雨も雷もライブに飛び入り参加だねっ。盛り上げて行くよーっ☆」
そうして歌い続けていれば、やがて雨も上がり。青空には綺麗な虹が。
「夕立の後って言えば虹がお約束っ☆ そしてアンコール行くよっ☆」
まだまだ、桜歌のライブは終わらない。
エゲリア管理地域の公園。ライブラリで調べものをした帰り道。火存 歌女(ma0388)はベンチに座って、さっき買ったばかりのサンドイッチを紙袋から取り出した。たまには公園で何か食べながら休憩していこう、そう思っていただきまーすと口を開けた瞬間である。ぽつり。
「あら、雨です、と、わわ。急に降ってきましたね」
慌てて見渡せど、屋根のある建物はちょっと遠い。雨宿りできそうな遊具もない。
(仕方がありません、この木の下で弱まるのを待ちましょう)
サンドイッチ片手に木陰に避難。何もないよりマシだ。
(しっかりした建物の多いこの地域で、木の下で雨宿りとは不思議ですね)
やっとこさ食事を頬張りながら、もう片手は暇潰しに端末を。SNSを見てみれば、他の咎人も慌てているようだ。「流刑街も上層は大変そうですね」、と呟きを投稿。
そんなこんなで雨天を見上げる。やがてサンドイッチを食べきった頃、夕立は薄れていき、雲間ができて――
「あら。綺麗な虹ですね。良いものを見られました」
ぱしゃり、端末で記念撮影。
●雨が来る 05
「はわ……雨だ……。雨――……ふお、ふおお……いーたーいー……」
くっついているはずの首が痛い。魅朱(ma0599)は瀟洒な洋装を雨で濡らしながら彷徨っていた。せめて商品を客に届けた後で良かった、冷えていく体で朦朧としていると。
「その美しい衣装は濡れていない状態で見たかった……早く入れ」
馴染の声が聞こえた。ルナール・レルム(ma0312)が窓から彼女を見下ろしていて。
――アインザムカイト公爵邸。
火が灯された客間、窓辺。タオルケットを幽霊のように頭からかぶった魅朱は、客人用のガウンに着替えさせてもらい、シングルソファにちょんと座っていた。濡れ靴を脱いだ素足をぷらぷら揺らしている。
「貴女は雨が上がるまでここに居るといい」
テーブル越し、対のソファにはルナール。ホットココアとマシュマロを勧めれば、魅朱は素直に温かなマグカップを両手で包み持った。
「今日、ルナールは何をして過ごしていたの……?」
「特に何もしていなかったが……俺が気づいて良かったな? あのままだと風邪をひいていたぞ。気分は問題ないだろうか? ……あまり俺を心配させないでくれ」
「今日のルナール……何だかそわそわしている……?」
カップを置いて、魅朱は首を傾げた。彼女の言う通り、ルナールは心配で――気が気でなかったのだ。
「知人が雨の中を彷徨っていたら誰だってそうなる」
「ふぅん」
と、その時だった。窓の外でごろごろと遠雷。
「わ……雷も鳴り始めた……」
明らかに魅朱が身を竦ませたので、ルナールは気遣う目を向ける。乙女はムッとした様子で口答えをした。
「……雷、別に怖くないもん……今のはしゃっくり――」
がしゃん、と鳴って。魅朱は耳を塞ぐ。
「ひぅっ……!」
「……やれやれ、別に強がらなくてもいいのに」
そう言って、ルナールは子守唄を歌い始めた。雷鳴から乙女の気を紛らわせるように。
柔らかで優しいバリトンボイス。揺らめく燭台の灯りの中、魅朱は目を細めた。
「ルナールは月、みたいだね……優しく、て……みた、い……」
あたたかくて、安心して。……目蓋が落ちてくる。そうだお礼を言わないと。「いつもありがとう」、そう言えたか分からないまま、魅朱は眠りの世界へ。
ルナールはそんな彼女に毛布をかけてやった。安らかな寝息に、小さく小さく微笑んで。
「夕立は過ぎたが……もう少しだけ。虹の下、美しき薔薇の傍に」
●雨が来る 06
「いや参った、降られたな……」
「テオ、ステイ」
獣人種たるテオ・デュークロー(ma0639)がデュルルッといぬドリルをすれば、隣のユーグヴェル・ミラ(ma0623)に盛大に飛沫がかかった。
「……あ、悪い。手ぇ塞がってて拭けねえからつい。……癖で」
ユーグヴェルとの買い出し帰りだった。テオは両手で荷物を抱えている。流刑街第3階層、コンテナを使った積み木遊びでできたような建物内――彼らのアジト。テオは手早く荷物を片付ける。日用品。ユーグヴェルの缶ビール1ケース。ようは荷物持ちをさせられたのだが、気にしない。
「降られたねぇ……キャンプファイアーでもして乾かすかい?」
一方のユーグヴェルは嗜好品――ラムネとカキ氷をいそいそ冷蔵庫にしまっていた。
「えぇ……この暑いのに火に当たる気かよ。今度は汗かいちまうぞ」
テオは仕舞われたばかりのまだちょっと冷たいラムネを取り出して、プシッと開封。友人が買い物袋から手持ち花火やらサメの水鉄砲やらを取り出す傍で、火照る喉にぐっと流す。
彼らのいる居間には、友人らとの夏の思い出の写真が飾られていた。花火、プール、祭り、海――。
「夏も終わってしまうなぁ……僕はまだ諦めてないけど。ワンモア海」
「何か遊んでばっかだったな……」
「……テオ、どうだった? 咎人一年目のこの夏は」
「凄え楽しかった。……そういうお前は?」
「僕にとっては……そうだね。この夕立のような時間だったよ」
――コンテナの外を、雨がばらばらと叩く音。
(これからの季節も、……次の夏も、こうして変わらず、なんて、咎人の身で願ってはいけないのかもしれないけれど)
(あまりに短くささやかな時間――それでも一時、この炎を鎮めるには十分な)
銘々、物思う。沈黙を埋める、雨。
ふと、テオは窓の外を見る。
「止みそうだな、雨。……明るくなってきたし、虹出るんじゃないか?」
「虹かい……よし、行くか。カメラを持ちたまえよ」
「いいね」
カメラを取りに行くテオは尻尾を揺らしていた。楽しげな背中を見て、ユーグヴェルは目を細める。
願わくば――この先もまた、良い季節を。
●雨が来る 07
その日は天獄侍屋敷にて合議があった。
ほどなく集合時間、侍らは銘々に屋敷へ向かっていたのだが……。
「まったく、あと少しで辿り着いたものを。夕立ちとはの」
夏の風物詩ではある、しかし難儀だ。藍紗(ma0229)は辻堂で雨宿り、濡鼠、首にまとわりつく濡髪を鬱陶しげに掻き上げる。
「これで私も濡れ者じゃ……などとのたまうても雨音に聞く者なしじゃな」
独り言つ。雨は何ゆえか――朧な記憶をさざ波立たせ、気が沈む。
「なんか急に空が暗くなったと思ったら……やっぱり雨だ!!」
紅緒(ma0215)は目的地へ駆けていた。
「すっかりずぶ濡れだし――わぶっ!?」
急いたせいか。ぬかるみに脚を取られ大転倒。どろどろの水たまりにべちゃり。
「ああもう! こんな所で転ぶなんてなにやってるのよ! あたし!」
泥水を含んで不快な足袋を下駄ごと脱いで手に持って、素足のまま再び疾走――の直後、豪雨に見えない視界のせいで、今度は側溝にドボンして……。
「ん? なんだあ? にわか雨かあ、山暮らしを思い出すぞう。懐かしいなあ」
話し合いは面倒臭いが、おいしいものを食べられるから。そんな動機で、銀火(ma0736)は気ままに歩いていた。
「着てるもんが重くなるからキライなんだよなあ。まあいいかあ涼しいからよう。それにただの雨だから、どうってこたあねえ。前は見えねえけど――」
言葉が急に途切れたのは、雨天を見上げていた足元不注意。排水溝の蓋を踏み抜き片足を盛大にボチャンしたから。
「……あー」
その視界の端に何かが映った。見れば、幼い咎人が傘もないまま立ち往生。「あー」。しゃーねえ、屋根んとこ運んでやるかあ。
「あとちっとだけ待ってくれりゃーいーのに! カミサマのイジワル!」
イサラ(ma0832)は侍屋敷の管理役、ゆえに買い出し出ていた帰りで。
「夏は大好きなんスけど、急な雨ってのが厄介なんスよね!」
買ったばかりの食べ物に酒を濡らさないよう抱えつつ、走る走る。もちろん傘は持っていなかった、あっという間にびしょ濡れだ。
「夕立ちって、こっちゃの世界でもあるんスね……懐かし―っスけど」
さて、近くに辻堂があったはず。あすこで雨宿りでもしようか――。
――侍衆が集合したのは、そんな事情で。
「夕立に打たれても気炎を発する紅緒は雷神の子のようじゃな。ふふ」
現れた紅緒の様子に、藍紗はくつりと笑んだ。
「途中までどろどろだったけど、今は全部雨で流れてすっきりしてる。ここまで濡れると、むしろ気持ちいいわ。すずしくなった」
ある意味、洗濯まで済ませた感じ? なんて紅緒は苦笑する。
「藍紗サンも紅緒ッちも、ダイジョーブ……じゃねーっスよね」
イサラは「屋敷に着いたら先にお風呂っスかね」と濡れた髪を掻き上げた。
「なに、濡れただけじゃ。イサラこそ、かつてぷうるで疾き流れに挑みし烈女じゃ、何ともなかろう?」
「実際こないだのプールの方がスゲかったっスよね。いっそ屋敷まで突っ走っちゃうっスか? あ、でもあん時は水着っスね……雨、すぐ上がるっスかねえ?」
藍紗とイサラがそんなやりとりをしていると。
「にわか雨ってのはすぐに止むからなあ、待ってもすぐだあ」
夏衣の加護をまとい、ウインドブーツで風のように翔けて。「晴れの日みてえに走れたわ」と、最後に辻堂へ駆けこんだのは銀火だった。
「藍紗らあは、なあにやってんだあ? 雨に隠れてんのかあ?」
ずぶ濡れでもいつも通りな銀火――彼女を見る仲間達の目は「やっぱり」という色だった。銀火は雨だろうが濡れようが平然としてそう、と藍紗もイサラも思っていた。
「……藍紗もイサラも銀火も、側溝に落ちたりしなかった?」
そんな中、水を吸った袖を絞っている紅緒が呟く。「落ちておらぬなぁ」「……落ちたんスか?」と答えがくる一方、銀火はからから笑って。
「雨ん中、コケたり滑ったりしたぞう。でも気にしねえ、ぬはは。それよりもよう、早えとこうめえもん食いてえ」
「まずは先に全員お風呂と着替えっスよ」
買い物袋の中に突っ込もうとする銀火の手をぺちりとはたき、イサラが言う。「みんな風邪ひいちゃったら合議どころじゃないもんね……」と紅緒は肩を竦めた。
そうこうしていると、徐々に雨足は弱くなっていく。
やがて晴れ間が垣間見えた。雫に濡れて煌めく世界を見上げれば――七色の虹帯が見える。その色彩に乙女たちの会話も自然と止まっていた。
「常世にて 在りし我が身に 惑えども 夕立つ空の 晴れゆくを見よ」
異境に惑うことは未だ有るが、見よ、夕立もいつか止み空は晴れ渡る――藍紗は詠い、晴れ晴れしく微笑んだ。雨が降ろうと槍が降ろうと乙女らの心は一つ、惑うことなど何もない。
『了』
「雨かぁ……」
ラファル・A・Y(ma0513)は夕立の降る空を見上げる。昔は雨が嫌いだった――そもそも水が厳禁だった。ラファルは生前も機械の体で、当時は防水機能なんて水陸両用のアレな見た目のボディしかなかったもので。
(いいわきゃねーよな。……でもよぉ、)
雨に濡れた掌を見下ろす。開いて、閉じる。
(今の俺は完全防水仕様。海に潜ったところで全然平気なんだからよ)
そのくせ、見た目は生身と全く変わらない。大破してもイデア体だから修理だのメンテだのマネーだのも必要ない。
「いい時代になったもんだぜ」
人工繊維の金髪を雨に濡らし、トレードマークたるペンギン帽子を被り直し、服も肌も心地好く雨雫に委ねながら、水たまりをスキップで踏んで――ラファルは帰路に就く。
「……雨な、んて無、ければ、良、いのに」
濡れそぼる、誰もいない公園。椅子代わりのブランコに腰かけたまま、漕ぎもしないで、セヴィーナ(ma0817)はぼうっと雨天を見上げていた。
――雨は、嫌い。
目を閉じれば、『生前』のことが朧ながらも思い浮かぶ。
――『あのひと』も、雨が嫌いだった。セヴィーナの、とてもとても大切なひと。
雨の日、あのひとはセヴィーナのことが見えてないような気がして。淹れてくれた紅茶も、味気なくて。
……目蓋を開ける。『今』に想いを馳せる。
今、セヴィーナには気になっているひとがいる。『そのひと』は……どうなんだろう? そのひとも、雨が嫌いなんだろうか。もしそうだったなら、……。
(別に、私を見なくて、イイ。……ただ、馬鹿々しく空から溢れ出た水に濡れたままにしない)
なぜなら――セヴィーナの、大切なひとだから。
流刑街第四層、湯屋「剛力の湯」。
その管理人たる鐵夜行(ma0206)は、露天風呂をデッキブラシで掃除中だった。鼻歌まじり、ごしごし丁寧に――……夕立が降ってきたのはそんな時。雷が鳴ったのは、その直後。
「ひゅっ、雷!?」
思わずデッキブラシにしがみつく。更に雷がガシャンと鳴って、ぴゃっと飛び上がる。手放してしまったブラシががらんと落ちる。
「ヘ、ヘソ盗られちまう!! んひひ、こんな時は母上直伝の防御態勢だ!」
フリーになった両手でヘソを押さえ、夜行はしゃがみこんだ。
「これなら大丈夫……」
と、思っていたが。
両手でヘソを押さえているから、耳を塞げない。雷鳴の度、夜行はビクッと肩を震わせた。
「う……ぅ……」
次第に震えは止まらなくなり、瞳からは涙が滲み始めて。
(あぁ、そうだ――いつも、くすくす笑いながら耳を塞いでくれてた母上は、『天獄(ここ)』にはいないんだ……)
そう分かってしまった瞬間、睫毛に引っかかっていた涙がポロッとこぼれ落ちて。
「ぐすっ……ぅ~、ははうえぇ~……」
「秋ですから、少しスパイスを効かせた物も作りたいですねぇ……」
和風喫茶、銀の花。管理人のフローライト(ma0292)は秋の新作スイーツの試作をしていた。定番のモンブラン、リンゴパイ、白桃ケーキにいちじくのタルト……。
「シナモン、アニス、カルダモン……さて、どれにしましょうか?」
そんな試行錯誤を中断させたのは、突如として鳴った雷で。
「――びっくりした……。大きな雷鳴……あら、雨が……?」
大きな雨音だこと。集中も途切れたことだし、温かいチャイでも淹れて一休みしようか。
窓辺のテーブルに腰かける。硝子を叩く雨粒は、なんとはなしに投げかける視界を白ませている。
「雨の音を聞くのは嫌いじゃないけれど……よく降りますねぇ」
雷に世界が光った――続いた音に、目を伏せる。『あの子』の雷を思い出す。天駆ける白く美しい雷光を。
(……もう、顔も名前も、その子のことも、思い出せやしないけれど)
回想は、来客を告げるドアベルの音で幕を下ろす。フローライトは笑みを浮かべて立ち上がった――ふわふわのタオルを手にしながら。
「ようこそ、銀の花へ。雨の中お疲れ様です。さて、ご注文は?」
「だりィ……」
ウガツ ヒョウヤ(ma1134)は亡霊めいた浮遊の足取りで、イデアゲートより帰還した。生気のない目でふっと見上げれば――鮮やかな青空、大きな入道雲。
「まさか地獄で入道雲を拝めるたァな……俺様が思ってた地獄と、かなりイメージがチガウみたい……」
奇妙だとは思う、しかし懐かしい。生前のある夏の日を思い出し、彼はマスクの下で笑った。その目に光を灯しながら。
「嵐がくる……! ああ、あァ、好きなだけ暴れてイイぜ」
雲は瞬く間に天を覆う。土砂降りの雨と雷鳴を連れてくる。嵐だ――ヒョウヤは両腕を広げ、嵐に包まれる。
「なァ、繝舌Ν縺コ繧ェ繝ォ――いっしょに遊ぼうぜ!」
きっと『彼』が遊びに来たんだ、この地獄に。ヒョウヤはそう感じた。雲に、雨に、風に、嵐に、イデアの力で歌うように語りかけながら。
からから笑う。踊るような足取りで、雨粒の撥ねる大地を駆けて、くるくる回って――ヒョウヤは、束の間の『逢瀬』を噛み締めていた。
●雨が来る 02
流刑街第一階層、預かり所「深夜会」。
「これで良し。次は……」
麻生 遊夜(ma0279)が仕事の書類をまとめているその時だった。
「……ユーヤ、ユーヤぁ! ……ゴロゴロって、雨……降ってきた!」
外の庭から鈴鳴 響(ma0317)の大きな声。預かっている動物達を遊ばせていたのだろう。遊夜が窓を見ると、なるほど雷雨が。
「雨? さっきまで晴れてたのに……時期的に夕立か。念の為、非常電源入れてブレーカー落としておくか。ふう……手間だが預りもん壊すわけにもいかんし仕方あるまい」
「……ん、ボクはお庭の子達をおうちに入れるね!」
「任せた。洗濯物も入れておかないと……もう遅いかもしれんが」
にわかにばたばた。建物から響く遊夜の慌ただし気な足音を聞きつつ、響は庭の動物達へ。
「……ん、貴方はこっち……貴女はここに、貴方はあっち……ん、あとは……あ、こら……早く来なさい……? 雨が楽しい? ……ダメよ、危ないの。ほら、危ないから早くおいで!」
奔走していると、遊夜が手伝いに駆けてきた。
「やれやれ洗濯物は無事に洗い直しだ! そっちは?」
「……ん、この子で最後」
「オーライ。ほれ、こっちだ! 地面が濡れてる、転ばんよう気を付けてな」
「……うん、これで大丈夫。……あ、」
一段落したちょうどその時だった、雨足が弱まってきたのは。
「む、止んだか。……おお、綺麗な虹だ」
遊夜が指さした先、大きな虹。「おおー」と響は目を丸くして同じものを見た。
「虹……綺麗だねー」
「そうさなあ。……ずぶ濡れになっちまったが」
「……ん、雨が好きな子が……いたから、ね」
「こりゃさっさとシャワーでも浴びんと」
「……んー、一緒に入る?」
虹を見てたら寒くなってきちゃった、なんて響はうっそり笑って、遊夜の腕に絡んだ。上目に見上げている。年齢不相応なほどの妖しい色気を以て。
「はいはい、風邪引く前に入った入った。俺は後で入るから、な?」
遊夜は溜息混じり、空いている方の手で響きの頭をぐりぐり撫でつつ引き剥がす。「むぅ」と響は子供っぽく頬を膨らませた。
「前は一緒に……入ってくれたのに、もう……仕方ない、なぁ」
「一緒には入りませんよ?」
「……ボクは別に、一緒に入っても……良いよ?」
なんてくすくす笑った直後、へっくちゅん。「ほれ見たことか」と遊夜は肩を竦めた。
●雨が来る 03
「良い天気だねー」
鳳・美夕(ma0726)の言葉は、完全なフラグだった。
実に数分後のことである、土砂降りの中を走る羽目になったのは。
「うひゃー!! さっきまで晴れてたのにー! 雷もごっしょに、とかそんなサービスはいらないーー!! 雷怖い、雨強い、たすけてー!」
「もっと頑張らないと」
修行の為と出かけた天獄ダンジョンから、無事帰還。ケイウス(ma0700)は自らの掌を見つめていた。強敵と戦っても皆を護れるように。もっと強くなりたい、冒険を楽しむ為にも。
そんな折だった。夕立が降ってきたのは。
「うわわっ、めちゃくちゃ降ってきたーっ!!」
「……おや、こんなところに……スサノオ神?」
スサノオ管理地区。夕立であろうと高柳 京四郎(ma0078)は走り込み中だった。
そんな中で見かけたのはスサノオ(mz0012)だ。土砂降りの中、仁王立ち。
そこへ重なるのは新たな声。
「あれ?」
「ええっ」
「「スサノオ様、何してるの?」」
ちょうど現れた美夕とケイウスのものだった。
「よう舎弟! お前も雨浴びてけよ!!!」
「わざわざ雨を浴びに……!?」
「なんでだよ!」
唖然とするケイウス、しらんぷりをするつもりだったけど思わずツッコんだ美夕。
「でも楽しそうだし、よーし俺も思い切って……!」
「もう一度言うけどなんでだよ!!」
乗り気のケイウスに立て続けにツッコむ美夕。
「ほら、なんだか楽しそうだし」
苦笑しながらケイウスは道の真ん中へ。腕と翼を広げ、天を仰いでみる。
「……あれ。なんだかちょっと楽しいかも! 気持ちいいよ!」
「えええ……? 風邪ひいちゃうよぉぉ…… ひゃあっ! か、雷も鳴ってるし……!」
と、「お前も浴びてけ!」と美夕もスサノオに命じられて、結局雨を浴びる羽目になった。なんでだよ!
「こんなに楽しいなら、雨に降られるのも悪くないね!」
笑うケイウス、釈然としない美夕。
……そんな仲間達を微笑ましく見守りつつ、京四郎はスサノオへ向き直った。
「あー……もし良かったらだが、せっかくだし稽古でもつけてくれないか。実戦形式で」
「ほう?」
「……強くなりたい。いつかあなたを打ち負かすくらいに」
「そうかそうか。ハハハハハッ! いいだろう、来な」
スサノオは仁王立ちのまま顎をしゃくった。
ならば、いざ。京四郎は灰塵へと至る刃を抜刀、疾風のごとく踏み込――
「ほい」
――気付けば何メートルも吹き飛んで大の字に倒れていた。頭が割れるように痛い。いや実際割れている。眉間から大流血を起こしていた。……カウンターも何も間に合わないほど『神』速の、たった一発のデコピンで。
(見えない……重い……だが折角の機会にまだ倒れるわけには……な!)
授かりし希望をその身に燃やし、立ち上がる。
「本当は対等にあんたと戦ってみたいけどな……後の楽しみにしとくさ。倒したいものも護りたいものも、強くないと手からこぼれちまうからな」
「いいぞ! その意気だ! いいぞ! 勇気爆熱ッ! さあかかってこい、殺さんよう加減してやる。命ある限りかかってこい!」
「……もちろん。こんな好機、滅多にない――……!」
美夕とケイウスは雨に打たれ、激しい稽古を見守り応援する――やがて夕立が止んだ。
「もうちょっと降っててくれて良かったのに……あっ、虹が出てる!」
「やっと止んだ……うん、色々とあったけれど、今日も世界は綺麗だね♪」
探索疲れも吹っ飛んだ。ケイウスは思わず空へと飛びあがり、美夕はホッと一息を吐いた。
京四郎とスサノオはまだ稽古をしている。虹の下、まだまだ続きそうだ。
●雨が来る 04
氷鏡 六花(ma0360)は、彼方の海を見下ろしていた。
「……ショーニンさん。……『見て』……おられます?」
「ここに」
雨に煙り姿は見えぬ、だがショーニン(mz0026)は確かに居る。
「傘が御入用で?」
「……いえ、私は水の精霊でもありますので……雨に濡れるのは……むしろ、心地好いので……」
「然らば何の御用でしょう」
「ただの、他愛のない……世間話、です」
六花は目を細めた。
「……この海の底には……きっと、色々沈んでいる……のですよね。『見え』……ますか?」
「かつてならば遍く見渡せましたがね」
「海底……沈む骸がいきつくところ……沈んだ無念が留まるところ……きっと闇と水に属する、負の想念……この海を見ていると……そんな悲鳴や怨嗟の声が……聴こえてくるような気がします」
溜息を挟む。
「……いつだって、奪われた側は……時が経とうとも、忘れられないもの……です」
「死を繰り返し概念を磨滅させれば、あるいは忘れられるやもですね」
ショーニンは含み笑った。試すような物言い。
「覚えているがゆえの苦痛。何も覚えていないからこその無痛。どちらが幸福なのでしょう」
それに六花が答える前に、雨が止んで。回答の機会は、完全に熟しきって腐り落ちた。
「……雨、上がっちゃいました……ね」
「では、帰りましょうか」
「土砂降ってるってことはアイシスクラスタで何ぞあったかの? あるいはスサノオ殿がやらかしたか……社長の面倒そうな顔が浮かぶの」
レーヴェ・V・ヘルズキッチン(ma0162)は自宅の窓から夕立空を見上げていた。自然環境の管理は主にアイシス神の管轄だ。この夕立は女神がキレてるのか、夏の風物詩として降らせているのか、理由もないぐらい気まぐれなのか……「杞憂かも知らんがご機嫌取りでも」とレーヴェはキッチンへ向かった。
季節は未だ夏。ゼラチンとサイダーとブルーハワイ味のシロップで作った青色ゼリーを手早く作る。その上に寒天とシロップで作った青と紫の琥珀糖をつめて、ミントでそれっぽく飾れば……
「紫陽花のスイーツの完成じゃ」
完成したそれを保冷剤入りの箱にたくさん詰めて、上積み禁止割れ物転倒注意の封をしたら、傘をさして奉納へ向かおうか。クラスタなんて気にしない、甘いものは宗派を超える。
「普段大らかな神があからさまに機嫌が悪いととてもまずいのでな。静まりたまえー、なんてな」
「あれ、雷。うわどうしよ」
夕立が降ってきたのは、「今日のごはんはどうしようかな」と宵待 伽羅彦(ma0748)が外を歩いていた矢先のことだった。今はずぶ濡れのまま和菓子屋の軒先で雨宿りをしている。
「なかなか止みませんねえ」
いきなりの声。横を見ればいつの間にかショーニン。
「わ、ショーニンだ。いつのまに」
「いつからでしょうねえ」
「雨宿り?」
「そうですね。あなたもですか」
「うん。ねえ暇ならお菓子見ようよ。和菓子おいしいよ」
「構いませんよ」
――で。あれこれ店内を見て回った後、伽羅彦の手には大きな生クリームどら焼きが。
「ショーニンも買えばよかったのに」
「食べるよりも食べているひとを見る方が好きなので」
「そっかー。いただきます」
はぷ、と頬張る。とろりと甘い味。うん、と頷く。
「おいしい」
口元をクリームだらけにして舌鼓。ショーニンはそんな伽羅彦を眺めている。口元を拭くサービスはしてくれない。悪意ではなく、そういうふうに食べる伽羅彦に関心があるだけなのである。いやちょっと悪戯心もあるかもしれない。
(まっすぐ狙って……深く呼吸。霜が闇夜に降りるみたいに……今!)
風花雪乃(ma0597)は野外訓練所で射撃練習を行っていた。アドバンスライフルHFの銃声。
(走って。研ぎ澄ませて。感じて……! ――雨? ……敵は待ってくれないわ)
夕立が降っても、訓練続行。視界が雨で煙っても、ぬかるみで汚れ、雨に濡れた装備が重くなっても、走る。狙う。雨に閉ざされ孤絶の世界。孤独に負けては戦士にあらず。耐え得ることが咎だとしても。儚く鋭い闘気を、熱い銃身に込めた。撃つ。的の中心に穴が開く。
(いい一撃! ……世界に私しかいないみたい。不思議と落ち着くな)
なんて、集中していたのに。視界と集中を塗り潰したのは、雷光。
「うわっ!」
すっごい光った! と顔を上げて。ハッ――と思い出すのは。
「あ……そうだ。ブラウスと彼のシャツ!」
洗濯物がピンチ! 慌てふためき雪乃はバイクCST-ブラックマンバに飛び乗った。
(雨が飛び去ってく……バイクも怖かったっけ。ふふ、今日もいい音!)
戦闘者としての雪乃も、ただの恋する乙女としての雪乃も。
雨と稲光に照らされるその横顔は、どこまでも生き生きと美しい。
「はーい、あたしはアイドルの佐藤桜歌だよっ。よっろしくーっ☆」
佐藤 桜歌(ma0034)はアイドル活動の一環としてストリートライブを行っていた。歌って踊って――ポップな音楽が響く最中のことである。
「次の曲はー……アレ、雨降ってきたし雷も鳴ってる感じ?」
夢中で気付かなかったが、空を見れば曇天が。雨天中止? いやいや。桜歌は楽し気に笑う。雨も雷も、パフォーマンスを彩るエフェクトにしちゃおう!
「次の曲はコレで決まりっ。ライトニング☆サマーっ、アげてくよーっ☆」
歌うテーマは真夏と恋愛、鳴り響く雷のように情熱的で疾走感のあるビート。土砂降りに衣装も髪も濡れてしまうが、歌も踊りも冴え切っていた。
(衣装と髪が重くても、むしろいつも以上にねっ☆ アイドルは笑顔と根性っ☆)
「雨も雷もライブに飛び入り参加だねっ。盛り上げて行くよーっ☆」
そうして歌い続けていれば、やがて雨も上がり。青空には綺麗な虹が。
「夕立の後って言えば虹がお約束っ☆ そしてアンコール行くよっ☆」
まだまだ、桜歌のライブは終わらない。
エゲリア管理地域の公園。ライブラリで調べものをした帰り道。火存 歌女(ma0388)はベンチに座って、さっき買ったばかりのサンドイッチを紙袋から取り出した。たまには公園で何か食べながら休憩していこう、そう思っていただきまーすと口を開けた瞬間である。ぽつり。
「あら、雨です、と、わわ。急に降ってきましたね」
慌てて見渡せど、屋根のある建物はちょっと遠い。雨宿りできそうな遊具もない。
(仕方がありません、この木の下で弱まるのを待ちましょう)
サンドイッチ片手に木陰に避難。何もないよりマシだ。
(しっかりした建物の多いこの地域で、木の下で雨宿りとは不思議ですね)
やっとこさ食事を頬張りながら、もう片手は暇潰しに端末を。SNSを見てみれば、他の咎人も慌てているようだ。「流刑街も上層は大変そうですね」、と呟きを投稿。
そんなこんなで雨天を見上げる。やがてサンドイッチを食べきった頃、夕立は薄れていき、雲間ができて――
「あら。綺麗な虹ですね。良いものを見られました」
ぱしゃり、端末で記念撮影。
●雨が来る 05
「はわ……雨だ……。雨――……ふお、ふおお……いーたーいー……」
くっついているはずの首が痛い。魅朱(ma0599)は瀟洒な洋装を雨で濡らしながら彷徨っていた。せめて商品を客に届けた後で良かった、冷えていく体で朦朧としていると。
「その美しい衣装は濡れていない状態で見たかった……早く入れ」
馴染の声が聞こえた。ルナール・レルム(ma0312)が窓から彼女を見下ろしていて。
――アインザムカイト公爵邸。
火が灯された客間、窓辺。タオルケットを幽霊のように頭からかぶった魅朱は、客人用のガウンに着替えさせてもらい、シングルソファにちょんと座っていた。濡れ靴を脱いだ素足をぷらぷら揺らしている。
「貴女は雨が上がるまでここに居るといい」
テーブル越し、対のソファにはルナール。ホットココアとマシュマロを勧めれば、魅朱は素直に温かなマグカップを両手で包み持った。
「今日、ルナールは何をして過ごしていたの……?」
「特に何もしていなかったが……俺が気づいて良かったな? あのままだと風邪をひいていたぞ。気分は問題ないだろうか? ……あまり俺を心配させないでくれ」
「今日のルナール……何だかそわそわしている……?」
カップを置いて、魅朱は首を傾げた。彼女の言う通り、ルナールは心配で――気が気でなかったのだ。
「知人が雨の中を彷徨っていたら誰だってそうなる」
「ふぅん」
と、その時だった。窓の外でごろごろと遠雷。
「わ……雷も鳴り始めた……」
明らかに魅朱が身を竦ませたので、ルナールは気遣う目を向ける。乙女はムッとした様子で口答えをした。
「……雷、別に怖くないもん……今のはしゃっくり――」
がしゃん、と鳴って。魅朱は耳を塞ぐ。
「ひぅっ……!」
「……やれやれ、別に強がらなくてもいいのに」
そう言って、ルナールは子守唄を歌い始めた。雷鳴から乙女の気を紛らわせるように。
柔らかで優しいバリトンボイス。揺らめく燭台の灯りの中、魅朱は目を細めた。
「ルナールは月、みたいだね……優しく、て……みた、い……」
あたたかくて、安心して。……目蓋が落ちてくる。そうだお礼を言わないと。「いつもありがとう」、そう言えたか分からないまま、魅朱は眠りの世界へ。
ルナールはそんな彼女に毛布をかけてやった。安らかな寝息に、小さく小さく微笑んで。
「夕立は過ぎたが……もう少しだけ。虹の下、美しき薔薇の傍に」
●雨が来る 06
「いや参った、降られたな……」
「テオ、ステイ」
獣人種たるテオ・デュークロー(ma0639)がデュルルッといぬドリルをすれば、隣のユーグヴェル・ミラ(ma0623)に盛大に飛沫がかかった。
「……あ、悪い。手ぇ塞がってて拭けねえからつい。……癖で」
ユーグヴェルとの買い出し帰りだった。テオは両手で荷物を抱えている。流刑街第3階層、コンテナを使った積み木遊びでできたような建物内――彼らのアジト。テオは手早く荷物を片付ける。日用品。ユーグヴェルの缶ビール1ケース。ようは荷物持ちをさせられたのだが、気にしない。
「降られたねぇ……キャンプファイアーでもして乾かすかい?」
一方のユーグヴェルは嗜好品――ラムネとカキ氷をいそいそ冷蔵庫にしまっていた。
「えぇ……この暑いのに火に当たる気かよ。今度は汗かいちまうぞ」
テオは仕舞われたばかりのまだちょっと冷たいラムネを取り出して、プシッと開封。友人が買い物袋から手持ち花火やらサメの水鉄砲やらを取り出す傍で、火照る喉にぐっと流す。
彼らのいる居間には、友人らとの夏の思い出の写真が飾られていた。花火、プール、祭り、海――。
「夏も終わってしまうなぁ……僕はまだ諦めてないけど。ワンモア海」
「何か遊んでばっかだったな……」
「……テオ、どうだった? 咎人一年目のこの夏は」
「凄え楽しかった。……そういうお前は?」
「僕にとっては……そうだね。この夕立のような時間だったよ」
――コンテナの外を、雨がばらばらと叩く音。
(これからの季節も、……次の夏も、こうして変わらず、なんて、咎人の身で願ってはいけないのかもしれないけれど)
(あまりに短くささやかな時間――それでも一時、この炎を鎮めるには十分な)
銘々、物思う。沈黙を埋める、雨。
ふと、テオは窓の外を見る。
「止みそうだな、雨。……明るくなってきたし、虹出るんじゃないか?」
「虹かい……よし、行くか。カメラを持ちたまえよ」
「いいね」
カメラを取りに行くテオは尻尾を揺らしていた。楽しげな背中を見て、ユーグヴェルは目を細める。
願わくば――この先もまた、良い季節を。
●雨が来る 07
その日は天獄侍屋敷にて合議があった。
ほどなく集合時間、侍らは銘々に屋敷へ向かっていたのだが……。
「まったく、あと少しで辿り着いたものを。夕立ちとはの」
夏の風物詩ではある、しかし難儀だ。藍紗(ma0229)は辻堂で雨宿り、濡鼠、首にまとわりつく濡髪を鬱陶しげに掻き上げる。
「これで私も濡れ者じゃ……などとのたまうても雨音に聞く者なしじゃな」
独り言つ。雨は何ゆえか――朧な記憶をさざ波立たせ、気が沈む。
「なんか急に空が暗くなったと思ったら……やっぱり雨だ!!」
紅緒(ma0215)は目的地へ駆けていた。
「すっかりずぶ濡れだし――わぶっ!?」
急いたせいか。ぬかるみに脚を取られ大転倒。どろどろの水たまりにべちゃり。
「ああもう! こんな所で転ぶなんてなにやってるのよ! あたし!」
泥水を含んで不快な足袋を下駄ごと脱いで手に持って、素足のまま再び疾走――の直後、豪雨に見えない視界のせいで、今度は側溝にドボンして……。
「ん? なんだあ? にわか雨かあ、山暮らしを思い出すぞう。懐かしいなあ」
話し合いは面倒臭いが、おいしいものを食べられるから。そんな動機で、銀火(ma0736)は気ままに歩いていた。
「着てるもんが重くなるからキライなんだよなあ。まあいいかあ涼しいからよう。それにただの雨だから、どうってこたあねえ。前は見えねえけど――」
言葉が急に途切れたのは、雨天を見上げていた足元不注意。排水溝の蓋を踏み抜き片足を盛大にボチャンしたから。
「……あー」
その視界の端に何かが映った。見れば、幼い咎人が傘もないまま立ち往生。「あー」。しゃーねえ、屋根んとこ運んでやるかあ。
「あとちっとだけ待ってくれりゃーいーのに! カミサマのイジワル!」
イサラ(ma0832)は侍屋敷の管理役、ゆえに買い出し出ていた帰りで。
「夏は大好きなんスけど、急な雨ってのが厄介なんスよね!」
買ったばかりの食べ物に酒を濡らさないよう抱えつつ、走る走る。もちろん傘は持っていなかった、あっという間にびしょ濡れだ。
「夕立ちって、こっちゃの世界でもあるんスね……懐かし―っスけど」
さて、近くに辻堂があったはず。あすこで雨宿りでもしようか――。
――侍衆が集合したのは、そんな事情で。
「夕立に打たれても気炎を発する紅緒は雷神の子のようじゃな。ふふ」
現れた紅緒の様子に、藍紗はくつりと笑んだ。
「途中までどろどろだったけど、今は全部雨で流れてすっきりしてる。ここまで濡れると、むしろ気持ちいいわ。すずしくなった」
ある意味、洗濯まで済ませた感じ? なんて紅緒は苦笑する。
「藍紗サンも紅緒ッちも、ダイジョーブ……じゃねーっスよね」
イサラは「屋敷に着いたら先にお風呂っスかね」と濡れた髪を掻き上げた。
「なに、濡れただけじゃ。イサラこそ、かつてぷうるで疾き流れに挑みし烈女じゃ、何ともなかろう?」
「実際こないだのプールの方がスゲかったっスよね。いっそ屋敷まで突っ走っちゃうっスか? あ、でもあん時は水着っスね……雨、すぐ上がるっスかねえ?」
藍紗とイサラがそんなやりとりをしていると。
「にわか雨ってのはすぐに止むからなあ、待ってもすぐだあ」
夏衣の加護をまとい、ウインドブーツで風のように翔けて。「晴れの日みてえに走れたわ」と、最後に辻堂へ駆けこんだのは銀火だった。
「藍紗らあは、なあにやってんだあ? 雨に隠れてんのかあ?」
ずぶ濡れでもいつも通りな銀火――彼女を見る仲間達の目は「やっぱり」という色だった。銀火は雨だろうが濡れようが平然としてそう、と藍紗もイサラも思っていた。
「……藍紗もイサラも銀火も、側溝に落ちたりしなかった?」
そんな中、水を吸った袖を絞っている紅緒が呟く。「落ちておらぬなぁ」「……落ちたんスか?」と答えがくる一方、銀火はからから笑って。
「雨ん中、コケたり滑ったりしたぞう。でも気にしねえ、ぬはは。それよりもよう、早えとこうめえもん食いてえ」
「まずは先に全員お風呂と着替えっスよ」
買い物袋の中に突っ込もうとする銀火の手をぺちりとはたき、イサラが言う。「みんな風邪ひいちゃったら合議どころじゃないもんね……」と紅緒は肩を竦めた。
そうこうしていると、徐々に雨足は弱くなっていく。
やがて晴れ間が垣間見えた。雫に濡れて煌めく世界を見上げれば――七色の虹帯が見える。その色彩に乙女たちの会話も自然と止まっていた。
「常世にて 在りし我が身に 惑えども 夕立つ空の 晴れゆくを見よ」
異境に惑うことは未だ有るが、見よ、夕立もいつか止み空は晴れ渡る――藍紗は詠い、晴れ晴れしく微笑んだ。雨が降ろうと槍が降ろうと乙女らの心は一つ、惑うことなど何もない。
『了』







