●
「さあ、参りますよ、マリエル。皆さんの突入を助けましょう」
「はい、お供します。お嬢様」
マイナ・ミンター(ma0717)は、愛馬マイルズの後ろにマリエル(ma0991)を乗せて声を掛けた。マリエルはマイナにシールドアップを施す。
「私たちはこれから、馬の脚で稼ぎます。マイルズ、任せました」
賢馬はそれに応じるように駆け出した。マイナは双撃乱舞を放つべくイデアを高める。片方の手には血塗れのようなブラッドアサシン、もう片方には妖精が光るフェアリーテイル。なんだか対照的だ。
「創世の闇を片手に、七日続く風雷を片手に。参ります、双撃乱舞」
凡そ突入を妨害する「敵」と呼ばれるものはまとめて巻き込む。羽の生えた光の玉を従えながら、血を纏う刃を振るった。
その間に、天野 イサナ(ma0022)や、葉山 結梨(ma1030)たちも、魔族や泥の騎士と交戦していた。
「来た。見た。だが、勝ったと言うには成果を挙げねばな」
手裏剣「旋風」が、フェアリーバレットの不規則な動きで泥の騎士を裂く。そこに、死(ma0883)からの射撃攻撃が飛んで来た。
「突入と釘打つからといって、勇んで行く必要も無いわよね」
明らかに射撃だったのだが……その場を立ち去る彼女は何も持たないように見える。手を覆う装飾がしゃらりと鳴った。
結梨は心為纏刃・フィンブルと、心為晶刃・フェンリルの両者を構えて、「泥」に覆われた魔族を見た。凍てつくような、静謐で怜悧な刃は対照的に輝いている。
むずかしい事は知らない。この世界がいずれ滅ぶその理由だとか、泥に飲まれた魔族だとか……そう言うややこしい事は。だから、結梨は自分で見て自分の心に従うだけだ。
「──フィンブル、解放。全能力を以って、対象を討ち滅ぼします」
不退なりし一輪が刃を補強する。星華凍幻。氷に似たイデアウェポンが、また氷の刃を生み出し、泥の騎士を穿つ。騎士はその後ろにいるイサナに狙いを付けた様だ。結梨がその前に立ち塞がる。
「アナタは何を、信じるの?」
繰り出される槍。フィンブルの刀身で受け止めながら、結梨は相手の顔にあたる部分を見つめた。
葛城 武蔵介(ma0505)は、突入組の、特に友人の傍に貼り付いて、妨害の為に飛んでくる攻撃を凌いでいた。道は既にマイナたちが開いており、突入組に更に追いすがってくるような敵は少数だ。やがて現場に到着すると、
「あんたならやれるさ。善戦できるよう願っているよ」
礼拝堂へ向かう心友の背に告げた。相手は肯いて、建物の中へ飛び込んだ。
「どうか気を付けて」
マイナもそれを見送ると、
「さ、マリエル、武蔵介さん、参りましょう。まだやることは山積みです。マイルズ、頼みます」
青毛の馬は自らの意志であるかのように駆け出した。
●
「珍しく漁夫の利を付けそうな形ではあるっすけどどう動くっすかね」
ザ・三下な事を言う天魔(ma0247)はひとまず上昇しながら首を傾げた。ひとまず花火でも打つか。結構細かく形変えられるし。と言う事で飛びながらできるだけ大きくなるようにイデアを練り上げる。
「私達は聖王国の者だ! 諸君らを助けに来た! 可能な者は合図を頼む」
地上では戦闘も行なわれているため、天魔の声が届いているかは微妙なところだ。花火で文章を作ろうかと思っていたが、流石のファイヤーフラワーでも長文は難しそうだ。ひとまず聖王国のシンボルマークを打ち上げることにした。少なくとも、聖王国から誰かが来たことはわかるだろう。そして、ロス・テラスから人が来ると言うことは救援と考えるのが自然の筈だ。
「囮も兼ねて、ぱーっと派手にいくっすよ!」
腹に響く大きな音を立てて、花火が上がる。聖王国のマークを描いて。地上の魔族たちもそれに釣られたのか空を見た。操られていない魔族が騒ぎ、ボウガンを天魔に向ける。
「またボウガンっすね~! わかってはいたけどやべーっす!」
矢が天魔を狙って一斉に飛んだ。彼は錫杖で飛んでくる矢を叩き落としながら遠ざかり、索敵情報を仲間たちに伝えるのだった。
「うし、それじゃ俺らも行くか。何時も通りだ、期待してる」
麻生 遊夜(ma0279)は鈴鳴 響(ma0317)の頭を撫でて微笑んだ。響も、いつもの甘い笑みを浮かべ、
「……ん、ふふっ……任せて、ボクがちゃんと……ユーヤを導くから」
飛び立った。空を何気なく飛んでいるだけでは、見つかって撃たれてしまう。響は屋根の上に隠れながら行動していた。細腕で構えるのはラティアM4ライフル。腰にはエゲリア製カメラを付けて周囲の状況を撮影する。画像や映像をすぐに共有できるわけではないのが少々惜しい。
「……ん、周囲異常なし……追加情報もなし、進捗は程々……ん、先行する」
二人は徹底して魔族との交戦を避けた。あるときは響のフェアリーバレットが、不規則な軌道で敵を攪乱する。
「……ん、貴方達は……邪魔だから、向こうに行って……ね?」
クスクスと小さな含み笑いは魔族には届かない。遊夜も自分で物体透視を行なって敵の位置を探ったり、響のナビに従って、建物の影などに隠れたりしてやり過ごしながら探索を進めた。やがて、一際大きな建物に行き当たる。彼は空の響を見上げた。彼女は肯き、サイレンサー付きのライフルで、近くの建物から狙撃した。そちらに気を取られている内に、遊夜は建物の内部を探る。どうやらここは復活施設らしい。
「……こちら麻生、目標発見。復活装置だ。事前情報通りの位置、救助対象は……いなさそうだな。ただ、近くのアパートに人がいそうな雰囲気がする」
『了解! 行ってみるね!』
ケイウスから元気の良い返事が届く。遊夜は微笑んで肯くと、
「俺は引き続き捜索をする。破壊は任せた」
ひっそりとその場を後にした。
それと入れ替わりの様に来たのはイサナだった。彼女は忍びらしく、魔族の目を盗んで施設内に入り込む。響も一緒に侵入した。中にあるのは、棺桶の形をした箱だ。魔法陣も周りに描かれている。
「噂に聞いた生産設備か。これは破壊しておくべきだな」
彼女は爆弾を設置した。響はブランカーロケットを担ぐ。
「……ふふ、それじゃ、せーので、ね……?」
「ああ、良いだろう」
「せーの……!」
リモート爆弾とブランカーロケットが炸裂した。棺をピンポイントで破壊する。すると、それを聞きつけた魔族たちがやって来たが、二人はそれらを、武器を持って迎撃した。
●
「こちらは少数ですし、泥の騎士との交戦はなるべく避けたいですね」
火存 歌女(ma0388)は手鏡で曲がり角向こうの様子を見ながら呟いた。前回交戦した際、無理が祟って強制退却……要するに死亡してしまった。少人数で泥の騎士と戦う事の危険さを彼女は知っている。布装備が多い事を活かして、隠密しながら彼女は都市の中を進んだ。地図と実際に自分が見ている風景を見比べて、都市の機能を大まかに読み解いている。
「やはり復活装置や工廠は大がかりな建物でしょうか」
ひょこり、と塀から顔を出して敷地内を見る。虚ろな赤い瞳がきょろりと動き、中の様子を探った。物体透視だ。壁一枚くらいなら難なく透視できる。
「ここは工廠ですね……見張りは何人かいる模様……ふむふむ……」
地図に記入する。気付かれる前に、彼女は塀から降りた。
「乱戦だね……。上手く漁夫の利を掴めれば良いけど」
シアン(ma0076)はアンシエントナイトコートの裾を翻しながら、ダウバランの中を駆け抜けていた。
『これ街ごと燃やしちゃえば手っ取り早くない? 駄目かな? 配置がこうで風の流れは……火攻めするならこうかな、ふふ』
ユーグヴェル・ミラ(ma0623)がそんな軽口を叩く。彼らしい言葉に、シアンは思わず笑ってしまった。
「石造りだし、そんなに簡単に燃えるのかな」
妖精郷みたいに、とは言わなかった。ユーグヴェルもそれは察していることだろう。
シアンは広い建物を探した。復活装置は広い空間を必要とするだろう、と考えてのことだ。歌女や遊夜たちから得た情報に従って到着した工場じみた大きな建物の前には、警備の様に魔族がうろうろしている。ここが何らかの重要施設だと思って良いだろう。
「まさかこんな形で来ることになるとは思いませんでしたね」
頭上から声がした。アルティナ(ma0144)だ。彼女もまた、情報を頼りに破壊に来たのだろう。
「エリゴールには申し訳ありませんが決戦を頓挫せざるを得ない程度には損害を与えさせていただきます」
ミンスク側の戦力リソースをイルミンスールに振り分けられる様にしなければいけないし。どちらに転ぶにしろ、敵の手札を減らしておく事に意味はあるだろう。
エリゴールには悪い、というのは、シアンも思わないことはない。だが、咎人としての目的は定まっている。
操られていない魔族とは消極的協力をするシアンの方針に則り、警備の魔族の目をかいくぐって、二人は工場の中に入った。そして、見た。魔法陣に囲まれた、棺桶の様な装置を……。
「棺桶から蘇るだなんて」
アルティナが嘆息した。どうやら、オークも入るらしくなかなかに大きい。装置とは言うが、この魔法陣を見ると、復活の祭壇と言った方が近いようだ。
「時間があれば仕組みの解明をしたかったけど、そんな暇は無いね!」
「そうですね」
彼女はリモート爆弾を設置した。離れてから起爆させれば、他の魔族に気付かれても問題ない。
「人と魔族に和解の道が無かったとは思いません。でも、きっとその段階はとっくに過ぎてしまっているのでしょう」
彼女は建物の中をざっとチェックした。取り残されている奴隷はいないようだ。
「行きましょう」
しばらく後、その建物から派手な爆音が轟いた。魔族たちが気付くが、そこに下手人はもういない。
●
「魔族、というけれど。私もそう見えたりしない?」
死と……タナトスと名乗る女は、夜色をしたパンジャのイデアをどろりと揺らがせた。そうかと思えば、そこにはもはや砲と呼ぶ方が相応しい狙撃銃の姿が。銃口が向く先には、結梨と交戦する、泥に飲まれた魔族の姿があった。
「操られるのってやだよね。出来ることなら助けてあげたいけど、壊すことでしか、救うことが出来ない」
フィンブルが振るわれる。それに合わせて、タナトスも建物の影から銃撃を浴びせた。狙撃銃はすぐにパンジャに戻る。その重さを保ったまま。彼女はジャケットの裾を翻し、他の建物の影に移動した。しゃらりと手に巻く装飾を鳴らしながら。
「心が有るなら、恨んでくれてもいいよ」
タナトスの援護を受けた結梨は、キルドライブでその命を絶つ。彼女は息を吐くと、また陽動のために心為奏輪・アルヴィスを駆って索敵する。
「こっちだよ、泥人形!」
シアンの一喝が聞こえる。結梨はそちらに向かった。いた。泥の騎士と剣を交えている。彼は、近くにいる魔族に声を掛けていた。
「今はきみ達と戦っている余裕が無くてね。破壊している身で申し訳ないけど、敵の排除に協力できないかな?」
どうやら、泥の騎士と魔族がやり合っているところにシアンが駆けつけたらしい。魔族は了承したのか、持っている剣を泥の騎士に叩きつけた。結梨もバイクでその場に突っ込み、フィンブルを振るった。シアンが鮮花閃光ですれ違いざまに斬りつけ、振り返ってクロスアタック。
「こいつら、奴隷を見つけたら優先的に攻撃するはずだ」
「わう……それはよろしくないね」
結梨は横合いから星華凍幻を。泥の騎士の反撃は、火光隠しで捌き、逆に打ち返す。タナトスからの援護射撃も飛び、この一角では泥の騎士に対して咎人たちは優勢だった。
●
ケイウス(ma0700)は集まってくる状況を整理していた。事前におおまかな地図は貰っており、大体奴隷にされているミンスクがいるのはこの辺りではないか、と言う当たりは付けてある。マリエルからの情報では、立派な一軒家に人の気配はないとのこと。
『恐らくですが、一箇所に集められているのでしょう。民の自由を奪う想定は心苦しいのですが、それが合理的です。そうなると、集合住宅や宿舎などですね』
マイナが総括して伝える。
地上に、咎人と交戦する魔族が見える。どうやら泥に飲まれて自我はないらしい。
「魔族をモノみたいに……この世界なんて、なんとも思ってないんだね」
イルミンスールへの怒りで、ケイウスの眉間に皺が寄る。
『こっちの索敵状況だけど……』
武蔵介が索敵レーダーで得た、建物や道などの更に詳細な状態を知らせてくれる。ケイウスはそれを地図に落とし込んだ。
『臭いで探す事になるとは……うまく当たるかな』
苦笑しながら呟くのが聞こえる。その時、ケイウスは見つけた。アパートのような集合住宅、その建物の窓に貼り付いて、一生懸命外を見ようとしているミンスクたちを。どうやら、天魔の花火に気付いて何事かと様子を見ようとしているらしい。
「見つけた! やっぱりアパートみたいなところに住まわされてるみたい! 場所は……」
仲間たちに連絡を入れると、ケイウスは窓に近づいた。
「大丈夫? 一緒に行こう、助けに来たんだ!」
「出られるのかい?」
一人が驚いた様に言う。
「もちろん!」
困っているなら助けるのは当然だ。ケイウスの知らせに、続々と救出の咎人たちが集まってくる。
「歩けそうかな、怪我とかしてない? 俺は平気、咎人だからね!」
「とがびと?」
どうやら、咎人のことはよく知らないらしい。とは言え、天魔の上げた花火が、聖王国に縁ある物であることを示しており、警戒はされなかった。
奴隷にされた人々は、特に大きな怪我はしていないようだった。強いて言うなら、「工廠の中で急いでたらぶつけた」、「作った刃物でうっかり切った」などと言った事故が原因で、魔族に暴行されて大怪我をしたような人はいない。手当もされている。
「工廠や魔族の復活装置に心当たりはあるか? 地脈が集う場所は?」
ひらりと降り立った天魔がミンスクたちに尋ねた。
「工廠はこの近くにもあるよ。復活装置も大きな建物の中にあるね。地脈……は強いて言うならこの町全体かなぁ……」
「なんだと?」
天魔はオルカに連絡を取った。彼女の返事は、ミンスクの言葉を裏付けるものだった。
『ああ、ダウバランには特定の箇所に地脈が走っているわけじゃないんだ。全土に地脈が走っている……要するにダウバランそのものが、「イルダーナフの中で地脈の優れた箇所」と言う事になるね』
あちこちに泥の騎士が送り込まれているのもそのせいだろう。
「厄介だな。聖樹神も来ているのだし魔族生成の防止もかねて切っておこうかと思ったが……」
ひとまず、奴隷の解放が最優先か。天魔は護衛に着くことにした。
「大丈夫、よ。後ろは守る、から、振り向かずに全力で、ね」
フェンリスウールヴと名付けた月森の豺狼の背に乗って、草薙胡桃(ma0042)が声を掛けた。怯えられるかと思ったが、人を乗せている狼はそこまで恐れられない。救出に来てくれた胡桃の言うことを聞くのなら、悪い狼ではないだろうと思われている様だ。
「こちら側から避難できそう、かしら?」
胡桃自身が集めた情報や、他の咎人が集めた情報を元に避難ルートを模索する。
「こっちの泥の騎士は倒した、と、シアンから連絡があった、わね。ここなら安全、かしら。陽動の状況、どう?」
『わふ、そのルートから遠ざけた方が良いよね?』
結梨から返事があった。
「そう、ね。そうしてもらえると、ありがたい、わ」
『火存です。避難ルート、どこまで決まっていますか? そこから先の退路確保をします』
『俺も手伝おう』
『それなら私も行こう。仮に雑魚しかいなくても、戦う力を持たぬ者には脅威だからな』
歌女、遊夜、イサナとも相談してルートを設定。他の咎人とも共有した。
『わう、じゃあ私は反対側に引きつけるようにしようかな』
『では私もそっちに行こうかしら。影から狙撃するわね』
『待ってまーす』
『すぐ向かう』
結梨とタナトスの打ち合わせ、イサナの簡潔な言葉で通信は終わった。ケイウスは奴隷たちを安心させるように笑顔を作り、
「よし! 出発だ!」
「いい子ね、フェン。それじゃあ、行きましょう、か」
狼の毛を撫でながら、胡桃はケイウスたちと一緒に、逃げ出す奴隷たちの護衛について走り出した。
歌女、イサナ、遊夜は退路確保の為に合流していた。
「ここはデコイで敵を引き付けて迂回しましょうか」
敵を凌げそうにない箇所は、顔がへのへのもへじになっている歌女人形が手を挙げて敵の気を引いている。裏道になりそうな狭い路地には、遊夜がバリケードを設置。邪魔する魔族は泥を被っていようがいまいが排除する。
「魔族にも事情はあるだろうが、人命最優先で行かせてもらう」
イサナが冷徹に言い放った。
「……ん、今のところ、大丈夫そう……泥の騎士も魔族と交戦してる……今が好機……」
響が屋根の上から様子を見ながら周知する。ケイウスたち誘導兼護衛がそれに応じて、取り決めたルートを走ってくる。
「頑張れ! もう少しだ」
遊夜が周囲を警戒しながら声を掛けたその時、
「ユーヤ……!」
響から警戒を促す声が届いた。直感的に、「それ」がいる方向を察してそちらを向く。
泥の騎士だ!
「おいでなすった!」
「逃げ道は咎人で確保する! 『何も考えずに走れ!』」
イサナが声を張り上げる。胡桃が闇月の涙を撃ち出す。銃に走ったラインが光った。
「フェン!」
狼に声を掛け、ミンスクたちを庇う様な位置に移動。油断なく相手を見据え、護衛対象に合わせて後ずさる。いつこちらに飛びかかられても良いように。
「守るために来たのだから、せめてそれはこなしてみせる、わ」
フェンリスウールヴも歯を見せて威嚇の表情だ。
「ハハッ、簡単には行かせてやれんな! ちょいと俺と遊んでくれや!」
遊夜が盾を持ってその前に立ちはだかる。防御陣形を張った。イサナがその結界の中からフェアリーバレットの旋風を投げる。屋根の上からは響の射撃が飛んだ。
「行かせません」
歌女がスマッシュを打ち込む。続いて、速攻でもう一発おまけを。
「歌女! 無理しないで……って! また来た……魔族?」
後から魔族が追いすがってきた。なかなか深い傷がある。どうやら、泥の騎士と交戦していたらしい。より殺しやすい奴隷たちを見つけて鞍替えされたと言うところか。
「だ、大丈夫?」
ケイウスが魔族に近寄った。メディカルフェアリーで傷を癒やす。前回、泥の騎士戦で犠牲者を出たことを思い出して。魔族はぎょっとして彼を見た。
「……あ、その、痛いだろうなって思って……!?」
言葉こそ発さないが、「そうか……」と言わんばかりだ。相手はそのままケイウスを無視するように、泥の騎士の後頭部に一撃を叩き込んだ。
魔族と咎人、奇妙な混成部隊が泥の騎士を囲み、攻撃を重ねて行く。その間に奴隷にされていたミンスクたちは都市の外に逃げ出した。
●
ユーグヴェルは、ケイウスたちから避難の完了したアパートの位置を聞くと、その近くにある工廠へ向かった。指差しで、破壊活動を始めて良いか確認する。
「安全確認ヨーシ! やるよー」
魔力解放、更に二重詠唱でスフィアバーストを二つ。それだけでは飽き足らず、高速詠唱で見る見るうちに魔力球を膨らませて行った。火焔のコーデックスのページが景気良く燃えていく。炎が空気を炙る音が鼓膜を撫でた。
「ひゃっほーぅ!」
赤い火球が撃ち放たれた。着弾箇所で大爆発。壁に大穴が空き、設備は木っ端微塵。衝撃で建物が崩れ始める。
「ひゅーう!」
歓声を上げながら、彼はまだ火の手が上がる魔導書を抱えて建物を飛び出した。
「あ、ユーグヴェルさん! 手伝おうか!」
通り掛かったシアンが声を掛ける。
「それは頼もしいな。よろしく。さっきね、僕も棺桶みたいな復活装置あるところを見つけたんだ。一緒にどうだい?」
まるで食事に誘うような口ぶりだ。二人はユーグヴェルが目を付けた魔族復活施設に入って行く。
数分後、その施設はユーグヴェルの歓声と共に爆音を上げて、先ほどの工廠と同じ末路を辿るのであった。
●
「領土以て国とするか。民を以て国とするか。魔王に興味があります」
マイナはマリエルも乗せたマイルズで都市内を駆けていた。武蔵介も同行している。
マリエルは物体透視等で家屋に残された人間がいないか確認していたが、やはりひとまとめにされているらしい。民家と思しき建物には誰もいなかった。
「はい、お嬢様。魔族の方がどう考え、どう行動するのか、ですね」
喋れないからといって知性が無い事はないだろうとマリエルは思う。彼女自身、好きな猫が好むこと、嫌がること、そのときの気分、してほしい事はなんとなくならわかる。
だから、奴隷にされていた人間たちも、魔族のために何か作っていたのなら、最低限魔族が何を望んでいたのかはわかるのではないか、と。
「お嬢様!」
マリエルが声を上げた。泥の魔族と、刀を持った魔族が交戦している。どう見ても魔族の方が劣勢だ。
「ええ、参ります」
マイナは移動をマイルズに任せ、自分は剣と魔術書を持ってイデアを高める。現場に飛び込んで、双撃乱舞で泥の魔族を叩きのめす。
共通の敵を排除してしまうと、マイナは武器を持った魔族たちに話し掛けた。
「『わたしは、あくやくれいじょうじゃないよ!』……通じました?」
エリート魔族たちは顔を見合わせた。言葉がなくとも、言いたいことはマイナにも伝わった。「なんて?」だ。まあ、そもそも「『あくやくれいじょう』とはなんぞ?」というところから始まりそうな気がしなくもない。それをレクチャーする時間は、今のマイナにもなかった。
とは言え、マイナたちに敵意がないことは伝わったか。次にマイナが何を言おうとしているのかを待っている。彼女は事前に作ったペーパーを見せた。「魔王の初めの民となり助けなさい」……と言う事を伝えるべく描いたポップなイラストだ。
「流行りますかね?」
魔族たちはまた顔を見合わせた。その顔はやはり、「なんて?」と言っている。どうやら「魔王の始めの民」と言うのがイマイチ伝わっていない様子。
色々とすれ違いは生じたが、協力の意志があることも了解された。マリエルの「今は逃げて」の提案は拒まれる。魔族たちも、自分の町が襲われているのに逃げるわけにはいかないのだろう。その代わり、「協力しましょう」は受け入れられた。
「力が欲しいならあげるよ。但し今後あんたの身柄は俺が貰う。今をブチ壊したければ一緒においで」
武蔵介が笑みを見せながら告げた言葉も。「力が欲しいか」というのは魔族が「応」と答える問いでもあった。
マリエルが歌った。彼女なりに、敵意がないことを伝えようとしている。歌は誰の心にも響き通じる、と言った友人の言葉を信じて。武蔵介も反響する賛歌で、大きく減った魔族の生命力を癒やす。魔族は何だか理解できないものでも見るような目で彼を見ていた。魔族にとって、同類以外は敵であるから、まさか回復されるとも思っていなかったのだろう。
マイナはマリエルを乗せたまま、賢馬に頼んで他の魔族との合流を目指す。
「先ほど、あなた方のお仲間とお目に掛かりました。一緒にいらした方が良いでしょう。泥の騎士や、残念ながら泥に飲まれてしまったお仲間と戦うのであれば」
魔族たちは返事をしなかった。やがて、他の魔族集団が見える。マイナたちが何か言うまでもなく、お互いに掛け寄った。それを見届けた一行は顔を見合わせ、そっとその場を離れた。
都市に蹄の音が響く。
●
「潮時だな。殿は私がつとめる。迅速に撤収するぞ」
要救助者の退避がほぼ完了する頃合いを見て、イサナが声を掛けた。まだ礼拝堂での戦いは続いているが、こちらはこちらで奴隷になっているミンスクを連れ出す必要があり、向こうの決着まで都市に留まるのは難しい。
「了解! まあこんなもんだな!」
遊夜は残ったバリケードや蜂蜜美容ローションをばらまいて、追ってくるかもしれない運の悪い魔族や、泥の騎士が転ぶことを願った。ちょっとした嫌がらせだ。
「それではさようなら」
アルティナも、マッドハンドを敷いて追ってくる魔族たちの足止めを図る。
「了解。おさらばしようじゃないか。よし、もう一つおまけだ」
ユーグヴェルが本日何ページ目かのコーデックスを燃やし、火球を放り出す。残念なことに引火するようなものもなければ、建物も石造りで火を放ったところで大して燃えない。それでも破壊の愉しみは味わえただろうか。
着弾を確認すると、彼はウキウキした軽い足取りでその場を離れるのだった。
「えーと……か、勝手に入ってごめんね!! お邪魔しましたーっ!!」
ケイウスが翼を上下に動かしながら、あたふたとダウバランを後にする。彼にメディカルフェアリーを使われた魔族は、その後ろ姿を眺めるだけで追おうとはしなかった。連れ出された奴隷たちは、都市の外でテーレやクルハたちがとりまとめる。イデアゲートが使えないので、彼女たちを始めとした咎人の一団が護衛して聖王国まで連れて帰るのだ。
「うむ。怪我はなさそうだな。作業中に負ったらしいものはいくつかあるが、大事はなさそうだ」
「魔族に捕まってた奴隷って言うから、もっと殴る蹴るとかされてるのかと思ったけど、そう言うことはないみたいだね?」
クルハが意外そうに言う。捕まっていたミンスクによると、ダウバランで不当な暴力を受けることはなかったらしい。食事もちゃんと与えられていて、待遇そのものは悪くなかった様だ。だからといって魔族に同情的かと言うと決してそう言うことではない。いつ殺されるかわからないのはもちろんだし、そもそも大陸各地から無理に連れてこられている。その際に家族を殺された者も少なくはない。
「無給で働かされるとか最悪だろ。後で魔王に未払いの賃金を請求してやろうぜ」
手伝いに来たらしい咎人の一人がものすごく嫌そうに言う。シアンとケイウスが顔を見合わせた。
「魔族に報酬の概念ってあるのかな」
「あってもお金じゃなさそう。エリゴールって何くれるんだろうね? お酒かな?」
まさかエリゴールが報酬にテラス硬貨を配ったりはしないだろう。仮に硬貨を配ったところでダウバランでは使えなかっただろうが。
マイルズがマイナの髪飾りに顔を寄せている。やがてその口が開いてぱくりと花を食んだ。
(執筆:三田村 薫)
「さあ、参りますよ、マリエル。皆さんの突入を助けましょう」
「はい、お供します。お嬢様」
マイナ・ミンター(ma0717)は、愛馬マイルズの後ろにマリエル(ma0991)を乗せて声を掛けた。マリエルはマイナにシールドアップを施す。
「私たちはこれから、馬の脚で稼ぎます。マイルズ、任せました」
賢馬はそれに応じるように駆け出した。マイナは双撃乱舞を放つべくイデアを高める。片方の手には血塗れのようなブラッドアサシン、もう片方には妖精が光るフェアリーテイル。なんだか対照的だ。
「創世の闇を片手に、七日続く風雷を片手に。参ります、双撃乱舞」
凡そ突入を妨害する「敵」と呼ばれるものはまとめて巻き込む。羽の生えた光の玉を従えながら、血を纏う刃を振るった。
その間に、天野 イサナ(ma0022)や、葉山 結梨(ma1030)たちも、魔族や泥の騎士と交戦していた。
「来た。見た。だが、勝ったと言うには成果を挙げねばな」
手裏剣「旋風」が、フェアリーバレットの不規則な動きで泥の騎士を裂く。そこに、死(ma0883)からの射撃攻撃が飛んで来た。
「突入と釘打つからといって、勇んで行く必要も無いわよね」
明らかに射撃だったのだが……その場を立ち去る彼女は何も持たないように見える。手を覆う装飾がしゃらりと鳴った。
結梨は心為纏刃・フィンブルと、心為晶刃・フェンリルの両者を構えて、「泥」に覆われた魔族を見た。凍てつくような、静謐で怜悧な刃は対照的に輝いている。
むずかしい事は知らない。この世界がいずれ滅ぶその理由だとか、泥に飲まれた魔族だとか……そう言うややこしい事は。だから、結梨は自分で見て自分の心に従うだけだ。
「──フィンブル、解放。全能力を以って、対象を討ち滅ぼします」
不退なりし一輪が刃を補強する。星華凍幻。氷に似たイデアウェポンが、また氷の刃を生み出し、泥の騎士を穿つ。騎士はその後ろにいるイサナに狙いを付けた様だ。結梨がその前に立ち塞がる。
「アナタは何を、信じるの?」
繰り出される槍。フィンブルの刀身で受け止めながら、結梨は相手の顔にあたる部分を見つめた。
葛城 武蔵介(ma0505)は、突入組の、特に友人の傍に貼り付いて、妨害の為に飛んでくる攻撃を凌いでいた。道は既にマイナたちが開いており、突入組に更に追いすがってくるような敵は少数だ。やがて現場に到着すると、
「あんたならやれるさ。善戦できるよう願っているよ」
礼拝堂へ向かう心友の背に告げた。相手は肯いて、建物の中へ飛び込んだ。
「どうか気を付けて」
マイナもそれを見送ると、
「さ、マリエル、武蔵介さん、参りましょう。まだやることは山積みです。マイルズ、頼みます」
青毛の馬は自らの意志であるかのように駆け出した。
●
「珍しく漁夫の利を付けそうな形ではあるっすけどどう動くっすかね」
ザ・三下な事を言う天魔(ma0247)はひとまず上昇しながら首を傾げた。ひとまず花火でも打つか。結構細かく形変えられるし。と言う事で飛びながらできるだけ大きくなるようにイデアを練り上げる。
「私達は聖王国の者だ! 諸君らを助けに来た! 可能な者は合図を頼む」
地上では戦闘も行なわれているため、天魔の声が届いているかは微妙なところだ。花火で文章を作ろうかと思っていたが、流石のファイヤーフラワーでも長文は難しそうだ。ひとまず聖王国のシンボルマークを打ち上げることにした。少なくとも、聖王国から誰かが来たことはわかるだろう。そして、ロス・テラスから人が来ると言うことは救援と考えるのが自然の筈だ。
「囮も兼ねて、ぱーっと派手にいくっすよ!」
腹に響く大きな音を立てて、花火が上がる。聖王国のマークを描いて。地上の魔族たちもそれに釣られたのか空を見た。操られていない魔族が騒ぎ、ボウガンを天魔に向ける。
「またボウガンっすね~! わかってはいたけどやべーっす!」
矢が天魔を狙って一斉に飛んだ。彼は錫杖で飛んでくる矢を叩き落としながら遠ざかり、索敵情報を仲間たちに伝えるのだった。
「うし、それじゃ俺らも行くか。何時も通りだ、期待してる」
麻生 遊夜(ma0279)は鈴鳴 響(ma0317)の頭を撫でて微笑んだ。響も、いつもの甘い笑みを浮かべ、
「……ん、ふふっ……任せて、ボクがちゃんと……ユーヤを導くから」
飛び立った。空を何気なく飛んでいるだけでは、見つかって撃たれてしまう。響は屋根の上に隠れながら行動していた。細腕で構えるのはラティアM4ライフル。腰にはエゲリア製カメラを付けて周囲の状況を撮影する。画像や映像をすぐに共有できるわけではないのが少々惜しい。
「……ん、周囲異常なし……追加情報もなし、進捗は程々……ん、先行する」
二人は徹底して魔族との交戦を避けた。あるときは響のフェアリーバレットが、不規則な軌道で敵を攪乱する。
「……ん、貴方達は……邪魔だから、向こうに行って……ね?」
クスクスと小さな含み笑いは魔族には届かない。遊夜も自分で物体透視を行なって敵の位置を探ったり、響のナビに従って、建物の影などに隠れたりしてやり過ごしながら探索を進めた。やがて、一際大きな建物に行き当たる。彼は空の響を見上げた。彼女は肯き、サイレンサー付きのライフルで、近くの建物から狙撃した。そちらに気を取られている内に、遊夜は建物の内部を探る。どうやらここは復活施設らしい。
「……こちら麻生、目標発見。復活装置だ。事前情報通りの位置、救助対象は……いなさそうだな。ただ、近くのアパートに人がいそうな雰囲気がする」
『了解! 行ってみるね!』
ケイウスから元気の良い返事が届く。遊夜は微笑んで肯くと、
「俺は引き続き捜索をする。破壊は任せた」
ひっそりとその場を後にした。
それと入れ替わりの様に来たのはイサナだった。彼女は忍びらしく、魔族の目を盗んで施設内に入り込む。響も一緒に侵入した。中にあるのは、棺桶の形をした箱だ。魔法陣も周りに描かれている。
「噂に聞いた生産設備か。これは破壊しておくべきだな」
彼女は爆弾を設置した。響はブランカーロケットを担ぐ。
「……ふふ、それじゃ、せーので、ね……?」
「ああ、良いだろう」
「せーの……!」
リモート爆弾とブランカーロケットが炸裂した。棺をピンポイントで破壊する。すると、それを聞きつけた魔族たちがやって来たが、二人はそれらを、武器を持って迎撃した。
●
「こちらは少数ですし、泥の騎士との交戦はなるべく避けたいですね」
火存 歌女(ma0388)は手鏡で曲がり角向こうの様子を見ながら呟いた。前回交戦した際、無理が祟って強制退却……要するに死亡してしまった。少人数で泥の騎士と戦う事の危険さを彼女は知っている。布装備が多い事を活かして、隠密しながら彼女は都市の中を進んだ。地図と実際に自分が見ている風景を見比べて、都市の機能を大まかに読み解いている。
「やはり復活装置や工廠は大がかりな建物でしょうか」
ひょこり、と塀から顔を出して敷地内を見る。虚ろな赤い瞳がきょろりと動き、中の様子を探った。物体透視だ。壁一枚くらいなら難なく透視できる。
「ここは工廠ですね……見張りは何人かいる模様……ふむふむ……」
地図に記入する。気付かれる前に、彼女は塀から降りた。
「乱戦だね……。上手く漁夫の利を掴めれば良いけど」
シアン(ma0076)はアンシエントナイトコートの裾を翻しながら、ダウバランの中を駆け抜けていた。
『これ街ごと燃やしちゃえば手っ取り早くない? 駄目かな? 配置がこうで風の流れは……火攻めするならこうかな、ふふ』
ユーグヴェル・ミラ(ma0623)がそんな軽口を叩く。彼らしい言葉に、シアンは思わず笑ってしまった。
「石造りだし、そんなに簡単に燃えるのかな」
妖精郷みたいに、とは言わなかった。ユーグヴェルもそれは察していることだろう。
シアンは広い建物を探した。復活装置は広い空間を必要とするだろう、と考えてのことだ。歌女や遊夜たちから得た情報に従って到着した工場じみた大きな建物の前には、警備の様に魔族がうろうろしている。ここが何らかの重要施設だと思って良いだろう。
「まさかこんな形で来ることになるとは思いませんでしたね」
頭上から声がした。アルティナ(ma0144)だ。彼女もまた、情報を頼りに破壊に来たのだろう。
「エリゴールには申し訳ありませんが決戦を頓挫せざるを得ない程度には損害を与えさせていただきます」
ミンスク側の戦力リソースをイルミンスールに振り分けられる様にしなければいけないし。どちらに転ぶにしろ、敵の手札を減らしておく事に意味はあるだろう。
エリゴールには悪い、というのは、シアンも思わないことはない。だが、咎人としての目的は定まっている。
操られていない魔族とは消極的協力をするシアンの方針に則り、警備の魔族の目をかいくぐって、二人は工場の中に入った。そして、見た。魔法陣に囲まれた、棺桶の様な装置を……。
「棺桶から蘇るだなんて」
アルティナが嘆息した。どうやら、オークも入るらしくなかなかに大きい。装置とは言うが、この魔法陣を見ると、復活の祭壇と言った方が近いようだ。
「時間があれば仕組みの解明をしたかったけど、そんな暇は無いね!」
「そうですね」
彼女はリモート爆弾を設置した。離れてから起爆させれば、他の魔族に気付かれても問題ない。
「人と魔族に和解の道が無かったとは思いません。でも、きっとその段階はとっくに過ぎてしまっているのでしょう」
彼女は建物の中をざっとチェックした。取り残されている奴隷はいないようだ。
「行きましょう」
しばらく後、その建物から派手な爆音が轟いた。魔族たちが気付くが、そこに下手人はもういない。
●
「魔族、というけれど。私もそう見えたりしない?」
死と……タナトスと名乗る女は、夜色をしたパンジャのイデアをどろりと揺らがせた。そうかと思えば、そこにはもはや砲と呼ぶ方が相応しい狙撃銃の姿が。銃口が向く先には、結梨と交戦する、泥に飲まれた魔族の姿があった。
「操られるのってやだよね。出来ることなら助けてあげたいけど、壊すことでしか、救うことが出来ない」
フィンブルが振るわれる。それに合わせて、タナトスも建物の影から銃撃を浴びせた。狙撃銃はすぐにパンジャに戻る。その重さを保ったまま。彼女はジャケットの裾を翻し、他の建物の影に移動した。しゃらりと手に巻く装飾を鳴らしながら。
「心が有るなら、恨んでくれてもいいよ」
タナトスの援護を受けた結梨は、キルドライブでその命を絶つ。彼女は息を吐くと、また陽動のために心為奏輪・アルヴィスを駆って索敵する。
「こっちだよ、泥人形!」
シアンの一喝が聞こえる。結梨はそちらに向かった。いた。泥の騎士と剣を交えている。彼は、近くにいる魔族に声を掛けていた。
「今はきみ達と戦っている余裕が無くてね。破壊している身で申し訳ないけど、敵の排除に協力できないかな?」
どうやら、泥の騎士と魔族がやり合っているところにシアンが駆けつけたらしい。魔族は了承したのか、持っている剣を泥の騎士に叩きつけた。結梨もバイクでその場に突っ込み、フィンブルを振るった。シアンが鮮花閃光ですれ違いざまに斬りつけ、振り返ってクロスアタック。
「こいつら、奴隷を見つけたら優先的に攻撃するはずだ」
「わう……それはよろしくないね」
結梨は横合いから星華凍幻を。泥の騎士の反撃は、火光隠しで捌き、逆に打ち返す。タナトスからの援護射撃も飛び、この一角では泥の騎士に対して咎人たちは優勢だった。
●
ケイウス(ma0700)は集まってくる状況を整理していた。事前におおまかな地図は貰っており、大体奴隷にされているミンスクがいるのはこの辺りではないか、と言う当たりは付けてある。マリエルからの情報では、立派な一軒家に人の気配はないとのこと。
『恐らくですが、一箇所に集められているのでしょう。民の自由を奪う想定は心苦しいのですが、それが合理的です。そうなると、集合住宅や宿舎などですね』
マイナが総括して伝える。
地上に、咎人と交戦する魔族が見える。どうやら泥に飲まれて自我はないらしい。
「魔族をモノみたいに……この世界なんて、なんとも思ってないんだね」
イルミンスールへの怒りで、ケイウスの眉間に皺が寄る。
『こっちの索敵状況だけど……』
武蔵介が索敵レーダーで得た、建物や道などの更に詳細な状態を知らせてくれる。ケイウスはそれを地図に落とし込んだ。
『臭いで探す事になるとは……うまく当たるかな』
苦笑しながら呟くのが聞こえる。その時、ケイウスは見つけた。アパートのような集合住宅、その建物の窓に貼り付いて、一生懸命外を見ようとしているミンスクたちを。どうやら、天魔の花火に気付いて何事かと様子を見ようとしているらしい。
「見つけた! やっぱりアパートみたいなところに住まわされてるみたい! 場所は……」
仲間たちに連絡を入れると、ケイウスは窓に近づいた。
「大丈夫? 一緒に行こう、助けに来たんだ!」
「出られるのかい?」
一人が驚いた様に言う。
「もちろん!」
困っているなら助けるのは当然だ。ケイウスの知らせに、続々と救出の咎人たちが集まってくる。
「歩けそうかな、怪我とかしてない? 俺は平気、咎人だからね!」
「とがびと?」
どうやら、咎人のことはよく知らないらしい。とは言え、天魔の上げた花火が、聖王国に縁ある物であることを示しており、警戒はされなかった。
奴隷にされた人々は、特に大きな怪我はしていないようだった。強いて言うなら、「工廠の中で急いでたらぶつけた」、「作った刃物でうっかり切った」などと言った事故が原因で、魔族に暴行されて大怪我をしたような人はいない。手当もされている。
「工廠や魔族の復活装置に心当たりはあるか? 地脈が集う場所は?」
ひらりと降り立った天魔がミンスクたちに尋ねた。
「工廠はこの近くにもあるよ。復活装置も大きな建物の中にあるね。地脈……は強いて言うならこの町全体かなぁ……」
「なんだと?」
天魔はオルカに連絡を取った。彼女の返事は、ミンスクの言葉を裏付けるものだった。
『ああ、ダウバランには特定の箇所に地脈が走っているわけじゃないんだ。全土に地脈が走っている……要するにダウバランそのものが、「イルダーナフの中で地脈の優れた箇所」と言う事になるね』
あちこちに泥の騎士が送り込まれているのもそのせいだろう。
「厄介だな。聖樹神も来ているのだし魔族生成の防止もかねて切っておこうかと思ったが……」
ひとまず、奴隷の解放が最優先か。天魔は護衛に着くことにした。
「大丈夫、よ。後ろは守る、から、振り向かずに全力で、ね」
フェンリスウールヴと名付けた月森の豺狼の背に乗って、草薙胡桃(ma0042)が声を掛けた。怯えられるかと思ったが、人を乗せている狼はそこまで恐れられない。救出に来てくれた胡桃の言うことを聞くのなら、悪い狼ではないだろうと思われている様だ。
「こちら側から避難できそう、かしら?」
胡桃自身が集めた情報や、他の咎人が集めた情報を元に避難ルートを模索する。
「こっちの泥の騎士は倒した、と、シアンから連絡があった、わね。ここなら安全、かしら。陽動の状況、どう?」
『わふ、そのルートから遠ざけた方が良いよね?』
結梨から返事があった。
「そう、ね。そうしてもらえると、ありがたい、わ」
『火存です。避難ルート、どこまで決まっていますか? そこから先の退路確保をします』
『俺も手伝おう』
『それなら私も行こう。仮に雑魚しかいなくても、戦う力を持たぬ者には脅威だからな』
歌女、遊夜、イサナとも相談してルートを設定。他の咎人とも共有した。
『わう、じゃあ私は反対側に引きつけるようにしようかな』
『では私もそっちに行こうかしら。影から狙撃するわね』
『待ってまーす』
『すぐ向かう』
結梨とタナトスの打ち合わせ、イサナの簡潔な言葉で通信は終わった。ケイウスは奴隷たちを安心させるように笑顔を作り、
「よし! 出発だ!」
「いい子ね、フェン。それじゃあ、行きましょう、か」
狼の毛を撫でながら、胡桃はケイウスたちと一緒に、逃げ出す奴隷たちの護衛について走り出した。
歌女、イサナ、遊夜は退路確保の為に合流していた。
「ここはデコイで敵を引き付けて迂回しましょうか」
敵を凌げそうにない箇所は、顔がへのへのもへじになっている歌女人形が手を挙げて敵の気を引いている。裏道になりそうな狭い路地には、遊夜がバリケードを設置。邪魔する魔族は泥を被っていようがいまいが排除する。
「魔族にも事情はあるだろうが、人命最優先で行かせてもらう」
イサナが冷徹に言い放った。
「……ん、今のところ、大丈夫そう……泥の騎士も魔族と交戦してる……今が好機……」
響が屋根の上から様子を見ながら周知する。ケイウスたち誘導兼護衛がそれに応じて、取り決めたルートを走ってくる。
「頑張れ! もう少しだ」
遊夜が周囲を警戒しながら声を掛けたその時、
「ユーヤ……!」
響から警戒を促す声が届いた。直感的に、「それ」がいる方向を察してそちらを向く。
泥の騎士だ!
「おいでなすった!」
「逃げ道は咎人で確保する! 『何も考えずに走れ!』」
イサナが声を張り上げる。胡桃が闇月の涙を撃ち出す。銃に走ったラインが光った。
「フェン!」
狼に声を掛け、ミンスクたちを庇う様な位置に移動。油断なく相手を見据え、護衛対象に合わせて後ずさる。いつこちらに飛びかかられても良いように。
「守るために来たのだから、せめてそれはこなしてみせる、わ」
フェンリスウールヴも歯を見せて威嚇の表情だ。
「ハハッ、簡単には行かせてやれんな! ちょいと俺と遊んでくれや!」
遊夜が盾を持ってその前に立ちはだかる。防御陣形を張った。イサナがその結界の中からフェアリーバレットの旋風を投げる。屋根の上からは響の射撃が飛んだ。
「行かせません」
歌女がスマッシュを打ち込む。続いて、速攻でもう一発おまけを。
「歌女! 無理しないで……って! また来た……魔族?」
後から魔族が追いすがってきた。なかなか深い傷がある。どうやら、泥の騎士と交戦していたらしい。より殺しやすい奴隷たちを見つけて鞍替えされたと言うところか。
「だ、大丈夫?」
ケイウスが魔族に近寄った。メディカルフェアリーで傷を癒やす。前回、泥の騎士戦で犠牲者を出たことを思い出して。魔族はぎょっとして彼を見た。
「……あ、その、痛いだろうなって思って……!?」
言葉こそ発さないが、「そうか……」と言わんばかりだ。相手はそのままケイウスを無視するように、泥の騎士の後頭部に一撃を叩き込んだ。
魔族と咎人、奇妙な混成部隊が泥の騎士を囲み、攻撃を重ねて行く。その間に奴隷にされていたミンスクたちは都市の外に逃げ出した。
●
ユーグヴェルは、ケイウスたちから避難の完了したアパートの位置を聞くと、その近くにある工廠へ向かった。指差しで、破壊活動を始めて良いか確認する。
「安全確認ヨーシ! やるよー」
魔力解放、更に二重詠唱でスフィアバーストを二つ。それだけでは飽き足らず、高速詠唱で見る見るうちに魔力球を膨らませて行った。火焔のコーデックスのページが景気良く燃えていく。炎が空気を炙る音が鼓膜を撫でた。
「ひゃっほーぅ!」
赤い火球が撃ち放たれた。着弾箇所で大爆発。壁に大穴が空き、設備は木っ端微塵。衝撃で建物が崩れ始める。
「ひゅーう!」
歓声を上げながら、彼はまだ火の手が上がる魔導書を抱えて建物を飛び出した。
「あ、ユーグヴェルさん! 手伝おうか!」
通り掛かったシアンが声を掛ける。
「それは頼もしいな。よろしく。さっきね、僕も棺桶みたいな復活装置あるところを見つけたんだ。一緒にどうだい?」
まるで食事に誘うような口ぶりだ。二人はユーグヴェルが目を付けた魔族復活施設に入って行く。
数分後、その施設はユーグヴェルの歓声と共に爆音を上げて、先ほどの工廠と同じ末路を辿るのであった。
●
「領土以て国とするか。民を以て国とするか。魔王に興味があります」
マイナはマリエルも乗せたマイルズで都市内を駆けていた。武蔵介も同行している。
マリエルは物体透視等で家屋に残された人間がいないか確認していたが、やはりひとまとめにされているらしい。民家と思しき建物には誰もいなかった。
「はい、お嬢様。魔族の方がどう考え、どう行動するのか、ですね」
喋れないからといって知性が無い事はないだろうとマリエルは思う。彼女自身、好きな猫が好むこと、嫌がること、そのときの気分、してほしい事はなんとなくならわかる。
だから、奴隷にされていた人間たちも、魔族のために何か作っていたのなら、最低限魔族が何を望んでいたのかはわかるのではないか、と。
「お嬢様!」
マリエルが声を上げた。泥の魔族と、刀を持った魔族が交戦している。どう見ても魔族の方が劣勢だ。
「ええ、参ります」
マイナは移動をマイルズに任せ、自分は剣と魔術書を持ってイデアを高める。現場に飛び込んで、双撃乱舞で泥の魔族を叩きのめす。
共通の敵を排除してしまうと、マイナは武器を持った魔族たちに話し掛けた。
「『わたしは、あくやくれいじょうじゃないよ!』……通じました?」
エリート魔族たちは顔を見合わせた。言葉がなくとも、言いたいことはマイナにも伝わった。「なんて?」だ。まあ、そもそも「『あくやくれいじょう』とはなんぞ?」というところから始まりそうな気がしなくもない。それをレクチャーする時間は、今のマイナにもなかった。
とは言え、マイナたちに敵意がないことは伝わったか。次にマイナが何を言おうとしているのかを待っている。彼女は事前に作ったペーパーを見せた。「魔王の初めの民となり助けなさい」……と言う事を伝えるべく描いたポップなイラストだ。
「流行りますかね?」
魔族たちはまた顔を見合わせた。その顔はやはり、「なんて?」と言っている。どうやら「魔王の始めの民」と言うのがイマイチ伝わっていない様子。
色々とすれ違いは生じたが、協力の意志があることも了解された。マリエルの「今は逃げて」の提案は拒まれる。魔族たちも、自分の町が襲われているのに逃げるわけにはいかないのだろう。その代わり、「協力しましょう」は受け入れられた。
「力が欲しいならあげるよ。但し今後あんたの身柄は俺が貰う。今をブチ壊したければ一緒においで」
武蔵介が笑みを見せながら告げた言葉も。「力が欲しいか」というのは魔族が「応」と答える問いでもあった。
マリエルが歌った。彼女なりに、敵意がないことを伝えようとしている。歌は誰の心にも響き通じる、と言った友人の言葉を信じて。武蔵介も反響する賛歌で、大きく減った魔族の生命力を癒やす。魔族は何だか理解できないものでも見るような目で彼を見ていた。魔族にとって、同類以外は敵であるから、まさか回復されるとも思っていなかったのだろう。
マイナはマリエルを乗せたまま、賢馬に頼んで他の魔族との合流を目指す。
「先ほど、あなた方のお仲間とお目に掛かりました。一緒にいらした方が良いでしょう。泥の騎士や、残念ながら泥に飲まれてしまったお仲間と戦うのであれば」
魔族たちは返事をしなかった。やがて、他の魔族集団が見える。マイナたちが何か言うまでもなく、お互いに掛け寄った。それを見届けた一行は顔を見合わせ、そっとその場を離れた。
都市に蹄の音が響く。
●
「潮時だな。殿は私がつとめる。迅速に撤収するぞ」
要救助者の退避がほぼ完了する頃合いを見て、イサナが声を掛けた。まだ礼拝堂での戦いは続いているが、こちらはこちらで奴隷になっているミンスクを連れ出す必要があり、向こうの決着まで都市に留まるのは難しい。
「了解! まあこんなもんだな!」
遊夜は残ったバリケードや蜂蜜美容ローションをばらまいて、追ってくるかもしれない運の悪い魔族や、泥の騎士が転ぶことを願った。ちょっとした嫌がらせだ。
「それではさようなら」
アルティナも、マッドハンドを敷いて追ってくる魔族たちの足止めを図る。
「了解。おさらばしようじゃないか。よし、もう一つおまけだ」
ユーグヴェルが本日何ページ目かのコーデックスを燃やし、火球を放り出す。残念なことに引火するようなものもなければ、建物も石造りで火を放ったところで大して燃えない。それでも破壊の愉しみは味わえただろうか。
着弾を確認すると、彼はウキウキした軽い足取りでその場を離れるのだった。
「えーと……か、勝手に入ってごめんね!! お邪魔しましたーっ!!」
ケイウスが翼を上下に動かしながら、あたふたとダウバランを後にする。彼にメディカルフェアリーを使われた魔族は、その後ろ姿を眺めるだけで追おうとはしなかった。連れ出された奴隷たちは、都市の外でテーレやクルハたちがとりまとめる。イデアゲートが使えないので、彼女たちを始めとした咎人の一団が護衛して聖王国まで連れて帰るのだ。
「うむ。怪我はなさそうだな。作業中に負ったらしいものはいくつかあるが、大事はなさそうだ」
「魔族に捕まってた奴隷って言うから、もっと殴る蹴るとかされてるのかと思ったけど、そう言うことはないみたいだね?」
クルハが意外そうに言う。捕まっていたミンスクによると、ダウバランで不当な暴力を受けることはなかったらしい。食事もちゃんと与えられていて、待遇そのものは悪くなかった様だ。だからといって魔族に同情的かと言うと決してそう言うことではない。いつ殺されるかわからないのはもちろんだし、そもそも大陸各地から無理に連れてこられている。その際に家族を殺された者も少なくはない。
「無給で働かされるとか最悪だろ。後で魔王に未払いの賃金を請求してやろうぜ」
手伝いに来たらしい咎人の一人がものすごく嫌そうに言う。シアンとケイウスが顔を見合わせた。
「魔族に報酬の概念ってあるのかな」
「あってもお金じゃなさそう。エリゴールって何くれるんだろうね? お酒かな?」
まさかエリゴールが報酬にテラス硬貨を配ったりはしないだろう。仮に硬貨を配ったところでダウバランでは使えなかっただろうが。
マイルズがマイナの髪飾りに顔を寄せている。やがてその口が開いてぱくりと花を食んだ。
(執筆:三田村 薫)




