ビター・アンド・スパイシー
運営チーム
Twitter
シナリオ形態
イベント
難易度
Very Easy
判定方法
エキスパート
参加制限
総合600以上
オプション
参加料金
50 SC
参加人数
10人~50人
優先抽選
50 SC
報酬
200 EXP
2,500 GOLD
5 FAVOR
相談期間
5日
抽選締切
2022/02/05 10:30
プレイング締切
2022/02/10 10:30
リプレイ完成予定
2022/02/25
関連シナリオ
-
  1. オープニング
  2. 相談掲示板
  3. -
  4. 結果
  5. リプレイ


 鈴東風姫(ma0771)こと、鈴が経営する『花茶房「泡沫」』は気まぐれな店である。
 今日も今日とて店主は『閉店』の札を下げ、厨房に向かっては溜息を吐いた。
「バレンタインか……そうさな……懐かしいのう……。それにしても世はチョコかカレーか等と……。あ奴は何方も喰わぬじゃろうの……。酒の趣味以外は合いそうに無いと云うにのう……解せぬ」
 鈴は『誰か』を想いながらチョコレートを砕き、湯煎にかけていく。
「ブラックチョコにはスパイスは黒胡椒、カルダモン、クローブ。ホワイトチョコにはピンクペッパー、生姜、コリアンダーを。……チョコレートにカレーのスパイス、之は何方になるのじゃろうか?」
 さあ、どちらになるのだろう。
 何故なら仄かな甘みのある2層のチョコレートにはウイスキーボンボンよろしく、唐辛子の激辛ソースを仕込むのだから。
 そんな悪戯心満載の菓子が完成するや丁寧に包み、空色の箱に詰めては緑色のリボンで綺麗に梱包する。
 ――ああ、なかなかの出来ではないか。鈴は満足そうな顔でスパイスを棚へ戻した。
「さて、届けに……行くか……。しかしあ奴は喰うのか? 之を? まぁ、これを食みて……如何な顔をするか見守るのも一興か」
 ここのところ少し気になっている友人の櫻(mz0036)へ会うため、鈴はマントを羽織って2月の空の下へ飛び立っていく。
 どこか浮き立つ心に口元がきゅっと吊り上げさせられるのを感じながら。




 流刑街第三階層にあるコンテナハウス。
 そこの住人ユーグヴェル・ミラ(ma0623)ことユーグは炬燵に肘をついたまま、同居人のテオ・デュークロー(ma0639)へ唐突にこう言い放った。
「世は大カレー時代! 僕もカレーが食べたい!! 僕の体は今、カレーを求めているッ!! 何故なら今日はバレンタイン! チョコが無ければカレーを食べるのが必定なのだからねっ!!」
 やれやれ、いつもの気まぐれか。テオはキッチンでレシピ通りにカレーを作る。カレーに添えるレトルトハンバーグを温めながら。
 そのさなか、ユーグがテオの背中を見つめて感慨深げにふと呟いた。
「……そういや僕がここに転がり込んでそろそろ一年になるな」
「そういえばもうじき一年か。早いもんだ……。この調子じゃ二年目もあっという間だぞ?」
「大丈夫さ。戦いどおしの日々だろうと、僕らはこうして無事に過ごせている。これからもきっとそうだ。そうでなきゃ、困る」
 そう言うなりユーグがとっておきのボトルを差し出した。
「そしてきみも……よくまあ僕と一年も友人を続けられたものだよ。誇って良いぜ。さ、そのカレーを肴に一杯やろうじゃないか」
 ――こうして炬燵を挟んで、ささやかなバレンタインパーティーに洒落こむふたり。
 とはいえユーグはグラスもそこそこに、テオのカレーが気に入ったのか暇なしにスプーンを口へ運ぶ。
「フッ……この一年で料理の腕を上げたようだね、テオ。……ところで酒が進んでいないようだね。ほらきみも飲むんだよ。僕の酒が飲めないってのか!」
「ああ、もう絡み酒かよ……。分かった、分かった、飲むから。……おっ、美味いなこれ。わざわざ良いのを探してくれたのか。サンキュ……まあ、その……お前のお陰で一年楽しかっ……って、ギャー!! 尻尾はよせ! おい、犬扱いすんな。あと尻尾擽ったいからやめれ! ……なあ、聞いてるか!?」
 勇気を出した一言に対し、返されたものは炬燵の中での尻尾いじり。たまらず身を捩らせるテオを前に、ユーグは手を叩きながら明るく笑う。
「あはは、ちゃんと聞いてるって。僕は正直こんなにもつと思わなかったがね。だからこそ、今日という日があるのさ。それにしてもあぁ、やっぱりきみの尻尾はモフッとする! 良い奴だよきみは……ビビリだけど……グッボーイグッボーイ……」
 そう言いつつ、ゆっくりと炬燵の中に沈み込んでいくテオ。そして間もなく……柔らかな寝息を立て始める。
 一体何を言いたかったのやら。テオは炬燵布団をユーグの肩まで掛け、眉尻を下げた。
「飲むとすぐ寝るなこいつ。……ったく……渡すタイミング逃しちまった。まぁ、それなら片づけを先に済ませるか……」
 彼はそう言って、不器用ながらラッピングを施した小箱をユーグの傍にそっと置く。
 それはテオの感謝のしるし。
 と、その時。テオは居間の片隅に隠すかのように置かれたボトルバッグを見つけた。
『愛しの我が家に乾杯』
 バッグ添えられたカードの字はユーグのもの。ああ、きっとこれは、彼の……。




 草薙胡桃(ma0042)は流刑街の賑わいに目を細めつつ、菓子店を覗いてはアップルグリーンの瞳を優しく細めた。
(今日は何処も甘い香り、ね。さて、と……。作るとなると、材料から、ね。あまり凝ったもの、にすると、大変かしら……)
 彼女はひとまずチョコレートの味を揃えるべく、店を覗いては製菓用の品を吟味する。
「お客様、よろしければお味見をどうぞ」
「いい、の? とても助かるわ……ありがとう」
 気前のいい店員から小粒のチョコレートを受け取り、小さな口の中でころころと転がす。甘すぎない……ほんの少し、切ないほろ苦さ。それがとても心地よい。
「美味しい、チョコレートね……それではホワイト、ミルク、ビターを一袋ずつ包んでもらっていいい、かしら?」
 ――それから5時間後。胡桃は手造りの型からチョコレートを取り出すと、ほうと息を漏らした。
 型は鳥の羽根の形をしたもの。かつて傍にいてくれた……大切なヒトへ贈りたかった、もの。
(私のいた世界は、もう……。でも……あのヒトの魂がまだどこかにいるのなら……気持ちを……届けたい。この翼に、乗せて……)
 小さな菓子は彼のもとには届けられない、手を繋ぐことさえ今は出来ない。
 でも、それでも。
 お菓子の羽根を抱きしめるように、胡桃は胸元で華奢な手を優しく重ねた。




 サヴィーノ・パルヴィス(ma0665)の自宅に招待された唯塚 あまぎ(ma0059)は、ホールケーキ状の巨大なガトーショコラを目の当たりにした瞬間に小さく唸った。
 その横顔を見たサヴィーノは眠たげな瞳を僅かながら不安そうに揺らす。
「ココア消費のご協力感謝します。……2切れくらい食べられます? レシピ通りに作ったんで味に問題はないと思いますけど」
「味変するなら3切れ……? いや、食べるまで断言は止めておこう。何より、レシピ通りなら大丈夫だろう。塩と砂糖を間違えていない限りは。……それにしても、サヴィーノがお菓子作りするのは意外だった」
「必要ならば作るものですよ。ああ、もし口直しが必要なら何でも作りますよ。あんまり難しいのは無理ですけどね」
「いや、これ以上の気遣いは不要だ。俺が馳走になる立場だしな……珈琲を淹れるよ。その間に切り分けておいてもらえるか?」
「喜んで。こちらこそ、ご馳走になります。ケーキは甘さ控えめのレシピですけど結構重いんで……ジャムも置いときますね」
「それは助かる。さて、と……珈琲の準備をするか。メモを読まないとな……何回やっても頭に入らないんだよな」
「お菓子もですが、珈琲も手順や注意点多いですよね」
 ――こうして何とか珈琲の準備も完了。ガトーショコラを主役に据えた小さなパーティーが始まった。
 サヴィーノが作ったガトーショコラは大人向けのほろ苦さと甘み、そしてどっしりした重みがある。
「うまいな……このレベルなら店でも出せるんじゃないか」
「さすがにそこまでは。でもボリュームはありますね……」
『上手い』と『美味い』を重ねて感心するあまぎに、謙遜するサヴィーノ。だがその胸中には深い安堵があった。
(……塩と砂糖、間違えてなくて良かった……)
 しかし一切れ目の最後の一口を飲みこむ頃には両者とも深い満腹感を抱いており、すぐさま熱い珈琲で口内を潤した。
「……折角淹れてもらったのに口直しのために飲むの勿体ないですね……」
「まあ、今回のは仕方ない。もともと口直しのために淹れたものだし。それにしてもやっぱり胃にくるな、これ……美味いが」
 サヴィーノに気遣いさせぬよう、すぐに二切れ目を口に運ぶあまぎ。しかしケーキにジャムを乗せているのはやはり、素のままでは辛いのだろう。
 だからこそサヴィーノも苦笑し、ジャムの瓶へ手を伸ばした。
「珈琲が美味しい……。あと1切れ、いけます?」
「俺はこれを食べ終わったらもう一切れ、だな。それまでジャム……残ってるか?」
「なら俺も残り二切れ、ゆっくり頑張ろうかな。……あ、俺にもジャムください。まだ一瓶、別の味のがあったはずなんで……」
 男達の食の戦いはまだ続く。
 甘く苦いガトーショコラはほろ苦いバレンタインの記憶になろうとしていた。




 ロザーリア・アレッサンドリ(ma0458)とウェンディ・フローレンス(ma0536)は流刑街でも特に賑わっている区画を訪れると、洒落たギフト店の前で足を止めた。
「へー。天獄界ではカレーなんて贈るんだ。誰が言い出したんだろ。でもいいね、こういうの。色んな種類があるみたいだし。えっと、これはグラジオラスでしょ。これは……」
 早速買い物かごへレトルトカレーを放り込むロザーリア。途端にウェンディが唇をつん、と尖らせる。
「ロザリーってば、女の子にいい顔ばっかりするんだから。いくつもカレーをもらった人はどうするのかしら?」
「いやいやいやいや、ほらさ、普段お世話になってるしさ。それにレトルトなら野営でも使えるから便利じゃない?」
「それはそうですけれど。貴女ってば女性への気遣いがとても細やかなんですもの」
 そう言って、まるで思春期の少女のようにそっぽを向いてしまうウェンディ。
 このままでは困る……と悩んだロザーリアがふと棚を見上げると――ある物を見つけ、頬を紅潮させた。
 そこでロザーリアは一も二もなく、その品を購入し、ウェンディに両手で差し出す。
「あの、さ。……ウェンディにはこれ、あげる! なんか懐かしい感じしない? これ」
「もう。毎回調子がいいんだから。……あら、これ、確かずーっと昔に……。なんて懐かしい」
「あ、覚えてたんだ。ウェンディも。ほらほらー、昔食べたよねー!」
 それは薔薇色の包み紙と白いリボンに飾られた、優しい甘みのショコラ。初めてウェンディと出会った時代に、彼女へ勇気を出して渡したものと瓜二つ。
 ……ふたりを繋いだはじまりの思い出が蘇っていく。そして、いくつもの世界を飛び越えた冒険の日々の記憶も……。
「わたくし達、様々な世界を、ずっと手を携えあって冒険したのですよね。ふふ、その思い出が……。そういえばなぜかバレンタインがある世界って多かったような。なぜかしら」
「なんだよー。そういうことは思い出さなくていいんだよー。それよりもあたしの一番はやっぱりウェンディなんだからさっ。だからこれ、受け取ってよ」
「ふふふ。ありがとう、ロザリー。……ね、こっちへ来て」
「……ん、なに?」
 小首を傾げてウェンディに一歩近寄るロザーリア。
 すると――彼女の情熱的な唇に、ウェンディの花弁のごとき愛らしい唇が、触れた。
「ウェ、ウェンディ!?」
「赤い薔薇の花言葉は『愛情』と『ロマンス』。わたくしの髪を彩る蒼い薔薇は『奇跡』と『神の祝福』……こうして世界を幾度となく越えて出逢って、共にあり続けるのは……幸せだと思う。ロザリーは、どう……?」
 それはもちろん……。
 ロザーリアは顔どころか頭がくらくらするほどの火照りを感じながら、ウェンディの頬に両手をそっと添え……今度は自分から、口づけをした。




 侍屋敷では普段、侍衆を名乗る凛々しき8名の乙女が厨房でいつになく神妙な面持ちで――包丁を握っていた。
 彼女達の中では『バレンタインデー』と『チョコレート』を理解していない者が多い。
 ゆえに現代文化に唯一通じている美咲(ma0958)がチョコレートの製法を指導していた。
(バレンタインを知っている人が全くいないっていうのは、驚きね。チョコレートすら怪しいみたいなのだけど、大丈夫かしら……? 湯煎して固めて飾るだけですが問題児が多いのが気がかりです……)
 まずは、義姉妹である藍紗(ma0229)と紅緒(ma0215)。彼女達は互いの感謝を伝えあうため、特別なチョコレートを作るらしい。
 だからこそ態度は真面目なのだが……如何せん、作るものが規格外すぎた。
「此度は紅緒の為に、特大のちょこれいととやらを拵えるとしよう。美咲、此度の行事、失敗は決して赦されぬ。確と教授を頼みたい」
 藍紗は健啖家である義妹のため、陰八重梅紋の形をした一尺の菓子を作るという。
 当然、そのようなサイズの型は市販されていない。そこで耐熱性の高い厚紙にアルミホイルを巻き、即席の型を作り上げた。
 もはや芸術品といっても過言ではない巨大な型に紫明(ma1226)が感心しながら掲揚に笑う。
「これはまた……藍紗は気合入ってそーね。こういうのってやっぱそれぞれ、性格が出そーよね。……ん、紅緒達は楽しそーにやってんわね、いー事よ。アタシも楽しもう」
 瀟洒にして巨大なオリジナル型の完成。これだけでひとつの大仕事。
 しかし藍紗は満足することなく、次第に言葉少なくなり黙々と作業に没頭していく。
 一方で紅緒はいつも通りの快活さで元気いっぱいにチョコレートを作っていた。
「本当は皆と交換したいんだけど、今日は藍紗にあげるの。ごめん。……それにしても友ちょこだっけ? こういう手作りのちょこを大勢のために作るのって、大変よね。実際。ひとつだけでもむずかしいのに」
 彼女は藍紗が作ったものと異なり、ほど良いサイズのハート型……らしき歪んだ丸のような型にチョコレートを流し込んでいた。
 それでもこれは美咲に教えを請い、ふたりで懸命に作ったもの。世界にたったひとつしかない、藍紗への親愛と感謝の形だ。
 だが紅緒には少々せっかちな面がある。この自慢のチョコレートを早々に藍紗に渡したいと、表面を平らにするべく指先で撫でつけようとした。
 まずい、それでは逆にチョコレートに指の跡がついてしまう……! 美咲は急ぎ、紅緒の手首を横から掴んだ。
「紅緒、チョコレートは冷やしているうちに自然と平らになるものよ。型に入れたらそうっとしておくの、それよりも手も顔も汚れてるわ、拭いて」
「あ、ほんとだ。手に付いちゃってる。まあいいか、ええっと……次は……何だっけ?」
 紅緒が新しい文化に興味を持つは良いことだ。けれど――腕や顏を茶色に染めるまで、湯煎したチョコレートを力いっぱい混ぜる必要はないだろうと美咲は思うのだった。
 このまま無事にバレンタインデーを終えることはできるのだろうか……。
 さて、その向かい側でもバレンタインを知らぬ乙女達が豪快な調理風景を展開していた。
 イサラ(ma0832)はどうやらトリュフづくりに挑戦しているようだ。彼女は意気揚々と、椿の実大の歪な団子型に丸めたチョコレートをバットに並べていく。
「実際、菓子作りは覚えよーと思ってたとこっス。望む所っスよ! そんで、バレンタインは美咲っちに詳しく聞いたっス。男のヒトはどこに?」
 期待を込めて周囲をきょろきょろと見回すイサラ。それに対し、美咲は溜息をついて肩を落とした。
「イサラさん、バレンタインは出会いの場ではありませんよ。好きな人に贈り物をしたり、ともに豊かな時間を過ごす日です。イサラさんにそういう殿方ができましたら……今日はその練習の日と考えてください」
「うう、ホントは男のヒトにあげる行事なんスよね……相手がいねーっス……」
 イサラは自由の身であることを嘆きつつ、トリュフにココアパウダーを掛けた。
 しかしそこも哀しきかな、女子力の低さ。粉末がバット内のみならず周囲にまで勢いよくぶちまけられ、イサラはすっかり茶色のシルエットになってしまった。
「あはは、イサラってばここあのおばけになったわね! 甘い匂いがここまでプンプンするわ!」
「紅緒ッちこそ、べったべたじゃねーっスか! 羽根つきで連敗したように真っ茶色っスよ!」
「ああ、もう。イサラさんも丁寧に作業してください! これでは来年、良縁ができてもお相手を落胆させますよ!?」
 美咲が片眉を吊り上げながら、せっせと調理台を布巾で磨く。その姿に紅緒とイサラは顔を見合わせ、肩を落とした。
 しかし美咲の受難はまだ終わらない。今度は銀火(ma0736)が砕いただけのチョコレートを舐めている姿を見たのだから。
「銀火さんは、つまみ食いばかりしないで作って下さい……!」
「むう、菓子は作るもんじゃなくて食うもんだぞう、めんどうっちいなあ? ああ、でもこうすりゃ、早く食べられるなあ。ほれ、どうだあ?」
 銀火は湯煎したばかりの熱いチョコレートを両手にぬっと掬い上げると、まるで握り飯でも作るかのように両手で力いっぱい叩きつけ、押し固めた。
 しかも顔を蒼白にさせる美咲の前で銀火はふん、と何でもないことのように胸を張る。
「これなら手しか汚れねえし、粉も無駄にならねえ。それにしてもイサラも紅緒も下手っぴいだなあ? ぬはは」
 いや、調理の雑さ具合は間違いなく貴女が頂点に達してますが……?
 チョコレートが冷却時間に入り、ようやく落ち着いた藍紗は銀火に息を漏らしながら窘めた。
「楽しう作るは良き事じゃが、羽目を外すでないぞ、銀火、玄那」
 すると藍紗の生前からの友人、玄那(ma1251)は巻き添えをくらったとばかりに肩をすくめる。
「あのね。昨日、天獄に来たばかりなのよ、アタシ。紫明に誘われて、折角だからと喜んでお邪魔したのに苛めたりしないで頂戴ね」
 玄那は豪胆な娘だ。実は生前の記憶の多くを失っているというのに、見知った顔に出会うや飄々と自己主張する強さを持っている。
 ゆえに『チョコレート』の記憶を失っている彼女は記憶に残る『羊羹』を作ろうと何度も主張し、却下されつつも……見目好き羊羹に似せた菓子を作ろうと尽力している。
 もっともその気丈さが藍紗にとっては彼女の美点に見えるのだが、今に限っては小さな不安となっていた。
「ふむ……」
「何にしても黒くて甘い菓子といえば羊羹よね。それにチョコ? 不味そうな名前ね。記憶にない名前だわ。羊羹なら覚えているし、好きなのだけれど」
 その隣で紫明は「玄那はヨーカンヨーカン言ってないで、しっかり作りなって」と苦笑しながら、手本とばかりにシンプルな型を使いチョコレートを作る。
 ならばと化粧など美に関するものにもこだわりがある玄那は、可愛らしいシリコン型へチョコレートを流し込んでいった。
(……金箔を後で散らせば少しは上品な羊羹らしく見えるようになるかしら)
 そう、ぼうっと考えていた時――紫明がチョコレートの欠片を玄那の口にきゅっと押し付けてきた!
「……っ!」
「まだ納得してない感あるね。知らないもんなら、まずは一口食べてみなって。こいつを溶かして固めたもんなら、私は不味くはないと思うけどね?」
 小さな破片が口の中でゆっくりと溶けていく。それは思ったよりも甘くて、でもちょっとだけ苦い……初めての味。
 玄那は想像していなかった甘露に瞳を輝かせ、今度は自ら一欠け口に含んだ。
「チョコレイト……悪くないわね。ええ、悪くないわ。紫明も作っているのよね、どんな味なのかしら。ひとついただいてみたいわ」
「それは後でのお愉しみ。まだ固まってないからね」
 紫明は秘密、とばかりに人差し指を唇の前で立てるとにっと笑った。
 実は彼女のチョコレートにはスサノオの酒が仕込まれている。一口食べれば酔うこと必至、後で玄那に試食させるのが楽しみだ。
(菓子作りってより何かの実験をやってる気分ね。試行錯誤してさ。何より戦うばっかじゃ気疲れするわね、こーいう行事も中々イイわ)
 たまには気の置けない仲間とのんびりした時間を過ごすのも、心を守るためには必要……紫明はまだこの世界に馴染んでいない旧友の姿を見つめながら、そう思う。
 ――これと時同じくして。皆の目を気にすることなく握り拳状の砲丸と化したチョコレートを完成させた銀火はそれを包装紙に包み、サテンのリボンで飾り付けるや「ほれ、これで完成だあ。握りめしも団子も、食うもんは丸めときゃあ何とかなるもんだあ」といつもの朗らかな笑みを皆に向けた。
 そして「藍紗は合戦の時よかあ気合入ってんじゃあねえのかあ? ぬはは」とも。
 どうやら銀火は義妹への贈り物に執念といっても差し支えないほどの情熱を傾けていた藍紗にも遠慮がないようだ。もっとも作業をほぼ終えた藍紗は「ふふ、仕方ないのう」と笑って返すばかりだが。
 かたや、そんな賑やかな厨房の中で優等生と呼ぶべき仕事ぶりを見せたのは白綾(ma0775)だ。
 彼女は美咲の指導に沿って、丁寧に、慎重に、手際よく、楽しみながら学び続ける。
 今日はホワイトチョコレートを丸みのある5枚の花弁を模した型に流し込み、固まったところでピンクのチョコペンで中央に数本の線を引く。――可愛らしい、梅の花だ。
(本当はあげたい方がいますが……今回は紅緒さんにお譲りします)
 白綾は藍紗と紅緒が微笑みあう姿をほんの一瞬、羨ましそうに見るもすぐに自分の作業に戻る。目出度い日に自分の小さな寂しさを悟られるなど……嫌だったから。
 だから彼女は常に凍りついているような表情を僅かに緩めた。
「今日は8人……それなら8個入りを作りましょう。洋菓子作りは初めてですが、楽しいですね。凝ってしまいます」
「あら、白綾さんは洋菓子作りは初めてなのですか? 西洋文化に通じている方と思っていましたが……」
「ああ、いえ。私は生前、レンジャーとして弓手を務めていたのです。ですから携行食を食べることが多くて、お菓子はあまり……」
 どこか恥じらうように目を伏せる白綾。
 その姿に美咲は悟った。きっと彼女にはチョコレートを渡したくとも渡せぬ相手がいるのだろうと。
「あの……白綾さん、私のチョコレートと交換してくださいませんか。お互いへの贈り物として。私の記憶に残っている知識を活用して色々な種類を作ったので……感想を聞かせてもらえたら嬉しいです」
「あ……ありがとうございます、美咲さん……! お口に合うと良いのですが」
「大丈夫です、白綾さんはとても丁寧にチョコレートを扱われていましたから。風味は上品に、形も愛らしく……とても素敵だと思いますよ」
 指導役にこう褒められれば、素直な白綾は安堵したように僅かに目を細める。
 それだけで美咲は『皆に教えることができて、よかった』と報われた気持ちになった。
 ――それからしばらくして。侍衆のチョコレートが全て完成したところで鑑賞会兼試食会兼交換会が始まる。
 交換相手が決まっている藍紗と紅緒、白綾と美咲はこと楽しそうに。
 玄那と紫明は自分用の分と試食分を分け、一欠けずつ皆に振る舞っていく。
 だがそんな和やかな空気を読まずに暴れるのは――やはり、銀火だ!
「イサラのうまそうだなあ? ワタシのと交換だあ、いいだろう?」
「相手はいねーけど、あげる相手は選ばせて! つか銀火サン勝手に!」
 握り拳大の砲丸チョコを押しつけられ、トリュフとココアパウダーで溢れたギフトボックスを強奪されるイサラ。
 さすがに自分のものが狙われていたとは思ってもいなかったのだろう。厨房を駆けまわる銀火を追い駆けながら悲痛に叫ぶ。
「銀火サンのチョコはどんなん……ちゃんと食べられるっスよね……!?」
「わかんねえ! まぁ、しっかりと本気で握っといたから腹持ちは悪くねえはずだあ」
「それって硬いってことっすかあ!? しかも銀火サンの力で本気って、それもう凶器じゃないっスかー!!」
 ……もっとも、イサラのトリュフも何故か非常に硬いのだが。おそらく銀火なら気にせずガリガリと美味しく食すだろう。
 そんな賑やかな光景に白綾は無意識に声を和らげ、こう呟いた。
「想う人の為に、贈る為の菓子を作る……良い催しですね、素敵です。初めてでしたが、楽しく作る事が出来ました。また来年、ですね」
 そう、来年もどうかこの面々が元気に集まって笑いあえる日が来るように。その願いを受け、藍紗は歌を詠む。
『千代の果て 越へて開きし 蓮台の 異境に咲ふ 永久の友垣』
「……藍紗、それ、どういう意味?」
 首を傾げる紅緒に藍紗は優しく笑いかけた。
「句の頭文字を並べると『ちよこれいと』になる冠遊びじゃ。たまにはこういうのも良い。そうは思わぬか?」
 この問いに――紅緒は「うん、大好き!」と明るく頷いた。




 シアン(ma0076)は待ち合わせ先の喫茶店で友人のヴァイオレット(ma1131)を窓際の席で見つけるなり、満面の笑みを浮かべた。
「ハッピーバレンタイン、ヴィオさん!」
「Happy Valentine、シアン」
 ヴァイオレットはシアンと挨拶を交わしつつ、さりげなく彼のために椅子をひく。その密やかな優しさが嬉しく、シアンは無意識にはにかんだ。
「いつもありがとう。傍にいることができて、幸せだよ。……これは私から、ささやかだけど……よかったら、受け取ってほしいな」
 彼が差し出したものは、紫のラナンキュラスが添えられた綺麗な小箱。花に込められた言葉は『幸福』――それはシアンの偽らざる願いだ。
 その想いが届いたか、ヴァイオレットはラナンキュラスを愛でるように見つめ……今度はシアンの青い眸へ穏やかに笑んだ。
「……これは嬉しいね。それじゃあ、此方からも。幸せな時間をくれる愛しい友に、日々の感謝を込めて」
 そう言って彼は美しい青のリボンで飾られた小箱と、薔薇のミニブーケを差し出す。薔薇の色は深紅、そしてその数は……11本。
「ヴィオさん……これは?」
「甘めのガトーショコラ。シアンは何かと働きづめだからな。たまには甘いものを食べて、花でもゆっくり眺めて体を休めないとな」
「ありがとう。ヴィオさん、お菓子作りも上手だよね。凄いなあ。……ふふ、それに綺麗だなあ。嬉しい。何処に飾ろうかな」
 戦場では美しくも激しい戦舞を魅せるシアンだが、友の前では純真無垢。それが信頼の証なのだとヴァイオレットは再確認し、端正な顔ながら相好を崩した。
「此方こそだ。 シアンにはホントに世話んなってんからね。……ところでこちらの箱は開けてみても?」
「う、うん。ヴィオさんほど上手くはできていないかもしれないけれど……頑張ってみたんだ。口に合うと、いいな……」
「お、ビターチョコ? 美味そうじゃん。ありがとな」
「ん……そう思ってもらえたなら、嬉しいよ。ヴィオさん、どんな味や形なら喜んでくれるかなって考えながら作ったから……」
 シアンはそう答えながら、テーブルに置かれた珈琲を嬉しそうに傾ける。彼も本来は平穏を愛する優しい青年なのだ。
 だからこそ、言う。今日という日だからこそ話すべき言葉を。
「ね、ヴィオさん。……上手く、言葉にできないけど。好きだよ。大好き……」
 これは感謝と親愛と、形の定まらない『大好き』が収束した、ようやく形にできた言葉。
 本当はヴァイオレットに渡された薔薇の意味を朧気ながら彼は知っている。その想いと同じものをおそらく自分も秘めている。
 けれど、今はそれを口にはしない。言葉などという軽いカタチにしてしまうにはまだ早い、大切な感情だからだ。
 そんな彼を優しく見つめるヴァイオレットも花束の意味は伝えず……ただ、シアンの両手にそっと手を重ねた。
「……ん。俺も大好きだよ、シアン」
 今はこれで十分。シアンが笑ってくれるのなら。共に重ねあえられる時間さえあるのならば……。
 シアンの眸には憂いはなく、ただただ穏やかな幸せに染まろうとしていた。




 普段は素敵な女性と出会っては軽妙洒脱にふれあい……見事に撃沈を繰り返す人生前のめりな青年こと、吉兆(ma0987)が珍しく『逃走』という行動を決断したのはバレンタインデーのことだった。
「……くっ、とんでもない速度だ……両手が塞がっているというのに! それに俺、バイクに乗ってるんだぞ!? 何故だ!!」
 そう。バイクに乗っていても追手は必ず吉兆の背後にぴったりと迫ってくる。まるで彼の逃走経路を全て把握しているかのように。
 そして彼が振り返った時。やはり、いた。
 大きな寸胴鍋を抱えた妹、結乃(ma0928)の姿が――。

 事の始まりは数日前。結乃がバレンタインデーを認識したことが全ての元凶だ。
「そっか……バレンタインって大切なヒトにカレーかチョコをあげるんだね……。それなら結乃、どっちをお兄ちゃんにあげたらいいのかな……。ねえ、お兄ちゃん、どっちがいいと思う?」
 この質問に「どっちも好きだな」と曖昧な返事をしてしまったのがいけなかった。
 その結果が、数日間得体のしれないものを煮込み続けたあの巨大な寸胴鍋である。
「お兄ちゃん……やっと追いつけたよ。良かったぁ……。お腹減ってるよね? 結乃のご飯、食べてくれるよね?」
「ゆ、結乃ちゃん!? いや、気持ちは嬉しいんだけど、その……ごめんっ!」
「お兄ちゃん待って、そんなに急いでどこに行くの? 結乃も一緒に行く!」
 スパイシーな香りの中に漂う苦み。そういえば激辛唐辛子の中に、猛烈な苦みを備えていたものがあったような?
(どうせ激辛とかで苦しめられるんだ。きっとそう! っていうか、バレンタインって、チョコを好きな人に贈るイヴェントでしょ!? 妹が据わった目つきでカレー持って追い掛けてくる! 追ってくる! このシチュエーションって何、何なんだよお! でも、あれを食べなければ結乃ちゃんは……くそっ、どうしたらいいんだ!?)
 そしてある区画に入ったところで、結乃の吐息に涙声が入り混じり始めた。
「えっ、結乃ちゃ……」
「……うぅっ……結乃ね、カレーを作ったの……。チョコとカレーで迷ったから混ぜて。カレーって色々隠し味、入れるでしょ? 蜂蜜とか、果物とか。チョコならまろやかになって……美味しくなるかなって……」
「そうだったのか……ごめんな、俺……結乃ちゃんの一生懸命に目を逸らしていたんだな。でも、嬉しいよ。そこまで俺のこと、考えてくれてたんだ。ありがとな」
「ううん、いいの。だって、こんなにおっきなお鍋持ってきたら誰だって驚くもの。うふふ、結乃ってドジだよね」
 涙を拭い、ようやく笑みを見せてくれる結乃。それが嬉しくて、バイクから降りた吉兆は覚悟を決め……スプーンを握った。
 ――さあ。いざ、実食!
「……っ! う、うおおおおおッ!!?」
 口に入れた途端に舌どころか脳さえも揺らす甘み。これはかのサッカリンを口いっぱいに詰め込んでも得られることのできないであろう刺激。チョコを入れた? それでこれほどの甘みが出るものか!!
 だが全身が砂糖に作り替えられる錯覚に陥りながらも彼は懸命にカレーを食べる。
「お兄ちゃんおいしい?おいしいよね?だって気持ちを込めて作っ」
「うまい! うまい! うまい! うまい! 最高だよ、結乃ちゃん! こんな味、生まれて初めて食べたよ!!」
「嬉しい、お兄ちゃんに喜んでもらえた……! 次はもっと美味しいカレーを作るね……!」
 ……そして約1時間後。ようやく寸胴鍋が空になる。スプーンを鍋の底に『からん』と落とした吉兆の顔には……悟りをひらいた先で見つけた、虚無があった。
(味はスイート・ポイズン……心はビター……バレンタイン、アツ過ぎるイベントだぜ……)
 来年はきっと今年の成功で気をよくした妹がもっと素晴らしい味を届けてくれるに違いない。
(ふっ……兄貴冥利につきる運命だな……)
 吉兆はバイクの後部座席に結乃を乗せると、彼女を家に送り届けるべくアクセルを吹かした。
 来年はきっと、もっと甘いカレーが彼の心と舌を蕩けさせてくれることだろう。




 小山内・小鳥(ma0062)が経営する喫茶『鳥籠』では、小鳥にとって大切な存在であるフィリア・フラテルニテ(ma0193)と氷雨 累(ma0467)が招かれ、チョコレートパーティーが行われようとしていた。
「お料理なら……お任せなのですよー♪ せっかくですし……お店用のチョコも作っちゃいますー」
 エプロンを纏い、張り切る小鳥。フィリアはホワイトチョコの袋を持ち上げ、感慨深げに息を吐く。
「まさか死後にバレンタインを経験するとは思いませんでした。……ホワイトチョコ好きなんですよね。どんな意匠にしましょうか……小鳥様、お手ほどきのほどどうぞよろしくお願いします」
「いえいえー。ひとりで作るのも寂しいですしー。累くんも一緒に頑張りましょうね」
「は、はいっ! ……うん、いつもお世話になってる二人に……僕も頑張らないと」
 そんな彼の気持ちとはよそに、小鳥はのんびりと丁寧にチョコレートづくりの指導を始めた。
「うん、そう……チョコレートは熱に弱いですから焦らなくて大丈夫―。木べらを使って、優しく型に流してくださいねー」
 だが手本として小鳥が使っている型はオリジナルなのか、複雑な形をしている。
 もっともストロベリーチョコレートを流し込んでいるあたり、可愛らしいものなのだろう。
 そこでフィリアと累は小鳥の器用さに感服しながら、作業を進めていく。
(……可愛らしい型と、チョコを繋いで紋様を描く……これが今の私の精一杯。小鳥様も累様も喜んでくださると良いのですけれど)
 フィリアの胸に期待と不安が入り混じる。
 その横顔を見つめる累もまた、柔らかなチョコレートを練りながら考え込んでいた。
(小鳥ちゃんとフィリアお姉さんは正統派のチョコなんだよね……。トリュフにしようか考えてたけど、それなら僕はチョコ餅にしてみよう。食感も楽しめるもので……)
 そこで累が小鳥にチョコ餅の作り方を尋ねてみれば、やはり優しく指導してくれた。もっとも……。
「あや、累くん……顔にチョコがついてますよー?」
「えっ、本当!?」
「本当、本当ですよー。ふふ、ぺろっ♪」
 小さな舌が累の頬についた甘味をちろりと舐める。その悪戯娘な面には累もドギマギさせられるばかり……ああ、賑やかなり、愛すべき鳥籠の厨房。
 ――こうして、作業が一通り終わった頃。累が調理道具を棚に収めたところで、フィリアと小鳥が菓子と紅茶の準備を終え――ようやく本来のパーティーが始まる。
 テーブルの上には小鳥が作ったマグロ型チョコレートや、チョコチップマグロクッキーなる菓子。そしてフィリアがデザートとしてフォンダンショコラの準備を整えていた。
 同時に各々が作ったチョコレートも綺麗にラッピングされた上で並んでいる。
「さて、バレンタインですから交換会を始めましょうかー。まずは私から、おふたりにどうぞですー♪ さぁさぁ、開けてみてくださいー♪」
 早速ふたりは小鳥からの贈り物を喜びながら開封する。しかしそこにあったものは――なんと生々しい『心臓』!
 脈打つように血管が浮き出ているチョコレートには、ミルクチョコレートで陰影までつけられており迫力満点だ。
 言葉を失うふたりに小鳥は悩ましげなまなざしを送り――こう、言う。
「私のハート(心臓)を……受け取ってくださいー♪」
 ……いろいろな意味で、重い。物理的にも形状の問題でも。ありがたいけど、やっぱりずしりと、来る。
「あ、ありがとう。小鳥ちゃん……でも、これすっごく綺麗だから後でゆっくり楽しませてもらうねっ!」
 累はそう言って包装紙で包みなおし、テーブルの脇に小鳥の『心臓』をそっと置いた。
 そして彼は和紙に包んだチョコレート菓子をそっと差し出す。
「これは僕から……お餅だから少し難しかったけれど、形にこだわってみたんだ。喜んでもらえると嬉しいな……。小鳥ちゃん、フィリアお姉さん、いつもありがとう」
 累のチョコレート餅は小鳥宛のものは星形、フィリア宛のものはハート形。どちらもコロンとした可愛らしいものだ。
 慎ましやかなサイズはふたりが食べやすいようにと配慮したものなのだろう。それがなんとも心憎い。
「小鳥ちゃんにはたくさんの幸せが届くように……流星群のイメージで。フィリアお姉さんには……その……」
 ああ、これ以上は言葉にできない。顔が爆発しそうなほど熱くなっている気がする――。
 その様子に小鳥はくすくす笑い、フィリアは優しい笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、累様。それでは私も……」
 フィリアのチョコレートは小鳥には燕の形をしたホワイトチョコレート、そして累には2色のチョコレートが絡み合いながらハートを描いた愛くるしいものを。
「小鳥様は幸せを沢山運んでくださいました。これからも多くの幸せを。そしてご自身にも多くの喜びをと願います。累様とは……」
「絡み合ったチョコレートに、切れ目がないね……これ、すごく手間がかかったんじゃない?」
「え、ええ……頑張りました。年に一度の贈り物ならば綺麗にしなければと……」
 それ以上は口にできなかった。終わりのない良縁を、なんて……。
 しかし小鳥はそれにうっすら気づいていたのだろう。「それでは、いただきましょうー♪」と朗らかに宣言した。
 そこでフィリアは紅茶のカップを手にしながら目を細める。
「それにしてもこれだけの量……今日だけで数か月分の甘味を摂取しそうです。けれど……ホワイトデーも楽しみにしていますね。累様」
 そうか、あと一か月後には……累は「次はもっと頑張るね、フィリアお姉さん」と明るく笑った。




 喫茶店『Blue Moon』の店主、高柳 京四郎(ma0078)は葛城 武蔵介(ma0505)、マイナ・ミンター(ma0717)、フィンダファー(ma0415)が厨房で菓子作りを楽しむ姿を眺めつつ、のんびりと指導にあたっていた。
 そんな中、フィンダファーは小柄な妖精であるため本来の体で調理するとなると不都合が多い。折角チョコレートを作っても、人間種サイズでは指先程度の大きさにしかならないのだ。
 そこでフィンダファーは隣で作業に打ち込む武蔵介の姿を『変身』で拝借。自分と同じ顔が目の前に突然現れるという状況に、武蔵介が珍しく苦笑した。
「色々ツッコミたいけどやめておこう」
「うむ。今日は本物の武蔵と一緒に調理するのだ。……それにしても武蔵のチョコも良い出来なのだ」
「そ、そうか? それならいいんだが……」
 武蔵介は端正な容姿に見合わず、料理が不得手である。今はチョコレートとマシュマロを電子レンジで溶かしているところで、それに混ぜ込むクルミを砕いているのだが……突然、そのレンジから煙が立ち込め始めた。
「武蔵、煙が出ているのだ!」
「……故障かっ!?」
 フィンダファーの叫びにはっとした武蔵が急ぎ、レンジのソケットを抜く。結果、チョコは――無事。ほう、と安堵の息を吐いてフィンダファーに感謝の意を伝えた。
 そこでマイナが口元に手を添え、上品に微笑む。
「フィンの介さんもなるほど。身体のサイズさえあれば、ですね」
 たしかに。妖精サイズのままだったならば、菓子作りに手一杯で周囲の状況にまで目が届かなかったかもしれない。
 フィンダファーは武蔵介の姿のまま、照れくさそうに頬を赤く染めた。
 この様子に京四郎がしみじみと嬉しそうに頷いた。
「皆でこうして楽しく料理するのはやっぱり楽しいな、うん」
 彼も湯煎で溶かしたチョコレートをクッキーの生地に混ぜてチョコレートクッキーを作っている。
 隣でマイナもいつも通り砂糖多めながら、ビターチョコチップを加え、クッキー用の生地を練っていた。
 その様は生前、貴族の令嬢として生活していた中では味わえなかった年頃の娘としての楽しみに満ち溢れている。
「最初に比べれば、随分と道具の扱いに慣れて参りました。喫茶でのバイトと、京四郎さん達のおかげですね。……そういえば、チョコプラにアラタさんは来てませんでしたね? 今頃どうなされているのでしょうね。どこかで邂逅したときのために、多めに作っておきましょうか。蒐集衆の方、そういうのしなさそうですし……」
 聖樹界で幾度も会った簒奪者の顔を思い出し、少しでも心の傷を埋められれば……と余った生地で厚めのクッキーを形成する。
 イデア体とはことに便利なものだ。一度『モノ』として認識されれば、一時的に消失しても世界を渡るごとに元に戻るのだから。
(次はもっと友好的に会えると良いのですけれどね……)
 それが、今のマイナの望みである。
 一方、フィンダファーのチョコレートも着々と完成に近づいていた。
 半球シリコン型に溶かしたチョコを塗し、ホワイトチョコを多めに混ぜてマーブル模様を作る。
 この半球が固まり次第、レアチーズクリームを詰めて、中央に猫型のチョコを忍ばせて半球同士をくっつけ、更に冷やす……そうすれば、『球体チョコ「蒼月」』の完成。
 そこで冷蔵庫に並ぶ4つの球体を見た京四郎が「すごいな……本物の月のようだ」と呟くと、武蔵介顔のフィンダファーが得意気に胸を張った。
「後に可愛く包装して皆にプレゼントするのだ」
「それは嬉しいね、ありがとう。でも、そうなると1つ多めなのかな、フィンダファーさんの分かい?」
「いいや、それは鎖神貴一に渡すのだ。旅先で何かとお世話になっているのだ」
 思いがけない名前に京四郎は心を和ませる。ああ、なんだ。人幻界で色々あったあいつにも、もうすっかり良き仲間ができたじゃないか……と。
 そして武蔵介のチョコレートも試行錯誤の末、ようやく完成する。マシュマロとクルミの食感が楽しいチョコレートバーだ。
「いつも仲良くしてくれてありがとう。これからも宜しくな」
 彼はそう言って、洒落た紙で包んだチョコレートを仲間達へ渡していく。それを受け取った京四郎は嬉しそうに、そして眩しそうに彼の贈り物を見つめた。
「武蔵がこうして料理を楽しんでくれるなんて、本当に嬉しいな。……さて、作ったら今度は食べる番だね…試食会って感じかな?」
 この一言を皮切りに、全員でチョコを贈りあい……笑みを交わす。
 そんな中、武蔵介は最後の一本となったチョコレートバーを鞄に入れるや、さっと立ち上がった。
「武蔵?」
「大牙にも渡そうと思って多めに作っていたんだ。四角いチョコを食って『死角なし』……縁起良さそうだろう? 鏡神界でも彼が幸運で楽しく過ごせますように、ってな」
 そう言って早足で店から立ち去る武蔵。
 フィンダファーも旅に出るらしい。大きなチョコを背負って「鎖神貴一に渡すのだ」と小さく歌を口ずさみながら去っていった。
 こうして――店に残ったのは、京四郎とマイナ。
 そこで京四郎は特別に包んだギフトボックスを出すと、マイナをまっすぐに見つめ……手渡した。
「マイナさん、これを……。想えば俺の此処での最初の記憶はマイナさんが来てくれてから始まったし……ある意味マイナさんが居てくれたから此処まで来たのもあると想う。なので……ありがとう、マイナさん」
 その言葉にマイナは大きな瞳をきょとんとさせてから……ふわりと、微笑む。
「こちらこそ、京四郎さんにはいつもお世話になっていますもの。これからもよろしくお願いしますね。無限に連なる世界の中で……」
 冒険の日々はこれからも続く。その中で背中を任せ合える『彼』にマイナは心からの信頼を込めて……愛らしい小箱を京四郎の掌に、乗せた。




(もう、会えない事……作っても、渡せない事は、分かってる……でも……だけど……)
 リナリア・レンギン(ma0974)にとって今回のバレンタインデーは楽しく甘いだけのものではなかったようだ。
 チョコレートを渡したい相手はいる。いや、正確には『いた』と言うべきか。
「できた……」
 黙々と作業を進め、ほどなくチョコレートは完成した。
 渡すべき相手がもういないことは悲しいが、思いのほか気持ちはすっきりした。
(……せめて、この気持ちを何かの形には、したかった、から……)
 死者を弔うのは残されたものが前を向くため――という考え方もある。
「ちょっと、しょっぱい、な……作り直さなきゃ……」
 苦笑を浮かべるリナリア。
 けれど、もしも彼がそこにいたなら、果たしてなんと言っただろう?
『――いやあ。これはこれでいいものだよ? 私は味とかよくわからないので、そういう意味では申し訳ないのだけれどね』
 ちょっとした失敗くらいで騒ぐような人ではなかった。
 きっと何も気にしないで、笑顔で食べてくれるだろう。
 でも、そういう問題じゃない。自分が納得いくかどうかの問題なのだ。
「泣いてちゃダメだよね……大切な思い出を胸に強く生きなきゃ……」
 風の吹く気持ちのいい丘で、木漏れ日に包まれる夢を見る。
 『もしも』彼がそこにいてくれたなら、恥ずかしくないものを作ろう。
「――よし」
 袖をまくり直したリナリアの頬に、もう涙はなかった。




「頼子さま、鎖神さまは咎人になりましたよ」
 川澄 静(ma0164)に告げられ、月舘頼子 (mz0047)はポカンとしていた。
「そう……」
 とだけ答え、頼子は口を半開きにしたまま明後日の方向を見ている。
「まあ、そういうこともあるんだろうと思ってはいたけど……なんというか、複雑ね……」
「鎖神さまもそうみたいで、人幻界に来るのは躊躇しているようです」
「そりゃあ、色々あったものね。これはいよいよ私も刀を抜く時が来たかしら」
 微笑みを浮かべたまま、黒いオーラを纏う頼子。
「鎖神さまのためにチョコを作りませんか? 匿名でもよいですし」
「せっかくだけど、遠慮しておくわ。『義理』ならたくさん作ったのだけれど、彼に関しては『義理』というのも変な感じがするし」
 と、頼子は丁寧に断った。色々と複雑なのだろう。
「でも、早めに知ることができてよかったわ。教えてくれてありがとう」
 水無瀬 遮那(ma0103)は『やっぱりか』という感じで肩をすくめる。
「……ふぅむ? とりあえず、チョコのやり取りはないってことで良きかな?」
 実は遮那は鎖神貴一 (mz0051)の方に会いに行っていたのだ。
 チョコレート作りに苦戦していた鎖神だったが、そんな彼でも簡単に作れるようなホットチョコレートを一緒に作ろうと提案してみた。しかし……。
「何か難しいことをボソボソ言いながらどこかに行ってしまってな」
「逃げたわね」
 頼子の一声に遮那までなぜかゾっとする。
「お、俺は作ってきたよ? ホットチョコレート。しかし、鎖神はどうしたんだろうな。あいつ、チョコレート自体はたくさん作っていたんだが」
「簡単よ。ヘタクソなものを私に渡すのが恥ずかしいんでしょ。彼、素はポンコツだし」
「……そういうものか? 俺も今時代の料理は苦手だし依り代の子は料理が破壊的……でも、心を込めて作れば関係ないと思うんだけど……なあ、静?」
「仰る通りです。義経さま、平安チョコいかがですか? ん……」
「自然な流れで何してるの?」
「口移しでチョコをお渡ししようと」
「……そういうことは向こうでやりなさい、向こうで」
 頼子がピっと浅草寺の裏手を指さす。
 よく考えると、頼子は『失恋』しているようなものなので、確かに空気的にアレか。
「じゃあそうしよう。しーず! 俺も飲ませよう、か?」
「義経さま……んっ♡」
 らぶらぶちゅっちゅしながら去っていく二人を見送り、頼子は苦笑を浮かべた。
「……ああ、素直で幸せなのはいいことね」




「改めまして皆さん。咎人部隊ドン・キホーテ代表の三糸一久です」
 三糸 一久(ma0052)が訪ねたのは聖樹界。
 ロウ・ル・ザノス (mz0080)や魔法騎士団の面々にカレーを振舞うために一席を設けた。
「こちらこそ、特に聖樹での戦いでは世話になったな。おかげで戦死者をだいぶ減らすことができた。お前たちには感謝しているよ」
「そう言っていただけると、隊の皆も喜びます。騎士達と共に戦えたこと、一人の兵士として誇りです」
 どちらも世辞というわけではなく本心で話しているのだが、どことなく貴族的である。
「この子は副官のマリィさんです。折角ですのでご挨拶にと」
「マリィです。ほんの少しですが。戦場でご一緒させて頂きました」
「ザノスだ。無論、お前の活躍も聞いているよ。魔王との戦い等、良く貢献したな」
「ええ。マリィさんのおかげで命拾いをしました」
「一久様……いえ、わたくしなんて……」
 和やかな二人の様子にロウが白い歯を見せ、ニカっと笑う。
 その笑顔は普段あまり彼が見せない、子供っぽい表情だった。
「一久とは気が合いそうだ。ボクも仲間を褒められると嬉しいし、自慢もしたくなる。戦士には心安らぐ相手が必要だ。お前らはずっと仲良くするといい」
 言われるまでもない。一久はマリィの肩をそっと抱いて頷いた。
「甘口、辛口、ベジタブル、ライスとパン、お好きなものをどうぞ」
 今日は鎧も脱いで無礼講。騎士たちは珍しいカレー食に舌鼓を打つ。
 メイドとしての本領発揮をするマリィを横目に、ロウはカレーを食べながら話す。
「立ち食いしながらで失礼だが、一久。リーゼロッテの演説を手伝ってくれたことも感謝するよ。おかげでボクの仕事が一つ減った」
「お役に立てたのなら光栄です。この世界では、色々ありましたからね……うん?」
「はい。一久様には特別に愛情を山盛りですわ。あ、激辛です」
 こんもりと山を作る皿を差し出し、ニッコリ笑顔のマリィ。
「………………ありがとう、マリィさん」
 一久は冷や汗を流しながらも、しっかり顔でこれを受け取った。
 カレー祭が一段落すると、一久は王都にある戦没者の為の慰霊碑を訪れた。
「勇敢なる騎士たちに。いつかまた、どこかで」
 そこで今までの共闘の礼を伝え、戦没者に捧げ銃をするのも大事な目的だった。
「お前たちならいつでも歓迎だ。用事がなくても訪ねてくれ」
 『カレー御馳走様でした』と言って、ロウは去って行った。
 というわけで、二人きりの帰り道。
「一久様、バレンタインですよ。わたくしのチョコレートも是非」
 マリィが用意しているのは当然である。
 その上で、一久はスっと『お返し』を取り出した。
「マリィさん、今日は、いや、いつもありがとう」
「え? え? わたくしに? 一久様が?」
「うん」
「チョコレート?」
「そうだよ。頼れる相棒へ、どうぞ」
 チョコ、一久、チョコ、一久、チョコ……と、視線を往復させ。
「……あれ? マリィさん? マリィ~……えっ!? マリィ!?」
 マリィは機能停止していた。喜びの許容値を超えてしまったのだ。
 夕焼け空を背景に棒立ちするマリィの周りを一久がうろつくという、なかなか見ることのできないワンシーンで二人のバレンタインデーは幕を閉じた。




「グラジオラスさん。その……チョコを、作ってみたのですが……受けとって、いただけます……か?」
「えっ! 大歓迎です! 女の子とか好きなので~♪」
 氷鏡 六花(ma0360)にもらったチョコの包に頬ずりするグラジオラス (mz0007)。
 ちょっと思っていた反応と違うが、喜んでくれたなら何よりだ。
「……唐突に、すみ……ません。誰かにチョコを贈る日……と聞いて、真っ先に浮かんだのが……グラジオラスさんだったもので……」
「え……? まさか……恋……?」
 残念ながら恋ではないんで、首を横に振った。
「私が、冷たいものが好きなので……アイスチョコに、して……みました。お口に合えば良いのですが……如何でしょうか」
「美味しいで~す……ウフフ♪ そもそも女の子にチョコ貰った時点で最高です~♪」
 笑顔でパクパクしているグラ公の姿に六花はふっと笑みを浮かべる。
「恋……ですか……」
 実は六花はグラジオラスのことをずっと心配していた。
 聖樹界でテラスを倒した後、彼女は『違う』と最後まで言い張っていたが、やはりテラスに抱いていた感情は一つの『愛』の形なのだろう。
(と……いきなり言い出すのも、藪蛇……ですよね……)
 この元気さからして、もう『終わったこと』なのかもしれないし。
 とはいえ黙っているのもアレなので、雑談として。
「グラジオラスさんは……どなたかに、お渡ししましたか……?」
「いえ。実は作りはするんですが、誰にも渡さないことが多いんです。お料理とかお菓子作りは好きなので、こういうイベントは良い機会なんですけどね~」
 『どちらかというともらう方が嬉しい』と言いつつ、グラジオラスは思い出したようにそのチョコレートを取り出した。
「あ、よかったらどうぞ~♪ 自分で食べるつもりでしたが、友チョコということで」
「ありがとうございます……」
 お返しにと受け取ったチョコレート。
 もしかすると、グラジオラスの事が何かわかるかもしれない。




「情報と反応からこの辺のはず……お、いたいた。やっと会えたなー」
 麻生 遊夜(ma0279)が探していたのは死神ちゃん (mz0018)だ。
 家がないので、今日も流刑街の路地裏でホームステイしているのを発見した。
「……ん、頑張って作ったのと……他にもいっぱい、持ってきた……よ?」
 上空から舞い降りた鈴鳴 響(ma0317)と二人で、『お助け隊』として孤独な死神ちゃんにチョコレートを持ってきたのだ。
「……ん、今までの集大成……良い素材を、合わせた……自信作」
 チョコレートを差し出す響。死神ちゃんはわなわなと震え、
「ま、まさか……これは……バ……バババ……バレンタインデーという……?」
「おぅ、せっかくのバレンタインだからな! 頑張って作ったんだぜ? 響の方はチョコで、俺はカレーを用意したぞ。腹いっぱい食っていいからな!」
 死神ちゃんはいつもひもじい思いをしている。
 チョコとカレーなんてゴージャスな食べ物は、彼女にとって貴重なのだ……が。
「……周囲状況オールグリーン、大丈夫だ」
「……ん、周辺警戒は怠りなく……」
 死神ちゃんは神に呪われているとしか思えないくらい不運である。
 普通にカレーやチョコを受け取れるはずがないのだ。
「危ねぇ! 暴走する家とパンダ君が戦ってるぞ!!」
 通りの方から声が聞こえ、二人は敏感に反応する。
「場所を変えるぞ響!」
「……ん! 合点……承知……!」
 死神ちゃんを抱えて走る二人。やや遅れ、さっきまでいたところに煙突が降った。
「ここまでくれば大丈夫……かな?」
「念のため『添影』しておこう。これで家が飛んできても安心だ」
 場所を変え、視界の良い広場にやってきた。それでは改めて……。
「今までの経験と我が家の秘伝カレーを合わせた一品だ、美味いぞ!」
「……ん、どれから食べる? ……これとか、ボクのおすすめ……美味しい?」
「ありがとうございます……美味しいです。これ、なんのお肉ですか?」
「恐竜肉だ」
「恐竜……?」
 いつも顔色の悪い死神ちゃんだが、二人の手料理でほっこりと笑顔になった。
「何もお返しできないのが心苦しいのですが……」
「いや。お代ならもうもらったさ。なあ、響?」
「……ん!」
 顔を見合わせて笑う二人。
 死神ちゃんが腹いっぱい(といっても小食なのでさほど食べない)になった後は、改めて二人だけのバレンタインデーだ。
「響も腕上げたよなー、このチョコも絶品だぞ」
「……ん、ふふっ……やーん♪」
 小柄な響を片腕で抱きあげながら、空いている手でチョコレートをほおばる遊夜。
 仲睦まじい二人の姿は、流刑街のネオンに消えて行った。




「わふーい! 葉山さんちのお菓子デリバリーだよー!」
 死神ちゃんを探していた葉山 結梨(ma1030)。
 最初は巨大なチョコレートを持ってくるつもりだったが、さすがに食べ辛いと考え、小分けにした板チョコを大量に持っていくことに決めた。
「チョコレートって……もしかしてそれ全部ですか……?」
「うん。このために荷車を牽いてきましたよー」
 土木作業などで使用されそうな荷車に、ドッサリと山のようにチョコが。
 どう考えても一人の人間がすぐに食べきれるような分量ではないが、そもそも結梨の狙いはそこにある。
「チョコレートは緊急時には非常食にもなるからね、有って困る事はないはず! だから大量に! でも手間暇かけて美味しく仕上げました!」
「こんなにたくさん……大変でしたよね。私なんかのために……ありがとうございます」
 当然、喜ばないはずもない。だが、死神ちゃんには特有の問題があった。
「たくさん用意したから好きなだけどーぞ! 持ち帰りもOK!」
「あの……ありがたいのですが、私はこれだけで結構です」
「え? そんなちょっとでいいの? どうして?」
「私には……『持ち帰る家』がないもので……」
 そう! 死神ちゃんはホームレスなのだ!!
 身に着けられる、持ち歩けるもの以外は何も所持することを許されぬ受動的なミニマリストなのである。
 すると、結梨は『なんだそんなことか』と返す。
「持ち帰れない分は私の家で保管しておくから、好きな時に取りに来てくれてもいいよ!」
「え……?」
「あ、なんなら今から葉山さんちくる?」
「え?」
 最初からそうすればよかった、と言わんばかりの結梨。
 死神ちゃんに後ろから荷車を押してもらいつつ、二人は帰路に着く。
「あの……いいんでしょうか?」
「わふ? 別にいいよー。私、死神ちゃんの事が気になるからさー」
 ほっとけないんだよね~、と語る結梨の背中を眺め、死神は笑う。
(なんだか……『普通』のお友達になったみたい、です)




「あ……己龍久しぶり……。年末の大掃除以来だね……元気だった……?」
 人幻界は浅草寺にやってきた魅朱(ma0599)がコーヒーを飲んでいる焔城己龍 (mz0046)に声をかけると、『こんにちは』と挨拶が返る。
「おかげさまで今のところは無病息災だよ」
「よかった。……漸く夜も明けたのだし……もし、よかったら……お散歩しない……?」
 断る理由は何もなく、己龍はスっと立ち上がった。
 浅草寺は元々観光地ということもあり、少し歩くだけで絵になる景色が広がる。
 だが、本来は観光客であふれていたはずの街に、まだ人影はない。
「己龍の“当たり前”の日々は……戻ってきたかな……?」
「当たり前か……実は、恥ずかしながら……煉獄として戦う前の日常がどんなものだったか、よくわからなくてな」
「そっか……ずっと常夜の中で戦ってたんだもんね……?」
「それもせいぜい二年くらいのことなんだが、ここでの経験はあまりにも濃密過ぎた」
 不器用な男だから、顔色を使い分けることもできない。
 彼が戦士ではなくなるためには、まだ時間が必要そうだ。
「今日は何の日か……知ってる……?」
「バレンタインデーだろう?」
「正解。はい……私から……」
 己龍は心底驚いた様子で――といっても目元くらいしか表情が動かないが――差し出されたチョコレートを受け取り、ふっと微笑んだ。
「……ありがとう。嬉しいよ。ここで開けても構わないか?」
「どうぞ」
 色鮮やかなエディブルフラワーを使ったチョコケーキポップは見るからに手が込んでいて、己龍はまた驚いたようだった。
「……俺は果報者だな。むしろ、皆には借りの方が多いというのに」
「もう……そういうことじゃないでしょ?」
「そうだな。悪い。でも、チョコレートか……少し、昔を思い出した気がするよ」
 己龍にとっての日常は、きっとスイッチ一つで切り替わるようなものではない。
 こうやって少しずつ、その形を取り戻していくことなのだろう。
 このチョコレートがその助けになるのなら、きっと嬉しいことだ。
(この世界が一日でも早く、色彩溢れる当たり前に戻りますように……)
「お返しらしいお返しどころか、私物も殆どなくてな……すまない」
「別に……お返し目当てじゃないから……大丈夫だよ?」
「いや、そういうわけにもいくまい。礼儀の問題だ。何か見繕うので、待っていてくれ」
 小走りで去っていく己龍を見送り、魅朱はくすりと笑った。




「こんな日のためにピナフォアを用意しました、我ながら完璧ですね」
 ソテル(ma0693)には、色々とチョコレートを渡したい面々がいる。
「お世話になった方に配るんですよね。ええと、喫茶の皆さんは勿論ですが……すぐに会いに行けますからね……」
 パっと思いつくところは一旦置いておく。どうせすぐ会うので。
「鎖神君は……お世話した人ですかね。アメンスィさんにしましょう」
 クリスマスにレースをさせてくるという謎の土地神、宝石神アメンスィ。
 イデアゲートは開通しているので、会いに行くことは可能だ。
「そうと決まれば善は急げです。まずはおろしたてのドレスに着替えて、キラキラの豪華な箱にショコラを詰めましょう! 今日はたくさんお出かけしなければなりません……キラキラダッシュです!」
 イデアゲートを使い、やってきました宝石島。
 アメンスィは人語を話せないが、石を振動させて会話できる珍しい神であった。
「アメンスィさん、お世話になりました。こちらのキラキラをお納め下さい」
 豪華な箱の中身は、キラキラのチョコレートだ!
 ……独力では無理だったので、だいぶ人の手を借りてしまったが、最後に金箔を貼るところに全身全霊をかけているので、間違いなくソテルの手作りである。異論は認めない。
『まあ……とっても素敵なチョコレート! まるでバレンタインデーの宝石箱や~!』
 などと供述している宝石神にご奉納。
「ふふふ……とってもキラキラでしょう? 味の保証は――高柳さんがしてくれます!」
 実際、『神』に味は大した問題ではない。
 こういったものは『想い』の方が重要なのである。
 そういう意味では、ソテルの行動はまったく大正解であった。まあ、『不正解』程度を気にするようなソテルではないが。
「これは特にキラキラのチョコですので、どうぞ。……あ、お返しはキラキラで結構です」
 さりげなく、そして堂々と神に要求する女、ソテル。
 その性格はむしろアメンスィ的には好ましいらしい。
『良いでしょう。それではあなたのチョコレートを更にキラキラにして差し上げます』
 アメンスィは宝石の神。地母神でもあり、豊穣も司るものだ。
 箱の中のチョコレートは七色に輝き、もうソテルの顔なんか見えないくらいキラキラだ。
「こ、これは……輝く一等星のごとく……いえ、もう、キラキラの大宇宙ですね!! ありがとうございます、アメンスィ!!」
 こうして天空に光の柱を立ち昇らせる箱を持ってソテルは帰って行った。
 蓋を開ける度にドドォオーーーーーっと光が溢れるので、その後、天獄界には何度も光の柱が立ち昇る怪奇現象が発生することになる。




「ゲルダさん遊びに来ちゃいました!バレンタインの友チョコどうぞ」
 聖樹界は妖精郷にやってきた白花 琥珀(ma0119)。お目当ては先日お友達となったゲルダ・イルミンスール (mz0050)であるが。
「あの、こちらはシアさんといって、その、私の恋人、です」
「はじめまして、シア・ショコロールと申します。今日は、全力でお茶会の用意をさせていただきますね」
 そう。前回とは異なり、今回は恋人であるシア・ショコロール(ma0522)同伴である。
「ままままあ……! 恋……いいですね……♪」
 なんかこういう話自体好きなんだな、というのが見てとれるゲルダ。
「こちらこそ、何卒よろしくお願い致しますわ」
 ゲルダに歓迎され、シアもほっと一息。
 女の子同士の逢瀬ということで出しゃばるつもりは元々ないが、今回はサポート役として全力を尽くそうと改めて決意する。
(琥珀さんがお友達とゆっくりできるといいな)
 色々大変なことも続いた聖樹界。こうして普通にお茶会ができるなんて、それだけで奇跡みたいなものだから。
 彼女の笑顔を守るために、今日はバッチリ働かなくては。
「……そういえば、バレンタインデーってご存じです?」
「ばれん……?」
 そう。ゲルダは生まれてこの方森育ち。咎人の文化にはとんと疎い。
 まずはそこからということで琥珀が話を進める横で、シアはお茶会の用意を進める。
「というわけで、こちら手作りのトリュフチョコです」
「ともちょこ、なるものですね。うふふ……ありがとうございます♪」
 琥珀からチョコを受け取り、そのままゲルダは顔を寄せる。
「……それで。シアさんとはどのような馴れ初めをお持ちなのでしょうか?」
「えッ」
 ガールズトークのド定番と言えば恋ハナだが、思いのほかゲルダがグイグイくるのでちょっと笑ってしまった。
 考えてみればこんな話、他に出来る人もいないのだろう。
 二人がそんなトークに花を咲かせていると、執事姿のシアがすっとテーブルの横に着く。
「お口にあうかわかりませんが、どうぞ」
 クーベルチュールチョコを使ったホットショコラをゆっくり時間をかけて作った。
 ……二人は多分、時間が経っていることにも気づいていないだろうけど。
「クッキーやスコーンもありますよ」
「まあ……とっても素敵ですわ♪ ありがとうございます♪」
「ありがとうございます、シアさん! ……それで、リーゼロッテさんとロウさんは相変わらずなんでしょうか……!?」
「相変わらずですねぇ……まあ、聖王の血統は歴史上いつもあんな感じでして……!」
 二人が楽しそうにしていると、シアも笑顔になる。
(琥珀さんが幸せそうで、何よりです)
 さて、甘いものが続いているし、ここらでコーヒーでも……と下がろうとするシア。
「あの、シアさん。よかったらもっと琥珀さんとのお話を聞かせていただけませんか?」
 呼び止められて振り返る。ゲルダはすっかりシアとも友達になったつもりのようだ。
「それじゃあ、少しだけ。……琥珀さんがNGを出さない範囲になりますけど」
「うふふ……それで構いませんわ♪」
「えっ、で、でも別に……ね? 変な事とかしてないですもんね? ねっ、シアさん?」
「うーん、そうですねぇ……」
「――どっちから先に『ちゅう』したんですか?」
「「えッ!?」」
 すっかり話は長引いて、二人が帰る頃には日が暮れていた。
「あの……シアさん。はい、ご希望のチョコのケーキです」
「あ……ありがとうございます」
 今更照れるような間柄でもないが、ゲルダがグイグイ訊いてくるせいでちょっとお互いに照れ臭くなってしまった。
「……シアさん、大好きですよ」
「ありがとう、琥珀さん。……僕も大好きですよ」
 それでも気持ちは変わらない。むしろ、新鮮さを味わえてよかったくらいか。
 改めて二人はお互いの気持ちを確かめ合い、帰路についた。




「バレンタインチョコだ、ゲルダ嬢。沢山あるので妖精の皆もどうぞ」
 天魔(ma0247)はバレンタインデーということで、妖精郷を訪れていた。
 妖精の皆にくれてやると言ったが最後、大量の妖精が集まってきて一気にチョコをむしり取られた。妖精郷の連中に遠慮などない。
「……喜んでもらえて何よりだ」
 髪の毛がクシャクシャになった天魔が取り残されていると、ゲルダがくすくすと笑う。
「変な事を聞かせて貰うがタングラム嬢に姉はいるかね?」
「は? 急にどうしたですか……怖……」
 確かに急すぎる。が、タングラムはチョコを食いつつ。
「いるですけど……それが何です?」
「なら! ジエ……失礼、その人は幸せか?」
「怖ッ……なんで名前知ってんだオメェは!? 図書館勤めなのですが、どっかのアホが火をつけやがったせいで仕事が大変らしいですよ」
「幸せなんすね、よかったっす」
 何事もなく、普通に家族と暮らせているのならそれは『幸せ』だろう。
「……失礼。ふ、別人とはいえ不幸な結末を迎えた知人が幸せと聞くと救われるな」
 タングラムは終始気持ち悪そうにしていたが……こればかりは説明のしようがないので、甘んじて『急に人の姉貴について訊いてくる奴』の誹りは受け入れるしかない。
「君もどうぞ、聖樹神……っと、もうなかった……さっき全部持ってかれたか……」
「なんなんだよぉ」
「さて、教えて欲しい。先に言った君達神々を外に誘った者について知ってる事全てをな」
 天魔が知りたいのは、この世界の神に『世界の外側』について教えた者についてだ。
 だが、ミノムシことイルミンスールはあっさりという。
「いや、昔のこと過ぎて覚えてないよ?」
「そこをなんとか。性別だけでも」
「性別もわからんなぁ……男みたいな女みたいな奴だったし……僕は御存じの通り全く興味がなかったから、ほとんど関わってないしね。ラタトスクは『旅神』でもあるから、懇意にしていたようだけど」
 そのラタトスクはもういない。
 どうやら特に有益な情報は得られなかったようだ。とういわけで、
「ドライブしないか、ゲルダ嬢? 空をバイクで奔るのは飛ぶのと違った趣があるぞ」
「まあ! いいですわね♪」
 森の外にはほとんど出た事がないゲルダは、こういった誘いは大歓迎らしい。
 自前のバイクにまたがり、天魔はしばしのツーリングと洒落こんだ。




「さァてと、そんじゃそろそろ創るとすっかぁ!」
 如月 朱烙(ma0627)には想い人がいる。
 彼の性格からして、甘いものが好きというイメージはない。
 そこで朱烙が用意したのは、ウィスキーであった。
「こいつならブランデーよりも味が深くなるからな。あいつも喜ぶだろう」
 湯煎したチョコレートに、ミルク&ウィスキーを投入。
 卵白を泡立てて、予め用意した記事となじませ……焼く。
 スポンジケーキに、ウィスキー入りのビターなチョコレートクリームを塗って。
「最後に白い生チョコで、愛を込めて……と。出来上がりだ!」
 一発勝負のデコレーションも、『Con amore per Ricardo』と綺麗に描けた。
「我ながら完璧だな」
 さて、彼はどんな反応をするだろうか?
 ビターに作ったつもりだが、口に合わなかったらどうしよう?
 そもそも、こういった浮ついた行事を好まなかったら……?
「……ぐだぐだ悩むなんて、私らしくねぇな」
 思わず苦笑してしまう。
 どんな人もらしくなくなってしまうのが恋というものだろう。
 丁寧に梱包し、さっそく会いに行こう。
(喜んでくれるよな……リカルド)
 冬の街明かりに朱烙の姿が溶けていく。
 多くの人にとってそうであるように、その横顔がひとりの乙女になっていることを、きっと朱烙は彼に出会うまで気づかない。




「何ィ!? 鎖神の兄貴が……!?」
 鮫島兆次 (mz0053)が飛ばした米粒がザウラク=L・M・A(ma0640)の顔についた。
 特に慌てる様子もなく眼鏡をフキフキするザウラクに対し、レジオール・V=ミシュリエル(ma0715)は「お兄様にお米が!?」と米粒を回収していく。
「大丈夫だ、レジオール。驚くのも無理はない」
 鎖神貴一 (mz0051)が死後、咎人として天獄界に迎え入れられたこと。
 そして彼は今、罪の清算と共に咎人として新たな生き方を歩もうとしていること。
 鮫島にそれを言えば、泣いて喜んだりしてもおかしくないと思っていた……のだが。
「……そうか。鎖神の兄貴……よかったなぁ……」
 しみじみと呟く鮫島の横顔は嬉しそうであり、寂しそうであり。
 すべての感情をストレートに表現する彼にとって、ある意味『らしくない』ものだった。
「ん、めでたいことだ。カレーのお代わりを頼む」
「あ……は、はい、少々お待ちを!」
 これで何皿目かもわからないおかわり。鮫島はひたすらカレーを食べている。
「伝えてくれたことに感謝するぞ」
「ああ、いや……お前は大丈夫か?」
「結局俺は鎖神の兄貴を救ってやれなかった。その事実は俺の輝かしい人生史に刻まれた明確なる敗北だ。端的に言えば悔しい」
 だが――と、鮫島は穏やかな表情で続ける。
「……兄貴にこの世界は狭すぎた。お前達と一緒ならば、安心だ」
「此方では、鎖神も『ただの一人』だ。ある意味、難儀するかもしれないが……大丈夫だ、フォローはしてやる。いざとなれば、護ってもやるぞ」
「うむ……ザウラク。サンキュな!」
 グっとサムズアップする鮫島。
 最初は名前すら憶えてもらえなかったことを思い出した。
 鮫島が安達の名前を間違えたことは一度もないように、しっかりと相手を認識するということは、彼にとって友情とイコールなのだろう。
「こちらこそ。本懐を遂げたのは、お前達のお陰でもある。改めて、ありがとう」
「ん!」
 スプーンを持っていない方の大きな手を差し出す鮫島。
 ザウラクは意図を察し、力強く握手を交わした。
「ふうん……食った食った。今筋トレすれば、俺の筋肉はカレーと化すだろう」
「あ、兆次様。そうだ、これ。お召し上がりください」
 これでもかとカレーを食べ切った鮫島に、ようやく声をかけられるタイミングだ。
 レジオールは意を決し、チョコレートを手渡した。
「貴方が私を強くして下さった。ありがとうございます、兆次様」
「ん? 俺は何もしていないぞ? お前が強いのは、お前が強いからだろう?」
「いえ、その……兆次様を……そん……」
「そん?」
「尊敬……していたから、強くなれたのですっ!」
 じぃーっと、濁り一つない澄み切った目で見つめられると思わず照れてしまう。
「あの……先日戸惑わせてしまったので、そのお詫びも兼ねています……」
「ああ……アレか。確かに困ったが、詫びるほどのことではない。これは自慢だが、俺はすぐに忘れるからな!」
 等と笑いつつ、しっかり覚えているようだ。
 鮫島の気持ちはわからないが、レジオールのことは印象に残っているのだろう。
「ところで、お前は俺のことが好きなのか?」
 鮫島が首をかしげる。
 レジオールは何を言われたのかしばらく理解できず、真顔のまま立ち尽くし、下の方からゆっくりと顔が赤く染まっていく。
「――えッ!? き、急にどうなさったので!?」
 大幅に飛びのいた。
「バレンタインデーというのは、女が好きな男にチョコレートを渡す日だ――と、さっき梅まろに聞いた」
 さっきまで知らなかったんかい……と、ザウラクは思った。
「えぇえええッ!? バレンタインデーって、愛の告白をする日なんですッ!?」
(他意がないとは解っていたが、お前なぁ……)
 お前もなんかい……と、ザウラクは(略)
「違うのか、ザウラク?」
「そうなんですか、お兄様!?」
「いや……ふ、ふふ……お前たちらしいな、本当に」
 笑いつつ、ザウラクもチョコレートを取り出す。
「友人同士でチョコを渡す日でもあるそうだぞ。ほれ。……俺が友チョコというものに倣っても構うまいな?」
「なんだ、そういうことか! ハッハッハ!」
「そそそ、そうなんですねぇ! お、驚きですよ……あは、あははは……はあ~」
 心なしか肩を落とすレジオールに、鮫島は笑顔を見せる。
「ありがとうな――レジオール!」
 トレーニングに行くという鮫島を二人は肩を並べて見送る。
「助け船のつもりだったが、余計だったか?」
「いやその兆次様の事は好きですけど告白とか恐れ多すぎて……!」
 レジオールは鮫島の爽やかな笑顔を思い返す。
 この間は落ち込んだ様子で心配だったが、やっぱり彼には笑顔が似合う。
 少しでも彼の笑顔の為になれたのなら、こんなにうれしいことはない。
(……少なくとも、印象は悪くなさそうだがな)
 わたわた答える妹分に、ザウラクは腕を組んで苦笑を浮かべる。
 ハッキリと名前を呼ばれたその姿を見て、ザウラクはそんなことを思うのだった。




「イーサン様のカレーより、わたしのカレーのほうが美味しいはず」
 リュミエール(ma0186)の言葉をイーサン・クーパー (mz0015)は聞き逃さなかった。
「俺より美味いカレーが作れるだとォオオ!? もう一回言ってみろォ!!」
 普段は比較的クールな男であるイーサンだが、カレーの話になると子供じみているどころかもはや狂気めいている。
 息がかかるほど至近距離までガンつけてくるイーサンに、リュミエールは表情を変えず、
「イーサン様のカレーより、わたしのカレーのほうが美味しいはず」
「戦争だあああああーーーーーーーーーーッ!!!!」
 こうしてエンブリオの広場にてカレー対決が始まった。
「俺のキッチンカーの設備には一流の調理器具がそろっている! 自由に使え!!」
「ありがとうございます」
「いいってことよォ!! その代わり、お前の持てる最大の力を出してもらうぞォ!!」
 発狂しながらもイーサンはテキパキとカレーを作っている。
 リュミエールが作るのはチキンカレーだ。
「多くの方のお口に合うよう、調整します」
 煮込めば溶けるほど野菜を細かく刻み、チキンには小麦粉をまぶして焼いたものを使用。
 子供でも食べれるようにと甘口に仕立てている。
「フン……俺のカレーとは比べるべくもないな。だが、俺のカレーは本格派故に香辛料が強く、子供や年寄りには向かない……その点においてはお前のカレーは優れているな」
「まだまだ、沢山ございますので、遠慮はいりませんよ」
 完成したカレーはイーサンのキッチンカーを借りて多くの人に配られていく。
 イーサンもカレーを賞味する間だけは極めて冷静だ。
「バレンタインなので、チョコケーキもつけています」
「バレンタインにチョコだとぉ!? にわかか貴様ァ!!」
「むしろこちらが本来のバレンタインデーかと」
「いや、カレーの日だから!!!!」
 などとやり取りをしつつ、二人は協力してカレーをさばいた。
「イーサン様。後学のために、カレーの交換をいたしましょう」
「いいだろう。俺のスペシャルカレーを喰らうがいい」
 イーサンのカレーを受け取り、もぐもぐするリュミエール。
「どうだ。俺の最強のカレーは」
「イーサン様のカレーより、わたしのカレーのほうが美味しいです」
「貴様アアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」




 悩んだ挙句、リコリコ(ma0309)が作ったのはチョコカレーだった。
「悩んだ時には両方やれってスサノオ様も言ってる……気がするのだ!」
 そう、気がしたのである。
 別に料理とか得意なわけじゃないけど、大切なのは真心なのだ!
 あっお鍋の底が焦げたけど細かいことばかり気にしちゃダメなのだ!
 ……という制作過程を見るに、恐らく味には問題がある。
「リコリコはスサノオ様のことが大好きなのだ! 何故ならスサノオ様はパワーがすごいのだ……! だからそんなスサノオ様にあやかるために、リコリコはカレー…チョコ…どっちにしようか悩んだけど両方奉納するのだ!」
 というわけで、やってきましたスサノオの領域。
 他にもチョコレートを渡そうとする咎人は多く、スサノオは包囲されている状態だった。
 小さいリコリコがなんとか隙を見つけようとしていると、スサノオの方から声がかかる。
「お前もこの俺様にチョコを食わせたい咎人か?」
「そうなのだ! スサノオ様、チョコをプレゼントなのだ!!」
 一応、個体だ。
(カレールーと板チョコは似てるし混ぜればきっとおいしいのだ!)
「いいだろう。どれどれ、このチョコは………………うん! すごい味だッ!!!!」
「すごい!? 褒められてるのだ!?」
「ハッハッハ! そうだな! すごいぞ!!」
 スサノオには一応味覚があるが、『味』は彼にとってさして重要ではない。
 奉納物に込められたイデアエネルギー、即ち想いのほうが大事なのだ。
「スサノオ様、今年もよろしくお願いしますのだ……はっこれじゃ単なる奉納なのだ!?」
「うむッ! 奉納だぞ!」
「スサノオ様、奉納+1扱いよろしくお願いしますのだ」
「任せろッ!!」
 ドンと胸を叩き、快諾するスサノオ。
 これはやったぞと、満足してリコリコはその場を後にした……のだが。
「……奉納数、増えてないのだ~!? なんでなのだ~!?」
 あとで神殿に確認に行ってみたら、別に増えてなかった。
 たぶん、忘れられてしまったのだろう……。




「天獄の料理をニンゲンも食ってる。黄泉戸喫とかはねェみたいだな」
 死後の世界の印象が強い天獄界だ。
 『地球』と呼ばれる世界に食糧を持ち込む分には、神経質なくらいで丁度いい。
 ウガツ ヒョウヤ(ma1134)はカレーを作成し、地球を訪れていた。
 お目当ての相手はザルバとフォン・ヘス。
 ニア・ナイトメアの中でも高位の個体であり、彼らと会う為には戦場に赴く他ない。
 というわけで、普通に会いに行くのは難しそうだ。
「ま、しゃーねえか!」
 と、明るく切り替える。
 そこへやってきたのは同じナイトメアであるクラインだった。
「ザルバに会いたいと聞きまして」
「ああ。まァ、ちっとナイトメアの話を聞けたらと思ったんだがな」
 そういうことなら、とクラインは少し話をしてくれた。
 よって、これはウガツの妄想となる。
「……我々ナイトメアは食事を必要としない」
 というのが、ザルバの返答であった。
 合理的であることを是とする彼が、カレーを食べる可能性は極めて低い。しかし、
「ただのカレーじゃねえ。イデア由来の天獄カレーだぜ」
「イデア……?」
「咎人は普段、こういうのを食ってるぜ。情報ブツみたいなモノかも」
 咎人とナイトメアには実は共通点がある。
 イデアエネルギーとは『概念情報』であり、その物質化により咎人の食糧などは作られている。つまり、咎人の食事は実体化した情報ともいえるだろう。
「ふむ……そういうことならば、調査にも意味があるか」
「お? 食べてくれンのか?」
「ナイトメアの代替食糧となるのなら、価値が高いからな」
 戦いはナイトメアにとって不可欠だった。
 なぜならばそれは彼らにとっての食事であり、生きる意味だから。
 もしもそれが変えられるのなら――ザルバはきっと、カレーを受け取っただろう。
「エヌイーが飲んでいたワインに、彼も興味を持っていたようでした」
 クラインの言葉に、ウガツは考える。
「……アイツらは、本当は何を食べたかったんだろうな」
 ちゃんと話したこともないし、ナイトメアには『個』を主張できない個体も多い。
「わかんねェまま、なんだよな」
 クラインに礼を言ってウガツは遠き戦場を見つめる。
 ニア・ナイトメアとの決戦は、もう間もなくだ。




「やっほー、鎖神さん。頑張ってるんだって、ね?」
 ラクス・カエルム(ma1196)はカレー作りに邁進する鎖神の下を訪れていた。
 エプロンに三角巾を装着した鎖神は、ギンと目を見開いている。
「チョコ、ちゃんと湯煎で融かしてる? 鍋で焦がしたりしてない? ……って、そこは教えてくれる人がいるから大丈夫、かな」
「いや。一通り『やらかした』後だね」
「逆になんで……?」
「レシピ通りにやらなかったから……か?」
 首を傾げる鎖神。ド天然であり、『本気』で言っているのが面白い。
「ふーん、そうなんだ。渡すのにいいチョコができるといい、ね」
「ああ……私はこの世界に来て、初めて神に祈るようになったよ」
 鎖神にとってはだいぶ大ごとのようだ。まあ、特異点バフがないので仕方ない。
「じゃあ、ハイこれ。頑張ってる鎖神さんに差し入れのチョコレートだよ。……こういうのギリチョコって言うんだっけ?」
 鎖神は驚いたように目を丸くした。
「失礼。本当に私で間違いないかね?」
「ほんとに失礼だね? こんな目立つ人間違えると思う?」
「嗚呼……咎人になってからももらえるとは思っていなくてね」
 特異点だから、鎖神貴一は幼い頃からモテにモテまくっていた。
 だがそれはきっと彼の力ではなかった。
「ありがとう、ラクス」
「どういたしまして」
「ここで開けても?」
 どうぞとラクスが手を振ると、鎖神はチョコの包を開いた。
「じゃーん、ネコちゃん顔のチョコレートなの! お友達のところで一緒に作ったんだよ。どうかな?」
「猫は好きだ」
 そういえば、動物が好きらしいと聞いたような気もする。
 血走った眼でチョコと格闘していた鎖神も、笑えば年相応だ。いや、むしろ……こうしてみると実年齢よりも幼く見える。
「そういえば鎖神さんは誰に一番、作ったものを届けたいの、かな?」
「難しい質問だな。実のところ、まとまっていなくてね。私のような者からチョコレートなど貰っても、迷惑かもしれない」
「そんなことないんじゃない……とは、気軽に言えないかなぁ~……?」
 特に人幻界の方々に関しては……。
 こればかりは、咎人とは文字通り『住む世界が違う』問題かもしれない。
「でも、少なくともあたしはイヤじゃないよ。だから元気だして?」
「本当かい? なら、私の試作品を受け取ってくれるだろうか?」
「いいけど……ナニコレ?」
 妙な色合いのチョコレートだ。
 形が悪いなどということはもう前提として、色とニオイがおかしい。
「一応、何入れたのか聞いていい?」
「わからないんだ」
「それはおかしいでしょ!?」
「嗚呼……やはり。私のチョコレートなど、誰も喜ばない……」
「……わ、わかったわかった! もらったげるから、ホラ!」
 せめて梱包くらいしてほしかった……。
 受け取ったチョコレートは……なんかこう、グニグニしていた……。
「……知り合いに喫茶店やってる人がいるから、今度勉強に来たら……?」
「いいのかい? フフ……ありがとう、ラクス」
 本日三度目の『ありがとう』に、ラクスは苦笑を返した。




「一緒にバレンタインを過ごすなら……やっぱり、ムスビサマね!」
 と、すごいところに目を付けたリムナンテス(ma0406)。
 一応、経緯としては色々ある。
「せっかくだから、こういうイベントもちゃんと参加しておきたいわ」
「わたくし、天獄界に来て2度目を経験する行事はこれが初めてかも」
「一緒に過ごしたい人、いないわけじゃないんだけど……」
 からの、
「一緒にバレンタインを過ごすなら……やっぱり、ムスビサマね!」
 である。
 ……ほんまか!?
 そんなわけなので、やってきました結婚島。
 土地神『ムスビサマ』が封印されている浮遊島である。
「さてと。来たのはいいけれど、ムスビサマって起きてるのかしら? 彼女、年に一度しか起きてこないのよねぇ。このチョコレートって、6月まで日持ちするかしら……?」
 そう。ムスビサマは年一回起きてきて、結婚を強制してくる神様だ。
 ジューンブライドの季節以外、専用の祠で眠っている――のだが。
「別に起こせないというわけではないのだよ」
 と、和装の女性が迎え入れてくれた。ムスビサマの付き人だ。
「まあ! ムスビサマ、わたくしのために起きてくれたのね!?」
『この時期はラブの波動を感じるので、長時間起きてると暴走の危険があります』
 ムスビサマは発声できない神なので、スケッチブックに文字を書いてくるぞ!
「うふふ、そうよねぇ。バレンタインデーって、ただチョコレートを渡すだけの日ではないのよ? 前日までは女の子同士一緒にチョコを作って、『失敗したかもって? 大丈夫、彼も喜んでくれるわ!』……なんて盛り上がるの!」
 リムナンテスが楽しそうに語るも、ムスビサマはちょっと遠慮した様子だ。
「え? 自分は見ているだけで十分だって? ええ、ええ、その気持ちもわかるわ。当日は告白に向かうのを励まして、喜びも悲しみも分かち合う……。いえ、喜ばしい結果なら、リムナンテスはクールに去るわね」
 ムスビサマもチョコを渡すより、その様を眺めたい派らしい。
 『ラブの波動を感じる壁になりたい……』と書いている。
「でも、わたくしのチョコレートは食べてほしいわ。とびきりかわいくデコレーションができた自信作なのよ」
 大きな身体のムスビサマが、小さなチョコレートをつまむように受け取る。
「バレンタインデーにチョコを渡す相手は、男の子とは限らないわ。女の子同士でもチョコレートを送るのよ。友達の証として、ね?」
 リムナンテスがウィンクする。
 ムスビサマは自分に会いに来る者がいた時点ですでに嬉しかったが、チョコレートのおかげでよい想い出ができたようだ。
「付き人さん、あとどれくらいお話しできるのかしら?」
「1時間くらいなら問題ないよ」
「まあ、たったそれだけ? いいわ、お話するのは得意だもの!」




「どーも、よければカレーは如何ですか?」
 友衛 守人(ma0083)は流刑街の片隅で手作りのカレーを配布していた。
 せっかく作ったのだから配るか、というくらいの考えではあったが、カレー作りは守人にとって朧げな生前を思い起こさせるものでもあった。
 守人には妻と娘がいた……らしい。
 もはや記憶は摩耗し、唯一の写真も色褪せて二人の顔も朧気だが、生前『こんな事』もあったような気がする。
 家族の為にカレーを作っていると、お腹を空かせた娘が近づいてきた……気がする。
 ちょうど、こんな風に。
「……どーも、死神さん。おひとついかがですか?」
 鍋から顔を上げると、そこには死神ちゃんの姿があった。
「……いいんですか?」
「ええ。秘伝のレシピを用いた自信作です、ご満足いただけるかと」
 カレーをよそって手渡すと、死神ちゃんはお礼を言ってさっそく食べ始めた。
 食べるのは……遅い。一口一口、よく味わって食べているようだ。
「お口に合いましたか?」
「はい……とっても美味しいです」
「それはよかった。現在カレーと……それから割引券を配布中です」
「割引券?」
「用心棒の営業です。この天獄界での私の生業ですね。死神さんは何かと不幸に見舞われがちと聞きますし、何かあればいつでもご連絡ください」
「……ありがとうございます」
 だが、実際のところ、守人が彼女の不幸を完全に払うことは不可能だろう。
 運命とは時に残酷で、絶対的なものだから。
(努力したところで、思い出すことはできないように……)
 ふと物思いにふけっていると、死神ちゃんがじっと鍋を見ていた。
「まだまだたくさんありますよ。おかわりしますか?」
「お……お願いしますっ!」
 年相応に幼く笑う少女の姿をじっと見つめ、守人は微笑む。
 もしかしたら、どこかの世界でこんな景色が繰り広げられていたのかもしれない。
 決して戻らぬ過去。
 今だけは忘れ去り、守人は目の前の少女の幸せを願った。



(執筆:ことね桃、ハイブリッドヘブン運営)

ページ先頭へ

ページ先頭へ