咎人達はそれぞれ服を着替え終わると、時代背景に場違いな撮影道具がところせましとあるサルーンへやってきた。あの、カメラが無ければ本当にタイムスリップを疑う所だ。
今回の台本なしのエキストラの件は、他の俳優達も了承している。
「複数人で演じる劇ですか……。普段は一人で踊るので興味深いですね」
川澄 静(ma0164)がウエイトレスの衣装を身に纏いながら、カウンター席を見回し呟く。彼女は白拍子と言う舞い手であり、生粋の演者。今回も、前もって酒場を観察していると言う気の入れようだ。
本番に向け深呼吸し、自らの金髪の髪を撫でるのは同じくウエイトレスを演じる山神 水音(ma0290)。
「髪の色が変化しない様にしないと。エキストラなのに目立つからね」
あくまで、端役。彼女としても目立つことは、流石に今回は避けたい。
「お二人とも似合ってますよ」
同じく酒場娘のマイナ・ミンター(ma0717)がやってくる。着なれない服でも、そこは令嬢。流石の足さばきか。
「マイナさんもお似合いです。今日はお互い頑張りましょう」
「えへへ、ありがとうって、早速髪の色がぁ!?」
「あらあら」
少し離れた位置で高柳 京四郎(ma0078)が何かをトーマス・アルバート監督と相談している。
「……と言うのはどうかな?」
トーマスは暫し、頷いた後、指をパチンとならす。
「よし、ソレで行こう。只し、サルーンのみだな。街中は無音でいきたい」
わかった。そちらの希望を優先する、と京四郎は頷いた。後はあの人に知らせるだけだ。
サルーンに備え付けられた写し見の前で、ハットの鍔をくいと持ち上げる麻生 遊夜(ma0279)。
「うむ、思ったよりイケてるのでは?」
着古した本革のコートは、まるで遊夜を本物の賞金首とみまごうばかりにする。その鏡にひょっこり映る影が一つ。踊り子衣装に着替えた鈴鳴 響(ma0317)だ。
「響は何着ても可愛いな」
そう言って、遊夜はポフポフと彼女の頭を撫でる。
「……ん、ふふっ……ありがとう、ユーヤも……似合ってる、かっこいいよ」
撮影、と言う滅多にお目にかかれない状況の為か。鏡の中の小悪魔がいつもより、興奮し、そわそわしているのが遊夜にも伝わってきた。
●一子触発、その束の間の安らぎ。
サルーンにあれだけいたスタッフは波のように引き、残されたのはエキストラ達のみ。
「最初は主人公が酒場で飲み、マスターと話していた所、ならず者達が入って口喧嘩となります」
スタッフが口早にシーンの説明をしてくる。
「ではクリエイティブと行こうか。シーン38、アクション!」
カチンッ
トーマスの声と共に、クラッパーボードがカメラの前で打ち鳴らされた。
始まりは京四郎のアップライトピアノの演奏。傍らにはロマ風衣装のソテル(ma0693)の歌声が響く。歌姫がライトアップされるとコイン飾りのキラキラと輝きが増す。
「音楽ならジャズですが、ロマ音楽も好きです」
ゆったりとした牧歌的な童謡を演奏をしつつ京四郎は昔を思い出す。
(そう言えばこの曲はあいつら(孤児院の子)も好きだったなぁ……)
昔居た孤児院を思い出し、彼は指を動かし続ける。その最中でも各自演技は行われている。
「あなたやこの街が嫌いで出て行くんじゃない。お願い。止めないで」
定番のフリル衣装に、紫水晶のタリスマンを誂えるは風花雪乃(ma0597)。役名はスノー。
「流れ者なんか珍しくないだろう。騙されてるんだ。この街にいろ」
槇 蘇芳(ma0602)が止めに入る。普段はオネエだが、今だけは封印。男性らしく鋭い視線を相手へ向ける。
「流れ者のガンマンでも理由はあるのさ」
ぱさりと、着崩れたポンチョを直しながらアストレイト・ヴォルフ(ma0258)が語る。
「あんたの腕が立つのは知ってる。まあ飲めよ。酒の一杯で鈍る腕か」
「俺の噂でも流れてるのか? 厄介なものだ」
「を……? 言うじゃないか。闘る気か? 外でもお誂えの様子だぜ?」
「じゃあ腕でも味わうか? 俺の銃技を見抜けるならね」
「待って。どうして二人が決闘なんか。殺し合うことはないでしょ」
「はい、ご注文でーす!!」
場違いな水音の声で三人の丸テーブルにポーク&ビーンズが置かれる。
(ウェイトレスやったこと無いけどこんな感じで大丈夫かな?)
「ポークビーンズの香り。銃を離して食べましょう。この街の味よ」
「ここで騒ぎはご法度だ。今夜街外れで8時に。逃げるなよ?
「いいだろう、そっちこそ逃げるんじゃねぇぞ」
「自分の生き方は自分で決める。西部の女は心に銃を持ってるのよ」
「心の銃か……言いやがる。ここの飯はいい。食おう。スノー? 泣くな。弾が湿気るぜ?」
蘇芳は手にかけていたリボルバーから手を離しジョッキを手にした。
「新しい生き方を探したいのよ。ついて行きたいの。……好きだから」
「あの監督、何か寸劇始まってますが?」
スタッフの言葉に、さも当たり前にトーマスは返す。
「良いじゃないか、あの時代にあってもおかしい事はないだろう」
それに、と彼はカウンター席の主演を確認する。
「……それで、女を勝負のタネに取られた、か」
(流石だ。この喧騒なのに、役に入り込んでいるよ)
ハァ、とスタッフはため息を吐く。きっと、もうこの監督の行為には慣れているのだろう。
さて演じるは、ガンマン達ばかりではない。サルーンではつきものの博徒達もまた一つの華だ。
「俺に賭けてみないか? 一山当ててみせるからさ」
賽の目を弄びながら葛城 武蔵介(ma0505)がソテルへと声を掛ける。 パールスナップのシャツのボタンが、彼を引き立たせるように光を放ち、男の素体を教えてくれるようだ。
本来なら運否天賦に任せるゲーム、クラップス。この国ならセブンイレブンと言う名前が有名か。
確実に稼ぐ、とすればそれはもう『サマ』を行っているに等しい。それもバレない程度にほどほどに、だが。
「素敵なお兄さん、火遊びがしたいなら先に一杯頼んでくださいね」
イス座り、見せつける様に脚を組み替えながら、歌姫は微笑みを武蔵介へ浮かべる。
「これは失礼した。こちらの歌姫に極上の一杯を」
彼の声にあのヒメサマまた捕まえてるよ、とやれやれとマスターが首を振る。無論、彼(俳優さん)のアドリブだ。
「ほらよ、ストレートだ」
目の前に並べられたトランプと、手札を披露する遊夜に、他のエキストラのガンマンが舌打ちをして紙札を投げつける。
傍らの響がやったー、と遊夜の豪腕に抱き着く。
「おぅ、今日は調子が良いな!……あん? イカサマなんざしてねぇって」
ガンマンの視線が、響に向いていることに気付くと、どうやら彼女が教えていると疑われているようだ。
遊夜はやれやれ、と肩を竦める。
「わかったわかった、奢ってやるって!……おい、酒の追加を頼む!」
「……ん、はぁい…ボトルで良いよね? もっと飲む?……いっぱいだね」
なれた手つきでウェイトレスを呼ぶ響に対し、呼ばれた静はお酒の名前を覚えるのに手一杯、と言う演技を見せる。
「はい! しょ、少々お待ちくださいませ」
「……ん、転ばないようにゆっくりで良いから」
遊夜の広い肩の上で頬杖をつきながら、静を響は見送る。なお、遊夜にこんなに近付いて、響はちょっぴりドキドキである。
「そういや聞いたか? リンダストタウンで事件があったらしいぜ、何でも……」
「……ああ、その話なら……」
静は急ぎ厨房へ、お酒の注文を言えば再び客に呼ばれてテーブルへと戻っていく。
厨房の中では、前髪を分け、口髭を蓄える出で立ちで、ポーク&ビーンズを大鍋で煮込む、本革のチョッキに蝶ネクタイをあつらえた武蔵介の姿があった。腰元にはホルスターもしっかり装備。
「料理上がったのだ」
「はい、今行きます……ね」
マイナがカウンターへと向かえば、そのシェフの姿に声が詰まる。
(あの子がいませんから、京四郎さんに調理を……え、武蔵介さん?!)
声には出さない。
すると小声で武蔵介が囁く。
「フィンダファーなのだ、マイナ・ミンター」
そう、その正体は変身により武蔵介に姿を変えたフィンダファー(ma0415)であった。調理人をやりたかったが普段の姿では少々不便、と武蔵介から許可を貰い姿を借りていた。
「フィンの介さんでしたか。ならお料理を任せても大丈夫ですね」
フィンダファーによりトレーに濃い紅茶入りグラスが乗せられる。ウイスキーの代わりだろう。
「あの監督……お茶ですよね。サルーンからブランデーの様な果実の香りがするのですが」
ぼそり、とスタッフが監督へ再び口を挟む。勿論、酒の持ち込みなどは、誰もしていない。そう、これはお茶の香りだ。それを料理香り付けしているようだ。
「着香と言うやつだ。彼女の案だよ」
(また、勝手に許すんだから!)
雰囲気作りには、最高だろう、とトーマス監督は全く反省していない。この感じだと、まだ何か仕掛けてきそうだ。
(仮初とは言えこうして別の店の運営の様子を眺めるのは面白いな)
ピアノを弾きながら、普段より喫茶店を経営する京四郎はサルーンを見渡し、興味深げに思う。
「ふふふ……皆、姿・格好が似合ってるな」
酒場ならではの客層。コミュの皆が無事に溶け込んでいることに笑む。
「お待たせ致しました、ご注文のウイスキーで御座います」
「ありがとう、戴きますね」
マイナからお酒(紅茶)を受け取り、ソテルが口にし、一息をついた。
(にがい)
どれだけ、香りを着けようが濃いお茶は苦く渋い。
不意にサルーンのスイングドアが軋み、異様な集団が入ってくる。ならず者達のご登場だ。
「い……いらっしゃいませー、お好きな席に座ってね!」
彼らの雰囲気に圧されるも、場違いな程に明るくした水音の挨拶。だが、それを無視をして、主人公のいるカウンター席へまっすぐと座る。どけ、と取り巻き達が周りの客へと威嚇している。
二人の会話が始まる、お互いに最初から敵意が見られる。どんどんと話の雲行きが悪くなる。
「なんだと!?」
立ちあがるならず者を、主人公は見上げ変わらず淡々と話す。場が一瞬にして凍りつくのを、咎人達は二人から感じざるを得なかった。
演技であるはずなのに。
「やれやれ、また棺桶一つ増えんのかよ。葬儀屋は相っ変わらず儲かるよなー」
茶々をいれるのは歩夢(ma0694)。酔っ払った町人らしく、揚々と野次ってみせる。
(今ですよ、高柳さん)
ソテルが目配せを京四郎にすると、ピアノの曲調が一気に変わる。鍵盤を叩く指は徐々に速さを増して、音だけで圧倒してくる。
「盛り上がって来ましたね。さて、わたしについてこれますか?」
ソテルは演奏に合わせ、見事なクイーンイングリッシュをソプラノで高らかに歌い上げる。
「ちょ、勝手に曲を変えてる!?」
「いい、ボクが許可したからね」
「またですか!?」
スタッフが止めに入ろうとするのを監督は制する。
トーマスは語る。この時代、この酒場の人間にとって、喧嘩なんて日常茶飯事。ならば、それを逆手に取って、演出を加え、売りにしてもおかしくはない、と。
「それに、彼らの演技もノッているからね。止めないよ」
彼ら。
勿論、主役級二人の口論だ。主人公の胸ぐらを掴みかかり、ならず者の親玉フレディが怒鳴りちらす。
「っ……今すぐその空っぽのドタマにぶち込んでやろうか!?」
「…………吠えるな、弱くみえるぞ」
「殺っちまえー! 良いぞ、フレディーー!!」
歩夢の台詞もノリにのる。
主人公、ハーメルのこめかみに銃口をあてがうが、そこに騒ぎを聞き付けてか保安官がやって来て、ここでの騒ぎはおさまるのであった。
「カット、オッケィ!」
トーマスは椅子から立ち上がり、俳優とエキストラへと称賛の拍手を送る。
「……こんなもんだ」
アストレイトは、これで本当に良かったのだろうかと腕を組む。どうも、演技と言うのはわからない。
「すごいよ、やっぱり。本物の俳優さんって」
今は次のシーンへ移動していなくなった俳優達の迫力を、雪乃は思い出していた。カウンターを見つめると、今でもあの口論が鼓膜に残っている。
セットから降りると、遊夜はハットを外して響を待つ。少し衣装で冷えたのか、スタッフから肩掛けを貸してもらっているようだ。
「響もお疲れさん、面白かったな。こういう仕事も悪くないな」
「……ん、ユーヤもお疲れ様…ボク頑張った!」
彼女が胸に飛び込むように抱き着くと、彼は頭をわしゃわしゃと撫でるのであった。
「どうぞなのだ、ソテル」
「お疲れ様でした、フィダファーさんのお茶戴きますね。やっぱり、にがい」
喉も枯れがれなソテルは、再びフィンダファーからお茶を受けとるのだが、やっぱり苦い。
だが、演技終わりの余韻に浸るにはこの苦味、丁度良いのかも知れない。
こうして、サルーンでの賑やかな一幕は誰もが満足して終わったのだった。
(誰がこの映像を編集すると思ってんだよーー!!)
訂正、スタッフ達は除く。
●
本日は晴天なり、お互いの顔を隠すものは何もない絶好の撮影日和だ。木製の建造物が建ち並び、その通路でトーマス監督に妖精種のリコリコ(ma0309)が相談をしている。
「監督さんこんなアイディアはどうなのだ~? 邪魔はしないのだ」
西部劇と言えばインディアン、所謂ネイティブアメリカンのことだ。インディアンと言えば、精霊、それならば自分の様な妖精はきっとわかりやすい筈だ、と。
「何かインディアンに喋りかけるフリはするけど、声は出さないのだ。そうすると……何だか特別な能力で会話してるみたいに見えるのだ!」
そう熱心に声をかけてくるリコリコだが、トーマス監督の反応は渋い。
「……軽く浮かぶのは構わない、けど。その羽は今回の世界観に適さないから編集で変えさせてもらうよ」
「うー、仕方ないのだ」
本当は、変身を用いてコヨーテや大鷹、小人にでも変わることを披露しようとしたが、難しそうだと感じたので彼女は言わないでおいた。
恐らくこれが、リアリティを求める監督なりの最大の譲歩なのだろう。
「そんな感じでよろしくなのだ! 衣装はかわいいのがいいのだ!」
「ああ、とびっきりを用意しよう」
そうトーマスが言えば、リコリコはその場を去った……かと思えば、また問題発生。スタッフとただの少女、を演じる予定の鳳・美夕(ma0726)が話しているようだ。
「どうした?」
「あの、演技のとき主人公の人に勝ったら花を渡したくて……」
そう、美夕がスタッフに相談したところ、難色を示したと言う。
「そのシーンは、別の人物がその役名をやるんだ。それに……君には悪いんだけど、現場外から持ち込んだ物を渡し、て俳優さんにもしものことがあったらオレら責任持てないんだ」
寂しそうに俯く美夕。
「じゃあ……仕方ない、か」
「なら……キミにやってもらおうか」
監督の提案に、美夕は驚き、スタッフも手を打って納得する。
「なるほどー、さっすが監督やるー」
「どうだろう? これなら、誰がやっても構わないしね」
美夕は目を輝かせ、嬉しそうに頷いた。
「わ、わかりました!! その役目が、頑張ります!」
寸劇を行っていた三人は、裏方の様子をスタッフに頼み見学させて貰っていた。
「カメラ、さっきより多いわね」
蘇芳は辺りを見回す。メインカメラ以外にも他4台は設置されている。
「山場のアクションシーンだ。カメラがいくらあっても足りん」
腕を組む、アストレイト。その視線の先は大道具に興味津々は自分の大切な人。
「この大きな扇風機は?」
「俳優さんの足元の砂埃立てるんですよ」
「この赤い袋は?」
「血糊ですね。握り潰すと、本当に血見たいに溢れてきます」
「へー」
説明してくれるスタッフも、雪乃の純粋な驚きに嬉しいのかあれやこれやを事細かに教えてくれる。
「本物の血に色似せるの、大変でしてね。いっそ本物の血を使うと言う監督を漸く納得させた逸品なんです」
「わー。すごい監督さんだね」
まさに、血の滲む努力の賜物と言ったところか。
「そろそろ本番いきまーす」
「雪乃戻って来いよ。そろそろ始まるぞ」
「わかったー」
アストレイトの一声に、雪乃は返事をして用意してもらった見学席へと戻っていった。
●一瞬、そして全てを賭す。
クラッパーボードが軽快に音を外に響き渡らせる。真昼の舗装されてない地面を馬が闊歩すると、明らかに黒髪は土にまみれる少女が一人。
「マッチは、あの……入用ではありませんか?」
かぼそい声で桜庭愛(ma1036)がマッチを売る少女を演じている。見つけた一人の黒髪のガンマンに、必死に追い縋っているようだ。
「他を当たれ、しつこいと蹴るぞ」
リダ・クルツ(ma1076)は普段の青髪を地味な黒に染め、目深に被った帽子の奥から物売りにたいして眼光を光らせる。
笑顔が苦手な自分だが、こう言う演技ならば出来るだろうと思い至ったのだ。
それにこの出で立ちはまるで、あの恩人のようで、それを端役とは言え銀幕に遺してみたかった。
「あの……一箱でも、お兄さ」
「いい加減にしろよ」
「ヒッ……ご、ごめんなさいごめんなさい」
一方反対側では、一人の花売りが籠を片手にプレーリースカートを揺らし、人混みに紛れていた。不破 雫(ma0276)だ。
「お花、お花はいりませんか? あなたの今夜の食卓に一輪、飾っては行きませんか?」
「おばさん、お花ちょうだい。この白いのを」
そこに美夕がたかたかと硬貨を手に走ってくる。
「おばっ!? あ、いいえ。はい、どうぞ」
一瞬、自ら年齢をかえりみかけた雫であったが、これが撮影と思い出し。急ぎ笑顔で、一輪の花を売った。それを見た別のエキストラが、自分も欲しいと手をあげる。
「良かったな、嬢ちゃん。ああ、こっちも一本くれや」
こくり、と美夕は頷く。そして同時に思うのだ。のんびりとした西部の日常風景。もし、自分が戦いの道を選んでなかったら、きっとこんな風に過ごしていたのだろう。
そんな雰囲気を考えながら、彼女は『普段、普通』を演じる。
そんなお昼時、日常の光と闇が交差する街中。
「え、な、何が起こってるの?」
ぞろぞろと人だかりが出来始めてくることに、白い花を持った美夕はキョロキョロと不思議そうに辺りを眺める。
「決闘だ! あの若者とフレディがやり合うらしいぜ」
野次馬の中で、イマイチ状況が読み込めてないインディアンの老婆が一人。
『…………………』
『!!』
傍らには、インディアン達に精霊と言われているココペリの格好をしているリコリコが浮遊し、今何が起きているかを教えている。
動く度に頭のトサカ飾りがふわふわと動き、首から下げた縦笛がカラカラと音を鳴らす。
しわくちゃな顔を頷かせ、なるほどーとリコリコに何かを呟く仕草をしている。
「奴に勝てる訳が無い。ふん、ヒーロー気取りか」
リダが横目でハーメルを一瞥、鼻で嗤ってみせた。だが、彼以外のガンマン達は、主人公に期待している節があるらしい。だからこそ、決闘は軽い賭博に向くのだ。
「賭けになるのか? いいぜ、5$」
手のひらを広げ、ならず者にリダはベットした。
中央に立会人を置き、空風に吹かれながらハーメルとフレディは相対する。
「来な、成り上がりの若僧が」
「………その言葉、後悔すらさせる間もなくぶち抜いてやろう」
愛はざんばらな髪を振り、がたがたと決闘の恐怖に体が震える。実際は演技、もしくは武者震いなのかもしれないが。
「こわや……こわや…」
「が、がんばれー! お兄ちゃん!!」
その間にもシーンは進む。野次馬達のガヤ、立会人が静まるように声をあげる。二人は対になるように、背を向けながら歩き続ける。
止まる。
立会人が、手元のコインを指で弾く。
空にコインが上がる。回転中、繰り返される裏、表、裏表。
静寂の真っ只中、一つの金属音が大地を響かせる。
『『パァァン』』
振り向き様、ほぼ、同時にホルスターから抜かれ、重なる銃声。
銃口から上がる硝煙。ならず者フレディが動き、胸元を握り締めると赤い液体が薄汚れたシャツから滲む。
「ごふっ……」
ドサッ
最初何が起きたかわからなかった人も多かっただろう。だからこそ、その事実に住民達は沸き立った。死体を目の前に、馬でこの街を立ち去るならず者の取り巻き達。
同時に、主人公に住民達が祝福するように群がった。その中央には、ヒロインらしき人物が彼に感謝している。
インディアンの老婆は遠くで、ああやはりね、と言う笑みを浮かべれば、そのまま場を立ち去りリコリコもそれに続く。
花売りの雫は喜びを身体で表すように、花びらのシャワーを振り注がせた。
だが、喜びのなか不満げな声をあげる者もいた。フレディの勝利に賭けていたリダである。
「チッ、持って行けよ。あーあ……」
俯いて金を渡して大きな溜め息を吐くが、どこか清々しげで晴れやかとして空を見上げた。
街を前々から覆っていたあの陰惨な雲が消え失せたからだろうか。
主人公にハグをするヒロイン。皆がそちらに視線が向く中、雫は視線を別に向けていた。
ならず者フレディはそこに居らず、あるのは棺桶のみ。彼女はそっとそちらに近付くとしゃがんで花を一つ添えた。
ただ、彼の冥福を祈って……
「カット。オッケィ! 今のでフィニッシュフィリミングだ!」
「ありがとう諸君! リアリティある良い作品になるだろう」
主演二人へと監督とスタッフ達から、大きな拍手が送られる。そして、花束が祝いに贈られるのだが。
どうやら、主人公であるハーメル役の俳優に、美夕が花束を手渡すようだ。
「その……良かったらこれ、どうぞ」
これこそが、監督からの提案。スタッフに用意された花束を渡す役目を彼女に与えたのである。
「あ……ありがとうございます。ハァ……緊張したぁ……」
そこにはクールな荒野のガンマンハーメルではなく、感激に涙目になっている一人の若い役者がいたのであった。
●大団円
こうしてにスタッフ、他の役者さん、そして監督と、会場に移りささやかながら打ち上げ会が開催された。
ご馳走、と言うには若干質素な内容だが、炭酸水のボトル等も置かれお祝いにはぴったりだろう。
「そうか、桜庭さんってプロレスラーなのね」
スタッフの一人と話していた愛がはい、とマッシュポテトを頬張りながら会話をしている。
「はい、レスラーをしてます」
「どこのサーカス所属なの?」
「サーカス? いいえ、私が行うプロレスと言うのはですね」
そう言って、彼女は彼女のプロレスを語り始めた。
「差し入れにドーナツ。打ち上げにドーナツはいかが」
肩に入れ物をぶら下げて、リダがスタッフ達へとドーナツを宣伝している。いつか、ドーナツショップを持ちたい、とも考えているようだ。
「おーい、こっちに一個くれー」
「お待ちどうさまなのだ」
大鍋を小さな身体で運びながら、お玉を持っているフィンダファー。撮影同様にポーク&ビーンズを作ったようだ。
煮込まれたトマトの酸味が胃をくすぐる。
「ハーイ♪ お互いお疲れ様」
美味しくご飯を頬張っていたところ、いきなり自分の事を言われたようでリコリコは目をパチクリさせる。
「だ、誰なのだ?」
そこには、ブロンドのポニーテール。活発そうな見覚えない女性の姿があった。
「誰って、あなたがあたしの周りをずっと飛んでたじゃない」
リコリコは、暫し自分の役を思い出す。確か、インディアンの老婆の傍らにいた妖精………
「ええ~!! あの時のおばあさんなのだ?」
「正解♪ あたしランポップ・エドガー。特技は『変装』なの」
「リコリコはリコリコなのだ。よろしくなのだ」
ランポップ、そう名乗った女性は驚くリコリコに、ドヤ顔を決めてみせた。
「まだ、ぺーぺーの役者の玉子なんだけどね。あたし、どんな役でもやるからさ。近い内にまた会うかもね♪」
「変身じゃなくて、変装……なのだ?」
それはどんなスキルなのだろうか、と首を傾げるリコリコにランポップは笑って応える。
「そうだよ。洋服とメイク道具であたしは、何にでもなれるの」
「おねーちゃん、魔法使いみたいなのだ!」
「リコちゃんだって、どうやってあんな風に浮かんでたの?」
「リコリコは羽で飛んでただけなのだ
」
「そうだよねー。そんな簡単に手品のタネは教えられないよねー」
新たな世界にて、新たな縁が一つ生まれたようだ。それから二人は、お互いの特技を見せあったりと、暫く会話を楽しむのであった。
やはり、と言うか映画監督であるトーマスの元には、スタッフ他たくさんの人が集まっているようだ。
「ちょっと向こうに行ってくるよ」
「いってらっしゃーい」
「おかわりは良いのだ? 武蔵」
「また後で」
友と共に、食事を楽しみしっかり空にしてから武蔵介は、監督へと話し掛ける。
「出演させていただき感謝します。完成が楽しみです」
爽やかな笑顔と共に、武蔵介が挨拶をすると監督もご満悦なのか手にした炭酸水に口をつけながら、礼を言う。
「ありがとう。新たに建設される映画館でも上映される筈だ。是非見に行って欲しいね」
次いで雪乃が監督に話しかける。
「あのっ、エキストラの仕事があればまた受けたい、です」
「ボクにそこまで決める権力はないよ。ただ、社内で口利きくらいは出来るかな」
やったー、と跳ねて喜ぶ雪乃に良かったわね、と蘇芳が笑みを浮かべてくれた。
「監督さま、映画における役者の心構えなどお教えいただけませんか」
静にそう言われ、トーマスは困った顔で眼鏡を直す。
「そう言われてもな……ボクは役者じゃないのさ」
だから、語れるのは映画監督としての心構え、となってしまう。それでも良いなら、と彼は饒舌に語ってくれた。
「今の時代って、混沌としていて未来(さき)が見えないだろ? 嘘も真実も見分けにくい時代だ。だからこそ、映画の中だけでも僕は本物を提供したいんだ」
「殊勝な心掛けですね」
演者として、信念を持つことの大切さを彼女はよく心得ていた。
静の言葉に気分が大きくなったのか、ワイングラスの炭酸を一気に飲み、カタンとテーブルに置く。
「……だからこそ、ボクはあの人が信じられない。空想なんて、子供騙しばかり作り続けてっ」
「か、監督さま?」
敵意、それとは似た鋭さをもつ口調になっているトーマスに静は驚く。
「そうだ、もし他の映画会社に雇われるようなことがあっても、ボクに遠慮をするな。全力で演技してくれ」
特に、『エイシー社のアイツ』には、と言ったところで、トーマスはよろめき、転ける。
「トーマスさま!? だ……大丈夫ですか?」
「あー、もう。この監督はまた『場酔い』してるし!」
遊夜の傍らで連れ出される監督を眺めながら、あちゃーと顔を手で押さえるスタッフ。
「……ん。ユーヤ、チキン持ってきたよ」
ありがとうな、と響は遊夜から礼を言われると彼の膝の上に当たり前のように座る。まさにそこは、彼女だけの特等席だ。
「トーマス監督ってのは、他にどんな映画を作いるんだ?」
今後の為にも、彼の作品の傾向を掴んで置きたかった。
「そうだなぁ……アクション、サスペンス、それからドキュメントだね」
特に、リアリティの追求を目指している為か、ドキュメント映画への熱意は並々ならぬものらしい。
「あの人、無鉄砲だからさ。いつか、マフィアのドキュメントを撮ってやるって言いだすんだよ。いくつ命があっても足りないよ」
「そう言う奴さんも、楽しそうじゃねぇか」
ニヤリと口元歪める遊夜に、そうかな、とそのスタッフはクスクスと笑ってみせた。
「あの熱意は本物だよ。あてられる程にね」
雫は一人、先程撮影したカメラの映像をスタッフに頼み、見せてもらっていた。眩しいほどの笑顔を見せている画面越しの花売りは、今や熟れたトマトのように真っ赤である。
「演技中は恥ずかしさは無かったんですが……終わった後になって段々と恥ずかしくなりますね」
彼女は熱い頬を冷ますように両手で押さえた。
「みつけた、君だね」
雫が振り返ると、そこにはがたいの良いスーツ姿の男性が立っていた。被っていた帽子を取り会釈を一つ。
「あの……」
「私、いや……フレディに花を手向けたのは」
「え、え!?」
漸く雫は気付く。彼こそが、ならず者を演じていたあの俳優であったことを。
「すまないね。彼はあの映画では慈悲すら許されない悪者でなくてならない。君のあの演技はカットされるだろう」
「けど、君の気持ち、確かに私は受け取ったよ。ありがとう」
まさかの出会いに、事態に、雫の頭は真っ白であった。漸く相手からお辞儀をされていたことに気付き、こちらもお辞儀を返した。
「では、私はこれで。次はスクリーンで会おう」
そう言ってならず者であった男は、帽子を被り直し、その場を立ち去るのであった。
今回の台本なしのエキストラの件は、他の俳優達も了承している。
「複数人で演じる劇ですか……。普段は一人で踊るので興味深いですね」
川澄 静(ma0164)がウエイトレスの衣装を身に纏いながら、カウンター席を見回し呟く。彼女は白拍子と言う舞い手であり、生粋の演者。今回も、前もって酒場を観察していると言う気の入れようだ。
本番に向け深呼吸し、自らの金髪の髪を撫でるのは同じくウエイトレスを演じる山神 水音(ma0290)。
「髪の色が変化しない様にしないと。エキストラなのに目立つからね」
あくまで、端役。彼女としても目立つことは、流石に今回は避けたい。
「お二人とも似合ってますよ」
同じく酒場娘のマイナ・ミンター(ma0717)がやってくる。着なれない服でも、そこは令嬢。流石の足さばきか。
「マイナさんもお似合いです。今日はお互い頑張りましょう」
「えへへ、ありがとうって、早速髪の色がぁ!?」
「あらあら」
少し離れた位置で高柳 京四郎(ma0078)が何かをトーマス・アルバート監督と相談している。
「……と言うのはどうかな?」
トーマスは暫し、頷いた後、指をパチンとならす。
「よし、ソレで行こう。只し、サルーンのみだな。街中は無音でいきたい」
わかった。そちらの希望を優先する、と京四郎は頷いた。後はあの人に知らせるだけだ。
サルーンに備え付けられた写し見の前で、ハットの鍔をくいと持ち上げる麻生 遊夜(ma0279)。
「うむ、思ったよりイケてるのでは?」
着古した本革のコートは、まるで遊夜を本物の賞金首とみまごうばかりにする。その鏡にひょっこり映る影が一つ。踊り子衣装に着替えた鈴鳴 響(ma0317)だ。
「響は何着ても可愛いな」
そう言って、遊夜はポフポフと彼女の頭を撫でる。
「……ん、ふふっ……ありがとう、ユーヤも……似合ってる、かっこいいよ」
撮影、と言う滅多にお目にかかれない状況の為か。鏡の中の小悪魔がいつもより、興奮し、そわそわしているのが遊夜にも伝わってきた。
●一子触発、その束の間の安らぎ。
サルーンにあれだけいたスタッフは波のように引き、残されたのはエキストラ達のみ。
「最初は主人公が酒場で飲み、マスターと話していた所、ならず者達が入って口喧嘩となります」
スタッフが口早にシーンの説明をしてくる。
「ではクリエイティブと行こうか。シーン38、アクション!」
カチンッ
トーマスの声と共に、クラッパーボードがカメラの前で打ち鳴らされた。
始まりは京四郎のアップライトピアノの演奏。傍らにはロマ風衣装のソテル(ma0693)の歌声が響く。歌姫がライトアップされるとコイン飾りのキラキラと輝きが増す。
「音楽ならジャズですが、ロマ音楽も好きです」
ゆったりとした牧歌的な童謡を演奏をしつつ京四郎は昔を思い出す。
(そう言えばこの曲はあいつら(孤児院の子)も好きだったなぁ……)
昔居た孤児院を思い出し、彼は指を動かし続ける。その最中でも各自演技は行われている。
「あなたやこの街が嫌いで出て行くんじゃない。お願い。止めないで」
定番のフリル衣装に、紫水晶のタリスマンを誂えるは風花雪乃(ma0597)。役名はスノー。
「流れ者なんか珍しくないだろう。騙されてるんだ。この街にいろ」
槇 蘇芳(ma0602)が止めに入る。普段はオネエだが、今だけは封印。男性らしく鋭い視線を相手へ向ける。
「流れ者のガンマンでも理由はあるのさ」
ぱさりと、着崩れたポンチョを直しながらアストレイト・ヴォルフ(ma0258)が語る。
「あんたの腕が立つのは知ってる。まあ飲めよ。酒の一杯で鈍る腕か」
「俺の噂でも流れてるのか? 厄介なものだ」
「を……? 言うじゃないか。闘る気か? 外でもお誂えの様子だぜ?」
「じゃあ腕でも味わうか? 俺の銃技を見抜けるならね」
「待って。どうして二人が決闘なんか。殺し合うことはないでしょ」
「はい、ご注文でーす!!」
場違いな水音の声で三人の丸テーブルにポーク&ビーンズが置かれる。
(ウェイトレスやったこと無いけどこんな感じで大丈夫かな?)
「ポークビーンズの香り。銃を離して食べましょう。この街の味よ」
「ここで騒ぎはご法度だ。今夜街外れで8時に。逃げるなよ?
「いいだろう、そっちこそ逃げるんじゃねぇぞ」
「自分の生き方は自分で決める。西部の女は心に銃を持ってるのよ」
「心の銃か……言いやがる。ここの飯はいい。食おう。スノー? 泣くな。弾が湿気るぜ?」
蘇芳は手にかけていたリボルバーから手を離しジョッキを手にした。
「新しい生き方を探したいのよ。ついて行きたいの。……好きだから」
「あの監督、何か寸劇始まってますが?」
スタッフの言葉に、さも当たり前にトーマスは返す。
「良いじゃないか、あの時代にあってもおかしい事はないだろう」
それに、と彼はカウンター席の主演を確認する。
「……それで、女を勝負のタネに取られた、か」
(流石だ。この喧騒なのに、役に入り込んでいるよ)
ハァ、とスタッフはため息を吐く。きっと、もうこの監督の行為には慣れているのだろう。
さて演じるは、ガンマン達ばかりではない。サルーンではつきものの博徒達もまた一つの華だ。
「俺に賭けてみないか? 一山当ててみせるからさ」
賽の目を弄びながら葛城 武蔵介(ma0505)がソテルへと声を掛ける。 パールスナップのシャツのボタンが、彼を引き立たせるように光を放ち、男の素体を教えてくれるようだ。
本来なら運否天賦に任せるゲーム、クラップス。この国ならセブンイレブンと言う名前が有名か。
確実に稼ぐ、とすればそれはもう『サマ』を行っているに等しい。それもバレない程度にほどほどに、だが。
「素敵なお兄さん、火遊びがしたいなら先に一杯頼んでくださいね」
イス座り、見せつける様に脚を組み替えながら、歌姫は微笑みを武蔵介へ浮かべる。
「これは失礼した。こちらの歌姫に極上の一杯を」
彼の声にあのヒメサマまた捕まえてるよ、とやれやれとマスターが首を振る。無論、彼(俳優さん)のアドリブだ。
「ほらよ、ストレートだ」
目の前に並べられたトランプと、手札を披露する遊夜に、他のエキストラのガンマンが舌打ちをして紙札を投げつける。
傍らの響がやったー、と遊夜の豪腕に抱き着く。
「おぅ、今日は調子が良いな!……あん? イカサマなんざしてねぇって」
ガンマンの視線が、響に向いていることに気付くと、どうやら彼女が教えていると疑われているようだ。
遊夜はやれやれ、と肩を竦める。
「わかったわかった、奢ってやるって!……おい、酒の追加を頼む!」
「……ん、はぁい…ボトルで良いよね? もっと飲む?……いっぱいだね」
なれた手つきでウェイトレスを呼ぶ響に対し、呼ばれた静はお酒の名前を覚えるのに手一杯、と言う演技を見せる。
「はい! しょ、少々お待ちくださいませ」
「……ん、転ばないようにゆっくりで良いから」
遊夜の広い肩の上で頬杖をつきながら、静を響は見送る。なお、遊夜にこんなに近付いて、響はちょっぴりドキドキである。
「そういや聞いたか? リンダストタウンで事件があったらしいぜ、何でも……」
「……ああ、その話なら……」
静は急ぎ厨房へ、お酒の注文を言えば再び客に呼ばれてテーブルへと戻っていく。
厨房の中では、前髪を分け、口髭を蓄える出で立ちで、ポーク&ビーンズを大鍋で煮込む、本革のチョッキに蝶ネクタイをあつらえた武蔵介の姿があった。腰元にはホルスターもしっかり装備。
「料理上がったのだ」
「はい、今行きます……ね」
マイナがカウンターへと向かえば、そのシェフの姿に声が詰まる。
(あの子がいませんから、京四郎さんに調理を……え、武蔵介さん?!)
声には出さない。
すると小声で武蔵介が囁く。
「フィンダファーなのだ、マイナ・ミンター」
そう、その正体は変身により武蔵介に姿を変えたフィンダファー(ma0415)であった。調理人をやりたかったが普段の姿では少々不便、と武蔵介から許可を貰い姿を借りていた。
「フィンの介さんでしたか。ならお料理を任せても大丈夫ですね」
フィンダファーによりトレーに濃い紅茶入りグラスが乗せられる。ウイスキーの代わりだろう。
「あの監督……お茶ですよね。サルーンからブランデーの様な果実の香りがするのですが」
ぼそり、とスタッフが監督へ再び口を挟む。勿論、酒の持ち込みなどは、誰もしていない。そう、これはお茶の香りだ。それを料理香り付けしているようだ。
「着香と言うやつだ。彼女の案だよ」
(また、勝手に許すんだから!)
雰囲気作りには、最高だろう、とトーマス監督は全く反省していない。この感じだと、まだ何か仕掛けてきそうだ。
(仮初とは言えこうして別の店の運営の様子を眺めるのは面白いな)
ピアノを弾きながら、普段より喫茶店を経営する京四郎はサルーンを見渡し、興味深げに思う。
「ふふふ……皆、姿・格好が似合ってるな」
酒場ならではの客層。コミュの皆が無事に溶け込んでいることに笑む。
「お待たせ致しました、ご注文のウイスキーで御座います」
「ありがとう、戴きますね」
マイナからお酒(紅茶)を受け取り、ソテルが口にし、一息をついた。
(にがい)
どれだけ、香りを着けようが濃いお茶は苦く渋い。
不意にサルーンのスイングドアが軋み、異様な集団が入ってくる。ならず者達のご登場だ。
「い……いらっしゃいませー、お好きな席に座ってね!」
彼らの雰囲気に圧されるも、場違いな程に明るくした水音の挨拶。だが、それを無視をして、主人公のいるカウンター席へまっすぐと座る。どけ、と取り巻き達が周りの客へと威嚇している。
二人の会話が始まる、お互いに最初から敵意が見られる。どんどんと話の雲行きが悪くなる。
「なんだと!?」
立ちあがるならず者を、主人公は見上げ変わらず淡々と話す。場が一瞬にして凍りつくのを、咎人達は二人から感じざるを得なかった。
演技であるはずなのに。
「やれやれ、また棺桶一つ増えんのかよ。葬儀屋は相っ変わらず儲かるよなー」
茶々をいれるのは歩夢(ma0694)。酔っ払った町人らしく、揚々と野次ってみせる。
(今ですよ、高柳さん)
ソテルが目配せを京四郎にすると、ピアノの曲調が一気に変わる。鍵盤を叩く指は徐々に速さを増して、音だけで圧倒してくる。
「盛り上がって来ましたね。さて、わたしについてこれますか?」
ソテルは演奏に合わせ、見事なクイーンイングリッシュをソプラノで高らかに歌い上げる。
「ちょ、勝手に曲を変えてる!?」
「いい、ボクが許可したからね」
「またですか!?」
スタッフが止めに入ろうとするのを監督は制する。
トーマスは語る。この時代、この酒場の人間にとって、喧嘩なんて日常茶飯事。ならば、それを逆手に取って、演出を加え、売りにしてもおかしくはない、と。
「それに、彼らの演技もノッているからね。止めないよ」
彼ら。
勿論、主役級二人の口論だ。主人公の胸ぐらを掴みかかり、ならず者の親玉フレディが怒鳴りちらす。
「っ……今すぐその空っぽのドタマにぶち込んでやろうか!?」
「…………吠えるな、弱くみえるぞ」
「殺っちまえー! 良いぞ、フレディーー!!」
歩夢の台詞もノリにのる。
主人公、ハーメルのこめかみに銃口をあてがうが、そこに騒ぎを聞き付けてか保安官がやって来て、ここでの騒ぎはおさまるのであった。
「カット、オッケィ!」
トーマスは椅子から立ち上がり、俳優とエキストラへと称賛の拍手を送る。
「……こんなもんだ」
アストレイトは、これで本当に良かったのだろうかと腕を組む。どうも、演技と言うのはわからない。
「すごいよ、やっぱり。本物の俳優さんって」
今は次のシーンへ移動していなくなった俳優達の迫力を、雪乃は思い出していた。カウンターを見つめると、今でもあの口論が鼓膜に残っている。
セットから降りると、遊夜はハットを外して響を待つ。少し衣装で冷えたのか、スタッフから肩掛けを貸してもらっているようだ。
「響もお疲れさん、面白かったな。こういう仕事も悪くないな」
「……ん、ユーヤもお疲れ様…ボク頑張った!」
彼女が胸に飛び込むように抱き着くと、彼は頭をわしゃわしゃと撫でるのであった。
「どうぞなのだ、ソテル」
「お疲れ様でした、フィダファーさんのお茶戴きますね。やっぱり、にがい」
喉も枯れがれなソテルは、再びフィンダファーからお茶を受けとるのだが、やっぱり苦い。
だが、演技終わりの余韻に浸るにはこの苦味、丁度良いのかも知れない。
こうして、サルーンでの賑やかな一幕は誰もが満足して終わったのだった。
(誰がこの映像を編集すると思ってんだよーー!!)
訂正、スタッフ達は除く。
●
本日は晴天なり、お互いの顔を隠すものは何もない絶好の撮影日和だ。木製の建造物が建ち並び、その通路でトーマス監督に妖精種のリコリコ(ma0309)が相談をしている。
「監督さんこんなアイディアはどうなのだ~? 邪魔はしないのだ」
西部劇と言えばインディアン、所謂ネイティブアメリカンのことだ。インディアンと言えば、精霊、それならば自分の様な妖精はきっとわかりやすい筈だ、と。
「何かインディアンに喋りかけるフリはするけど、声は出さないのだ。そうすると……何だか特別な能力で会話してるみたいに見えるのだ!」
そう熱心に声をかけてくるリコリコだが、トーマス監督の反応は渋い。
「……軽く浮かぶのは構わない、けど。その羽は今回の世界観に適さないから編集で変えさせてもらうよ」
「うー、仕方ないのだ」
本当は、変身を用いてコヨーテや大鷹、小人にでも変わることを披露しようとしたが、難しそうだと感じたので彼女は言わないでおいた。
恐らくこれが、リアリティを求める監督なりの最大の譲歩なのだろう。
「そんな感じでよろしくなのだ! 衣装はかわいいのがいいのだ!」
「ああ、とびっきりを用意しよう」
そうトーマスが言えば、リコリコはその場を去った……かと思えば、また問題発生。スタッフとただの少女、を演じる予定の鳳・美夕(ma0726)が話しているようだ。
「どうした?」
「あの、演技のとき主人公の人に勝ったら花を渡したくて……」
そう、美夕がスタッフに相談したところ、難色を示したと言う。
「そのシーンは、別の人物がその役名をやるんだ。それに……君には悪いんだけど、現場外から持ち込んだ物を渡し、て俳優さんにもしものことがあったらオレら責任持てないんだ」
寂しそうに俯く美夕。
「じゃあ……仕方ない、か」
「なら……キミにやってもらおうか」
監督の提案に、美夕は驚き、スタッフも手を打って納得する。
「なるほどー、さっすが監督やるー」
「どうだろう? これなら、誰がやっても構わないしね」
美夕は目を輝かせ、嬉しそうに頷いた。
「わ、わかりました!! その役目が、頑張ります!」
寸劇を行っていた三人は、裏方の様子をスタッフに頼み見学させて貰っていた。
「カメラ、さっきより多いわね」
蘇芳は辺りを見回す。メインカメラ以外にも他4台は設置されている。
「山場のアクションシーンだ。カメラがいくらあっても足りん」
腕を組む、アストレイト。その視線の先は大道具に興味津々は自分の大切な人。
「この大きな扇風機は?」
「俳優さんの足元の砂埃立てるんですよ」
「この赤い袋は?」
「血糊ですね。握り潰すと、本当に血見たいに溢れてきます」
「へー」
説明してくれるスタッフも、雪乃の純粋な驚きに嬉しいのかあれやこれやを事細かに教えてくれる。
「本物の血に色似せるの、大変でしてね。いっそ本物の血を使うと言う監督を漸く納得させた逸品なんです」
「わー。すごい監督さんだね」
まさに、血の滲む努力の賜物と言ったところか。
「そろそろ本番いきまーす」
「雪乃戻って来いよ。そろそろ始まるぞ」
「わかったー」
アストレイトの一声に、雪乃は返事をして用意してもらった見学席へと戻っていった。
●一瞬、そして全てを賭す。
クラッパーボードが軽快に音を外に響き渡らせる。真昼の舗装されてない地面を馬が闊歩すると、明らかに黒髪は土にまみれる少女が一人。
「マッチは、あの……入用ではありませんか?」
かぼそい声で桜庭愛(ma1036)がマッチを売る少女を演じている。見つけた一人の黒髪のガンマンに、必死に追い縋っているようだ。
「他を当たれ、しつこいと蹴るぞ」
リダ・クルツ(ma1076)は普段の青髪を地味な黒に染め、目深に被った帽子の奥から物売りにたいして眼光を光らせる。
笑顔が苦手な自分だが、こう言う演技ならば出来るだろうと思い至ったのだ。
それにこの出で立ちはまるで、あの恩人のようで、それを端役とは言え銀幕に遺してみたかった。
「あの……一箱でも、お兄さ」
「いい加減にしろよ」
「ヒッ……ご、ごめんなさいごめんなさい」
一方反対側では、一人の花売りが籠を片手にプレーリースカートを揺らし、人混みに紛れていた。不破 雫(ma0276)だ。
「お花、お花はいりませんか? あなたの今夜の食卓に一輪、飾っては行きませんか?」
「おばさん、お花ちょうだい。この白いのを」
そこに美夕がたかたかと硬貨を手に走ってくる。
「おばっ!? あ、いいえ。はい、どうぞ」
一瞬、自ら年齢をかえりみかけた雫であったが、これが撮影と思い出し。急ぎ笑顔で、一輪の花を売った。それを見た別のエキストラが、自分も欲しいと手をあげる。
「良かったな、嬢ちゃん。ああ、こっちも一本くれや」
こくり、と美夕は頷く。そして同時に思うのだ。のんびりとした西部の日常風景。もし、自分が戦いの道を選んでなかったら、きっとこんな風に過ごしていたのだろう。
そんな雰囲気を考えながら、彼女は『普段、普通』を演じる。
そんなお昼時、日常の光と闇が交差する街中。
「え、な、何が起こってるの?」
ぞろぞろと人だかりが出来始めてくることに、白い花を持った美夕はキョロキョロと不思議そうに辺りを眺める。
「決闘だ! あの若者とフレディがやり合うらしいぜ」
野次馬の中で、イマイチ状況が読み込めてないインディアンの老婆が一人。
『…………………』
『!!』
傍らには、インディアン達に精霊と言われているココペリの格好をしているリコリコが浮遊し、今何が起きているかを教えている。
動く度に頭のトサカ飾りがふわふわと動き、首から下げた縦笛がカラカラと音を鳴らす。
しわくちゃな顔を頷かせ、なるほどーとリコリコに何かを呟く仕草をしている。
「奴に勝てる訳が無い。ふん、ヒーロー気取りか」
リダが横目でハーメルを一瞥、鼻で嗤ってみせた。だが、彼以外のガンマン達は、主人公に期待している節があるらしい。だからこそ、決闘は軽い賭博に向くのだ。
「賭けになるのか? いいぜ、5$」
手のひらを広げ、ならず者にリダはベットした。
中央に立会人を置き、空風に吹かれながらハーメルとフレディは相対する。
「来な、成り上がりの若僧が」
「………その言葉、後悔すらさせる間もなくぶち抜いてやろう」
愛はざんばらな髪を振り、がたがたと決闘の恐怖に体が震える。実際は演技、もしくは武者震いなのかもしれないが。
「こわや……こわや…」
「が、がんばれー! お兄ちゃん!!」
その間にもシーンは進む。野次馬達のガヤ、立会人が静まるように声をあげる。二人は対になるように、背を向けながら歩き続ける。
止まる。
立会人が、手元のコインを指で弾く。
空にコインが上がる。回転中、繰り返される裏、表、裏表。
静寂の真っ只中、一つの金属音が大地を響かせる。
『『パァァン』』
振り向き様、ほぼ、同時にホルスターから抜かれ、重なる銃声。
銃口から上がる硝煙。ならず者フレディが動き、胸元を握り締めると赤い液体が薄汚れたシャツから滲む。
「ごふっ……」
ドサッ
最初何が起きたかわからなかった人も多かっただろう。だからこそ、その事実に住民達は沸き立った。死体を目の前に、馬でこの街を立ち去るならず者の取り巻き達。
同時に、主人公に住民達が祝福するように群がった。その中央には、ヒロインらしき人物が彼に感謝している。
インディアンの老婆は遠くで、ああやはりね、と言う笑みを浮かべれば、そのまま場を立ち去りリコリコもそれに続く。
花売りの雫は喜びを身体で表すように、花びらのシャワーを振り注がせた。
だが、喜びのなか不満げな声をあげる者もいた。フレディの勝利に賭けていたリダである。
「チッ、持って行けよ。あーあ……」
俯いて金を渡して大きな溜め息を吐くが、どこか清々しげで晴れやかとして空を見上げた。
街を前々から覆っていたあの陰惨な雲が消え失せたからだろうか。
主人公にハグをするヒロイン。皆がそちらに視線が向く中、雫は視線を別に向けていた。
ならず者フレディはそこに居らず、あるのは棺桶のみ。彼女はそっとそちらに近付くとしゃがんで花を一つ添えた。
ただ、彼の冥福を祈って……
「カット。オッケィ! 今のでフィニッシュフィリミングだ!」
「ありがとう諸君! リアリティある良い作品になるだろう」
主演二人へと監督とスタッフ達から、大きな拍手が送られる。そして、花束が祝いに贈られるのだが。
どうやら、主人公であるハーメル役の俳優に、美夕が花束を手渡すようだ。
「その……良かったらこれ、どうぞ」
これこそが、監督からの提案。スタッフに用意された花束を渡す役目を彼女に与えたのである。
「あ……ありがとうございます。ハァ……緊張したぁ……」
そこにはクールな荒野のガンマンハーメルではなく、感激に涙目になっている一人の若い役者がいたのであった。
●大団円
こうしてにスタッフ、他の役者さん、そして監督と、会場に移りささやかながら打ち上げ会が開催された。
ご馳走、と言うには若干質素な内容だが、炭酸水のボトル等も置かれお祝いにはぴったりだろう。
「そうか、桜庭さんってプロレスラーなのね」
スタッフの一人と話していた愛がはい、とマッシュポテトを頬張りながら会話をしている。
「はい、レスラーをしてます」
「どこのサーカス所属なの?」
「サーカス? いいえ、私が行うプロレスと言うのはですね」
そう言って、彼女は彼女のプロレスを語り始めた。
「差し入れにドーナツ。打ち上げにドーナツはいかが」
肩に入れ物をぶら下げて、リダがスタッフ達へとドーナツを宣伝している。いつか、ドーナツショップを持ちたい、とも考えているようだ。
「おーい、こっちに一個くれー」
「お待ちどうさまなのだ」
大鍋を小さな身体で運びながら、お玉を持っているフィンダファー。撮影同様にポーク&ビーンズを作ったようだ。
煮込まれたトマトの酸味が胃をくすぐる。
「ハーイ♪ お互いお疲れ様」
美味しくご飯を頬張っていたところ、いきなり自分の事を言われたようでリコリコは目をパチクリさせる。
「だ、誰なのだ?」
そこには、ブロンドのポニーテール。活発そうな見覚えない女性の姿があった。
「誰って、あなたがあたしの周りをずっと飛んでたじゃない」
リコリコは、暫し自分の役を思い出す。確か、インディアンの老婆の傍らにいた妖精………
「ええ~!! あの時のおばあさんなのだ?」
「正解♪ あたしランポップ・エドガー。特技は『変装』なの」
「リコリコはリコリコなのだ。よろしくなのだ」
ランポップ、そう名乗った女性は驚くリコリコに、ドヤ顔を決めてみせた。
「まだ、ぺーぺーの役者の玉子なんだけどね。あたし、どんな役でもやるからさ。近い内にまた会うかもね♪」
「変身じゃなくて、変装……なのだ?」
それはどんなスキルなのだろうか、と首を傾げるリコリコにランポップは笑って応える。
「そうだよ。洋服とメイク道具であたしは、何にでもなれるの」
「おねーちゃん、魔法使いみたいなのだ!」
「リコちゃんだって、どうやってあんな風に浮かんでたの?」
「リコリコは羽で飛んでただけなのだ
」
「そうだよねー。そんな簡単に手品のタネは教えられないよねー」
新たな世界にて、新たな縁が一つ生まれたようだ。それから二人は、お互いの特技を見せあったりと、暫く会話を楽しむのであった。
やはり、と言うか映画監督であるトーマスの元には、スタッフ他たくさんの人が集まっているようだ。
「ちょっと向こうに行ってくるよ」
「いってらっしゃーい」
「おかわりは良いのだ? 武蔵」
「また後で」
友と共に、食事を楽しみしっかり空にしてから武蔵介は、監督へと話し掛ける。
「出演させていただき感謝します。完成が楽しみです」
爽やかな笑顔と共に、武蔵介が挨拶をすると監督もご満悦なのか手にした炭酸水に口をつけながら、礼を言う。
「ありがとう。新たに建設される映画館でも上映される筈だ。是非見に行って欲しいね」
次いで雪乃が監督に話しかける。
「あのっ、エキストラの仕事があればまた受けたい、です」
「ボクにそこまで決める権力はないよ。ただ、社内で口利きくらいは出来るかな」
やったー、と跳ねて喜ぶ雪乃に良かったわね、と蘇芳が笑みを浮かべてくれた。
「監督さま、映画における役者の心構えなどお教えいただけませんか」
静にそう言われ、トーマスは困った顔で眼鏡を直す。
「そう言われてもな……ボクは役者じゃないのさ」
だから、語れるのは映画監督としての心構え、となってしまう。それでも良いなら、と彼は饒舌に語ってくれた。
「今の時代って、混沌としていて未来(さき)が見えないだろ? 嘘も真実も見分けにくい時代だ。だからこそ、映画の中だけでも僕は本物を提供したいんだ」
「殊勝な心掛けですね」
演者として、信念を持つことの大切さを彼女はよく心得ていた。
静の言葉に気分が大きくなったのか、ワイングラスの炭酸を一気に飲み、カタンとテーブルに置く。
「……だからこそ、ボクはあの人が信じられない。空想なんて、子供騙しばかり作り続けてっ」
「か、監督さま?」
敵意、それとは似た鋭さをもつ口調になっているトーマスに静は驚く。
「そうだ、もし他の映画会社に雇われるようなことがあっても、ボクに遠慮をするな。全力で演技してくれ」
特に、『エイシー社のアイツ』には、と言ったところで、トーマスはよろめき、転ける。
「トーマスさま!? だ……大丈夫ですか?」
「あー、もう。この監督はまた『場酔い』してるし!」
遊夜の傍らで連れ出される監督を眺めながら、あちゃーと顔を手で押さえるスタッフ。
「……ん。ユーヤ、チキン持ってきたよ」
ありがとうな、と響は遊夜から礼を言われると彼の膝の上に当たり前のように座る。まさにそこは、彼女だけの特等席だ。
「トーマス監督ってのは、他にどんな映画を作いるんだ?」
今後の為にも、彼の作品の傾向を掴んで置きたかった。
「そうだなぁ……アクション、サスペンス、それからドキュメントだね」
特に、リアリティの追求を目指している為か、ドキュメント映画への熱意は並々ならぬものらしい。
「あの人、無鉄砲だからさ。いつか、マフィアのドキュメントを撮ってやるって言いだすんだよ。いくつ命があっても足りないよ」
「そう言う奴さんも、楽しそうじゃねぇか」
ニヤリと口元歪める遊夜に、そうかな、とそのスタッフはクスクスと笑ってみせた。
「あの熱意は本物だよ。あてられる程にね」
雫は一人、先程撮影したカメラの映像をスタッフに頼み、見せてもらっていた。眩しいほどの笑顔を見せている画面越しの花売りは、今や熟れたトマトのように真っ赤である。
「演技中は恥ずかしさは無かったんですが……終わった後になって段々と恥ずかしくなりますね」
彼女は熱い頬を冷ますように両手で押さえた。
「みつけた、君だね」
雫が振り返ると、そこにはがたいの良いスーツ姿の男性が立っていた。被っていた帽子を取り会釈を一つ。
「あの……」
「私、いや……フレディに花を手向けたのは」
「え、え!?」
漸く雫は気付く。彼こそが、ならず者を演じていたあの俳優であったことを。
「すまないね。彼はあの映画では慈悲すら許されない悪者でなくてならない。君のあの演技はカットされるだろう」
「けど、君の気持ち、確かに私は受け取ったよ。ありがとう」
まさかの出会いに、事態に、雫の頭は真っ白であった。漸く相手からお辞儀をされていたことに気付き、こちらもお辞儀を返した。
「では、私はこれで。次はスクリーンで会おう」
そう言ってならず者であった男は、帽子を被り直し、その場を立ち去るのであった。




