浮島に住む、大きなクマムシ。その巨体に咎人達が近付く。
マジマジ眺めるも、ご本人は動揺など一切見せない。
「クマには似てないけど、クマみたいに大きいからクマムシ?」
紅緒(ma0215)が未だにムシャムシャと餌を食べているクマムシの隣に来てからしゃがみ、頭と思わしき場所をナデナデしまくる。
「ずんぐりむっくりだけど、そこがいいわ」
クマムシの巨体に臆することなく、紅緒の傍らに佇む藍紗(ma0229)。
今まで、此れより大きな百足や蜘蛛を切り捨ててきた身だ。今さら、敵意すら持ちえないクマムシに怯える心は持ち合わせてはいない。
それよりも、クマムシと戯れる紅緒の何と愛おしく、愛くるしいことか。
「クマムシと戯れし紅緒は、さながら虫愛づる姫君じゃな。ふふ」
一方で、クマムシにいち早く頭の辺りに足を跨いで乗るシアン(ma0076)。
「今日はよろしくね」
優しく微笑み、その頭を撫でる仕草は若干弱々しい。ここ最近、大変な依頼が多かった為か、彼は少々お疲れ気味だ。
「よろしくな。頼りにしてんよ」
ヴァイオレット(ma1131)もまた、クマムシに乗りながらシアンの側へと寄り添う。そんな様子に、操作用の釣竿を持ちつつ、シアンは彼に背を預ける。
「ヴィオさんと一緒にいると、すごく安心するよ」
「ははっ、そう言って貰えっと嬉しいよ」
頭を撫でてやれば、シアンは瞳を細めて喜ぶ。
「さぁ、クマムシくん。出発しよう」
目の前に釣糸を垂らせば、ノソリノソリと動き始める。
「クマムシって、ダンゴムシみたいよね? けっこうかわいい」
紅緒と藍紗も、クマムシに乗り準備完了。ここで藍紗が腕を組み換えながら一句。
『果てしなき 御世の途ゆく ともがらは 常世の虫と 人は言いけり』
「いけー、とこちゃん!」
こうして、常世(とこよ)から命名『とこちゃん』と共に二人も廃墟群へと出発したのであった。
●ゆっくり廃墟さんぽ
紅緒はクマムシを操作し、ゆらり揺られて歩道を闊歩する。
「馬より乗り心地良いかも」
釣糸の先の餌をゆらり揺らして、クマムシをコントロールしていた。
「何やら、向こうより鳥の声が聴こえるの。紅緒よ、そこの角を曲がってはくれぬか」
「うん! とこちゃん、あっちだよー」
クマムシの身体は柔らかいのか、細い隙間も何のその。薄暗く細い路地を抜けた先は、鳥達の楽園があった。
綺麗さに声をあげようとした紅緒を人差し指で、藍紗は制す。コクリと頷いてから、クマムシを一時停止させた。
かつてはただの暗い路地裏であったのだろう。しかし、建物が老朽化し、一筋の陽光が植物を成長させ、それを小鳥達が啄みに来ている。
「かわいい」
そう、普通に植物を餌として食べているのだ。自分達はクマムシから離れれば、一瞬にして瓦解するほどの汚染ある世界に於いても、彼ら生物には日常的風景なのだ。
「よき景色じゃ」
光に照らされ育つ草木と、影部分に残るコンクリート。そのアンバランス差を、かめらにて藍紗は納める。
「悠久の都を永久を留める道具で此れに収める、不思議なものじゃ」
こちらは、シアンとヴァイオレット。恐らく街路樹を植えていたであろう道路を、ゆっくりクマムシで這いながらシアンはシャッターを切る。
本来は切り揃えられて、人間の手が加えられていた木々達はあるがままを謳歌し、根元に雑草を着飾る。
彩りなど気にせず、舗装された道路のひび割れから花達が色とりどり溢れかえって見える。
「ひとの手が入らないと、植物ってこんなに育つんだ」
花には勿論、蝶達が普通に空中をたむろしている。カメラをズームしながら、若干前のめり気味に彼は写真を撮る。
「おい、クマムシから落ちんなよ?」
そっと、シアンの肩に手を於て、ヴァイオレットが彼を引き戻す。
「あ、ありがとう。ちょっと疲れてたみたい。やっと肩の力が抜けた気分だよ」
「ん、そりゃ何よりだ。今日は難しいコトは考えずのんびりやろうや」
また、頭を撫でてあげる。シアンは頬の緊張をほどけさせ小さく頷いた。
「よし。あのビルを目指して行くか」
二人はクマムシを進める。
そこから辿り着いたのは、廃墟のビル群。今となっては、巨大な長方形の建造物でしかないが、かつてはどれほどの人がこの中に詰まっていたのだろうか。
そんな事実など、クマムシにはどこ吹く風か、地面と変わらず六本の足を器用に動かし、壁面を登っていく。
無論、平気なのはクマムシだけだ。シアンは、釣竿を垂らしながらクマムシの胴に足を絡めてしっかりしがみつく。重力の楔からは、彼は逃れられないのだから。
「地面からどんどん離れてるよ、ヴィオさん」
「ああ、そうだな」
のそり、のそりと早歩きにも似たスピード。
まるで自分が壁を歩いているような不思議な感覚にシアンは思えた。その背中をヴァイオレットはしっかりと押さえている。
いつでも、シアンがバランスを崩しても良いように背中の星空色の羽を出せる準備はしている。
少し興奮気味にはしゃぐシアンを眺めながら、安堵に口元を弛めるヴァイオレット。
「ヴィオさん、あの窓から大量の花が見えるから撮ってほしいな」
「よしっ、任された」
同じく、別の建物を垂直に登っていた紅緒と藍紗。
「よーし、そこの梯子を渡って、がんばれとこちゃん!」
「紅緒、クマムシを自在に操るのは構わぬが、無理はせぬようにの」
廃高層ビルのいくつかは、老朽化で傾いているのか紅緒はクマムシに命じるままにビルを渡り歩いていた。
「ほう、彼方を見よ紅緒」
藍紗が視線で示す先、其処は特に苔むしたビルの一角。そこには、今騎乗しているクマムシよりは小さな子供達が何匹かで、ムシャムシャと苔を食べていた。
「わぁ、カワイイ!」
そっと、とこちゃんをそちらに紅緒が近付ける。それなりに大きな巨体が近付いてきている筈だが、小さなクマムシ達は苔に夢中だ。
不死の虫と言われる頑丈さを持つクマムシだが、のったりのったりとした愛嬌ある様子に藍紗は微笑む。
紅緒はとこちゃんの頭へと移動しながら、小さなクマムシをなでなでしていた。
●遠くからこそみえるもの
シアンがそこを登りきると、先客がいた。今回の依頼者、パルミエである。こちらに気付くと振り返りながら笑顔を浮かべる。
「お前らも来たのか? 確かにここいらじゃこのタワーが一番高いんだぜ」
そう言ってから、クマムシに横乗りしながら、妖精は足をパタパタと放り出した。
ここは恐らく都市の中ではシンボル的な意味合いのあるタワーだったのだろう。
全面ガラス張りのなだらかな曲線を描く建造物は、観光地と見るのがふさわしいようだ。
きっと、自分達が今登っている辺りの室内は、展望台にでもなっているのだろう。
「うわ、結構風が吹いてるよ!」
「一段と気を付けるのじゃぞ」
一番高い所を求めてしまうのはヒトの性なのか、紅緒達とそのクマムシもタワー頂上へと前足を踏み入れるのだった。
タワーから下界を眺めるヴァイオレット。
この世界に何があったかはわからない。だが、今は植物と生物の楽園となっていることに間違いはない。
「……滅んでしまっているのは悲しいけど、綺麗だね」
「あぁ。花に覆われて眠る町ってのは初めて見たけど、綺麗なもんだ」
シアンの呟きに、ヴァイオレットは頷く。
グレーを彩る深緑の不規則模様。幾数年の時を経て、漸く手に入れた芸術とも言えるだろうか。鑑賞者は自分史達が来るまでゼロだったようだが。
紅緒はタワーの真下にファインダーを合わせる。今も、タワーへと上へ上へと目指して蔓が這いながら登っているが、展望台へと辿り着くにはまだまだ時が経たなければ難しそうだ。
(これこそ、下にいたら撮れない景色ね)
(けど、すごい眺め吸い込まれちゃいそう)
ビルの隙間風が、藍紗の結った黒い艶髪を吹き上げる。ここまで来ると、鳥の声も聴こえない。
ビル風と言う文明の残渣のみが、耳に残る。
『千代の果て 花を遺せし 寂静に まみえし友と しばし巡らむ』
細い指を筆のようになぞり、彼女は虚と言う短冊に一首を詠む。
「オーイ、日が落ちてからだが冷えてきたからそろそろ降りるぜ」
小さな二の腕を擦りながら、パルミエが全員へと声をあげる。風景の撮影も無事に終え、こうして全員はこの廃墟を後にすることにしたのであった。
●名残惜しくはあるけども
咎人達が、廃墟を離れた頃には太陽は沈みかけていた。クマムシが橙の光に染まり、影が別れを惜しむかのように長く斜めに残る。彼らはこの滅びた世界を生きる者達、そろそろお別れの時間だ。
「とこちゃんとお別れやだよー……お持ち帰りする!」
紅緒が別れを惜しむように、ひしっと大柄な胴体に抱き付いて、涙を滲ませる。
「人には人の、虫には虫の領分ありじゃ、紅緒。また会いに来よう」
藍紗は困り顔一つせず、紅緒の肩を諌めるように叩いて諭す。
「うん……バイバイ、とこちゃん」
クマムシは鳴くことはない。だが、食べていたエサから、視線を外して一瞬だけ紅緒へと頭を向けた。それが、クマムシの愛情表現であったかは、謎だ。
「次は夜に来てみても良いかもな。また違う一面が見えるかも知れない」
「夜の廃墟か、ちょっと怖いけど興味はあるかも」
ヴァイオレットの言葉に、ちょっと考えてから苦笑いを浮かべてシアンは応えた。ヴァイオレットは無言で彼を眺めていれば、どうしたのかと愛しき友は首を軽く傾げる。
シアンに向き直り、頬にそっと指を触れて撫でてやる。
「……少しは息抜き出来たみたいだな」
いつものように振る舞えるように。そう暗にヴァイオレットが言えば、瞳を細めて彼の手に自ら手を重ね、その温もりに身を委ねた。
「ん、もう大丈夫……ありがと」
マジマジ眺めるも、ご本人は動揺など一切見せない。
「クマには似てないけど、クマみたいに大きいからクマムシ?」
紅緒(ma0215)が未だにムシャムシャと餌を食べているクマムシの隣に来てからしゃがみ、頭と思わしき場所をナデナデしまくる。
「ずんぐりむっくりだけど、そこがいいわ」
クマムシの巨体に臆することなく、紅緒の傍らに佇む藍紗(ma0229)。
今まで、此れより大きな百足や蜘蛛を切り捨ててきた身だ。今さら、敵意すら持ちえないクマムシに怯える心は持ち合わせてはいない。
それよりも、クマムシと戯れる紅緒の何と愛おしく、愛くるしいことか。
「クマムシと戯れし紅緒は、さながら虫愛づる姫君じゃな。ふふ」
一方で、クマムシにいち早く頭の辺りに足を跨いで乗るシアン(ma0076)。
「今日はよろしくね」
優しく微笑み、その頭を撫でる仕草は若干弱々しい。ここ最近、大変な依頼が多かった為か、彼は少々お疲れ気味だ。
「よろしくな。頼りにしてんよ」
ヴァイオレット(ma1131)もまた、クマムシに乗りながらシアンの側へと寄り添う。そんな様子に、操作用の釣竿を持ちつつ、シアンは彼に背を預ける。
「ヴィオさんと一緒にいると、すごく安心するよ」
「ははっ、そう言って貰えっと嬉しいよ」
頭を撫でてやれば、シアンは瞳を細めて喜ぶ。
「さぁ、クマムシくん。出発しよう」
目の前に釣糸を垂らせば、ノソリノソリと動き始める。
「クマムシって、ダンゴムシみたいよね? けっこうかわいい」
紅緒と藍紗も、クマムシに乗り準備完了。ここで藍紗が腕を組み換えながら一句。
『果てしなき 御世の途ゆく ともがらは 常世の虫と 人は言いけり』
「いけー、とこちゃん!」
こうして、常世(とこよ)から命名『とこちゃん』と共に二人も廃墟群へと出発したのであった。
●ゆっくり廃墟さんぽ
紅緒はクマムシを操作し、ゆらり揺られて歩道を闊歩する。
「馬より乗り心地良いかも」
釣糸の先の餌をゆらり揺らして、クマムシをコントロールしていた。
「何やら、向こうより鳥の声が聴こえるの。紅緒よ、そこの角を曲がってはくれぬか」
「うん! とこちゃん、あっちだよー」
クマムシの身体は柔らかいのか、細い隙間も何のその。薄暗く細い路地を抜けた先は、鳥達の楽園があった。
綺麗さに声をあげようとした紅緒を人差し指で、藍紗は制す。コクリと頷いてから、クマムシを一時停止させた。
かつてはただの暗い路地裏であったのだろう。しかし、建物が老朽化し、一筋の陽光が植物を成長させ、それを小鳥達が啄みに来ている。
「かわいい」
そう、普通に植物を餌として食べているのだ。自分達はクマムシから離れれば、一瞬にして瓦解するほどの汚染ある世界に於いても、彼ら生物には日常的風景なのだ。
「よき景色じゃ」
光に照らされ育つ草木と、影部分に残るコンクリート。そのアンバランス差を、かめらにて藍紗は納める。
「悠久の都を永久を留める道具で此れに収める、不思議なものじゃ」
こちらは、シアンとヴァイオレット。恐らく街路樹を植えていたであろう道路を、ゆっくりクマムシで這いながらシアンはシャッターを切る。
本来は切り揃えられて、人間の手が加えられていた木々達はあるがままを謳歌し、根元に雑草を着飾る。
彩りなど気にせず、舗装された道路のひび割れから花達が色とりどり溢れかえって見える。
「ひとの手が入らないと、植物ってこんなに育つんだ」
花には勿論、蝶達が普通に空中をたむろしている。カメラをズームしながら、若干前のめり気味に彼は写真を撮る。
「おい、クマムシから落ちんなよ?」
そっと、シアンの肩に手を於て、ヴァイオレットが彼を引き戻す。
「あ、ありがとう。ちょっと疲れてたみたい。やっと肩の力が抜けた気分だよ」
「ん、そりゃ何よりだ。今日は難しいコトは考えずのんびりやろうや」
また、頭を撫でてあげる。シアンは頬の緊張をほどけさせ小さく頷いた。
「よし。あのビルを目指して行くか」
二人はクマムシを進める。
そこから辿り着いたのは、廃墟のビル群。今となっては、巨大な長方形の建造物でしかないが、かつてはどれほどの人がこの中に詰まっていたのだろうか。
そんな事実など、クマムシにはどこ吹く風か、地面と変わらず六本の足を器用に動かし、壁面を登っていく。
無論、平気なのはクマムシだけだ。シアンは、釣竿を垂らしながらクマムシの胴に足を絡めてしっかりしがみつく。重力の楔からは、彼は逃れられないのだから。
「地面からどんどん離れてるよ、ヴィオさん」
「ああ、そうだな」
のそり、のそりと早歩きにも似たスピード。
まるで自分が壁を歩いているような不思議な感覚にシアンは思えた。その背中をヴァイオレットはしっかりと押さえている。
いつでも、シアンがバランスを崩しても良いように背中の星空色の羽を出せる準備はしている。
少し興奮気味にはしゃぐシアンを眺めながら、安堵に口元を弛めるヴァイオレット。
「ヴィオさん、あの窓から大量の花が見えるから撮ってほしいな」
「よしっ、任された」
同じく、別の建物を垂直に登っていた紅緒と藍紗。
「よーし、そこの梯子を渡って、がんばれとこちゃん!」
「紅緒、クマムシを自在に操るのは構わぬが、無理はせぬようにの」
廃高層ビルのいくつかは、老朽化で傾いているのか紅緒はクマムシに命じるままにビルを渡り歩いていた。
「ほう、彼方を見よ紅緒」
藍紗が視線で示す先、其処は特に苔むしたビルの一角。そこには、今騎乗しているクマムシよりは小さな子供達が何匹かで、ムシャムシャと苔を食べていた。
「わぁ、カワイイ!」
そっと、とこちゃんをそちらに紅緒が近付ける。それなりに大きな巨体が近付いてきている筈だが、小さなクマムシ達は苔に夢中だ。
不死の虫と言われる頑丈さを持つクマムシだが、のったりのったりとした愛嬌ある様子に藍紗は微笑む。
紅緒はとこちゃんの頭へと移動しながら、小さなクマムシをなでなでしていた。
●遠くからこそみえるもの
シアンがそこを登りきると、先客がいた。今回の依頼者、パルミエである。こちらに気付くと振り返りながら笑顔を浮かべる。
「お前らも来たのか? 確かにここいらじゃこのタワーが一番高いんだぜ」
そう言ってから、クマムシに横乗りしながら、妖精は足をパタパタと放り出した。
ここは恐らく都市の中ではシンボル的な意味合いのあるタワーだったのだろう。
全面ガラス張りのなだらかな曲線を描く建造物は、観光地と見るのがふさわしいようだ。
きっと、自分達が今登っている辺りの室内は、展望台にでもなっているのだろう。
「うわ、結構風が吹いてるよ!」
「一段と気を付けるのじゃぞ」
一番高い所を求めてしまうのはヒトの性なのか、紅緒達とそのクマムシもタワー頂上へと前足を踏み入れるのだった。
タワーから下界を眺めるヴァイオレット。
この世界に何があったかはわからない。だが、今は植物と生物の楽園となっていることに間違いはない。
「……滅んでしまっているのは悲しいけど、綺麗だね」
「あぁ。花に覆われて眠る町ってのは初めて見たけど、綺麗なもんだ」
シアンの呟きに、ヴァイオレットは頷く。
グレーを彩る深緑の不規則模様。幾数年の時を経て、漸く手に入れた芸術とも言えるだろうか。鑑賞者は自分史達が来るまでゼロだったようだが。
紅緒はタワーの真下にファインダーを合わせる。今も、タワーへと上へ上へと目指して蔓が這いながら登っているが、展望台へと辿り着くにはまだまだ時が経たなければ難しそうだ。
(これこそ、下にいたら撮れない景色ね)
(けど、すごい眺め吸い込まれちゃいそう)
ビルの隙間風が、藍紗の結った黒い艶髪を吹き上げる。ここまで来ると、鳥の声も聴こえない。
ビル風と言う文明の残渣のみが、耳に残る。
『千代の果て 花を遺せし 寂静に まみえし友と しばし巡らむ』
細い指を筆のようになぞり、彼女は虚と言う短冊に一首を詠む。
「オーイ、日が落ちてからだが冷えてきたからそろそろ降りるぜ」
小さな二の腕を擦りながら、パルミエが全員へと声をあげる。風景の撮影も無事に終え、こうして全員はこの廃墟を後にすることにしたのであった。
●名残惜しくはあるけども
咎人達が、廃墟を離れた頃には太陽は沈みかけていた。クマムシが橙の光に染まり、影が別れを惜しむかのように長く斜めに残る。彼らはこの滅びた世界を生きる者達、そろそろお別れの時間だ。
「とこちゃんとお別れやだよー……お持ち帰りする!」
紅緒が別れを惜しむように、ひしっと大柄な胴体に抱き付いて、涙を滲ませる。
「人には人の、虫には虫の領分ありじゃ、紅緒。また会いに来よう」
藍紗は困り顔一つせず、紅緒の肩を諌めるように叩いて諭す。
「うん……バイバイ、とこちゃん」
クマムシは鳴くことはない。だが、食べていたエサから、視線を外して一瞬だけ紅緒へと頭を向けた。それが、クマムシの愛情表現であったかは、謎だ。
「次は夜に来てみても良いかもな。また違う一面が見えるかも知れない」
「夜の廃墟か、ちょっと怖いけど興味はあるかも」
ヴァイオレットの言葉に、ちょっと考えてから苦笑いを浮かべてシアンは応えた。ヴァイオレットは無言で彼を眺めていれば、どうしたのかと愛しき友は首を軽く傾げる。
シアンに向き直り、頬にそっと指を触れて撫でてやる。
「……少しは息抜き出来たみたいだな」
いつものように振る舞えるように。そう暗にヴァイオレットが言えば、瞳を細めて彼の手に自ら手を重ね、その温もりに身を委ねた。
「ん、もう大丈夫……ありがと」




