●
尋常ならざる光の奔流を目撃したロス・テラスの騎士たちは、見る見るうちにその表情から色を失っていった。顔が紙のように白くなっていく。魔王の使う力は、人智を超えた──神の力。それを、長だったとしても東夷──東の蛮族が使える筈がない。
「何故東夷が神に匹敵する力を……?」
「魔王が神と同等だと……?」
「神の加護を受けているなら何故我々と敵対している……?」
神は我らの敵に力を与えたのか?
何故?
神は我らを見捨てたまうのか?
信仰を根拠にしている彼らだからこそ、それを揺さぶられた時の寄る辺なさたるや。戦意すら失いかけ、剣を持つ手が徐々に下がっていく……その時だった。
「落ち着いて! 我々は為すべき事を為すんだ!」
シアン(ma0076)が声を張り上げた。トライアンフの槍を掲げた。先端に巻かれた赤い布がはためく。
「魔王にはリーゼロッテ殿が向かった! 我々に敗北は無い!」
騎士たちが受け入れそうな言葉や態度を選び、槍の印象と共に鼓舞を試みる。その言葉が、騎士たちの自失を押しとどめた。
リーゼロッテ・ロス・テラス。白光神テラスの末裔。その彼女が魔王に立ち向かっている。ならば、なるほど確かにこちらに敗北はあり得ない。
シアンの、この世界の信仰を的確に見抜いた言葉は説得力を持って騎士たちの心に響く。
「彼女達の凱旋を、勝利で迎えよう!」
その一言が完全に潮目を変えた。一人、また一人と、自分の武器を持ち直す。その顔には、徐々に血色が戻りつつあった。
「そ、そうだ! 姫はテラスの末裔! 神により、人の上に立つことを許されたお方! 魔王如きに負けるはずがない!」
「そうだ! 我々が信じずしてどうする!」
「武器を持て! 旗を揚げよ! 東夷に見せつけてやるのだ!」
「その通りだ! 行こう!」
シアンとて、口だけではない。声を掛けながら力を溜めていた刺突一閃で、前から向かってくる魔族たちへ正面から衝撃波を撃ち放った。それで鎧の破損したものにはブレイクキル。どうと倒れるオーク。
その動きに反応したように、シアンの近くにいた騎士がゴブリンに剣を突き刺した。防具さえなければあとはいつも通りなのだ。魔族の血が大地に流れる。血を見た興奮なのか、魔族を切った手応えからなのか、騎士の顔は完全に戦士のそれになっている。赤く染まった剣を掲げ、
「勝てぬ戦いではない!」
「そうだ! 掛かれ! 姫に、我らに、テラスに勝利を!」
「行くぞ! 力の限り戦え! イルミン・イルダーナ!」
「イルミン・イルダーナ!」
神と神々の大地の祝福あれ! 掛け声が伝播して、騎士たちはその矜持と戦意を持ち直した。
●
シアンの言葉で精神面は持ち直した騎士たちだったが、すでに乱戦状態になっており、戦線らしい戦線はなくなっていた。
(一人でも多くの騎士を生きて帰す。その為にも少しでも長く戦い、少しでも多くの敵を倒す!)
青柳 翼(ma0224)は改めて腹を決めた。
「魔王からの攻撃には注意しとこう! 警戒してるかどうかで別れることもある筈だから!」
そんなに頻繁に来るとも思いたくないが、あの攻撃を使われると不味いことに変わりはない。
「ここで騎士の人達がやられると後がないんでね、殲滅させて貰うよ」
騎士と打ち合っている魔族たちに、マルチショットを撃ち込む。弾丸が強烈にゴブリンの装甲を破壊し、バランスを崩した。その上を、急に止まれなかった馬が走り抜け、蹄鉄がその腹を踏みつける。断末魔は騎士の雄叫びと馬のいななきに飲まれた。他の魔族にも、騎士が追撃して倒して行く。
「確実に削って行く。戦いは小さな優勢を積み重ねれば勝てるんだ!」
一番近くにいるオークに狙いを付ける。鎧の接続部を狙って引き金を絞る。着弾で気を取られたオークには、騎士が横合いから突っ込んで、その胴に斧を叩き付けた。
「残念だけど、ここから先は通行止めだよ。来世で出直して来てね」
ウィンクするように片目をつむって狙いを定めると、よろけたオークの胸を撃ち抜いた。
●
(……魔王の一撃で怯んでいると戦線が崩れるわ。まずは兵士達の士気を上げないと)
マリュース(ma0231)は後方で動揺する騎士たちの背中を見て思案していた。そこで、イルダーナフで広く知られている歌を口ずさむ。騎士の幾人かがちらりとこちらを見た。
やがて、前方でトライアンフの槍が上がった。イルミン・イルダーナの掛け声が広がり、騎士たちが再び動き始める。彼らが正気に戻ったのを見て取ると、彼女は声を張り上げた。
「崩れた陣形を立て直して! 盾は前に! 射撃と魔法で迎撃を!」
ぐるりと見回し、指揮官と思しき騎士に声を掛けた。
「指揮官さん、号令をお願いしますわ。私は歌い続けますので。王国の為、そこにいる守りたい人達の為、戦い続けましょう! ……そして迎えてくれる人達の為に生きて帰りましょう!!」
馬の蹄の勢いが増した。前の方では既に戦闘が始まっており、金属のぶつかる音が聞こえる。
(まぁ、私のガラじゃないんですけど。今回は仕方なしですわ)
そんなことをちらりと思いながら、マリュースは歌い続けた。欲とは対極の澄んだ歌声が戦場に響く。
●
「ありゃザッハークの旦那っすか。知り合いとはやりたくねっすし、魔王も怖いから離れて騎士さん達の援護に回るっすかね。それと万が一を考えると退路を確認しといた方がいいっすよね」
天魔(ma0247)は神魔飛行で飛びながら、魔王側を見て呟いた。乱戦で戦場が騒がしいので、彼がそんな気弱なことを言っていると騎士は誰も思うまい。黒い強膜に銀の虹彩、そして飛行能力。尋常ならざる外見をした彼が、そんな三下じみたことを言っているなんて。とは言え、ザッハークと言う生前の知人と同じ姿の簒奪者の登場に動揺するのは、致し方ないところだろう。
「……さて」
こほん、と咳払いすると、
「敵の方が多い、一人で戦うな。今回は防衛戦ではない。次がある。いざとなったら撤退も頭に入れておけ」
いつもの尊大な態度で騎士に声を掛けた。孤立した騎士を誘導して、他の仲間に合流させる。
「また、魔王の攻撃が来るかもしれん。重々注意しておけ。おっと」
オークが複数体向かってくる。天魔は魅了を発揮した。魅入られて、鼻息荒く天魔に手を伸ばすオークたち。その後ろから、騎士たちが一斉に斬り掛かった。兜が吹き飛ぶ。天魔しか見えていないオークたちはあっという間に地に伏した。魅了に掛かったオークの仕草に微妙な気色悪さを感じていたのか、騎士たちの表情は別の意味で渋い。
「では私はこれで。後は頼む。ああ、複数で戦うのは他の騎士にも伝えてくれ」
騎士たちからの礼を背に受けながら、天魔は別の目的を果たそうとしていた。退路の確保を試みるが……いかんせん人も魔族も多く、声掛けでコントロールできる動きではない。
「乱戦っすからね……確保したそばから埋まるっすかねこれは……」
その時はまた上空から誘導するしかないだろう。彼はまた戦場に戻り、援護を続けた。
●
「……ん、よろしく……援護射撃、頑張るから……一緒に、生き残ろう……ね」
「防御は任せてくれ、存分に壁にしてくれて良い。共に生き残ろうぜ」
鈴鳴 響(ma0317)と麻生 遊夜(ma0279)は騎士たちと生存を誓い合った。一緒に、共に、と言う言葉で連帯を深める。響はトリルノートを構えた。
(生き残る為にはチームワークは欠かせない……これもユーヤの為、頑張る!)
遊夜はちらりと魔王の方を見ながら、
(あれがラスボスか。分かっちゃいたが本当に規格外だな、悲しくなるね)
首を横に振った。しかし、今は目の前の敵だ。大楯・トロイアを構える。
「……ん、お披露目の時……距離、ヨシ……準備、ヨシ……何時でも、良いよ」
「よし、皆準備は良いな! 響、やってくれ」
「……ん、範囲行くよー……皆、よろしくね。三……二……一……どーん!」
響のチャージショット、アストラルフレアが近づいて来る敵集団に炸裂した。
「今だ! 行くぞ!」
遊夜の合図で、騎士たちは動揺の走る敵に向かって行った。打ちかかり、シールドが壊れた敵には響がブレイクポイントで追撃する。遊夜は味方の穴を埋めるように動き、敵へ挑発を仕掛けた。
「さぁ、お前らの相手は俺がしてやる! 余所見してる暇はねぇぞ!」
さしたる知能もない魔族は、それに簡単に乗った。彼へ殴り掛かるが、大楯がそれを許さない。遊夜へ攻撃が向いている間に、騎士たちが攻撃を加えた。守りが堅い敵には、響がクイックショットでダメージを稼ぎ、シールド破損や撃破に繋げている。
挑発に乗った敵が粗方いなくなると、遊夜はハウリングで周囲の騎士たちの支援をした。乱戦となれば、少しの回避や防御力が生存に繋がる可能性がある。
「守りを固めろ! 凌いだらあっちのオークを狙う! さぁ、敵の隙を食い破るぞ!」
響がその頭上から、ガトリングガンで弾幕を張っていた。スライムの身体が千切れて飛び散り、ゴブリンの武器を弾き飛ばす。
「標的は、選り取り見取……ふふ、うふふ……さぁ、遊ぼう?」
●
「守りは僕に任せてよ! 今回の新技はこうゆう時には強いんだよ」
山神 水音(ma0290)は騎士たちにそう宣言すると、巨大化を用いてそのイデア体を膨らませた。さっきまで、馬上の騎士に見下ろされていた彼女が、あっという間に見下ろす側になる。騎士たちは仰天したが、水音が変わらず味方のように口を利くのでひとまずは安心と言ったところか。彼女は魔族たちを挑発する。
「僕は此処に居るよ! 何処からでも掛かってこい!」
魔族たちはよく目立つ彼女に向かって行った。目論見通りだ。
「僕の体を使えば皆の盾に成る事だってできるんだよ。今のうちに!」
「了解! 今が好機だ! 掛かれ! 彼女の行いを無駄にするな!」
水音に注意を惹かれている魔族たちに、横合いから、あるいは背後から斬り掛かり、魔法攻撃を加える騎士たち。元々精鋭であるので、倒すこと自体にはそう苦労しない。だが敵の数が多いのは事実。ハウリングで守りを固める。
「数では不利でも僕がする事は誰も犠牲が出ない様にすることだよ」
言行の一致で、彼女は騎士たちの信頼を得た。向かってくる魔族に、今度は彼女も魔法攻撃を食らわせる。魔族からの攻撃で負傷していた騎士の前に立ち、
「僕の後ろに!」
「申し訳ない」
「言ってないで早く! よし、かかってこい!」
かくして、巨大化した少女と騎士たちの連携は徐々に形を成していくのであった。
●
『始まりましたか。それでは支援いたします。お互いに御武運を』
拡声者(ma0179)は戦闘が始まると、アドバンスライフルを持って押され気味の騎士たちの援護をした。騎士たちが攻撃して体勢を崩したスライムへ射撃攻撃を行ない、とどめを刺す。その一方で、自分の射撃でブレイクしたオークへの追撃を騎士に托した。
『此方で牽制します。その間に慌てず体制を立て直しましょう』
居合わせた咎人にはシールドアップ、ラウンドシールドなどで強化を施す。負傷した騎士にはポーションを渡した。
休みなく支援しながらも、時折魔王の方へ注意を払う。もし……ないとは思いたいが……あの攻撃がまた来るのであるとしたら、すぐに退避を呼びかけられるように。
一箇所が持ち直すと、彼はまたすぐに押され気味の箇所を探した。駆けつけ、オークの防具に弾丸を撃ち込んだ。よろけたオークには、騎士の剣が強かに叩き付けられた。
『蟻の一穴は大山をも崩します。戦線を維持し続けましょう』
負傷者がいる。彼は銃口を下げ、ヒールの詠唱を始めた。合成音声が魔法の呪文を唱える……なんとなく不思議な眺めである。
(……慣れたくはないものですね、この様な空気の場には)
内心でひっそりと思いながら、彼は騎士の傷を癒す。
●
「私はかつて、憎き仇敵を討つために修羅道に堕ちた」
伊吹 瑠那(ma0278)はドラゴンスレイヤーを両手で振りかざすと、向かって来たオークの装甲をダイヤモンドアタックで叩き切った。
「そして咎人として転生してなおこの修羅道に逃げ道はない」
下手すると騎士よりも背の高い瑠那の存在感は戦場でも健在だった。そのため、彼女が剣を振るうとよく見える。その先に、攻撃を受けた魔族がいるであろうこともわかる。追撃すべき敵の存在に気付いた騎士から、魔法攻撃と弓矢も飛んで来た。
「ならば心行くまで、この身が朽ち果てるまで極めるのみ。不躾な雑種共を只管討ち滅ぼす、それが今の私の存在意義だ」
底なしの闘争心を満たすように。首を取る相手に不足はない。ここは戦場。おまけに、敵の方が多いと来た。向こうの攻撃は武器受けで受け流す。
また、徒党を組んだ魔族が彼女を囲む。動じた様子を見せず、瑠那は刀身についた血を払い、敵を睨めつけた。
「私と戦い、この刃の錆となれ。貴様らはそれだけで十分だ」
生き血を垂らしたような紅い瞳が光る。腰を落とすと、地面を蹴って相手の装甲をスマッシュで叩き切った。
●
「………………」
小宮 弦方(ma0102)は、最初に放たれた魔王の攻撃で命を落とした騎士の亡骸の傍を離れると、援護が必要な騎士たちの元へ駆けつけた。
(魔族を好き勝手させてしまえばこの世界は無くなってしまう)
例えいつかは無くなってしまう世界であるとしても、壊され、奪われるのをただ見ているだけはごめんだった。
だから、彼はこの世界を守る……いや、“守りたい”のだと思う。
(“守りたい”……これは自分の意志であり、同時に我が儘でもある)
けれど、小宮弦方という一人の咎人として……かつて自分の世界で生きていた一人として、その我儘は通したい。まだ生きている人をみすみす死なせたりしない。
「援護します」
リカーブボウを引き絞り、味方を囲むような位置取りの魔族に射撃攻撃を加える。クイックショットの連射を受けて防御態勢を崩した敵は、それに気付いた騎士が追撃した。魔族が倒れた拍子に、防具が外れて地面を転がる。
(あの防具……)
弦方は魔族が装備している防具の出所も気になっていた。移動のついでに拾い上げ、検める。
(よくできてる防具だな……でも、何か特別個性的と言うわけではないか)
それ以上のことはわからない。彼は弓を持って、次に移動した。
●
「汝らに剣(つるぎ)あらんとすれば剣たれっ!」
プラチナプレートに身を包んだモルディウス(ma0098)は、騎士たちに加勢した。愛なる波濤で敵の防御を崩す。それを敵の隙と見た騎士たちが武器を振り上げて攻撃を加え、次々と打ち倒す。高まっている守りさえ崩してしまえれば、あとは普段討伐している魔族と変わらないのだ。騎士たちは徐々に普段の勘を取り戻しつつある。それでも、後から後からやってくる魔族には、別の精神力が必要だろう。
「汝らに盾あらんとすれば盾あれっ!」
ハウリングで騎士たちを奮い立たせた。魔族を挑発して引きつける。
「危ない!」
彼へ飛びかかる魔族を、騎士が切り伏せた。
「この状況で囲ませるなど、危険過ぎます!」
「この世界を守るは、余所者である我らではなく汝らぞ!」
声を張り上げる騎士に、モルディウスも言い返した。
自分たちはよそ者である、と言う意識が彼にはあった。この世界は、可能な限りにおいてこの世界の者達でそれを叶えねば意味がない、とも。
だからモルディウスは介添えをするだけだ。
(騎士たちの為に、そしてその帰りを待つ誰かの為に。今度こそ、この命の全てをもって果たして見せよう)
「力を貸そうなどと言わぬ、我を利用せよ、盾とし生き延びよ!」
かつてこの手に掛けた、救われるべきだった者たちへの贖罪として。
オークの剣が振り上げられた。モルディウスはそれを弾き飛ばす。
「騎士よ! 汝らを待つ誰かの為、その意志と力、奮い立てよ!」
今世こそは、守るべき者の為に我が力を振るう。その為のこの命!
(この身はただ盾であればよい。いくら傷を追おうと、どれだけ深かろうと止まるまい)
敵を引きつけるモルディウスを中心として、騎士たちの小さな連携ができあがっていた。
●
「とにかく動く! 目の前の敵を叩く! 考えるのはそれだけなのです!」
アリス(ma1031)は刺突一閃の衝撃波で魔族たちを薙ぎ払った。ブレイク状態に陥った敵には、騎士たちが追撃でとどめを刺していく。
騎士たちの攻撃でも体勢を崩した敵はいる。そんな敵に対して、アリスは腕や足をトライアンフの槍で突き刺した。攻撃力、あるいは機動力を削ぐ。
「わふぅ! これも立派なお仕事なのです! わふわふ! あ、こっちですよ! 一人になったらいけないですよ!」
孤立させない、あるいはアリス自身が孤立しないように、声を掛けることは忘れない。その声掛けや、ひっきりなしに動く姿は魔族の注意を惹いた。
「くやしかったらかかってくるですよ! 僕はここにいるですよー!」
身の安全を第一に考えておきたかったが、生きてさえいれば傷は治る自分たちが多少無理しても引き受けなければならない。普通の人間は手足が千切れたら戻らないし、死んでしまったらそれまでなのだから。
(無茶は承知の上なのです! でも僕は皆を信じてるですよ!)
全員を助けるなんて傲慢は言わない。でも、
(仲間は絶対まもるです!)
装備を固めたオークと打ち合いに持ち込む。火花が飛び散った。
「こうなったら我慢比べなのです! かかってこいなのです!」
「大丈夫ですか!」
それを見つけた騎士たちが加勢した。
●
「乱戦なら乱戦で、動き様はあるでしょうね」
不破 雫(ma0276)はブレイバーソードを持って遊撃を担っていた。騎士も咎人も、互いに組織的に動くのは難しいだろう。
(開戦までに時間があれば罠の一つでも仕掛けられたのに)
それが少々残念だったが、あの規格外の攻撃では罠も吹き飛ばされていたかもしれない。
「さて……殺し合いましょうかね」
虚空閃で射程を伸ばした刺突一閃を放つ。軽装の魔族はそれでブレイクした。居合わせた騎士が斬撃を浴びせる。
とにかく、敵の数を一体でも多く減らさなくてはならない。雫も剣を振るって防具の破壊に努めた。防具を破壊しただけでは倒せず、少し放って置くと、体勢を立て直されたり、防具を着け直されたりしてしまう。騎士とともに守りの堅い魔族を袋叩きにし、軽装の魔族も連携して排除していく。
「これで、少しでも被害が少なくなれば良いのですが。できるだけ誰かといるようにしてくださいね」
「もちろんです」
「では私はこれで」
ひとまず、この場の劣勢は打開した。雫は断りを入れると、その場を離れて囲まれている騎士たちの元へ駆けつけた。
●
チェスター・ハルフォード(ma0535)は馬に乗って戦場を駆けていた。特に鎧を着込んだ魔族には、シールド破壊を得手とするファイターが対応した方が良いだろう、と判断して、装備の整った魔族を見つけ次第攻撃を加えていた。次に見つけたのは、騎士と打ち合っている完全武装したオークだ。
「チェスター・ハルフォード! 騎士団に加勢いたします! 鎧を来た魔族をお任せを。この戦斧にて切り裂きましょう」
クラッシュアックスからスマッシュを繰り出し、鎧の強度を下げた。そこに騎士たちが更に打ちかかり、鎧を破壊すると、ブレイクキルでその胴を真っ二つに両断した。
しかし、その一体では終わらない。次々とやってくる、武装した魔族たち、それらの攻撃は武器受けで受け流す。騎士たちと魔族の間に割り込むように馬を進めた。ひとまず、見える範囲で脅威度の高い魔族を倒してしまい、
「周囲の武装した魔族は倒しました! 劣勢な場所はありませんか!?」
咎人の通信術式で連絡を取っていると、呻き声が聞こえた。どうやら、今の戦闘で騎士の一人が深手を負っていたらしい。チェスターがいなければ死んでいたかもしれない。
「大丈夫ですか!?」
「まだ大丈夫です……」
「大丈夫なものですか。離脱を」
「しかし……!」
「ここが正念場です! 騎士の強さは武装、魔法にあらず! その誇りにあり! 無謀に走らず、冷静さを忘れてはいけません!」
「わ、わかりました……」
同じ「騎士」としての熱意に負けて、イルダーナフの騎士は肯いた。他の騎士も、肩に入りすぎていた力が抜けたことだろう。その時だった。
「回復のケニングを使います! 怪我をした人はこちらへ!」
白花 琥珀(ma0119)の声が響いた。
●
(怖いし、記憶を失いたくない)
琥珀は少しだけ顔色を青くしながら戦場に立っていた。
それでも戦場に来て、頑張ってしまうのは、頑張らない自分に価値がないのではないかという強迫じみた固定観念と、幸せの対価を払う必要があるような不安が背中を押すから。
その隣では「幸せ」が魔導書を開いて詠唱している。スフィアバーストを撃ち出そうとしているシア・ショコロール(ma0522)だ。
「回復はお任せ下さい! 皆様が力の限り戦えるようお力添え致します。魔王からの攻撃にも、警戒をしてください」
琥珀も棒立ちになっているわけにもいかない。自分が回復役であることを宣言し、いざと言う時の判断の材料にしてもらおう。
しばらくすると、前線から送り返されたらしい騎士が、一部の毛を主の血で汚した馬に乗って戻って来た。そこそこ深手らしい。琥珀は駆け寄り、手を貸して下ろした。
「回復のケニングを使います! 怪我をした人はこちらへ!」
すると、チェスターが一人の騎士を連れてきた。他にも、「ケニング」の言葉に理解と納得をして、負傷した騎士たちが自分で、あるいは連れられて集まってくる。琥珀は膝を突くと、ヒールオールの詠唱を始めた。鼓舞を意識して言葉を紡ぐ。
「これは生存闘争だから、悪く思わないでくれ」
シアがその横を通して、こちらに向かって来た魔族たちの足元に爆撃を喰らわせた。騎士を送り届けたチェスターがすでにそちらに向かっており、今の攻撃でブレイクした魔族をブレイクキルで叩きのめす。
「炯然たる恩光よ、傷ついた者達に再び立ち上がる力を!」
戦いから目を逸らす訳じゃない。私にできることはこれだけだから。琥珀はコンセントレイトでその治癒力を高めたヒールオールを発動した。
誰も死なないで欲しい。そのために、「回復のケニング」の回数を補填する準備もしてあるのだ。琥珀はまだ知らない。その準備が、被害の軽減へ確かに道筋をつけていることに。
死を覚悟していた騎士は、痛みが引いていくこと、傷が塞がったことに驚き、目を見開いた。安堵の表情を浮かべて起き上がり、琥珀に丁寧な礼を述べた。
正直戦いは苦手だ。シアは内心でぼやいていた。そう強い方でもないし、キャスターの自分には人を護れるスキルもない。
(ただ、彼女が傷つくのを黙って見ているような臆病者にはなりたくない)
彼がこの戦場で、二冊の魔導書を駆使してスフィアバーストを撃ち込むたった一つの理由は傍らにある。一生懸命ヒールオールの長い詠唱をまっとうしている琥珀だ。
「誇り高きリオールの騎士が、弱音を吐くなよ。大丈夫助かるさ。必ず護るから!」
その琥珀の治療に太鼓判を押すように、表情の暗い負傷者に声を掛けた。
やがて、ヒールオールが騎士たちの傷を癒した。戦える者はそのまま戦線に復帰していく。
「ああ、珈琲が飲みたいなぁ」
一段落して、シアは息を吐いた。
「シアさんついてきて貰ってすみません……皆で生きて帰りましょうね」
その袖を、琥珀が掴む。
「回復くらいしか出来なくてもどかしい……どうか誰も死なないで」
なんて謙虚な人だろう! あなたの力で皆さん死を免れたって言うのに!
「ううん、充分立派ですよ、琥珀さん。あなたのことは僕が護りますからね」
シアは微笑んだ。そしてまた、詠唱を始める。
(僕は、僕という存在をかけて彼女を護ろうと思う)
「嬉しいですけど、どうか無茶しないで下さいね。お願いです……」
その傍らで、琥珀は祈るように囁いた。
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「あ、あの、わ、私、支援屋の咎人さんで……。え、援護します……い、癒し、の魔法、出来ます……ぽ、ポーションも、あります……」
「支援屋の咎人さん。はい、よろしくお願いします……」
リナリア・レンギン(ma0974)がおろおろしながら自己紹介すると、騎士は自分よりも動揺しているように見える他人の存在に落ち着きを取り戻した様だった。
「ま、魔王さんの、あのすごい攻撃がまた来るかもしれないので、ちゅ、注意した方が、良いかもしれません……」
「そうですね、あなたもお気を付けて」
リナリアは宣言通り騎士たちの援護に回った。前衛にはシールドアップを施し、手が空いた際にはエルダーカードで攻撃を行なう。騎士たちが攻撃してブレイクした魔族に、彼女が魔法で参戦すると、まさか戦うと思っていなかった騎士たちは少々驚いた様だった。
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「リオール隊辺りの敵が濃いな。助けに行くぞ」
ララ カムナガル(ma0288)は戦場を見渡しながら呟いた。既に乱戦状態。他の咎人の手も薄いように見えた。リオール隊も散り散りになっているかもしれない。
「乱戦ならば数に勝る敵が有利。戦闘集団の秩序回復が肝要なのだよ」
甕星 リリ(ma0260)はマウゼル経典を開き、炎雷符を広げて詠唱を始めた。烏枢沙摩 ルル(ma0296)は、落ちていた騎士団の旗を持ってスポットワープの準備だ。
「この旗が地に伏せることは二度とないのです」
一つ増えた自分たちの旗に、騎士たちの士気は上がっただろうか。ルルは祈るようにスポットワープの詠唱を続けている。
「……獄界に根を張り天上に冠する至高の薔薇よ。絡め取れ!」
マッドハンドが発動し、混戦状態の戦場の一部に呪いの領域を生み出した。敵の足に絡みつき、その移動を抑える。
「騎士達よ、奴らが足を取られている内に切るなり突くなりするのだ」
「……青薔薇の巫女が願う。龍が雲を踏むが如く神足を顕せ」
その中に、ルルがララをスポットワープで送り込む。突然登場した男装の麗人に、騎士たちは仰天した。魔法なのは理解しただろうが、突然目の前に人間が出てくると大抵の人間は驚く。
「ここは白薔薇の騎士ララが預かる。異論は後で聞く。生き残ればな。諸君! 騎士と野獣の違いは何か? 秩序だ。戦場に秩序を取り戻せ!」
よくわからないまま、勢いに乗せられて騎士たちは剣を振り上げた。マッドハンドの影響で移動が鈍った敵に斬り掛かる。ララも双剣を振るった。足を取られながらも突っ込んで来る敵はラインキーパーで抑える。
「騎士の名にかけて左右の仲間を信頼しろ。助け合い守り合うんだ」
「やれやれ、壁が仕事をすればこそ、魔術師も呪文を練れるのだよ」
その間に、リリはスフィアバーストの一番長い詠唱をチョイスして唱え始めていた。ルルは周辺で傷を負った騎士の治療を行なっている。
「騎士さん達が固く守ってくれるから、ワタシ達も安心なのですよ。高貴なる薔薇、魂の龍よ。癒しの慈雨を齎し給え」
ヒールオールが騎士たちの傷を癒した。安心したのは騎士たちの方も同じだっただろう。本当ならばそう簡単に治らない傷だ。それが、戦場の只中で治る。これほど心強いこともそうないだろう。
ララたちが魔族を斬り伏せている間に、詠唱しながら前進していたリリは、スフィアバーストを二重詠唱でできるだけ遠くに撃ち込んだ。
「まつろわぬ者の神、天津甕星よ。降りて砕け!」
二度、爆発が炸裂する。一度目で鎧を吹き飛ばし、二度目でその身に傷を付けた。
「剣を下げるな。敵を見据えろ。歩を進めるんだ。前へ、前へ!」
ララが声を張り上げる。ハウリングで力を分け与えられた騎士たちは、剣を振るって一歩、また一歩と前進した。
●
「そこのけ、そこのけ、お馬が通るー♪」
鳳・翼(ma0424)はスパイクハーフに騎乗して戦場を進んでいた。同行の夕姫(ma0199)に、
「んん、あっちがちょっと押され気味? 援護に行こうかー」
「そうね、行きましょうか」
二人は馬を走らせ、劣勢気味になっている騎士たちの援護に入った。
「それ、シールド壊しちゃえ♪」
鳳は愛なる波濤を放って魔族たちのシールドを破壊していった。夕姫がすかさず大剣を叩き付ける。オークを押しやり、振り返った。
「決戦はここじゃないわ。無理しないで。私達が削るから止めお願い」
夕姫が声を掛けると、騎士たちはすぐに了解して剣を、斧を、槍を振り上げた。愛なる波濤で鳳に注意を惹かれている魔族たちは、それに対応が遅れて次々と倒れていった。不利な形勢を一発逆転した咎人に、敬意と謝意を示す。夕姫は肯いて、
「この世界を護るのはあなた達よ。私達は一時の客人に過ぎないの。その命はその時までとっておくものよ。使うのは今じゃないわ」
咎人を「よそ者」と認識している騎士たちにその言葉は染みたようだ。鳳がくるりと辺りを見て、
「次、大変そうな場所はどこだろね? あっちかなー?」
「そうね。行きましょうか。それじゃ、生きて帰るのよ」
二人は颯爽と去り、次へ移動する。負傷者の存在に気付いた鳳がそちらに馬を向けた。ヒールオールの詠唱を始める。その間の攻撃は、夕姫が前に出て受け流した。
「はーい、みんな回復するから集まってね♪」
援護であることはわかったようで、負傷した騎士たちが集まる。鳳がヒールオールを使用すると、傷が癒えていく。彼女は神威の効きを確かめると、満足そうに肯き、
「これで大丈夫かな♪」
「大丈夫です。ありがとうございます……」
「いいのいいの♪」
騎士たちがほっとしているその時だった。
魔王の方から不穏な……強烈な気配が吹き込んできた。
●
イデアが膨れ上がる、凶悪な気配。純粋なエネルギーの高まり。それは咎人たちに……いや、騎士たちにも総毛立つような感覚をもたらしただろう。直感的にわかった。「これはまずい」と。
魔王の方を見れば、黒い光が収束して行っている。あれは……こちらにも容赦なく襲いかかって来る! 魔王対応からも注意喚起の通信が入った。大技が来る。退避せよ、と。
「魔王の攻撃が来るわ、みんな退避して」
「例の攻撃だ! 各自左右に散開!」
「走れ! 散るんだ!」
『来ます! 逃げて下さい。危険です』
夕姫や青柳、天魔を始めとした咎人たちが声を張り上げた。通信は騎士には聞こえない。気付いた咎人が声を張るしかない。けれど、魔王の方で収束していく黒い光、その異様な気配には誰もが気付く。事前に何人かの咎人が声を掛けていたのもあって、騎士たちはすぐにピンと来たようだった。
「あれか! 来るぞ! 退避、退避──!」
が、次の瞬間、何かが弾けた、ように見えた。するとどうだろう。収束していた黒い光は散っていく。騎士たちがどよめいた。どうやら、魔王対応している咎人たちが発動を止めたらしい。
「向こうは大丈夫だ!」
攻撃が来ないことを察して、咎人と騎士は再び目の前の戦いに集中した。
それでも時折イデアが高まる気配を感じる。気にするなと言う方が無理だが、それでも向こうから退避の連絡がなければ大丈夫だろう。こちらはこちらで、目の前の魔族を倒さないといけない。各々が敵に武器を振りかざした。
●
「よ、良ければお怪我の治療のお手伝いをさせて下さい……」
時折入る連絡によれば、魔王の攻撃はあちら側の咎人たちが上手く抑えてくれているらしい。こちらも健闘の甲斐あって、余裕が出てきた。リナリアは負傷者を見つけると治療を申し出た。ヒールの詠唱を始める。その間に向かってくる敵は、他の騎士たちが押しとどめてくれた。
「ありがとうございます」
「わ、私、この世界の村人さん達に優しくして貰って……だ、だから……」
この世界の人の温かさに触れて、何かしたくなった。自分が役に立つかはわからないが……静観はしていられない。
「少しでも私に何か出来ればって……が、頑張ります……」
意思ある瞳で騎士を見上げた。
●
「来い! ……ん?」
遊夜は防御したときの手応えに違和感を覚えて、顔を上げた。何だか弱い。目の前のオークは逃げ腰になっている。
「ユーヤ、見て」
響がその向こうを指した。魔族たちが撤退を始めている。魔王対応の咎人から連絡はない。どうやら、首魁の指示ではなく、単純に動物的本能として不利を悟った様だ。
「向こうから撤退してくれるとはありがたいな」
ふう、と息を吐いて額を拭う遊夜の顔を、響が覗き込む。
「ユーヤ、大丈夫……?」
「ああ。大丈夫だ。ありがとさん」
「ふふ……良かったぁ……」
騎士たちは二人の邪魔をしなかった。ただ、共に生き残ろうと連帯した、二人の異邦人を囲んで、無事を喜び合った。
●
イルダーナフの騎士との戦いに限った話ではないが、ロールという明確に役割がある咎人たちの戦法とは、「自らの強みを生かし、補い合う」が基本である。今回、騎士たちとの連携においてはそれを生かすことができた。それが、敵の撤退を促すという事実上の勝利に繋がったのだろう。また、一部の咎人が見せた、「イルダーナフで、イルダーナフの人間と共に戦う」事を意識した振る舞いの影響も大きい。
さて、それはそれとして、最初の魔王からの攻撃による被害はなかなか大きいものだった──それは直後の殲滅戦闘で、回復が潤っていたためにほぼ死者が出なかったことを意味する──ため、追撃戦は諦め、撤収が決定された。
「撤収! 負傷者は馬に乗せろ! 走れる者は走れ!」
「大丈夫ですか? 後ろに乗って下さい!」
「置いては行かぬよ、汝は生きて帰るのだ」
チェスターが負傷者を乗せた。モルディウスも空から負傷者を探して、担ぎ上げる。
「翼、この人の回復を頼むわ」
「すぐ治しちゃうよー♪」
鳳のヒールで傷を癒した騎士を馬に乗せて先に逃がす。天魔や琥珀、リナリアも、残っていた“ケニング”を使って負傷者の回復に努めた。本来ならば置き去りにせざるを得ないような負傷者たちも持ち直して、仲間や咎人に連れられて離脱していく。
天魔は他の負傷者を探して飛びながら、戦場を見下ろした。
地を埋め尽くすのは魔族の死体の方が圧倒的に多い。咎人と騎士の協力で抑制した被害、そしてつかみ取った結果だ。
蹄の音は高く。矜持を守った騎士たちの背中は、また次に備えて戦場を離れた。
(執筆:三田村 薫)
尋常ならざる光の奔流を目撃したロス・テラスの騎士たちは、見る見るうちにその表情から色を失っていった。顔が紙のように白くなっていく。魔王の使う力は、人智を超えた──神の力。それを、長だったとしても東夷──東の蛮族が使える筈がない。
「何故東夷が神に匹敵する力を……?」
「魔王が神と同等だと……?」
「神の加護を受けているなら何故我々と敵対している……?」
神は我らの敵に力を与えたのか?
何故?
神は我らを見捨てたまうのか?
信仰を根拠にしている彼らだからこそ、それを揺さぶられた時の寄る辺なさたるや。戦意すら失いかけ、剣を持つ手が徐々に下がっていく……その時だった。
「落ち着いて! 我々は為すべき事を為すんだ!」
シアン(ma0076)が声を張り上げた。トライアンフの槍を掲げた。先端に巻かれた赤い布がはためく。
「魔王にはリーゼロッテ殿が向かった! 我々に敗北は無い!」
騎士たちが受け入れそうな言葉や態度を選び、槍の印象と共に鼓舞を試みる。その言葉が、騎士たちの自失を押しとどめた。
リーゼロッテ・ロス・テラス。白光神テラスの末裔。その彼女が魔王に立ち向かっている。ならば、なるほど確かにこちらに敗北はあり得ない。
シアンの、この世界の信仰を的確に見抜いた言葉は説得力を持って騎士たちの心に響く。
「彼女達の凱旋を、勝利で迎えよう!」
その一言が完全に潮目を変えた。一人、また一人と、自分の武器を持ち直す。その顔には、徐々に血色が戻りつつあった。
「そ、そうだ! 姫はテラスの末裔! 神により、人の上に立つことを許されたお方! 魔王如きに負けるはずがない!」
「そうだ! 我々が信じずしてどうする!」
「武器を持て! 旗を揚げよ! 東夷に見せつけてやるのだ!」
「その通りだ! 行こう!」
シアンとて、口だけではない。声を掛けながら力を溜めていた刺突一閃で、前から向かってくる魔族たちへ正面から衝撃波を撃ち放った。それで鎧の破損したものにはブレイクキル。どうと倒れるオーク。
その動きに反応したように、シアンの近くにいた騎士がゴブリンに剣を突き刺した。防具さえなければあとはいつも通りなのだ。魔族の血が大地に流れる。血を見た興奮なのか、魔族を切った手応えからなのか、騎士の顔は完全に戦士のそれになっている。赤く染まった剣を掲げ、
「勝てぬ戦いではない!」
「そうだ! 掛かれ! 姫に、我らに、テラスに勝利を!」
「行くぞ! 力の限り戦え! イルミン・イルダーナ!」
「イルミン・イルダーナ!」
神と神々の大地の祝福あれ! 掛け声が伝播して、騎士たちはその矜持と戦意を持ち直した。
●
シアンの言葉で精神面は持ち直した騎士たちだったが、すでに乱戦状態になっており、戦線らしい戦線はなくなっていた。
(一人でも多くの騎士を生きて帰す。その為にも少しでも長く戦い、少しでも多くの敵を倒す!)
青柳 翼(ma0224)は改めて腹を決めた。
「魔王からの攻撃には注意しとこう! 警戒してるかどうかで別れることもある筈だから!」
そんなに頻繁に来るとも思いたくないが、あの攻撃を使われると不味いことに変わりはない。
「ここで騎士の人達がやられると後がないんでね、殲滅させて貰うよ」
騎士と打ち合っている魔族たちに、マルチショットを撃ち込む。弾丸が強烈にゴブリンの装甲を破壊し、バランスを崩した。その上を、急に止まれなかった馬が走り抜け、蹄鉄がその腹を踏みつける。断末魔は騎士の雄叫びと馬のいななきに飲まれた。他の魔族にも、騎士が追撃して倒して行く。
「確実に削って行く。戦いは小さな優勢を積み重ねれば勝てるんだ!」
一番近くにいるオークに狙いを付ける。鎧の接続部を狙って引き金を絞る。着弾で気を取られたオークには、騎士が横合いから突っ込んで、その胴に斧を叩き付けた。
「残念だけど、ここから先は通行止めだよ。来世で出直して来てね」
ウィンクするように片目をつむって狙いを定めると、よろけたオークの胸を撃ち抜いた。
●
(……魔王の一撃で怯んでいると戦線が崩れるわ。まずは兵士達の士気を上げないと)
マリュース(ma0231)は後方で動揺する騎士たちの背中を見て思案していた。そこで、イルダーナフで広く知られている歌を口ずさむ。騎士の幾人かがちらりとこちらを見た。
やがて、前方でトライアンフの槍が上がった。イルミン・イルダーナの掛け声が広がり、騎士たちが再び動き始める。彼らが正気に戻ったのを見て取ると、彼女は声を張り上げた。
「崩れた陣形を立て直して! 盾は前に! 射撃と魔法で迎撃を!」
ぐるりと見回し、指揮官と思しき騎士に声を掛けた。
「指揮官さん、号令をお願いしますわ。私は歌い続けますので。王国の為、そこにいる守りたい人達の為、戦い続けましょう! ……そして迎えてくれる人達の為に生きて帰りましょう!!」
馬の蹄の勢いが増した。前の方では既に戦闘が始まっており、金属のぶつかる音が聞こえる。
(まぁ、私のガラじゃないんですけど。今回は仕方なしですわ)
そんなことをちらりと思いながら、マリュースは歌い続けた。欲とは対極の澄んだ歌声が戦場に響く。
●
「ありゃザッハークの旦那っすか。知り合いとはやりたくねっすし、魔王も怖いから離れて騎士さん達の援護に回るっすかね。それと万が一を考えると退路を確認しといた方がいいっすよね」
天魔(ma0247)は神魔飛行で飛びながら、魔王側を見て呟いた。乱戦で戦場が騒がしいので、彼がそんな気弱なことを言っていると騎士は誰も思うまい。黒い強膜に銀の虹彩、そして飛行能力。尋常ならざる外見をした彼が、そんな三下じみたことを言っているなんて。とは言え、ザッハークと言う生前の知人と同じ姿の簒奪者の登場に動揺するのは、致し方ないところだろう。
「……さて」
こほん、と咳払いすると、
「敵の方が多い、一人で戦うな。今回は防衛戦ではない。次がある。いざとなったら撤退も頭に入れておけ」
いつもの尊大な態度で騎士に声を掛けた。孤立した騎士を誘導して、他の仲間に合流させる。
「また、魔王の攻撃が来るかもしれん。重々注意しておけ。おっと」
オークが複数体向かってくる。天魔は魅了を発揮した。魅入られて、鼻息荒く天魔に手を伸ばすオークたち。その後ろから、騎士たちが一斉に斬り掛かった。兜が吹き飛ぶ。天魔しか見えていないオークたちはあっという間に地に伏した。魅了に掛かったオークの仕草に微妙な気色悪さを感じていたのか、騎士たちの表情は別の意味で渋い。
「では私はこれで。後は頼む。ああ、複数で戦うのは他の騎士にも伝えてくれ」
騎士たちからの礼を背に受けながら、天魔は別の目的を果たそうとしていた。退路の確保を試みるが……いかんせん人も魔族も多く、声掛けでコントロールできる動きではない。
「乱戦っすからね……確保したそばから埋まるっすかねこれは……」
その時はまた上空から誘導するしかないだろう。彼はまた戦場に戻り、援護を続けた。
●
「……ん、よろしく……援護射撃、頑張るから……一緒に、生き残ろう……ね」
「防御は任せてくれ、存分に壁にしてくれて良い。共に生き残ろうぜ」
鈴鳴 響(ma0317)と麻生 遊夜(ma0279)は騎士たちと生存を誓い合った。一緒に、共に、と言う言葉で連帯を深める。響はトリルノートを構えた。
(生き残る為にはチームワークは欠かせない……これもユーヤの為、頑張る!)
遊夜はちらりと魔王の方を見ながら、
(あれがラスボスか。分かっちゃいたが本当に規格外だな、悲しくなるね)
首を横に振った。しかし、今は目の前の敵だ。大楯・トロイアを構える。
「……ん、お披露目の時……距離、ヨシ……準備、ヨシ……何時でも、良いよ」
「よし、皆準備は良いな! 響、やってくれ」
「……ん、範囲行くよー……皆、よろしくね。三……二……一……どーん!」
響のチャージショット、アストラルフレアが近づいて来る敵集団に炸裂した。
「今だ! 行くぞ!」
遊夜の合図で、騎士たちは動揺の走る敵に向かって行った。打ちかかり、シールドが壊れた敵には響がブレイクポイントで追撃する。遊夜は味方の穴を埋めるように動き、敵へ挑発を仕掛けた。
「さぁ、お前らの相手は俺がしてやる! 余所見してる暇はねぇぞ!」
さしたる知能もない魔族は、それに簡単に乗った。彼へ殴り掛かるが、大楯がそれを許さない。遊夜へ攻撃が向いている間に、騎士たちが攻撃を加えた。守りが堅い敵には、響がクイックショットでダメージを稼ぎ、シールド破損や撃破に繋げている。
挑発に乗った敵が粗方いなくなると、遊夜はハウリングで周囲の騎士たちの支援をした。乱戦となれば、少しの回避や防御力が生存に繋がる可能性がある。
「守りを固めろ! 凌いだらあっちのオークを狙う! さぁ、敵の隙を食い破るぞ!」
響がその頭上から、ガトリングガンで弾幕を張っていた。スライムの身体が千切れて飛び散り、ゴブリンの武器を弾き飛ばす。
「標的は、選り取り見取……ふふ、うふふ……さぁ、遊ぼう?」
●
「守りは僕に任せてよ! 今回の新技はこうゆう時には強いんだよ」
山神 水音(ma0290)は騎士たちにそう宣言すると、巨大化を用いてそのイデア体を膨らませた。さっきまで、馬上の騎士に見下ろされていた彼女が、あっという間に見下ろす側になる。騎士たちは仰天したが、水音が変わらず味方のように口を利くのでひとまずは安心と言ったところか。彼女は魔族たちを挑発する。
「僕は此処に居るよ! 何処からでも掛かってこい!」
魔族たちはよく目立つ彼女に向かって行った。目論見通りだ。
「僕の体を使えば皆の盾に成る事だってできるんだよ。今のうちに!」
「了解! 今が好機だ! 掛かれ! 彼女の行いを無駄にするな!」
水音に注意を惹かれている魔族たちに、横合いから、あるいは背後から斬り掛かり、魔法攻撃を加える騎士たち。元々精鋭であるので、倒すこと自体にはそう苦労しない。だが敵の数が多いのは事実。ハウリングで守りを固める。
「数では不利でも僕がする事は誰も犠牲が出ない様にすることだよ」
言行の一致で、彼女は騎士たちの信頼を得た。向かってくる魔族に、今度は彼女も魔法攻撃を食らわせる。魔族からの攻撃で負傷していた騎士の前に立ち、
「僕の後ろに!」
「申し訳ない」
「言ってないで早く! よし、かかってこい!」
かくして、巨大化した少女と騎士たちの連携は徐々に形を成していくのであった。
●
『始まりましたか。それでは支援いたします。お互いに御武運を』
拡声者(ma0179)は戦闘が始まると、アドバンスライフルを持って押され気味の騎士たちの援護をした。騎士たちが攻撃して体勢を崩したスライムへ射撃攻撃を行ない、とどめを刺す。その一方で、自分の射撃でブレイクしたオークへの追撃を騎士に托した。
『此方で牽制します。その間に慌てず体制を立て直しましょう』
居合わせた咎人にはシールドアップ、ラウンドシールドなどで強化を施す。負傷した騎士にはポーションを渡した。
休みなく支援しながらも、時折魔王の方へ注意を払う。もし……ないとは思いたいが……あの攻撃がまた来るのであるとしたら、すぐに退避を呼びかけられるように。
一箇所が持ち直すと、彼はまたすぐに押され気味の箇所を探した。駆けつけ、オークの防具に弾丸を撃ち込んだ。よろけたオークには、騎士の剣が強かに叩き付けられた。
『蟻の一穴は大山をも崩します。戦線を維持し続けましょう』
負傷者がいる。彼は銃口を下げ、ヒールの詠唱を始めた。合成音声が魔法の呪文を唱える……なんとなく不思議な眺めである。
(……慣れたくはないものですね、この様な空気の場には)
内心でひっそりと思いながら、彼は騎士の傷を癒す。
●
「私はかつて、憎き仇敵を討つために修羅道に堕ちた」
伊吹 瑠那(ma0278)はドラゴンスレイヤーを両手で振りかざすと、向かって来たオークの装甲をダイヤモンドアタックで叩き切った。
「そして咎人として転生してなおこの修羅道に逃げ道はない」
下手すると騎士よりも背の高い瑠那の存在感は戦場でも健在だった。そのため、彼女が剣を振るうとよく見える。その先に、攻撃を受けた魔族がいるであろうこともわかる。追撃すべき敵の存在に気付いた騎士から、魔法攻撃と弓矢も飛んで来た。
「ならば心行くまで、この身が朽ち果てるまで極めるのみ。不躾な雑種共を只管討ち滅ぼす、それが今の私の存在意義だ」
底なしの闘争心を満たすように。首を取る相手に不足はない。ここは戦場。おまけに、敵の方が多いと来た。向こうの攻撃は武器受けで受け流す。
また、徒党を組んだ魔族が彼女を囲む。動じた様子を見せず、瑠那は刀身についた血を払い、敵を睨めつけた。
「私と戦い、この刃の錆となれ。貴様らはそれだけで十分だ」
生き血を垂らしたような紅い瞳が光る。腰を落とすと、地面を蹴って相手の装甲をスマッシュで叩き切った。
●
「………………」
小宮 弦方(ma0102)は、最初に放たれた魔王の攻撃で命を落とした騎士の亡骸の傍を離れると、援護が必要な騎士たちの元へ駆けつけた。
(魔族を好き勝手させてしまえばこの世界は無くなってしまう)
例えいつかは無くなってしまう世界であるとしても、壊され、奪われるのをただ見ているだけはごめんだった。
だから、彼はこの世界を守る……いや、“守りたい”のだと思う。
(“守りたい”……これは自分の意志であり、同時に我が儘でもある)
けれど、小宮弦方という一人の咎人として……かつて自分の世界で生きていた一人として、その我儘は通したい。まだ生きている人をみすみす死なせたりしない。
「援護します」
リカーブボウを引き絞り、味方を囲むような位置取りの魔族に射撃攻撃を加える。クイックショットの連射を受けて防御態勢を崩した敵は、それに気付いた騎士が追撃した。魔族が倒れた拍子に、防具が外れて地面を転がる。
(あの防具……)
弦方は魔族が装備している防具の出所も気になっていた。移動のついでに拾い上げ、検める。
(よくできてる防具だな……でも、何か特別個性的と言うわけではないか)
それ以上のことはわからない。彼は弓を持って、次に移動した。
●
「汝らに剣(つるぎ)あらんとすれば剣たれっ!」
プラチナプレートに身を包んだモルディウス(ma0098)は、騎士たちに加勢した。愛なる波濤で敵の防御を崩す。それを敵の隙と見た騎士たちが武器を振り上げて攻撃を加え、次々と打ち倒す。高まっている守りさえ崩してしまえれば、あとは普段討伐している魔族と変わらないのだ。騎士たちは徐々に普段の勘を取り戻しつつある。それでも、後から後からやってくる魔族には、別の精神力が必要だろう。
「汝らに盾あらんとすれば盾あれっ!」
ハウリングで騎士たちを奮い立たせた。魔族を挑発して引きつける。
「危ない!」
彼へ飛びかかる魔族を、騎士が切り伏せた。
「この状況で囲ませるなど、危険過ぎます!」
「この世界を守るは、余所者である我らではなく汝らぞ!」
声を張り上げる騎士に、モルディウスも言い返した。
自分たちはよそ者である、と言う意識が彼にはあった。この世界は、可能な限りにおいてこの世界の者達でそれを叶えねば意味がない、とも。
だからモルディウスは介添えをするだけだ。
(騎士たちの為に、そしてその帰りを待つ誰かの為に。今度こそ、この命の全てをもって果たして見せよう)
「力を貸そうなどと言わぬ、我を利用せよ、盾とし生き延びよ!」
かつてこの手に掛けた、救われるべきだった者たちへの贖罪として。
オークの剣が振り上げられた。モルディウスはそれを弾き飛ばす。
「騎士よ! 汝らを待つ誰かの為、その意志と力、奮い立てよ!」
今世こそは、守るべき者の為に我が力を振るう。その為のこの命!
(この身はただ盾であればよい。いくら傷を追おうと、どれだけ深かろうと止まるまい)
敵を引きつけるモルディウスを中心として、騎士たちの小さな連携ができあがっていた。
●
「とにかく動く! 目の前の敵を叩く! 考えるのはそれだけなのです!」
アリス(ma1031)は刺突一閃の衝撃波で魔族たちを薙ぎ払った。ブレイク状態に陥った敵には、騎士たちが追撃でとどめを刺していく。
騎士たちの攻撃でも体勢を崩した敵はいる。そんな敵に対して、アリスは腕や足をトライアンフの槍で突き刺した。攻撃力、あるいは機動力を削ぐ。
「わふぅ! これも立派なお仕事なのです! わふわふ! あ、こっちですよ! 一人になったらいけないですよ!」
孤立させない、あるいはアリス自身が孤立しないように、声を掛けることは忘れない。その声掛けや、ひっきりなしに動く姿は魔族の注意を惹いた。
「くやしかったらかかってくるですよ! 僕はここにいるですよー!」
身の安全を第一に考えておきたかったが、生きてさえいれば傷は治る自分たちが多少無理しても引き受けなければならない。普通の人間は手足が千切れたら戻らないし、死んでしまったらそれまでなのだから。
(無茶は承知の上なのです! でも僕は皆を信じてるですよ!)
全員を助けるなんて傲慢は言わない。でも、
(仲間は絶対まもるです!)
装備を固めたオークと打ち合いに持ち込む。火花が飛び散った。
「こうなったら我慢比べなのです! かかってこいなのです!」
「大丈夫ですか!」
それを見つけた騎士たちが加勢した。
●
「乱戦なら乱戦で、動き様はあるでしょうね」
不破 雫(ma0276)はブレイバーソードを持って遊撃を担っていた。騎士も咎人も、互いに組織的に動くのは難しいだろう。
(開戦までに時間があれば罠の一つでも仕掛けられたのに)
それが少々残念だったが、あの規格外の攻撃では罠も吹き飛ばされていたかもしれない。
「さて……殺し合いましょうかね」
虚空閃で射程を伸ばした刺突一閃を放つ。軽装の魔族はそれでブレイクした。居合わせた騎士が斬撃を浴びせる。
とにかく、敵の数を一体でも多く減らさなくてはならない。雫も剣を振るって防具の破壊に努めた。防具を破壊しただけでは倒せず、少し放って置くと、体勢を立て直されたり、防具を着け直されたりしてしまう。騎士とともに守りの堅い魔族を袋叩きにし、軽装の魔族も連携して排除していく。
「これで、少しでも被害が少なくなれば良いのですが。できるだけ誰かといるようにしてくださいね」
「もちろんです」
「では私はこれで」
ひとまず、この場の劣勢は打開した。雫は断りを入れると、その場を離れて囲まれている騎士たちの元へ駆けつけた。
●
チェスター・ハルフォード(ma0535)は馬に乗って戦場を駆けていた。特に鎧を着込んだ魔族には、シールド破壊を得手とするファイターが対応した方が良いだろう、と判断して、装備の整った魔族を見つけ次第攻撃を加えていた。次に見つけたのは、騎士と打ち合っている完全武装したオークだ。
「チェスター・ハルフォード! 騎士団に加勢いたします! 鎧を来た魔族をお任せを。この戦斧にて切り裂きましょう」
クラッシュアックスからスマッシュを繰り出し、鎧の強度を下げた。そこに騎士たちが更に打ちかかり、鎧を破壊すると、ブレイクキルでその胴を真っ二つに両断した。
しかし、その一体では終わらない。次々とやってくる、武装した魔族たち、それらの攻撃は武器受けで受け流す。騎士たちと魔族の間に割り込むように馬を進めた。ひとまず、見える範囲で脅威度の高い魔族を倒してしまい、
「周囲の武装した魔族は倒しました! 劣勢な場所はありませんか!?」
咎人の通信術式で連絡を取っていると、呻き声が聞こえた。どうやら、今の戦闘で騎士の一人が深手を負っていたらしい。チェスターがいなければ死んでいたかもしれない。
「大丈夫ですか!?」
「まだ大丈夫です……」
「大丈夫なものですか。離脱を」
「しかし……!」
「ここが正念場です! 騎士の強さは武装、魔法にあらず! その誇りにあり! 無謀に走らず、冷静さを忘れてはいけません!」
「わ、わかりました……」
同じ「騎士」としての熱意に負けて、イルダーナフの騎士は肯いた。他の騎士も、肩に入りすぎていた力が抜けたことだろう。その時だった。
「回復のケニングを使います! 怪我をした人はこちらへ!」
白花 琥珀(ma0119)の声が響いた。
●
(怖いし、記憶を失いたくない)
琥珀は少しだけ顔色を青くしながら戦場に立っていた。
それでも戦場に来て、頑張ってしまうのは、頑張らない自分に価値がないのではないかという強迫じみた固定観念と、幸せの対価を払う必要があるような不安が背中を押すから。
その隣では「幸せ」が魔導書を開いて詠唱している。スフィアバーストを撃ち出そうとしているシア・ショコロール(ma0522)だ。
「回復はお任せ下さい! 皆様が力の限り戦えるようお力添え致します。魔王からの攻撃にも、警戒をしてください」
琥珀も棒立ちになっているわけにもいかない。自分が回復役であることを宣言し、いざと言う時の判断の材料にしてもらおう。
しばらくすると、前線から送り返されたらしい騎士が、一部の毛を主の血で汚した馬に乗って戻って来た。そこそこ深手らしい。琥珀は駆け寄り、手を貸して下ろした。
「回復のケニングを使います! 怪我をした人はこちらへ!」
すると、チェスターが一人の騎士を連れてきた。他にも、「ケニング」の言葉に理解と納得をして、負傷した騎士たちが自分で、あるいは連れられて集まってくる。琥珀は膝を突くと、ヒールオールの詠唱を始めた。鼓舞を意識して言葉を紡ぐ。
「これは生存闘争だから、悪く思わないでくれ」
シアがその横を通して、こちらに向かって来た魔族たちの足元に爆撃を喰らわせた。騎士を送り届けたチェスターがすでにそちらに向かっており、今の攻撃でブレイクした魔族をブレイクキルで叩きのめす。
「炯然たる恩光よ、傷ついた者達に再び立ち上がる力を!」
戦いから目を逸らす訳じゃない。私にできることはこれだけだから。琥珀はコンセントレイトでその治癒力を高めたヒールオールを発動した。
誰も死なないで欲しい。そのために、「回復のケニング」の回数を補填する準備もしてあるのだ。琥珀はまだ知らない。その準備が、被害の軽減へ確かに道筋をつけていることに。
死を覚悟していた騎士は、痛みが引いていくこと、傷が塞がったことに驚き、目を見開いた。安堵の表情を浮かべて起き上がり、琥珀に丁寧な礼を述べた。
正直戦いは苦手だ。シアは内心でぼやいていた。そう強い方でもないし、キャスターの自分には人を護れるスキルもない。
(ただ、彼女が傷つくのを黙って見ているような臆病者にはなりたくない)
彼がこの戦場で、二冊の魔導書を駆使してスフィアバーストを撃ち込むたった一つの理由は傍らにある。一生懸命ヒールオールの長い詠唱をまっとうしている琥珀だ。
「誇り高きリオールの騎士が、弱音を吐くなよ。大丈夫助かるさ。必ず護るから!」
その琥珀の治療に太鼓判を押すように、表情の暗い負傷者に声を掛けた。
やがて、ヒールオールが騎士たちの傷を癒した。戦える者はそのまま戦線に復帰していく。
「ああ、珈琲が飲みたいなぁ」
一段落して、シアは息を吐いた。
「シアさんついてきて貰ってすみません……皆で生きて帰りましょうね」
その袖を、琥珀が掴む。
「回復くらいしか出来なくてもどかしい……どうか誰も死なないで」
なんて謙虚な人だろう! あなたの力で皆さん死を免れたって言うのに!
「ううん、充分立派ですよ、琥珀さん。あなたのことは僕が護りますからね」
シアは微笑んだ。そしてまた、詠唱を始める。
(僕は、僕という存在をかけて彼女を護ろうと思う)
「嬉しいですけど、どうか無茶しないで下さいね。お願いです……」
その傍らで、琥珀は祈るように囁いた。
●
「あ、あの、わ、私、支援屋の咎人さんで……。え、援護します……い、癒し、の魔法、出来ます……ぽ、ポーションも、あります……」
「支援屋の咎人さん。はい、よろしくお願いします……」
リナリア・レンギン(ma0974)がおろおろしながら自己紹介すると、騎士は自分よりも動揺しているように見える他人の存在に落ち着きを取り戻した様だった。
「ま、魔王さんの、あのすごい攻撃がまた来るかもしれないので、ちゅ、注意した方が、良いかもしれません……」
「そうですね、あなたもお気を付けて」
リナリアは宣言通り騎士たちの援護に回った。前衛にはシールドアップを施し、手が空いた際にはエルダーカードで攻撃を行なう。騎士たちが攻撃してブレイクした魔族に、彼女が魔法で参戦すると、まさか戦うと思っていなかった騎士たちは少々驚いた様だった。
●
「リオール隊辺りの敵が濃いな。助けに行くぞ」
ララ カムナガル(ma0288)は戦場を見渡しながら呟いた。既に乱戦状態。他の咎人の手も薄いように見えた。リオール隊も散り散りになっているかもしれない。
「乱戦ならば数に勝る敵が有利。戦闘集団の秩序回復が肝要なのだよ」
甕星 リリ(ma0260)はマウゼル経典を開き、炎雷符を広げて詠唱を始めた。烏枢沙摩 ルル(ma0296)は、落ちていた騎士団の旗を持ってスポットワープの準備だ。
「この旗が地に伏せることは二度とないのです」
一つ増えた自分たちの旗に、騎士たちの士気は上がっただろうか。ルルは祈るようにスポットワープの詠唱を続けている。
「……獄界に根を張り天上に冠する至高の薔薇よ。絡め取れ!」
マッドハンドが発動し、混戦状態の戦場の一部に呪いの領域を生み出した。敵の足に絡みつき、その移動を抑える。
「騎士達よ、奴らが足を取られている内に切るなり突くなりするのだ」
「……青薔薇の巫女が願う。龍が雲を踏むが如く神足を顕せ」
その中に、ルルがララをスポットワープで送り込む。突然登場した男装の麗人に、騎士たちは仰天した。魔法なのは理解しただろうが、突然目の前に人間が出てくると大抵の人間は驚く。
「ここは白薔薇の騎士ララが預かる。異論は後で聞く。生き残ればな。諸君! 騎士と野獣の違いは何か? 秩序だ。戦場に秩序を取り戻せ!」
よくわからないまま、勢いに乗せられて騎士たちは剣を振り上げた。マッドハンドの影響で移動が鈍った敵に斬り掛かる。ララも双剣を振るった。足を取られながらも突っ込んで来る敵はラインキーパーで抑える。
「騎士の名にかけて左右の仲間を信頼しろ。助け合い守り合うんだ」
「やれやれ、壁が仕事をすればこそ、魔術師も呪文を練れるのだよ」
その間に、リリはスフィアバーストの一番長い詠唱をチョイスして唱え始めていた。ルルは周辺で傷を負った騎士の治療を行なっている。
「騎士さん達が固く守ってくれるから、ワタシ達も安心なのですよ。高貴なる薔薇、魂の龍よ。癒しの慈雨を齎し給え」
ヒールオールが騎士たちの傷を癒した。安心したのは騎士たちの方も同じだっただろう。本当ならばそう簡単に治らない傷だ。それが、戦場の只中で治る。これほど心強いこともそうないだろう。
ララたちが魔族を斬り伏せている間に、詠唱しながら前進していたリリは、スフィアバーストを二重詠唱でできるだけ遠くに撃ち込んだ。
「まつろわぬ者の神、天津甕星よ。降りて砕け!」
二度、爆発が炸裂する。一度目で鎧を吹き飛ばし、二度目でその身に傷を付けた。
「剣を下げるな。敵を見据えろ。歩を進めるんだ。前へ、前へ!」
ララが声を張り上げる。ハウリングで力を分け与えられた騎士たちは、剣を振るって一歩、また一歩と前進した。
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「そこのけ、そこのけ、お馬が通るー♪」
鳳・翼(ma0424)はスパイクハーフに騎乗して戦場を進んでいた。同行の夕姫(ma0199)に、
「んん、あっちがちょっと押され気味? 援護に行こうかー」
「そうね、行きましょうか」
二人は馬を走らせ、劣勢気味になっている騎士たちの援護に入った。
「それ、シールド壊しちゃえ♪」
鳳は愛なる波濤を放って魔族たちのシールドを破壊していった。夕姫がすかさず大剣を叩き付ける。オークを押しやり、振り返った。
「決戦はここじゃないわ。無理しないで。私達が削るから止めお願い」
夕姫が声を掛けると、騎士たちはすぐに了解して剣を、斧を、槍を振り上げた。愛なる波濤で鳳に注意を惹かれている魔族たちは、それに対応が遅れて次々と倒れていった。不利な形勢を一発逆転した咎人に、敬意と謝意を示す。夕姫は肯いて、
「この世界を護るのはあなた達よ。私達は一時の客人に過ぎないの。その命はその時までとっておくものよ。使うのは今じゃないわ」
咎人を「よそ者」と認識している騎士たちにその言葉は染みたようだ。鳳がくるりと辺りを見て、
「次、大変そうな場所はどこだろね? あっちかなー?」
「そうね。行きましょうか。それじゃ、生きて帰るのよ」
二人は颯爽と去り、次へ移動する。負傷者の存在に気付いた鳳がそちらに馬を向けた。ヒールオールの詠唱を始める。その間の攻撃は、夕姫が前に出て受け流した。
「はーい、みんな回復するから集まってね♪」
援護であることはわかったようで、負傷した騎士たちが集まる。鳳がヒールオールを使用すると、傷が癒えていく。彼女は神威の効きを確かめると、満足そうに肯き、
「これで大丈夫かな♪」
「大丈夫です。ありがとうございます……」
「いいのいいの♪」
騎士たちがほっとしているその時だった。
魔王の方から不穏な……強烈な気配が吹き込んできた。
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イデアが膨れ上がる、凶悪な気配。純粋なエネルギーの高まり。それは咎人たちに……いや、騎士たちにも総毛立つような感覚をもたらしただろう。直感的にわかった。「これはまずい」と。
魔王の方を見れば、黒い光が収束して行っている。あれは……こちらにも容赦なく襲いかかって来る! 魔王対応からも注意喚起の通信が入った。大技が来る。退避せよ、と。
「魔王の攻撃が来るわ、みんな退避して」
「例の攻撃だ! 各自左右に散開!」
「走れ! 散るんだ!」
『来ます! 逃げて下さい。危険です』
夕姫や青柳、天魔を始めとした咎人たちが声を張り上げた。通信は騎士には聞こえない。気付いた咎人が声を張るしかない。けれど、魔王の方で収束していく黒い光、その異様な気配には誰もが気付く。事前に何人かの咎人が声を掛けていたのもあって、騎士たちはすぐにピンと来たようだった。
「あれか! 来るぞ! 退避、退避──!」
が、次の瞬間、何かが弾けた、ように見えた。するとどうだろう。収束していた黒い光は散っていく。騎士たちがどよめいた。どうやら、魔王対応している咎人たちが発動を止めたらしい。
「向こうは大丈夫だ!」
攻撃が来ないことを察して、咎人と騎士は再び目の前の戦いに集中した。
それでも時折イデアが高まる気配を感じる。気にするなと言う方が無理だが、それでも向こうから退避の連絡がなければ大丈夫だろう。こちらはこちらで、目の前の魔族を倒さないといけない。各々が敵に武器を振りかざした。
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「よ、良ければお怪我の治療のお手伝いをさせて下さい……」
時折入る連絡によれば、魔王の攻撃はあちら側の咎人たちが上手く抑えてくれているらしい。こちらも健闘の甲斐あって、余裕が出てきた。リナリアは負傷者を見つけると治療を申し出た。ヒールの詠唱を始める。その間に向かってくる敵は、他の騎士たちが押しとどめてくれた。
「ありがとうございます」
「わ、私、この世界の村人さん達に優しくして貰って……だ、だから……」
この世界の人の温かさに触れて、何かしたくなった。自分が役に立つかはわからないが……静観はしていられない。
「少しでも私に何か出来ればって……が、頑張ります……」
意思ある瞳で騎士を見上げた。
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「来い! ……ん?」
遊夜は防御したときの手応えに違和感を覚えて、顔を上げた。何だか弱い。目の前のオークは逃げ腰になっている。
「ユーヤ、見て」
響がその向こうを指した。魔族たちが撤退を始めている。魔王対応の咎人から連絡はない。どうやら、首魁の指示ではなく、単純に動物的本能として不利を悟った様だ。
「向こうから撤退してくれるとはありがたいな」
ふう、と息を吐いて額を拭う遊夜の顔を、響が覗き込む。
「ユーヤ、大丈夫……?」
「ああ。大丈夫だ。ありがとさん」
「ふふ……良かったぁ……」
騎士たちは二人の邪魔をしなかった。ただ、共に生き残ろうと連帯した、二人の異邦人を囲んで、無事を喜び合った。
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イルダーナフの騎士との戦いに限った話ではないが、ロールという明確に役割がある咎人たちの戦法とは、「自らの強みを生かし、補い合う」が基本である。今回、騎士たちとの連携においてはそれを生かすことができた。それが、敵の撤退を促すという事実上の勝利に繋がったのだろう。また、一部の咎人が見せた、「イルダーナフで、イルダーナフの人間と共に戦う」事を意識した振る舞いの影響も大きい。
さて、それはそれとして、最初の魔王からの攻撃による被害はなかなか大きいものだった──それは直後の殲滅戦闘で、回復が潤っていたためにほぼ死者が出なかったことを意味する──ため、追撃戦は諦め、撤収が決定された。
「撤収! 負傷者は馬に乗せろ! 走れる者は走れ!」
「大丈夫ですか? 後ろに乗って下さい!」
「置いては行かぬよ、汝は生きて帰るのだ」
チェスターが負傷者を乗せた。モルディウスも空から負傷者を探して、担ぎ上げる。
「翼、この人の回復を頼むわ」
「すぐ治しちゃうよー♪」
鳳のヒールで傷を癒した騎士を馬に乗せて先に逃がす。天魔や琥珀、リナリアも、残っていた“ケニング”を使って負傷者の回復に努めた。本来ならば置き去りにせざるを得ないような負傷者たちも持ち直して、仲間や咎人に連れられて離脱していく。
天魔は他の負傷者を探して飛びながら、戦場を見下ろした。
地を埋め尽くすのは魔族の死体の方が圧倒的に多い。咎人と騎士の協力で抑制した被害、そしてつかみ取った結果だ。
蹄の音は高く。矜持を守った騎士たちの背中は、また次に備えて戦場を離れた。
(執筆:三田村 薫)







