●魔王と竜と魔術師と
眼前に立ち塞がる魔王とふたりの簒奪者。オルカは覚悟を決めたうえで大盾をしかと掴んだが、冷たい汗が頬を伝い落ちた。
「どうした、咎人の女。何を恐れている?」
堂々と仁王立ちのまま、傲岸不遜な笑みを湛える魔王エリゴール。
だがこの緊迫する戦場、剣戟の音鳴りやまぬ大地を純白の槍を持つ戦乙女が突破した。彼女は凄まじい脚力で一気に魔王の背後へと飛び込む!
「魔王。ハッキリ言うわ、私は貴方のことが気に入らない……!」
槍を握る腕をぐんと後方へ引き、槍を一本の矢のごとき速度で突くクラリス・ド・ラプラード(ma0056)。その威力の凄まじさたるや、魔法陣に亀裂を刻み込んだ!
だが魔王は愉悦の顔でクラリスに向ける。
「ハハッ、単騎突撃とはやるじゃねえか。面白い」
「先ほどの言葉、聞いていたのかしら? 私は貴方のことは認めない。自らの兵達すら塵芥と化す貴方を、『王』などとは認めない!」
「ハハッ、それで良い。今日はどちらかがくたばるまで徹底的にやろうじゃねえか!」
こうしてクラリスが魔王の意識を惹きつけている間、火存 歌女(ma0388)が吶喊指示を発動。周囲の仲間と共に魔王のもとへと走りだした。
(想像以上のプレッシャーです。これが魔王エリゴールですか)
全身を圧し潰すような存在感。しかし魔王の暴虐を止めるためには戦うしかない。
「今は生き残る、いえ、生者を生かすため死力を尽くしましょう……!」
「ハッ! とんでもねえ圧力だな、コイツが例の魔王か? 滾るぜッ!!」
歌女が正面から魔王へ力任せに刃を振るい、軽いステップで斜に跳んだアルティメット・パッカー(ma0337)も短剣に煌めく光を宿してダイヤモンドアタックを見舞う!
――ドォッ!!
ふたりの連携に魔法陣が、揺れる。
(この雰囲気に……テラスの小僧と。やはり、神に属する存在かな。しかし彼が何であれ、ここで退くわけにはいかないね)
すかさず魔王の懐へ踏み込んだ七掛 双儀(ma0038)が横薙ぎのガードクラッシュを放った。魔王の腕を狙うべく中衛に陣取った三糸 一久(ma0052)も刀から斬撃を飛ばし、魔法陣へ傷を入れる。
だが魔王に攻撃を躱すという姿勢は全く見受けられない。
一久は「尊大でありながらも手堅い……」と呟きながら、魔王の剣に鋭く目を向けた。
(いつものことだが強敵だ。これは死ぬかもしれない……しかし、死んでも終わらないのが咎人だ。ならば死ぬことも戦術のうちか。今回ばかりはありがたい)
死して最愛の家族と別れた一久だが、今は死のリスクが極限まで低い『咎人』であることが『良かった』と思う。自分の命を最後まで盾として使えるのだから。
一方、ケイウス(ma0700)は奴の超然とした佇まいに警戒しつつ、ルミナスフルートへ守護魔法を成就させるべく力を込めた。
(本当は逃げたいくらい怖い。でも退けない、退きたくない! 魔王を止めないと、たくさんの人が死ぬ。それは絶対に嫌だから……!)
――魔王が咎人の集中攻撃を黙して受け続ける不気味な光景。それを前にフローライト(ma0292)が端正な顔を険しくさせた。
(ぴりぴりと、嫌な空気ですね……と、悠長に構えていてはいけませんね。気を引き締めなくては。サガルトに有益な情報を届けるためにも……)
杖をかざし、フローライトは星喰いの術式を成す。どれほどの攻撃を重ねればあの魔法陣を崩せるのか把握するために。
「星さえも喰らう魔の力よ、今こそ正しきをなすための暴食を……いざ!」
杖に収束した魔力は未知の力を食い千切らんと、魔法陣に喰らいついた。だが。
(っ、あの魔法陣には底なしの力が秘められているとでも?)
確かにフローライトの力は通じていた。魔力は十分、手応えもあった。それなのに魔法陣は不動……個の力で打ち払うことは困難なのか?
名うての咎人であるフリッツ・レーバ(ma0316)は武器を構えながらも、沈着冷静な面持ちを僅かに曇らせた。
(まったく、なにかの冗談ならまだ楽だったな。……守護神も人が悪い。多少の数と策でどうにかなる問題ではあるまい)
だが、ここで脅威を悟ってもシェパーズ(ma0308)は不敵に微笑んだ。
「この手の障壁のお約束は属性の使い分けか複数耐久かですが、何となくゲージを何枚も割らなきゃいけない展開な気もします。習得したけど使ってなかった障壁看破の出番ですね!」
シールドが容易に破れないのならば、内部から破壊するまで。彼女は魔法陣を構成する術式を解析するべく意識を集中し始めた。
その裏側で夕凪 沙良(ma0598)は、カメラを装着させたライフルを構えながら慎重に移動を開始する。
(さて……うまくいくといいですが……。どんな動きも見逃すわけにはいきませんね)
彼女の狙いは観測手を担いながらのスナイピング。もっともここは見晴らしがよく、身を隠す場所などそうそうない。
ゆえに同胞が一気呵成に攻撃を仕掛ける隙に必殺の一撃を与えるべし。沙良はライフルにイデアを収束、循環させ始めた。
氷鏡 六花(ma0360)も後衛から杖を構え、呪詛を唱え始める。どうかこの力が魔王に能うようにと願いながら。
(……複数のシールド。……厄介ですね。ですが……あれを破らねば……。……それに、塔の如き、巨剣の紫光。……呪霧で阻害が……叶うでしょうか……)
彼女の術が成るまでは些かの時が必要だ。しかしこの戦場にいる多くの同胞を守るためには必ず成さねばと、複雑な術を紡ぐ。
一方、ハティ・パラセレネ(ma0220)は『魔王』と呼ばれる存在に感じるものがあるのだろう。魔法の射程限界まで接近すると、障壁看破の術式を詠唱しながら鋭い視線を奴に投げかけた。
(魔王、魔王か――ならばその力、確かめさせて貰わねばな)
カードに魔力を込めるハティ。すると魔王の目がじろりと彼女を捉える。
「そこの娘、他の咎人どもと異なる目をしているな。オレを裁定するつもりか」
「私は人故に此方に立つが、然し魔族だからと討つ気はなくてな。神に盲従する気はない」
「孤高の道を貫こうと?」
「生憎、気取るつもりなど毛頭ない。己が戦う理由は己で見定めるが筋だろう。故にお前達を知りたいと思う。……今戦っているのは、それだけだ。魔王討伐……と言うより、己がこの世界で戦う理由を見定める為に」
「つまり戦に身を置く理由を見定めるためここに居るのか。妙な女だ。せっかくだ……もっと楽しめ!」
ハティを眺め、愉快そうに嗤う魔王。
奴の真意を探るならば今か。後衛に属する川澄 静(ma0164)は火の力を宿したスペルライターで攻撃術式を記しながら問うた。
「テラスの小僧……まるで白光神テラスを知っている様な口ぶりですね。エリゴール……それは貴方の本当の名なのですか……?」
「名とは己を縛るもの、容易く教えてくれるとは思わないことだ。知りたければオレを力ずくで屈服させてみろ!」
刹那――今まで攻撃を甘んじて受けていた魔王の周囲に強烈な戦意が巻き上がる。
その凄まじさにシトロン(ma0285)は華奢な肩を震わせた。
(これ、ボク達だけでどうにかできる相手じゃないよね……。何なんだろう、『魔王』って。マナを奪う、世界を壊す……)
イルダーナフの文明の根幹を支えるマナが失われることは『魔王』にとっても大きな不利益となるはずだ。なのに――何故?
(どうして、この世界の摂理に反した存在が生まれるの?)
シトロンはそこでいくつもある可能性の中のひとつを選んだ。もし『魔王』が『それ』ならこの世界を蹂躙することに迷いはないだろうと。
「……あなたは、この世界のヒトなの?」
その問いに魔王は「だとしたらどうする?」と曖昧に答え、剣を構えた。
すると簒奪者ザッハークが奴に向けて翼を広げる。まさか、魔王と共闘して前衛を崩す気か!?
だが一本の魔力の矢が彼の行く手を阻むように、シールドへ傷を刻んだ。
「ザッハーク、おんし斯様な戦場で何をして居る? 王はどうした? それとも、あの覇王とやらがおんしの新しき王と?」
「わかったようなことを言う!」
深紅の翼で宙を舞う鈴東風姫(ma0771)が悲しみを帯びた瞳でザッハークを見つめる。
しかし彼は鈴東風姫を視界の隅に留めるのみ。翼で宙を一薙ぎし、再度魔王のもとへ向かう。
「ザッハーク!」
急ぎ翼を羽ばたかせ追おうとする鈴東風姫。するとこの窮地にザッハークの動線直下から弾むような明るい声が響いた。
「前回逃げたみたいだけど、今回も逃げちゃったりするのかな? 鬼さんこちら、手の鳴る方へ♪」
歌川 四季(ma0656)が歌うように軽口を叩き、楽しそうに笑う。同時に彼が放つ強烈な魅了の力がザッハークの意識に介入した。
地上を駆ける四季へ向け、ゆるゆると降下するザッハーク。その瞳には明らかな戸惑いがあった。
だがこの異常事態にも魔王は至極冷静だ。
「構わん、どの道オレは全て倒し尽くす。貴様らは目の前の敵を存分にやれ」
「……承知した」
魔王の力漲る声にザッハークは落ち着きを取り戻し、四季の背を追う。
「まったく……追いかけられるなら、竜よりかわいい女のコがいいんだけどなぁ。……頼むよ、皆」
仲間との合流ポイントをひたすらに目指しながら四季は決めた。決して足は止めるまいと。同胞がこの竜を堕とすその時まで。
そして――この状況を険しく見つめる者がいた。簒奪者アラタである。
「竜の旦那っ!」
かつて咎人により敗北を喫した彼は、表情を失った顔に微かな焦りを表していた。急ぎ魔導書を掲げ、『凍り閉ざす銀』の術式を成そうとするアラタ。そこに羽鳴 雪花(ma0345)が裂帛の気合と共に地を強く蹴り、剣を力いっぱい振り下ろした!。
「ッ!」
「防人としてこれ以上誰も犠牲にするわけにはいかない。簒奪者よ、これ以上の狼藉は許さぬ!」
雪花の強い意思に僅かに怯むアラタ。その顏へにわかに影が落とされる。
「……!?」
無意識に目を見開き、顔を上げる。そこにいるのは――太陽を背にし、飛翔するアルティナ(ma0144)だった。
「アラタさんと言いましたか。そんなに見つめられては困ります。……が、今は『そうして』いただきますね」
アルティナの魅惑の力が大きな瞳に収束し、強固な束縛の術となる。
ラブリーウィンクを真っ向から受けたアラタは背筋に冷たいものが奔るのを感じた。また、この力かと。
しかし魔王は敢えて分断の策を受け入れた。つまり、共闘は望めない。ならば。
「束縛など術者を仕留めれば仕舞いだ。全てを凍てつかせ、終わらせてくれる」
視線拘束など体のいい的になるだけだと教示してやろう。アラタは再び魔導書を掲げ、アルティナを睨みながら術を紡ぎ始めた。
その間に体勢を取り直した雪花は魔王に戦いを挑むオルカ達へ声を張った。
「オルカ、すまぬが、そのままリーゼロッテの護衛を頼めるか?」
「ああ、任せてくれ。もとより盾となるべくここにいる身だからね」
「ありがたい。それと……リーゼロッテ、仇相手で逸るのもわかる。だが、無理はするな!」
「心遣いに感謝する。今の私は復讐などではなく、同胞の、人類のために戦うべくここにいる。この命、無碍にはしないと誓おう」
以前のリーゼロッテと異なる、頼もしい声。雪花は微かな笑みを返し、アルティナを追うアラタへ向かう。
と、その時。ここまで懸命に飛翔してきたエイリアス(ma0037)がオルカ達のもとへ到着した。
「リーゼロッテ様、オルカ様、御無事ですか!? 今、回復を行います。私も護衛の任に就きましょう」
傷ついたオルカへ早速チョコレートポーションを差し出すエイリアス。オルカは彼女の心配りに感謝し、微笑んだ。
「ああ、助かるよ。共に力を尽くそう、エイリアス」
●悲愴と激情の狭間で
「……にしても相手がドラゴンたあ、つくづく何でもありだなこの世界は」
阿賀妻 昂(ma0827)は迫り来る竜の姿に苦い顔でひとりごちるも、黙して弓を構えた。
(作戦招集のアナウンスがやたら切羽詰まってたとは思ってたが、理由はこれか。わかっていれば、最近仕事をしていなかったから、点数稼ぎに参加を……なんてせずに、行きつけの酒場で飲んだくれていられただろうに)
戦場で彼が目にしたものは大挙して押し寄せる魔族と騎士だった者の遺骸。そして数え切れぬ死の臭い。
しかし昴はそれだけで死を甘受するほど物分かりの良い男ではない。番えた矢に呪詛の力を纏わせ、きりりと弦を引く。
(まあ、今更愚痴ったところで離脱できるわけでもない。なら、俺にできるのは死なないことを第一にある程度仕事をして、当初の目的である点数稼ぎをすることだ)
この時、ザッハークを誘引する四季が目標ポイントに到達し声を上げた。今こそ狩りの時間だ!
「さて、気ぃ引き締めるかね。今回はサボる暇も無さそうだ」
――射ッ!!
昴の矢がザッハークのシールドを正面から削り取ると同時に、猛毒の呪詛が彼の体を蝕んでいく。
そして彼の射撃に合わせ、ザッハークを追撃する鈴東風姫が空中から星喰いを放った。
「ぐっ、貴様っ!」
「ザッハーク、おんしの……おんし等の王とは誰じゃ? あの覇王とやらではなかろ? 斯様な程度の覇王とやらの機嫌取りか……強欲龍が聞いて呆れる……!」
「かの者は我の主ではない、そして我とて好んで殺生を行っているわけではない。しかし故郷に還るためには……!」
「くっ……おんしはっ!」
鈴東風姫のまっすぐな瞳から逃れるように、顔を背けるザッハーク。胸に強い痛みを感じながらも鈴東風姫は彼を追い続ける。
(また……またわらわはおんし等龍を救えぬのか? 護れぬのか? 傷つけるしか……出来ぬのか……)
そこに待ち受けるはルー・イグチョク(ma0085)と鳳・美夕(ma0726)。ふたりは足並みを揃え、ザッハークに左右から斬りかかった。
「災禍、渦動、劫火。うち二つは、此処で潰すぞ。赤き竜、忌々しき光。貴様も、この場で、全てを失え!!」
研ぎ澄まされた戦意は厳粛であり苛烈に過ぎる。竜殺しの伝承が遺る大剣が唸りを上げ、守りの壁を斬り裂いた。
かたや美夕は刀を上段に構えるや大きく跳びあがり、地表間近を飛行するザッハークに斬りかかる。
「聖騎士、鳳・美夕。貴方の相手は私だよ、ザッハーク!」
彼女が纏うは金剛石の如きオーラ。シールド破壊に優れた技、ダイヤモンドアタックを行使したのだ。
だがザッハークは障壁を破砕する力に長けた両者をじろりと見下ろし、ルーへ鉤爪を振り下ろす!
「くっ……!」
彼が剣を盾代わりに構えたその時、大盾を構えるレジオール・V=ミシュリエル(ma0715)が割り込み、この衝撃を一身に受けた! 続けて落とされるもう一撃。レジオールの足がずむ、と地面にめり込む。
シールドで緩衝しているとはいえ、竜の連撃は重い。守り手たる彼女のシールドは二度目の斬撃で砕け散った。
けれど。
「……ッ! 大丈夫? 怪我は無いですか?」
「あ、ああ」
すると彼女は一瞬だけ微笑み……ザッハークに殺意と得も言われぬ感情を向けた。
「言いたい事は多々あるけど、竜は須らく倒すのが私の使命だ。……ぶっころ」
竜の目にしかと留まるよう、握り拳から中指を天に向けて突き立てて。
珍しく激した義妹にザウラク=L・M・A(ma0640)は「む」と息を漏らし、彼女を庇うべく大剣を構える。
「……あー。気合いが入っているな、レジオール? ……無理しても良いが無茶はするなよ。まぁ、守ってやるが」
しかし彼には竜へ思うことがあるようだ。大剣にこれまで収束させた守りの力を十分に練り上げ、顔を上げる。
「……見覚えがある。ザッハーク、因果な運命だなお前も」
「お兄様、彼をご存じなのですか!?」
「いや……もしかしたら……ッ!」
答えも半ばにザッハークの腕が三度目の唸りを上げる。ザウラクは大剣を盾代わりに、その衝撃を耐えた。
「生憎、我には貴様の記憶はない」
「そうか。ただしお前の出自がどうあれ、魔王のもとへ戻すわけにはいかん。そして仲間を討たせるわけにもな」
彼の宣言にレジオールが頷く。彼女は咄嗟に栄養剤の蓋を開け、内容物をザウラクへ投擲。攻撃命中率を一気に引き上げた。
「お兄様、どうぞ存分に!」
「感謝する、レジオール。いくぞ……ホーリーパイルッ!!」
ザウラクのイデアがたちまち幻影の杭と変じ、ザッハークの胸元に突き刺さる。杭は呪縛となり、竜の巨体を宙に縛り付けた。同時にシールドが、崩壊。四季がここぞと杖に魔力を込め、一気に放出する!
「ハーフゲイン! よーし今だ! 一気呵成にせめたてろー!」
四季の応援は反撃の狼煙でもある。低空に身を留めるザッハークに咎人達は強い意思のもと対峙した。
●絶対零度、命尽きるまで
アラタは地上へ降りたアルティナから視界の自由を取り戻すべく、魔王から離れゆく彼女を追走していた。
そこでアルティナの護衛役を務めるマイナ・ミンター(ma0717)は魔王から一定の距離が取れたことを確認し、通信術式で合図を送る。『ここからが私達の戦場です』と。
その瞬間、咎人達の目つきが変わった。しかし視界が極端に狭められているアラタは異変に気づくことなく、ただただアルティナを倒すため術を紡ぐ。
「水よ、我が敵を圧壊せよ!」
水の魔力が魔導書に集まり、巨大な破壊の力となる。
しかしその術式が完成しかけたその時、アルティナが魔道具たる刀から魔力を解き放つ。――カウンターマジック。アラタの魔導書から霧散した。
「……っ!」
「残念。それに例え私を倒してもそれほど戦力は低下しないのですよ?」
このアルティナの軽やかな声をきっかけに、咎人達が攻勢に転じる。
まずはマイナがヒッティングでアラタのシールドを斬撃。アラタは視界の自由が利かないため回避を選ばず、防御を選んだ。
この、一瞬体が強張った隙に!
「よぉ、アラタ……カッシールの続きに付き合ってもらうぜ。死ぬまでな」
高柳 京四郎(ma0078)のバイクがフルスロットルで吶喊する。フリッツも馬の背を太腿で締め、全速力でアラタへと突進した!
「手の内がある程度知れているなら少しくらい余裕があるものだ……!」
それはアグレッシブに過ぎる十字攻撃。交差する二振りの刃はアラタを傷つけるのみならず魔導書を捉え、彼の足の自由を奪った。
すかさずマイナが身を翻し、落ち着いた声音で問いかける。
「アラタさん。あの魔王のこと、いろいろ聞かせていただけませんか」
「魔王の旦那のこと、だと?」
「ええ。報告書によるとあなたは戦争を心から嫌悪している。そして魔王がこの世界からどんな形であれ去れば、イルダーナフは侵略戦争が消えるはずです。どちらにとっても利益があるはず……紳士的な対応を期待しますよ」
物腰は淑女然と、しかし手にはしかと剣を握って。マイナはアラタへ選択を迫る。
だがその返答は複雑怪奇な術式によって齎された。
「片方が消えれば戦争はなくなる……道理だな。なら、そちらが譲ってくれ。天の巌よ、今こそここに!」
高らかな声と同時に天から降り注ぐものは凍てついた隕石の礫。
千々に散る礫はフリッツ、京四郎、そして彼を追ってきた雪花のシールドを容赦なく削り取り、彼らを大きく怯ませた。水に耐性のあるマイナのシールドは辛うじて耐え抜いたが、それでもシールドの損傷は重大だ。
このままでは前衛が殲滅されかねない!
「……好きには、させませんっ!」
ここで今までアルティナを守るため中衛に控えていたレシ・サシェドーズ(ma0378)が咄嗟にチェーンロックを発動。アラタにオーラの鎖を巻きつけ、自らの傍に引き寄せる。
咄嗟にアラタは魔導書から水塊を出現させ、弾丸の如くレシを撃つ。しかしその力はレシの守りを貫くには不十分に終わった。
「私にその攻撃は効きづらいですよ。対策はしっかりしてきました。……もう何処へも行かせませんよ。貴方の相手は私です!」
実はレシは事前に耐性変化で自身の耐性を水に変えていた。故にアラタの力はレシに十分な威力を発揮できない。
無意識に歯噛みするアラタ。そこにシトロンが駆けつけ、彼女は迷うことなく経典へ手を翳す。
「……今はあれこれ考えてる場合じゃないね! 戦いに集中しないと!」
彼女の手のもと、膨大なエネルギーが暴食の力に変異する。その力はアラタのシールドを剥ぎ取り、彼の精神を大きく揺さぶった。
今こそ好機! 雪花は技を放つ力が一時的に失われていようとも一心に駆ける。
「例え強敵であろうと、防人として仲間の邪魔はさせんぞ! 参る!」
――斬ッ!!
アラタの胸元から花弁のごとく舞い散る赤。続いてアルティナの経典から発された魔力がアラタの左腕で爆ぜる。コートを纏った腕からしとどに血が垂れ落ちていった。
恐らく『今の』自分はここで終わるだろう、ならば。
アラタは口内に錆びた鉄の味が広がるのを感じながらも魔術書を掴む。せめて戦の火種はひとつでも多く刈り取らねばと、心に誓って。
●闇の剣
「貴様らの手の内は読んだ。……さて、そろそろ体を動かすとしようか」
この言葉を皮切りに始まった魔王の攻撃は苛烈の一言だった。
先ほどの超長距離に及ぶ斬撃こそ行われていないが、奴が剣を振るうだけで『空間ごと』斬り裂かれる。
そして一久が仲間を守るための攪乱手段として展開し続けたラークゾーンも奴が足を踏み込んだ瞬間に猛烈な抵抗力で解除された。
今や魔王に立ち向かう15名があの謎の斬撃を食い止める鍵となっている。エイリアスは白い頬に伝う汗を感じながら万が一に備え――術を紡ぎ続けた。
かたや、幾度もシールドを破壊されながらも前衛に立ち続けるアルティメットは唇から滲む血を拭い、前衛で共闘する仲間達へ力強く声を掛ける。
「……ッ、俺が魔王について知りてえのは、ただ一点だ。それはこの魔王様が無敵の存在か、そうじゃねぇかって事だ」
「無敵か、否か?」
「応よ。魔王っていやあ、大抵は聖なる剣とか、何かしらの神秘をもって打ち砕く……みてぇな存在って相場が決まってる。もし目の前のコイツがそれなら、今はどうしようもねぇ。だがよ、そうじゃねぇってんなら……やりようはいくらでもあるだろ」
アルティメットは短剣を強く握りしめ、次の跳躍に備える。奴の攻撃を躱すにも、逆に強襲をかけるにも、故郷で鍛え上げた脚力が頼りとなるのだ。
「鍛えた拳が通用する相手なら、やりようはいくらでもある。味方の士気もまったく変わってくる。それがわかるまで俺は倒れるわけにはいかねえんだよ……!」
その傍らで、魔王の攻撃を圧倒的な脅威と判断した歌女は行動予測を発動。直脳内に魔王の動きが映像として流れ込んだ。
(この手番、魔王は前衛を巻き込む斬撃のみ。先ほどの攻撃、連発できるとは考えたくないですね。……皆さん、私がフォローします。全力で攻めましょう!)
通信術式により歌女の報告が咎人達に齎される。ケイウスのラウンドシールドが前衛の身を守る今、魔王に手傷を負わせるチャンスは今しかない!
(……皆さん、いけますか? ここで少しでも魔王攻略の糸口を掴み、次に繋ぐ事が出来れば……例え、この身が果てようとも……)
魔王を深く観察し、情報をより多く集めるために中衛に属するフローライトからの通信術式。その覚悟に共感した六花達が(……いつでも)と応じ、杖を構えた。
「感謝します。参ります……星蝕む力、ここに……!」
まずはフローライトの星喰いが魔王のシールドを大きく抉る。
続いて障壁看破したハティが、力を溜めたカードを魔力に変えた。
(誰かの為に、光を齎す為にと己の命を賭けるに嘘はない。然しだからと、人間だから護る、魔族だから討つでは単なる妄信だろう。何方も排斥と言う意味で大差はない。ならばこそ、自らの目で見定めねばなるまいよ。己が神の玩具ではないと自負があるのならば)
守りを打破せんとする強い意思の力は槍の形を成し、魔王に向けられた。
(借り物の大義で戦うなど莫迦らしいにも程がある。そうした意味でも、あれらの神威を示すだのと言う言葉に気が乗らんのも事実だ。……戦うしか知る術がないとは、己が愚かさに呆れるばかりだが)
満を持してマジックランスを放つハティ。魔法陣を突破した魔法の槍は回転しながら魔王の脇腹を抉った。……微かに魔王の顔が、歪む。
「オレの守りを貫く力か、面白ぇ。それならオレも包囲網を突破するとしよう」
この瞬間、歌女は前衛の仲間達に身を守るよう通信。自身と双儀、アルティメット、クラリス、そしてオルカとリーゼロッテが攻撃に備えるも、魔王の剣が予想を上回る力で叩きつけられる!
「くっ……!!」
幸いにもシールドが破砕した者はいないが、連撃を喰らえば破砕しかねない。歌女は唇をぎり、と噛んだ。
そこで緊急時に備えヒールオールの詠唱を始めるのはケイウス。ここで誰も失うわけにはいかない。この戦場にいる咎人も騎士もかけがえのない戦友なのだから。
一方、今までカースドミストにより魔王に呪殺の力でダメージを与えてきた六花は、エレメントプラスで光の力を得ると杖を強く握りしめた。
(……魔王とは、光に弱きモノ……というのが定説ですが。果たして……)
六花は魔王の超長距離斬撃が紫の光を宿していたことに着目し、魔王は闇に属するものと考察していた。ゆえに、確かめる。この力が奴に届くのかを。
「……光よ……どうか魔王の守りを、破って……!」
渾身の星喰いが魔王に直撃する。確かに彼女の魔力は魔王の魔法陣に深い傷を与えた。けれどそれは光を宿さずとも得られる破壊力に収まっていた。
(光は違う……そうと知れれば……それもまた、情報です。討伐の……今後の糧に……)
この結果に六花は落胆の色を見せず、次の攻撃に向け術の詠唱を再開した。
同時に体勢を立て直したアルティメットは「やはり甘くはねぇな、ここで畳みかけるとするか」と短剣を構え、跳躍。
「アルパカを……舐めんじゃねぇぞ……っ!! ここでアルパカが最強だってことを示してやるッ!!」
ダイヤモンドアタックで魔法陣を斬り裂くように一気に刃を振り下ろす!
――パァンッ!
魔法陣から硝子が割れるような音が響き渡る。シールド破砕までもう一息だ!
「クラリスさん、今こそ!」
「ええ。魔王、あなたに教えてあげるわ。個の力が、結束の前にどれ程脆いかを……!」
沙良のライフルが魔王のみを爆発に巻き込むよう、アストラルフレアを発射。激しい熱風が魔王を襲い、堅守で身の守りを固めたクラリスが守りの力を槍の穂先に溜めて一気に貫く。
そして一久と歌女の斬撃が重なり、エレメントプラスで水の力を宿した静のマジックランスが魔法陣に突き立てられ――障壁看破したシェパーズが術を詠唱した。
「別に……ここであれを倒してしまっても構わんのだろう? なーんて……フリーズ! この意は体に解らせます」
シェパーズは敵の手の内や対策手段が微妙な状況を、数ある物語のうちで敗北への流れに繋がることの多い難題と認識している。
だがこんな時だからこそ、飄々とした顔で最良のパフォーマンスを示さなければ。魔王が魔力で頬を裂かれ不愉快そうに顔を引きつらせる様に、彼女は静かに微笑んだ。
そして双儀が剣に手を掛け、疾走する。
(マナを殺す……魔族の為に使うなら周囲から簒奪する能力があるとでも? その場合は意志を強く持ってイデアを奪われない位しか思いつかないが……。いずれにせよ、やってみるさ)
眩しい光と共に刃が魔法陣の中央を裂く。そして一気に振り下ろせば――魔法陣が大きく揺らぎ、姿を消した。
「双儀がやってくれた! オルカ、行くぞ!」
「ああ、リーゼロッテ!!」
これで魔王に攻撃が届くはず。
しかしリーゼロッテの剣とオルカの盾が魔王の体にインパクトする瞬間――もうひとつの魔法陣が出現し、ふたりの攻撃を今までの魔法陣より遥かに高い硬度で防いだ。
「……なんだと!?」
弾かれるようによろめくリーゼロッテ。彼女の驚きように魔王が愉快そうに嗤う。
「残念だったな。オレを守る壁はひとつだけじゃねえんだよ。さて、ここからが本番だ!」
魔王が剣を構える。そのさなか、歌女の声が咎人達に響き渡った。
(初手は範囲斬撃、次に紫光を湛えた斬撃! 二手目は絶対阻止を!)
次の瞬間、エイリアスが空間を跳躍した。リーゼロッテを失うわけにはいかない。そのためならばこの身が朽ちようと!
「リーゼロッテ様ッ!!」
エイリアスはリーゼロッテを全力で斬撃の範囲外に突きとばした。そして歌女も全力で駆ける!
「咎人とこの世界の鎹であるオルカさんを失うわけにはいかないのです!」
彼女達を襲う猛烈な斬撃。リーゼロッテとオルカは事なきを得たが、歌女のシールドは破れ、エイリアスのシールドも大きな損傷を負った。そして双儀達のシールドも……。
続いて魔王が天を衝くように剣を構えた。このままでは戦場が一刀両断。歌女とエイリアス、そして騎士の多くが消失する――!
(皆さん、警戒を! 超長距離斬撃、来ます!)
歌女は魔王の暴虐を止めきれぬ悔しさを胸に、通信術式でこの戦場にいる全ての咎人に危機を伝える。自分は良い、己の内側をいくつか失っても『火存 歌女』として蘇るのだから。けれど……この世界の人間は。
やがて無慈悲にも剣が、振り下ろされる。
誰もが覚悟を決めたその時――不退転の決意を秘めたフローライトと六花が、守護の意志を杖に託し、天に翳した!
『……誰も失うわけには、いかないのです……!』
敵意を帯びた力を魔力で相殺する守護魔法カウンターマジックが、魔王の剣から紫の光を霧散させる。
これはなんということか。傲慢な魔王は究極の力を打ち消されたことに唇を震わせた。
「貴様ら……さっきから何かにつけて小賢しい真似ばかりしやがって」
魔王の意識は既にリーゼロッテにも前衛を務める手練れの咎人達にもなく。後衛で術を紡ぐフローライトや六花達へ向けられる。
後衛陣の魔法は次々と魔王の障壁を突破し、奴の攻撃さえも一瞬にして阻害したのだから。
――先ほど消えた魔法陣が何事もなかったかのように出現する現実と、魔王の凄絶な殺気。リーゼロッテは無意識に息を呑んだ。
●雨が如く、光降る
ザッハークは冷静な面持ちのうちに僅かな焦りを感じ始めていた。魔王の斬撃が打ち消され、アラタは窮地に陥っている。
そして自らもザウラクのホーリーパイルでこの地に縫い留められただけでなく、四季のハーフゲインによりシールドの再生能力が衰えさせられている。
「魔王の紫光は消えたみたいだねっ。それなら今のうちに畳みこませてもらうよっ!」
彼の焦燥を悟ってか、美夕がダイヤモンドアタックで勢いよく斬り込んだ。たちまちザッハークのシールドが小刻みに、揺れる。
なるほど、これなら少ない手数でシールドを破壊できようか。確信した昴は「残念だが、そっちの援護にゃ行かせねえよ」と気だるそうに呟きながらザッハークへフォースショットを放つ。
翼目掛けて放たれた矢は無意識に身構えた彼の強固なシールドに突き刺さる。そして昴は「まだこれで終わりじゃねえぜ!」と言い放つや、クイックショットで二度目の射撃を喰らわせた。
(こちとらずっと弓を持って走り回ってんだ……そろそろ堕ちろよ。この作戦が終わったら、家に置いてある一番高い酒を開けてやるんだからよ……!)
この願いに反し、勇ましく咆哮を上げるザッハーク。ここに留まるわけにはいかないとばかりに全身へ光の力を漲らせ、膨大な力を放出した!
レイン・オブ・ライト。その名の通り無数の光粒がザッハークに迫る者全てを光弾で打ち据える魔技。美夕、ザウラク、レジオール、ルーのシールドを眩い光が抉っていく。
恐らく再度この技を使われては前衛が総崩れとなる。それならば――力が放たれる前に叩くしかない!
戦友のフォロー役を務めていたザウラクが覚悟を決め、ザッハークのシールドに剣を叩きつけた。
そこにルーが「構えろ! ザウラク!!」と叫ぶ。僅かに背を屈めるザウラク。その背を足掛かりとした彼は大剣に虚空閃と鮮烈な光を宿し、ザッハークに飛び掛かった。
「その翼、いただく。空は、オレのものだ!! その命の鎖、このオレが、手繰り、滅ぼす!!」
破城槌を名乗るルーの誇り。それが――ザッハークのシールドを煌きの中で消し去っていく。……今だ、今こそ奴を堕とす時だ。
「喪失の権化、混沌の化身。阻め、戦え。希望を、失わせるな。組み付き、食い付き、抉れ、抉れ」
空中で身を強張らせるザッハークにルーの剣が閃く。キルドライブ――例え一撃の重みが変わろうとも、二連となれば凄まじい威力に繋がる。
「貴様たちの、失わせた、全てが。貴様たちの、敵となるのだ!!」
ルーは抜身の刀のような男だ。守りは薄いが、その切っ先は何よりも鋭い。それこそ触れるだけで皮膚に血を滲ませるように……二連の斬撃はザッハークの胸元に十文字の傷を深く刻みこんだ。
今のザッハークに光の雨を降らせる力はない。それならと鈴東風姫はマジックランスで彼の翼を狙い撃ち、衝撃で態勢を崩した彼のもとへ一気に迫る。
「……!」
「もはや救えぬなれば幾度でも殺そう……忘却の彼方で今一度己が王に逢える様にと。わらわの傲慢で、強欲な想いを押し付けてやろう」
「王とは何だ? 我は知らぬ。そもそも貴様は何者だ、何故我に個の在り方を説く?」
「そうか……口惜しきことぞ。なれど、忘れる事を是としたその強欲さ……罪でしかあらぬ……!」
憎しみではなく哀しみを声に乗せ、鈴東風姫が刀を構える。
この間にレジオールはしたたかにもザッハークの懐へ潜り込み、強健な鱗に守られた脇腹へ大盾を力いっぱい叩きつけた!
鱗がめきりと割れ、血が滴り落ちるザッハーク。頭部をもたげ、小さく呻く彼にレジオールは殺意とそれに相反するものに近い感情を抱きながら――毅然とした面持ちで告げた。
「頭が高い! 首を垂れろザッハーク!!」
しかし痛みに悶えるザッハークの姿にレジオールの記憶がフラッシュバックする。生前に失った大切な何かと、数え切れぬ戦乱の日々。彼女の瞳は……微かに潤んでいた。
そんな義妹の哀しみを見逃すザウラクではない。
「そろそろ潮時だろう!」
彼はザッハークをできるかぎり早く撤退させるべきと判断し、剣を振るう。その切っ先は翼を捉えた。
だがザッハークの飛行能力は魔力によって制御されている。痛みで僅かに怯むことはあれど、堕ちることはない。
今、光の雨を降らせぬのならこの爪で咎人を打ち払うのみ――ザッハークは手近にいるザウラクへ爪を二度振り下ろした。
そこにレジオールが盾を掲げ、割り入る。彼女のシールドは先の光の雨で深く傷ついていた。それでも彼女は恐れずに盾で爪撃を受ける!
「ぐうっ……」
「レジオール!」
一撃目でレジオールのシールドが、割れた。二撃目で彼女の腕から血が噴き出し、盾を落とし――倒れる。咄嗟に抱き留めた義兄にレジオールは微かに笑み、涙をこぼした。
「レジオール、おまえという奴は!」
「お兄様は、大切なひと、ですから……それに……ザッハーク。如何してでしょう、あの方を見ていると、涙が止まらないのです……」
その呟きに憎しみの色はなかった。だからこそザウラクはレジオールを背に庇い、ザッハークを見上げる。
義妹の胸のうちはわからずとも、この戦を長引かせるべきではないという確信だけはあるのだ。
●氷牙の向かう先
アラタとの戦は魔王の紫光斬撃不発がきっかけとなり、もはや勝敗は決しようとしていた。
そもそも初めから全てのファクターがアラタを不利な状況に落とし込んでいたのだ。カッシール砦で見破られた己の爪の甘さ。そして……咎人達の戦闘能力の急成長ぶり。
幾度シールドが再生しようとも、彼らの武器が、魔法が、アラタの身に届くまで猟犬のごとく食らいついてくるのだから。
「宙の星屑、この地に災禍を……!」
彼は血を吐きながらも二度目のメテオロンを詠唱する。しかしシトロンがマウゼル経典を片手にカウンターマジックで抵抗。
「もう好き勝手にはさせないんだからっ!」
秘術のために集めた力は呆気なく掻き消された。
そしてアルティナとレシによって縛られた心身はもはや逃げることも叶わず――雪花が目の届かぬ角度から、彼のシールドををダイヤモンドアタックで斬り裂く。
「死角からの攻撃、よもや卑怯とは言うまい。……大人しく首を出せ」
「この世界のヒト達を傷つけるのなら……ボク達だって、守るために戦うんだよっ!」
重ねて発動したシトロンの星喰いが彼のシールドを破壊する。アルティナも経典から練り上げた魔力を放ち、アラタの姿勢を揺らがせた。
「くぅっ……」
「アラタさん。もう少しだけお付き合いくださいね。今しばらく、どうか」
この瞬間を見逃すフリッツではない。彼女は簒奪者を討つならば今と、凄まじい気迫で煌めくオーラを纏い――大戦斧によるダイヤモンドアタックを放った!
「―――あああぁぁぁっっ!!!」
気合一閃、アラタのシールドが薄氷のごとく呆気なく割れる。そして振り下ろされた刃をかち上げるように二度の連撃がアラタに襲い掛かった!
「容易に成せないことは承知の上、ならば手数で圧倒するッ!!」
「ぐああああっ!!」
あまりの激痛に膝をつくアラタ。その姿にマイナが穏やかなまなざしを向けた。
「複数相手の甲斐性がないのなら、龍種の方をお呼びしてはいかが? もっとも私としてはアラタさんの丁寧なエスコートを所望していますが……残念ながら先ほど拒まれてしまいましたし」
「……!」
「氷を操る者。己が氷で、コキュートスに囚われるとよいでしょう……!」
宣言と同時に美しい顔へ冷たさを宿したマイナが強く地を蹴る。身構えるアラタにフェイントを加え、姿勢を揺らがせた隙に見舞うヒッティングはアラタの肩を斜に斬った。力なくした腕が――魔導書を落とす。
もはやこれまでか。京四郎は正眼に、剣を構えた。
「アラタ、戦争嫌いなお前が邪神の手先ってのはある種矛盾よな……同情するぜ。でもな、世界の行く末ってのは生者に任せる物だろ。俺等は邪魔って事だよ。お前も易々と消失できない宿命なんだろうが、今は先に逝ってもらう……!」
断罪は悼むように、厳かに……京四郎の剣が二度、十字に閃く。
悲鳴を上げることもなく、アラタはずるりと崩れ落ちた。それっきり……彼の瞳がアルティナを睨むことはなかった。
●傲慢にして尊大、ゆえに
魔王と咎人達の戦は熾烈を極めていた。
先の応酬で後衛に目をつけ、隙を見出しては突破を試みる魔王。
咎人は行動予測を駆使する歌女が随時攻撃対象を知らせると同時に、命懸けのフォローガードで後衛陣を守っていた。
シールドを破壊された仲間にはすかさずエイリアスが緊急障壁を施し、時には彼女自身がスポットワープを用いて庇い続ける。
その間に後衛陣は射撃や魔法で魔王の意識を散漫にさせ、時に障壁看破を用いた術で魔王に傷を刻み込んでいく。
しかも前衛も何度打たれようとも決して怯えることなく攻撃を仕掛けて来るではないか!
そこで魔王が苛立ちのあまり腕を振りあげるも、一久の鋭い斬撃が剣を撃ち、軌道を大きく逸らした。
「先ほどの強大な刃の力、この剣が基点となっているんだろう? 魔王君、雑兵の僕と引き換えに手の内を見せたのは割に合わないよ」
――なんだ、これは。誰も、オレを、恐れない。戦が、オレの、思うように、動かない。
魔王の顔に血管らしきものがいくつも浮き出し、次第に醜悪な凶相へと変わっていく。
その面構えを目の当たりにしたアルティメットが豪快に笑った。
「魔王を名乗るには随分と余裕がねえな。何もかも上手くいかねえんだから仕方ないよな! ……それはあんたが『絶対無敵』の存在じゃねえからだよ!」
無敵では、ない? この言葉を受けた魔王は黙して今までにない挙動で剣を天に向けた。刃は正面ではなく、真横に向けて……。
まさか剣を横に薙ぎ、この戦場の全てを消失させようというのか!?
(皆さん、魔王が紫光の刃で戦場を薙ぎ払う模様! この地が全て巻き込まれる可能性があります。どうか身の安全を!)
歌女が通信術式で咎人全員に向けて叫ぶ。同時に一久はリーゼロッテの盾となるべく彼女の前で手を広げた。
「一久! 貴殿は!」
「姫様、僕は良い。君は死ぬな!」
一久は守るべき家族を残し、咎人となった。今の彼の使命は守るべきヒトのいる生者を守ること。そう信じ、足に力を込める。
同時に双儀、アルティメット、クラリスが紫光を宿し始めた剣とそれを支える腕に向け一斉に技を叩き込む。しかし強固な魔法陣で守られた腕が下ろされることはなく――ここが終焉の地となろうとした、この瞬間に。
「暴虐の力よ、解け、消え、絶え……もはや紡ぐべき言葉はここにない。静寂を与えよ……サイレンス!」
ケイウスの詠唱が戦場に響く。魔王は巧妙にして複雑な術式に意識を掻き乱され、剣の光を一瞬にして失った。
「……貴様ッ!!」
「俺達は力を持ってるから戦うんじゃない。戦う理由があるから、怖くても力を揮おうと思えるんだ。魔王が自由に殺すって言うなら、俺だって自由に守るだけだよ! 失わない為に戦う。『持つ者』も『持たない者』も、咎人も!」
例え眼前にどれほど恐ろしい者がいようとも、守るべき者がいるのなら決して目を逸らさない。
ケイウスの強い意思が宿った瞳に魔王はぎりりと歯噛みした。
だが次の瞬間、魔王はふと戦場の異変に気付き――苦笑する。
「……戦いはこれからだってのに、ビビりやがって。腰抜け共が」
どうやら殲滅戦を挑んだ咎人達が魔族の群れの勢いを衰えさせ、退却にまで至らしめたようだ。
甲冑や武器を装備した魔族が這う這うの体で逃げていく様に、魔王は「無様だな」と嘲笑した。
「貴様らを本気で潰すつもりだったが……ミンスクは弱すぎるな。まぁ、咎人とやらは良い遊び相手になりそうだが。次はもっと強くなれよ、オレの守りを完全にブチ抜く程度にはな。ハハハ……!」
なんと勝手な言い分だろう。しかし魔王は悠々と転進を開始する。一時休戦、か。
そこでこれまで懸命に属性を変えつつ術を紡いできた静が魔王の背に問いかけた。
「貴方はエリゴールと名乗りながら『名は己を縛るもの』と嘯き、私の問いに答えてくださらなかった。それはこの名が偽りのもの、だからですね?」
静の聡明な瞳が魔王を貫くように見つめる。しかし魔王は堂々と歩みを進めるばかり。彼女は負けじと美しい声を張った。
「貴方はなぜ、魔族以外の者を滅ぼそうとするのです? この戦の意義は?」
「答える由はない。意義があろうがなかろうが、やることはかわらねぇだろう」」
「……そうですか。いずれにせよ、人は変わります。人がいつまでも虫けらだと思わないことですね」
「面白い。この世界が貴様のような力持つ者ばかりならオレも戦う甲斐があるってもんだ」
――返す返すも憎らしい暴君だ。これ以上の問答は無意味と静はそっと足を引き、慇懃に一礼する。
一方、エイリアスは魔王の後方へ駆け寄ると小首を傾げながら問うた。
「エリゴール様、例え聖樹を手に入れたとしてもマナはいずれ枯渇し、無くなります。この争いに……意味はあるのでしょうか? 私には良く分かりません」
「そうか」
「バロル帝国はなぜ戦を起こすのですか? エリゴール様に大義はあるのでしょうか?」
「それを知りたければ戦え。全力でオレに抵抗してみせろ。戦を終えて初めて見えるものがあるだろうさ」
「それは……戦いを通してしか、私達はふれあえないのでしょうか」
この問いに答えはなかった。エイリアスは肩を落とし、足を止める。
「少しでも良い方向になればと思い行動しましたが……悲しいです」
ヴェールが哀しみを包み込むように、俯いた顔を覆い隠す。彼女は戦をせずに双方が剣を治められる道があればと願っていたのだ。
だが彼女達の問いかけと戦には大きな意味があった。
沙良の撮影した動画からは魔王の身体的特徴や挙動を細やかに解析することができるだろう。
静と六花の属性攻撃の手応えから、魔王には断定できる弱点が今のところ無いことも知った。
また、エリゴールは偽名である可能性が非常に高いこと。
テラス神を『小僧』と称し、まるで神を直に知っているかのような話しぶり。
そして、あまりにも強大な紫光――闇の力。
「……なるほどね。しかし、変化を是としない世界でまさか神が変質するとは驚きだ。……次はいつ会えるだろうね、闇の神バロル神?」
双儀が辿り着いた答えを誰も否定することはできず、今は生還を喜ぶだけだった。
●血戦の終わりに見えたモノ
魔王が撤退を始めると同時にザッハークは咎人達を振り切り、アラタを回収するや戦場を急ぎ離脱していた。
――アラタの身体機能はほぼ停止している。しかし、まだ体が残っている……辛うじて生きている彼をザッハークは見捨てられなかったのだ。
しかし……意識を僅かに取り戻したアラタは息も絶え絶えに囁く。
「……竜の旦那、俺をここで降ろしてくれ。……俺は手遅れだ……荷物になる……せめて、あんただけでも……」
「……承知した。願わくば『次』までの刹那、佳き夢を。さらばだ、我の知るアラタよ」
ザッハークは厳かに別れを告げると、アラタを誰の手にもかからぬよう、草むらの陰にそっと横たえ高空へ姿を消した。
それを見届けたアラタが静かに目を瞑る。
(……なぁ、旦那。俺達もあいつらも……この世界には不要なものらしい。……なんで俺達はこんなクソみたいな戦を……繰り返してんだろうな……もう……嫌なんだよ……)
血にまみれた体が光と化し、痛みが消え、意識が微睡んでいく。ようやく掴めた安堵を最後にアラタという存在は、消えた。
(執筆:ことね桃)
眼前に立ち塞がる魔王とふたりの簒奪者。オルカは覚悟を決めたうえで大盾をしかと掴んだが、冷たい汗が頬を伝い落ちた。
「どうした、咎人の女。何を恐れている?」
堂々と仁王立ちのまま、傲岸不遜な笑みを湛える魔王エリゴール。
だがこの緊迫する戦場、剣戟の音鳴りやまぬ大地を純白の槍を持つ戦乙女が突破した。彼女は凄まじい脚力で一気に魔王の背後へと飛び込む!
「魔王。ハッキリ言うわ、私は貴方のことが気に入らない……!」
槍を握る腕をぐんと後方へ引き、槍を一本の矢のごとき速度で突くクラリス・ド・ラプラード(ma0056)。その威力の凄まじさたるや、魔法陣に亀裂を刻み込んだ!
だが魔王は愉悦の顔でクラリスに向ける。
「ハハッ、単騎突撃とはやるじゃねえか。面白い」
「先ほどの言葉、聞いていたのかしら? 私は貴方のことは認めない。自らの兵達すら塵芥と化す貴方を、『王』などとは認めない!」
「ハハッ、それで良い。今日はどちらかがくたばるまで徹底的にやろうじゃねえか!」
こうしてクラリスが魔王の意識を惹きつけている間、火存 歌女(ma0388)が吶喊指示を発動。周囲の仲間と共に魔王のもとへと走りだした。
(想像以上のプレッシャーです。これが魔王エリゴールですか)
全身を圧し潰すような存在感。しかし魔王の暴虐を止めるためには戦うしかない。
「今は生き残る、いえ、生者を生かすため死力を尽くしましょう……!」
「ハッ! とんでもねえ圧力だな、コイツが例の魔王か? 滾るぜッ!!」
歌女が正面から魔王へ力任せに刃を振るい、軽いステップで斜に跳んだアルティメット・パッカー(ma0337)も短剣に煌めく光を宿してダイヤモンドアタックを見舞う!
――ドォッ!!
ふたりの連携に魔法陣が、揺れる。
(この雰囲気に……テラスの小僧と。やはり、神に属する存在かな。しかし彼が何であれ、ここで退くわけにはいかないね)
すかさず魔王の懐へ踏み込んだ七掛 双儀(ma0038)が横薙ぎのガードクラッシュを放った。魔王の腕を狙うべく中衛に陣取った三糸 一久(ma0052)も刀から斬撃を飛ばし、魔法陣へ傷を入れる。
だが魔王に攻撃を躱すという姿勢は全く見受けられない。
一久は「尊大でありながらも手堅い……」と呟きながら、魔王の剣に鋭く目を向けた。
(いつものことだが強敵だ。これは死ぬかもしれない……しかし、死んでも終わらないのが咎人だ。ならば死ぬことも戦術のうちか。今回ばかりはありがたい)
死して最愛の家族と別れた一久だが、今は死のリスクが極限まで低い『咎人』であることが『良かった』と思う。自分の命を最後まで盾として使えるのだから。
一方、ケイウス(ma0700)は奴の超然とした佇まいに警戒しつつ、ルミナスフルートへ守護魔法を成就させるべく力を込めた。
(本当は逃げたいくらい怖い。でも退けない、退きたくない! 魔王を止めないと、たくさんの人が死ぬ。それは絶対に嫌だから……!)
――魔王が咎人の集中攻撃を黙して受け続ける不気味な光景。それを前にフローライト(ma0292)が端正な顔を険しくさせた。
(ぴりぴりと、嫌な空気ですね……と、悠長に構えていてはいけませんね。気を引き締めなくては。サガルトに有益な情報を届けるためにも……)
杖をかざし、フローライトは星喰いの術式を成す。どれほどの攻撃を重ねればあの魔法陣を崩せるのか把握するために。
「星さえも喰らう魔の力よ、今こそ正しきをなすための暴食を……いざ!」
杖に収束した魔力は未知の力を食い千切らんと、魔法陣に喰らいついた。だが。
(っ、あの魔法陣には底なしの力が秘められているとでも?)
確かにフローライトの力は通じていた。魔力は十分、手応えもあった。それなのに魔法陣は不動……個の力で打ち払うことは困難なのか?
名うての咎人であるフリッツ・レーバ(ma0316)は武器を構えながらも、沈着冷静な面持ちを僅かに曇らせた。
(まったく、なにかの冗談ならまだ楽だったな。……守護神も人が悪い。多少の数と策でどうにかなる問題ではあるまい)
だが、ここで脅威を悟ってもシェパーズ(ma0308)は不敵に微笑んだ。
「この手の障壁のお約束は属性の使い分けか複数耐久かですが、何となくゲージを何枚も割らなきゃいけない展開な気もします。習得したけど使ってなかった障壁看破の出番ですね!」
シールドが容易に破れないのならば、内部から破壊するまで。彼女は魔法陣を構成する術式を解析するべく意識を集中し始めた。
その裏側で夕凪 沙良(ma0598)は、カメラを装着させたライフルを構えながら慎重に移動を開始する。
(さて……うまくいくといいですが……。どんな動きも見逃すわけにはいきませんね)
彼女の狙いは観測手を担いながらのスナイピング。もっともここは見晴らしがよく、身を隠す場所などそうそうない。
ゆえに同胞が一気呵成に攻撃を仕掛ける隙に必殺の一撃を与えるべし。沙良はライフルにイデアを収束、循環させ始めた。
氷鏡 六花(ma0360)も後衛から杖を構え、呪詛を唱え始める。どうかこの力が魔王に能うようにと願いながら。
(……複数のシールド。……厄介ですね。ですが……あれを破らねば……。……それに、塔の如き、巨剣の紫光。……呪霧で阻害が……叶うでしょうか……)
彼女の術が成るまでは些かの時が必要だ。しかしこの戦場にいる多くの同胞を守るためには必ず成さねばと、複雑な術を紡ぐ。
一方、ハティ・パラセレネ(ma0220)は『魔王』と呼ばれる存在に感じるものがあるのだろう。魔法の射程限界まで接近すると、障壁看破の術式を詠唱しながら鋭い視線を奴に投げかけた。
(魔王、魔王か――ならばその力、確かめさせて貰わねばな)
カードに魔力を込めるハティ。すると魔王の目がじろりと彼女を捉える。
「そこの娘、他の咎人どもと異なる目をしているな。オレを裁定するつもりか」
「私は人故に此方に立つが、然し魔族だからと討つ気はなくてな。神に盲従する気はない」
「孤高の道を貫こうと?」
「生憎、気取るつもりなど毛頭ない。己が戦う理由は己で見定めるが筋だろう。故にお前達を知りたいと思う。……今戦っているのは、それだけだ。魔王討伐……と言うより、己がこの世界で戦う理由を見定める為に」
「つまり戦に身を置く理由を見定めるためここに居るのか。妙な女だ。せっかくだ……もっと楽しめ!」
ハティを眺め、愉快そうに嗤う魔王。
奴の真意を探るならば今か。後衛に属する川澄 静(ma0164)は火の力を宿したスペルライターで攻撃術式を記しながら問うた。
「テラスの小僧……まるで白光神テラスを知っている様な口ぶりですね。エリゴール……それは貴方の本当の名なのですか……?」
「名とは己を縛るもの、容易く教えてくれるとは思わないことだ。知りたければオレを力ずくで屈服させてみろ!」
刹那――今まで攻撃を甘んじて受けていた魔王の周囲に強烈な戦意が巻き上がる。
その凄まじさにシトロン(ma0285)は華奢な肩を震わせた。
(これ、ボク達だけでどうにかできる相手じゃないよね……。何なんだろう、『魔王』って。マナを奪う、世界を壊す……)
イルダーナフの文明の根幹を支えるマナが失われることは『魔王』にとっても大きな不利益となるはずだ。なのに――何故?
(どうして、この世界の摂理に反した存在が生まれるの?)
シトロンはそこでいくつもある可能性の中のひとつを選んだ。もし『魔王』が『それ』ならこの世界を蹂躙することに迷いはないだろうと。
「……あなたは、この世界のヒトなの?」
その問いに魔王は「だとしたらどうする?」と曖昧に答え、剣を構えた。
すると簒奪者ザッハークが奴に向けて翼を広げる。まさか、魔王と共闘して前衛を崩す気か!?
だが一本の魔力の矢が彼の行く手を阻むように、シールドへ傷を刻んだ。
「ザッハーク、おんし斯様な戦場で何をして居る? 王はどうした? それとも、あの覇王とやらがおんしの新しき王と?」
「わかったようなことを言う!」
深紅の翼で宙を舞う鈴東風姫(ma0771)が悲しみを帯びた瞳でザッハークを見つめる。
しかし彼は鈴東風姫を視界の隅に留めるのみ。翼で宙を一薙ぎし、再度魔王のもとへ向かう。
「ザッハーク!」
急ぎ翼を羽ばたかせ追おうとする鈴東風姫。するとこの窮地にザッハークの動線直下から弾むような明るい声が響いた。
「前回逃げたみたいだけど、今回も逃げちゃったりするのかな? 鬼さんこちら、手の鳴る方へ♪」
歌川 四季(ma0656)が歌うように軽口を叩き、楽しそうに笑う。同時に彼が放つ強烈な魅了の力がザッハークの意識に介入した。
地上を駆ける四季へ向け、ゆるゆると降下するザッハーク。その瞳には明らかな戸惑いがあった。
だがこの異常事態にも魔王は至極冷静だ。
「構わん、どの道オレは全て倒し尽くす。貴様らは目の前の敵を存分にやれ」
「……承知した」
魔王の力漲る声にザッハークは落ち着きを取り戻し、四季の背を追う。
「まったく……追いかけられるなら、竜よりかわいい女のコがいいんだけどなぁ。……頼むよ、皆」
仲間との合流ポイントをひたすらに目指しながら四季は決めた。決して足は止めるまいと。同胞がこの竜を堕とすその時まで。
そして――この状況を険しく見つめる者がいた。簒奪者アラタである。
「竜の旦那っ!」
かつて咎人により敗北を喫した彼は、表情を失った顔に微かな焦りを表していた。急ぎ魔導書を掲げ、『凍り閉ざす銀』の術式を成そうとするアラタ。そこに羽鳴 雪花(ma0345)が裂帛の気合と共に地を強く蹴り、剣を力いっぱい振り下ろした!。
「ッ!」
「防人としてこれ以上誰も犠牲にするわけにはいかない。簒奪者よ、これ以上の狼藉は許さぬ!」
雪花の強い意思に僅かに怯むアラタ。その顏へにわかに影が落とされる。
「……!?」
無意識に目を見開き、顔を上げる。そこにいるのは――太陽を背にし、飛翔するアルティナ(ma0144)だった。
「アラタさんと言いましたか。そんなに見つめられては困ります。……が、今は『そうして』いただきますね」
アルティナの魅惑の力が大きな瞳に収束し、強固な束縛の術となる。
ラブリーウィンクを真っ向から受けたアラタは背筋に冷たいものが奔るのを感じた。また、この力かと。
しかし魔王は敢えて分断の策を受け入れた。つまり、共闘は望めない。ならば。
「束縛など術者を仕留めれば仕舞いだ。全てを凍てつかせ、終わらせてくれる」
視線拘束など体のいい的になるだけだと教示してやろう。アラタは再び魔導書を掲げ、アルティナを睨みながら術を紡ぎ始めた。
その間に体勢を取り直した雪花は魔王に戦いを挑むオルカ達へ声を張った。
「オルカ、すまぬが、そのままリーゼロッテの護衛を頼めるか?」
「ああ、任せてくれ。もとより盾となるべくここにいる身だからね」
「ありがたい。それと……リーゼロッテ、仇相手で逸るのもわかる。だが、無理はするな!」
「心遣いに感謝する。今の私は復讐などではなく、同胞の、人類のために戦うべくここにいる。この命、無碍にはしないと誓おう」
以前のリーゼロッテと異なる、頼もしい声。雪花は微かな笑みを返し、アルティナを追うアラタへ向かう。
と、その時。ここまで懸命に飛翔してきたエイリアス(ma0037)がオルカ達のもとへ到着した。
「リーゼロッテ様、オルカ様、御無事ですか!? 今、回復を行います。私も護衛の任に就きましょう」
傷ついたオルカへ早速チョコレートポーションを差し出すエイリアス。オルカは彼女の心配りに感謝し、微笑んだ。
「ああ、助かるよ。共に力を尽くそう、エイリアス」
●悲愴と激情の狭間で
「……にしても相手がドラゴンたあ、つくづく何でもありだなこの世界は」
阿賀妻 昂(ma0827)は迫り来る竜の姿に苦い顔でひとりごちるも、黙して弓を構えた。
(作戦招集のアナウンスがやたら切羽詰まってたとは思ってたが、理由はこれか。わかっていれば、最近仕事をしていなかったから、点数稼ぎに参加を……なんてせずに、行きつけの酒場で飲んだくれていられただろうに)
戦場で彼が目にしたものは大挙して押し寄せる魔族と騎士だった者の遺骸。そして数え切れぬ死の臭い。
しかし昴はそれだけで死を甘受するほど物分かりの良い男ではない。番えた矢に呪詛の力を纏わせ、きりりと弦を引く。
(まあ、今更愚痴ったところで離脱できるわけでもない。なら、俺にできるのは死なないことを第一にある程度仕事をして、当初の目的である点数稼ぎをすることだ)
この時、ザッハークを誘引する四季が目標ポイントに到達し声を上げた。今こそ狩りの時間だ!
「さて、気ぃ引き締めるかね。今回はサボる暇も無さそうだ」
――射ッ!!
昴の矢がザッハークのシールドを正面から削り取ると同時に、猛毒の呪詛が彼の体を蝕んでいく。
そして彼の射撃に合わせ、ザッハークを追撃する鈴東風姫が空中から星喰いを放った。
「ぐっ、貴様っ!」
「ザッハーク、おんしの……おんし等の王とは誰じゃ? あの覇王とやらではなかろ? 斯様な程度の覇王とやらの機嫌取りか……強欲龍が聞いて呆れる……!」
「かの者は我の主ではない、そして我とて好んで殺生を行っているわけではない。しかし故郷に還るためには……!」
「くっ……おんしはっ!」
鈴東風姫のまっすぐな瞳から逃れるように、顔を背けるザッハーク。胸に強い痛みを感じながらも鈴東風姫は彼を追い続ける。
(また……またわらわはおんし等龍を救えぬのか? 護れぬのか? 傷つけるしか……出来ぬのか……)
そこに待ち受けるはルー・イグチョク(ma0085)と鳳・美夕(ma0726)。ふたりは足並みを揃え、ザッハークに左右から斬りかかった。
「災禍、渦動、劫火。うち二つは、此処で潰すぞ。赤き竜、忌々しき光。貴様も、この場で、全てを失え!!」
研ぎ澄まされた戦意は厳粛であり苛烈に過ぎる。竜殺しの伝承が遺る大剣が唸りを上げ、守りの壁を斬り裂いた。
かたや美夕は刀を上段に構えるや大きく跳びあがり、地表間近を飛行するザッハークに斬りかかる。
「聖騎士、鳳・美夕。貴方の相手は私だよ、ザッハーク!」
彼女が纏うは金剛石の如きオーラ。シールド破壊に優れた技、ダイヤモンドアタックを行使したのだ。
だがザッハークは障壁を破砕する力に長けた両者をじろりと見下ろし、ルーへ鉤爪を振り下ろす!
「くっ……!」
彼が剣を盾代わりに構えたその時、大盾を構えるレジオール・V=ミシュリエル(ma0715)が割り込み、この衝撃を一身に受けた! 続けて落とされるもう一撃。レジオールの足がずむ、と地面にめり込む。
シールドで緩衝しているとはいえ、竜の連撃は重い。守り手たる彼女のシールドは二度目の斬撃で砕け散った。
けれど。
「……ッ! 大丈夫? 怪我は無いですか?」
「あ、ああ」
すると彼女は一瞬だけ微笑み……ザッハークに殺意と得も言われぬ感情を向けた。
「言いたい事は多々あるけど、竜は須らく倒すのが私の使命だ。……ぶっころ」
竜の目にしかと留まるよう、握り拳から中指を天に向けて突き立てて。
珍しく激した義妹にザウラク=L・M・A(ma0640)は「む」と息を漏らし、彼女を庇うべく大剣を構える。
「……あー。気合いが入っているな、レジオール? ……無理しても良いが無茶はするなよ。まぁ、守ってやるが」
しかし彼には竜へ思うことがあるようだ。大剣にこれまで収束させた守りの力を十分に練り上げ、顔を上げる。
「……見覚えがある。ザッハーク、因果な運命だなお前も」
「お兄様、彼をご存じなのですか!?」
「いや……もしかしたら……ッ!」
答えも半ばにザッハークの腕が三度目の唸りを上げる。ザウラクは大剣を盾代わりに、その衝撃を耐えた。
「生憎、我には貴様の記憶はない」
「そうか。ただしお前の出自がどうあれ、魔王のもとへ戻すわけにはいかん。そして仲間を討たせるわけにもな」
彼の宣言にレジオールが頷く。彼女は咄嗟に栄養剤の蓋を開け、内容物をザウラクへ投擲。攻撃命中率を一気に引き上げた。
「お兄様、どうぞ存分に!」
「感謝する、レジオール。いくぞ……ホーリーパイルッ!!」
ザウラクのイデアがたちまち幻影の杭と変じ、ザッハークの胸元に突き刺さる。杭は呪縛となり、竜の巨体を宙に縛り付けた。同時にシールドが、崩壊。四季がここぞと杖に魔力を込め、一気に放出する!
「ハーフゲイン! よーし今だ! 一気呵成にせめたてろー!」
四季の応援は反撃の狼煙でもある。低空に身を留めるザッハークに咎人達は強い意思のもと対峙した。
●絶対零度、命尽きるまで
アラタは地上へ降りたアルティナから視界の自由を取り戻すべく、魔王から離れゆく彼女を追走していた。
そこでアルティナの護衛役を務めるマイナ・ミンター(ma0717)は魔王から一定の距離が取れたことを確認し、通信術式で合図を送る。『ここからが私達の戦場です』と。
その瞬間、咎人達の目つきが変わった。しかし視界が極端に狭められているアラタは異変に気づくことなく、ただただアルティナを倒すため術を紡ぐ。
「水よ、我が敵を圧壊せよ!」
水の魔力が魔導書に集まり、巨大な破壊の力となる。
しかしその術式が完成しかけたその時、アルティナが魔道具たる刀から魔力を解き放つ。――カウンターマジック。アラタの魔導書から霧散した。
「……っ!」
「残念。それに例え私を倒してもそれほど戦力は低下しないのですよ?」
このアルティナの軽やかな声をきっかけに、咎人達が攻勢に転じる。
まずはマイナがヒッティングでアラタのシールドを斬撃。アラタは視界の自由が利かないため回避を選ばず、防御を選んだ。
この、一瞬体が強張った隙に!
「よぉ、アラタ……カッシールの続きに付き合ってもらうぜ。死ぬまでな」
高柳 京四郎(ma0078)のバイクがフルスロットルで吶喊する。フリッツも馬の背を太腿で締め、全速力でアラタへと突進した!
「手の内がある程度知れているなら少しくらい余裕があるものだ……!」
それはアグレッシブに過ぎる十字攻撃。交差する二振りの刃はアラタを傷つけるのみならず魔導書を捉え、彼の足の自由を奪った。
すかさずマイナが身を翻し、落ち着いた声音で問いかける。
「アラタさん。あの魔王のこと、いろいろ聞かせていただけませんか」
「魔王の旦那のこと、だと?」
「ええ。報告書によるとあなたは戦争を心から嫌悪している。そして魔王がこの世界からどんな形であれ去れば、イルダーナフは侵略戦争が消えるはずです。どちらにとっても利益があるはず……紳士的な対応を期待しますよ」
物腰は淑女然と、しかし手にはしかと剣を握って。マイナはアラタへ選択を迫る。
だがその返答は複雑怪奇な術式によって齎された。
「片方が消えれば戦争はなくなる……道理だな。なら、そちらが譲ってくれ。天の巌よ、今こそここに!」
高らかな声と同時に天から降り注ぐものは凍てついた隕石の礫。
千々に散る礫はフリッツ、京四郎、そして彼を追ってきた雪花のシールドを容赦なく削り取り、彼らを大きく怯ませた。水に耐性のあるマイナのシールドは辛うじて耐え抜いたが、それでもシールドの損傷は重大だ。
このままでは前衛が殲滅されかねない!
「……好きには、させませんっ!」
ここで今までアルティナを守るため中衛に控えていたレシ・サシェドーズ(ma0378)が咄嗟にチェーンロックを発動。アラタにオーラの鎖を巻きつけ、自らの傍に引き寄せる。
咄嗟にアラタは魔導書から水塊を出現させ、弾丸の如くレシを撃つ。しかしその力はレシの守りを貫くには不十分に終わった。
「私にその攻撃は効きづらいですよ。対策はしっかりしてきました。……もう何処へも行かせませんよ。貴方の相手は私です!」
実はレシは事前に耐性変化で自身の耐性を水に変えていた。故にアラタの力はレシに十分な威力を発揮できない。
無意識に歯噛みするアラタ。そこにシトロンが駆けつけ、彼女は迷うことなく経典へ手を翳す。
「……今はあれこれ考えてる場合じゃないね! 戦いに集中しないと!」
彼女の手のもと、膨大なエネルギーが暴食の力に変異する。その力はアラタのシールドを剥ぎ取り、彼の精神を大きく揺さぶった。
今こそ好機! 雪花は技を放つ力が一時的に失われていようとも一心に駆ける。
「例え強敵であろうと、防人として仲間の邪魔はさせんぞ! 参る!」
――斬ッ!!
アラタの胸元から花弁のごとく舞い散る赤。続いてアルティナの経典から発された魔力がアラタの左腕で爆ぜる。コートを纏った腕からしとどに血が垂れ落ちていった。
恐らく『今の』自分はここで終わるだろう、ならば。
アラタは口内に錆びた鉄の味が広がるのを感じながらも魔術書を掴む。せめて戦の火種はひとつでも多く刈り取らねばと、心に誓って。
●闇の剣
「貴様らの手の内は読んだ。……さて、そろそろ体を動かすとしようか」
この言葉を皮切りに始まった魔王の攻撃は苛烈の一言だった。
先ほどの超長距離に及ぶ斬撃こそ行われていないが、奴が剣を振るうだけで『空間ごと』斬り裂かれる。
そして一久が仲間を守るための攪乱手段として展開し続けたラークゾーンも奴が足を踏み込んだ瞬間に猛烈な抵抗力で解除された。
今や魔王に立ち向かう15名があの謎の斬撃を食い止める鍵となっている。エイリアスは白い頬に伝う汗を感じながら万が一に備え――術を紡ぎ続けた。
かたや、幾度もシールドを破壊されながらも前衛に立ち続けるアルティメットは唇から滲む血を拭い、前衛で共闘する仲間達へ力強く声を掛ける。
「……ッ、俺が魔王について知りてえのは、ただ一点だ。それはこの魔王様が無敵の存在か、そうじゃねぇかって事だ」
「無敵か、否か?」
「応よ。魔王っていやあ、大抵は聖なる剣とか、何かしらの神秘をもって打ち砕く……みてぇな存在って相場が決まってる。もし目の前のコイツがそれなら、今はどうしようもねぇ。だがよ、そうじゃねぇってんなら……やりようはいくらでもあるだろ」
アルティメットは短剣を強く握りしめ、次の跳躍に備える。奴の攻撃を躱すにも、逆に強襲をかけるにも、故郷で鍛え上げた脚力が頼りとなるのだ。
「鍛えた拳が通用する相手なら、やりようはいくらでもある。味方の士気もまったく変わってくる。それがわかるまで俺は倒れるわけにはいかねえんだよ……!」
その傍らで、魔王の攻撃を圧倒的な脅威と判断した歌女は行動予測を発動。直脳内に魔王の動きが映像として流れ込んだ。
(この手番、魔王は前衛を巻き込む斬撃のみ。先ほどの攻撃、連発できるとは考えたくないですね。……皆さん、私がフォローします。全力で攻めましょう!)
通信術式により歌女の報告が咎人達に齎される。ケイウスのラウンドシールドが前衛の身を守る今、魔王に手傷を負わせるチャンスは今しかない!
(……皆さん、いけますか? ここで少しでも魔王攻略の糸口を掴み、次に繋ぐ事が出来れば……例え、この身が果てようとも……)
魔王を深く観察し、情報をより多く集めるために中衛に属するフローライトからの通信術式。その覚悟に共感した六花達が(……いつでも)と応じ、杖を構えた。
「感謝します。参ります……星蝕む力、ここに……!」
まずはフローライトの星喰いが魔王のシールドを大きく抉る。
続いて障壁看破したハティが、力を溜めたカードを魔力に変えた。
(誰かの為に、光を齎す為にと己の命を賭けるに嘘はない。然しだからと、人間だから護る、魔族だから討つでは単なる妄信だろう。何方も排斥と言う意味で大差はない。ならばこそ、自らの目で見定めねばなるまいよ。己が神の玩具ではないと自負があるのならば)
守りを打破せんとする強い意思の力は槍の形を成し、魔王に向けられた。
(借り物の大義で戦うなど莫迦らしいにも程がある。そうした意味でも、あれらの神威を示すだのと言う言葉に気が乗らんのも事実だ。……戦うしか知る術がないとは、己が愚かさに呆れるばかりだが)
満を持してマジックランスを放つハティ。魔法陣を突破した魔法の槍は回転しながら魔王の脇腹を抉った。……微かに魔王の顔が、歪む。
「オレの守りを貫く力か、面白ぇ。それならオレも包囲網を突破するとしよう」
この瞬間、歌女は前衛の仲間達に身を守るよう通信。自身と双儀、アルティメット、クラリス、そしてオルカとリーゼロッテが攻撃に備えるも、魔王の剣が予想を上回る力で叩きつけられる!
「くっ……!!」
幸いにもシールドが破砕した者はいないが、連撃を喰らえば破砕しかねない。歌女は唇をぎり、と噛んだ。
そこで緊急時に備えヒールオールの詠唱を始めるのはケイウス。ここで誰も失うわけにはいかない。この戦場にいる咎人も騎士もかけがえのない戦友なのだから。
一方、今までカースドミストにより魔王に呪殺の力でダメージを与えてきた六花は、エレメントプラスで光の力を得ると杖を強く握りしめた。
(……魔王とは、光に弱きモノ……というのが定説ですが。果たして……)
六花は魔王の超長距離斬撃が紫の光を宿していたことに着目し、魔王は闇に属するものと考察していた。ゆえに、確かめる。この力が奴に届くのかを。
「……光よ……どうか魔王の守りを、破って……!」
渾身の星喰いが魔王に直撃する。確かに彼女の魔力は魔王の魔法陣に深い傷を与えた。けれどそれは光を宿さずとも得られる破壊力に収まっていた。
(光は違う……そうと知れれば……それもまた、情報です。討伐の……今後の糧に……)
この結果に六花は落胆の色を見せず、次の攻撃に向け術の詠唱を再開した。
同時に体勢を立て直したアルティメットは「やはり甘くはねぇな、ここで畳みかけるとするか」と短剣を構え、跳躍。
「アルパカを……舐めんじゃねぇぞ……っ!! ここでアルパカが最強だってことを示してやるッ!!」
ダイヤモンドアタックで魔法陣を斬り裂くように一気に刃を振り下ろす!
――パァンッ!
魔法陣から硝子が割れるような音が響き渡る。シールド破砕までもう一息だ!
「クラリスさん、今こそ!」
「ええ。魔王、あなたに教えてあげるわ。個の力が、結束の前にどれ程脆いかを……!」
沙良のライフルが魔王のみを爆発に巻き込むよう、アストラルフレアを発射。激しい熱風が魔王を襲い、堅守で身の守りを固めたクラリスが守りの力を槍の穂先に溜めて一気に貫く。
そして一久と歌女の斬撃が重なり、エレメントプラスで水の力を宿した静のマジックランスが魔法陣に突き立てられ――障壁看破したシェパーズが術を詠唱した。
「別に……ここであれを倒してしまっても構わんのだろう? なーんて……フリーズ! この意は体に解らせます」
シェパーズは敵の手の内や対策手段が微妙な状況を、数ある物語のうちで敗北への流れに繋がることの多い難題と認識している。
だがこんな時だからこそ、飄々とした顔で最良のパフォーマンスを示さなければ。魔王が魔力で頬を裂かれ不愉快そうに顔を引きつらせる様に、彼女は静かに微笑んだ。
そして双儀が剣に手を掛け、疾走する。
(マナを殺す……魔族の為に使うなら周囲から簒奪する能力があるとでも? その場合は意志を強く持ってイデアを奪われない位しか思いつかないが……。いずれにせよ、やってみるさ)
眩しい光と共に刃が魔法陣の中央を裂く。そして一気に振り下ろせば――魔法陣が大きく揺らぎ、姿を消した。
「双儀がやってくれた! オルカ、行くぞ!」
「ああ、リーゼロッテ!!」
これで魔王に攻撃が届くはず。
しかしリーゼロッテの剣とオルカの盾が魔王の体にインパクトする瞬間――もうひとつの魔法陣が出現し、ふたりの攻撃を今までの魔法陣より遥かに高い硬度で防いだ。
「……なんだと!?」
弾かれるようによろめくリーゼロッテ。彼女の驚きように魔王が愉快そうに嗤う。
「残念だったな。オレを守る壁はひとつだけじゃねえんだよ。さて、ここからが本番だ!」
魔王が剣を構える。そのさなか、歌女の声が咎人達に響き渡った。
(初手は範囲斬撃、次に紫光を湛えた斬撃! 二手目は絶対阻止を!)
次の瞬間、エイリアスが空間を跳躍した。リーゼロッテを失うわけにはいかない。そのためならばこの身が朽ちようと!
「リーゼロッテ様ッ!!」
エイリアスはリーゼロッテを全力で斬撃の範囲外に突きとばした。そして歌女も全力で駆ける!
「咎人とこの世界の鎹であるオルカさんを失うわけにはいかないのです!」
彼女達を襲う猛烈な斬撃。リーゼロッテとオルカは事なきを得たが、歌女のシールドは破れ、エイリアスのシールドも大きな損傷を負った。そして双儀達のシールドも……。
続いて魔王が天を衝くように剣を構えた。このままでは戦場が一刀両断。歌女とエイリアス、そして騎士の多くが消失する――!
(皆さん、警戒を! 超長距離斬撃、来ます!)
歌女は魔王の暴虐を止めきれぬ悔しさを胸に、通信術式でこの戦場にいる全ての咎人に危機を伝える。自分は良い、己の内側をいくつか失っても『火存 歌女』として蘇るのだから。けれど……この世界の人間は。
やがて無慈悲にも剣が、振り下ろされる。
誰もが覚悟を決めたその時――不退転の決意を秘めたフローライトと六花が、守護の意志を杖に託し、天に翳した!
『……誰も失うわけには、いかないのです……!』
敵意を帯びた力を魔力で相殺する守護魔法カウンターマジックが、魔王の剣から紫の光を霧散させる。
これはなんということか。傲慢な魔王は究極の力を打ち消されたことに唇を震わせた。
「貴様ら……さっきから何かにつけて小賢しい真似ばかりしやがって」
魔王の意識は既にリーゼロッテにも前衛を務める手練れの咎人達にもなく。後衛で術を紡ぐフローライトや六花達へ向けられる。
後衛陣の魔法は次々と魔王の障壁を突破し、奴の攻撃さえも一瞬にして阻害したのだから。
――先ほど消えた魔法陣が何事もなかったかのように出現する現実と、魔王の凄絶な殺気。リーゼロッテは無意識に息を呑んだ。
●雨が如く、光降る
ザッハークは冷静な面持ちのうちに僅かな焦りを感じ始めていた。魔王の斬撃が打ち消され、アラタは窮地に陥っている。
そして自らもザウラクのホーリーパイルでこの地に縫い留められただけでなく、四季のハーフゲインによりシールドの再生能力が衰えさせられている。
「魔王の紫光は消えたみたいだねっ。それなら今のうちに畳みこませてもらうよっ!」
彼の焦燥を悟ってか、美夕がダイヤモンドアタックで勢いよく斬り込んだ。たちまちザッハークのシールドが小刻みに、揺れる。
なるほど、これなら少ない手数でシールドを破壊できようか。確信した昴は「残念だが、そっちの援護にゃ行かせねえよ」と気だるそうに呟きながらザッハークへフォースショットを放つ。
翼目掛けて放たれた矢は無意識に身構えた彼の強固なシールドに突き刺さる。そして昴は「まだこれで終わりじゃねえぜ!」と言い放つや、クイックショットで二度目の射撃を喰らわせた。
(こちとらずっと弓を持って走り回ってんだ……そろそろ堕ちろよ。この作戦が終わったら、家に置いてある一番高い酒を開けてやるんだからよ……!)
この願いに反し、勇ましく咆哮を上げるザッハーク。ここに留まるわけにはいかないとばかりに全身へ光の力を漲らせ、膨大な力を放出した!
レイン・オブ・ライト。その名の通り無数の光粒がザッハークに迫る者全てを光弾で打ち据える魔技。美夕、ザウラク、レジオール、ルーのシールドを眩い光が抉っていく。
恐らく再度この技を使われては前衛が総崩れとなる。それならば――力が放たれる前に叩くしかない!
戦友のフォロー役を務めていたザウラクが覚悟を決め、ザッハークのシールドに剣を叩きつけた。
そこにルーが「構えろ! ザウラク!!」と叫ぶ。僅かに背を屈めるザウラク。その背を足掛かりとした彼は大剣に虚空閃と鮮烈な光を宿し、ザッハークに飛び掛かった。
「その翼、いただく。空は、オレのものだ!! その命の鎖、このオレが、手繰り、滅ぼす!!」
破城槌を名乗るルーの誇り。それが――ザッハークのシールドを煌きの中で消し去っていく。……今だ、今こそ奴を堕とす時だ。
「喪失の権化、混沌の化身。阻め、戦え。希望を、失わせるな。組み付き、食い付き、抉れ、抉れ」
空中で身を強張らせるザッハークにルーの剣が閃く。キルドライブ――例え一撃の重みが変わろうとも、二連となれば凄まじい威力に繋がる。
「貴様たちの、失わせた、全てが。貴様たちの、敵となるのだ!!」
ルーは抜身の刀のような男だ。守りは薄いが、その切っ先は何よりも鋭い。それこそ触れるだけで皮膚に血を滲ませるように……二連の斬撃はザッハークの胸元に十文字の傷を深く刻みこんだ。
今のザッハークに光の雨を降らせる力はない。それならと鈴東風姫はマジックランスで彼の翼を狙い撃ち、衝撃で態勢を崩した彼のもとへ一気に迫る。
「……!」
「もはや救えぬなれば幾度でも殺そう……忘却の彼方で今一度己が王に逢える様にと。わらわの傲慢で、強欲な想いを押し付けてやろう」
「王とは何だ? 我は知らぬ。そもそも貴様は何者だ、何故我に個の在り方を説く?」
「そうか……口惜しきことぞ。なれど、忘れる事を是としたその強欲さ……罪でしかあらぬ……!」
憎しみではなく哀しみを声に乗せ、鈴東風姫が刀を構える。
この間にレジオールはしたたかにもザッハークの懐へ潜り込み、強健な鱗に守られた脇腹へ大盾を力いっぱい叩きつけた!
鱗がめきりと割れ、血が滴り落ちるザッハーク。頭部をもたげ、小さく呻く彼にレジオールは殺意とそれに相反するものに近い感情を抱きながら――毅然とした面持ちで告げた。
「頭が高い! 首を垂れろザッハーク!!」
しかし痛みに悶えるザッハークの姿にレジオールの記憶がフラッシュバックする。生前に失った大切な何かと、数え切れぬ戦乱の日々。彼女の瞳は……微かに潤んでいた。
そんな義妹の哀しみを見逃すザウラクではない。
「そろそろ潮時だろう!」
彼はザッハークをできるかぎり早く撤退させるべきと判断し、剣を振るう。その切っ先は翼を捉えた。
だがザッハークの飛行能力は魔力によって制御されている。痛みで僅かに怯むことはあれど、堕ちることはない。
今、光の雨を降らせぬのならこの爪で咎人を打ち払うのみ――ザッハークは手近にいるザウラクへ爪を二度振り下ろした。
そこにレジオールが盾を掲げ、割り入る。彼女のシールドは先の光の雨で深く傷ついていた。それでも彼女は恐れずに盾で爪撃を受ける!
「ぐうっ……」
「レジオール!」
一撃目でレジオールのシールドが、割れた。二撃目で彼女の腕から血が噴き出し、盾を落とし――倒れる。咄嗟に抱き留めた義兄にレジオールは微かに笑み、涙をこぼした。
「レジオール、おまえという奴は!」
「お兄様は、大切なひと、ですから……それに……ザッハーク。如何してでしょう、あの方を見ていると、涙が止まらないのです……」
その呟きに憎しみの色はなかった。だからこそザウラクはレジオールを背に庇い、ザッハークを見上げる。
義妹の胸のうちはわからずとも、この戦を長引かせるべきではないという確信だけはあるのだ。
●氷牙の向かう先
アラタとの戦は魔王の紫光斬撃不発がきっかけとなり、もはや勝敗は決しようとしていた。
そもそも初めから全てのファクターがアラタを不利な状況に落とし込んでいたのだ。カッシール砦で見破られた己の爪の甘さ。そして……咎人達の戦闘能力の急成長ぶり。
幾度シールドが再生しようとも、彼らの武器が、魔法が、アラタの身に届くまで猟犬のごとく食らいついてくるのだから。
「宙の星屑、この地に災禍を……!」
彼は血を吐きながらも二度目のメテオロンを詠唱する。しかしシトロンがマウゼル経典を片手にカウンターマジックで抵抗。
「もう好き勝手にはさせないんだからっ!」
秘術のために集めた力は呆気なく掻き消された。
そしてアルティナとレシによって縛られた心身はもはや逃げることも叶わず――雪花が目の届かぬ角度から、彼のシールドををダイヤモンドアタックで斬り裂く。
「死角からの攻撃、よもや卑怯とは言うまい。……大人しく首を出せ」
「この世界のヒト達を傷つけるのなら……ボク達だって、守るために戦うんだよっ!」
重ねて発動したシトロンの星喰いが彼のシールドを破壊する。アルティナも経典から練り上げた魔力を放ち、アラタの姿勢を揺らがせた。
「くぅっ……」
「アラタさん。もう少しだけお付き合いくださいね。今しばらく、どうか」
この瞬間を見逃すフリッツではない。彼女は簒奪者を討つならば今と、凄まじい気迫で煌めくオーラを纏い――大戦斧によるダイヤモンドアタックを放った!
「―――あああぁぁぁっっ!!!」
気合一閃、アラタのシールドが薄氷のごとく呆気なく割れる。そして振り下ろされた刃をかち上げるように二度の連撃がアラタに襲い掛かった!
「容易に成せないことは承知の上、ならば手数で圧倒するッ!!」
「ぐああああっ!!」
あまりの激痛に膝をつくアラタ。その姿にマイナが穏やかなまなざしを向けた。
「複数相手の甲斐性がないのなら、龍種の方をお呼びしてはいかが? もっとも私としてはアラタさんの丁寧なエスコートを所望していますが……残念ながら先ほど拒まれてしまいましたし」
「……!」
「氷を操る者。己が氷で、コキュートスに囚われるとよいでしょう……!」
宣言と同時に美しい顔へ冷たさを宿したマイナが強く地を蹴る。身構えるアラタにフェイントを加え、姿勢を揺らがせた隙に見舞うヒッティングはアラタの肩を斜に斬った。力なくした腕が――魔導書を落とす。
もはやこれまでか。京四郎は正眼に、剣を構えた。
「アラタ、戦争嫌いなお前が邪神の手先ってのはある種矛盾よな……同情するぜ。でもな、世界の行く末ってのは生者に任せる物だろ。俺等は邪魔って事だよ。お前も易々と消失できない宿命なんだろうが、今は先に逝ってもらう……!」
断罪は悼むように、厳かに……京四郎の剣が二度、十字に閃く。
悲鳴を上げることもなく、アラタはずるりと崩れ落ちた。それっきり……彼の瞳がアルティナを睨むことはなかった。
●傲慢にして尊大、ゆえに
魔王と咎人達の戦は熾烈を極めていた。
先の応酬で後衛に目をつけ、隙を見出しては突破を試みる魔王。
咎人は行動予測を駆使する歌女が随時攻撃対象を知らせると同時に、命懸けのフォローガードで後衛陣を守っていた。
シールドを破壊された仲間にはすかさずエイリアスが緊急障壁を施し、時には彼女自身がスポットワープを用いて庇い続ける。
その間に後衛陣は射撃や魔法で魔王の意識を散漫にさせ、時に障壁看破を用いた術で魔王に傷を刻み込んでいく。
しかも前衛も何度打たれようとも決して怯えることなく攻撃を仕掛けて来るではないか!
そこで魔王が苛立ちのあまり腕を振りあげるも、一久の鋭い斬撃が剣を撃ち、軌道を大きく逸らした。
「先ほどの強大な刃の力、この剣が基点となっているんだろう? 魔王君、雑兵の僕と引き換えに手の内を見せたのは割に合わないよ」
――なんだ、これは。誰も、オレを、恐れない。戦が、オレの、思うように、動かない。
魔王の顔に血管らしきものがいくつも浮き出し、次第に醜悪な凶相へと変わっていく。
その面構えを目の当たりにしたアルティメットが豪快に笑った。
「魔王を名乗るには随分と余裕がねえな。何もかも上手くいかねえんだから仕方ないよな! ……それはあんたが『絶対無敵』の存在じゃねえからだよ!」
無敵では、ない? この言葉を受けた魔王は黙して今までにない挙動で剣を天に向けた。刃は正面ではなく、真横に向けて……。
まさか剣を横に薙ぎ、この戦場の全てを消失させようというのか!?
(皆さん、魔王が紫光の刃で戦場を薙ぎ払う模様! この地が全て巻き込まれる可能性があります。どうか身の安全を!)
歌女が通信術式で咎人全員に向けて叫ぶ。同時に一久はリーゼロッテの盾となるべく彼女の前で手を広げた。
「一久! 貴殿は!」
「姫様、僕は良い。君は死ぬな!」
一久は守るべき家族を残し、咎人となった。今の彼の使命は守るべきヒトのいる生者を守ること。そう信じ、足に力を込める。
同時に双儀、アルティメット、クラリスが紫光を宿し始めた剣とそれを支える腕に向け一斉に技を叩き込む。しかし強固な魔法陣で守られた腕が下ろされることはなく――ここが終焉の地となろうとした、この瞬間に。
「暴虐の力よ、解け、消え、絶え……もはや紡ぐべき言葉はここにない。静寂を与えよ……サイレンス!」
ケイウスの詠唱が戦場に響く。魔王は巧妙にして複雑な術式に意識を掻き乱され、剣の光を一瞬にして失った。
「……貴様ッ!!」
「俺達は力を持ってるから戦うんじゃない。戦う理由があるから、怖くても力を揮おうと思えるんだ。魔王が自由に殺すって言うなら、俺だって自由に守るだけだよ! 失わない為に戦う。『持つ者』も『持たない者』も、咎人も!」
例え眼前にどれほど恐ろしい者がいようとも、守るべき者がいるのなら決して目を逸らさない。
ケイウスの強い意思が宿った瞳に魔王はぎりりと歯噛みした。
だが次の瞬間、魔王はふと戦場の異変に気付き――苦笑する。
「……戦いはこれからだってのに、ビビりやがって。腰抜け共が」
どうやら殲滅戦を挑んだ咎人達が魔族の群れの勢いを衰えさせ、退却にまで至らしめたようだ。
甲冑や武器を装備した魔族が這う這うの体で逃げていく様に、魔王は「無様だな」と嘲笑した。
「貴様らを本気で潰すつもりだったが……ミンスクは弱すぎるな。まぁ、咎人とやらは良い遊び相手になりそうだが。次はもっと強くなれよ、オレの守りを完全にブチ抜く程度にはな。ハハハ……!」
なんと勝手な言い分だろう。しかし魔王は悠々と転進を開始する。一時休戦、か。
そこでこれまで懸命に属性を変えつつ術を紡いできた静が魔王の背に問いかけた。
「貴方はエリゴールと名乗りながら『名は己を縛るもの』と嘯き、私の問いに答えてくださらなかった。それはこの名が偽りのもの、だからですね?」
静の聡明な瞳が魔王を貫くように見つめる。しかし魔王は堂々と歩みを進めるばかり。彼女は負けじと美しい声を張った。
「貴方はなぜ、魔族以外の者を滅ぼそうとするのです? この戦の意義は?」
「答える由はない。意義があろうがなかろうが、やることはかわらねぇだろう」」
「……そうですか。いずれにせよ、人は変わります。人がいつまでも虫けらだと思わないことですね」
「面白い。この世界が貴様のような力持つ者ばかりならオレも戦う甲斐があるってもんだ」
――返す返すも憎らしい暴君だ。これ以上の問答は無意味と静はそっと足を引き、慇懃に一礼する。
一方、エイリアスは魔王の後方へ駆け寄ると小首を傾げながら問うた。
「エリゴール様、例え聖樹を手に入れたとしてもマナはいずれ枯渇し、無くなります。この争いに……意味はあるのでしょうか? 私には良く分かりません」
「そうか」
「バロル帝国はなぜ戦を起こすのですか? エリゴール様に大義はあるのでしょうか?」
「それを知りたければ戦え。全力でオレに抵抗してみせろ。戦を終えて初めて見えるものがあるだろうさ」
「それは……戦いを通してしか、私達はふれあえないのでしょうか」
この問いに答えはなかった。エイリアスは肩を落とし、足を止める。
「少しでも良い方向になればと思い行動しましたが……悲しいです」
ヴェールが哀しみを包み込むように、俯いた顔を覆い隠す。彼女は戦をせずに双方が剣を治められる道があればと願っていたのだ。
だが彼女達の問いかけと戦には大きな意味があった。
沙良の撮影した動画からは魔王の身体的特徴や挙動を細やかに解析することができるだろう。
静と六花の属性攻撃の手応えから、魔王には断定できる弱点が今のところ無いことも知った。
また、エリゴールは偽名である可能性が非常に高いこと。
テラス神を『小僧』と称し、まるで神を直に知っているかのような話しぶり。
そして、あまりにも強大な紫光――闇の力。
「……なるほどね。しかし、変化を是としない世界でまさか神が変質するとは驚きだ。……次はいつ会えるだろうね、闇の神バロル神?」
双儀が辿り着いた答えを誰も否定することはできず、今は生還を喜ぶだけだった。
●血戦の終わりに見えたモノ
魔王が撤退を始めると同時にザッハークは咎人達を振り切り、アラタを回収するや戦場を急ぎ離脱していた。
――アラタの身体機能はほぼ停止している。しかし、まだ体が残っている……辛うじて生きている彼をザッハークは見捨てられなかったのだ。
しかし……意識を僅かに取り戻したアラタは息も絶え絶えに囁く。
「……竜の旦那、俺をここで降ろしてくれ。……俺は手遅れだ……荷物になる……せめて、あんただけでも……」
「……承知した。願わくば『次』までの刹那、佳き夢を。さらばだ、我の知るアラタよ」
ザッハークは厳かに別れを告げると、アラタを誰の手にもかからぬよう、草むらの陰にそっと横たえ高空へ姿を消した。
それを見届けたアラタが静かに目を瞑る。
(……なぁ、旦那。俺達もあいつらも……この世界には不要なものらしい。……なんで俺達はこんなクソみたいな戦を……繰り返してんだろうな……もう……嫌なんだよ……)
血にまみれた体が光と化し、痛みが消え、意識が微睡んでいく。ようやく掴めた安堵を最後にアラタという存在は、消えた。
(執筆:ことね桃)





